「ん、煮えましたよ」 
 鍋の様子を見ていたヒトの男が声をかけた。 
 黒いトレンチコートに黒い靴、黒いボトム。手袋まで真っ黒で統一したマンガに出てくる暗殺者のような格好だった。 
 年の頃は二十歳前後、顔は平凡、いや少したれ目がちか。そのままであれば街ですれ違っても見過ごすようなよくある顔だったが、左目の下から左耳にかけての大きな刀傷がその男を特徴づけていた。 
「む、では食事にするか」 
 廃棄されたはずの山砦を双眼鏡で見ていたヘビの少女が男の呼びかけに答えた。石を積んで作った即席の椅子に座りつつ男から渡された器とさじを受け取る。 
 絶世の美少女。そう評してもどこからも文句のでない整った美貌。たとえ飲んだくれてソファに寝転がっても絵になるであろう気品と、どこか人工物めいた美しさが印象的だ。 
「どんな感じでしたか?」 
「足跡と見張りの数を見るに50人といった所か」 
 男の手が止まる。 
「50人!じゃあ、残りの全部を集めたって事ですか?」 
「アレが囮でなければ、そう言う事だ」 
「え〜」 
 うんざりしたような様子で男が肩を落す。じゃらりと鎖の音が鳴る。注意してみれば黒いコートには不自然なふくらみが色々見て取れた。おそらくかなりの重装備をしているのであろう。 
 鍋の中身を掬う作業を再開しながら男が訪ねた。 
「じゃあ、3回ぐらい『削り』ますか?」 
 少女が匙を銜えたまま少し思案する。数秒迷って後に答えた。 
「いや、今夜『決め』よう。少し削って残りに警戒される方がやっかいだ」 
「げ〜」 
「なんだ不満か?」 
「そりゃあるに決まって・・・・・・」 
 瞬間、銀光が迅り鍋の近くに寄ってきた3匹の蝿が 十 文 字 に切り裂かれて炭火の灰の中に落ちた。 
「・・・・・・よく聞こえなかったが」 
「諸手をあげて賛成です」 
 白刃より鋭利な少女の声に、多少青ざめた顔をしつつ冷静な声音で答えた。 
「うむ、満場一致の結果が得られたな。というわけで今度はお前の番だ」 
「りょーかいです」 
 男はうんざりした表情で立つと先ほどまで少女が山砦を見ていた高台に立った。 
 目をつむり、囁く。 
「クシャスラ」 
「はいなのれす!」 
 元気の良い声と共に、男の左胸のあたりから半透明の少女が『生えた』。ややくすんだ銀色の髪、赤黒い肌。年の頃は10歳頃だが、気持ちだけふくよかな身体と最小限身体を隠すきわどい服装が背徳的な色香を漂わせていた。 
「捜索・視界重複表示・あの建物、出来るか?」 
「え〜〜〜、もっと感情込めていってくれなきゃできないれす〜〜」 
 男の要求に如何にも頭悪そうなしゃべりかたで甘える。首からぶら下がりつつ、拗ねた表情を作って男の胸にほおずりした。 
「いや、あのな。仕事なんだしちゃんとやってもらわないと」 
「ますたぁが優しくしてくれればできるれすよぉ〜」 
 男の困った顔が楽しくて仕方ないといった風情で、すりすりと身体を擦りつけた。こっそりと股間にも手を伸ばす。欲情した目で舌っ足らずに迫った。 
「それに、最近ますたぁが魔力を貯めてくれないから力がでないんれすよぉ。ね〜ますたぁ、魔力くらさいぃ、それともクシャスラのこと嫌いなんれすかぁ?」 
「いやいや、そう言う事じゃなくて!」 
 
 ザクザクッ! 
 
 異音と共に足下に突きたった二振りの刀。それと同時に男は背中に物理的な圧迫感を伴うほどの殺気を感じた。 
「・・・・・・何をしている?」 
 後ろからかけられた少女の声だけは、酷く落ち着いている。多分顔も笑顔を浮かべているのだろう。ただ、その笑顔を見て自分が石化しない自信が男にはなかった。 
 なので、仕方なく背中越しに振り向かず答える。 
「いや、あのですね!クシャスラがちょっとご機嫌斜めでしてね!それで手間取っているというかなんというか」 
「ますたぁが魔力をくれればすぐにでも仕事できるれすよぉ♪」 
 弁明、いや言い訳を途中でクシャスラが遮った。そのまま男の首にしがみつきつつ、少女の方に向けて舌を出す。 
「・・・・・・ほほう。で、今!ここで!魔力をあたえるという・こ・と・か・な!?」 
 どんどん硬くなっていく声に心臓を直接握られるような気分になる。恐怖というか、死の予感に歯の根が合わなくなっていたが、なんとか唇は言葉を紡いだ。 
「いや、あの、それだと仕事に差し支えるんで、そだ!クシャスラ!仕事終わったらご褒美に魔力あげるから。なっ?なっ?それで良いだろ!?」 
「わーい!ますたぁ大好きなのれすぅ!!」 
 そう言ってぎゅっとしがみつくクシャスラ。同時に『ビキッ!!』という何か決定的な音が鳴った気がした。 
「ふ、ふふ、ふふふふふふふふ」 
 足下に突き刺さった刀が抜かれる。多少壊れたような笑い声が少しずつ遠ざかった。 
「開始は夜半、作戦は『幽霊』、目標は『清掃』だ」 
「は、はひっ!」 
「・・・・・・ふふふふふ、待っていろ盗賊共。一人も残さん」 
 背中の殺気に急かされるように、男は仕事に入った。 
 
〜〜一年前に話はさかのぼる〜〜 
 
「武器が必要だな」 
「いきなりなんですか」 
 エラーヘフ陛下に10の試練のことを言い渡された次の日、開口一番サーラ様はそうのたまわった。 
「つか、あるじゃないですか。武器」 
 そういって指さした先にはサーラ様の刀。大物を二本もぶら下げといてまだ必要なのか? 
「私のじゃない。サトルのだ」 
 ・・・・・・はい? 
「俺が?武器を?なんでまた?」 
 いきなり言われて正直戸惑う。武器?何に使うの?ど素人の俺が。 
「なんでって・・・・・・聞いていただろう?『毒牙の顎』の話は」 
「・・・・・・盗賊団でしたっけ?」 
「ああ、複数の国に渡って出没する大規模盗賊団『毒牙の顎』。総構成員およそ200人の強敵だ。そうなるとお前も武器が必要・・・・・・」 
「ちょ、ちょっと待って下さい!?え?なんですか?200人って?それを二人で退治するんですか?いや、無理でしょ?てゆうか俺は素人ですよ?普通こう言うのは傭兵とか雇わなきゃ無理でしょ?」 
 とりあえず思いついた疑問点を矢継ぎ早に叩きつける。いや、つか、マジで死ぬから、2対200って。一人頭100人倒す計算だから。ありえねーって。 
 そんな当然の疑問に対してサーラ様は天井の隅を眺めて考えているようだ。・・・・・・何考えてんだろ。まあ、いくらなんでもサーラ様も考え直してくれるとは思うけど。 
「サトル」 
「はあ」 
「雇う金があると思うか?」 
 ・・・・・・ 
「その時点でもう無理だと気付けええええええっ!!」 
「大丈夫だ。作戦がある」 
「作戦程度でどうにかなるような戦力差じゃねえええええええっ!!ダメだああああ!!死ぬ死ぬマジ死ぬ勘弁して下さいてゆうかむしろ今殺せええええええっ!!」 
「いやあのな」 
「三国無双とか番長学園!!とかならともかく生身のナマモノで100人に勝てるかっ!!てゆうか俺はヒトですよっ!?しかもど素人ですよっ!?一対一でも勝てねえですK-1転向後の曙並に勝てないです勘弁してくれえええええっ!?」 
 
 みごっ! 
 
 奇妙な音と共に頭頂部に振ってきた痛みと共に意識が暗転した。 
 
 
「『毒牙の顎』の特徴としてはだ、10人前後の規模でアジトを別々に作りそれの連携をとる事によりフットワークを軽くしているという事があげられる」 
「はあ」 
 峰打ちで気絶させられた後、すぐに活を入れられた。そして今、王城の武器庫に向かう廊下を歩きながらサーラ様の『作戦』を聞いていた。 
「フットワークを軽くすれば討伐軍の派遣に対してすぐ逃げやすくなる。もとより盗賊が考えている相手は隊商や旅人や小さな村なので、10人もいれば充分だと言える。戦力として強い事より逃げやすい事を優先してあるわけだ」 
「まあそれは分かりますけど」 
「つまり、軍隊でない少人数の戦力なら各個撃破できる」 
「うえ?」 
「軍隊が動けば目立つがたった二人なら盗賊共は脅威と見なさない。逃げないし、油断する」 
 いってる事は分かる。分かるけど。 
「それならサーラ様だけでも良いのでは?むしろ素人は足手まといでしょ?」 
 それを聞くとサーラ様はちょっと不機嫌な表情を浮かべた。 
「お前は私一人だけ危険にさらすつもりか?」 
「う・・・・・・」 
「それに、お前一人をここに置いていくと浮気するかもしれんからな。絶対連れて行くぞ」 
「いや、アレは俺の意思ではなく」 
「あ?」 
「いえ、何でもありません。申し訳ございません」 
 いかんいかん。迂闊に地雷を踏むと本当に今死ぬ。 
 
「失礼する。サラディン=アンフェスバエナだ。武器を譲り受けたい」 
 練兵場と思われる広場の片隅に鍛冶仕事の音が響いている。どうやら、武器は買い付けてるんじゃなく国の方で作っているらしい。品質が安定するからかな? 
 その仕事場に併設された建物の扉をサーラ様が開けた。 
「ん、ああ。どうぞこちらへ、将軍様から話の方は聞いています」 
 人の良さそうなヘビの老人・・・・・・ヘビってヒゲが生えるのね、顎だけだけど・・・・・・が出迎えてくれる。 
「それでサトル用の武器をもらいうけたいのだが、色々と試させてもらってもよろしいか?」 
「は?もちろんかまいませんが我が国の武器に粗悪品などは・・・・・・」 
「いや、そう言う事ではない。ただ単に此奴が武器を使った事がないので一通り使わせて筋の良さそうな物を使わせようという事だ」 
 その話を聞いて爺さんは明らかに驚愕の表情を浮かべる。俺とサーラ様を見比べて信じられないと言った風情で言う。 
「はい?あの、ヒトに、武器を持たせて、戦わせるとおっしゃる?もしかして、ヒト奴隷の剣闘士ですかな?」 
「いや、賊退治のお供だ。いや、言いたい事はよく分かる。ダメで元々だ。とりあえずは試させてもらえないだろうか」 
「はあ、そこまでおっしゃるなら・・・・・・」 
 重ねて頼むサーラ様に渋々といった風情で爺さんは承諾する。 
 ・・・・・・なんスか、その『いや、ぜってー無駄だってーめんどくせー』な視線は。ここまで顔の構造が違うのにはっきり分かるのはどーゆーことだ、こら。 
「まあ、とりあえず」 
 その空気を知ってか知らずか(知ってて無視してんだろーけど)、サーラ様は台に立てかけてあった曲刀をとり柄を俺に突きつけた。 
「この辺から始めてみるか」 
 
