「サトル、生きてるか?」
「なんとか」
満身創痍。疲労困憊。魔力不足でクシャスラさえ眠ってる。もーギリギリ。ええ、ギリギリですとも。だからこうして荒野のど真ん中で大の字に寝っ転がってるわけで。
「そちらは?」
「なんとか、な」
どうやら、サーラ様も似たような状況らしい。荒野の夜は冷えるけど、あれだけの事があったせいなのか生ぬるい暖かさが地面から伝わってきている。長期的な健康には悪そうだけど気持ちいい。
「よかったのか?」
「何がですか?」
質問の意図は分かっていたけど、わざとはぐらかす。サーラ様もあえてそれ以上は突っ込んでこなかった。
「いい夜ですね」
「そうだな」
荒野の真ん中、主従で地面に寝っ転がって空を見上げる。皎々と光る二つの満月が、世界中をモノトーンに染め上げていた。
下した判断に間違いがあっても後悔はない。それだけの価値がある。
* * *
砂と岩の砂漠を旅する為のコツはたくさんある。そのうちの一つが「夜に動く」ことだ。他の場所ならいざ知らず砂漠と夏の東京都心においては、太陽とは命を蝕み食らいつくす暴虐の王なのだ。
そう言ったわけで、赤く焼けた空に太陽が沈む頃に起きて夕食の支度をはじめる。
仕掛けた水罠(太陽光を使ってサボテンや尿から水を蒸留する仕掛けのこと)にはあまり水が溜まってなかったけど、サーラ様がトカゲの大きいのを捕まえたのでキーマカレーとナンを作ることにした。
「時折思うのだがな」
「何ですか、いきなり」
アルミ皿のカレーを食べながら、サーラ様が言う。人形のように美しいその顔には何故か辟易した表情が浮かんでいた。・・・・・・今日の料理は特に失敗してないんだけどなあ?
「お前の料理はいつも同じ『旨さ』だな」
「・・・・・・同じ味って事ですか?」
「いや、そうではなくてだな。材料が変わろうと道具が変わろうと手を加えようと手を抜こうと、大して旨くもないし不味くもない」
「え?ええ!嘘!?」
「不味くはないから文句があるという訳でもないんだが、それなりにレパートリーもあるのにどうして得意・不得意の差がないのか」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!俺今まで自分は豆料理が得意だと思ってたんですけど!?」
「正直、他のと変わらんぞ」
「えええええっ!?」
衝撃的な言葉をこともなげに言い放った張本人は、ナンで皿のカレーを拭き取りながら呆れた顔を浮かべた。
「自覚とかなかったのか?」
「知らなかった・・・・・・俺のチリビーンズは絶品だと思っていたのに・・・・・・」
「前々から思ってたんだが。お前、芸術方面に関しての才能が妙な方向に欠如してないか?」
「そんな一体何を根拠に向こうの世界で何度も言われたことのある様な疑問をっ!?」
こめかみを指で押さえながら、ナンを飲み下すまでの少しの時間サーラ様が考え込む。やがて眉間に皺を寄せて言ってきた。
「何度も言われたことがあるなら自覚しておけとは思うが・・・・・・あえて根拠を言うなら音楽と名付けるセンスと料理の腕だ」
「いやちょっと待って下さい。そんなサーラ様の主観だけで断定するのはまだ早いじゃないですか。ここは第三者の意見を取り入れるべきかと」
「第三者って・・・・・・いないだろうが」
「いますよ。クシャスラ!」
暴虐なる支配者の根拠無き決めつけに対抗すべく、厳正に中立公平な第三者であるクシャスラを呼び出す。瞬時に背中に生じた気配にすかさず振り向いた。
「お前な、それのどこら辺が第三者だ」
「なあ、クシャスラ。冷静且つ公平に判断する限り、俺の芸術的センスは通常であると言えるよな!?」
振り向きざまに投げかけた質問とは全く関係なく、クシャスラが両腕を上げた状態で(抱きつこうとしてたんだろう)凍り付く。ややあって、おずおずと手を引っ込めたクシャスラがなぜか地面の方を見て告げた。
「く、くしゃすら個人の考えとしては、ますたぁの芸術性は普通のカテゴリに編入することも可能と言えなくはないと思うれす・・・・・・」
「どうですか、サーラ様。このように公平中立な第三者が言っているわけですが」
「クシャスラの中立性に関してはあえて聞かんが・・・・・・。なあ、ところでサトル。もしもクシャスラに新しい名前を付けるとするならば、どんな名前を付ける?」
「え?そうですね・・・・・・。『ドラスティック☆鉄魅』?」
荒野を冷たい風が渡った。やや高く昇った満月が、一人寂しそうに星々を従え大地を照らす。
「ところで話は試練の事に移るんれすけど」
「ああ、交易路に出没する双角の巨鬼のことだな?」
クシャスラが珍しく自分からサーラ様に話しかけた。それに驚くそぶりも見せず、サーラ様も自然に受け答える。
「え?ちょっと、あの、無視ですか?」
「大きめの鬼(ディーヴ)か、山羊の頭蓋骨を被った屍喰らい(グール)れすかねぇ?」
「さもなくば、戦場で派手な前立ての兜を拾った盗賊と言った所か」
「いやほら、やっぱり鉄精霊なんだから鉄を表す一文字は入れたいなーって」
「最後のが一番やっかいれすねえ・・・・・・。ところで、サーラさま。この近くに大きな魔力を感じるんれすけども」
「む、それは・・・・・・距離はわかるか?」
「それにですね、登場した時のインパクトと革新的な状況の変化が訪れたことから・・・・・・ねえ聞いてます?」
『聞いてるし、その話題はもう終わったから』
振り向いた二人が優しい笑顔でハモって答える。その腫れ物に触るような優しさが、正直、堪えた。
「距離は直線で5〜6kmぐらいだと思うれす。・・・・・・確信はないれすけど」
