狭い谷間に煙が満ちた。煙幕!
「プッシュ!」
風で吹き飛ばそうとするけど、煙を引っかき回すだけで晴れない。威力重視で規模を小さく設定してたから、「押す」ことはできても「流す」程の風にならない。
「ああっ、もう!!」
思わず悪態が漏れる。さっきまで追いつめてたヘビ女の気配が急に遠ざかる。見えない相手に迂闊には踏み込めない。けど、慌てる必要はない。逃げ場所は一つだけ。
「プッシュ!」
遺跡の入り口に向けて今度は大きめの風を送る。少しだけ開けた視界に、信じられないものが映った。
黒ずくめの精霊を連れたヒト、さっきまでカルロに襲われていた彼が入り口の床に手をついている。そして、床から黒光りする扉が「成長した」。谷底につもった砂から黒いものが吸い上げられ、見る間に扉に吸い込まれて扉を大きくしていく。
そして、それが彼の姿を隠し入り口の天井に達するまで、私は何も出来なかった。
遺跡に転がり込んだ瞬間。脳のなかに凄い圧力がかかった。視界が歪む。まだ逃げきれてないのに。
――なら、出口を塞ぐですよ!
どうやって。ドロドロの視界の中に塞げそうな物はない。
――扉を作れば良いんです!
ああ、そうだ。この大量の魔力があれば出来るだろ。けど、素材は?
――谷底の砂に砂鉄があるです!
なら十分。厚さ1cmもあれば、足止めして体勢を立て直すには十分すぎる時間稼ぎだ。
――いくです!
あ、ああ、あああああああぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!
目を見張る光景。お世辞にも広いとは言い難かったが、それでも3人ほど並んで歩けそうな広い通路を黒い鉄塊が塞いでいく。その手前で手をついているサトルとクシャスラの魔法であることは想像できる。が、これほどの魔力はどういうことだ。
よく見れば、クシャスラがさっきより大きく――いや、こうして見ている間にも大きくなっていく。
身長はサトルより少し小さい程度だろうか。豊満な、従姉殿ほどもありそうな胸。蜂のようにくびれた腰に、熟した臀部。
ま、敗け・・・・・・いやいや、そんな場合じゃない。というか敗けてない。いや、そもそも比較してないし、意識もしてないぞ、うん。
くだらないことを考えているうちに通路が塞がった。振り返ったサトルが通路の奥を指さす。その顔は目に見えて青ざめていたが、なんにしろこんな通路の途中にいるよりはマシだろう。足下に転がっている拘束されたヒト(いつの間にやら剣を棄てていたが)を担ぎ上げて奥へと走った。
* * *
「なんだよこりゃ」
「鉄板でしょ」
悪態をつくと間髪入れずエリーゼが答えてきた。
「いや、そう言う事じゃなくてな」
「さっき貴方が仕留めようとしてたヒトが魔法で作り出したの」
迅速且つ明確な答えを返してくる相棒はホントに心強いが、・・・・・・バカにされてる気になるのは俺だけか?いや、確かにエリーゼよりはバカだけど。
「つーことは、これもマジックアイテムか?」
「ちょっと待って」
エリーゼがなにか二言三言唱えて感触を確かめるように鉄板を撫でる。すぐに答えが来た。
「これ自体はただの鉄の塊ね。造る工程が魔法ってだけで」
「ふん?」
軽くノックすると、コーンと音が響く。厚さそのものはそれほどでもないみたいだが。そういや、あの精霊ってのが魔法使ってきたな。腕力でねじ伏せられる程度の力でしかなかったはずだが、切り札か何かか?まあ、正直良くわからねえからそんなもんなのかもしれねえけど。
「で、何とかなる魔法とかあるか?あの爆破の魔法とか」
「あれだと威力がちょっと・・・・・・他の軍用魔法でも私の魔力だとたかが知れてるし」
つまりは力業か。
・・・・・・めんどくさいな。
「おう、お前等ちょっとこい」
迷わず手下にやらせることにした。
* * *
「――ふう」
「ぐえ」
担いでいた物を床に放り出して一息つく。
ある程度奥に進むと其処はちょっとした広間になっていた。床と言わず天井と言わず彫り込まれた魔術文字がほんのりと光っている。蛍の光程度だがその薄明かりのおかげで灯が無くてもなんとなく全体が見渡せる。
「な、なあ、あんた」
どうやら遺跡の外の物と連続している魔法陣らしい。ここでも精霊作成の陣の様式を保っていた。この手の遺跡には危険な仕掛けが多い物だが、どうやらその心配はないらしい。ここに仕掛けを作ったら作成陣自体に影響が出るからだ。
「おい、聞いてるか?」
まあ断定するには早いと思うが、とりあえずここら辺で手当をして
「おい、変な姉ちゃぐぼ」
「誰が変だ、誰が」
寝っ転がったままのヒトの鳩尾あたりを軽く踏んでやる。横隔膜を突かれた為か咳き込んでいるそのヒトは、年の頃はサトルより少し若いぐらいの男だった。何か袋とベルトを組み合わせたような服を着せられ右腕以外を動かせないようにされている。ただの勘だが、おそらくは向こうの世界でも奴隷で主人に反抗した為にお仕置き中だったに違いない。なんとなく踏み心地がいいのもそのせいだろう。
「この“高貴麗蛇”と呼ばれたアンフェスバエナ家の正統女王たる私に変人とは何事だ。奴隷の躾がなっとらんな、貴様の主人の顔が見てみたい」
「ちょ、ちょっと待てっ!?誰が奴隷だ!!」
「お前だ、お前。単なる第一印象だがどうせ横暴かつ陰険な主人の楽しいいぢられ玩具にされているに違いない。そんな目をしてるから間違いなかろう」
「初対面の相手に印象だけでいきなりそこまで言うかっ!?大体俺は・・・ええと・・・・・・」
そこまで言って、いきなり声がしぼむ。妙な沈黙が降りた。
「・・・・・・もしかして図星だったのか?」
「んなこたどーでもいい!!そんなことより、アンタの後ろのそいつ、大丈夫なのか?」
「へ?」
言われて、サトルのことを思い出した時には遅かった。
「サーラさまーっ!!」
「おうわっ!?」
不意を突かれ、体当たり気味に抱きついてくるサトルに押し倒される。突然のことに驚いている内に唇がふさがれた。
「んんんーーーっ!?」
唇を押し割ってサトルの舌が入ってくる。口の中で暴れ回る感触・・・・・・あ、や、ちょ、ちょっと。――じゃない!
「んっ、ぷはっ!ちょっと待てサトル!お前一体何を――」
『大好きですますたぁとえっちしたいですごめんなさい止まりませんねぇしましょうよぅもうこんなになってるですます』
――っ!
顔から引きはがしたサトルと、その背中にしがみついたクシャスラの口からうわごとのような言葉が漏れる。目も明らかに狂気の光を宿し、焦点すら合っていない。
『ねぇますたぁえっちするですよぉああもうたまりませんサーラ様クシャスラこんなにバインボインになりましたよぉ?ええいやかましい』
縋り付いてくるクシャスラを腕力で押しのけて、サトルが私の胸に顔を埋めて――ひっ、な、舐めるなあ!そんな匂い嗅ぐなっ!腋の下とかダメだからあっ!
視界の端に指をくわえたクシャスラが見えた。――勝った。いや、そうじゃなくて。
ともかくクシャスラは目標を落ちてきた方に定めたらしく、その男にのしかかった。
* * *
いったい何がどうなってんだ。
俺を踏みつぶしてた、あの頭に鱗を生やしてた女が連れてた男に押し倒され、その男から生えてた女が・・・・・・。
「おちんちん、おちんちんほしいですう」
「だあっ!ジッパー下ろすな!!」
拘束服の股間の部分を破り、スラックスのジッパーを下ろす。慣れた手つきで俺の物を取り出しくわえ込んだ。
「おちんちん、おいひいれふぅ・・・・・・」
「う、そんな激しく・・・・・・じゃない!いきなりなんだって・・・・・・うおっ」
ぐっ、なかなかのテクニック。荒々しいだけじゃなくて、やりすぎない力加減を心得たやり方だ。みるみるうちに俺の物に血が集まっていく。
「ぷはぅ、だってだって、ますたぁ相手してくれないですから仕方ないです。クシャスラ、こんなに切ないのに」
「だからって・・・・・・あっ」
「うふ、可愛い声ですねぇ」
女が――クシャスラっていったか――喋りながらも左手で竿をしごき、右手で玉を転がす。ぽちゃぽちゃした温かい手のひらが文字通り急所を突いてくる。
「ああ、すごいです。先走りがこんなに・・・・・・あむ」
「うあっ!」
尖端を唇だけでくわえられると電気みたいな快感が走る。思わず出しそうになるが、何とかこらえる。・・・・・・いやまて、こらえる必要なかったんじゃないか?
