「そもそもがよくわかんないんですけども」 
「何がだ?」 
 交易商人と荷運び労働者でにぎわう砂海の酒場。喧騒の中、杯の葡萄酒を飲み干したサーラさまが聞き返した。 
「なんだって外交官どころかアディーナの役人ですらないサーラ様が親書を届けに行くんです?」 
 サーラ様は俺の酌をうけながら少し迷ったようだったがすぐに口を開いた。 
「この前の遺跡の件、あるだろう」 
「ああ、あの」 
 この前の遺跡の件。ブラックホールまで作れるほど魔力を溜め込んだ帝国時代の遺跡とヒトの世界からきた魔剣を持つ高校生戦士。最終的には遺跡の魔力が暴走してあらかた吹っ飛んで終わったわけだけど・・・・・・。 
「陛下もよく信じてくれたもんだと思いますが」 
「まあなぁ、冷静に考えなくても与太話だからな。それはともかく、そのせいで月が二つに戻って近隣の占星術師たちが大慌て。星詠みを政に用いる国も少なからずあるからな。そこで真実を武器に外交のアドバンテージを稼ごうと、今全力で動いているらしい。平行して遺跡のあった場所に調査団を派遣して帝国時代の魔術の手がかりも探っている。とどのつまり、それで人手不足なわけだ」 
「いやでも、だからって王家の食客を使いに出しますか?」 
「そこまではわからん。まあ、従姉殿にも何か考えがあるんだろう」 
 どう好意的に解釈しても陰謀の香りがするが、だからといって『試練だ』と言われれば従うしかない、か。 
「まあ、露骨に怪しいが抹殺するつもりならとっくにやってる。煮て食われるわけで無し、今は納得しておけ」 
「はあ」 
 納得しろといわれてできるもんでもないが、とりあえず考えるだけ無駄だということは理解した。 
「おまちどうさん。茹で海老二人前だよ」 
 明るい声で酒場のおばちゃんテーブルに大皿を置いた。緑が鮮やかな香草の上に湯気を立てる真っ赤な二匹の茹で・・・・・・茹で・・・・・・ 
「ちょっとまて、おばちゃん」 
「ん?なんだい?」 
 思わず立ち去りかけていたおばちゃんを呼び止めた。皿の上を指差して聞く。 
「何、コレ?」 
「海老だよ」 
「コレが?」 
「砂海じゃあコレが海老だよ」 
 この手の質問には慣れているのか、それだけ答えるとさっさと厨房に戻る。呆然と見送る俺に話し掛けてきたのはサーラ様だった。 
「海老というものを見るのは初めてなんだが、何か違うのか?」 
 砂漠育ちのサーラ様になんと説明すればいいのかわからない。というよりも、俺もこっちの世界の海老を見るのは初めてだからおかしいと断言できるわけでもない。だから、見たままを口にした。 
「俺には、・・・・・・アノマロカリスに見えます」 
 初めて食べたバージェス動物の味は、まさしく海老の味でした。 
 
   *   *   * 
 
 ざざーん 
 
 青い海が打ち寄せては退いていく。 
 滑らかな岩肌を流れていく青い砂を手に取ると、後も残さずさらさらと指の間から落ちていった。 
「すごい所ですね」 
「そうだな」 
 ここに来るまでの間サーラ様から聞かされてはいたが、聞くのと見るのではまた違う。 
 砂海。ヘビの邦の中央からやや南東に位置する砂沙漠地帯で、その広さはちょっとした国なら二つ三つ分に相当する。その広大な地域を満たす青い水晶の砂は、とても滑らかで水や油などに全く馴染まない性質を持っている。そのためこの砂の上に置いた物はずぶずぶと沈むかぷかぷかと浮かぶかしてしまう。まさしく水のように。 
 この水のような砂の中に住む独特の生態系があり、さっき食堂で食べた海老っぽいものもその一つ。他にも色々な砂海産物が捕れ、他の国との貿易品にもなっているとか。・・・・・・だれだよ、アレを食おうとか最初に思った奴は。 
 その『食おうとか最初に思った奴』の末裔達が岸辺で小舟底面の擦り切れた革を張り直していた。鋲を打つ音が小気味よく響き波音にかき消されていく。その近くでは漁網の修理を手伝うヘビの子供達。う〜む、まさしく異世界。 
「なあサトル」 
「なんです?」 
 砂海の地平線を見たままサーラ様が話しかけてきた。どことなく心ここにあらずな雰囲気だけど何を考えているのだろうか。 
「海を、見たことは?」 
「向こうの海なら」 
「こんな感じなのか?」 
「よく似てますね。風が違いますけど」 
「風?」 
「俺の知ってる海は、もっと湿っていて潮の香りが・・・・・・って、潮がわからないか。ともかく、独特の香りのする風が吹くんですよ」 
「そうか」 
 やっぱり初めて見る『海』の風景に圧倒されているんだろう。途方もなくでかい物に出くわした時に心が震えるのはやっぱヒトもヘビも同じか。 
「いつか水の海も見てみたいな」 
「いつかって・・・・・・」 
 苦笑してもう一度青い砂を手に取る。今のていの良い使い走りの間は自由に旅することは出来ないし、国を取り戻した所で一国の王がそうそう旅行に行けるわけでもないのに。 
「相当先の話になりますよ?」 
「ああ、国を取り戻して次代に王座を譲って楽隠居してからだな。そうしてから海老でも食いに行こう。水の海老も食ってみたい」 
「いいですねえ。茹で海老、焼海老、活け作り。生春巻きとかブイヤベースに海老フライなんかも」 
「お前が作るんじゃなければ期待しよう」 
「いえ、実はエビチリが得意中の得意で」 
「・・・・・・大人しく食う方に回ってろ」 
「どーいう意味ですか」 
 抗議しながら青い砂を払って立ち上がる。抗議の声は、砂の潮騒にかき消されたわけでもないだろうに、サーラ様に届かなかった。 
 
   *   *   * 
 
 港の受付は明らかにまともじゃない風体の我々にもスンナリと個室の一等客室を出してくれた。さすがは王宮発行の手形の力。というよりも、一般の客から隔離したいという思惑もあったのかも知れない。 
 砂船まで歩く途中、クシャスラをかまってやっているサトルに目を向ける。どうひいき目に見ても何かを隠しているようにしか見えない黒いコート。術者を術者とも思わない放埒な古精霊。ヒト奴隷の癖に顔には目立つ刀傷。・・・・・・いわくの三つ四つぐらいは抱えてて当然の生き物だと、主人ながら思う。 
 まあ、相手方の腹の底はどうあれ相部屋で色々詮索を受けないのは正直にありがたい。 
 が、主人にそんな気を使わせている当の本人は・・・・・・。 
「ますたぁ、今夜こそあの秘薬をつかってれすねぇ・・・・・・」 
「い・や・だ!絶っっっっっっっ対にいやだ!」 
「え〜。だって、ぼいんのばいんになれるれすよぉ?」 
「お前はアレ飲んだことがないからそんな気楽なことが言えるぬがっ!?」 
 とりあえず、鞘ごと抜いた剣の腹でサトルの頭を叩く。 
「あー!ますたぁに何するんれすかぁ!」 
「お前等な、公共の場でそう言う話をするんじゃない」 
「俺が振った話題じゃないんですが・・・・・・」 
 恨めしげにサトルが言い訳をするが、他にどうしようもなかったというのもある。 
「クシャスラは叩けないからな」 
「そんな理由ですか」 
「あと、精霊の監督不行届だ」 
「・・・・・・」 
 流石にそれには反論できなかったのかサトルが不承不承押し黙る。サトルの耳元でクシャスラがいらんこと耳打ちしているようだが、サトルが半眼で睨むとおとなしく引っ込んだ。 
 そんなくだらないやりとりをしている間に受付で指定された桟橋まで到着する。そこには家と見まごうばかりの巨大な船がゆっくりと揺れていた。ここまで巨大な船なのにどうやって漕ぐのだろうか。そして何より判らないのが柱だ。船から巨大な柱が上に向かって立っており、大きな旗のような物が畳まれているのが見えた。 
「おお、帆船なんですね。砂船って」 
「はんせん?」 
 知らない言葉だ。サトルが知っていると言うことはヒトの世界の物なんだろうが。反射的に口をついて出た疑問にサトルが蘊蓄をたれる。 
「帆に風を受けて進む船です。精霊で動かしているって言うからそういうものはいらないと思ってたんですが」 
「はっはっは、出来なくはないですが魔力の消費が激しいのですよ」 
 突然割り込んできた声の方、つまり船の方を向く。桟橋から船に架けられた渡し板のそばに、青い鱗の中年のヘビが立っていた。レヴィヤタン一族の証である半魚半龍の紋章が縫い取られたローブを着たその男はにこやかな笑みを浮かべて我々を出迎えた。 
「サラディン=アンフェスバエナ様御一行ですな?ご高名はかねがね伺っております。私が船主のアーダム・レヴィヤタンです」 
「うむ、世話になる。少し大きな荷物があるのだが・・・・・・」 
 そう言ってサトルの押している自転車を視線で指すと、アーダム船主は鷹揚に頷いた。 
「問題ございません。お部屋の方に入れるには少々手狭ですが、倉庫にはまだ余裕がございますので。」 
 そう言うと、彼は自分の傍らに顔を向け誰もいない空間に呼びかけた。 
「イヴ」 
 呼びかけた甲板から半透明の女性が『生えて』くる。真昼の幽霊のようなそのヘビの女性は人の良さそうな笑みをたたえ、術者に応える。 
「なんですか?あなた」 
「すまないがアルディンとアクバルにお客様の荷物を運ぶよう伝えてくれないか?」 
「はい、あなた」 
 そういうとまた元のように船の中に沈んでいく。程なくして船倉の方から二人の若者が上がってきた。サトルが彼らに自転車を引き渡している間にアーダム船主に聞いてみる。 
「今のがあなたの精霊か?」 
「ええ。イヴ・レヴィヤタンと申します。航海の間、私と共に皆様のお世話をさせて頂きます。お見知りおきを」 
「しかし精霊にしては、その、何と言うか」 
「術者と精霊らしくない、ですかな?」 
「ええ。失礼な質問かも知れないが・・・・・・」 
「そこんとこ、くしゃすらも興味あるれすよぉ!」 
「うわ!?」 
 突然横から割り込んできた赤錆色の少女に、流石にアーダム船主も面食らったようで眼をぱちくりさせている。どうやらさっきのやりとりを見て勝手に出てきたらしい。荷物を引き渡したサトルが追いついて船主に手短に説明した。 
「はあ、古精霊ですか・・・・・・。いや驚きましたな。私も見るのは初めてです」 
「え?じゃあ、あのイヴさんは古精霊じゃない?」 
 驚いたようにサトルが言う。たしかに自我を持ち喋っていたあの精霊が古精霊でないというのはにわかには信じられないが・・・・・・。 
「ええ。船精霊は古精霊ではありません。そうですね、その辺は船内を案内がてらお話させて頂きましょう」 
 
「さて、皆様は船精霊という物についてどの程度ご存知なのでしょうか?」 
「へ?船を操る魔法の塊の古精霊じゃないんですか?」 
 サトルが如何にも素人考えな答えを返す。が、私も同程度の知識しか持ち合わせていなかった為(というか、砂船について教えたのが私だったりするわけだが)とりあえず黙っておくことにする。 
「船精霊は古精霊ではありません。レヴィヤタン一族の秘儀によって生まれる精霊です。四大精霊以外で今の時代に製法が伝えられた数少ない精霊でして。砂海でのみ使われていたのが幸いしたのでしょうな」 
 なるほど、砂海で作られ砂海で使われていれば帝都の消滅も関係ないか。外洋に面していない帝国ではあまり重要視されなかったため、帝都の秘匿技術にもされなかったということか。 
「それで!どーすればあーゆーふーにおしどり夫婦ならう゛らう゛関係になれるんれすかぁ?」 
「はいはい、慌てない。船長さんを脅かすな」 
「やー!とめないでくらさいー!ますたぁを愛の虜にするんれすー!!」 
 クシャスラが勢い込んで問いつめるのをサトルが後ろから羽交い締めにして止める。その様子をほほえましく見ていた船主は、少し言葉を選ぶ様子を見せた。 
「ん、なんと言いますかな。イヴとは精霊になってから親しくなったわけではなく、その前から親しくしておりまして」 
『・・・・・・は?』 
 サトルとクシャスラの声が見事に揃う。とはいえ、それも無理はない。精霊に『なる前』などあるはずもない。あるとすれば・・・・・・。 
「船精霊とは、自らの伴侶の魂を船に封ずることによって為す物なのです」 
 淡々と語られる事実に、言葉も出ない。良く言えば人身御供、悪く言えば生け贄。ただ船を動かす為にそこまでの事をするとは・・・・・・。 
「引き替えに術者は船精霊と命を共にします。そして船精霊はこの船が修復不能まで壊されたり、私の魔力が届かなくなれば死んでしまいます。私の魔力の届く範囲というのが、まあこの船から5歩程度なので、つまりは私がこの船から下りれば私もイヴも死んでしまうと言うことですな」 
 あっさりと、至極あっさりと、とんでもないことを言ってのける。 
「まさしく一心同体ということか・・・・・・」 
「はは、そう言って頂ければイヴも喜びます」 
 穏和な笑みを浮かべたその顔からは、後悔や憂いなどを読み取ることは出来ない。その生き方こそが当然、むしろ誇りにしている人間の顔だった。 
 それが『彼ら』の、レヴィヤタン一族の普通なのだろう。だが、その普通を裏付けるものは。 
「愛、れすね」 
「愛、だなあ」 
 感極まったようにクシャスラが呟き、呆然とサトルが応える。船主は照れたように顔を逸らして、船内の案内の方に戻った。 
 