自信なさそうにクシャスラが答える。いつもこのぐらい素直なら可愛いものなのだが。
「ずいぶんと遠いのに良く感じたな?サトルの魔力では200mぐらいが限界じゃなかったか?」
「それはますたぁの魔力を使って魔力のないものを探る場合れす。向こうから魔力が来るような場合、精霊は影響受けるれすよ。その影響から漠然と測ってみたんれすけども・・・・・・」
「・・・・・・魔力そのものが、5km先から届いてる?どんな魔術師だ?猫の女王や、先帝じゃああるまいに」
そもそも、それだけの魔力を個人が有することが出来るのか?そして、それだけの魔力を持ちながら、この街道にほど近い場所で何故今まで誰にも気付かれなかった?いずれにせよ・・・・・・
「さ〜?でもこれが噂の双角の巨鬼と」
「無関係とは思えん、か」
薄焼きのパンで最後のカレーを掬って口に放り込む。
個人で災厄と同格に格付けされる力量の魔術師。大陸史をみても両の手に足りないと言われる彼らは口から紡ぐ言葉のみで城を崩し、腕の一振りで一軍をなぎ払い、鼠を狩るぐらい気楽に一国を落すとまで言われる。そして、それに比肩しうるどころか超えるであろう量の魔力。
どう考えても危険だが時期を考えれば関係がないとは思えない。仮に関係がなくても、盗賊まがいの連中よりも遙かにアディーナに対して重要な事件だと言える。つまり、従姉殿に恩を売れる機会と言うことだ。
咀嚼して口の中のものを飲み下す。立上がりながら、サトルに命じようとした。
「よし、これからその魔力の発生点に向かう!サトル、支度を・・・・・・」
そこではたと気付いた。さっきまで向かいに座っていたサトルがいない。
クシャスラが手招きして示した方をみやると、黒コートを着込んだいい大人が地面に「の」の字を書いていた。
とりあえず、蹴り起こした。
* * *
「・・・・・・これはどういう意味があるんだ」
「どれのことですか?」
じゅ〜、と肉が焼ける音。タレが炭に落ちて焦げた香りを漂わせる。ロースターの向かいに座る美少女のようなものがそのたおやかな手で自分の皿に焼けたタン塩を運んだ。
店内には見覚えがある。確か、秋葉原駅前の焼肉屋だったはずだ。他に客がいないのは気になるが、とりあえずそれはどうでもいい。
向かいの生き物にも見覚えがある。外見年齢は中学生ほど、外見だけみれば超絶美少女に見えるこの生き物には何度も煮え湯を飲まされているが、とりあえずそれも横に置いておく。
問題は。
「何で目覚めたらいきなり焼肉屋で拘束服着せられにゃならんのだっ!?」
そう、何故か俺は気が付いたら両腕が固定されるタイプの拘束服を着せられ、焼肉屋の席に座っていた。てゆうか待て、そもそもどこで俺は気を失った?確か今日は・・・・・・珍しく何事もなく学校に通い、幼馴染を家に送り、そのあと近くの○ックで晩飯の○ッグマッ○セットを食べて・・・・・・そう言えばウーロン茶を頼んだはずだが、アイスティーの味がして・・・・・・。
「夕食がファーストフードなんて健康に良くありませんよ?」
「一服盛りやがったなああああああああああ!?」
「イレギュラーとはいえ、メンバーなのですから普段の体調管理も気を使わないと」
「入ってねえ!俺は入った覚えはねえっ!!」
唯一自由に動く首で全力の否定を表す。涼しい笑顔でこっちを見たが、しっかり見て軽く頷いた上でシカトしやがった。
「というわけで、日頃の労をねぎらう意味も込めまして、今日は焼き肉でもふるまって差し上げようかと。貸し切りなので、どうぞ遠慮なさらずどんどん注文しちゃって下さい」
「聞けよ、人の話っ!?てゆうか、何でこんなもん着せられてるんだよ!!」
「拘束でもしないと、貴方が暴れた時に儚げ美少女の私が危険じゃないですか。現に暴れてますし」
「拘束されてるから暴れてるんだって事に、気付くふりぐらいして見せろおおおおおおおっ!?」
もがいて暴れてひとしきり叫んで、流石に息が切れて言葉が続かない。何とか呼吸を落着けると、そいつが今気付いたかのように言ってきた。
「おや、箸が進んでないみたいですが、身体の具合でも悪いのですか?」
「うわ殺してえ」
こんなに純粋な殺意を覚えたのはずいぶん久し振りだ。
「さて、お腹もふくれた所で」
「お前だけな」
「仕事の話です」
ナプキンで上品に口を拭き、何事もなかったかのように自然に俺の方に向き直る。
「いちど根詰めて聞いておきたいんだが。お前、人の都合とか考えたことあるか?」
「世界の危機は人の都合など考えてはくれないのです」
「お前は考えろよっ!?」
「さて今回の貴方の任務ですが、ここからほど近い異世界に巨大な魔力の反応が見られました」
「また異世界かよっ!?俺はとっくに出席日数の限界通り越して、今年は夏休みが存在しない予定になってんだぞ!?」
「ああ、そのことなら大丈夫です。今回はこちらからの補足が簡単だったのでピンポイントで事件のど真ん中に放り込めます。うまくいけば正味3〜4時間程度で帰ってこられますから」
うまくいかなければ徹夜って事か。いやそれよりも・・・・・・。
「・・・・・・んな中途半端な思いやりよりも、直接出席日数に手を回したりはしてくれねえのか?」
「私は世界律によって世界の危機に対して直接の干渉を禁じられて・・・・・・」
「俺の進級は世界の危機レベルなのかっ!?」
叫ぶ俺を無視して、そいつがかるく指を鳴らす。すると、どこに隠れていたのかウェイターがすっと出てきた。・・・・・・手に革の首輪らしきものを持って。