「・・・・・・九十九!百!・・・・・・っくはあぁぁぁぁ〜〜〜っ!!」 
 とりあえず言い渡された命令が『素振り百本』。剣道なんか中学校の授業以来でしかも本身の曲刀(重いんだこれが!)。たった百本で体中の筋肉がガタピシ文句を言う。そんな俺が素振りを終えた後に剣を杖にしてへたりこんで何の不思議があろうか!いや、ない!そうだ、そのはずだ! 
 なのに、この人外共と来たら・・・・・・。 
「やはりダメだな」 
「やはりダメでしたな」 
「というより根本的に向いてないな」 
「才能の欠片も見えませんな」 
「ああ、5本目ぐらいで『ああ、此奴は剣の才能がないんだな』と言う感じだったな」 
「そうですな」 
「まったらんかい」 
 のんびり批評。いや、罵倒をする二人にやっと呼吸が整ったところで割り込む。今聞き捨てならん事を言ったな、この二人。 
「つー事は何ですか?残り95回はやる必要がなかったと?」 
「実は・・・・・・な」 
「『実は・・・・・・な』じゃないですよ!何だってこんな炎天下で無駄な運動しなきゃならんのですかっ!?」 
「いやまあ何となく止め損なってな」 
「タイミングはずしただけかいっ!!」 
「さて、次は槍を試してみようか」 
「もう一通り用意は出来てますぞ」 
「ああああああ、会話をしようとする意思が何処にもねえええええええ」 
「さて、次は槍で突きを百本だ。遅れたら・・・・・・おお、革鞭もあるのか。ちょうど良いな」 
「みぎゃあああああっ!!」 
 
 え〜、かような次第をもちまして武器庫にある武器を一通り試した結果・・・・・・。あああ、もうお日様がだいぶ傾いているんですけども。 
「使えそうなのはこんな物か」 
 サーラ様の前に並んでいる武器は、短剣、弓、石弓、投げナイフ、鞭、鎖分銅、そんな所だった。それらをしげしげと眺めて地面にへたれ込んでるこっちに声をかける。 
「なんでこんなけったいな物ばっかり得意なんだ、お前は」 
「ぜえ・・・・・・そんなん・・・・・・はあ・・・・・・聞かれても」 
 疲れ切っていて返事するのも面倒なので答えなかったが、実は投げナイフだけは心当たりがある。高校の頃、悪友と遊ぶ際に憶えたダーツ。実はかなりの腕前で、アメリカ旅行中の路銀なんかは賭けダーツで稼いでたりする。賭け以外にもダーツの曲投げ何かやると酒をおごってもらえる事もあるので、夜の荒野で練習してたりしたのだ。 
「なんというか、才能レベルで卑怯な方向性が明確になってますなあ」 
「まあ、正攻法でヒトがヘビに勝つのは望み薄だからある意味見込みがあるというか、戦士としては全く向いてないというか」 
「うわ・・・・・・ひでえ・・・・・・」 
 試した中で最も成績の良かった投げナイフを弄びつつ勝手なコメントをつけるサーラ様に、それだけ何とか絞り出して大きく深呼吸。〜〜っしゃあ!!何とか立てるようになったぞ、と。 
「言いたい放題ですね、二人して」 
「まあ、ここまで接近戦を毛嫌いするのはどういう事なのか本気で謎なのでな」 
「痛いのいやなんですよ」 
 当たり前と言えば当たり前の答えだが、それ以外に答えようもない。服に付いた土埃を払う。 
「しかし、そうなると少し困りましたな」 
「む?何か問題でもあるのかな?」 
 爺さんがヒゲを撫でながら困ったように言う。 
「投剣の使い手は限られますでな。元々の蓄えが今出ているだけしかないのです。ですので鍛冶の司に注文をかけねば充分な数にならんと思う次第で」 
 なるほど、たしかに10数本程度ではすぐに無くして終わりだわな。 
「できあがるまでに時間がかかると?」 
「有り体に言ってしまえばそうですな」 
「むう・・・・・・」 
 そう言って今度はサーラ様が少し考え込んだ。数秒考えて、すぐに結論を出す。 
「まあ、ちょうど良いと思おう。サトルに稽古をつける時間が欲しかった所だ」 
「ひいぃ」 
 頭の中にアメリカ海兵隊の訓練風景が浮かぶのは俺だけですか?そんな地獄絵図な未来予想図を思い描いてしまっている俺を無視して爺さんが場をたとうとする。 
「では、そう言う事であれば早速行って参りますか」 
「む、・・・・・・我々もついて行ってよろしいか?」 
「は?もちろんかまいませんが。また、何用でございますかな」 
「ついでというわけではないが、私のこれを見てもらいたいのでな」 
 そういって、サーラ様が腰の刀を軽く叩く。 
「実は先日、火精霊の火球に投げつけてな。一応診ては見たが、素人目にはわからぬ傷もあるかと思う」 
「はあ、なるほど。・・・・・・失礼ですが、魔法などはかけられていないのでしょうか?音に聞こえしサラディン様の佩刀であれば相当の業物かと思いますが・・・・・・」 
「『剣は折れるもの、槍は曲がるもの。つまるところ、武器は無くなるもの。その道理を越えた魔法に頼るものは業とは言えぬ。剣の業を極めれば万物が剣であり、槍の業を極めれば万物が槍となる。その境地に至ってこそ技が初めて業となる』・・・・・・師の教えだ。安物ではないが、魔法はかかっておらぬ」 
 懐かしそうに剣の柄を撫でつつ師匠の教えを語るサーラ様をみて、爺さんが感心したように頷く。 
「ほお、お師匠様はなかなかの人物のようですな。・・・と、そうそう。そのような次第であれば、喜んで引き受けさせて頂きましょう」 
「ご厚意、ありがたい。というわけだ、行くぞサトル」 
「へーい」 
 ぎっちぎちの身体を引きずりながら二人について行く。・・・・・・すぐに稽古が始まらなかった事に感謝しつつ。 
 
 鋼と鋼がかち合う音が響く。肌が焼けそうなほどの熱。鍛冶場では仕事の真っ最中だった。 
「なんか、懐かしいな・・・・・・」 
「ん?何か言ったか?」 
「あ、いや。何でもないです」 
 男連中が鉄の匂いのむせかえるような熱気の中、職人の仕事をする。この光景に見覚えがある。・・・・・・というより、経験があると言った方が正しいか。 
 実家の仕事が自動車修理工だったので、小さな頃から鉄屑がオモチャで、中学に上がる頃には親に強制的に仕事を手伝わされてた。人手不足を息子で補う精神は、商売人としては正しいが親としてはどうなんだ、とかかなり思ったけどな・・・・・・。てゆーか、溶接ができる中学生っておかしいだろ。そういや、俺こっちに落ちちゃったけど、やっぱ実家は弟の稔が継ぐのかなあ・・・・・・。 
「どうした?さっきから様子がおかしいが」 
「・・・・・・いや、個人的に感慨深いってだけです」 
「それはどういう・・・・・・」 
「貴方がサラディン様ですかい?」 
 興味を持ったのか詳しい話を聞き出そうとするサーラ様の質問を遮る形で、ごつい体格で腕の鱗の上にたくさんの火傷の痕があるヘビが話しかけてきた。 
「おっと、申し訳ない。挨拶が遅れた。私がサラディン=アンフェスバエナだ」 
「で、腰の物が心配だって事ですが・・・・・・」 
「うむ、これだ」 
 手渡されたそれを抜き放ち、親方(俺の中での仮称)が剣を夕日にかざして具合を見る。5分ほど呻きつつ診ていた親方は、心配そうな・・・・・・そして多少演技がかった口調で結果を伝えた。 
「・・・・・・ふうむ、芯が折れてはいないようですが刃の方が大分傷んでおりますな。研ぎをかけておきますか」 
「ありがたい。お願いする」 
「ですが、そろそろ芯の方も限界に近づいてるみてえですな。何でしたら鋼を足して打ち直しやしょうかい?」 
「む、それは・・・・・・」 
 サーラ様が渋い顔をして悩む。・・・・・・って、ありがたい申し出じゃないのか?タダなんだし。やらない理由がないような。 
「ふむ、もしかすると我が国の工房の鋼の質が心配なので?」 
「失礼な話だとは思うが、本音を言えばその通り。前に来た時には狼との交易路が途絶えたと聞き及んだのでな」 
「それでしたら心配には及びません。ほれあの通り、大きな落ち物の鋼が手に入りまして・・・・・・」 
 そういって、親方が指した先には籠一杯の機械を溶鉱炉に放り込もうとしている職人さんが・・・・・・って、まてこらあっ!! 
「ちょっと!何してるんですかっ!!」 
「へ・・・・・・?」 
 職人さんは急にかけられた大声に驚いたようにこちらを向くけど、手は止まらずに機械をそのまま溶鉱炉へ。ぎゃーっ!! 
「あーっ!あーっ!あーっ!まだ使えそうなのが色々あったのにーっ!!」 
 周囲から奇異の視線が頭を抱えて叫ぶ俺に突き刺さるのを感じるけど、そんな場合じゃない!!今すぐ取り出せば・・・・・・無理だろうな。 
「あー、あー、もったいねー。あのシリンダとかまだ使えただろうに・・・・・・」 
 『もったいない』この精神が日本の科学技術分野を高めたのだ。そういった人は一体誰だったか。ともかくも、故郷の工業生産物が哀れにも只の刃物になるべく鋳溶かされてしまった光景に、一人の機械屋として途方に暮れる。そんな悲嘆にくれる俺に、横合いから多少うわずった声がかけられた。 
「あ、あのな、ヒトの兄ちゃん。あの落ち物だったら、まだ半分以上残ってたはずだからまだ直せば使えるかもしれんぜ?」 
「なんですとっ!?」 
「ああ、この工房の裏手に・・・・・・」 
「ありがとうっ!」 
「あっ、おいサトル!」 
 そう言うなり、工房を飛び出して裏手に回った俺が見たものは、エンジンルーム部分から前をごっそり切り取られた良くある車種の日本車だった。 
 