   *   *   * 
 
「う゛〜〜〜〜〜」 
 船縁にもたれかかって遠くの水平線、いや地平線でいいのか?を眺めながらサーラ様が呻く。物憂げ、というにはあんまりな表情はせっかくの美貌を台無しにしていた。 
「まさかサーラ様が船酔いするとは」 
「こんな、ものに、まさかも、あるか・・・・・・う」 
 吐くまでにはなってないようだが、それでも気持ち悪いことには変わりがないらしい。船室にいても気分が滅入るだけなので甲板に誘ったが、あまり効果はないみたいだ。 
「自転車は平気なのに、どうして船はダメなんです」 
「あれは、あれ。これは、これだ」 
 理屈になってないような気はするが、まあ乗り物酔いなんてそんなもんか。背中をさすってあげながらゆっくり介抱することに勤める。ああ、こんなことなら酔い止めの薬でもシャンティさんにもらっておけば良かったかな。いやでも、あの人の薬は副作用が酷いしなあ。船酔いが止まる代わりにすごいエロエロになるとかいう薬なら大歓迎なんだけど、ってそれは単にエロエロにすることで船酔いをごまかしているだけか。 
 そんなことを考えていると、帆の日陰になるこちら側に誰かがくる気配があった。 
「もう、しゃんとしなさいよ。船酔いぐらいで情けないわねえ」 
「ぐらいっていうけどよ、お前そりゃなったことがないからそんなことが言えるわけで・・・・・・うぷっ」 
 白い巻き毛のイヌの女性。シンプルな麻のシャツに細めのサーベル、左腕には明らかに魔法がかかっていそうなごつい腕輪が三つ。その女性に介抱されているというか、引き回されているカモシカのマダラの男。長身で細身の身体から上に長い角が伸びているせいで余計でかく見える・・・・・・って。 
「あー!!」 
 思わず指を指して声を上げてしまう。そのせいで向こうもこちらに気付いた。 
「あっ!あなた達!」 
「テメエは!」 
 確か、イヌのほうがエリーゼ、カモシカのほうがカルロとかいったか。この前の遺跡で何とか撃退した盗賊団の頭。二人ともこちらを見つけて身構える。が、カルロの方は微妙に足下がおぼつかないようだ。 
「・・・・・・良く生きてたなあ」 
 意識していなかったが、それだけが口からこぼれる。どう考えてもあの崩壊から逃げ遅れてるはずなんだけどなぁ。 
「あの遺跡が崩壊しかけたおかげで床から角が抜けたんだよ。あのあとエリーゼ担いで脱出するの大変だったんだぞ。それでも吹っ飛ばされたけどな」 
「落ちた所に土砂が被さってきて、ホントにあの時は死ぬかと思ったわ」 
「・・・・・・タフだなあ」 
 睨みながら教えてくれるカルロの言葉にエリーゼが思い出して身震いしながら付け加える。つーか、PTSDになってもおかしくない大災害に直面してその程度ってのは凄いな。 
「ふん、命根性の汚い奴等め」 
 いつの間にやら、サーラ様が船縁に寄りかかるようにしてこちらを向いていた。褐色の顔色が目に見えて青ざめてはいたが、どうやらプライドが一時的に船酔いと拮抗しているらしい。 
「せっかく拾った命、国に帰って山羊でも飼って余生を過ごせばいい物を、こんなところで何をしている」 
 せめて船縁の柵から手を離してから言いましょうよ、サーラ様。 
「はん!そんなもんテメエの知ったことかよ。それより、俺たちにしてくれたことの借りを返してもらおうか・・・・・・」 
 低い声で脅すのは上半身を揺らさずに言ったほうが良いと思うけども、わざわざ指摘するのもどうかと思うのでそこはあえて無視する。代わりというわけでもないけど、気になった所に反論した。 
「お前等の方から売ってきた喧嘩じゃねーか」 
「ああ?テメエ、エリーゼを傷物にしといて何言ってやがる!」 
「ちょっ、誤解を招くような言い方を大声で言うのは止めてっ!?」 
 甲板にいる他の客がさっきからこちらを遠巻きに見ている。・・・・・・まあ、ヒト奴隷が目立つってのもあるだろうけども、そこにカモシカとイヌの二人組まで加われば目を引かないわけないか。 
 とはいえ、どうしようもないことなのでとりあえず無視する。 
「そーだそーだ、エリーゼさんの言うとおりだ。それに傷物にしたのは俺じゃなくてサーラ様だろう」 
「誤解を招くような所を引用するなっ!」 
 柵にしがみついたまま、サーラ様が俺に突っ込む。それで少し勢いがついたのか、あいつらにも食ってかかった。 
「だいたい貴様等も傷が残った程度のことで騒ぐな!皮一枚で済んでありがたいと思え!」 
「女の胸にデカイ傷残しといて何言ってやがる!アレは一生残るぞ!」 
「お前、傷跡あると萎えんの?」 
 特に深い考えもなく、どーでもいいところを聞いてみる。言ってから無視されるかなとも思ったが、意外にも話題に乗ってきた。 
「いや、俺は気にしないけど。むしろ傷跡舐めるとエリーゼの方が燃えるから・・・・・・」 
「わーっ!わーっ!わーっ!」 
 エリーゼが顔を真っ赤にしてカルロの口を塞ぐ。そりゃそうだろう、こんな衆目の中で夫婦生活のことを語る方が悪い。船酔いのせいもあってかあっさりとカルロが押さえ込まれる。 
 よっぽど恥ずかしかったのか、エリーゼは好奇の視線の野次馬達を牙を剥きだし睨んで追い払う。野次馬達が散ったのを確認すると、改めてこちらに向き直った。一息深呼吸して冷静さを取り戻す。 
「あ〜、カルロはああいったけど、私は特に復讐しようとか思ってないから」 
「はん、どうだかな」 
「どう思おうと勝手よ。ただ、あの放浪女王に喧嘩売って安くすませる自信はないからね」 
『放浪女王!?』 
 期せずして驚きの声が重なる。俺とサーラ様とカルロと・・・・・・って、おい。 
「こいつがあの放浪女王なのか?」 
 『あの』とか言われてるっ!? 
「でもおかしくねーか?聞いた話じゃ放浪女王は、鉄の馬に乗り屍喰らいの部下を引き連れて夜の砂漠をさまよい自分の国を滅ぼした連中の末裔を見つけた端からなます切りにしてるそうじゃねーか」 
「すっかり心霊現象になってませんか、サーラ様」 
「一応言っておこうと思うんだが、屍喰らいの部下って多分お前のことだぞ」 
「またの名を銀輪の従者、ね。屍喰らいだから剣で斬られても槍で突かれても死なないって噂だったけど、単に鎖帷子を着込んでるってオチ。実態を知れば『そんなもんか』ってとこだけど、噂ってのは大体そんなもんよね」 
「人を安い手品師みたいに・・・・・・」 
 言い返しはしたけども、安い手品師ってのは自分でもそのまんまだと思うので強くは言えない。こちらの内心を知ってか知らずか、エリーゼが軽く肩をすくめる。 
「実態はどうあれそう言う噂が流れるには理由があるし、理由の根拠も見せてもらったしね。見るだけであれだけ高い授業料払わされたんだもの。それ以上支払う持ち合わせも払ってでも買いたいものもないわ」 
「俺はあるぞ」 
 大分船酔いも治まったのか、軽くふらつきながらもカルロが前に出る。 
「親父の剣へし折られたんだ。一発殴らにゃ気が済まん」 
「こんなとこでやるつもり?船を叩き出されるわよ?」 
「殺らねーよ。殴るだけだ」 
 そう言ってカルロがごっついこぶしを握る。この前つけてた左手の籠手は外しているが、あの尖った拳で殴れば十分ヒトは死ぬと思うんだけどなあ。 
 対して俺は、今はいつものコートを脱ぎ、ナイフベルトも外している。船酔いの介抱に出てきただけなので当然バネ銃も部屋に置いてきている。武装と言えるのは鎖仕込みのズボンに鉄骨仕込みのブーツ。それと、ブーツに隠しているナイフぐらいだった。 
 けどまあ、今のあいつ相手なら負ける気しないが。親切心で忠告だけはしておいてやる。 
「やめとけ、指一本触れられずに負けることになるぞ」 
「ほざいてろ」 
 棒立ちのままの俺に、カルロが拳を振り上げる。だが、俺の方が早かった。 
「スペアリブ10人前!!」 
「う゛っ!」 
 妙な悲鳴っぽい物を上げてカルロが口を押さえる。よし、読み通り! 
「砂糖をつまみに熱燗!」 
「おう゛っ!!」 
 この攻撃はかなり効いたらしく、カルロの身体が大きくかしいだ。後ずさりしながらこちらを真っ青な顔で睨む。 
「くーくっくっく、どうしたぁ?それで終わりかぁ?カモシカの戦士ともあろうものがなぁ・・・・・・」 
「ぎ、ぎざま゛ぁ・・・・・・」 
「どこの魔王よ、あんた。しかもやってることはせこいし」 
 船酔いが完全にぶり返したカルロにはそれだけ言うのが限界らしい。だが容赦はしない。戦いとは厳しい物なのだ。漆黒の殺意で完膚無きまでに相手に敗北を叩き込む。そんな勝利が必要な男の世界に俺たちはいる。 
「さぁて、名残惜しいがとどめを刺させてもらおうか。生肉を・・・・・・」 
 そこまで言ったのは覚えている。そこまで言って、延髄に叩き込まれた衝撃に意識が暗転した。 
 
 生肉を・・・・・・の後は何だったんだろ。 
 自分の主人から、それはそれは見事な胴回し回転蹴りを賜って倒れ伏した彼を見下ろしそんなことを考えていた。膝をつきそうになっていたカルロは驚きに目を剥いていたけど、声を出せるほど元気ではないみたい。 
 自分の従者を蹴倒した放浪女王の方をみると息苦しそうに仰いでいた。すぐに無理矢理深呼吸で息を整えたけど。 
「この勝負、引き分けだ」 
 彼女の言った一言にカルロも異論はないらしく、その場はとりあえずそう言うことで収まった。 
 
   *   *   * 
 
「・・・・・・何でお前等の向かいしか空いてないんだよ」 
 夕食の皿が乗った盆を抱えて、盗賊の男が開口一番そうのたまう。 
 精霊の力がある為最小限の船員しか乗せていない砂船は、接客の為の人員も削ってある。その分荷物を乗せて貿易で稼ぎたいということだ。そんな体制である以上、当然の事ながら客室に食事を運ぶサービスなどない為、船室の良し悪しにかかわらず食事は食堂でまとまってとることになっていた。 
「知ったことか。文句があるなら他が空くのを待ったらどうだ」 
「なにぃ?」 
 歯を剥いて敵意をあらわにするカルロを、だが後ろからエリーゼがたしなめた。 
「いちいち突っかかんないの。ほら、座るわよ。それともお盆持ったままうろうろしたいの?」 
 冷静な、というより呆れたような女の言葉に渋々従う。ピラフをがっつきながらその様子を見ていたサトルが冷やかす。 
「手ぇかかるねぇ」 
「まあね」 
 座って酒を飲み始めたエリーゼを軽く睨みながらカルロも座る。まだ船酔いが良くないのか、少量のクスクス(粒状のパスタにスープを書けた料理)と酢漬けのタマネギだけが盆に乗っていた。 
「人をやんちゃ坊主見てえに・・・・・・」 
「実際そんなもんでしょ」 
 抗議をあっさり切り捨てると、こんがりと焼かれた謎の生き物たち――砂海の生き物だろうが――にかじりつきつつ大ぶりのジョッキを傾ける。どうやらとことん肉系の食い物が好きなようだ。 
 平気な顔してもりもりと謎の生き物を食べるエリーゼにサトルは露骨に眉をひそめる。が、何かをふと思いついたようで突然エリーゼに向かって口を開いた。 
「そういや気になってたんだけど、エリーゼさん」 
「んー?」 
「どういう経緯でカモシカとイヌが結婚したんだ?」 
 その一言に、エリーゼが隣に――カルロの座る席に――盛大に口に含んだ酒を吹いた。 
「おわあああっ!?汚ねえっ!!」 
「ちょ、だれがっていうかどうして夫婦よっ!!」 
「え?違うの?」 
「違うわよ!!」 
 必死にというより慌てて否定するエリーゼ。だが、どうひいき目に見ても・・・・・・ 
「それはちょっと説得力のない言い分だと思うが・・・・・・」 
「違うっての!!ね、そうでしょカルロ!!」 
「・・・・・・違ってたのか。そういえば結婚式とかしてなかったような・・・・・・」 
 話を振られたカルロはなにか軽くショック受けてるようで、考え込む姿勢にはいっていた。 
「違うのよー!!」 
 もはや子供の我が侭レベルになっていたが、それでもエリーゼは否定を続ける。それ以上突っ込んでも仕方ないと思ったか、サトルは軽く軌道修正した。 
「じゃあどんな関係なん?」 
「え?あ、それは・・・・・・」 
「相棒」 
 顔を真っ赤にしつつ言葉を濁すエリーゼにカルロが口を挟んだ。 
「エリーゼは俺の相棒。それでなんか問題あるか?」 
「いや、ないけども」 
 サトルの答えにカルロが一つ頷く。 
「ないなら良いんだ」 
「いや、俺が聞きたいのは・・・・・・」 
 サトルがそこまで言いかけた所で、大きな揺れが船を襲った。 
 