「ちゅ、ずず。ちゅ〜〜〜〜〜っ」
「――――っ!!」
クシャスラが音さえ立てて発射口を吸う。はしたない唇がはしたなく吸い出そうとする。反射的に発射を我慢する癖がまたも俺を押しとどめる。
「あ、すごいです・・・・・・ますたぁより立派・・・・・・」
唇の刺激にこれ以上ないぐらい怒張した俺のものを見てクシャスラがため息をつく。とろんと蕩けた瞳で俺の物を、今度は少しずつ呑み込んでいく。
「う、うあ、ああぁ」
「ん、んんん」
舌を通り越して更にその奥まで、喉に達するフェラチオ。初めて味わうディープスロートの感触。喉の締め付けで亀頭そのものが締め付けられる感触は、脳が痺れるほど気持ちいい・・・・・・。うわ、こんなに呑み込んでる。
「ん、んん」
一番奥まで呑み込んで、視線で俺に問いかけてくる。何の質問かは分からなかった――いや、分かっていた?どうでもいいか、ともかく、期待して頷く。
ゆっくりと、銜えたままの頭が上下する。ずるるっと引き抜かれる感触と、ずむむっと押し入っていく感触が互い違いに俺の理性をはぎ取っていく。うあ、すげえ・・・・・・こんなの初めてだ。上手い。お返しというわけではないが唯一自由になる右手で髪の毛をとかしてやる。酷く固い髪の感触だが、それが引っかかり無く指の間を流れていく感触がまた気持ちいい。
欲情に蕩けた目が笑みを浮かべた。俺の物を離して身体を起こす。俺が頭にやった右手を胸に導いて、俺の腰をまたいで膝立ちになる。
いつの間に脱いでいたのか、全裸になった肢体からは触れてもいないのに熱が伝わってきそうな色気がある。Gカップは余裕であるだろう胸は支えもなくピンと張っている。幽霊みたいに実体がないからこそ可能な、非現実的な、それこそエロ漫画みたいな乳房。強くもんでも柔らかく指を受け止めしなやかに押し返してくる。
銀色に縁取られた股間からは粘りけのある白っぽい液体がしたたって、俺の物に届くと同時に湯気になって消える。濡れた所が乾くような感触なのに、冷える感触がない。愛液が熱さだけ残して雲散霧消する。残った熱が俺の腰を勝手に押し上げる。
にちゃあ・・・・・・。
「ひ、ひにっ」
尖端が触れると、我慢が出来なくなったようで呑み込むように腰が下ろされた。
「ああ、うぐっ!」
一番奥まで刺さった時、俺も我慢が出来ずに一発目を放つ。竿の中を脈打つように流れ出す感触。さんざん責め立てられていた為、入れただけで出して出しちまった。だけど、
「でてるですぅ・・・クシャスラのなかに、たくさん・・・。あ、すご。まだかたいぃ・・・・・・」
柔らかく絡みついてくる熱い感触。本当に熱い。真夏の車のボンネットみたいな直接的な熱さ。その熱さが不思議と心地いい。熱が股間から俺の身体に吹き込まれる感じがして、おれの物から力が抜けない。
うっとりと吐息を突きながら、クシャスラが俺の手の上から自分の胸をもみ上げる。
「ね、たくさんたくさんしてくださいぃ・・・・・・」
切なく潤んだ瞳に懇願されて、俺は腰を突き上げはじめた。
* * *
「・・・・・・」
――ぴちゃあ、れろれろ、くんくん。
「やめろっ!や、は、だめお風呂入ってないから!!んあっ!!」
来ていた革の上着で手首を拘束され、ヘビの少女はのしかかる男をはねのけられない。男はその間にも少女の上半身を味わい尽くしていた。首筋を、鎖骨のくぼみを、乳房を、腋を、脇腹を、背中を、腹を、臍を、その舌で、指で、鼻で、耳で余す所無くシャブリ尽くす。
その中でも特にサーラは、匂いを嗅がれることに羞恥を覚えた。ここに至るまで数日間荒野で風呂など入れるはずもなく、染みついているはずの汗の匂いを嗅がれることが年頃の少女としてはやはり恥ずかしいらしい。何度も肌を重ねている相手ではあったが、この特殊な状況と見知らぬ少年が近くにいることそして、普段触られたことのない所にまでとどく舌と鼻に恐怖心にもにた恥ずかしさを感じる。
だが、サトルはそんな事に気付いた風もなく――いや、そもそも正気なのかも怪しい勢いで――少女を陵辱していく。さっきから一言も発することもなく、愛撫と言うよりも補食と言えそうな行為を続けた。
そして、とうとうその手がズボンにかかった。
「ば、ばか!やめろ!」
半ばパニックに陥ったサーラが腕をサトルに叩き込むが、寝っ転がった状態で手首を縛られていては興奮した男を止めるほどの威力にはならない。
ベルトの留め金を外されたズボンが不気味なほどゆっくりと下ろされることに、サーラは絶望にもにた感情を覚える。ほんのりと温かい遺跡の空気が下半身にまとわりつく。やがて、ズボンは膝で止まった。
「あ・・・・・・」
そこで止まったのはサトルの意図してのことではないだろう。砂よけの脛当て(靴に砂が入らない為のあて布)を外していなかった為、そこで止めざるを得なかっただけという事に過ぎない。だが、それはつまり。
(脚が開かない!)
サーラがふりほどいても逃げられなくなったことに気付くと同時に、サトルが膝の裏に腕を入れ、身体を起こした。
「きゃあ!?」
普段聞こえないような甲高い悲鳴を上げて少女が抑えつけられる。逆さまの態勢で両肩は地面に押しつけられ膝が胸に当たるぐらいに強制的に折りたたまれている。男は胡座をかくようにして少女の背中側から支え、少女の臀部に頭を持ってきている。いわゆる「まんぐり返し」の変化形。
「ひっ!」
自分の姿勢を自覚し、当然その後に来るであろう愛撫に対して備える。だが、予想に反してそれは来なかった。
「・・・・・・?」
今自分の其処がどうなっているのか、自分自身の太腿に視界をふさがれて見る事は出来ない。だが、体勢から大体の想像はつく。いま其処のすぐ近くにサトルの顔があるはずで・・・・・・。
(見られてる!)
じっくりと、至近距離から見られてる。見えないはずの視線を其処に感じる。針よりも鋭く砂漠の日差しよりも熱い視線が突き刺さるのを感じる。自分の、汚れがたまっているであろう其処を。いつもなら冷やかすなりなんなり言うはずのサトルも今日は無言で其処を視姦するだけだ。
怖い。何も言わないサトルが怖い。サトルがどういう感想を持っているのかが怖い。知るのも怖い。沈黙も怖い。怖さが、脳幹からじんわりと熱を持って広がり・・・・・・。
(違う!わ、わたしは何を)
見られている羞恥と見えない恐怖に興奮しはじめている自分を即座に否定する。だが、否定してしまった事で、逆に意識してしまう。被虐趣味というものもあると、姉達から聞いた事があったのも災いした。羞恥が興奮に、恐怖が期待に、オセロの駒がひっくり返るように置き換わっていくのを否応なしに自覚する。
「や、みちゃ・・・いや・・・」
目の端に熱い感触がある。拒絶の声に媚びがある。自分でもそれが分かる。身体の奥で作られた熱い粘り気が、見られている所から滲み出る感触がする。目の端にたまった液体と滲み出た液体が水滴になって流れ出したと同時に、サトルが食らいついた。
「ひゃあああああぁぁぁぁぁぁあああんっ!」
頭の中が真っ白になる。一瞬の空白の後に、サトルの吸い付いたそこから快楽が叩きつけてくる。荒々しい何て物じゃない。どこに触るかとか考えていない、手当たり次第の愛撫。いや、陵辱。抵抗しようにも身体を押さえつけられ、もがいても無駄に終わる。いや、もう自分が抵抗しているのか、ただ身悶えているのかどうかも判別がつかない。
「やめっ、ん。ひゃう!そこだ、めぇ・・・・・・。にゃあっ!?」
むちゃくちゃなでたらめな愛撫の中、偶然歯が合わせ目の頂点にある小さな突起をひっかいた。
「いやあああああああぁぁぁああぁああぁああああ!!!」
それを引き金に、サーラは達した。
盛大に達して痙攣する少女の身体がゆっくり下ろされる。少女が忘我の淵から立ち戻る前に、男は彼女の身体を膝を立てたうつぶせの姿勢にする。
「ふ、あ・・・・・・」
口の端からよだれを垂らして力無く組み伏せられた少女の身体。天性の美しさを剣術が磨き上げた身体は本来妖艶というよりも怜悧ではあった。だが、それが逆に男を誘うような姿勢の淫靡さをよりいっそう引き立たせる結果になっている。
その光景に我慢できなくなったのか、それとも最初から遠慮するつもりなど無かったのか。サトルはすぐに少女の腰を掴むと自分のものを沈めた。
「はううっ!」