「さて、そろそろ転移予定時間が近づいてきました。これ以上、説明の時間が取れません」
「も、もうなのかっ!?」
「というわけで、詳しい説明はこの開発部謹製異次元通話装置『犬』を通じて現地で行います」
「ちょ、ちょっとまて!そんなもんつけて異世界にいけってのか!?」
逃れようとするが、拘束服のせいで動けない。抵抗の甲斐無く屈強のウェイターに首輪を嵌めらてしまった。天井から彼女の横あたりにするすると紐が降りていく。抜けるような青空のみたいな笑顔で、その紐が掴まれた。
「と、言うわけで覚悟はいいですね?」
「なんで準備を聞かずに覚悟を聞くんだああああああぁあああああ!!」
「先ほども申し上げたとおり、世界の危機は人を待ってはくれないからです!じゃ、いってらっしゃーい!!」
紐が勢いよく引かれ、俺は浮遊感を味わった。
* * *
「ふうっ」
男が大きく息をつく。限界寸前まで押し上げられ、それを耐えきった努力の名残。口に出しても女は文句を言わなかっただろうが、早く出すというのは男の沽券に関わる。もっとも、男の股間で熱心な口唇愛撫を行う女の仕事は、早く出しても無理からぬ事と思わせる技巧と丁寧さだった。
白い巻き毛の頭がゆっくりと揺れた。イヌ特有の長くて広い舌が陽根に絡みつき擦りあげる。同時に陰嚢を手のひらで優しく転がされる。先走りを一舐めして、女が顔を上げた。
「どうしたの、今日は?」
いたずらっぽい笑顔を浮かべ、男の胸板にしなだれかかる。男は女の尻を掴んで抱き寄せた。
「あん」
「今日はお前の中に出したい」
「いつも出してるじゃない」
「全部出したい」
男の言葉にきょとんとしたイヌの女は理解できないといった風情で聞く。
「子供でも欲しいの?」
「出来るわけ無いだろ」
当然のように答えて首筋に口づける。女は目の前にやってきた太く長い角を柔らかく掴み、舌を這わせた。
男は、二つの鋭い角を持っていた。・・・・・・カモシカのマダラであった。
「んっ・・・・・・カルロ」
角自体には神経はない。が、髪の毛が触れられているのと同じ程度には触られている感触がわかる。それをしているであろう、女の表情・・・・・・無論見えるわけではないのだが・・・・・・が心地よかった。
「エリーゼ」
ヒトの世界でいうところのプードルに当たるらしいエリーゼの身体は、平均的なイヌの体格よりも一回り小さい。細身だが背の高いカモシカの、それもハイランダー崩れのカルロと比べると大人と子供に見えるぐらいの差があった。
その小さな身体を抱え上げ、胸に舌を這わせ始める。乳首を舌先でいじくると、エリーゼが鼻にかかったため息を漏らした。
カルロが顔を上げてエリーゼをみる。視線に気付いたエリーゼと目があった。
「お前の中に出したいんだ。いいだろ?」
「ばか。・・・・・・ん」
エリーゼは太く鍛えられた首を細く白い腕で抱き寄せて、唇で返事をした。
何でこんなことになってるんだろ。
もとは大したことじゃない。単純な任務。『カモシカ国に於ける治安低下の為の破壊活動』。GARM一局『ケルベロス』の工作員なら珍しくもない。
その為に、ハイランダーの中でも有望株だったカルロをだまくらかして、山賊を組織して、内戦勃発の為にあちこち襲ったんだっけ。
その後無事・・・・・・ってゆうのか、なんていうのか、内戦は起こって、上の支持で役目御免の山賊団は壊滅させることになった。そこで私だけ脱出する手筈だったんだけど、なぜかカルロも一緒に。っていうか、カルロが強引に包囲を突破して手に手を取って国外脱出。目出度く国際使命手配犯に。
上と連絡取ったら『ちょうど良いからそのまま色々回って諸国の情報収集に務めろ。国際使命手配犯なら裏の情報が手に入りやすいだろ』だって。てきとーな。
で、まあ、それからあちこち回っていつの間にやらヘビの諸国。そういえば、勢いだけで大陸半周もしてるんだなあ。
いまわたしの胸をいじくってる坊やも、そりゃ上手くなるわよ。最初のうちは擦っただけで出してたってのに、今じゃ私を満足させるぐらいになってるんだもん。生意気。
ああ、もういい加減、国に戻ろっかなー。もう10年以上こんなことしてるわけだし、任務としては充分よねー。
ん?なによ、そんな目で見て。
「お前の中に出したいんだ。いいだろ?」
・・・・・・そんな事言わないでよ。
「ばか。・・・・・・ん」
ずるずる続けちゃうじゃない。
深く、長く、舌が絡み合う。口付けを離さないまま、エリーゼが腰を浮かした。胡座をかいたカルロの股間からほぼ垂直に屹立する陽根のうえに跨り、ゆっくりと腰を下ろしていく。舐めている間に既に濡れていたエリーゼの其処は、静かにカルロを受け入れていった。
「ふっ・・・・・・うん」
合わさった唇から漏れた声はどちらのものか。ゆるゆると腰が動き、その遅さを味わうかのように互いが互いを蹂躙する。
やがて、エリーゼがカルロを全て呑み込むと、カルロが限界を迎えた。
痙攣するかのように二人の腰が蠢き、結合部から白い液体が漏れる。10秒ほどそのまま動かずにいたが、やがてエリーゼの方から唇を離した。
形の良い眉に皺を寄せて言う。
「早いわよ」
「・・・・・・仕方ないだろ、我慢してたんだから」
どこか悪ガキを思わせるような開き直った口調でカルロが答える。
エリーゼが「・・・・・・くすっ」と微笑った。
「・・・・・・くすっ」
この見透かされたような感じが正直こそばゆくて嫌だ。こいつと出会ってから10年ぐらいになるけど未だに何考えてるんだかわからない。そのくせ俺の考えてることはお見通しなんだよな、こいつ。