「・・・・・・治まりましたね」 
「そう言うセリフは皿を抱えながら言うもんじゃないぞ」 
 反射的にテーブルの下に転がり込んで数十秒程か、揺れが治まった食堂を見回す。 
 同じテーブルの中にはサトルと盗賊の二人。どういう手品か不明だが、サトルはピラフの乗った皿を、エリーゼは酒の入ったグラスを、それぞれこぼさずに手にしていた。 
 他のテーブルの連中は逃げ込んだ奴とそうでない奴が半々。転んだものも多く、ぶちまけられた夕食と酒で食堂の中は大変なことになっていた。 
「なんだ?地震か?」 
「船の上でそれはないでしょ」 
 とぼけた会話が口火を切ったわけでもないだろうが、すぐに食堂の中は騒然となる。やれぶつかっただの服が汚れただの、船員に食ってかかる客やらなにやらで収拾がつかなくなりそうだ。 
 後ろに座ってた女がヒステリー寸前になっている所をなんとか男がなだめようとしているが、治まる気配は見えない。子供の泣く声も聞こえる。 
「まだ出ない方が良さそうだな」 
「狭くて喰いづらいんですけど」 
「そこまでして喰うなよ。狭いんだから」 
 珍しくカルロが突っ込みにまわるが、まあどうでも良い。問題は。 
「そろそろ揺れの原因を説明しても良さそうなものだが」 
「そう言えば遅いわね。曲がりなりにも客商売でしょうに」 
「一言あっても良さそうなもんだがな」 
 盗賊コンビが同意し、・・・・・・珍しくサトルがすこし沈黙した。口の中のピラフを飲み下して、眉根を寄せて言う。 
「一言で言えなかったら、どうなる?」 
「あん?」 
「普段良くあるようなトラブルなら何て事もない。いつものように説明すればいい。船精霊なんてものがいるなら声だけ届けるなんて朝飯前だ」 
 いつの間にやら空になった皿を抱え、スプーンでこめかみをこつこつ叩きながらサトルが呟く。独り言に近い、誰に向けたわけでもない言葉なのだろうが聞き逃せることでもない。 
「つまり、普段は有り得ないようなトラブルが起こってるって事?」 
「でなけりゃ・・・・・・」 
 エリーゼの問にサトルが答えようとした瞬間、食堂全体に声が響いた。 
『皆さん、大変失礼しました。船の近くで大きな波が発生し、回避機動の為に船全体に大きな揺れが発生しました。今夜はどうやら波が荒れ模様です。もう少々揺れることがあるかも知れませんがどうかご容赦下さい。食堂の方にはすぐに係のものがまいりますのでそちらの誘導に御協力下さい。繰り返します・・・・・・』 
 騒然となっていた客達もアナウンスのせいか少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。だが、どうにも今ひとつ、納得いかないのは何故だ。 
「でなけりゃ・・・・・・の後はなんだ?」 
 顔も見ないでサトルに聞く。サトルは少し言いよどんで、それでも答えた。 
「でなけりゃ、船員側にもどんなトラブルが起こっているのか皆目見当も付かないようなことがおこっている。です」 
 
   *   *   * 
 
 甲板への扉を開くと、真っ暗闇だった。 
「うわ?」 
「なんだ、これは・・・・・・」 
 滅多に雨の降ることのない砂漠では、太陽や月が隠れることも滅多にない。新月の夜には月も出ないが、二つの月が空に戻った今となっては両方が同時に新月になることもない。そもそも今日は新月じゃない。そして星明かりも出ていない。 
 滅多に体験することのない、真っ暗闇。 
 その中で青白く光る船精霊と船長が我々を迎えてくれた。 
「ようこそおいでいただきました」 
「いや、船長たっての願いとあらば断るわけにもいくまい」 
 食事の後部屋で休んでいると、突如部屋に船長殿の声が響き甲板まで来るように頼まれた。なんでも直接見てもらわないといけないことができたとのことでやってきたのだが・・・・・・。この状況はちょっと想像できなかった。やはり『皆目見当も付かないようなこと』のようだ。 
「それよりこの暗さは・・・・・・?」 
「そのことでご相談がありましてお呼び立てさせて頂きました」 
 船長が深刻そうなまなざしで暗闇の奥に視線を向ける。 
「先ほど皆様がお食事中の時に、海から出現した何か大きなものがこの船を包み込んでしまいました」 
「・・・・・・え?」 
「・・・・・・何?」 
「何かは不明です。とてつもなく大きなもの。最低でもこの船の10倍以上の大きさのある何かです」 
 深刻な表情を崩さぬままとんでもないことを言ってのけるアーダム船長。 
 この船の10倍以上の大きさの何か?この船だとてちょっとした砦程度の大きさがあるのに、その10倍以上となるとちょっとした山と同じ大きさになるぞ? 
「そ、そんなの早く知らせなきゃ・・・・・・」 
「知らせてどうなります?」 
「え?」 
 慌てるサトルに、冷静に船長が口を挟む。 
「お客様に知らせた場合、むしろパニックを起こす危険性があります。このような異常事態、鍛えられた兵隊でも統率できるか怪しいものを、たまたま集まっただけのお客様方に耐えられるとは思えません。そして、大抵パニックは予想できない危険なことを引き起こします」 
「う・・・・・・」 
「イヴの力がありますのでそう簡単に沈むものでもありませんが、もしそうなった場合一人や二人の被害では済みません。『何も起こらなかった』ということが最も安全なのです」 
 食堂でサトルが言っていた『皆目見当も付かないこと』が起こっているというのに、船長はひたすら冷静に見える。だが、先ほどから微かに震える拳は、はやり内心は不安だと言うことの表れなのだろう。 
「それで船長殿としては我々に何を?」 
 そのかりそめの冷静さを保たせる為に、こちらもできうる限り冷静に話を進める。船長は我々を真剣な眼差しで見据えて話を切り出した。 
「サラディン=アンフェスバエナ様。いえ、放浪女王のご高名はかねてから伺っております。無双の二刀流を使い、妖しの業を使う従者を従え、数々の冒険を繰り広げているとか」 
「妖しの業ってくしゃすらのことれすかぁ?」 
「ああもう、いい子だから黙って聞いてなさい」 
 勝手に胸から出てきた小さい身体を抱き留め、サトルが指先でクシャスラの喉をくすぐってやる。猫みたいに気持ちよさそうに甘える仕草は子供のほほえましさと言うよりも、安い娼婦の媚びのように露骨な下心を 
「そこでお願いがございます。サラディン様、一体この事態がいかなる事なのか解明に出てはいただけないでしょうか」 
「え?あ、ああ」 
 あ。 
「まことですか!ありがとうございます。よもやこのような危険な探索を二つ返事で引き受けて頂けるとは・・・・・・」 
 い、いかん。思考がほんの少しそれていた瞬間に反射的に答えてしまった。おのれ、あの悪霊め。後でどこぞの祈祷師にでも祓わせてやる。 
 それはそれとして、揃って頭を下げて感謝する夫婦を前に今更撤回するわけにもいかない。努めて冷静さを取り戻して応える。 
「なに、この船が動かぬとあっては我々も闇の中で立ち往生するしかない。それに自らの運命を人の手に委ねるのも趣味ではない。手を貸そう」 
「あ、ありがとうございます!このお礼は必ず!」 
 もう一回頭を下げて礼を言う夫婦。礼の話などされても生き残らなければ話にならないのだが。 
 話が決着したと見たのか、クシャスラを引っ込めたサトルが話に加わる。 
「手を貸すのいいんですが、ちょっと人手不足じゃないですか?」 
「む・・・・・・」 
 確かに八方見通せない闇に囲まれているこの状況、探す人手はあったほうが良い。どんな危険があるかも判らないわけだし。 
「申し訳ありませんが、船員は出せて2名ほどが限界になりますが・・・・・・」 
 海の上である以上、確かに船乗りがいたほうが良いのかも知れないがそれだけでは、この異常事態に対してはそれでも不足であるように感じる。むしろ今必要なのはタフで目端の利くような奴だがそんな奴が都合良くこの船に・・・・・・。 
 ・・・・・・タフで目端の利く奴? 
「・・・・・・あいつ等を使うか」 
「へ?あいつ等?」 
「船長殿、これから言う奴等を甲板に呼んで欲しい。私の名前を出せば来ると思う」 
 
   *   *   * 
 
「ホントにこっちの方で合ってんだろうな?」 
「知らねーよ。鉄のある方に行ってるだけだ」 
 しんがりを歩くカルロから7回目の声がかかる。俺も律儀に7回同じ返事をしてやる。 
 サーラ様も何を考えてこいつ等を呼んだのか。確かにタフで目端は利くけども。 
 ・・・・・・見捨てても気分がいいからかな。 
 ・・・・・・深く考えるのは止めよう。 
 闇の中を探索するという話に乗り気だったのは、意外にもカルロの方だった。俺たちのことを嫌っていると思っていたが、個人的感情よりも船で退屈している方が嫌だったらしい。二つ返事で受けたカルロに難色を示したエリーゼも、結局は一緒に来ている。 
 闇の中、水面は(この場合、砂面か)どうなっているのか小舟を下ろして確認した所、なぜか青い砂のはずがただの砂になっており、十分に歩けるようだったので船員は置いてきた。 
 まあ、唐突に砂海に戻った時に船員がいないと困るだろうし、そんな場合にこっちに船員がいても一緒に死ぬだけだし。 
 今は俺がクシャスラを使って船以外で一番近い鉄がある所に向かっている。そんな都合で先頭が俺。続いて照明用の魔法の火の玉を掲げたエリーゼ。サーラ様と続いて最後にしんがりをカルロが警戒している。 
 まあ、カルロの不満も解る。そもそも魔法で鉄を探知した結果かなり(と言っても1kmもないだろうが)遠くに鉄の気配を感じたからそこに向かっていると言うだけで、向かっている理由も他にあてがないからに過ぎない。足下の砂は、歩けるとはいえ結構沈み込み体力と精神力を地味に削ってくる。そして進んでいるかどうかすら判らないまっ暗の闇。いらついて当然だ。 
 けどそこそこ近くなってきてるからそろそろ何か見えても・・・・・・。 
「・・・・・・ビンゴ」 
「見えたか?」 
「ああ、エリーゼさん。もっと灯を強くしてくれ」 
「ちょっと待って・・・・・・」 
 エリーゼが呟くように何かを唱えると、火の玉が高く上がり大きく輝く。 
 壁が、照らし出される。でかい、上も端も見えないくらいデカイ壁。その壁の真ん中に忽然と扉とちょっとしたキャットウォークが付いており、そこから梯子が壁沿いに降りていた。 
 
「なんだろうな、この壁」 
 じっとりとした感触の白い肉の壁。そうとしか表現できない壁に、上に伸びる梯子がかかっている。何とはなしに生暖かく、微妙に柔らかい。 
「むしろ私はこの梯子の材質の方が気になるけど」 
 エリーゼは抜いたサーベルでこんこんと白い梯子を叩く。やたら軽い音がするが、さっき俺がぶら下がってもびくともしなかったことを考えるとかなり頑丈なんだろう。 
「どことなく生き物のような気配があるな、この壁は」 
「生き物ですか?このサイズの?」 
 いくら何でも唐突すぎやしませんか、サーラ様。 
「いや、こんな生き物自重で死んじゃいますよ」 
「あくまで気配がするというだけだ。生き物だと言っているわけではない」 
「あ、でもなんかの魔法で強化された生物ならこのサイズも有り得るかも」 
「う〜ん。それ言い出したらなんでもありな気がするけど、ここまで大規模なものとなると・・・・・・」 
「だああああああああああああっ!!んなことたぁどうでも良いんだよ!!」 
 ザクッと刃が砂地に食い込む。一人だけ話題に置いてけぼりになっていたカルロがついに耐えきれなくなったらしい。厚身の曲刀を横薙ぎに振り回して(エリーゼ曰く、いわゆる所の両手剣が手に入らなかったらしい)かんしゃくを起こしたように吼える。 
「結局行くのか行かねえのかはっきりしろ!」 
「いや、他に当てもないから昇るが・・・・・・」 
「ならこんなとこでうだうだやる必要なんかねえじゃねえか!俺ぁ先行くぞ!」 
「ちょ、ちょっと!」 
 言うなりエリーゼの制止も聞かず梯子をがしがし登り始める。その後ろ姿を見て、しょうがないといった表情でエリーゼも続いた。半ば呆れた形でサーラ様が俺を見る。 
「どうする?」 
「・・・・・・お先にどうぞ」 
「苦労が偲ばれるな」 
 そう言ってサーラ様がエリーゼに続く。俺もため息一つついて梯子を掴んだ。 
 