「うっわぁ・・・・・・なんでこういうことすんだよぉ・・・・・・」 
 力無く膝をついたサトルの前には、落ち物の鉄の塊が静かに座っていた。ここは落ち物以外にも鉄材を保管する場所らしく、錆び折れた武器や農機具なども転がしてあった。 
「・・・・・・落ち物の機械は良質の鉄だからな。使い方の分からん物は大概こうなる。帝国ではそれなりに機械の研究も進んでいたらしいが、それも『帝都消失事変』で失われたからなぁ」 
 なぜか衝撃を受けているらしいサトルに、なんとなく説明してやる。私が追いついた事に気がついたサトルが何とも言えない表情で振り返えった。 
「これが使えたら、輸送とか移動に関して革命が起きたと思うんですけど・・・・・・」 
「・・・・・・もしかして、お前。わかるのか?使い方とか、作り方とか」 
「とりあえず、もうこうなったら直しようがないという事は分かりますが」 
 サトルが素振りを終えた時よりもつかれた様子で立上がり、膝の砂を払う。深く、深く、一回だけため息をつくと、腕を組んで考え始めた。 
「とりあえず、直しようがない物は仕方がないので、他の使い方を考えましょう」 
「なんというか、お前はホントに切り替えが早いな。とゆうか、他の使い方と言ってもな・・・・・・」 
 そもそもこれはアディーナの工房の物であって、我々の物ではないのだが・・・・・・。 
「なあ、兄ちゃん」 
 いつの間にやら来ていた、工房の親方が突然サトルに声をかける。振り向いたサトルに面白そうな表情で話を続けた。 
「なんなら、ここの落ち物を自由に使っても良いぜ?」 
「ほ、ほんとですか?」 
「ああ、ここに来てんのはうちの国の学者連中が見放したもんだ。少しぐらいならどうってこたねえよ。・・・・・・ただ、代わりと言っちゃ何だけどな。使えるようなもんがあったら、使い方と作り方を教えちゃくんねえか?」 
 なるほど、ヒトから技術を直接得る機会など無いに等しいからな。なかなか頭が回る。 
「そりゃもう、問題ないです!喜んで!」 
 子供のような笑顔で逡巡無しにサトルがそう答える。って、ちょっとまて。 
「お前、これから盗賊退治しなきゃならないって話を忘れてないか?」 
「あ!」 
 私の指摘に本気で驚いた顔を見せるというのはどういう了見だ。まさか本気で忘れてたわけじゃなかろうな、サトルよ。だがそれを叱責する前に、すぐに思いついた表情になる。 
「なら、ここの機械を使って俺用の武器を作りましょう!誰も見た事のない未知の武器ならきっと盗賊の不意をつけるはず!!」 
「はい?」 
 出してから、自分でも間抜けだと気付くような声が出た。 
「つまり、ここにある物と、俺の頭の中にある『落ち物』の技術で新しく武器を作ってやろうって事ですよ。それを使えば勝率が上がるし、親方も新しい武器のレシピが増えて大満足!ですよね!?」 
「いやまあ、理屈の上では確かに・・・・・・」 
「おおっ!そう言う話なら俺も手伝おうじゃねーか!」 
「そりゃありがたい!早速使えそうな部品を漁りますかぁ!」 
 ・・・・・・職人同士の魂が共鳴現象を起こしたようで、どうやらサトルだけを止めた所で止まりそうにない。それどころか迂闊に手を出せば従姉殿の介入すら有り得るような気配だ。 
 深くため息をつき、あきらめて見守る事にした。 
 
 きんこんがんぎんがりごり 
 そんな音を響かせつつ、工房での作業は続く。素人目には何をやっているのかさっぱりだが、作業自体は進んでいるらしい。 
 ・・・・・・真夜中だというのに。 
 月が中天を過ぎても、止まる様子は見えない。こんなことの何が楽しいのだろうか?暑いし、うるさいし、汗だくになるし、そのうえ身体を動かすような事でもない。時折口論したり、妥協したり、工房裏手に落ち物を漁りに行ったり、せわしない。 
 こんな事の何が楽しいのだろうか? 
 こんな事がサトルには楽しいのだろうか? 
 さっぱり分からない。 
 
 空が白み始めた頃に、その声は上がった。 
「よっしゃ、プロトタイプ完っ成!」 
「よーし、早速試し撃ちと行くかあ!」 
「あーそーかい、良かったなー」 
 我ながら険悪な声で盛り上がる男共の後ろから声をかける。二人はそれに驚いたように振り返った。 
「サーラ様!?いつの間に?」 
「いつの間にも何も、最初からここにいたが」 
 こいつ、私の事を思いっきり忘れてたということか?更に声がささくれ立つ。 
「え?じゃあ寝てないんですか?」 
「他のなんだと言うんだ」 
 ・・・・・・私がいたことに一晩中気付かなかったのか?ええい、どうしてくれよう。この男。 
 寝ていないせいか、いつものように上手く言葉が出てこない。いや、殴った方が早いか? 
「ええと、よく分からないんですけど。何で寝てないんですか?」 
「なんでって・・・・・・」 
 危険な考えになりつつあった思考に質問が差し込まれる。反射的に答えようとして・・・・・・答えが出ない。脳に重労働をさせる事をあきらめ、とりあえず、考えずに言葉を出す。 
「・・・・・・あー、忘れた。というより、寝てないから頭がはっきりしない。今、難しい事を聞くな」 
「はあ・・・・・・」 
 納得したようなしないような、はっきりしない表情でサトルが答える。そして、完成したそれを軽く掲げるて聞いてきた。 
「で、とりあえずこれからこのスーパーストロングスティールスプリングガン一号、略して4Sキャノンの試し撃ちをするんですけども。サーラ様はどうします?もう寝ますか?」 
「ん・・・・・・、物のついでだ。付合おう」 
 
「それは飛び道具なのか?」 
「ええ」 
 安土の前まできてサトルはそれ、・・・・・・確かフォースキャノンとかなんとかを構える。それは、鉄の筒に鉄の取っ手やら、何やらを取り付けた複雑な機械のようだった。サトルが、取っ手上の部分についたリングをかなり力を入れて引くと、紐のような物が引きずり出される。弓を引き絞る程度の長さをひくと、がちんと鋼のぶつかる音がした。 
 サトルがリングを離すとしゅるしゅると機械の内部に紐が戻っていく。それが戻ったのを確認すると、サトルが筒の先を的を書いた木の板に向けて構えらしい物を取った。 
「目標確認!発射!」 
 ばちこんっ!と大きな音が響くと、一瞬後に目標になっていた的が四散した。ほぼ同時に安土も派手に土砂を飛ばす。 
「おおっ!?」 
 思いもしていなかった威力に思わず声が出る。だが、それだけでは終わらなかった。すぐにサトルはリングを掴んで引き絞る。 
「第二射装填!目標確認!発射!」 
 今度は目をこらして見る。どうやら、あの武器はクルミぐらいの大きさの鉄球を撃ち出すらしい。なるほど、クロスボウのような物か。いつ鉄球を入れたかが謎だが。 
 そうこうしているうちに、サトルが5発目を撃ち、そこで止まった。どうやら鉄球が切れたらしい。 
「全弾斉射、不具合無し!」 
「おっしゃ、やったな兄ちゃん!」 
「ありがとうございます親方!」 
 ついていけない私をおいて、何か盛り上がる男共。 
 面白くない。 
「で、終わりか?」 
「え?え、ええまあ確かにそうですけど」 
「なら、部屋に戻るぞ。いい加減眠たい」 
「あ、はい。あの、そう言うわけで親方、試射後の点検はまた次という事で」 
「あ〜、いや、引き留めちまったみたいで悪いな兄ちゃん」 
「いや俺がやりたかっただけですから・・・・・・」 
「は・や・く・い・く・ぞ!!」 
「は、はい〜〜〜っ!!」 
 いつまでも名残惜しそうにするサトルを引きずるようにして部屋に戻った。 
 
 俺の一歩手前を、肩を怒らせて歩くサーラ様。早起きの使用人がすれ違うたびに、壁に張り付くようにして避ける。・・・・・・俺から見えない所でどんな顔をしてるのやら。 
「あの〜サーラ様」 
「何だ」 
 うう、明らかに機嫌が悪い。寝不足なのは分かるけど、どうしてこんなに怒ってるんだ? 
「俺なんか悪いことしました?」 
「してたら、とっくに斬っている」 
 背筋が凍える気分で首を撫でさする。手の体温で自分の首が繋がっている事を確認できた。何でこんな事までして首の所在を確かめなきゃならないのか少し不条理に思うけども、誰かに聞けば答えが出るものでもないしなあ。 
「そんなに楽しいか?」 
「はい?」 
 物思いにふける俺にサーラ様の声がかけられる。予想外だったので変な返事になってしまった。 
「ええと、なにがですか?」 
「機械だ。そんなに楽しいのか?」 
「そうですね、楽しいですよ機械いじりは。というより、アレをオモチャにして育ったようなもんで」 
「徹夜するほどか?」 
「いや、徹夜は家の手伝いとか麻雀とかで慣れっこなんであんまり苦にならないというか」 
「・・・・・・」 
 サーラ様が部屋の扉を少し乱暴に開ける。続いて入った俺が扉を閉めると、サーラ様がやっと振り返った。 
 うっわぁ。寝不足のせいか、目は充血して下にはクマができている。その状態で睨め上げるように俺をにらみつける。元の美貌が凄い分だけすさまじく恐い。怪談にでてくる執念を残して死んだ女幽霊にしかみえねえ・・・・・・。 
「サトル」 
「は、ははははいっ!」 
 霊的でない理由で金縛りにあっているせいか、声が震えるのを隠せない。なに?なに?おれなんかした? 
「自分の主人の事をすっかり忘れるほど、ああいう事が好きなのか?」 
「へ?は。あ!」 
 も、もしかして、機嫌が悪い理由って、サーラ様をほっぽり出して盛り上がってた事かっ!?そんな子供じみた理由で・・・・・・意外といじましいところ可愛いと思うけど、ともかくそんな理由で怒ってる!?『そんな事ありませんよ』と言っても信じてもらえないだろうし、『拗ねてるのかわいいっ♪』とか言ったら半端なくどつかれるだろうし、どうすれば・・・・・・。 
 動揺した俺の指先に何かが触れる。ポケットの中、硬い感触。・・・・・・これだっ!もっと後で使おうと思ってたが、今しかない! 
「いえいえいえいえ、すっかり忘れるなどという事はありません」 
「いつの間にそこに?とか言ってたろ」 
「いえ、武器の他にサーラ様に贈るものを作っていたら夢中になってしまっていただけです!」 
 ですから、鯉口切るの止めて下さい。 
「いい加減な嘘を・・・・・・」 
 言いかけたサーラ様の目の前に『贈り物』をだして、つまみをひねる。一瞬後、つまりはなんとか刃が首に届く1cm前で、『それ』から音が流れ出した。 
「は・・・・・・?」 
 ぽろんぽろんと流れる曲は、たしか音楽の時間に聴いた事のあるクラシック。アイネなんとかとか言ったと思うけど定かじゃない。それはともかく、俺のとり出した素っ気ない鉄の箱、オルゴールの音色にサーラ様は気を取られたようだった。 
「こ、これは・・・・・・落ち物か?」 
「ええ、オルゴールって言います。あの鉄材置き場にあったんで、ちょっと直してみました」 
「ええと、これをその・・・・・・」 
 きょとんとした顔でオルゴールと俺の顔を交互に見る。 
「ええどうぞ。その為にちょろまかしてきたんですから」 
 そういって、サーラ様の手をとってオルゴールを載せる。4cm立方ほどの大きさのそれの意外な軽さに少し驚いているみたいだ。持ち上げたり、ランプの明かりに透かしたりして観察する内に音楽が止まる。 
「あ・・・・・・」 
「そうゆう時は、こうして」 
 サーラ様の手の上に俺の手を重ね、ゼンマイをもう一度巻き上げる。さっきより、長く。ゆっくり。 
「・・・・・・鉄に限った話じゃないんですが」 
「は?」 
「向いているからって、それを強制されるってのは悲しいもんですよね」 
 手を離すとゆっくりとつまみが回り始める。また、優しい音楽が流れ出す。 
「向いていなくても強制されるのは問題ないのか?」 
「それはそれで問題ですけど、また別の話。向いている事をやらされるって事は、それ以外をやりたくても誰にも同情してもらえないって事ですからね」 
「それは・・・・・・わかるな、確かに」 
「だから、直せば使えるこいつ等が鋳溶かされて一緒くたに刃物にされるのが、何か悔しくて」 
「・・・・・・だからって、主人の事を忘れて言い訳じゃないからな」 
 口調そのものは相変わらずだが、その声音には拗ねたような甘さがある。ふっふっふ、どうやら怒りが薄らいできたようだ。計算通り!・・・・・・問題は、このサーラ様の可愛さに自分の方の統制がとれなくなってきている事か。いや、いつも通りと言えばいつも通りなのだが。 
「ええ、ですからお詫びの印として、生き返ったこいつをサーラ様に」 
 重ねた手のひらに込める力をほんの少し強くする。すこし、うるみがかってきた瞳をのぞき込んでそう囁いた。 
「ま、まあそこまで言うなら赦してや・・・・・・」 
 