正直出会わなければ良かったんじゃないかって今でも時々思う。そうすりゃ国際使命手配犯の強盗にならずにすんだんだ。故郷で戦士として喰ってく事ぐらい出来ただろうし、戦功を上げれば女にモテモテになれただろうな。
それが、いまじゃ異種族の胡散臭い女と一緒に砂漠で山賊(まあ、山じゃないから山賊じゃないんだろうけどさ)稼業。・・・・・・つうか今更だけどこいつ食い詰め者集めるのうまいよな。やっぱり才能だろうか。山賊の天才。うわ、最低だ。
てゆうかなー、いい加減俺も謎だ。何でこんな女じゃなきゃ。
何でエリーゼじゃなきゃダメなんだ。
「別にいいだろ」
「あんっ」
カルロが軽く腰を動かすと、エリーゼが喘ぎ声を上げてのけぞる。跳ねた華奢な身体を、鍛えられた腕が抱き寄せた。
「まだ起ってるんだし」
「や、ちょっ、あんっ」
小刻みにカルロが腰を動かしはじめる。はじめはゆっくりと、しかし徐々に早く。そのリズムに合わせ、エリーゼの呼吸もせわしなくなっていく。
「やっ、ああっ。もう」
拗ねたような甘えるような声。半分は作っている声だろう、そうカルロは感じた。
(・・・・・・上等)
逆に言えば残り半分は本物。それだけでも、見せてくれてる。それだけでも充分繋がっていられる。
「あっあっ、わたし、まだ、いいって、言って、ないの、にっ!」
腰が突き上がるたびにエリーゼの声が断ち切れる。それを楽しむように動かしていたカルロだったが、前触れもなく動いた。
「よっ」
「あ。え?ひゃん!」
突かれる快楽で生じた隙をつかれて、エリーゼがカルロを銜え込んだままくるっと回される。後背座位の形になったエリーゼの両胸が掴まれた。
「んんっ!何よ、もう」
眉根に皺を寄せてエリーゼが抗議する。カルロは気にせず白い巻き毛に顔を埋め匂いを嗅ぐ。
「こうすれば、おっぱい触りやすいだろ」
「もうちょっと、ムードのある言い方できない?・・・・・・ん」
カルロはエリーゼの反抗する口をイヌ耳を甘噛みして塞ぐ。その間にも、胸を揺すりながら中指だけ曲げて突起の尖端を軽くひっかくようにしていぢくる。
「ムードのある触り方ならできるぜ」
「ばか・・・・・・はあぁあん!」
一段と大きくなった声に気をよくしたか、カルロが腰の動きを再開する。もう、二人とも何も語らない。ただ、身体が要求するままに意味のない声を吐き出していく。
「はあっ!はあっ!はああああぁぁぁぁあああんっ!!」
「う、うおおおおおおぉぉぉおおおおおおぉおっ!!」
そして、最も大きい声を吐き出すと同時に二人は達した。
繋がったそのまま、けだるさに身を任せる。このまま寝ていたかったが、丸い扉が叩かれた。
「・・・・・・ったく、何だってんだ」
「いいから早く出なさいよ」
エリーゼは素早く手近なシーツを身体に巻き付けてその肢体を隠している。
とりあえず俺も下だけ隠して扉を少し開けた。その俺を表情の読めない鱗まみれのヘビ顔が出迎える。
「親分、何か妙な連中を見たってニザールが言ってやすぜ?」
ニザール。見張りに立たせといた新入りの名前だと思い出しながら訝しむ。報告が急いでいない。
「妙な連中?コッチに気付いてんのか?」
どこかの国の物見だとしたら殺すなり逃げるなりしなければならない。盗賊稼業、ヤサがばれて良いことなんか一つもない。それをこいつも知っているはずだが・・・・・・。
「いえね、それが気付くどころか全く別の方に向かってるって話なんですよ。街道じゃない方に」
「ああん?」
この邦、ヘビの諸国では街以外には岩と砂の荒野しかない。だからこそ、街道から(といっても砂漠で迷わない為の最低限の目印程度で整備なんかされちゃいないが)外れてまでいくべき場所なんてありゃしない。それなのに、そいつ等は街道を外れる。
「・・・・・・わかった。服を来たら行くからそれまでに話をまとめとけ」
「へい」
返事を最後まで聞かず扉を閉める。
こんな荒野のど真ん中で、わざと街道を外れるような奴等の用事は大体二つだ。
「儲け話だと思うの?」
下着の上に鎧下をつけながらエリーゼが聞いてきた。
「やっかい事の方じゃねえかな。勘だけど」
何にしても、無視を決め込むことは出来なさそうだった。
岩肌に唐突に貼り付いている丸扉が開き、カモシカの偉丈夫が姿を現す。簡素な革の上着は防寒着と防具を兼用しているようで、所々に硬くなめした皮革があてられていた。
戦う為というよりも、旅する程度の軽装。だが、左手だけが異常だった。
鋼鉄のミトン(厚手袋)をつけ、全長150cmほどもありそうなクレイモア(大剣)のリカッソ(鍔元に近い刃のない部分)を握って携えている。それが入る鞘が無いからか、抜き身のままで。
全身の中で、ただ左手だけが戦のための装いだった。
続いて扉からイヌの美女が姿を現す。短めに切りそろえられた白い巻き毛。生まれつき伏せられた耳。人当たりの良さそうな顔にほほえみを浮かべていたが、着ている物は物々しかった。
動きやすさより風通しと頑丈さを優先させた硬めの麻の鎧下。そして、上半身と二の腕を覆う板金鎧。傷だらけだが滑らかな曲線そのものは失っていない。鎧で「受け流す」技術を持つ者特有のくたびれ方だった。
左腕の前腕部には呪文を彫り込んだ鎖の腕輪が三つ、月明かりを照り返して鈍い輝きを放っている。
腰には大きめの護拳のレイピアが下げられて、その鞘の先をゆらゆら揺らしていた。
二人とも戦争用なのか旅装なのか中途半端な格好に見えるが、その格好がぴたりと馴染んでいる。まるで延びて身体に合うまで着慣れた革の上着のように。