「意外に普通の廊下だな」 
「ちょ、ちょっと!今何で扉蹴破ったの?」 
「めんどくせえから」 
 相変わらず細かいことを聞いてくるエリーゼを軽く流し、廊下に足を踏み入れる。 
 とりあえず動く奴はいない、か。 
 床は梯子と同じもの、天井は壁と同じ物で出来ているが、天井の中でなんか光っているんで灯はいらないようだ。ただ、じっとりと湿った空気が気持ち悪い。 
「確かめもせず蹴破るとは、乱暴なのか粗雑なのか馬鹿なのか」 
「サーラ様、それ全部両立する上に大差ないです」 
 勝手なこと抜かしながら連中も追いついてくる。 
「もー!勝手に動かないでよ!罠とかあったらどうするの」 
「そんな気の利いたもん仕掛ける奴なら、船ごととっつかまえた時点でなんか仕掛けてきてるだろ」 
「正論と言えば正論だが」 
「こんなもん仕掛けてくる相手にまともな思考期待するのって間違ってないか?」 
「うるせえなあ」 
 通路は一本道だがまっすぐにはなってないらしい。微妙に曲がったりなんだりで奥は見通せない。様子をうかがっていると、ヒトが俺を押しのけて前に出た。 
「とりあえず、また俺が前に出るわ」 
「あ?なんでお前が・・・・・・」 
「分かれ道とかあったらどうすんだよ。勘で進むのか?」 
 むう、確かに俺が前にいても仕方ない。廊下は人一人がすれ違えるぐらいの幅しかないので並んで歩く必要もない。むかつくが任せる。 
「じゃあ、今度は私がしんがりをやろう」 
「なんでだよ、勝手に決めんなよ」 
「お前の図体がデカイからだ」 
 ヘビ女の勝手な言いぐさにも黙らざるを得ない。確かに背伸びすると角が擦れそうになる低い天井じゃああの女の方が有利だ。しかし、いちいち正論がむかつく奴等だな。 
「はいはい、ふてくされない。まだその武器使い慣れてないんだから」 
「そりゃ、そうだけどよぉ・・・・・・」 
 エリーゼ、お前までか。 
 先行するヒトが、鎖帷子を着込んでいる割りには静かに歩く。ナイフの刃を鏡代わりに曲がり角の通路の先を映してみたり、怪しそうな所に小石を弾いて様子を見たりの動作がえらい手慣れてる。盗賊の俺よりも盗賊らしいぞ、こいつ。 
 そんな風に進みつつ、いくつかの分かれ道を通り過ぎてやがて代わり映えしない廊下に飽きてきた頃、そいつは現れた。 
 ヒトが十数回目の曲がり角にナイフをかざした瞬間、なにか赤っぽいものがその手を弾いた。 
「うおっ!?」 
 その細長いものは横に伸びた後すぐさま横薙ぎに振るわれたが、ヒトはそれを尻餅をついてかわす。ついでにその姿勢のまますぐさま右手に持ってた機械から鉄球を撃ち出した。鉄球に弾かれたそれ、肉色の蔦と言えば分かりやすいか、とにかくそんな形をした触手が弾かれ奥の壁に叩きつけられる。 
「交代っ!」 
「おうよっ!」 
 尻餅の体勢のまま後ずさり更に牽制の一発を撃つヒトと入れ替わるように前に出る。 
 出迎えって訳でもないだろうが俺に合わせるように前からのっそり出てきたのは、体中から出鱈目にさっきの触手を生やした狼だった。 
「なんだこ・・・・・・りゃっと!」 
 俺に向けて打ち込まれる二本の触手を一本は剣で払いのけ、一本は鎧に当てて逸らす。時間差で打ち込まれようとしてた三本目は勝手に外れる。どうやらヒトの鉄球を避けたせいで姿勢を崩したらしい。その隙を逃さず目の前でたまたまふらついていた触手をぶった切る。黒い血が噴き出し狼が悲鳴を上げる。 
 同時に背中でもにたような悲鳴が上がった。 
「エリーゼ!?」 
「大丈夫!そっちと同じのが出たけど、サラディンが倒したから!」 
「敬称を付けろ!それと、まだくるぞ!」 
 背中越しにまた狼の悲鳴を聞きながら俺も前の状況に集中する。こちらも予想通り曲がり角の先から追加で2匹。一気に三倍になった触手は正直捌くだけでも厳しい。打ちかかってくる内、半分はまともにもらってしまう。体重の乗らない打撃とはいえ、こうも喰らい続けるのはヤバイ。攻めようにも、くそ、砂漠の剣は使い辛ぇ! 
「ギャンッ!!」 
 攻めあぐねる俺の脇からヒトの鉄球が撃ち出された。一匹の頭にぶち当たり、そいつをそのまま壁に叩きつける。一匹がいなくなり攻撃の手が減った瞬間を逃さず、俺は触手の一本を左手で掴んだ。 
「おらよっ!」 
 渾身の力を込めて引っ張り上げると狼の身体が宙に浮く。突然浮遊する感覚に驚いている狼の首を即座に刎ねる。首を失い、血を吹き出す身体が俺にのしかかった。 
「これでも喰らえや!」 
 即座にその身体を抱え上げ、最後の一匹に投げつけてやる。ものがものだけにあっさりとかわされたが、端から当たるとは思っていない。元より狙いは飛び退かせること。羽根もないのに飛んだそいつには俺の突きを避けられるはずもなかった。 
 
「・・・・・・これで終わりか?」 
 ヒトがなにやら機械をいじりながら曲がり角を覗き込む。その先から後続が来る様子はない。 
「こっちもとりあえず、終わりのようだ」 
 狼の毛皮で剣の血を拭いながらヘビ女が答える。後ろも三匹来ていたらしく、三頭分の身体と頭が別々に転がっていた。 
 だってのに、返り血一つ浴びてねえでやんの。嫌みな女だ。 
「にしても、こいつ等は一体なんなんだ?」 
「まあ、順当に考えればこの通路を造った奴が作ったキメラみたいなもんだと思うけど」 
 女の疑問に死体を検分しながらエリーゼが答える。 
「ただ、戦闘用って感じはしないんだけどね」 
 たしかに奇妙な触手が付いてはいるが、それだけと言えばそれだけだ。もっと尖ったものとか毒とかいろいろやりようもあるだろうに。 
「数だけはたくさんいるからとりあえず様子見に出してみました、みたいな感じよね」 
「・・・・・・てことはもっと数で押してくるって可能性がある?」 
「可能性だけはね。まあ、道理を求められるような相手じゃない可能性も高いけど」 
「数で押してきてもこの通路が続くならさほど問題はないだろう。広い所で囲まれたらやっかいだが、ここなら3匹が30匹でも問題ない」 
「まあ、この面子なら何とかなると思いますが・・・・・・のわっ!?」 
 鉄球を拾っていたヒトが突然悲鳴を上げる。襲撃じゃない。ただ単に、今までたっていた床がかぱっと開いただけだ。 
 同時に俺の足下も。 
「うおわっ!?」 
 油断してた!とっさに振り返ると、エリーゼがとっさに手を伸ばそうとしている姿が目に入った。 
 が、検分のために離れた5歩ほどの僅かな距離は、このときには絶望的な距離だった。 
 
   *   *   * 
 
「カルロっ!?」 
「サトルっ!!」 
 私より反応が遅れたはずのサラディンが、私より速く落とし穴に駆けつける。けど、一瞬早く床板が閉まる。勢い余って通り過ぎ、それでも転ばずに折り返した。剣のつかに手をかけ、鋭い呼気と共に抜き打ちを放つ。 
「ふっ!」 
 正三角形に切り出された床板が宙に跳ね上がった。 
 一呼吸で三回の斬撃、しかも相手は硬い謎物質の板。・・・・・・こんな非常識な腕前の相手じゃ、勝てない訳よね。 
 そんな感慨は横に置いてすぐにその穴を覗き込む。 
「――っ!?」 
 突然穴から盛り上がった何かを反射的に避けてしまう。もっとも、避けなくても届かなかったと思うけど。 
 穴から出てきたのは、泡。白く濁った泡。それが穴から小山のように盛り上がりぱちぱちと弾ける。サラディンも思わず距離をとり様子をうかがう。十数秒もするとその泡も収まり、そこには壁と同じ素材の白い何かがみっちり詰められていた。 
「くっ!」 
「ちょっとまって!」 
 サラディンを制止して、私の剣を突き刺してみる。ずぶずぶと結構な抵抗はあるけど刺さっていく。やがて刀身の半ばまで沈んだところで剣を色々動かしてみるけど、これはどうも・・・・・・。 
「ダメね。かなり分厚いわこの床」 
「む・・・・・・抜けるか?」 
 聞かれて、試してみる。かなり力を込めて引っ張ってみるけど、ダメみたい。刺さった所をよく見ると床材と剣が癒着してる。 
「ダメみたいね。剣が突き刺さった状態で治っちゃってる」 
「やはり、この壁は肉か」 
「多分ね。つまりここは何か巨大な生き物の体内」 
「我々は生きながらにして喰われた餌というわけか」 
 サラディンが難しい顔になって、すぐにふと気が付いた様な顔でこっちを見た。 
「ずいぶんと冷静だな?」 
「え?なにが?」 
「相棒が死んだかも知れないというのに」 
 あ、そう言えばカルロが穴に落ちてすぐさまその穴が埋まったんだっけ。たしかに普通死ぬけど・・・・・・。 
「いや、カルロが死ぬことろってなんか想像つかなくって」 
「・・・・・・それだけか?」 
「なんか酷い目に遭うところはみるけど、それでも死ぬとこって想像つかないわ」 
「冷たいのか信頼してるのか」 
 呆れたような顔でうめく彼女に、ちょっとムカッと来る。 
「そーゆーあなたはどうなのよ。自分の召使いが行方不明になったってのにずいぶん冷静じゃない。やっぱりヘビって血が冷たいの?」 
「ん?・・・・・・いや、特にどうという理由がある訳じゃないんだが」 
「だが?」 
「サトルが私の許可なしに死ぬってことが、どうにも現実味がなくてな」 
 
   *   *   * 
 
『いぇっくし!!』 
 暗闇の中、ヒトとくしゃみがかぶる。 
「なんだ、生きてたのか」 
「まあな。そっちは?無事か?」 
「打ち身が痛い」 
「あっそ」 
 興味ないような声を聞くと結構近いとこにいるらしい。ヒトが何かごそごそやると突然灯がついた。ヒトの持っている短い棒の先からカンテラみたいに絞った光が光ってる。猫の国で見た、ええと、たしか、怪獣電灯ってやつだ。 
 ぐるっと光を回してみて、今いる場所の状況がわかる。左右に長くのびた、要するにさっきまでいた廊下と同じ状況らしい。 
 怪獣電灯を床に置いたヒトが精霊を呼び出して何かしている。目をつぶって精神集中した後、すぐに口を開いた。 
「今この場所から斜め上に20メートルぐらいの場所から落ちてきたみたいだな。サーラ様の剣がそこにある」 
「でも天井にそれっぽい穴ないぞ」 
 暗さにも目が慣れてきたのか照り返しだけでも大分見えるようになってきた。も一回確認してみるが、やっぱり穴はない。 
「塞がったんじゃねーの?未知の魔法の産物なら何やったっておかしくないだろ」 
「そりゃまあ、何だってありかも知れんが」 
「で、これからどうする?」 
「あ?」 
「これからどうしようかって話。進むのか、待つのか。進むんならどこを目指すのか」 
 確かに次のことを考えるのは正論か。さて、どうしたもんかな。 
「とりあえず、エリーゼ達と合流すんのかそれとも俺達だけで最初の目標目指すのかって話だよな」 
「まあ、そうなんだけどさ。問題はサーラ様達が動いた場合、いつまで経っても合流できない可能性があるって事なんだよな。つか、もう動き出してるし」 
 そういうヒトの視線が斜め上からつーっと横に移動する。 
「むう、俺のことが心配なのは判るが女達だけで動き回るのは危険だろうに」 
「俺達より安全だと思うが・・・・・・」 
「あん?」 
 訳の分からん物言いに思わず問い返す。女達が俺達より安全? 
「サーラ様ならあの狼もどきが何匹でようと問題ないだろ。特にこの狭い通路なら。でも、俺達のとこにあの狼もどきがたくさん出てきたらどうする?」 
 う。確かに3匹であのザマなら6匹でたら数に押されて負ける。 
「・・・・・・俺の剣があれば何とかなると思うんだがなあ」 
 言い訳じみているとは思うが、あの剣さえあれば6匹が10匹でも勝つ自信はあるんだが。 
「お前の剣ってあの馬鹿長いアレか?」 
「おう、お前のへし折ったアレだよ」 
 その言葉を聞いたヒトが考え込む。というより、迷っているようだ。そのままたっぷり一分ほど悩んだ後、俺の方に手を出した。 
「似た様なのなら作れる。その剣よこせ」 
「は?」 
 ・・・・・・作る?剣を? 
「ここでか?」 
「ああ」 
「道具もないのに?」 
「お前、俺の精霊をなんだと思ってる?」 
「・・・・・・おお」 
 そう言えばこいつの精霊、鉄の精霊だったなあ。 
「なんか時折出てきてやかましい幽霊かと思ってた」 
「ちょっとー!おぼえてなかったんれすかぁ?このびゅーちふるな美少女をー!?その目は節穴れすか?お脳は活動してるんれすかぁ?」 
 なにやら俺を口汚く罵る幼女を生やしているヒトに腰の剣を軽く放ってやる。その剣を受け取ったヒトはおもむろに腰を下ろし、懐から何か小瓶を取り出した。 
「これ呑んだら10分は立ち上がれないんで、その間頼むな」 
「なんだ、それ?」 
「魔力増幅の秘薬」 
 そう言って小瓶の中身を一息に煽る。次の瞬間、いきなり精霊がずんずんと成長する。・・・・・・胸でかいな。エリーゼももうちょっとあればいいのに。 
 そんな俺の考えをよそに、ヒトが眼前で掲げた剣がみるみる姿を変えていく。反りの入った刀身はまっすぐに、リカッソを持った厚みの剣へと変化していく。途中足りない分はヒトが懐から出した投げナイフを継ぎ足す。本来なら継いだ所はしっかり鍛え直さないと使い物にならないが、魔法なら関係ないのだろう。粘土のようにぐにゃっと曲がり、すぐに剣の一部になる。みるみるうちに刀身は伸び、やがて、ハイランダーの大剣が姿を現した。 
「――っぷあ!」 
 大きく息を吐いて、ヒトが柄を俺に突き出した。 
 手にとってみる。 
 やや長めにとった柄。柄頭は鈍角に尖らせてある。鍔は小さめで刀身と一体化している。分厚いリカッソは握りやすく、滑らせやすい。 
 刀身は・・・・・・なんだこりゃ?両刃の剣だが、片方はまっすぐな刃が、逆側にはパン斬り包丁をでっかくしたようなギザギザの波刃になっている。 
「なんだこの刃は?」 
「ん、強度をなるたけ保ったまま切れ味をますんじゃないかなと。撫で切りにしないと斬れないけど、お前なら使い分けられるだろ」 
「まあ、できなかねえけどさあ・・・・・・」 
 正直手入れが大変そうだ。ただ、こういう細かい刃は血管とか腱とか引っかけて斬るのには向いているんで確かに重宝するかもしれない。 
 軽く型通りに振ってみる。重心の位置はやや柄よりか。思ったよりも振りやすい。 
「良い剣だな。銘とかあるか?」 
「ん?特に決まっていないが・・・・・・そうだな向こうの世界に伝わる聖剣、エクスカリバーとカラドボルグの名前を足してエクスカリボルグってのはどうだ?」 
 瞬間、俺の背中になにかぞくっと来るものが走る。根拠はないが、その名前はなんかヤバイ気がする。生存本能に従い、その名前は止めておこう。 
「他には?」 
「サムライソードXとか」 
「却下」 
「意表を突いてキューティーピンクマジカルステッキ」 
「・・・・・・あとで自分で考えよう」 
「えー」 
 だるだるっと文句を言うヒトが座り込んだまま壁に身を預ける。いつの間にか精霊もしまったらしい。虚ろな目を天井に向けて浅い呼吸を繰り返す。 
「どうした、おい」 
「ん?ああ、薬の副作用。身体には支障ないけど、ちょっと神経がアレな感じで立てない」 
「薬?」 
 呟く俺のつま先に、何かがこつんと当たる。さっきの小瓶だ。気になったので拾いあげてみる。 
 飲むと魔力が増大する、か。確かに精霊がでかくなって剣がみるみるうちにできあがった。アレも魔力が増えたからああなったんだろう。 
 ・・・・・・俺も魔力が増えたら魔法つかえんのかな。 
 ちょっと舐めたれ。少しなら大丈夫だろ。僅かに小瓶に残った薬を指にとる。 
「あっ!馬鹿、よせっ!!」 
 その制止が間に合う前に、俺は指をくわえた。 
 