  ぼわん 
 
「ごしゅじんたまぁ!クシャスラ、感動しましたれすぅ!!」 
 ぐき。そんな音が首から聞こえた気がする。視界が真っ暗で何がなんだか分からない。何か柔らかいものが顔面に押しつけられているのは分かるが、呼吸がふさがっている事以外には特に有益な情報が・・・・・・って、まてっ!? 
「もおままままむがももがっ!?」 
 呼吸!息!てゆうか、今頃首から激痛がっ!? 
「もー、好きれす!ラヴれす!ごしゅじんたまぁ。クシャスラの事分かってくれてる方なんて砂漠中探してもごしゅじんたましかいないれす!」 
 おおおおおっ!?く、首から上に急激且つ変則的なランダムベクトル&テンソルがっ!!死ぬ散る折れる、もげる時!? 
「なっ、ちょっと待て貴様!サトルは私のものだぞ、おい!」 
「へへーん!アンタみたいな(自主規制)にクシャスラとごしゅじんたまの絆の深さは理解できないのれす!!」 
 こりゅっ。この音を聞いた時に、何故か某海王がロシアのサンボ使いに使った技を思い出した。あ、おばあちゃん久し振り。あれ?おばあちゃんなんで川の向こうで手招きしてるの? 
「なんだと!黙って聞いてればいい気になりおって!!」 
「お?お?刀に手をかけて、そんなもんでクシャスラが切れるとでも・・・・・・」 
「んんんだらっしゃああああああああああっ!!!!!!」 
 ごき、がきゅ。自分の現状を理解すると同時に、死力を振り絞り顔面に張り付いた何かを引っぺがし、頭蓋骨を掴んで強引に正しい位置に戻す。臨死体験から何とか戻ってきたと言う安堵と、実はまだ戻れてないんじゃないかという不安から首を中心として、自分の身体を触って確認する。・・・・・・どうやら、首から激痛がする以外は大丈夫なようだ。いや、既にそれがやばいような気もするが。 
 そこに来てやっと俺の現状に気付いたらしい二人が声をかけてきた。 
「サ、サトル。大丈夫か?」 
「あーと、あの、首の激しく激痛が痛む以外は何とか」 
「そ、それは致命傷とか言わないれすか」 
「ふ、不安になるから言わないで・・・・・・」 
「ちょ、ちょっとまて!サトルよ、そのまま動かすな!おい、そこの精霊!添え木になりそうなものと包帯をもってこい!」 
「は、はいなのれす!」 
「え?そ、そんなやばいんですか?」 
「いいから動かすなあ!!」 
 
〜10分後〜 
 
「・・・・・・どうやら、脱臼したようだな。そのあと嵌っているが」 
 安堵のため息をついて、サーラ様が添え木の固定を終える。 
「く、首の骨って外れたりするんですか?」 
「ごく稀にな。いやしかし、良かった。これならさほどかからずに治る」 
「はああああああ、よかったれすぅ。ごしゅじんたまに何かあったらクシャスラ、クシャスラ・・・・・・」 
 どこからかハンカチを取り出して涙を拭くその少女、とゆうより女の子を酷く冷めた目で見る自分がいる。隣で、サーラ様が同じような顔でその少女を見てる。 
 肌は赤錆の色に近い褐色。長くて銀色の髪の毛は一見ふんわりとまとまってみえるが、少し注意してみれば針金のように不自然に形を保ち続けているのが分かる。年の頃は10歳くらいかな?子供らしいふくふくしている体つきを踊り子のようなきわどい衣装で隠している。 
 そして、何よりこれが重要なんだが、膝から下が透けて半透明になり。つま先から伸びる半透明のひもが、オルゴールに突き刺さっている。 
 とっくに音が鳴りやんだオルゴール。 
 そこから生えた少女の寒々しい嘘泣きに部屋の空気が冷えていくのが分かる。それに少女も気がついたようで、ハンカチの隙間からこっそりこっちの様子をうかがっているのが分かる。 
 こちらの沈黙の圧力に耐えきれなくなったのか、ついに少女の方から声を上げた。 
「・・・・・・ええと、まずは自己紹介とか・・・・・・」 
「先に言う事はないか?」 
 さっくり斬り捨てたサーラ様の言葉に少女の言葉が止まる。たっぷり30秒ほど考えた末、出した答えはこれだったらしい。 
「ごしゅじんたまのこと生まれる前から愛してま」 
「それじゃなくて」 
 今度は俺にすっぱり斬り捨てられて、流石に観念したらしい。いきなり、土下座すると大声で泣きだした。 
「うわああああああん、ごめんなさい!こんなことするつもりはなかったんれすうううぅぅぅ!!」 
「はっはっは、するつもりがあってサトルの頸椎外してたらとっくに殺してるぞ」 
「つうか、俺、本気で死ぬとこだったんですね・・・・・・」 
 首を刎ねられる危険性は最近とみに感じていたけど、流石に折られるとか外されるとかで死ぬとは思ってなかったなあ。・・・・・・まあ、前提からしてどうよとは思うが。 
 そんな事を考えつつ即席のギブスの上から首筋を撫でていると、少女はいつの間にか本気の涙を流しながら嗚咽混じりの声を出していた。 
「ひ、ひうっ!だってだって、クシャスラらって、ごしゅじんたま死んだら嫌れす。ずっと、ずっと、まってたごしゅじんたまクシャスラが死なせちゃうのはもっと嫌れす・・・・・・。ぐすっ、ごめんなさい、ごめんなさい。あう、うっ、だから、赦してくらさい・・・・・・嫌わないでくらさい・・・・・・」 
 大きな目からぼろぼろと水銀色の涙を流しながら、クシャスラが懇願する。横でサーラ様がため息一つついて、俺を肘でつついた。首が動かせないので目線だけで頷く。 
「もう、しない?」 
「はい、しないれす。やらないれす」 
「約束できる?」 
「するれす。やるれす!だから、だから、ごしゅじんたま、見捨てないれ・・・・・・」 
 胸元にすがりついてくる、少女の(精霊なのに触れるんだねえ)頭をそっと撫でてあげる。 
「わかったわかった。赦してやるよ」 
「わーい♪ごしゅじんたま大好きなのれすぅ」 
 たちまち泣きやんで抱きついて来ようとするその手を、サーラ様が寸前で掴んで止める。かなり強い力で掴まれているであろう左右の手首を交互に見て、クシャスラは険悪な視線をサーラ様に向けた。 
「なんでこーゆーことするれすか?」 
「お前がサトルの首を今一度へし折ろうとしているからだ」 
 間髪入れず答えられてすこし怯んだようだけど、クシャスラは引くつもりはないようだった。 
「そもそも、おねーさん誰れすか?」 
「サトルの仕える女王にして主にして上司にして親分にして将軍にして騎士にして支配者にして所有者。名をサラディン=アンフェスバエナという。そして、お前が『ごしゅじんたまぁ』と頭悪そうな呼び方で呼んでいる男はサトルという名前で、我が忠実なる臣下にして従卒にして召使いにして臣民にして部下にして下僕にして子分にして兵卒にして奴隷にして所有物であって、決してお前のものではない」 
 サーラ様は突き放すようにそう断定するけど、それでもクシャスラは負けるつもりはないみたいだった。 
「ちーがーうーれーすー。ごしゅじんたまはクシャスラのごしゅじんたまなのれすー。べー」 
 クシャスラが身体を透けさせてサーラ様の手から逃れ、俺の身体の陰に隠れた。首が回らないので見れないけど、たぶん舌を出して。つか、君たち、俺の意見は聞こうとすらしないんですか? 
「なにを・・・・・・」 
「ふっふーん♪どーせ、暴力なりなんなりで無理矢理言う事聞かせてるから、クシャスラみたいな美少女に奪われちゃうって嫉妬してるれすね。年増のひがみって嫌れすねぇ」 
「なななななな、何を根拠にそんなことをっ!サトルは私のものに決まっているだろう!」 
 そこで図星を言い当てられたかのように動揺せんで下さい、サーラ様。 
「へへーん!うそばっかりー♪なんなら試してみるれすかぁ?」 
「なんだとぉ!いいだろう、受けて立つ!」 
「んじゃあ勝負方法は・・・・・・」 
 