エリーゼは部屋から抜け出ると、閉まった扉に向かい直り二言三言何かを呟く。すると扉がするすると縮み、やがて簡素な腕輪になって岩肌から剥がれて落ちた。
「便利なもんだよな、魔法って」
「使う為には色々勉強しなきゃいけないけど、する?」
「・・・・・・やめとく。お前が使えれば問題ないし」
いつものやりとりをしながら腕輪を拾って左腕に嵌める。
「ま、貴方は魔力低めだからお奨めできないけどね」
からかうような口調に少しいらだったのか、カルロがぶっきらぼうにそこらの手下を呼んで見張りを連れてこさせた。
「轍・・・・・・だよな?」
「轍ね」
砂漠の夜には珍しく風が凪いでいたのが幸いしたか、「奇妙な奴等」の足跡ははっきり残っていた。絡み合うように残る細い二本の轍、蹄の足跡はない。
「ニザール」
「はい」
無表情のヘビ面。だが、きょろきょろと定まらない視線で緊張していることがわかる。
「で、どんな奴等だったって?」
「ええと、黒ずくめで帽子を目深に被った奴ととびきりマブイ女が細っこい車輪の付いた馬みたいなのに乗って、その前を宙に浮いたヒトっぽい娘っこが先導してました」
一度聞いた言葉をもう一度確認し、角の生えた頭に手を当て空を仰ぎ見る。空に浮かぶ一つの満月・・・・・・なぜかヘビの邦では二つあるはずの月が一つ無いらしい・・・・・・を見つめて3秒ほど考えて、諦めた。
「どういう事なんだエリーゼ」
「何であたしに聞くの」
「お前の方が頭が良いからだ」
うろん気な視線をぶつけてくるが、気にしない。事実だし、だからこそ反論しないのだろう。黙って腕組みをして考え、程なく一本指を立てる。
「とりあえずほぼ確実なことが三つ。まず、宙に浮いてる女の子。多分精霊でしょ。だから残り二人のうちのどちらかが術者。多分後ろに乗ってたって言う女の方でしょ」
「魔法使い?するってーと馬も魔法か」
エリーゼが頭を振って二本目の指を立てる。
「轍の細さと並び方から見るに、多分これは落ち物の自転車って奴でしょ。猫の国でみなかったっけ、カルロ?」
「え?あれって線路って奴の上を走るんじゃなかったか?」
「・・・・・・まあそれはそれとして、三つ目」
物憂げな表情でそう言って三本目の指を立てた。
「高価な落ち物を実用に使って、更に精霊使いまで連れてるって事は、大きな組織の後ろ盾を受けている。最低でも騎士団クラス」
「つまりは、どっかの国の役人って事か」
「多分ね」
いくらか自信なさげにエリーゼがそう答える。彼女自身判断を決めかねている様だった。つまり、俺とか手下が考えたって分からないということが分かった。
「捕まえっか」
「え?」
「とっつかまえて、何もんか吐かせる。俺等を追ってるかどうか分かるし、最悪でも落ち物の残骸は手に入る。うまくいけば、魔法使いの奴隷が手に入る」
「逃げられたら?」
「この辺に盗賊がいることはとっくにばれてんだろうし、どちらにせよそんな手合いが来るようなら近いうちにヤサがばれるだろうから、別に問題ない」
殺気を込めた視線を周りに巡らす。見る為ではなく、集まった手下共の注意を俺に向ける為だ。緊張感を高める。仕事にはそれが必要だ。声を張り上げる。
「テメエ等、支度しろ!追うぞ!」
* * *
「・・・・・・遺跡?」
「だな」
「ですね」
地面に巨人が剣で切れ込みを入れたような大きな谷。その底のどん詰まりにそれはあった。
谷底の岩肌をくりぬき彫り込んで作ったであろう、人工的な洞窟の入り口。その周りには何かの文様がある一定の法則に沿って描かれていた。
「魔法陣、ですかね」
所々風食や落ちてきた岩などで削れているが、それでも文様は薄ぼんやりと光っていた。指を近づけると圧力のような熱のような何かが入ってくる感覚がある。
「おそらく、そうだろうな。この様式は見たことがある。精霊作成の陣のようだが・・・・・・」
「だが、何です?」
「大きすぎるんですよ、ますたぁ」
周りをきょろきょろ見回してクシャスラが答えを引き継ぐ。・・・・・・ん?今なんか違和感が・・・・・・。
「『ですよ』?」
「どうかしたですか?ますたぁ」
サーラ様も異変に気が付いたか、クシャスラに向き直る。
心なしかクシャスラが大きくなってるような・・・・・・。凹凸に乏しかった身体にうっすらと女らしい線が浮かんできたようなっていうか、顔立ちも何となく大人に近づいたって言うか
「成長してる、のか?」
言われて初めて気が付いたのか、クシャスラが自分の身体をぺたぺたと触る。
「うわー、おっぱい大きくなってるですよ」
「その程度のものは乳房と呼ばん。いや、そんなことよりいきなりどうした」
驚いているのと面白いの半々といった風情で自分の胸を軽くもむクシャスラに、怪訝そうにサーラ様が問いかける。サーラ様が面白くなさそうなのはクシャスラの胸の成長のせいか、それとも異変のせいだろうか。
何となく疲れを感じてその辺の岩に腰掛ける。
「小さくてもおっぱいはおっぱいですよお」
「知ったことか。それより重要なのはなんでお前が大きくなっているかだ」
もっともな疑問をサーラ様が口にする。けど、本人にも判らないのかクシャスラは首を傾げて悩む。
「ん〜、そもそもクシャスラの正しい姿はあの幼いカタチじゃないんですよ。顔だけの性格悪い暴力的な誰かさんなんか問題にならないぐらいの、おっぱいばいーんのお腹キュキュッのお尻ぷりんぷりんグラマラス美女なんです」
「その性格悪い暴力的な誰かさんってのは誰のことだ?」
サーラ様が鯉口を切りながら殺気を込めて聞くけど、クシャスラは気にもしない。まあ、ただの剣で精霊は斬れないからだろうが。