その一撃で意識を取り戻したかサーラが目を見開く。突然のピストン運動に混濁した意識が追いつけない。ただただがむしゃらな動きに翻弄され、一突きごとに追いつめられていく。光る文字がのたくる床に乳房が押しつけられ、ひしゃげて形が変わる。力ずくで抑えつけられ姦される屈辱的な姿勢に――だがしかしどこか被虐的な快楽を感じつつ――思わず涙がこぼれる。
「ひゃ、い、いたっ!」
背中にかかる重量が増した。サトルがのしかかって首から背中への鱗を愛撫しはじめたのだ。暗器が山ほど仕込まれたコートが押しつけられる。身体の下に手が回されて乳房が握りしめられる。当然痛みが走るが、肉棒が突き込まれる動きと痛みのリズムが同調し、快感と激痛の区別が曖昧になる。
まるで補食される獲物のような錯覚。跡形もなく食べられて、噛み砕かれて、飲み込まれて、混じり合って、捕食者と一つになる。そこで意識が終わらずに、また食べられる所から繰り返される。
(わたしのことが・・・・・・)
声も出せず、肩越しに振り向いてみるとまさしく食らいつくように背中に顔を埋め腰を使うサトルが見える。
「ね・・・・・・」
軽く声をかけてサトルに向けて精一杯舌を出す。それだけで察したのか、捕食者は唇で襲いかかり、伸ばされた舌を軽く甘噛みした。
(・・・・・・だいこうぶつなんだ)
それをきっかけにして、サトルの肉棒が爆ぜる。体内を染め上げられていく感触を感じながら、サーラも達した。
* * *
「で、これはどういう事なんだ?」
手早く身繕いした後に、首筋に慣れた感触。ああ、さっきまでのあの可愛いサーラ様は一体どこへ・・・・・・。
「・・・・・・今何考えた?」
「あ、ちょ、ストップストップ!無言で少しずつ食い込ませないで下さい!」
「ちなみに頸動脈まで後三ミリだ、早めにな」
「なにそのカウントダウン!?いえね?要するにクシャスラから魔力が逆流してたんですよ!同時に大量の魔力にあてられて急激に大きくなったクシャスラ自身にも変化が起こったと!!」
「後、二ミリ」
「んで!クシャスラ自身の変調が魔力と一緒に送られてきて俺自身も大変でしたと!!」
「後、一ミリ」
「それで!クシャスラがイッた瞬間に何とか制御を取り戻して、今俺の中に封印しましたんでとりあえず再発の危険はないです!!ホントです!マジです!」
目に見えないほどゆっくりと、だが一定の速度で進んでいた刃がぴたりと止まる。しばらくあってサーラ様が剣を引いた。
「・・・・・・まあいいだろう」
今ひとつ納得はしていないようだったが、とりあえず納刀して・・・・・・
「なあ、一つ聞いていいか?」
突然少年(拘束服は脱いで胡座をかいていた)が声をかけてきた。そういやいたなあ・・・・・・すっかり忘れてたけども。ともあれ、こっちの沈黙を肯定と受け取ったのか少年が後を続ける。
「さっきの話が正しいとすると。クシャスラを封印した後、すぐにお前まともに戻ったってことだよな」
「ああ、そうだけど?」
「クシャスラが消えた時って、お前等全然やってる途中だった気がするんだが」
きっかり三秒、静寂が訪れた。
「サ・ト・ル・く・ん?」
凄く優しい微笑みを浮かべてサーラ様がふりむいた。
――秘伝剣術皆伝の認可を受けたサーラ様の拳は 素手とはいえ凶器である――
「で、お前が何者かと言う話だが」
「・・・・・・いや、あの、いくらなんでも大丈夫か?そいつ」
ヒトが怯えを含んだまなざしで血まみれのサトルを見る。
あの痙攣の具合ならすぐに復活するだろう。特に問題はない。
「まあいつものことだ。気にするな」
「い、いつもなのか・・・・・・?」
「うむ。で、話を戻すが、この世界はお前の元いた世界ではない。いわゆる・・・・・・」
「異世界だろ?」
あっさりと言葉を継いでくる。ちょっとこれは予想してなかった。サトルのようにもっと慌てたり現実逃避してみたりするのかと思ったが。だが、次に告げた言葉はもっと予想外だった。
「そんで、聞いた話だと世界の危機のすぐ近くに飛ばされたらしいんだが」
「はあ?」
話が噛み合わない。え?まて?どういうことだ?
「ちょっとまて。ええとつまり、お前は何らかの手段で意図的にこの世界に落ちてきたと?」
「落ちたって言うか、落されたんだよ。アンゼろぎゅ」
「ろぎゅ?」
いきなり妙な声を出してヒトが倒れ込む。よく見ると首に巻いていた皮の首輪が食い込んでいる。息が出来ないのか、顔がどんどんと赤くなっていく。そしてそれは始まったと同じく唐突に戻った。
「がはげほっ!!」
四つんばいで咳き込むヒトの首輪から鈴のようなたおやかな声が響いた。
「ダメですよ、ゲボク一号。色々な問題に引っかかるようなことを言っては」
「てめえかっ!?いきなり何しやがる・・・っていうか、ゲボク一号ってのはなんなんだよっ!!」
「ああ、先ほどまで通信が繋がらなかったようなので伝えることが出来ませんでしたが、実は今回の任務中に『私たちの身元がばれるような固有名詞』を言うと世界が滅びてしまうのです」
目の前の私を無視してヒトがいや、ゲボク一号が首輪に向かって怒鳴り散らす。どうやら口を挟まずとも状況が分かりそうなのでここは静観することにしよう。
「ああ、それで俺の名前が」
「はい、今回から貴方のコードネームはゲボク一号です」
「ふざけんなっ!?ってゆうか、今回限りじゃねえのかっ!?」
「当然でしょう?」
「当然だな」
「だからふざけんなっ!?てか、なんで初対面のお前まで同意するんだあああああああ!?」
ゲボク一号が何故か怒って訳の分からないことを聞いてくるので、ここは気にせず首輪の主と話すことにする。
「で、首輪から話しているお前が主人と言った所か」
「はい。私のゲボク一号が失礼をしたようで申し訳ありません」
「いや、気にするな。それより世界の危機と言ったが?」
「ええ、我々の調査によるとそちらのすぐ近くに不安定で巨大な魔力が存在するようです。おそらくそれが原因で何らかの崩壊が起こると思うのですが」
「ちょっとまて!お前等俺を無視してぎょ」
差し挟まれたやかましい騒音が『きゅっ』と言う音と共に静かになった。
「便利だな、その首輪」
「開発部の努力の成果です」
「良かったら一つ分けてもらえないだろうか?」
「すいません。なにぶんまだ数が少ない物で」
「そうか。まあいい」
「まあ、それはそれとして話を戻しましょう」
「世界の危機という話だが、そもそもお前等は何者だ?通常の落ち物とはまた違うようだが」
「・・・・・・この世界の情報が少ない為『落ち物』というのが何かよく分からないのですが、とにかく我々のことは世界の危機を解決する為に、複数の世界に跨って活動している組織だと思って下さい」
「ふむ?」
「そして今回、我々が感知する限り初めて、この世界において世界崩壊の危機が起こる可能性が高まりました。彼はその解決の為に派遣した我々の組織の者です」
「ただの子供のようだが、使えるのか?」
「ご安心下さい。こう見えていくつもの修羅場をくぐってきた歴戦の戦士です」
「ふぅむ」
そういえば、あのどこからとも無く取り出した剣。そして片手で両手の斬撃を支える膂力。おそらくこの首輪以外にも何らかの魔法の品で武装しているのだろう。
「分かった。信用しよう」
「ありがとうございます。それで、本題に戻りますが・・・・・・」
「魔力の話ですか?」
いつの間にか復活したサトルが私のすぐ近くまで来て話に加わる。腫れて膨れた顔を応急処置しながら後を続けた。
「今は意図的にクシャスラを封印してるんで魔力に対して不感症になってますけども、やっぱりこの遺跡から魔力がでてるみたいですね」
「わかるのか?」
「感じる訳じゃないんですが、遺跡に入る前に感じてた魔力の逆流が遺跡に入った途端とんでもなく強くなりましたからね。だからいきなり鉄扉作るような大魔術が使えたわけですが」
「と言うことは、この更に奥に」
「魔力源があるんでしょうね。・・・・・・ところで紫色を通り越してどす黒くなってきてるんですけど大丈夫なんですか?」
何か恐ろしい物を見ているような顔でサトルが下に目線を向ける。
「何がだ?」
「何がでしょう?」
質問の意図が分からないのでサトルの視線を追う。そこには断末魔の表情を浮かべたゲボク一号が転がっていた。
「久々に、臨死体験した・・・・・・」
「他人のことは言えないが、そう度々するもんでもないだろ。それって」