「そ、そんなことをするのか?」 
 クッションを入れて上半身が少し起きあがるようにしつらえたベッドに俺は寝かされ、その股間ではクシャスラがいきりたった俺のを小さな舌で味わうように舐め上げていた。 
 クシャスラの言い出した勝負方法というのは『ごしゅじんたま絶頂サドンデス勝負』。要するに交互に俺をいかせ合って、出せなくなった方の負けらしい。勢いとはいえこんな勝負をうけるとは、サーラ様も大分徹夜が脳髄に効いているんじゃないだろうか。しかし、このフェラチオは・・・・・・ううぅ。 
「ん。ちゅ、ちゅ、れろ。んんっ。ふー。愛があればこれくらい出来て当然れすよぉ・・・。はむ」 
 根本の部分からちろちろと舐め上がってきて、舌先で雁首を一周する。そして、不意打ちのように亀頭をくわえ込み、狭い口中を擦りつける。す、すげえっ。しかもそれをこんな小さな娘が。だああっ、興奮するな俺!ヤバイだろ!人として!でも、でもっ・・・・・・。 
「んん〜、まずは一回目れす〜。・・・・・・はみ」 
「ぅ・・・・・・ああ!!」 
 軽く歯を亀頭に立てられた刺激に耐えきれず、精液が勢いよく飛び出る。精霊少女の幼い顔面に白い粘液がぶちまけられた。クシャスラは嫣然と微笑むと、その粘つく精液を指で掬って口に運ぶ。 
「ん・・・・・・ごしゅじんたまの、おいしい・・・・・・」 
 熟れた娼婦のような仕草。あどけなく舌っ足らずな声。・・・・・・ヤバイ、深みに嵌りそうだ。だって、 
「あ〜、ごしゅじんたまのもう硬くなってるれすよ〜」 
 クシャスラが大好きなオモチャを見つけたような眼で、それを見つめてゆっくり手を伸ばそうとする。わ、わわ、いま、その手で触られたら俺・・・・・・。 
「ま、まて!」 
 一瞬早く横合いから伸びた手がクシャスラの手を止める。 
「つ、次は私の番だろう!」 
 多少うわずった声でサーラ様が叫ぶ。いつの間にか服を脱いでいたサーラ様は左腕で胸を隠しながら強引にクシャスラを押しのけた。 
「うう〜、仕方ないれすねえ・・・・・・」 
 不承不承順番を譲ったクシャスラのいた場所にサーラ様が陣取る。つまり、その、俺の未だに元気に立ってるものの前に。 
「は・・・・・・こ、れが、サトルの・・・・・・」 
 いままで何度か肌を重ねたけど、全部ムードが盛り上がってる時だったような。実は、サーラ様にまだ冷静さが残ってる状態で俺のを見るというのはこれが始めてかもしれない。 
「こ、こんなにはしたなく大きくしおって・・・・・・」 
 顔はそらすけど、視線は俺のそれに注がれている。顔を真っ赤にしておずおずと手を伸ばす。一瞬、俺のそれに触れて驚いたかのように引っ込めた。 
「な、なんでこんなに熱いんだ」 
 んくっ!一瞬だけ触れた指の冷たい感触がびりりって脳に来る!思わず、首の事を忘れてのけぞりそうになってしまった。 
 サーラ様は褐色の肌の上から分かるぐらいに顔を赤くして、今度は顔をなんとか背けずに俺の物をおっかなびっくり掴む。一回触った事があるはずなのに力加減を憶えてないのか、軽く触れるぐらいの力で胴回りを包む。 
 ・・・・・・いいもんだな、おい。どぎまぎする女の子に半ば強制的に触らせるってのは!我ながらどうかとは思う趣味だが。 
「あれ〜?どうしたのれすか〜?手が止まってるれすよ〜?降参れすか〜?」 
「うっ、うるさい!ここここれから、やるところだ!」 
 クシャスラのあからさまな挑発に、しかし冷静さを失ってるサーラ様は受けて立ってしまう。そろそろ俺もシチュエーションだけじゃなくて実際の刺激が欲しい所・・・・・・。 
「い、いくぞ・・・・・・」 
「当然口でれすよね」 
「なっ、なにい!?」 
 おごっ!お、驚くのは良いですけども、いきなり強く握るのは刺激が強すぎ・・・・・・。 
「ななななな、なにをきさまそんなこれをあんな」 
「え〜?できないんれすかぁ〜?とゆーことはあ、負けを認めるってことれすかぁ?」 
「ででででできるに、きききま、きまってるだろう!や、やるさ、やってみせる・・・・・・」 
 ああああ、サーラ様ってば動揺しきって勝負のルールをすっかり忘れている。いやでも、そのおかげで、サーラ様がふぇ、ふぇらちおを?クシャスラ、ぐっじょぶ!お前はエロイ。いや、エライ! 
 サーラ様はテンパった眼で俺の少し萎えたものを見てごくりと唾を飲み込む。その内心でどういう葛藤があったのか想像もつかないが、覚悟を決めたらしい。そして、口から長めの舌を出しておずおずと鈴口に触れた。 
 くっはあ。一番敏感な、やもすると痛いぐらいのそこに触れるか触れないかの冷たい感触。ぞわぞわと肌の上を快感が駆け上ってくる。震えるような感触(事実サーラ様は震えていたのだが)から、少しずつゆっくりしっかりと舌が触れてくる。サーラ様にしてみれば、単に慣れてないから探り探りやってるだけなんだろうけども、俺としては焦らされつつも弄ばれている感じで。ああもっと舐めて下さいサーラ様。うあ何ですかその涙目は、熱病にでもかかったみたいにとろんととろけて。 
「ん・・・・・・れろ、れろ・・・・・・ふは」 
「どうれすかぁ・・・・・・ごしゅじんたまのお・ち・ん・ち・んのお味は・・・・・・?」 
「ちろ・・・・・・サトルの、あじぃ・・・・・・変だけど・・・生臭くて・・・・・・ん。あふ、でも・・・・・・悪くない・・・・・・」 
 おおお、クシャスラさん、なにゆえ貴方が言葉責めですかっ!?いやでもしかし、正気を失ってきてるサーラ様もそんなエロなセリフをっ!!サーラ様の舌もだんだん大胆に動いてくる。ときおり唇で挟んだり、胴の部分に軽く噛みついたり、クシャスラが何げに手を誘導して袋を触らせたり・・・・・・。つーか、やたら手慣れてるんだが、こんな幼い外見の精霊に一体なにさせてたんだ帝国人。 
 そんな疑問もすぐに思考の外に追い立てられる。サーラ様がついに俺のを銜えて口内で擦り出す。荒っぽい動きは気持ちいいと言うより痛いんだけども。 
「んんっ!ふぶ、んんう。ちゅぼっ!んあ、はふう・・・・・・」 
 サーラ様が、半泣きで必死で、でも懸命に俺のちんちんをしゃぶっていると思うとそれだけでッ!!んがっ!さ、先っぽが喉の奥にっ!! 
「んん〜〜〜〜〜〜っ!!?」 
 はうあ!口の中にそのまま出しちゃった・・・・・・。しかし、こんな気持ちいいっていうか嬉しいことされたらそりゃ我慢も出来ない。って、こんな脳内言い訳してないで早めにあやまっとかないとサーラ様に怒られ・・・・・・。 
 え?サーラ様、何で口を押さえて・・・・・・。喉が動いてる。飲んでる?そんな、涙流すぐらい我慢してまで俺のを? 
「〜〜〜っ。ぷはあ・・・・・・はあ・・・・・・はあ。ど、どうだ。わ、私のは気持ちよかったか・・・・・・」 
 は、はう。そんなくしゃくしゃの顔で、そんな事言われると・・・・・・。 
 びくん。二度目の射精によって力を失っていた俺のちんちんがサーラ様の可愛さで跳ね上がってしまう。・・・・・・我ながら恐ろしい事になっている気がする。つーか、どっか壊れてきてないか、俺。 
「わ、サトル、そんな、まだ、こんなに」 
「うわぁ。ごしゅじんたま、すごいれす・・・・・・」 
 立上がった俺の息子の雄姿に二人の目が注がれる。どぎまぎするサーラ様の隙をついて、クシャスラが身体を割り込ませた。 
「次はクシャスラの番れすよぉ・・・・・・」 
 欲情しきったロリータボイスで囁きかけながら、俺の身体をはい上がってくる。吸い付くような肌の滑らかさにぷにぷにの柔らかさが汗のぬるぬるで伝わってくる。いかん寝不足と興奮で、言語中枢まで変になってきた。 
 俺の胸までナメクジのように這い上がってきたクシャスラが俺の乳首をちろちろ舐めながら腰を持ち上げて、位置を合わせる。つるつるの無毛の丘の感触が俺の尖端に当たった。 
「ごしゅじんたまぁ・・・・・・あいしてるれす・・・・・・」 
 あ、あ、あ、熱い、つるんとした感触が俺のを呑み込んでいく・・・・・・。締め付けると言うよりは狭い感触。幼く小さい性器が俺ので押し広げられて、ぴったりと張り付く感じがする。粘膜同士が擦れる感触が、気持ちいい。 
「ああ、ふ、ごしゅじんたまぁ・・・・・・。熱くて、硬くて、大きいのでぇ・・・・・・、クシャスラのおまんこぉ、ひろがってるれすよお・・・・・・」 
 クシャスラが舌っ足らずで幼い声で淫語を囁く。あまりに背徳的で、妖しい色香に目眩がしそうだ・・・・・・。頭の中でクシャスラの声がリフレインする・・・・・・。 
 先の方に、こつりと何かが当たる感触がする。ふぁ、これが、子宮口って奴か・・・・・・。俺のものが無意識にぴくりと動いたのを中で感じたのか。クシャスラがあどけない容貌で妖艶に微笑む。それがどうしようもないほどエロくて・・・・・・。 
 ・・・・・・俺、ロリコンになるかも・・・・・・。 
「う、うごくれすよぉ・・・・・・」 
 そう宣言して、クシャスラが身体ごと前後に動き出す。狭くてきつきつだけど、侵入を拒むことは決してない、そんな不思議な感触を股間に。柔らかく暖かな女の子の肌の感触を全身に感じる。 
 全身で全身を愛撫する。そんな交わりに、ただ、流される。見下ろしてみるクシャスラの顔は快楽に惚け、口の端からよだれを垂らしている・・・・・・。感じているんだ・・・・・・まだ子供なのに・・・・・・。精霊に子供も大人もないと理性は告げていたが、そんな事を吹き飛ばすぐらいの淫靡が眼から耳から侵略してくる。 
「ひ、はあ。ごしゅ、じんたまのちんぽぉ・・・・・・ごりごりくるれすぅ・・・・・・。まんこのなか・・・・・・ついたり、かきまわしたり・・・・・・んくっ!」 
 クシャスラが腰をひねると俺のものがまた新たな場所をえぐる。ひだひだの感触からつぶつぶの感触に一瞬変わる。なんか、ヤスリで理性ごと削られている気がする。 
「んふ・・・・・・ちんぽぉ、ごしゅじんたまのちんぽぉ・・・・・・おおきくてぇかたくてぇ、ひうっ!えぐれるれすうぅぅぅ・・・・・・。ふうっ!」 
 我慢できなくなったのか、クシャスラがペースを上げてくる。小さな腰をカクカクと動かし始める。時折、ひねったりまわしたりの動きを入れて貪るように動く。 
「あん、あん、はん、はう、ひうっ!ごしゅじんたまぁ、ごしゅじんたまあ!!あっ、ああ〜〜〜〜っ!」 
 舌っ足らずの嬌声が切なげに高まる。その叫びが意味のない高音に変わった瞬間、強烈な締め付けが俺の物を襲い、俺もそれで果ててしまった。 
 
 あ、う。あ、失神したのか?いつの間にかクシャスラが俺の上からどいて、自分のそこから精液を掻き出しては口に運んでいる。うわ、エロ。手のひらいっぱいに乗せたアレをあんなに美味そうに。 
「あふ・・・・・・ん、おいし・・・・・・」 
 囁くように独りごちて、クシャスラが勝ち誇るようにサーラ様に微笑みかける。そういえば、勝負の最中だったっけ。でも、もう無理。いくら何でも徹夜明けに一度に4発は死ねます。 
 いやあのそのサーラ様。そんな近寄られても無理ですってば。 
「サトル・・・・・・」 
 無理です、出ません。立ちません熱っぽい懇願の眼とかしても、高い確率でできません。 
 なんですか、あの、俺の胸の上に膝立ちでまたがっても、その、あそこが丸見えなんですが、いや、無理です。むしろやったら死にます。 
「・・・・・・み、見てたら、こんなに」 
 なんですか、お漏らしじゃないんですから、太腿まで濡れてても、うわ、あそこから垂れたのが俺の胸に、じゃなくて、多分無理ですから。うわ、あつい。たれてきたのあつい。 
「それで・・・・・・あの・・・・・・アレでなくても良いから・・・・・・」 
 いやちょっと、胸の前で指を組んだりしないで下さい。モジモジしたり、恥ずかしがったり、殺す気ですか。今出したら死ねます。いやむしろ死にます。涙目はやめてください。死ぬから止めて下さい。 
「・・・・・・我慢できない・・・・・・サトルに、してほしい・・・・・・」 
 