・・・・・・まあどうでも良いか、止めても無駄だし、疲れるし。ってゆうか、あれ?なんか傾いてる。
「じゃあ、そのウルトラ超絶スーパー絶世の傾国美女がなぜ儚げ可憐純情美少女になってしまったかというとですね、ますたぁの魔力が一般的な術者に比べて不足してるからです。だから・・・・・・」
「サトルの魔力が何故か増大していると言うことか?」
「そうです」
ぐらぐら揺れる視界の中で二人が何か話している。いや、音は拾える。ただそれが頭の中で意味にならない。なにか熱とも痛みとも付かない物が身体の中でゆっくりと、しかし大きく動いている。
「――サトル、どうした?」
「ますたぁ?」
・・・・・・。
「あ、大丈夫、・・・・・・だと思います。なんか、ちょっと気分が悪くて・・・・・・」
クシャスラの言う魔力の増大と何か関係があるのか。さっきから感じていた不快感がはっきりとしてくる。
入ってくる、染み込んでくる感覚。皮膚から、そして何よりクシャスラから魔力が逆流してくる感覚。普段魔力を振り絞る際に力を込める“場所”――物理的な物じゃなくて、感覚的な――から逆に流れ込んでくる感覚がする。
うう、意識すると余計気持ち悪い。なんというか鼻の奥あたりから2〜3cm深い所に異物感を感じるよーな。頭痛とも違うような・・・・・・。
――瞬間。
気が付くと、コートの襟を掴んで左腕を振り上げてた。サーラ様がコートの作る小さな空間に転がり込む。直後、矢が来た。矢が二本と投石が二つ。石の一つは俺の左肩にあたり、他は翻したコートに阻まれる。
反射的に動いたことを自覚した時には、既にサーラ様が斬り込んできた一人目を逆に斬り倒している。そこからさらに一瞬遅れて、バネ銃の鉄球が斬り込んできた二人目を殴り倒した。
「がっ!」
「ぐっ!」
二人が瞬時に倒されても追撃は来ない。狭い谷底で一斉に押しかかっても同士討ちやもつれて転倒する危険が高いだけだ。そしてこいつ等はそれが分かっている。・・・・・・手慣れてやがるな。
バネ銃を口で巻き上げながら一人目を斬り倒した後すぐに引いたサーラ様の左後ろに位置どる。また飛び道具が来ても対応できる態勢を取る。追撃は・・・・・・来ない?
「――いや、見事なもんだね」
頭上!?反射的に飛び退き、バネ銃を掲げる。どちらもやっていたのが功を奏したのだろう。まっすぐな鋼の刃が眼前に掲げたバネ銃に食いこみ、へし曲げる。・・・・・・頭蓋骨じゃなくて良かったっ!
追撃をかわす為に、飛び退いた勢いのまま後転して立ち上がる。
角を生やした男だった。細く引き締まった、しかし鍛え上げられた長身。着地した姿勢そのままなのか、身体を低く丸めている。額から大きく斜め後ろに伸びる羚羊の角と相まって映画のエイリアンと印象がかぶる。その右手は女性の身長と同じぐらいの長さの剣の柄の端っこを握っていた。
「これもかわすのかよ。ヘビのマダラもやるねえ」
草食獣の角には似つかわしくない、まるっきり肉食獣の笑みを浮かべて言う。なるほど、笑うという行為は本来は威嚇行動だわ。
頼りのサーラ様は・・・・・・視界の端で巻き毛でイヌ耳の女性とにらみ合っている。何とかしろってか。えい畜生。
「残念、ヒトだよ」
時間稼ぎも含めて帽子を取りながらそう言うと、怪人カモシカ男(仮称)はきょとんとした顔であっさりと奇人イヌ女(仮称)に振り向いた。
「おいおいエリーゼ、嘘つくなよ。こいつヘビじゃねえじゃん」
「推測は推測よ。ってゆうか情報不足の推測に文句つけないでよカルロ」
流石にエリーゼと呼ばれた女の方は余裕がないのかレイピアを構えたままサーラ様から目を離さない。
けど、カルロの方も気は抜いていないらしい。
何しろ、右手一本で振り下ろしてそのままの剣が着地した時から一ミリも動いていない。切っ先は地面の寸前で止まっているのに!・・・・・・どういう握力だ。
「まあいいけどな」
――来るッ!
動きは確認せず、読みに任せて身体を沈めながら左足を大きく相手の背中側に回り込ませる。右肩を切っ先がかすめた。鎖の音だけ残して背後に消える。
振り下ろしたあの長い剣を、あの姿勢からそのまま突き上げてきやがった。ヒトの腕力どころの話じゃねえ、ヘビでもアレが出来る奴はそうそういないぞ。
突進した奴とすれ違いざまにさっき取った帽子を投げる。この鍔広の帽子にも鉄板が仕込んであり縁は刃になっているが、あえて投げつけずに相手の後頭部あたりに軽く放り投げた。
振り向いたカルロが自分の顔に飛びかかってくる黒い何かを反射的に切り払う。その一太刀の隙が欲しかった。それだけあれば俺は両手に投剣を抜ける。
おそらくはそれすらも打ち払われるだろうが、それこそが狙い。二太刀の隙があれば組み付ける。組み付きさえすればあのバカ長い剣は使えない!!
肘から先のスナップだけで両手の投剣を放ち、同時に身体ごと飛び込んだ。
避けやがった!
あの姿勢から鎖骨への突き。殺気を隠した憶えもないが、ヒト相手には十分だったはず。手加減した一撃で鎖骨をへし折り戦闘不能にするつもりだったんだがな。コッチが動きに入る前に避けてたっぽいのでおそらくは読んだってことか。
ヒトだが、素人じゃない。結構場数踏んでやがるな。
油断していた心を引き締めつつ振り向くと、視界いっぱいに広がる『何か』。思わず反射的に切り払っちまった。開けた視界の向こうには両手から金光りをちらつかせたヒト!
ヤバイ!
迷わず左手で剣の中心を握り目の前で一回転させた。回る剣が盾のように銀光を弾き飛ばす。
組み付くつもりだったのか。こちらに飛び込みかけているヒトの動きが一瞬止まった。
隙だらけ!!