喉を撫でさすりながらあの恐怖を反芻していると、黒コートの男からぞっとしたような声がかけられる。いや、てゆうか、ちょっとまて。
「お前『も』臨死体験の経験があるみたいな言い方だな。しかも複数回」
「・・・・・・あんまり思い出させないでくれ」
視線をそらせながらそう言ってくる態度に・・・・・・なぜか目頭に熱いものを覚え追及する気が失せた。多分この人とは深い所で理解し合える気がする。
「何をもたもたしている。いくぞ」
「あ、はい」
・・・・・・あのヘビ女の言葉に素直に従う所を見ると、そうでもないかな。まあともかくも、女が先頭に立って部屋の奥にあった扉を開いた。
僅かに開いた扉から光が差し込んでくる。警戒しているのか、それとも目を慣らす為かゆっくりと開けられた扉の向こうには、また広い空間があった。
大きな、おそらくは体育館程の大きさの部屋。壁際には本棚らしい物がおかれているが、中身は少ない。部屋の中央に円形の石の台座があり、その上に白く強く輝く球体が浮いていた。直視できないほどの光量だが、熱は感じない。
球体の光量が大きすぎるせいで目立たないが、この部屋も床と言わず壁と言わず何らかの魔術文字が光っていた。多分、外に続いている文字はこれの延長線なんだろう。だとすれば、何てでかさの魔法陣なんだ・・・・・・。
「なんだ、この文字?」
いつの間にか、サトルが棚の本を手に取っていた。興味を引かれたか、ヘビ女が覗き込む。
「帝国貴族語だな。一般に使われる公用語ではなく、機密性の高い文書に用いられた言葉だ。どれ、ちょっと貸せ」
サトルの手から取った本を斜め読みで読み下していく。時折手が止まったり、眉間の皺が寄ったりしている。やがて怪訝な顔をして隣の奴隷に問いかけた。
「・・・・・・サトル。『重力』ってなんだか分かるか?」
「質量のある物体を落下させる力のことです」
「え?」
「物ってのは力が加わらないと動かない。だから物が落ちると言うことは、落ちる為の力が働いているということ。この物を地面に向けて動かす力が重力です。もっと詳しく言うためには物理学と数学が出てきますが詳しく聞きます?」
「いや、聞いてもわからんから、いらん」
あっさりと断るとまたページをめくり、今度はすぐに止めて本を閉じた。顔を光の方に向けて目を細める。
「大雑把な所は分かった。やはり、これは精霊の作成陣らしい」
まぶしかったのか、すぐにこちらを振り向いて親指を光の玉に向ける。
「作ろうとしていたのは自我を持ったタイプの自律精霊。そしてこいつの一番特殊な点は術者に依存しないという所だ」
「え?それじゃあ魔力はどっから供給するんですか?」
「それが肝だ。術者に魔力を依存しない為に、術者の状態によらず一定の威力を発揮し続けることが可能になる。この遺跡はその為に魔力をかき集める効果があるらしい」
「かき集める?どこから」
「月光だ」
「へ?」
サトルは、疑問符を浮かべていたが・・・・・・あまり疑問でもないだろう。ほとんどの世界で月は魔力の象徴であり、それの力を借りた魔法も多い。ただ、次に飛び出したセリフは俺の予想を完全に通り越していたが。
「この世界に二つある月の一つ。その一つがこの砂漠に降り注いでいる月光を、全て魔力としてため込むことが出来るらしい」
『ええええええええええええええっ!?』
「い、いやちょっと待って下さい。この砂漠って簡単に言いますけども、半端じゃない広さがあるでしょ?」
「だからこそ、半端じゃない魔力がため込まれているんだろうな。漏れ出た魔力だけで、さっきのお前のざまだ。ため込まれている総量はどの程度になるのやら・・・・・・」
逆光になってよく分からないが、女の顔色が少し青い気がする。淡々と語っているように見えて内心は穏やかではないらしい。いや、当然か。これだけの力、迂闊に使えばどかんだ。
「蛇の邦には月が一つしかない謎の答えがこの小さな遺跡というわけだ。帝国はとんでもない物を残していったな」
「ええ。・・・・・・そう言えばサーラ様」
「何だ?」
「結局これ、何精霊を作る予定だったんですか?こんだけのとんでもない力で」
「ん、なんでもこの日誌によると重力精霊を作るつもりだったらしい。5年ほど魔力をため込みその後で精霊作成の儀式に取りかかる予定が、帝都消滅でおじゃんになったと」
適当にほうほうと相づちを打っていたサトルが突如何かに気付いたかのようにぴたりと動かなくなる。震える声が漏れ出るように言葉を紡いだ。
「・・・・・・い、今なんて言いました?」
「?5年ほど魔力をため込み・・・・・・」
「いま、帝都消滅から何年ですか?」
「百ね・・・・・・ん」
促されて、やっと気付いたのかサーラも動きを止める。いや、俺の思考も少し止まっていた。つまりなんですか?今ここには砂漠に降り注ぐ魔力の100年分が集中していると?予定の魔力量のゆうに20倍が貯められていると?
「そ、そんなもんが開放されたらやばいんじゃねーか!?」
「そうですよ!辺り一帯どうなる・・・・・・どうなるんですか?」
「・・・・・・どうなるんだろうな」
『おい』
男二人の突っ込みが見事にシンクロする。憮然とした表情しか引き出せなかったが。
「仕方ないだろう。流石に魔法は専門外だ」
「――そのばあい、辺り一帯が高濃度魔力地帯になる可能性が高いです」
行き詰まった分析を、鈴のような声が継ぐ。アンゼろごょ
「高濃度魔力地帯では生物に対して変異などが発生しやすくなります。先天的な奇形もそうですが、後天的な呪いや変身現象など。また、無生物の生物化や極端な自然現象も起こりやすくなりますね」
「極端な自然現象?」
涼やかな少女の声が首輪から流れでる。一号君の御主人様の声だ。まるでレポートでも読み上げるかのように淡々と語る。いやそれより。
「あのー」
「たとえばいつも砂嵐が起こっているとか雲もないのに雪が降るとか。通常起こりえない天候などです」
「なるほど、それは大災害だな」
「ちょっとー」
「ですが、その程度では世界の危機とは言えません。せいぜいが一国家の一地域が壊滅する程度でしょう」
「十分だろう」
「いえ、我々の抱える予知能力者・占術班・予言解析機などの予測では89%で起こるはずなのですが・・・・・・」
「もしもしー?」
さっきからの呼びかけをやっと聞いてもらえたようで、サーラ様が会話を止めてめんどくさそうにこっちを見る。
「今大事な話し中なんだが・・・・・・」
「いや、その首輪の人にちょっと聞きたいことがあるんですけども」
「何でしょう?」
「なんで首を絞めたんです?」
「何か危険なことを思ってそうだったからです」
「勘だけで!?いや、まあそれはともかく。それで、いつまで絞め続けてるんです?」
「・・・・・・あ」
今気付いたっ!?
「ええと、とりあえず話を戻しましょう」
あれからまた、何か言いそうになったりまた絞まったりで一悶着あったんだけど、とりあえず強引に話を戻す。俺が回さないと進みそうにない。
「ここにはとんでもない量の魔力が貯められている。そして世界が滅びそうだとも魔法で予知している。だけど、魔力と世界崩壊が結びつかない。そう言うことですよね?」
誰からも異論がないようなので、一息ついてから首輪越しの少女に聞いてみた。
「今さっき分かった情報から、何か分かりませんかね?精霊云々の話は聞いてましたよね?」
「今新たな予測をさせている所ですが・・・ちょっと待って下さい、報告が来ました。ええっと、『現在の作成陣の魔法構成から考えるに、このまま魔力が暴走したばあい魔力が一点に集中し強烈な疑似重力を作成すると予測される』」
「ぎじぎゅうりょく?」
「『試算上は地球の質量と同程度の疑似質量が半径5mmの球体内に発生する。この効果は1時間ほどに及ぶ』だそうです」
・・・・・・待て?
「良くは分からんが、それは大変なのか?」
「い、いや、俺もちょっと理系は・・・・・・」
地球質量と同程度の疑似質量?
「ええと、それはつまり直径一センチで重さが地球並みの星だと考えていいんですか?」
「この報告を素直に読めば、そうなりますが」
「一号君、電卓持ってる?」
「は?お、おう。ケータイので良ければ」
「十分だ。首輪の人、重力定数と地球質量教えて下さい」
受け取った携帯の電卓とメモ帳で演算をはじめる。たしか、式はこれで良かったはず・・・・・・。これで・・・・・・こうなるから・・・・・・うそだろ・・・・・・?