「おおおおっぱああああっ!?近っ!近っ!なにこれ近すぎ。遠くー!もっと遠くー!」 
「あーあ」 
「うわっ!?黄色い青がビブラート響かせて鼻に抜けるっ!?ナニコレ何味ーっ!?」 
 よせばいいのに、舐めやがった。頭抱えて七転八倒しているであろうカルロをどーしようもない気分で眺める。手は出せない。というか、立てない。今は三半規管がドロドロだ。 
「お、おまっ。これな、にょっ!?」 
 多分これは何かと聞きたいのだろう。未知の味覚のせいで未だに舌が回ってないらしい。 
「魔力増幅薬。ラドン家秘伝の薬の一つだそうで、対象の味覚から空間把握能力に訴えかけて精神を高次元に近づけ、その接点から魔力をくみ出すとか何とか」 
「だ、だれだ。そんなこと考えついたヤスは・・・・・・」 
「知らん。ちなみに近距離味黄色い青風味だってさ。初めてだろ、『近い』味って」 
「二度と味わいたくねえお」 
「ちなみに一日二回以上飲むと偉大な旧支配者と直面して精神が破壊されるとか」 
「世界の為に今すぐ捨てろ!そんな毒物っ!」 
 ろれつは戻ったみたいだが、まだ立つことは出来ないらしい。何度か手足を出鱈目な方向に動かした後、あきらめてその場に大の字になった。 
「俺が立てなくなるからその間を頼んだのに、そのお前が立てなくなってどうするよ」 
「うるせ」 
 幸いにして何かが来る気配はなさそうだけど、ホントに後先考えない奴だな、こいつ。 
 そのカルロが何とかこっちの方に首を回して(といっても視界はぐちゃぐちゃだろうが)俺を見た。 
「なあ、ちっと聞いて良いか?」 
「ん?」 
「おまえ、いつもこんなもん飲んでンのか?」 
「こんな糞不味いもん普段から飲めねえよ。よっぽどせっぱ詰まった時だけだ」 
「それだ」 
「・・・・・・あん?」 
 俺が聞き返している間にカルロが身を起こす。それが出来るぐらいには回復したらしい。・・・・・・ってホントにタフだな、この男。 
「よっぽどせっぱ詰まる様なことがよく起こるから、こんなもん持ち歩いてンだよな?」 
「やな事聞くね、お前。否定はしないけど」 
 気が付くと自分で左頬の傷跡を撫でていた。これも、まあ、そんな生活の証だ。そんな俺の思いを知ってか知らずか、カルロは不躾な質問を続ける。 
「こんなもんにまで頼らなきゃいけない。いっちゃなんだが、たかだかヒトが、亡国の姫にそこまでする理由って何だ?」 
「・・・・・・」 
「やっぱりあれか?子供の頃から王家に召使いとして育てられてとかか?それとも奴隷商人の産ませたヒト奴隷でこれ以外に生き方を知らないとか?」 
「いや、大きくなってから落ちてきた手合いだけど」 
 ありがちな理由を並べるカルロの声には、それ以上の興味が混じっている。つまりは、それ以上の面白そうな話があると思っているんだろう。 
「理由とかなきゃおかしいか?」 
「お前みたいなイカサマ野郎が損得合わない生き方してるにゃ、それなりの理由があるだろ」 
「・・・・・・」 
 確かに着飾って主人にはべらってればいいヒト奴隷が、こんなザマになってまで誰かに仕えるってのは理屈が通らないんだろう。もう一度傷跡を撫でる。 
「あんまり楽しい話じゃないぞ」 
「いいよ、どうせ立てるようになるまでの暇つぶしだ」 
 ・・・・・・ま、いいか。コイツがふれて回るとも思えないし。 
「なあ、話す前に一つ聞いて良いか?」 
「おう」 
「初めて殺した奴の顔って覚えてるか?」 
 
「・・・・・・覚えてねえよ」 
 出し抜けにそんなことを聞いてきた。ヒトの顔には茶化すような表情もごまかすような表情も見えない。つまりは、裏もないただの質問なんだろうが・・・・・・。 
 とっさに嘘を答えちまったのはなんでだ?いや、気にするのが普通か? 
 すこし混乱する俺を尻目にヒトが語り始める。 
「そうか、俺は思い出せないけど覚えてる」 
「・・・・・・は?」 
「普段起きてる時は思い出せない。やろうと思っても。でも、時折夢に出てくる」 
「・・・・・・」 
「夢の中で、俺は膝まで血の海につかってる。その血の海から手が出て、顔が出て、俺を引きずり込む。そんなときだけ判る、『ああ、こいつ等は俺が殺した連中だ』」 
 殺すことに耐えられなくなる奴。俺はお目にかかったことはないが、エリーゼの話だと平和な地域の出身者なんかには時々あるらしい。つまりこいつはそういうお上品な所出身だと言うことなんだろうが。 
「そう言う奴がいるって話は聞いたことがあるな」 
「俺の場合は3人目からだった。そいつの剣が俺の顔をざっくり切って」 
 そう言ってヒトが顔の傷跡をまた撫でた。頬から耳へ抜けるように。 
「俺のナイフがそいつの喉に刺さった。目の前で死んだからかな。そいつの顔は起きてても思い出せる」 
 淡々と、淡々と語る。このヒトにとって、それは自分の傷跡を隠さないのと同じ事なんだろう。 
 ただ、それはそこにあった。つまりはそう言うことだと。 
「そいつから夢を見るようになって、限界が来たのはちょうど10人目の時だった・・・・・・と思う」 
「限界?」 
「起きてる時にも見るようになった。・・・・・・いや、今にして思えば夢と現実の区別が付かなくなってたのかな?ともかく、酷い錯乱状態でね。泣きじゃくるわ吐きまくるわ、赤ん坊じゃあるまいし」 
 他人事のように苦笑いする、ヒト。 
「そんな状態でサーラ様を無理矢理抱いてね。いや、ありゃふつーに強姦か」 
「強姦ってお前・・・・・・」 
 あれだけの剣士を錯乱したヒトが強姦?そんなの・・・・・・ 
「『有り得ない』、俺もそう思ったよ。終わった後にな。サーラ様に襲いかかったら、フル装備の今の俺でもあっさりまっぷたつにされるね、比喩抜きで」 
 鋼の鎧をたたき割るんじゃなく、切り裂く。そんな非常識な腕前のヘビなら鎖帷子ぐらいなら余裕だろう。でも、その剣士が。 
 少し早口になったヒトが話を続ける。 
「事が終わった後に、サーラ様なんて言ったと思う?」 
「・・・・・・なんて言ったんだ」 
「『すまない』。それだけ」 
「・・・・・・」 
「そん時に俺は、自分の命の使い方を決めたんだ」 
「それで夢を見なくなった、か」 
 その言葉に、サトルは首を振った。 
「今でも見るよ」 
「あ?」 
「ただ、引きずり込まれながら薄ら笑いを浮かべることが出来るようになった。・・・・・・それだけだよ」 
 そう言って、サトルが夢の中で浮かべるのと同じであろう薄ら笑いを浮かべる。 
 髑髏にしか、見えなかった。 
 
「面白くなかっただろ?」 
「聞く分にはそうでもねえよ」 
 どういう意味なのか、今ひとつ意味が取りづらい答えを返しながらカルロが立ち上がる。軽く身体を動かし調子を見ているようだ。 
「そっちはどうだ?もう立てるか?」 
「ん・・・・・・、もう少しだな」 
 まだ視界に少し歪みが残っている。立てても多分歩けないな。 
 っと、そうだ。 
「暇つぶしに、お前の話も聞かせろよ」 
「俺の話?」 
「つうか、お前とエリーゼさんの話。何だってカモシカとイヌがヘビの邦にいるんだ?」 
「・・・・・・言わなきゃダメか?」 
「俺だけ言うのは不公平だろ」 
「まあ、な。確かにそりゃ不公平か」 
 そうは言うものの余り乗り気ではないみたいだ。が、結局話し始める。 
「俺はさ、元はハイランダーっていう戦士の修行中だった訳よ」 
「ああ、それは何となく判る」 
「でまあ、修行中だからってまじめにやる奴ばっかりじゃないわけだ」 
「お前なんか特にそんな感じだよな」 
「やかましい。まあ、そんなわけでたまたまダチと繰り出した酒場でエリーゼから逆ナン受けてな」 
「逆ナンってお前」 
 もーちょっと、その、なんというか。 
「男と女の出会いなんてそんなもんだろ。まあ、そんな感じでエリーゼに入れこんでったわけだけど。ある日あいつが言うわけだよ『まじめに戦士になって誰かに使われるよりも、どーんと荒稼ぎした方が楽しくない?』って」 
「・・・・・・ほう」 
「で、食い詰めもん集めて義兵団まがいの山賊団を作ってな。金持ってそうなやつを中心に色々襲って回ったわけさ」 
「正直が美徳だというのはつくづく戯言なんだなー」 
「どういう意味だそりゃ」 
「せめて義賊団とか言えよ」 
「山賊は山賊だろうが。まあそれはそれとして、当然そんなことしてたら金持ち連中から恨みを買うわけだな?」 
「まあ、そうだわな」 
「で、ちょうど内戦が始まるような状況だったもんで、各地の領主も殺気だっててなー。たかが俺達27人に正規兵一個小隊動かすとは」 
「うあ」 
「ねぐらに奇襲で火をかけられてな。俺はエリーゼを引っ張って逃げるのに精一杯。他の連中がどうなったか何て欠片もわかりゃしねえ」 
 茫洋と遠い目をしてるが、その表情には少し翳りがある。分かっているんだろう。その時の仲間はもうみんな死んだのだと。 
 部外者にはともかく、仲間にとっては良い奴だったんだろう。いや、友達だったってのが正しいか。 
「・・・・・・で、その後は?」 
「もう国元にゃ手配書が回ってたんでな。仕方ないからそのままイヌの国の方に抜けて、そこでも色々やらかしたんでオオカミの方に逃げて、そこでも色々やらかしたんで・・・・・・」 
「もう、色々やらかしたって入れんでもいいよ」 
「お、そうか?まあそんな具合でクマ・ウサギ・シロクマ・キツネ・トラ・ネコと色々回って来たわけだ。で、そんな状態だと当然国際指名手配がかかるだろ?仕方ねえから戦乱地帯のヘビの砂漠に転がり込んだと」 
 ・・・・・・なんつーか、こいつ等は。 
「よく腕っ節一本でそこまで逃げ回れるなあ」 
「まあエリーゼが色々コネがあるみたいでそのツテを頼ったとこも大きいけどな」 
「・・・・・・コネ?」 
「ああ、何かしらねーけど旅芸人とかキャラバンとか教会とか裏カジノとか娼館とかそーいうとこにやたら顔が広いんだよエリーゼは」 
 ・・・・・・旅芸人・キャラバン・宗教施設・非合法遊興施設・娼館。 
 なんつーか、あからさまに工作員が多用する施設が・・・・・・。 
「なあ」 
「なんだ?」 
「お前騙されてないか?」 
「多分な」 
 天井を見上げる。 
 視界の歪みはとれた。 
 手を握って開いてを繰り返し感触を確かめる。もうすぐ完全に副作用は抜けそうだ。 
 いや、そうじゃなくて。 
「・・・・・・自覚とか、あるんだ」 
「まあな、どこで魔法習ったのかとかあの腕輪どこで手に入れたのかとか聞いても教えてくれねーし」 
「ええと、その、なんだ。いいのか?それで?」 
「いいんだよ」 
「いや、気になったりしないのか?エリーゼさんが本当はどう思ってるのかとか」 
 そう言いながら立ち上がる。副作用はもう抜けきったらしい。 
 カルロはどうということもないってツラで答えた。 
「別に?俺が惚れてるってのは確かだしな。騙されてても、そん時はそん時だ」 
「・・・・・・ご馳走様」 
 聞いてる俺の方が恥ずかしい。こいつ、タフなわけだ。ここまで強いんだから。 
 げっぷの出そうな胸焼けを、頭を振って追い出す。そんな反応を気にもとめずにカルロが歩き出した。 
「んじゃ行くか」 
「・・・・・・どこへだよ」 
「俺達の女達の所へ。きっと心細くて泣いてるだろ」 
「それはないな」 
 そう言ってカルロの歩き出す方向は何故か正解の方だ。まあ一本道のど真ん中で、どちらにしても二分の一の確率だから合っててもおかしくはないが、なんか超能力でもあるんじゃなかろうか。 
 とりあえず訂正するべき部分は訂正しておく。 
「ところでサーラ様が俺の女ってわけじゃなく、俺がサーラ様の所有物なんだが・・・・・・」 
「そーゆーの関係ねえだろ」 
 ホントに強いな、コイツ。 
 