右手でリカッソを握り、左手はそのまま切っ先に滑らせる。距離を詰めて柄で横薙ぎに頭をぶっとばす・・・・・・ふりをして寸前で軌道を脇腹へ。鈍い金属音と共にヒトの身体がくの字に折れる。なんか隙間無くいろいろ仕込んでやがるみたいだな。服にも鎖が編み込んであるし。
なら、それように殴れば良いだけだ。
持ち手を変えず、柄を腹に小さく突き込む。左手を離して軽く右手で剣を半回転させると、背中を丸めながら小さく後ずさるヒトの頭めがけて刃が落ちる。ギリギリでヒトが右腕を差し込んでくる。鎖の仕込まれた腕が刃を受け止めた。
が、そこまでだ。俺はそのまま左手で柄頭を握り、力任せにヒトを地面に叩きつけた。
切っ先が何度も空を裂く。
イヌの女が細かく細剣を突き込んでくる。刺してくると言うよりは威嚇しているような浅い突きだが、それでも当たる所に当たれば死ぬし身体のどこでも刺されば十分に痛いだろう。
リーチは向こうの方が上だ。だから、近寄らせずに終わらせるつもりだろう。刺突の壁を作り、散発的に突き込んでこちらのミスを待つ作戦のようだ。避ける。払う。退く。牽制する。それらを使って時間を稼ぎ、相手の呼吸を量る。良い腕の剣士ではあるが、一流とは言い難い。軽い剣はいくら弾いてもすぐに姿勢を戻すし、その弾力のせいで折ることも難しいが二刀であれば。
突き込まれた剣を右の剣で払う、だけではなく、戻る相手の剣に合わせてこちらの剣を触れさせたまま踏み込む。剣を剣で『掴んで』離さない。そして左の剣で――
「プッシュ!」
女が一声叫ぶと、突然真正面から押された。それが魔法で起こした風だと気付いた時には姿勢を崩していた。すかさず突き込まれた剣はどれも弾いたが、結局詰めた距離を開けられてしまった。
余裕綽々といった風情の女がぴたりと剣を構える。
「・・・・・・異国に呪文のない魔法はないと聞いていたが」
「技術というのはね、いつでも日進月歩なの。たとえば、こんな感じに・・・・・・ファイヤフライ!」
女が叫ぶと左手の腕輪の一つが僅かに輝き、女の眼前に火の粉が一粒現れ緩やかに蝿のような動きで近づいてきた。嫌な予感がして飛び退く。さっきまでいた場所にその火の粉が止まる。
と同時に、其処が小さく爆発した。
直撃でなければどうということはない小さな爆発だが、直撃した場合肉がえぐれるぐらいは覚悟しなければいけない威力。それを見えにくく、そして動きを予測しづらいようにアレンジしてあるようだ。だが、問題はそれではなく。
「腕輪か!」
「ご名答。魔法式を組み込んだ腕輪で呪文を省略してるだけ。単純でしょ?」
更に広がった間合いに満足したのか笑みさえ浮かべて女が言う。あっさりと種明かしされたが、分かったからと言って意味がない。あの腕輪をどうこうできる間合いに入った時には十分首やら心臓やらに切り込める。
つまり、奴に切り込むには『火の粉』を避わし、剣を捌いた上で、風に耐え、さらに後二つ残っている腕輪で起こす魔法に対抗する必要がある。前三つはやってのける自信がある。問題は、まだ隠しているカードがあるということ。もう少し攻めさせて手札を吐き出させるか?
「で、こういう事も出来るんだけど。ファイヤフライ!」
「!」
唱えた女の目の前に今度は数十個の『火の粉』が灯る。まだ動いてはいないが女の指示一つでいつでも襲いかかるのだろう。あの全てが爆発するのであればとてもじゃないが・・・・・・。
「安心して♪爆発するのはこの中の一個だけ。でもね、見た目じゃ判別できないし、どれが爆発するかは私にも分からないの」
つまり、全部同じように危険だけど使う魔力は一発分と。撃ち疲れがないということか。最悪だ。
「GO!」
叫ぶと同時、『火の粉』が群れとなって突っ込んでくる。一つ一つは不規則だが、群れとして動きはまっすぐ突っ込んでくるだけらしい。それなりの大きさのある群れを横にかわす。速さ自体はそれほどでもない、むしろ不規則な動きの分遅いとも言えるが群れ自体が牛ほどの大きさのため身体ごと動く必要がある。
「GO!」
連射、というほどでもないがすぐに撃つことも出来るらしい。二撃目も横にかわす。かわすこと自体は難しくないが、大きく回り込む動きになる為に間合いが詰め難い。
が、それも慣れの問題だろう。あと2回も見れば飛び込める・・・・・・。
「プッシュ!」
突如、詰めようとした間合いが消える。高速で細剣の切っ先が、いや、風で自らを吹き飛ばして女が飛び込んでくる!
『火の粉』の遅い動きに慣れさせられたリズムに、突然打ち込まれた通常の間合いでは不可能な突き。思考は反応できず、それでも身体が反応する。胴を狙う突きを左で捌く。同時に右で首を狙う。
――衝突の瞬間。
左肩を細剣の切っ先がえぐり、曲刀が首の寸前で――不可視の壁に止められた。
「っ!!」
痛みというよりも熱さ。その熱に思考が焼かれる。何とか残った思考の欠片と本能と経験が身体を動かしてくれた。二撃目が来る前に後ろに倒れ込み同時に砂を蹴り上げて視界を塞ぐ。案の定
、そいつは無理に追撃せずに素直に退いた。その隙に後ろに転がって距離を取る。
「防護(プロテクション)・・・・・・この魔法だけは考えるだけで発動するように訓練したわ」
あの突きをかわして、同時に反撃してくると思ってはいなかったのだろう。冷静を装いつつも女の表情と声には動揺が見える。
が、それでもこちらが圧倒的な不利には違いない。肩の傷は血管を傷つけてはいないようだが、左手を動かそうとすると鋭い痛みが走る。無理に動かせても、全力を出すことは出来ないだろう。
――ここまでなのか?