「どうしたサトル?」
「何か分かったのか」
式を見直してもう一度検算。・・・・・・間違いない。
「俺の試算が正しければ・・・・・・」
『れば?』
非理系人間の声が期せずしてハモる。
「縮退が起こる」
『しゅくたい?』
「ブラックホールが発生するってことだよ!」
「な、なにいいいいいいいいいっ!?」
「・・・・・・ぶらっくほーる?」
のんきにのたまうサーラ様に、少しクラッと来た。そういやそうだよな。自転車もないのにそんな概念無いよな。
「何暢気なこといってんだ!いいか、ブラックホールってのはな!・・・・・・ええと、あの。何だっけ?」
お前もか、少年。まあ、興味がなければそんなもんかも知れないが・・・・・・。
「ブラックホールってのは、要するに何でも吸い込む星だと考えて下さい。そこに入った物質は何であろうと脱出不可能な真っ黒い星。それがここに出現します」
詳しい解説は時間の無駄だ。とりあえず分かりそうなことだけかいつまんで話す。
「それが現れるとどうなるんだ?」
「ここにある物全てを吸い込みつつ、地面の中に沈んでいきます。当然地面も吸い込みながら」
「地面を吸い込む?」
「重さを持つ物全てがブラックホールに落ちていくと考えて下さい。一時間もあるなら吸い込んだ物質でより力を増しながら地殻をぶち抜くまでいくんじゃないですかね?」
「地殻?」
「・・・・・・まあともかく、一時間もあれば大地そのものにとんでもないダメージを与えられるってことです。地震程度じゃ済まないような天変地異が起こるでしょうね」
「大変じゃないか!」
「だからそう言ってるんですよ!ついでに一時間後に魔力が尽きてもとんでもないことになるだろうし」
「と、とんでもないことってのはどんなだ?」
一号君には『天変地異以上のとんでもないこと』が想像できなかったのか、無理もないとは思うが。
「吸い込んだ質量だけでブラックホールを形成できなかった場合、吸い込んだ質量がそのまんま素粒子になって解放される」
「か、核爆発が起こるってのか?」
焦った様子で一号君が聞いてくる。流石に高校生とはいえそれぐらいの知識はあったのか。だが、生ぬるい。
「いや、擬似的な超新星爆発と言った方が正しい。天体そのものが粉みじんに吹っ飛ぶ。ちなみにブラックホールが形成できた場合、大地そのものがブラックホールに吸い込まれて消える」
あっさりと、崩壊ではなく消滅を断言されたのが流石にショックなのか、二人が押し黙った。ややあってサーラ様が迷いの残った声で甘い予測を述べた。
「・・・・・・なあ、サトル。この魔法陣がそのブラックホールとかいうのを落さないように支えるってことも有り得るんじゃないか?そもそも、あの光の玉の所に精霊を作る物な訳だし・・・・・・」
「もし仮にそれが起こったとしても、ロシュの限界なんか力いっぱい踏み越えたこんな至近距離に高重力源が存在したら、潮汐力で地面がめくり返ります。深さ数十`オーダーの規模で。当然そんな異常な力にこの遺跡は耐えられません」
「・・・・・・」
言っていることの7割は理解できていないのだろうが、それでも一縷の希望が完膚無きまでに断たれたことに押し黙る。・・・・・・ってゆうか、こんなもんどうしろってんだ。一号君程度送り込まれてもどうしようもないだろ・・・・・・。
「何とかなるかも知れません」
え?・・・・・・その声は。
「何か手段があるんですか、首輪の姫様!?」
「なんですかその呼称」
「そんなことより今は世界を救う方法が優先だ。何か手段があるなら教えてくれ首輪姫」
「もう定着ですか!?」
「よかったなあ、首輪ひぎぇ」
にやにや笑いを浮かべた一号君がまた顔色を変えながら倒れたけども、話が進まないのでとりあえずは置いておこう。
「それで何か手段があるような言い方ですが」
「ええ、問題はその魔力が魔法陣に使用されてしまうことにあります。だから、それを消費してしまえばいいのです」
「消費だと?一体どうやって・・・・・・。なあ、サトル」
「やですよ!?てゆうか、これは死にます。絶対死にます。漏れ出た魔力だけで精神崩壊しかけてたのにこんなもん肉体だって耐えられませんよ!?」
てゆうかこんな魔力の消費経路になったらなにか未知の化物になるか瞬時に蒸発するかの二択のような気がする・・・・・・。流石にそれは分かるのか、サーラ様も本気ではないようだったけど。
「ああそれもありですね」
「選択肢に含めんなっ!?」
「冗談です。というか、ちょうどいいと言えばちょうどいいんですよね」
『ちょうどいい?』
思っても見なかった言葉に思わず俺とサーラ様がハモる。この事態の何がどうちょうどいいのか。首輪の拘束がゆるんだのか、喉をさすりながら起きあがる一号君も怪訝な顔をしている。
「いえね?実は我々の世界とそちらの世界の行き来には少し問題がありまして」
「問題?」
訝しげな声で一号君がオウム返しに聞き返す。それに答えてって訳でもないだろうが、首輪の姫様がさらりと爆弾発言をした。
「こっちからそっちに送るには何てことないんですが、そっちからこっちに戻すには凄い量の魔力が必要なんですよ」
「ちょっとまてえええええええええぇぇぇぇぇぇぇえええええええええっ!?」
悲鳴じみた絶叫、じゃなくて絶叫じみた悲鳴か。いや、両方かな。ともかくもそんな声で一号君が抗議する。いや、気持ちは分かる。
「お、お前『うまくいけば3〜4時間で戻れる』とかいってたじゃねえかっ!?」
「ええ、うまくいきました」
「結果オーライか、こら!?」
「いやまあ、最初の段階で魔力のせいで崩壊が起こることは予測できてました。元よりそれを当て込んでた計画でしたから」
「・・・・・・う〜ん」
涼しい声でさらりと答える。その答えに納得できないが理解は出来たようで、一号君が難しい顔で黙る。そこに、思いついたことが口をついてでたのか、呟くようなサーラ様の声が割り込んだ。
「・・・・・・もしその魔力が使えなかったらどうしてたんだ」
「現地調達でがんばってもらいます」
「ふざけんなああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああ!!!」
悲鳴のような絶叫のような悲鳴は、やっぱり首輪の姫様に届きそうにもなかった。
返してもらったケータイからコードを伸ばして魔法陣につなぐ。短縮コードを押すと程なく向こうと繋がったようで小さい画面によく分からない文字列が走り始めた。
「これでいいのか?」
「ちょっとまってください。・・・・・・はい、こちらでも確認しました。これで30分程後にこちらへの転送ゲートを開きます」
「30分かあ。結構かかるな」
「とはいえ、俺たちその間やることないし・・・・・・」
「いや、あるな」
一息入れようとしていたサトルにサーラが釘を刺した。
「魔法が完成する前にあいつらがやってきた場合、止めなくてはならない」
「え?あ。あのカルロとエリーゼ!」
「ついでに雑魚もな。あの扉も頑丈だろうがいつまでも持つ物じゃないだろう。その前に対応を話し合っておきたい」
そういやそうか。あいつらにこれが何か分かるか微妙だし、そもそも問答無用で斬りかかってきそうでもあるな。でも・・・・・・
「対応ったって、前の部屋で迎え撃つぐらいしかないんじゃないか?」
「誰が誰の相手をするかと言うことだ。私があのイヌ女とやる」
いや、お前押されてたじゃねえか。と、その言葉を口にするより早くサトルが口を開いた。
「わかりました。じゃあ、俺がカルロですか?」
「カルロの実力をどう見る?」
「俺の10倍ぐらい強いですね」
「ならまかせた」
「はい」
・・・・・・って
「ちょっとまて!?」
あまりにも普通に話していたので突っ込みが遅れたが、どういうことだ?自分の10倍強い奴と戦えと言われて、それを全く動じずに引き受けただと?
「ん?なんかおかしいところでもあったか?」
「いつもの通りだったと思いますが」
「おかしいだろ!?なんで自分より10倍強い奴と平気で戦えるんだよ!?っていうか、お前もさっきイヌ女と戦った時押されてただろ?普通相手を交換しないか?」
言われて主従二人は目を見合わせ、先にサトルが口を開いた。
「サーラ様は出来ないことはやろうとしないよ」
当然のようにサーラがその後を継ぐ。
「サトルは自分より強い奴を倒すのが上手い。そうでなければとっくに死んでいる」
「・・・・・・」
あっさりと放たれたそのセリフに、納得したわけではない。だが、その声に込められた自信を、いや確信を否定できる言葉が俺にはなかった。
「さて」
麻袋に石ころを詰めて殴り続けること半刻。鉄の板がへしゃげて倒れた。
まあ、殴り続けたのは俺じゃないが。
「行くか」
「そうね」
「おう、お前等退がれ」
あごで指して交代で扉を殴り続けていた手下を退がらせる。自分じゃああの二人の相手にならないと分かっているのか、それとも得体の知れないこの遺跡にビビっているのか、血の気の多い山賊共があっさりと退いた。
「罠とか・・・・・・あると思う?」
「あるだろ。だから俺が先な」
「・・・・・・」
何か言おうとして、エリーゼが口をつぐむ。多分、説教だろう。そうでなくてもあんまり関係ないが。
中にはいると薄っ暗い廊下にも妙な文字が光ってやがる。灯がいらないのは便利だが、気味が悪いことには変わりない。肝心のエリーゼもヘビの魔法は専門外らしくさっぱり分からないらしい。ただ、明かりとして光っているわけではないのは確実だとか。
「あんまいい予感はしねえんだよなあ・・・・・・」
「言いたいことは分かるけど」
俺から三歩後ろに、近すぎもせず遠すぎもせずの距離を保っているエリーゼが俺の独り言に突っ込んでくる。
「じゃあ外で待ってれば良かったんじゃない?」
「金目の物があるかも知れないし、ほかに出口があったら似顔絵付きの手配書が出回ることになるしなあ」
可能性は低いが、無視してもいい可能性じゃない。そんなことはエリーゼにも分かってるはずだがそれでも口にするってことは単に状況に焦れてるんだろう。
「じゃあ何が不満なのよ?」
まあ詰まる所それだ。嫌な予感と言うより、不満だ。それも、経験則に基づく不安だ。要するに・・・・・・。
「追いつめてるのに『そうするしかない』って状況が、嫌なんだよ」
予想に反して罠はなく、程なく広い部屋に出た。そして、その部屋のど真ん中にあの黒いヒト。