   *   *   * 
 
「出てこないな」 
「出てこないわね」 
 サラディンが数歩前を歩く隊列で歩くこと数分。どちらともなく言葉が漏れる。すぐに続かなくなるけど。彼女が聡いのは説明が少なくて助かるんだけど、そのせいで会話が続かない。話すことに注意を裂くぐらいなら警戒すべきって状況なんだけどね。どうも、いつもとリズムが違うというかなんというか。 
 ・・・・・・もしかして私、カルロがいるのが当然って思ってる? 
 だとしたら、危険な傾向よね。私がカルロに依存してるってのは絶対に超えちゃならない一線。 
 私の所属は?――イヌ国 
 私が依存すべきは?――ケルベロス 
 カルロは?――任務の為に利用すべき存在 
 自問自答で自分の意識を引き締める。そういえばこの自問自答もずいぶん久し振りな気がする。どうにも、いろいろサボりすぎかも知れない。 
 ・・・・・・っと。 
「そろそろくるみたい」 
 鼻が新しい匂いを嗅ぎ当てる。さっきの狼みたいなのはなぜか匂いが薄かったんだけど、これははっきりとわかる。・・・・・・香水も含めた化粧品の匂いだ。 
「そのようだな」 
 サラディンが剣の柄に手をかける。薄暗い廊下の奥のほうを注視すると、大きく開けた部屋が見えた。 
「お出迎えか?」 
「気をつけて、化粧をするような誰かがいるはずよ」 
 背中越しにひとつうなずくと、それだけでサラディンの足音が消える。歩き方は変わっていないように見えるのに、どうやら微妙な力加減だけで忍び足をしているらしい。私はそんなまねはできないので仕方なしにゆっくりと足音を消してついていく。 
 だが、そんな私たちの努力をあざ笑うかのようにまだ遠い広間から声がかけられた。 
「あ〜あ〜、君たち。足音消しても無駄だからとっとと来なさい」 
 声から聞くに、かなりの大声を遠くからしている感じがする。音の反響しないやわらかい壁の、この距離の忍び足に気づくなんて何者?それともこちらを何らかの手段で見ている? 
 サラディンが振り向いて肩をすくめる。確かに小細工は無駄みたい。 
 
 ちょっとした宴を催すことのできそうな広間。その奥が一段高くなっており、声の主はそこで仁王立ちになっていた。 
 半裸で。 
「ふははははははははは!!」 
 半裸、というのも正しくないか。正確には全裸の上に、サトルのコートのような白い薄手の簡素な服を羽織っている。あと身につけているものといえば顔の単眼鏡だけか。 
「よおーこそ、いらっしゃい!我輩の移動研究基地内部へ。ここまできたのは君たちが始めてだ」 
 かなりテンションと背の高い、女だ。黒く長い髪の間からは、黒く長い耳が上に向かってぴんと伸びている。ウサギか。なら忍び足が通じないというのもうなずける。 
「だが!君たちの快進撃もここまでにさせていただこう!!なぜならば!!我輩の知的欲求はいまだ真理を追い求めているからだっ!!」 
 距離は10歩ほど。間に件の触手狼が一匹いるが、あれと同じものならこの広い空間でも5匹までは問題ない。 
 が、どうにも斬りかかる気がうせるのはどうにかならないだろうか。 
「・・・・・・君たち、なんかリアクションとかないのかね?」 
「あ、いや、なんか予想を斜め上に外れたものが出てきたんでどうしようかなーって」 
 後ろにいるエリーゼが何とはなしに後ろめたそうに答える。 
「む?先に希望を述べてもらえれば登場方法を検討したが。吊りとかスモークとか逆光とか」 
「どこに言えと」 
「それより!君たち、我輩になんか聞きたいこととかないのかね!?」 
「疑問というのなら、あなたの存在自体が疑問なんですけど・・・・・・」 
 何故か敬語になるエリーゼの言葉に満足したのかなんなのか、ビシィっと単眼鏡を直しつつ女が答える。 
「そーか、私が何者か知りたいと!問われたからには答えねばなるまい!我輩は世界が生んだ天才ソーサリスト、キャルコパイライト・ザラキエル・イナバその人である!!」 
「・・・・・・誰だ?」 
「キャルコパイライ・・・・・・あ!」 
 その名前に(迷惑なことに)心当たりがあったのか、エリーゼが声を上げた。 
「もしかして、あの8年前の学会で存在自体抹消された?」 
「む、確かにその事件ばかりが有名なようではあるが、あれは世界が未だ我輩に追いついていなかったために起こった事故であり、我輩の本質を言い表しているとは言いがたい」 
「・・・・・・どういう事件なんだ?」 
 とりあえず、会話の成立しそうな方に聞いてみる。少し困ったような顔で、それでもすぐに答えた。 
「ん、8年前にイヌ国で生命魔法学の国際学会が開かれたのよ。で、ウサギの国からの発表者の一人の名前がキャルコパイライト・ザラキエル・イナバ。魔法使いの大家として名高いイナバ家の出身ということで期待されてたんだけど・・・・・・」 
「けど?」 
「発表内容が、魔法生物技術の大人用玩具への転用とその可能性について」 
「なっ!?」 
「しかも、会場で実演までしちゃってね。警備兵が総出で発表者を取り押さえるという異例の事態に。そのあと、ウサギ国っていうかイナバ家は『あんな人知りません。てゆーか、そういうことにしてください』という方向性で事件の隠蔽をはかり、本人は拘置所から脱獄してそのまま逃亡。イナバ家から暗殺者を差し向けられていたって話だけど・・・・・・」 
「ふん。我輩を理解できない愚昧のやつばら供にむざむざ殺される我輩ではないわ」 
「殺されておけ!世界のために!」 
 というか、こいつは最終的には斬っておいたほうがいいな。そうしよう。 
「で、そのあなたがなぜこんなところに?」 
「うむ、世界を放浪している途中、この砂海に珍奇なる生命体が多いと聞き及んでな。サンプル確保のために立ち寄った。いや、素晴らしいなここは!未知の生命体の宝庫だ!見てみたまえ君たち!!」 
 そういってイカレ女が両手を上に向かって大きく広げる。前が全開なのをまったく気にしていないらしい。サトルがいなくてよかった。 
「今われわれがいる、これが何かわかるかね?砂海の海老に私の開発した生物巨大化光線を当てたものだ!通常なら元の2倍の大きさになるのがせいぜいだが、なんと一年でここまで大きく育つとは!!」 
 何?ここが海老の中? 
「うすうす気づいてはいたけど・・・・・・やっぱりここは生き物の体内だったのね!!」 
「うむ、ちょうどよかったんで体内をちょっといじって今は私の研究所もかねている。未だ建設中の部分も多いのだが」 
「建設中?」 
「通路生成魔法のアルゴリズムが微妙に不安定なんだな。そのせいで我輩の計算外のところに通路ができたり突然開いたり閉まったり」 
 ・・・・・・もしかして、さっきの落とし穴は。 
「ということは、二人を落としたのは・・・・・・」 
「ん?君たち以外にも侵入者がいたのかね?」 
 しまった、口を滑らせた。が、これでこっちにも情報が入った。こいつ、体内でも正確なところは見えていない。ここは、こっちの失策だと見せておこう。 
 わざと声を荒げる。 
「そんなことはどうでもいい!!なぜわれわれの乗った船をさらった!何が目的だ!!」 
「ふうむ?」 
 イカレ女が単眼鏡を直しつつ、鮫のように笑う。 
「我輩の目的はいつもひとつ。未知の探求と、魔道学の発展だ」 
 二つじゃないか、と思ったが妙な迫力に飲まれて突込みが出せない。 
「ヘビの魔道技術の最高峰。精霊。その中でも特に異質な船精霊。その秘密を解き明かすのに一番なのは、サンプルを解析することではないかね?」 
「・・・・・・っ!」 
 殺気、いや鬼気。自分のほしいものを奪い取るための、まさしく悪鬼の気配。 
 自分以外のすべては自分のためにあると信じて疑わない強烈なエゴのみが放てる、餓えし鬼の笑顔。 
「それを邪魔するとあらば、君たちを無力化するもやむなしだ」 
 だまって二刀を抜き放つ。背後のエリーゼも、戦うための気配をみせる。間合いを測るためか、イカレ女に向かって口を開いた。 
「戦う前に、ひとつ聞いていいかしらドクター?」 
「いいだろう、一つだけとは言わん。好きなだけ問い給え。学問とはその為にあるのだからして」 
「いや、そこまで高尚な疑問じゃないんだけど・・・・・・なんで裸白衣なの?」 
「む?これか?これは我輩が見つけた健康法だ」 
『健康法?』 
 予想外の答えに、思わずエリーゼと声がかぶる。イカレ女は気にしていないようだったが。 
「うむ、砂漠の暑さに辟易していた我輩はある日気がついた。・・・・・・・全裸の上に白衣を着ると、なんだか気持ちがいいことに!」 
『それは健康法以外のなにかだあああああああああっ!!』 
「っと、隙あり!!」 
 思わず二人同時に突っ込んでしまった隙に、狼の触手がわれわれに伸びる。 
 特に問題はないが。 
「ふっ!」 
 数は多くても遅すぎる。伸び来る5本の触手を斬り飛ばし、すれ違いざまに狼の首を落とす。 
 踏み込んだ勢いを殺さぬまま高台にいる女の元へ跳ぶ。他に狼はいないし、隠していても十分に斬り払える。女が打ち払えない飛び道具を持っていたら、その時はしょうがない! 
 だが、女の用意していたものはそのどちらでもなかったらしい。女の立つ手前の床から透明な液体が立ち上がる。 
 反射的に切り下ろした刀が過たずそれを捕らえ、切り裂き、それだけだった。 
「うわっ!?」 
 柔らかいタールに斬り込んだような感触だけを残して刀が抜ける。そして、飛び込んだ勢いそのままにそれに突っ込んでしまった。 
「ひやっ!?」 
 ぬるぅっとした感触が体中に絡みつく。微妙な冷たさの粘液が、何かの意志があるように身体にまとわりついてくる!!防砂用の旅装の隙間からあっさりと忍び込み、肌を濡らそうとしてくる感触がひたすら気色悪い。 
「くっ!!」 
 飛び退こうと踏み込んだ足が粘液で滑り、転ばされる。受け身を取って立ち上がろうとした瞬間、愕然となる。床に服がくっついて動けない!! 
「天・地・玉兎、粘」 
 先ほどまで油のようにぬるぬるに滑っていた粘液が、一転、膠のように強力に床と服を貼り付けている。首だけ巡らしてみると単眼鏡の位置を直したイカレ女がいた。 
「くっ!なんだこれは!」 
「これか。これは我輩が卵の白身を見て思いついた魔法生物。『らぶ☆ろーしょん君58号』だ!」 
 しまった、迂闊に質問してしまった。この手の生き物に迂闊に説明を求めたらどうなるか目に見えてただろうに!まあいい。とりあえずは説明の隙に何とか脱出をしよう。 
「一見するとただのスライムだが、契約者の精神と同調し完全に支配することが可能!構成物質のほとんどがタンパク質である為人体にも無害!そのため敏感お肌の方でも安心してぬるぬるローションプレイが楽しめる一品だ!!」 
「そ、そんな変態趣味を朗々と語り上げるな!!」 
 うぬう、いかん。コイツに語らせていると思わず突っ込んでしまう。 
 それとなく力を入れてみた限りでは服だけが床にくっついているようなので、どうやら服を引きちぎれば脱出可能なようだが・・・・・・刀も床にくっついて動かなくなっている。 
「何が変態だ!!ぬるぬるローションプレイは男女問わず楽しめる至ってノーマルなプレイだ!!」 
「何を根拠にそんなことを抜かすか!!」 
「根拠だと?では逆に聞くが君の愛液はザラザラだったり揮発性だったりするのかね?」 
「そんなわけあるか!てか、そんなこと聞くな!」 
「ちなみに私のはかなり濃いめで多めだが」 
「だれもお前の・・・など聞いてない!」 
「ともかくも、事に及ぶ際にぬるぬるの粘液が出てくることが気持ちいいのはまったく自然で当然のことだ。故に!人がぬるぬるローションプレイに気持ちいいと感じるのは変態ではない!!」 
 ・・・・・・いかん、微妙に筋が通っていて一瞬納得しかけた。 
「とはいえ、情緒面が重要な性的嗜好分野を理をといて説明しても納得してもらうのは難しかろう」 
 イカレ女が腕組みして一人で頷く。その顔はまじめぶってはいるが、下卑た笑みを隠しきれてはいない。・・・・・・嫌な予感がする。 
「と、ゆー訳で!その身体で実感して頂こうではないかねっ!!」 
「そんなものいら・・・・・・ひゃん!?」 
 ふ、服の中に入り込んだ粘液が皮膚の上をっ!?ぞわぞわって撫でるみたいに動いてる! 
「くくく、如何かね。私自ら実験台となってプログラムした『全身舌で舐められモード』は。形のない粘液で摩擦感を再現するのは非常に困難だったよ・・・・・・」 
「そ、そんな。くっ、苦労話は・・・んっ・・・」 
 舌という単語を聞いたせいで、舐められてるって感じに・・・・・・あ、や、腋なんてそんな、・・・・・・つま先までっ!指の間にまで入ってくるっ! 
「まあ、サンプルがとれなかったのでヘビの男性の舌は再現できなかったが、犬とか猫とかヒトとかなら再現可能だ。ちなみに今のバージョンはヒト設定になっている」 
 手、手のひら舐めないで。力抜けちゃ・・・・・・う。 
 あ、刀が。 
「ふうむ、これは危ないから除けておこう。天・地・玉兎、硬」 
 思わず手放してしまった刀をイカレ女が拾い上げる。動こうにも女の呪文一つで固まった粘液で手首を足首を床につなぎ止められてしまっている。動けない私の腰から鞘を外すとわざわざ鞘にしまってから刀を壁際に置いた。 
「さて、危険物を除けた所で、天・地・玉兎、剥」 
 呪文と同時に、服の下から透明な刃が無数に突きだした!ま、まさか。 
「その素肌を見せて頂こうかぁ!?」 
「ちょ、ちょっとま。いやああああああああっ!!」 
 