――こんなところで、こんな奴等に
諦めそうになる思考を振り払う。身体に染みついた技と業の中から勝つ為の手段を組み立てる。
その時、視界の端に打ち据えられて地面に叩きつけられたサトルが見えた。
クシャスラが悲鳴を上げる。
組み立てた戦術を捨てた。
目の前の相手のことも捨てた。
――致命的な隙だ
頭の中のどこかから声がした。それも捨てた。
角の男が短い槍のように剣を構えとどめを狙う。
その男に届くように一心に切っ先を伸ばす。
――届かない
身体の中のどこかから声がした。
身体に染みついた技と業の全てがそう言った。絶望を確信して、それも捨てた。
男が無防備な後頭部に突き込む。クシャスラが止めようと魔法で剣を押し戻すが、力負けする。
そして突き立てられようとした瞬間、男の頭上で何か輝いた。
どべが
そんな感じの音で意識が引き戻される。脇腹に一発喰らった後は記憶が飛んでるが何とかなったんだろう。マフムード将軍の杖術を見たことがあったのが幸いしたか。とりあえず跳ね起きて状況把握!ダメージ受けたのは、左脇、鳩尾、右腕。どれも活動には支障なし。魔力の逆流はなんかもう吐き気すらするけど今は無視!目の前にあるのは・・・・・・。
想像だにしない光景だった。
映画か何かで見たことがある囚人用の拘束服を着せられた、高校生ぐらいのヒトの少年(背中を強打したのか、軽くむせている)。それと、少年の下敷きになって地面に顔面から突っ込んだカルロだった。
ふと横に目をやると、サーラ様とエリーゼがチャンチャンバラバラを再会している。左肩に手傷を負ってはいるが、何とか互角のようだ。
とりあえず、近接用のボウイナイフを腰の後ろから引き抜き、拘束服の右腕のベルトだけを斬る。
後は自分で何とかしてもらうとして、とりあえず後ろに控えた雑魚が加勢に来る前にとどめを・・・・・・。
「んんっだらしゃああああああああっ!!」
「おうあっ!?」
悲鳴を上げる少年を吹き飛ばしすげえ勢いでカルロが復活してしまった。しまった、とどめが遅れたか。残念なことにとても元気なようで起きるなり何故か俺に喰ってかかる。
「いきなり痛ってえなコラ!何してくれやがったんだテメエ!!」
「いや、俺じゃないし。てゆうか刃物でどつきまわした相手に何慈悲とか良識とか期待してんだ、お前」
こちらの話を聞いているのかも怪しいような激昂ぶりで適当に剣を振り回しつつ一息にがなりたてる。足下に転がる芋虫状態の少年はなんとか転がってそれを避けた。・・・・・・器用だなあ。
「何テメエじゃねえだととぼけてんじゃねえテメエじゃねえとしたら誰がやったんだそうかお前か重かったぞ死ねええええええっ!!」
叫ぶなり、カルロが転がった少年に剣を振り下ろす。十分とは言えないが、隙。少年は見捨てることになるが、まあ助けなきゃいけない理由もないし、つーか間に合わなさそうだし。左袖から手のひらに鉄鋲を落し、カルロの死角へと滑り込むべく動き出す。カルロの一閃は吸い込まれるように少年に襲いかかり・・・・・・金属音が鳴った。
ヒトが落ちてくるその瞬間を見たのは初めてだ。というよりも、世界でも例がないのかも知れない。それも、何もこんな鉄火場に落ちてくるとは。それにイヌ女が驚いてくれたおかげで姿勢を立て直すことが出来た。ありがとう落ちてきたヒト。まあ、すぐ死ぬだろうが。
ともかくも姿勢を立て直し、剣筋を見切る作業に没頭する。この女の戦い方は非常に簡単な考え方だ。『安全を確保した上で一方的に攻撃し続ければいつかは相手は倒れる』その為の細剣、風、そして防護の魔法。サトルとの二人がかりなら隙を作って見えない一撃を叩き込めるが、一人では無理だ。せめて両腕が完全な状態ならば・・・・・・。一度態勢そのものを立て直すべきか?
そんなとき、金属音が鳴った。
剣?
なんで、こいつが?
地面に寝っ転がって右腕以外動かせないはずのこいつが剣なんか持ってるんだ?
俺が――全力とは言わないがそれでも胴を両断するつもりで――振るった斬撃を、地面に転がったままのヒトが片手に持った剣で受け止めている。
見るからにただの剣じゃない、刀身には知らない言葉が彫り込まれ意匠を凝らした鍔元にはでかい宝玉がはまっている。明らかに魔法の代物。
何より信じがたいのは俺が両手で振るった一撃を片手で受け止めているその腕力!
「連れて退くぞサトル!」
知らない女の声――あのヘビ女か!
「了解!」
しまった、あの黒ずくめどこに――
振り向くと何か丸いものを軽くこちらに放り投げた黒ずくめが。
爆弾かっ!?
ただの直感だったが、それに任せて身を投げ出す。
大当たり。それは爆発した。
BOM!!
狭い谷間に煙が満ちた。煙幕!
「プッシュ!」
風で吹き飛ばそうとするけど、煙を引っかき回すだけで晴れない。威力重視で規模を小さく設定してたから、「押す」ことはできても「流す」程の風にならない。
「ああっ、もう!!」
思わず悪態が漏れる。さっきまで追いつめてたヘビ女の気配が急に遠ざかる。見えない相手に迂闊には踏み込めない。けど、慌てる必要はない。逃げ場所は一つだけ。
「プッシュ!」
遺跡の入り口に向けて今度は大きめの風を送る。少しだけ開けた視界に、信じられないものが映った。
黒ずくめの精霊を連れたヒト、さっきまでカルロに襲われていた彼が入り口の床に手をついている。そして、床から黒光りする扉が「成長した」。谷底につもった砂から黒いものが吸い上げられ、見る間に扉に吸い込まれて扉を大きくしていく。
そして、それが彼の姿を隠し入り口の天井に達するまで、私は何も出来なかった。