「よ」
軽い感じに手を挙げて挨拶してくるそいつを無視して周囲を見るがほかに姿は見えない。隠れてる気配を探るが、ヒトがわざとカチャカチャ鳴らす金属音が邪魔をする。
「お前一人か?」
「まさか」
「じゃあ何でお前其処にいるんだ。囮だとしても、俺とやることになるんだぞ」
「ん〜」
肩をすくめて芝居がかった動作で言葉を選ぶ。その間に俺は少し進んでエリーゼを部屋に入れた。その時に、横から突然声が割り込んだ。
「雪辱戦という奴だ」
「!!」
いつの間に其処にいたのか、さっきまでいなかった壁際にヘビの女がいた。ゆっくりと腰の刀を一本だけ抜き、切っ先をエリーゼに向けて構えた。合わせた訳じゃないだろうがエリーゼも抜く。
「・・・・・・いいの?さっきと同じ結果になるだけよ」
何故か声にそれほど力はなかったが、それでも剣を構えてエリーゼが一歩踏み出す。
「俺もそうは言ったんだけどなっ!」
踏み出して出来たその空間に、あの袋詰めになってたヒトが今度は自由な手足で降り立つ。俺たちの背後を取り――
「手ぇ出すなってよ!!」
――俺たちを無視して未だに廊下に残ってた手下共に斬り込む。派手な鋼の音が響いた。
「まあそう言うことなんで」
「とっととかかってこい、賊共」
「――っ上等!!」
俺の怒声が鬨の声になった。
* * *
「ファイヤフライ!」
放った蛍の群れが、あっさりとかわされる。元より距離がありすぎる為それは計算通り。相手が避けているうちに最適の間合いに詰める。つまり、細剣の切っ先から一歩外の間合いに。計算違いはたった一つ。相手が距離を詰めてこなかったこと。
前の二刀流ではなく、一刀。肩の傷が問題なのかとも思ったけど、包帯を巻かれた左肩の動きに不自由な点はない。
「不思議か?」
こちらの心を読んだかのように、私が表情を読まれただけかも知れないけど、ヘビ女が余裕綽々に声をかけてきた。私が言葉を選んでいるうちに、また話しかけてくる。
「なに、どうと言うことはない。他から離れていれば『邪魔された』だの言い訳が出来ないだろうからな」
「・・・・・・ずいぶんと余裕じゃない。負けてたくせに」
「見切ったからな」
あくまで余裕のポーズを崩さずヘビ女が返してくる。
「見切ったから何だって言うのよ・・・・・・ファイヤフライ!」
また出した蛍の群れが、またかわされる。逃げ道に刺突を「置く」が、いとも簡単に捌かれる。次の踏み込みに対して風を使う準備をしておくが、何故か踏み込んでこなかった。
「あなたは踏み込めない!踏み込めなければ攻撃できない!攻撃できても、プロテクションはどうしようもない!わかってるの?あなたには、なすすべなんか無いのよ?何をどうあがいた所で私の魔法を突破できない。剣術だけのあなたには!ヘビの秘伝剣術がいくら優れていても、二流の剣と二流の魔法と組み合わせた私に勝てない!!」
理路整然と、剣だけでは私に勝てない理由を並べてやる。絶望を与えることができれば9割勝てる。教科書通りの脅し文句に、それでもヘビ女は表情を変えなかった。
「・・・・・・二つ、間違えている。一つ目は私はまだアンフェスバエナ王家秘伝剣術を使っていない」
すっ――、と切れ長の目が細められた。たったそれだけで、何かが変わった。
「二つ目は、剣の、いや業の深奥とはそれほど浅くないと言うことだ」
「ファイヤフライ!!」
思わず、放っていた。魔法を撃ってからそのことに気付くのは流石に初めて。生まれいでた蛍の群れはあやまたずヘビ女に向かい――銀光が踊った。
振るわれた切っ先が、不規則に動く蛍達を打ち落としていく。ファイヤフライの本命以外は僅かな魔力で作ったただの火の粉なので、触れられれば消えてしまうほどの物、でも無数のそれを全て打ち落とすなんて!!
BUNG!
本命に触れたようで、切っ先が跳ね上げられた。それはつまり、残りが全てフェイクだと証明されたということ。無害な火の粉と化した蛍の群れにためらいなくヘビ女が踏み込んでくる。想定外の真っ正面からの接近に、それでも身体が反応してくれた。何百回も繰り返した刺突がヘビ女をむかえ、それが止められた。受けられたでも、捌かれたでもなく、『止められた』。
いつの間にか曲刀を逆手に握り、手首から肘までに刀身の腹をぴったりとあてていた。それは剣と言うより――
「アンフェスバエナ王家秘伝剣術、牙盾(きばたて)」
盾。止められた剣を引いて、連続で何度も突き込む。その全てが剣の腹に止められた。刃を立てずに面積を稼ぎ、懐を狭くすることでより近い位置で相手の攻撃を止める。その為の構え、技。
「本来は矢を防ぐ為の業だが、まあこういう使い方も出来る」
「くっ!」
何度も突き込むけど、届かない。頭の中で訓練生時代の教官の言葉が甦ってきた。
『あの芝居とか漫画とかのチャンチャンバラバラってあるだろ?ありゃ嘘だ』
『実戦ってのはフツー一撃で終わる。酒場の喧嘩と違って刃物使うからな。身体のどこに刃物が当たっても、痛くて血が出てビビって不利になる。不利になればそのままたたみ込まれる』
『剣で身体を切るってことは、小さくて軽い物をでかくて重いもんに当てるってことだ。追いかけっこした場合、どっちが有利かわかるだろ?』
『で、受けるってことは小さくて軽い物に小さくて軽いものをぶつけて止めるってことだ。これにしたって攻撃する側の方が有利だわな』
『だからもし実戦でチャンチャンバラバラをやってる奴がいたら、そりゃ八百長か余程実力差がある場合だけだ』
この場合はどうなんだろう。私が一方的に攻め立て、それを捌ききられていると言うことは。
(よっぽどのっ、実力差ってことねっ!)
いいようにあしらわれる悔しさのせいか、自分でも知らないうちに突きに力が入っていた。それに気付いた時、澄んだ音が響いた。
回りながら宙を舞う長い針。それが折られた剣先だと気付くのに、一秒かかった。
突き込んだ切っ先を腹で受け止める。細い剣に力がかかって限界までしなった所に、左手の手刀を跳ね上げて叩き折った。
それだけ理解する間に、剣先が床に落ちて「ちぃん」と音を立てた。
「牙盾の変化、腕撫(かいなで)。本来は短刀を止め、同時に伸びきった肘を折る業だ」
「プッシュ!」
思考の止まった一秒間。仕留められたはずなのになぜか打ち込んでこなかったヘビ女を吹っ飛ばすべく風を放つ。
大きく唸る風が、何もない空間を走った。
悲鳴も間に合わない。こちらが風を撃つタイミングを完全に予測したようにヘビ女が既に体を落していた。まるでしゃがむように、いや、まるで地を這いずる蛇のように低い姿勢で恐ろしいほど速い一歩。関節を外したかのような異常な柔軟性と、卓越した平衡感覚、そして鍛え込んだ全身のバネで私の膝の下より低い位置を走り、魔法で作られた風をくぐる。
見切られたのは、私の剣じゃない。私の戦い方そのもの。
それに気付いた時には、もう攻撃も迎撃も間に合わない。
ならば、防ぐだけ。全身の魔力を振り絞り、プロテクションの腕輪に注ぎ込んだ。
銀光一閃
「これは、アンフェスバエナ王家秘伝剣術では『ない』」
抜き胴を振り抜いた構えから、切っ先を鞘の口にもっていく。
「斬るという行為を、ただただひたすらに研鑽していった境地」
動かないイヌ女を背にゆっくりと鞘に刃を収めていく。
「鉄の剣で鉄を斬り、鋼の剣で鋼を斬る。極めれば鉄の剣で鋼を斬るその境地」
やがて刃が全て鞘に収まる。涼やかな鍔鳴りが響いた。
「剣聖龍王ナーガ=ラジャ曰く、その境地を――斬鉄」
鍔鳴りから一瞬遅れて、イヌ女の胸甲が断ち割れ、朱が奔った。
「ことここに至れば、魔法すら意味を成さぬ」
* * *
「――っ上等!!」
叫んで、斬りつけるべく駆け込む。それを迎えたのは裂帛の気合いだった。
「けええぇぇぇいっ!!」
ヒトが腰から引き抜いた大降りのナイフを、気合いと共に袈裟懸けに振るう。
俺の2m前で。
それと同時に、衝撃が走った。
「ぐっ!?」
蜻蛉に構えた左の小手と左肩に鋭い痛み。反射的に飛び退いて傷を見ると、其処には一直線の傷が付いていた。
「砂漠の北にある獅子の国を知っているか?」
ナイフを振り切った構えを緩やかに戻しつつヒトが語り出す。俺も聞いたことがある。たしかなんちゃらスターズとかいう連中が修行に行ったとか言う・・・・・・。
「そこで、獅子のみが伝える気功。その中の一つに体内で練り上げた気を切っ先から放つ術がある」
「・・・・・・それをお前が?」
まさしく、と言うことだろう。口の端を笑いに歪めてヒトが言った。
「術の名を、真空・鎌威太刀(しんくう・かまいたち)。俺の技量では3m程がせいぜいだが、殺すだけならそれで十分。・・・・・・つあっ!!」
またしても、届かないはずの遠間から見えない斬撃が飛ぶ。真一文字に振るわれた剣は、今度は革のジャケットを引き裂いた。
「ちいいいいっ!」
「ツエッ!!ツエッ!!ツエッ!!ツエッ!!ツエッ!!」
間断なく放たれるその刃から顔を庇いつつ距離を取る。距離があるせいか、傷は皮膚一枚程度の深さだが、それでも出血するとこに変わりはなく傷が増えれば出血も増える。身体や服の上から当たっているからこの程度で済んでいるが、目に受ければそれだけでほぼ終わってしまうし、むき出しの右手の指に受けてもヤバイ。
技の範囲外に逃れた俺を、余裕のつもりかヒトは追ってこなかった。ナイフを鞘の無い居合いのように構え、牙を剥いて笑う。
「どうした?ヒト相手にずいぶんと慎重じゃないか」
「ぬかしやがれ」
正直、挑発にはむかついたがそれでも理性の方が勝った。このまま闇雲に突っ込んでもあの見えない斬撃は避けられない。じゃあこのまま戦えばあの斬撃を見切れるかと言えば・・・・・・。
「ちぇりああああっ!!」
「くっ!!」
相手の腕の振りを頼りにクレイモアをかざして止める。が、クレイモアと脇腹に衝撃が走る。見れば其処には新しい傷が増えていた。
「実体を飛ばす術じゃない。風の魔法の刃に近いかな。まあ、魔力は使わないんだが。なんにしろ剣では完全に防ぎきれるもんじゃない。・・・・・・ぅわちゃ!!」
また、飛んできた斬撃を、完全には無理だが防ぐ。頬を少し深く斬られたようで温かい感触が流れ落ちるのを感じた。だが、増えた傷と引き替えに確信する。突っ込むのが正解だ。避けられないが、完全には防げないが、この攻撃には俺を打ちのめすだけの重さがない!!