 ぷつん 
 
「うぞっ!?」 
 クシャスラの驚く声がどこか遠く聞こえる。多分、俺の魂かなんかが地上を離れつつあるからだろう。今までの中で一番大きくなってしまった愚息が痛いぐらいに張りつめる。 
 サーラ様の腰を掴んで力任せに俺の愚息の上まで押し下げる。蟻の戸渡りに微かに触れた感触に、サーラ様も何が起こったかを理解する。 
「ひゃうっ!?さ、サトル・・・・・・これって・・・・・・」 
 驚くサーラ様に俺は鮫のように笑う。 
「サーラ様。俺、今首をやってて動けないんですよねえ」 
 俺の表情に何か危険なものを感じたのか、サーラ様が微かに怯えの表情を見せる。ふっふっふ。サーラ様、その表情も素敵です。 
「だから、サーラ様が動いて下さい」 
「え?」 
「だから、サーラ様が、俺のを入れて、俺の上で腰を動かして下さい」 
「そ、そんなこと・・・・・・」 
 サーラ様がさっきの告白を忘れたかのように目をそらしてためらう。それがまた、かーわいーい!!最近常々思っていたが、やっぱ俺ってSっ気強いな。 
「あれ?いいんですか、このままお預けでも俺はかまいませんよ。元より疲れてますし」 
 嘘です。限界です。入れさせて下さい。いやしかし!こんな健気で萌えるサーラ様をみたら普通我慢できませんって!誰だって、いぢめたくなりますって! 
「そ、そんなぁ・・・・・・」 
 はう!涙が一筋流れて・・・・・・。いかん、首の事とか忘れて暴走しそうだ。いや、やっちゃうか?それとも内太腿を撫でるだけで止めておくか?でも、サーラ様が自分から挿入するなんて事ありそうにないし・・・・・・。 
 いや、ここは挑発の一手だな。 
 さっきから太腿を撫回していた手で、俺の太腿まで垂れていたサーラ様の汁を掬って掲げる。指でくちゃくちゃと弄んで、サーラ様に見せつける。 
「すごい濡れてるじゃないですか。もう我慢できないんでしょう?俺の、欲しいんでしょう?」 
 首に負担がかからない程度に腰を浮かして亀頭をあそこに触れさせる。 
 サーラ様は一瞬びくっと身体をすくませるといやいやするように首を振る。 
「でも・・・・・・でもぉ・・・・・・」 
「入れたら気持ちいいんでしょうねえ・・・・・・サーラ様大好きですもんねぇ・・・・・・」 
「わ、わたし、そんなにえっちじゃ・・・ない・・・・・・」 
「恥ずかしがる事無いですよ・・・・・・俺、えっちなサーラ様見てみたいなぁ・・・・・・」 
 その一言を聞いたサーラ様がいきなり俺の目をのぞき込む。少し驚いた俺の顔から何を読み取ったのか、サーラ様が唾を飲み込んだ。 
「・・・・・・う、うん」 
「へ?・・・・・・う、うわ。あ・・・・・・」 
 サーラ様の腰が少しずつ降りてくる。ゆっくりゆっくり、サーラ様の中に俺の物が埋没していく。いつもは(と言っても2回きりだけど)強烈に締め付けてくるんだけど、今日は強烈に吸い込んでくる。 
 膣のその動きとは対照的に、サーラ様の腰はゆっくりとしか動かない。けど、そのおかげでサーラ様の中の動きが鮮明に分かる。 
「あ、ああ。さ、サーラさまぁ・・・・・・これ、すごっ」 
「ふあ、あっ!サトルのが、サトルのが入ってくるよぉ・・・・・・」 
 俺の物が完全に収まるとサーラ様が喉を晒して動きを止める。ぴったりとくっついた腰からサーラ様の低めの体温を感じ、埋没した俺のペニスからサーラ様の膣の熱さを感じる。 
 くっついた腰は動かないけど、俺のにまとわりつく内壁は蠢いて、絡みついて、締め付ける。それがすごく気持ちよくて思わず俺のがぴくんぴくんと反応する。 
「やぁ・・・・・・サトルのが、動いてる・・・・・・」 
「だ、だって。サーラ様が絡みつくから・・・・・・」 
「ひゃ、ふ・・・・・・。や、ちからぬけちゃう」 
 身体は全然動かないんだけど、中がすごく動いてそれだけで気持ちいい。 
 サーラ様のあそこが、俺にこんなに絡みついてくるのが、なんというか何百枚という舌で舐め続けられてるような。サーラ様が俺をこんなに求めてくれるのが言葉以外で伝わってくるのが、 
 うれしい。 
「さ、さあら・さま・・・・・・」 
 うわごとが口から漏れる。手が褐色の引き締まった腰をがっしり掴み、臼を引くようにまわす。 
「ひゃあああっ!?さ、さとるぅ?そ、それだっ、めぇ・・・・・・」 
「うわあああっ!!す、すごいです。サーラ様のなかのしらないとこにまで俺のが触れてますっ!」 
「へ、へんなこといわないでっ!ふあっ!そ、そこはっ!?」 
 尖端がなんかざらっとしたとこに当たった時、サーラ様が特に強く反応して俺の胸に倒れ込んでくる。 
「そ、そこだめぇ・・・・・・」 
 俺の胸元で息も絶え絶えにサーラ様が囁く。そうですか、ここを重点的にやって欲しいんですね。俺はサーラ様のお尻に手を這わせてしっかりと掴む。 
「やっ?はうっ!」 
「サーラ様、可愛い・・・・・・」 
 ぷりぷりのお尻を掴んで回すように動かす。サーラ様の甲高い嬌声が俺の耳から入り込んで脳髄を支配し腕の動きを強制する。どんどんせっぱ詰まる声。押し上がってくる絶頂感。出ないはずの次が弾ける予感。そして、感極まったサーラ様の声が引き金になった。 
「さとるっ!さとるっ!すきぃっ!!」 
 股間から命を含めた全てが抜け出る感触を感じて、意識が白い闇に落ちた。 
 
 それから目が覚めたのが夕方頃。ぐちゃぐちゃのシーツとかを片づけて、とりあえず落ち着いた所でやっとことさ話し合いという事になった。 
「・・・・・・で、サトルが私の所有物ということは分かったな」 
 いきなり険悪ですね、サーラ様。 
「・・・・・・う〜〜。勝負に負けた以上仕方ないのれす」 
 不満そうだけどクシャスラも認める。 
 ここに割り込まなきゃいけないのか俺。きついな、おい。・・・・・・まあ、愚痴ってもしかたねえんだが。 
「あ〜、ええと。とりあえず根本的な事を聞きたいんだけど」 
「はい?何れすかごしゅじんたまぁ」 
「・・・・・・君、何?」 
 それを聞いてクシャスラが納得したように手を打つ。って、おいおい。説明した気になってたのか? 
「クシャスラは鉄精霊れす。鉄の魔法が使える精霊なのれす〜〜」 
「やはり古精霊か!初めて見たな」 
「はいれす。帝都から地方貴族に下賜されたのれすけど、帝国がなくなってから魔力の波長の合う方が居なくてあの箱に隠れてたのれす」 
「あれ?あのオルゴールは落ち物じゃないの?」 
「ほえ?帝国に落ちてきた落ち物れすよ?」 
「・・・・・・で、サトルが魔力の波長の合うものだと?」 
「それもあるれすけど、もっと別の理由の方が大きいのれす!」 
 そういってクシャスラは小さい拳を振り上げる。 
「ごしゅじんたまはクシャスラの知る限りただひとり、鉄を愛してくれた方なのれす」 
「鉄を愛する・・・・・・?」 
「ええと、俺もよく分からないんだけども」 
 よく分からない俺たちを尻目にクシャスラは陶然と自分の世界に入る。遠くを見つめて謡うように語り始める。 
「ごしゅじんたまはいいました。鉄だって、刃物になりたくて生まれてくるんじゃない。でも、クシャスラは生まれてからずーっと刃物を作らされてきたですよ」 
「・・・・・・ふむ」 
「銘刀には鍛冶の技巧と魔力が必要とか言われて魔剣ばっかり作ってきたれす。でも、鉄にだって刃物以外になる権利はあるのれすし、現に落ち物の鉄はいろんな機械の形なのれす」 
「へえ・・・・・・」 
「帝国の頃から落ち物を鋳溶かして使ってたりするれすけど、そういうときに鉄の声が聞こえるのれすよ。『俺はまだ動く、まだ使える』って」 
「え?鉄って喋るの?」 
「使い手が愛着を持てば、使われる方も少しずつ自我がついていくですよ。鉄に限った話じゃないれすけども。まあ、ホントに自我と呼べるようになるまでは100年近くかかるのれすけども」 
「そうなんですか?」 
 なんか妖怪っぽいなと思いつつサーラ様に聞いてみるけど・・・・・・。 
「いや、魔術は習っていないからなあ」 
 やっぱそうですか。 
「ともかく、クシャスラは鉄精霊なのれそういう声が聞こえるのれすよ。だから、いつかクシャスラも溶かされちゃうんじゃないかとすごく怖かったのれす・・・・・・」 
 しゅん、と急に大人しくなる。が、慰めようと手を出そうとするときゅうにがばっと顔を上げて腕にしがみついてきた。・・・・・・ほんとに浮き沈み激しいな、こいつ。 
「そこでクシャスラを助けてくれたのがごしゅじんたまなのれす!これはもー神様とか天主様とか運命とかのお導きに違いないのれす!!」 
「こらこら腕にほおずりするのは止めなさい」 
「そうだ、サトルは私の所有物だと決まったばっかりだろう」 
 また険悪な眼でサーラ様が睨むが、クシャスラは涼しい顔で受け流した。 
「そうれすよぉ。で、クシャスラはもうすでにごしゅじんたまの一部なのれす〜〜♪」 
「何?」 
「ちょっとまって、それってどういう・・・・・・」 
 驚いて聞き返す俺たちにクシャスラが自分の足元を指さす。 
 つま先がひも状になり、その先が・・・・・・その先が・・・・・・俺の胸に!? 
「おおおおっ!?こりゃなんだあっ!?」 
「しゅ、主従契約が成立だと?いつの間に!?」 
「ふっふ〜ん♪だってごしゅじんたまがさっきクシャスラにたくさん魔力注いでくれたれすからぁ〜♪」 
 さっき?魔力?注ぐ?・・・・・・あ!! 
「もしかして、えっちの勝負を仕掛けたホントの意味って・・・・・・」 
 震える声で俺が囁く。 
「ドサクサに紛れて契約更新に必要な条件を満たす為かっ!?」 
 悲鳴に近い弾劾をサーラ様が叫ぶ。 
「うふ♪ごしゅじんたま、こんごともよろしくなのれす〜〜」 
「おまえは仲魔かいっ!!」 
 そんな突っ込みも、この小悪魔には通用しないようだった。 
 