 らぶ☆ろーしょん君58号・剥き剥きモードとは、ガラスと同じレベルにまで粘性を高め刃を形成し、それでもって対象の服を剥ぐモードである。ただし、これは試作版の特別仕様であり製品版では使えない予定となっているので皆の衆注意だ!暗殺とかに使われたら危険だからな! 
「おおっ!?」 
 服を剥いて現れたのは、細身ながらも出ることは出ているモデル体型。しなやかに鍛えられた筋肉の上にうっすら脂肪が乗った身体は鋭さと柔らかさを同時に表現している。うむ、良い体だ。 
 目を伏せて恥じらう表情もいい。男心をそそるじゃないか、我輩女だが。 
 む?粘液で濡れた褐色の肌をよく見ると、荒れてはいないが所々傷跡がある。肌の色のせいで目立ちはしないが、やはり彼女が歴戦の戦士であるという証か。 
「こ、このような屈辱・・・・・・」 
「恥じ入ることはない。多少の傷跡など問題ないぐらい美しい身体だ。もっと自分に自信を持ったほうが良い」 
「だれがそんなことを気にしていると言った!!」 
「ふっ・・・・・・純情だな。どうやら性的な事に関して忌避感があるようだ。だが、安心したまえ」 
「この状態で何を安心しろと!」 
「性的快楽を許容することは恥でも不名誉でもないと言うことをだ!!」 
「ああもう会話が成り立たにゃあっ!?」 
 美しきヘビの少女の言葉が途中で遮られる。我輩が念による指令でらぶ☆ろーしょん君58号を揉みつくしモードに切り替えた為だ。 
 揉みつくしモードとはその名の通り、体表面にある一定のアルゴリズムに従い圧力をかけるもーどであり手で揉まれる感触をかなりの精度で再現している。 
 現在の少女の身体は胸どころかお尻・二の腕・太腿・お腹など全身どこもかしこも愛撫と同じ力で揉まれている。唇を噛んで耐えているがかなりの性感を感じてるのだろう。乳首は硬くそそり立ってその存在を誇示している。無毛の股間でも小陰唇が綻び始めている。 
 ふむ、可愛いな。 
「てい」 
「ひゃああっ!?」 
「それそれ」 
「ちょ、んっ、あふぅ!」 
 ちょいと乳首をつまんでやるとそれだけで耐えられなかったのか甘い嬌声を上げる。声を上げたことが恥ずかしいのか、すぐにまたこらえてしまうが。 
「なかなかの感度だな。よく開発されている」 
「・・・・・・!」 
 羞恥と屈辱に満ちた目でこちらを睨んでくる。普段の彼女ならその視線だけで並大抵の者を怯ませることが出来るのだろうが、今の状態では天性の美貌と相まってむしろ欲情をそそる。 
「なに、恥じることはない。よく開発されていると言うことは恋人と仲が良い証であるからして」 
「だだだだだ誰が恋人だ!!サトルは奴隷だ!!」 
「いきなり誰かね、サトル君とは」 
「やかましい!!貴様に教える義理はない!!」 
 急に性感とは全く別方向の動揺を見せて弁解がましく少女がわめく。なんか別方向のスイッチを押してしまったらしい。羞恥とは別の気恥ずかしさを感じさせる。 
 ふうむ。若いとはすばらしいな。 
「うむ、そのサトル君は奴隷であることは理解した。ところで、君に恋人がいたと仮定しよう」 
「いきなり、ぁあ、何の話・・・っゃん・・・だ」 
「まあ聞き給え。このらぶ☆ろーしょん君58号は生体ではあるが人格のない物体だ。つまり道具だ」 
「そ、それが・・・ひぐっ・・・どうした」 
「道具を使って気持ちよくなってもオナニーでしかないので、恋人に対する浮気にはなるまい。存分に楽しみ給え!」 
「何の慰めうひゃあああああああんっ!?」 
 彼女の台詞が終わる前に、らぶ☆ろーしょん君58号を理性爆砕高速振動波モードに切り替えた。これは代表的な性感帯である乳首とクリトリスを高粘度部分で掴み、その外側の部分から振動を与えることによって性感を刺激するモードである。一般的な女性なら10分、我輩なら5分でいかせることが出来るスグレモノだ。ちなみに振動対象を肩や腰にするとそれはそれで気持ちいい。製作者のお薦めする裏技だ。 
「あ、あああ、ああああああああああっ!!」 
 先ほどから股間に触れず高められていた性感がいきなり押し上げられたせいだろう。彼女が黒く美しい肢体を仰け反らせて達する。だが、理(中略)モードはまだ続く。 
「やあああっ!!もうやだっ!もうやめてえええっ!!」 
「後30分は続くように設定したので存分に楽しんでくれ給え。その間に我輩はもう一人の方の様子を見てこよう」 
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」 
 
「こっ・・・・・・のお!」 
 手足をいくら振り回してもちっとも触手がふりほどけない。触手の力が強い訳じゃない。単に私の動きに逆らわずに絡んでいるだけ。 
 真っ先に斬りかかったサラディンはあっさりとスライムに捕まり、今は裸にされて辱めを受けている。私と言えば、彼女が跳んだ後に左右の壁から出てきた触手狼二匹にあっさり捕まってしまっていた。ううっ、ディフレクションが短時間しかきかないことをこれほどまでに恨んだことはないわ。 
 とはいえ、私の戦闘技術が対人用に特化しすぎなことは私自身の選択なので文句も言えない。レイピアと鎧が有ればと思うけど、それも虚しい言い訳に過ぎない。 
 ザラキエルの言動を考慮するに、多分これも戦闘用ではなくて性玩具の一種なんだろうけど・・・・・・。 
「ふう、待たせてしまったようだね」 
「待ってないわよ!」 
 つ、ついに来た。やたら不自然に光る単眼鏡を直しつつ件のマッドソーサラーがやってくる。その後ろではあのサラディンが身も世もなく啼かされてる。 
「ほほう?すると君は気持ちよくなりたくないと?」 
「あんな玩具に遊ばれるなんてまっぴらゴメンよ!!」 
「何を言っている。玩具は遊ぶものであって遊ばれるものではないぞ」 
「冗談!こんな生物兵器にせめられて嬉しいやつなんているもんですか!」 
 自分の作った自信作を否定されて流石にプライドが傷ついたのか、少し不機嫌そうにザラキエルが眉をつり上げる。 
「失敬な。我輩、一日3回使ってるぞ」 
「あなたみたいな変態を基準にしないでよおっ!?」 
「ふうむ、どうやら君はこの『痺れ狼君3号』で気持ちよくなることが有り得ないと思っているようだ」 
「そ、そんなの当然でしょ!」 
「ならば実際に試してもらおうではないか」 
 そう言ってザラキエルが片方の狼の頭に手を乗せた。とたん、その狼から追加で触手が生えてきた!! 
「や、ちょっと!」 
 私の手足に絡まる触手を伝って、腕や足に絡んで昇ってくる。胴体に達した触手が襟元や腰から服の中に入ってくる!うっあ、なんか萎えたペニスっぽいぷにゃぷにゃした感触がぞわぞわと皮膚の上を這い回ってる・・・・・・。 
 襟元から入った二本の触手は胸の間を通った後、胸の下から背中に回り背中で一回絡んだ。その後一本は背筋を這いずって昇り首を一周した後耳の近くで止まった。もう一本は背筋を降りてお腹のあたりで一周した後、尖端を臍に近づけて止まる。 
 腰から入った二本の触手は一度膝のあたりまで降りて太腿に絡みつきながら昇って、股間の近くで止まった。 
「ひ、う・・・・・・」 
 薬物中毒者の蟻走感とはこんな感じなのだろうか、身体に絡みついた触手が生暖かい体温と鼓動を伝え、それがおぞましくこそばゆい。 
「そぉれ♪」 
「ひゃう!?」 
 
 痺れ狼君3号の操作をオートからシンクロに切り替える。頭部に接触する必要があるが、このモードであれば触手が感じた感触を操縦者も感じ取れる。触手越しに感じるイヌの女の肌はしっとりと吸い付いてくる。男好きのする良い肌だ。 
 その肌の感触を楽しみつつ、触手を軽く絞ったりゆるめたりしてやる。手で例えると、ふにふにとおっぱいを揉むように動かす感覚か。やーらかく沈む脂肪、張りのある筋肉、華奢なのにしっかりと弾力を感じさせる骨格と腱。まさしく女体全体を揉み込む感触。その間も少しずつ触手を這わせてやる。 
「くっ!この、お・・・・・・」 
「ん〜〜、良い躰してるねぇ」 
「楽しんでんじゃないわよ、この変態!!」 
「はっはっは、断る。何故ならば性の快楽は正しく生きる目的の一つだからして。君も遠慮せずに楽しみ給え」 
「たっ、楽しめるわけないでしょ!!」 
「そうかな?我輩、触手越しに君の躰の感触を確認しているわけだが、君の筋肉がぴくぴく反応しているのが判るぞ?」 
「なっ!?」 
 イヌの女は驚いているようだが、実は半分ハッタリだ。確かに触った感触で筋肉の反応はある程度判るが、それが性感の反応かどうかまでは判らない。が、性感というモノは主観の要素が多い。ある程度言葉で誘導してやれば、隠れた性癖を開花させることも可能だ。 
「まあ、自分の身体に起こったことを認めるのは抵抗があるのは判る。だが、そろそろ認めたらどうかね?」 
「感じてるって、前提で話っ、を進めないでよっ!」 
 むむ、少し感じてきたか?どうやら言葉責めとか結構弱いらしいな。意外とMなのかも知れない。 
 ならそっち方面で進めてみるか。 
「ふうむ・・・・・・それなら感じてるかどうか検証してみようか」 
「な、なにを・・・・・・。うわっ!?」 
 触手を操作して、両腕をまっすぐ上に、両脚をまっすぐ下につり下げる。手首と足首を固めて触手をオートモードに、我輩は自分自身で彼女に近づいた。恐怖からか少し身をすくめた彼女の服に手をかける。 
「ちょ、ちょっと!?」 
「感じていないなら、その証拠を見せてもらおうではないか」 
 ことさらにゆっくりと、彼女のシャツを上にずらしていく。綺麗な形の臍と、やはりうっすら残る無数の小さな傷跡。・・・・・・肌が綺麗なばっかりに惜しいなあ。うっすらと汗の滲んだお腹を下から上に撫で上げるとぴくっと腹筋が動くのが判る。ううむ、良い反応をする。 
 更にシャツを押し上げると、形の良い乳房とそこを斜めに走る大きな刀傷が現れた。 
「これは・・・・・・」 
「ひっ!」 
 傷跡に指先が触れると、彼女が短い悲鳴を上げる。 
 ふうむ、ここを責めるとトラウマとか思い出させて逆効果かも知れないな。まあいい。他の急所を見つけたからそこから責めよう。 
 シャツを乳房のふくらみに引っかけてたくし上げたままにする。そして指先はその頂点で尖り始めていたつぼみをつまんだ。 
「ぁあん!」 
「ん〜〜?どうしたのかね?感じていないという割りにはここは硬くなってきてるぞ?」 
「そ、それは・・・・・・」 
「感じているんだろう?嘘はよくないなぁ?」 
「・・・・・・」 
 執拗に確かめると、彼女はそっぽを向いて押し黙った。む、そういう抵抗の仕方をするか。 
 ・・・・・・それはこちらの攻撃をエスカレートさせるだけなんだがなぁ? 
「そりゃ」 
「・・・・・・!!」 
 攻撃先を胸から外し、両手をズボンにかけ一気に引きずり下ろした。足首まで一気に引き下ろし、代わりに彼女の躰を少し上に持ち上げるよう、触手に念波で命令する。そして続けて次の命令も・・・・・・いやまて。 
「痺れ狼3号君、彼女の膝を開かせたまえ」 
「ーっ!」 
 わざわざ口で命令を告げて、彼女に間接的に予告をしてやる。押し殺した驚愕など意に介さず、新たに生えた触手が彼女の膝を無理矢理横に開かせる。両腕を真上に、そして脚を菱形を描くように開いた、ある意味滑稽な姿の淫らな裸身が晒された。 
 範囲は狭いが密度は濃い陰毛に縁取られた陰唇が目の前に現れる。そこは既に花開き、じっとりと愛液で湿っていた。大外の花びらをつまみくつろげると、奥の方からあふれ出た粘液が腿を伝う。 
「んっ!」 
「んん?どうしたのかね?自分の汁が太腿を濡らしているのがそんなに意外かね?」 
「・・・・・・!」 
 犬歯をむき出しにして我輩をにらみつけてくる。凡百の只人であるならば気後れもしよう眼差しであったが、我輩の指先が包皮から顔を覗かせ始めたクリトリスに触れるとあっけなく瓦解した。 
「は、う・・・・・・」 
「ふ、躰は正直なようだな・・・・・・」 
「だ、だれがっ!」 
「しかし、なぜこうまで性の悦楽を否定する?操を立てた相手でもいるのかね?」 
「いなっ・・・・・・い、わよ・・・・・・」 
 む、我輩、なんか変なスイッチに触れてしまったか。快感とは別種の羞恥を浮かべ急に語気が落ちる。むむう、この娘も彼氏持ちか。うらやましいのぉ。 
「しかもツンデレか・・・・・・。彼氏も幸せ者だな」 
「だから、彼氏なんかいないっての!」 
「ほう、そうか。なら・・・・・・」 
「ひっ!?」 
 太腿を蠢く感触に恐怖を感じたのだろう。我輩が痺れ狼君3号をオートモードに切り替えるやいなや、短い悲鳴が漏れる。オートモードの触手があっさりと股間に到達し、ぐにぐにと自らを押しつけると愛液が溢れ水音を奏でる。 
「素直に受け入れたまえ」 
「ひっ、やあ!・・・・・・んんっ、あっ、ふあ!?」 
 十分にもみほぐしたと感じたか、触手は今度は膣に狙いを定めゆっくりと侵入し始めた。 
「やっ、あ。そんな、入っ・・・・・・ちゃ。ああぁん!あっ!あっ!あっ!!」 
 ゆっくりと、だが確実に最奥まで達すると、今度は小刻みにストロークを始める。正確なリズムに突き上げられ、女体が大きく仰け反り楽器のように正確なリズムで啼く。 
 ・・・・・・ふむ、この分だともうすぐイクな。 
 ・・・・・・そろそろ我輩もシたくなってきたな。 
 