「おおおおおおっ!!」
両腕を顔の前で十字にして奴に突っ込む。3mなら飛び込めば一瞬、一発の斬撃なら耐えられる!そして、あのちゃちなナイフで俺のクレイモアを受ければ折れる!
覚悟を決めたその踏み込みに、何故かヒトは打ち込んでこなかった。が、それを訝しむ前に身体は勝手に動く。飛び込んだ勢いをそのまま正面打ちに乗せて頭蓋に叩き込む。ナイフで受けても、それをへし折って叩き込める威力の一撃。
それが、空中で止まった。
柔らかいけど強く押し返してくる奇妙な感触が剣を通して伝わってくる。片手にナイフを、片手に拳を握って両腕を高く掲げたヒトの頭の上で俺の剣が止まっている。
(いや、ってゆうかこれ・・・・・・)
気付いたことが頭の中で言葉になる前にヒトが動く。空中で止まった刀身を抱きかかえるように掴み、脇に抱え込んで体重をかけた。奪われまいと反射的に両腕に力を込める。だが、それがかえって良くなかった。
ばきんっ!と耳障りな音を立てて剣が刀身の半ばから折れる。その時になって初めて、やっと気付けた。
「てめぇ・・・・・・」
「ん?」
「ナイフの先から細い針金伸ばしてただけだなあっ!?」
「あ、ばれた」
あっけらかんと開き直りつつ(そしてもぎ取った切っ先を誰もいない方に棄てつつ)肩をすくめる。
「ナイフの切っ先から弾性に富んだワイヤーを伸ばしてそれで打ち据えてただけ。ナイフの白い刀身が目立つから、黒く塗った細いワイヤーが伸びていることには気付かない」
そして、あの空中で止まった剣も、結局は両手の間に張った針金で止めてただけ。だけど、あのプロテクションとも違う感触と有り得ない現象を見れば、普通は動揺する。
「じゃあ、獅子の国云々ってのは・・・・・・」
「仕掛けをばれにくくする為の真っ赤な嘘。行ったこともねえよ」
「ちっ・・・・・・くしょ!」
腹立ち紛れにへし折られて使えなくなった剣を床に叩き捨てる。
と同時にヒトが動いた。前と同じ、こちらに組み付く為の動き。身体を落してタックルしてくる構えだ。だが、遅い。そして、読めていた。折れた剣を捨てたのは誘いの隙。前の時も組み付こうとしてたから同じことすると思ったが、案の定!
腰の下、両膝を刈り取ろうとする腕から右脚だけを逃がして左を掴ませ、同時にコートの両肩を掴む。飛び込んできた相手の勢いに逆らわず、むしろ引っ張るように跳びながら腰を切る。予想外の方向に引っ張られて踏ん張りの効かないヒトを巻き込むように投げ飛ばし、そのまま胴をまたぐように乗っかる。高さのない投げだからダメージはない、が。
「これは・・・・・・マウントポジション!?」
「ま・あ・な。獅子の国のマニア共にゃ及ばんが、ハイランダーにも素手の技ぐらいあんだよ」
ホントはこの状態から短剣振り下ろすんだが、もみ合ったせいで捨てた剣と離れちまった。まあ捕まえちまえばヒトなんぞ拳で十分だが。とりあえず、さんざっぱら痛めつけられたお礼をすべく拳を振り上げる。
「お、おまえ正気か!?」
その顔に驚愕を浮かべてヒトが聞いてくる。は、こいつはとんだシャバ僧か。
「あ?まさかお前このままタコ殴されるのが酷いとか思ってんのか?」
「いや、そこじゃなくて」
「はん?」
「暗器使いとただの服で組み討ちするなんて正気か?」
ぷつ。
ヒトがそう言うのと同時に、俺の両太腿に長い針が刺さった。
「あんぎゃあああああああああああっ!?」
「まー俺みたいな奴は袖にこれぐらいの物は仕込んでるよな、フツー」
「あだだだだだだだだだだだだだだっ!!」
「しかもそれ、表面ヤスリでざらつかせて辛子擦り込んであるからな。刺さると痛いぞ、とんでもなく」
「鬼かお前はあっ!?」
頭が真っ白になるような痛みに思わずのたうったせいでマウントポジションを崩してしまった。転がりながらなんとか針を引っこ抜き、振り向いて反射的に外道なヒトにツッコミいれてしまった。
誘われた反射的な行動。油断。隙。それだけあれば、そいつには十分だったのだろう。
振り向いた瞬間、鎖の音が背中に回り込んだ。反射的に距離を取るべく前に出ようとする身体が、腰に回された両腕で止められる。筋肉の軋む独特の感触。予想と同時に、『それ』は来た。残像を残して急激に下に流れる壁の文字。壁と天井の境目。天井。天井と壁の境目。背中側の壁。そして――
* * *
「オラよっ!」
通路に踏み込むと同時に斬り込む。受け止めようとした曲刀を叩き折って剣が蛇人間の肩に食い込む。本当はこのまま両断できるが、追い返せりゃそれでいいので怯んだ所に蹴りを入れて押し戻してやる。
「ぐあっ!」
「なんだこいつ!?」
蹴り返された仲間を横に捨て斬り込んできた後続を、軽く横にかわして膝裏を剣の腹で叩いてやる。斬れはしないが骨にヒビぐらいは入っているだろう。推測は正しかったようで、叩かれたそいつは剣を投げ出し、膝を抱えてのたうち回った。
・・・・・・こいつ等、腕力はあるけど技術とかは戦い慣れしてる程度、か。ほんとに山賊だな。普段相手にしている魔王とかと比べるのも悪いんだろうが、正直相手にならない。むしろ殺さないように手加減するほうが難しい。
「つ、強え!?」
「ヒトの癖に!!」
ビビって逃げ出してくれりゃいいのに、面子の問題なのか退く気配を見せない。まあ、半分ぐらい重傷に追い込めば逃げるだろうが・・・・・・ん?
「『波跳び』いくぞ!アレしかない!」
「あ、あれか!」
残った連中が俺から距離を取り二列に並ぶ。そこそこ手際がいい所を見ると、何か練習した技があるようだ。大体の形が出来ると、すぐに前の二人が突っ込んできた。
「えいっ!」
「うわっ!?」
突っ込んできた二人が、同時にしゃがみ込みながら脛を狙ってくる。ちょっと予想外だったが、何とか飛び退いて避け・・・・・・。
「おうっ!」
「――っ!?」
突っ込んできた二人を飛び越え、後ろの二人が斬りかかってくる。脛斬りを避けた為、ややのけぞり気味の体勢になっている。この状態で上から体重の乗った剣を受ければ、転ばされる!