〜〜そして、舞台はまた闇夜へと〜〜 
 
 廃棄されたはずの砦を篝火が照らす。まるで闇と戦うかのごとく。それで闇と戦えると思っているかのごとく。 
「クシャスラ、サイレンス」 
 岩陰に隠れた男が囁くように精霊に命じる。途端に男の纏っていた「鋼のふれあう音」が消え失せる。微かな足音と衣擦れの音までは消せないが、それだけであれば砂漠を渡る風が攫っていく。 
 黒い服を纏った男と少女が岩陰を利用して砦への距離を詰める。そんな機械作業じみた手際で進む二人が瞬時に身を隠す。声が静寂に割り込んできたからだ。 
「つったく、お頭も臆病というかなんというか」 
「お前、聞こえてないと思って怖い事言うなよ。ばれたらどうすんだ」 
 盗賊団の見張りと思われる二人のヘビがたいまつを掲げて高い壁の周りを歩く。多分にやる気に欠けるようだったが。 
「はっ!聞こえる訳ねー!砦の奥の奥に引き籠もってんだぜ?やだねやだねぇ。この砦にゃあ50もいるってのにそれでも『幽霊』が怖いかね!くるわけねーっつーの!来てもまけねーっての!」 
「ば、馬鹿!言うな言うな!ホントに出たらどうすんだ!」 
 背の高い方が口にした『幽霊』という言葉に、背の低い方が怯える。ヘビの無表情にありありとわかる恐怖が貼り付いていた。 
「何いってんだあ?まさかお前うちの奴等を殺したのが本物の幽霊の仕業とおもってんのか?」 
「おめえは現場見た事無いからそう言えるんだよ!」 
「ま〜た始まった。『水汲みに行っている間に13人が殺された』か?そりゃお前の仕事が遅い上にお前が鈍いってだけの話だろうが」 
「そんなこ・・・・・・」 
 反駁しかけた背の低い方が言葉を失うその目は高い方の後ろに注がれていた。 
 いつの間にか、真っ黒い人影がそこに「あった」。おおよそ生き物らしい気配を見せず「それ」は右手を掲げる。その先には低い方が見た事のない何かが握られていた。 
 瞬間。背の低い方がのけぞる。背の高い方は血を流しながら仰向けに倒れていく相棒の姿を一瞬理解できない。彼が何かにやられたと理解し悲鳴を上げようとしたその時には、真横から投げつけられた剣によって喉を刺し貫かれ、絶命した。 
 
 黒い二人は手早く歩哨を殺し、その死体を岩陰に隠して血の跡を消した。 
 4mほどの高さの位置にある小さい窓を少女の方が見つけ、男に手信号で指示を出す。男は返事すらなく窓の下の壁に背を押しつけて、腰の前で指を組む。少女は逡巡無く男の手と肩を踏台に跳躍。窓に手をかけると中をのぞき込み、男にまた手信号を出す。 
 男はコートの内ポケットから金具のついたワイアーを取り出し、金具を少女の手に投げた。少女はそれを見もしないで受け取る。窓の縁に金具を引っかけると、そこでやっと少女は室内に侵入する。男は手際よくロープをたぐって壁を登った。 
 
 松明の揺らめく廊下で二人の盗賊が出くわした。 
「あれ?チョードリとカースィムのやつどこ行った?」 
「ん?コッチの方の見張りだっけ?」 
「ああ、そのはずだけども」 
「・・・・・・ん?あのドアちょっと空いてるな」 
「どれ・・・・・・」 
「どうした、見るなり扉締めて」 
「・・・・・・ズボン脱いで重なってた」 
「・・・・・・そうか」 
 結局、内勤の見張りチョードリとカースィムの「折り重なった死体」が発見されるのはもう少し後になっての事だった。 
 
「お頭!たたた、大変です!アブドゥルとイブラヒムが殺されてっ!」 
「くそっ!またかよ!」 
「ひいいっ!もうだめだあっ!俺たち幽霊に殺されるうっ!!」 
 砦の奥の奥。食料庫に陣取る20人の盗賊達がほとんど恐慌状態に陥る。 
 無理もない、とヤーザム=アスプは思う。50人いたはずの砦の盗賊共が今やここにいる20人だけになってしまった。最初に死体発見の報告を聞いた時に探しに行かせたのが失敗だったと今更ながらに後悔する。奴等の目的は俺の首では無く、俺たち全員の首であると気付いた時にはこんな事態だ。 
 もっとも、失敗なのは作戦自体ではなく相手の戦力の見誤りだろう。捜索させて、分散したそれぞれを各個撃破。口で言うのは簡単だが、この狭い砦の中でそれを実行するには、それこそ音も立てさせずに殺すだけの技量が必要になる。おおよそ自分には想像のつかない領域の業だった。 
「おたつくんじゃねえっ!幽霊に殺されるって思う奴は今すぐ俺が殺してやるぞ!!」 
 悲鳴を上げる手下共を一喝して黙らせる。今重要なのは冷静になる事、頭の自分が部下のパニックに飲まれるわけにはいかない。 
「それでアンタ、どうするのさ」 
 相棒、いや、正しくは妻か。国が滅んだ時にその関係を解消してもよかったのだが、こいつだけがついてきてくれた。ヤスミン=テュポーン。輿入れに来てこいつが王宮に向かないじゃじゃ馬だと知った。ついてきたのは多分情ではなく、またどこかの後宮に押し込められるのが嫌だったからだろう。ともかくも、こいつがいつも水を差してくれるおかげで俺は冷静でいられる。 
「やっとこさ、相手が透けてきた」 
「ふうん?」 
「相手は多分2〜3人。それも凄腕。4人はいないな、間違いない。で、奴等の目的だが俺たちの全員の首だ」 
「50人相手にかい?」 
「現に30人殺してる」 
「・・・・・・」 
「が、どれもこれも一度に3人までだ。4人以上の奴は一度に相手にしてない。一度に静かに殺せる限界が3人なんだ。だから恐怖を煽って姿を隠して俺たちに手分けさせてんだ」 
「まんまとしてやられたって事かい」 
 ヤスミンが苦虫を噛み潰したような顔で呻く。 
「逆に言えば、4人以上で動けば相手は襲って来ない。残り20人にばれれば勝てない事を知っているんだ」 
「じゃあ、ここで籠城戦ってことかい?たかが2〜3人相手にそんな・・・・・・」 
「そうは言ってねえ。が、考える時間は十分にあるってこったまずは落ち着け!」 
「そうでもないぞ」 
 中性的なよく通る声が広い部屋の中に突然響く。全員の視線がこの部屋にあるたった一つの扉に注がれた。 
 扉が、内側に「倒れる」。その向こうに見える姿は黒ずくめのヒトの男とヘビの女。男は右手に何か落ち物らしい機械を持ち、女は両手に円月刀を提げている。 
 おそらく、扉の外から斬ったのだろう。綺麗な断面を見せて壁に残った蝶番をみて、やっと扉を倒した方法が分かった。 
「まあ、残り20人ぐらいなら」 
「やってやれない事はないな」 
 男と女が口々にそう言った。 
 
「てめっ・・・・・・ごぼっ!?」 
 盗賊の一人が反射的に突っかかろうとした瞬間、ヒトが無造作に右手を動かした。悲鳴を上げて盗賊が倒れる。 
『〜〜〜〜〜〜っ!!』 
 それを皮切りに、盗賊達が武器を抜き放ち入り口へと殺到する。ヒトは一歩引き、入れ違いのように女が盗賊達の間合いに滑り込んだ。剣が刀が手槍が斧が棒が錯綜する空間を、二本の円月刀が蛇のように奔る。差し込まれた全ての武器を左の刀でまとめて跳ね上げ、開いた空間に右の刀が滑り込む。結果、5人の盗賊が臓物をぶちまけた。 
 その隙を縫って盗賊が二人、女の後ろに回りこんだ。毒塗りの短剣を腰だめに構える。が、その二人が動く前にヒトが放った鉄球と黒塗りの投剣が急所に叩き込まれ、絶命する。 
 あっという間もなく8人を殺してのけた暗殺者が部屋の中に踏み込む。元より恐慌状態に陥りかかっていた盗賊達は、あっけなくそれに飲まれた。連携もなにもなく、ただ原始的な恐怖に突き動かされて闇雲に武器を振るう。空を切る、捌かれる、弾かれる、たまに同士討ちすらする。そして、暗殺者の攻撃は的確に、一撃で一人を殺していく。 
 30秒後、毒牙の顎は二人までに減っていた。 
 
「た、たった二人だと?しかも一人はヒトだろ?それがっ!コッチには元傭兵もいたってのにっ!」 
「オタつくんじゃねえ、ヤスミン!!」 
 恐慌状態になりかけていた副首領であろう女に首領が檄を飛ばして、武器を抜く。剣と言うにはちょっと違う。短めの刀身に柄が垂直についている。いや、メリケンサックの当たる部分から刀身が伸びていると言った方が正しいか。突きに力を乗せる為の形だろう。それを両手に持って覚悟を決めた笑みを浮かべる。 
「お前に取っちゃやりやすくなったじゃねえか」 
「そんな言い方・・・・・・」 
「こいつらにゃ半端な数は通用しねえ。ホントに強い奴が相手をするしかねえんだよ。ヒトの方はお前に任せた。お前向きだ」 
 それだけ言い捨てると、首領はサーラ様に躍りかかった。速い!鋭い踏み込みと両手から間断なく放たれる突き。サーラ様が受けで精一杯になる。 
「くっ!」 
 バネ銃を再装填して援護しようとした時、副首領が立ちはだかった。 
「ふん、アスプ王家の正統秘伝剣術、双顎剣だ。まともにやれば暗殺者ぐらい敵じゃない」 
 そういって、副首領・・・・・・ヤスミンとか言ったか、は腰の後ろから妙なものを取り出す。棒と長剣を組み合わせ細工のようなそれを身体の周りを一周させるように一振りすると、全長約3m、柄の両方に70cmほどの剣がついた槍になった。 
「ヒトごときに見せるのはもったいないが・・・・・・」 
 それを頭上に掲げ上げ、回転させる。どんどんどんどん回転数が上がっていく。ついには、見えなくなるほどに。 
「アンタはテュポーン王家の秘伝剣術、天風旋剣で相手してやるよ。光栄に思いな」 
「・・・・・・そりゃどうも」 
 20人よりも手強い予感を感じながら、バネ銃を構えた。 
 
 手練れだ。 
 高速での奇妙な剣による連続刺突。手数ももちろんの事、思ったよりも伸びが来る。そして身体に染みつくほどの修練を経て初めて可能になる遅滞のない連撃。 
 おそらく、どこかの王家の出身で、何らかの事情で盗賊に身をやつしたか。 
(私と似たような境遇か) 
 感傷じみた事を考えつつ、後ろに引いて突きを避わし、避わしきれない分は剣で流す。 
 牽制の篭手打ちを放って相手の出足を止めて、こちらも徐々に攻勢に出る。確かに相手の手数は驚異だが、突きしかない向こうに比べこちらには斬撃もある。ここでひいてはそのまま押し切られる。退かないという気迫は、いつでも重要だ。 
 