 自分の股間に手を持って行くと、もうそこはししどに濡れていた。膝まで達するほど溢れた愛液の感触に今更気付き、それに欲情する。触れた指先から走る快感に膝から力が抜けかけた。あ、だめだ。もう止まらない。 
 部屋の壁に仕込んでおいた痺れ狼君3号をもう一体念波指令で呼び出す。ぬるぅ、っと壁から出てきた事だけ確認すると、我輩は自分の胸をもみ上げながら自分の乳首を甘噛みする。こりこりぷるぷるする歯触りと舌触り、そしてそれと重なるように脊髄を駆け上がってくる乳首の快感。 
 突如何かに引き倒される。乳オナニーに没頭していて忘れていた。痺れ狼君3号になすすべもなくうつぶせに倒される。我輩、もう早く入れて欲しくてたまらん。早く、と思えど乳房をいぢくりまわす手と唇は止まらない。何とか自由になる腰だけ持ち上げて、痺れ狼君3号の方に向ける。 
「ひううっ!」 
 痺れ狼君3号の舌が私の股間を舐めあげる感触に思わず声が漏れる。平べったくて薄い舌で舐められる感触は、独特だが気持ちいい。ぺちゃぺちゃと欲情と言うより喉が渇いたかのように舐め取られると我輩の中から愛液と一緒にいろんなモノまで舐め取られている感じがして溜まらない。 
 思わず腰を突き出すと、その拍子に舌がお尻まで舐めてしまう。そのはしたないおねだりに痺れ狼君3号も呆れたのか、我輩の腕を触手で捕まえ無理矢理広げてしまう。 
 腰だけ突き上げたうつぶせ大の字、とでも言えばいいのだろうか。そんな格好を無理矢理取らされ、その股間を性玩具の前で晒している。クンニが中断した為に少し冷静さを取り戻したせいで、屈辱感と被虐感と期待感がはっきりくっきり感じられて、余計欲情する。 
 脳がしびれるほどの快感が我輩を焼く。押し付けられた生暖かい床に尖りきった乳首がこすれるのもたまらない。 
「は、はやく・・・・・・」 
 待ちきれなくなった我輩が腰を浮かせると、突然背中に毛皮がのしかかってきた。 
「は、はう?」 
 思わず振り返ろうとした頬がなめられた。そのまま頭の上の耳を甘噛みされる。微かな痛みを伴った気持ちよさに動きを封じられてしまう。そして、我輩の股間に当たる熱い感触・・・・・・。 
 触手ではない、痺れ狼君3号自身の肉茎。びくんびくんと震え、彼自身の欲情を伝えてくるようだ。 
 そしてその腰がおもむろに突きこまれた。 
「はうううん!?」 
「あおぉぉおっ!!」 
 ずきゅっずきゅっ、と荒々しく打ち込まれる狼の陰茎が我輩の中をめちゃくちゃにかき回す。テクニックも何もなく、もうそこから感じる快感以外、頭の中から消え去っていく。 
 力ずくで組み伏せられ、蕩けきった性器を嬲りつくされ、獣の陰茎で、まさしくそのまま獣のように犯されている。 
「おうぅ!あっ、あっ、あっ!!」 
 口から出る声が言葉にならない。あまりにも良すぎて、自分から腰を使い獣の陰茎をくわえ込んでしまう。 
 不意に、くわえられた耳を引っ張られ、顔が持ち上げられる。視界には私と同じように人間ならざるものになぶられている美女たちが映る。 
「や、もうやだぁ!もう果てたくない、感じたくないのにぃ!!」 
 褐色のしなやかな肢体がびくびくと震える。粘液でてかてかにぬめった肌が、まさしくヘビらしく艶かしい。 
「だめぇ!!お尻は、まだはじめてなの!!」 
 白い巻き毛の髪を大きく振り乱し、激しくいやいやをする。だが、触手は容赦なく後ろの穴も弄繰り回し、あげく細い一本が進入をし始める。 
 あ、気持ちよさそう・・・・・・。 
 そう思ったとき、再び耳を引っ張られ今度は床にほほを押し付けられる。我輩を貫いている獣と目が合った。 
『ずいぶんとよさそうじゃねえか、このど淫乱が』 
「あ、はい。いいですぅ・・・・・・」 
 冷静に考えれば幻聴なのだろうが、この際どうでもいい。支配され屈服させられる快感が我輩の口から勝手に漏れる。 
『まったく、やりたりねえからってあんなもの作った上に、動物に無理やり犯されていいですと来たもんだ。まったくこの変態がっ!』 
「あふっ!!」 
 突き上げられた腰に一瞬意識が飛ぶ。軽く達したが、まだまだ体は収まってくれない。のしかかられた腰を動かし、中を必死で締め上げてもっともっと味わおうとする。 
『へっ、そんなにほしいか?この変態が』 
「はっはひぃ。ほしいです。おちんぽ、おちんぽたくさんほしいですぅ!!」 
『なら、動いてやるよ、そらっ!!』 
「あひっ、あひいいぃぃぃっ!!」 
 再び腰が激しく突き上げられる。がくんがくんと頭が上下し、世界が揺れる。 
「やああっ!ぬるぬる、ぬるぬるいっちゃうのぉおおおぉぉぉぁあ!?」 
「おしりっ、熱いぃ、だめだめっ。だめになっちゃうううぅぅうう!!」 
「あうっ!じゅぽじゅぽいいですっ!もっと、もっとじゅぽじゅぽしてぇえええ!!」 
 あ、すごいすごい、いっちゃういっちゃう。一緒にいっちゃ・・・・・・ 
 
『俺の女に何してやがる!!』 
 
 叫び声とともにまずやってきたのは鉄球だった。 
 少女を嬲る粘液の固まりに打ち込まれた運動エネルギーの塊は、それを思い切り飛び散らせる。 
 続いて乱入してきたのは白刃だった。 
 小さな竜巻と化したそれは、女を絡めとる肉の蔦を微塵に斬り飛ばす。 
 黒い腕が粘液から少女を引きずり出した。 
 分厚い胸板が女を受け止めた。 
 
 サトルの叫び声を聞いた気がする。意識が闇に落ちる寸前の幻聴だったのかもしれない。 
 今の私はなすすべもなくあの魔法使いの作った化け物に捕らえられ、そして陵辱されて、そしてごつごつとした腕に・・・・・・って。 
「サトル!?」 
「申し訳ありません。遅れました」 
 いつのまにか、サトルの左腕が私を抱えていた。バネのはじける音とともに、化け物が派手に散らばる。だが、すぐに寄り集まろうと動き出す。 
「・・・・・・遅い!」 
「もうひはけありひゃへん」 
 口でバネ銃を巻き上げているせいで発音が変だ。一歩下がりながら撃ち放った鉄球が、集まりかけていた化け物を再び吹き飛ばす。だが、またより集まり始める。 
「あの化け物には、斬ったり叩いたりは通用しないぞ!」 
「みたいですね。・・・・・・サーラ様、腰のポーチの右側の中身とってくれません?」 
「主人にやらせるな、自分でとれ!」 
 そうは言ったが、両腕がふさがってるサトルが取れるわけでもないので仕方がないからとってやる。その間にも三発目の鉄球が化け物を飛び散らせて足止めする。 
「この皮袋か?」 
「そいつをあいつの上あたりに、軽くほおってくださいな」 
 言われたとおりにその妙に重い皮袋を軽く投げると、四発目の鉄球が皮袋に的中し、中身を・・・・・・黒い粉のようなものを巻き散らかした。 
「毒か?」 
「いえ、ただの砂鉄です」 
「は?そんなものでどうするつもりだ!?」 
「こうするんです」 
 サトルがさらに一歩後退しながらクシャスラを呼び出す。その間にも化け物は砂鉄を体に混ぜながらも寄り集まり、こちらに這い寄ろうとしていた。だが、サトルのほうが一瞬早かった。 
「酸化あっ!!」 
 サトルが何事か叫んだ次の瞬間、いきなり化け物が白く濁った。痙攣するように動き、やがて動きを止める。 
「倒した・・・・・・のか?」 
「多分」 
 それでも安心はしていないのだろう。異様なにおいを立てているその死体からサトルがまた距離をとる。 
「一体何をしたんだ?ただの砂鉄だったんじゃないのか?」 
「ええ、その砂鉄が十分混ざった状態で酸化させてやったんです」 
「・・・・・・さんか?」 
 聞きなれない単語だが・・・・・・もしかして「ぶつりがく」とか「こうがく」の話だろうか。 
「物質が酸素と化合する反応です。あの粘液中に取り込まれた状態で無理やり魔法で酸化させたため、周囲の水分子や高分子から酸素が急激に奪われたんです。そのせいであの粘液のPHが急激に減少。同時に酸化反応の発熱も加わったわけです。こんな急激な変化に耐えられる生き物は、そうはいません」 
「・・・・・・そうか」 
 正直『ぶっしつがさん』のあたりでさっぱりわからなくなっていたが、とりあえず頷いておいた。 
 色々仕込みすぎてごつごつのコートが、正直痛い。 
 その、コートの中に、とりあえず身を預けた。 
 
 俺の女って、いつそうなったのよ。 
 あれ?あれはサトル君の声だっけ?カルロの声だっけ? 
 イク寸前で助けられて、カルロの胸に抱きとめられながらそんなどうでもいいことを考えていた。もう恐怖は感じない。カルロの左手にはいつの間にやら新しい剣が握られている。 
 絡み付いた触手がぼとぼと落ちていくのを感じる。その間にも新手の触手が来るけども、カルロの振るう剣の屋根に阻まれてここまでは届かない。私の中に入っていた触手が抜け落ちるのと同時に、カルロがリカッソから柄頭に持ち替えた。そのまま右から左へ、身体ごと振るわれた切っ先が大きく円弧を描く。 
 左腕一本による横薙ぎの一閃。 
 技ではない、力ずくの一撃。 
 その一撃が、私たちを囲んでいた二匹の狼を斬り飛ばしていた。 
「無事か?」 
「・・・・・・無事よ」 
「悪い、遅れた」 
 その謝罪に、何を言おうか、言うべきか、私が何を言いたいのか、判らないから話を逸らした。 
「・・・・・・その剣は?」 
「サトルにもらった。銘は・・・・・・そうだな、大鉄角(おおかなつの)、にしておくか」 
 自分でも言い名前だと思ったのだろう、どこか嬉しげにカルロが言う。 
 こーいう玩具で喜ぶあたり、やっぱりガキよね。カルロは。 
 そのガキの笑顔がなぜか無性に嬉しくて、ぎゅっと抱きついた。 
 
「で、こいつどうします?」 
 コートをサーラ様に貸した後、床に転がっているなぞの物体を指差す。 
「ミンチになるまで殴る」 
「ペーストになるまで殴るわ」 
「・・・・・・いや、殺しちゃまずいんじゃねえのか?ここから出られなくなるかもしれねえし」 
 青筋立てて笑顔でこぶしを握る女性陣を恐る恐るカルロとめようとする。が、無駄みたいだ。 
 これから殴られようとしている張本人は、触手の化け物に組み伏せられたまま気持ちよさそうに眠っていた。このウサギの魔法使いがことの黒幕らしいのだが・・・・・・。 
「そうね、じゃあ今は死なない程度に殴って」 
「あとでスープになるまで殴るか」 
「ひぃ・・・・・・」 
 みてわかるぐらい顔を青ざめたカルロが一歩引く。 
 サーラ様とエリーゼが笑顔でこぶしを振りかぶる。 
 殺す前に止めよう。そう思いつつも、俺はとりあえず顔をそむけた。 
 
   *   *   * 
 
「思ったよりすんなり行きましたねえ」 
「やはりあれだ、レヴィヤタン一族の口ぞえも聞いたのだろう」 
交易商人と荷運び労働者でにぎわう砂海の酒場。喧騒の中、ジョッキの冷えた麦酒を一気に空けて試練の成功を祝う。 
 届け先でひと悶着があるかとも思ったけども、すんなりと親書は手渡たすことができたし、通例にのっとった歓待を受けて帰ることもできた。 
 例のザラキエルとか言うウサギは、砂船を吐き出させた後レヴィヤタン一族に引き渡されることになった。サーラ様は(あれだけ殴った上でまだ)不満なようだったが、まあ一番の被害者は貴重な砂船を食われかけたレヴィヤタン一族だったわけで、そこは顔を立てて貸しを作るということで納得したらしい。 
 国際指名手配犯の二人は、金貨の詰まった皮袋を受け取ってまたどこかに旅立った。カルロは「またな」とか言っていたが、もう会うことも・・・・・・いや、ありそうだな。あいつらタフだし。 
 まさかここにはいないだろうな?そう思って酒場の中を見回すが、さすがにあの角は見かけない。 
 代わりに炭の入った七輪を持ってくるおばちゃんが目に入った。 
「おまちどうさん。焼きウニ二人前だよ」 
 金網の上には磯の香りを漂わせてぐつぐつ煮える黒くてトゲトゲの焼き・・・・・・焼き・・・・・・ 
「ちょっとまて、おばちゃん」 
「ん?なんだい?」 
「何、コレ?」 
「ウニだよ」 
「コレが?」 
「砂海じゃあコレがウニだよ」 
 この手の質問には慣れているのか、それだけ答えるとさっさと厨房に戻る。呆然と見送る俺に話し掛けてきたのはサーラ様だった。 
「・・・・・・やっぱりこれも海のウニと違うのか?」 
 砂漠育ちのサーラ様になんと説明すればいいのかわからない。というよりも、俺もこっちの世界のウニを見るのは初めてだからおかしいと断言できるわけでもない。だから、見たままを口にした。 
「俺には、・・・・・・ハルキゲニアに見えます」 
 

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