「んならっ!」
腰の入らない体勢だが、無理矢理剣を振り回して左の奴の剣を右側に斬り流す。右側の蛇に対して、仲間の身体を盾にする形にした。結果、躊躇された剣は結局どちらにも当たらず振り下ろされた。二人が着地する隙に、俺は剣を振れるだけの距離を取り――
「えいっ!」
今度はさっき着地した二人が脛を斬りつけてくる。それも退いてかわすと、またそれを跳び越えて斬りかかってくる二人。
なるほど、足下に絡みついてくる『波』とそれを『跳び』越えてくる動きの繰り返し、これが『波跳び』。普通に受けたらもう片方に斬られる、避けて姿勢が崩れれば後続が畳み掛けてくる。誰が考えたかしらねえが、良くできてやがる。
(だが・・・・・・)
上から打ち下ろしてくる二つの剣。右側の剣を受け流しつつ、左側の剣を左腕で横殴りに『弾き飛ばす』。
「うわっ!?」
まさか鎧もつけてないただの腕で弾き飛ばされるとは思ってなかったようだが、元々刃物は刃筋が通っていない限り斬れない物。斬り込んでくる軌道に無理矢理横から力を加え、刃筋を断たなくしてしまえば皮は斬れても肉までは斬れない。タイミングを合わせる勘と目と度胸があれば、出来なくはない。
驚いたせいか奴等に若干の動揺が走るが、この手の陣形は始まってしまえば本人達にも止められない。三度、かけ声を上げ脛に斬り込んでくる。
迷わずこちらも迎え撃つ。同じぐらい姿勢を低くし、右側の剣を受け流しつつ左側の奴に身体ごと突っ込む。相手の剣が振り下ろされる前にその柄頭を、肩で止める。息がかかる超至近距離、驚愕に大口を開くその蛇のあごを下からアッパーカットでかちあげてやる。
「うわっ!?」
いきなりたたき上げられた身体。それを飛び越そうとしていた後続がまともにぶつかりもつれ合って転んだ。悲鳴と血臭があがる。転んだ時にどちらかの剣が刺さったらしい。
そっちは無視して今度はこっちから脛に斬り込んでやる。『波跳び』は脛斬りから始まる。つまり、先手をとらなけりゃ始めれない。だから逆にこちらから斬り込んでやる。
幸いなことに斬りつけるべき脛はたくさんあった。
魔剣が唸る。
『ぎゃああああああっ!!』
悲鳴が重なった。一気に三人、二人は骨まで達する傷を、一人は脛から下を両断されて血しぶきをあげる。崩れ落ちる三人を蹴倒しつつ向かってこようとしていた奴の手首を剣の腹で叩き折った。
「あぐあああああああっ!!」
それがきっかけだったらしい。必殺だったはずの陣形を破られ、恐怖が限界を超えた。
「や、やってられるかこんなの!」
「逃げろーっ!!」
あるものは仲間を見捨てて、あるものは引きずって逃げ出し始める。士気の崩壊した山賊なんてこんな物だろう。俺の後ろにいた奴も出口の方をあごで指してやると脇目もふらず逃げ出した。
戻ってくると妙なことになっていた。
鎧を断ち割られ、胸の傷を抑えて膝をつくイヌ女。息は荒いが傷そのものは大きさに比べて出血は少ない。ただ、戦うだけの力はないようだ。
そしてもう一つ。
「てめコラふざけんな!とっとと殺すなり抜くの手伝うなりしやがれ!!」
カモシカ男が、プロレスの首ブリッジ状態でその長い角を石畳に突き刺して、傍らで考え込む男にわめき散らしていた。その黒コートはあごに手を当てて考え込んでいるようだったが、俺の気配に気がついたのか振り向いてきた。
「・・・・・・」
「ああ、バックドロップかましたらこんな状態になってさ」
視線での質問にどこか言い訳めいた口調で答えてくる。とりあえず思いついたことだけ口に出した。
「頑丈な首だなー」
「いやむしろ角だろ」
「ンなこたどうでも良いんだよ!」
身体を揺すったり、腕で床を押したり、色々試しているようだが深々と突き刺さった角は動きそうにもなかった。
「ちょうど石畳の継ぎ目に入るように刺さってるんだよな。これ、抜くのにはちょっとした工事が必要だぞ」
「なんだそりゃ諦めろとか言うつもりかコラ。てゆうか、何で殺さねえんだ!情けのつもりか!」
「いや、そう言うつもりはないけど・・・・・・」
「それとも新手の晒しもんか!!」
「じゃあそれで」
「それでってことあるかあああああああああああっ!!」
なおもエキサイトしてわめき散らすカモシカをあっさりと無視して黒コートがイヌ女のそばに立つヘビ女に向き直る。
「サーラ様、何で殺さないんですか?」
「生きたまま従姉殿に突き出そうと思ってな。ただの山賊がわざわざ砂漠くんだりまで来る理由が気になるし、それに元より試練の内容は双角の巨鬼退治だろ?」
そう言って未だにわめき散らしているエビぞりカモシカを視線で指す。
「なるほど。なら、縛っておいたほうが良いですかね?」
サトルが袖から細めの針金を出しながら聞き返す。サーラが逡巡したその時に、首輪から声がした。
「みなさん、準備が整いました」
「お、もうそんな時間か」
「・・・・・・準備が出来たのか?なら急ぐか」
サーラがそう言って踵を返す。その背中にイヌ女が敵意の視線を向けるが、それ以上のことは出来ないようだ。サトルがそれに肩をすくめて応える。カモシカ男はまだわめいていた。
* * *
部屋の中では、前より壁や天井の文字の光は弱くなっていた。代わりに台座の上から光の玉は消え、代わりに大きな虹色の光の柱が床から天井まで貫いて立っていた。
「この柱がゲートになっています。あと一分ほどで自動的に転送が始まりますので、どうぞ中に」
「おう」
首輪から聞こえた声にゲボク一号が軽く答えて光の柱に入る。特になんと言うこともなく、光の柱はゲボク一号を呑み込んだ。虹色に包まれて少年が振り返る。
「じゃあ、ホントに短い間だったけど。ありがとな」
「気にするな。こちらの都合もあった」
本当に、礼を言われるほどの筋合いはないのだが。多分ゲボク一号がお人好しということなんだろう。サトルも軽く手を振って応えた。
「んじゃあな。もう合うこともないだろうけど」
「いや、サトルさん。あなたは来ないんですか?」
『え?』
三人の声が重なる。え?どういうことだ?
「このゲートは二人分だから、こちらの世界に帰れますよ?さ、はやく中に。自動設定になっているのでもうすぐ転送が始まってしまいます」
つまり、この光に柱に入ればサトルの元いた世界にいけると言うことで、だからサトルは今なら帰れると言うことで。この世界に望まず落ちてきたサトルは当然――
思わず視線がサトルの方に流れる。サトルは一瞬だけ迷いの表情を浮かべて――
「さ、あいつら連れてアディーナに帰りましょう」
――え?
「ちょ、ちょっとまて!サトル、お前それで」
「そうですよ!困りますよ!あと十秒以内に乗ってくれないとあなたを運ぶ分の余剰魔力が暴走しちゃいます!」
――え゛!?
思わず顔を見合わせる。
何か言う前に、考える前に、意見が一致した。
「早くしないと重力が暴走しちゃいます!あと3・2・・・・・・」
「逃げろおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「いえっさああああああああああああっ!!!」
首輪姫のカウントダウンを聞きながら、一目散に走り出した。
遺跡の、出口に向かって。
部屋の扉を蹴破った所で暴走が始まったようだ。一瞬だけ後ろを見ると、部屋の中の何もかも、床石までもが 真 上 に 落 下 し始めている。
サトルの方と言えばクシャスラを呼び出して、身体を軽くしたらしい。魔力暴走状態のせいか、クシャスラも15〜6歳ぐらいに大きくなっていたが、見る間に縮んでいってるようだ。
何事が起こったのか把握できないでいる山賊二人の間を走り抜ける。
「お前等も逃げろ!!」
通り過ぎざまに声をかけてやるが、あの傷とあの角ではおそらく逃げ切れないだろう。まあ、そこまで知ったことでは無いが。
あとは脇目もふらず一目散に逃げる。崩壊の音を後ろに聞きながら振り切るべく通路を走る。
遺跡からでても崩壊は追ってきた。どこまで逃げればいいのか見当もつかないが、逃げ切れなければろくなことにはならないだろう。岩陰に隠していた自転車がひとりでに飛び出してきた。クシャスラの魔法だろう。それにサトルが飛び乗り、私もその背中に迷わずしがみつく。全力の脚力と全力の魔力。それが自転車をいつになく加速させる。
だが、それよりも崩壊の方が少しだけ早く身体が宙に舞い上げられ――
* * *
重力崩壊で巻き上げられた土砂が、逆にクッションになったらしい。かなりの高さから落ちた気がするけども、全身打ち身でいたいけども、それでも気がつくと生きていた。
「サトル、生きてるか?」
「なんとか」
満身創痍。疲労困憊。魔力不足でクシャスラさえ眠ってる。もーギリギリ。ええ、ギリギリですとも。だからこうして荒野のど真ん中で大の字に寝っ転がってるわけで。
「そちらは?」
「なんとか、な」
どうやら、サーラ様も似たような状況らしい。荒野の夜は冷えるけど、あれだけの事があったせいなのか生ぬるい暖かさが地面から伝わってきている。長期的な健康には悪そうだけど気持ちいい。
「よかったのか?」
「何がですか?」
質問の意図は分かっていたけど、わざとはぐらかす。サーラ様もあえてそれ以上は突っ込んでこなかった。
「いい夜ですね」
「そうだな」
荒野の真ん中、主従で地面に寝っ転がって空を見上げる。皎々と光る二つの満月が、世界中をモノトーンに染め上げていた。
下した判断に間違いがあっても後悔はない。それだけの価値がある。
あの互いに寄り添うように光る満月には、それだけの価値がある。