 ナイフを投げる。バネ銃を撃つ。が、どれも斜めに傾けられた高速回転の円盤に弾かれた。なるほどね、アレは盾も兼ねてるって訳か。確かに飛び道具メインの俺にはやっかいだわ。 
「くっくっく、どうだい?何も通じないって気持ちは?」 
「正直帰りたいね」 
「そうかい?残念だが帰してはあげれないねぇ」 
 残忍に微笑んでヤスミンが間合いを詰める。あの回転する刃に巻き込まれればどうなるか。・・・・・・試してみるか。 
「うらさっ!」 
 足下に落ちていた死体を蹴り上げてひっつかみ、渾身の力で投げつける。投げつけられたそれは刃に触れ・・・・・・細切れになって横に吹っ飛んでいった。 
 まっぷたつどころじゃないのか、おい。おまけに斬った反動を感じた様子もなく刃は回転し続ける。 
 殺気が来た。 
「よくもっ!!」 
 円盤が迫ってくる。透けて見える女の顔が憤怒に染まっていた。 
「クシャスラ!ハード!」 
 命じてガードを固めるのが精一杯。仲間の死体を使われたのが気に障ったか、猛然と踏み込んでくる。避けきれない、よけきれない。そして、円盤が俺を呑み込んだ。 
 
 サトルのいる方から派手な金属音が響く。どうやら苦戦しているらしい。 
 が、今はこちらも精一杯だ。なんとか押し返してはいるが、それでも攻めきれない。足を止めての斬り合い。あまりにも過密な攻撃と防御。先に僅かでも隙を見せたほうが負ける。4本の刃がより速度を上げる。鋼の触れる音が空間を満たす。そのとき、奴が僅かな綻びを見せた。 
 踏み込んだ突きを、体を低くしてかわす。不用意に踏み込んだ足に右の一撃を見舞う。とっさに退いたふくらはぎを浅く切る。奴の体が浮いた。空中では避けられない。捻りこみながら胴へ突く。その時、奴の剣が、三叉に別れた。 
「!」 
 胴へ突いた刀身を三叉の剣が絡み取り、へし折る。その光景を最後まで見ないで飛び退いた。 
 間合いを開ける。一瞬前に心臓があった場所に鋼が差し込まれた。 
「誘いか」 
「アスプ王家秘伝剣術双顎剣、つがいの顎が敵の腕を咬み、命を咬む」 
 脚の浅手を犠牲にして、武器を一本奪う。いや、脚一本を危険にさらすだけの覚悟がなければ出来ない賭だ。笑みもこぼれるか。 
「貴様も秘伝剣術の使い手のようだが、武器が無くてはいかなる技も用を成すまい」 
 二本だったから互角に受けられた。一本では受けきれない。そんな単純な理屈が頭で働いているのだろう。余裕を持って、しかし油断することなく奴が間合いを詰めた。 
 
 身体の左側から叩きつける鋼の嵐。その圧力に耐えきれず、吹っ飛ぶ。なんとか姿勢を制御して、転がる死体をクッション代わりに転がりながら受け身をとって立上がった。 
「何で生きてるっ!?」 
 高速回転は止めないまま、驚愕の声を上げる。ちっ、油断しちゃくれないか。 
 じゃらりと音を立ててバネ銃を捨てる。正直、切れて無くても効いてはいるので回復までの時間稼ぎに話してやる。 
「このコートと帽子、いやズボンとチョッキもだけど。鎖帷子仕込みでね。その他にも投げナイフとかが全身に大小合わせて52本。総計40kg以上の鋼の装備。まあ、砂漠で使うような皮鎧なんかとは比べものにならんわな」 
 コートの裾に震える膝を隠してにやりと嗤ってやる。肋骨も2本ほど折れているだろう。ばれちゃいけない。アレをあと2回喰らったら死ねる。 
「そんなものをつけて隠密行動できるはずがないだろう!」 
 叫ぶヤスミンの言葉に一つ頷き、クシャスラを呼ぶ。俺の胸から生えた見た事もない精霊に少なからず驚愕する。その隙に俺はコートの中を探る。 
「クシャスラ、自己紹介」 
「は〜い!鉄の古精霊のクシャスラなのれす〜」 
「はい、よくできました。と言うわけで俺は鉄に関して魔法が使える」 
 指先でそれを探り当てる。本当は別の使い方をするつもりだったが・・・・・・。ともかくも、それを右手に握り、左手の袖から投鋲を手のひらに滑らせる。 
「俺自体の魔力が低いせいで大した魔法は使えないんだが・・・・・・。俺の纏っている鉄に限定して音を出さないってだけの魔法なら、な」 
「・・・・・・いま鎖の音が出ているのは」 
「ああ、今は魔力を鉄の強化に向けている。だから、それを受け止めて斬れずにいるって訳だ」 
 腕と脚の感覚が大分回復してきた。が、仕掛ける前に動揺させたい。話を続ける。 
「さて、俺の手品の種明かしが終わった所でアンタの手品の種明かしと行こうか」 
 回転を止めないまま、ヤスミンが息を呑んだ。 
「喰らって分かったんだが、その武器。実は関節部分がかなり緩い。その緩さでもって激しくぶつかった時の反動を受け流して回転自体を止めないようにしてあるんだな?」 
「くっ!」 
「逆に言えば、緩いせいで普通には使えない。そうやって竜巻みたいにぐるぐる回して回転モーメントをため込んでやっと破壊力が出る。そう言う武器な訳だ」 
「だからどうしたというのだ!貴様にとって手も足も出ない事に代わりはあるまい!」 
 ごまかすように叫ぶヤスミンを、いや、回転の中心を指さし、指摘してやる。 
「そしてその回転を維持する為には人並み外れた握力と、正確な腕の動きが必要なわけだ。逆に言えばそれがない限り、その戦術は成立しない」 
 右手で掴んだ物を軽く放ってやる。反射的にヤスミンが円盤を盾のように構える。その瞬間、左手で投鋲を先に投げたランタン用のオイル瓶に打ち込む。ぶちまけられた油が、円盤にまんべんなくかかった。 
「ーっ!!」 
「で、握りが滑ったら握力がないのと変わらないよね?」 
 ゆっくり横に回り込む。ヤスミンは血の気の失せた顔で俺を睨むけど、円盤を動かせない。そりゃそうだ、グリップを失った状態で回転中心をジャイロ効果に逆らって動かしたら、手から武器が離れるかもしれない。尋常でない運動エネルギーをもった刃物が自分のそばでコントロールを失うという事は、通常、死を意味する。 
 さっき捨てたバネ銃を拾い上げて弾を装填する。 
 こちらを向いて絶望の表情を浮かべたヤスミンに引き金を引いた。 
 
「はあっ!!」 
 裂帛の気合いと共に諸手突きが繰り出される。片方を受ければ、もう片方が。避わそうとしても、左右にも後ろにもよけられない。避けながら受ける?体勢を崩しながら受けても弾かれるだけ。 
 だから、思い切りのけぞった。目の前を突風と共に二本の刃が通り抜ける。勝利を確信したのだろう。確かにこのまま倒れれば、諸手突きを避けられたとしても立上がる前に突き崩されて終わる。 
 だから、迷い無く剣を地面に突き立てて杖にした。 
 諸手突きが戻るのに合わせて、腕の力で強引に上体を跳ね上げる。予想してない立ち上がり方に、やつが反射的に飛び退のく。追い縋るように振り上げた刀が左腕を切り飛ばした。 
「ぐあああっ!!」 
 悲鳴を上げながらも更に飛び退き距離を取る。深追いはせずに、私も一歩退いた。 
「アンフェスバエナ王家秘伝剣術が一つ、鎌首」 
「き、きさまっ!」 
 膝立ちで叫びつつも、懐から出した布で手際よく傷口を覆う。少し余裕が出来たので私も死体の服で刀に付着した油を拭う。 
「誤解があったようなので言っておこう。アンフェスバエナ王家秘伝剣術は二刀流ではない。私の二刀流は、単に雑魚をなぎ払うのに便利だから私が独自に編み出したものだ」 
 止血を終えた奴がしゅるしゅると舌を出しながら立上がる。本能に従った威嚇の音。 
 裏を返せば、追いつめられた音。 
「本来のアンフェスバエナ王家秘伝剣術は一刀をもって剣として槍として斧として杖として、千変万化の変化を見せるものだ。一刀にして一刀にあらず、されど一刀に如かず。それが、基本にして奥義」 
 それだけ言って、刀を右肩に担ぐように構える。 
「さて、我が秘術の極みにて決着をつけよう。覚悟はいいか?」 
「・・・・・・条件は、同じだろう」 
 そう言って奴が深く腰を落して身構える。腰だめに構えた右拳からの地面を背負った突き。単純だが、最速。故に、堅牢な構え。 
「お前の斬撃と、俺の突き。どちらが速いか、どちらが長いか。それだけだ」 
 覚悟は決まったようだ。 
 
 つまりは、必殺の挙動を先に見せたほうが負ける。そう言う勝負だ。攻撃が始まってしまえば、体を変化させる事は出来ない。剣とはそれが剣である以上必ず胆で振るう物。腕だけで振っても、骨は断てない。 
 故に、攻撃が始まればもう決めたとおりにしか体は動かせない。それを確認した上で、攻撃をかわしながら放てる一撃が勝負を決める。その一撃は考えて放てる物ではないが、叩き込んだ修練は思考も本能も凌駕する。 
 女の攻撃の起点は右肩。どうした所で右肩を動かさずには振り下ろせはしない。 
 右肩の挙動に全神経を集中させる。それをきっかけとしての攻撃の軌道と反撃の業を頭の中で組み上げていかなる変化にも対応できるよう構える。そして、女が動いた。 
 右手を、開いた。 
 柄が不自然な速度で背中側に消える。女の腰が落ちた。次の瞬間、胸に灼熱が差し込まれた。 
 
 奴は何が起こったか理解できただろうか?太い二の腕を斬り落とし、胸の半ばまで食い込んだ刀身を奴が見おろす。何かを言おうとしたようだが、言葉の替わりに血泡を吐いて奴は絶命した。 
 奴が倒れるのに合わせて、指二本で挟んでいた切っ先を離す。 
 右の袈裟斬りを予想させる構えから、刀身を背中に回し、左手で切っ先を掴んで逆袈裟に斬り上げる。秘伝剣術が一つ、白鱗。刀身が血に濡れていては使えない欠陥業だが、一対一の決闘では役に立つ。 
「柄が血で濡れなければ、もっと良いのに」 
 そんな愚痴をこぼしつつ剣を引き抜いた。 
 
「ん、煮えましたよ」 
 サトルが声をかけた。炎上する山砦をサーラが見下している。 
「そうか、わかった」 
 すぐに振り向いて、差し出された器を受け取る。砦の食料庫からいくらか拝借したのか、行く前よりも少し豪華な鍋になっていた。 
「疲れましたねぇ。しかし、一年かけてやっと試練一つですか」 
「んん、まあそんなものだろう。今は素直に喜べ」 
「分かっちゃいるつもりですけどね」 
 サトルが苦笑する。サーラも徒労を感じない訳ではなかったが、今はやり遂げた達成感の方が強かった。 
「それに次の試練がまた一年かかると決まったわけでもない。あまり悲観するな」 
「確かに、そうですね」 
「まあ、今日の所はたっぷり食べて」 
「約束通り、クシャスラにたっぷり魔力を注いれほしいのれす〜〜」 
 横から乱入してきた声に空気が固まる。 
 サトルの胸から生えた少女は固まった空気の中で一人はしゃぐ。場違いに高い声が荒野に吸い込まれていく。 
 サトルは、今日という日がまだ終わらない事を覚悟した。 

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