「死、ねえええええええええええええええええっ!!」
殺意がてんこ盛りの掛け声とともに振り下ろされる双剣が、掲げられたバネ銃にかろうじて受け止められる。
そのまま銃ごと斬り捨てるつもりで少女は力をこめるが、悲しいかな、腕力はともかく体重が決定的に足りなかった。
スピード勝負ならともかく単純な押し合いであれば筋力ではなく体重がものを言う。
一回り以上大きな体格とそれを包む数十キロに及ぶ重装備があれば、ただのヒトである男でもヘビを押し返すことは可能であった。
「い・き・な・り・な・ん・で・す・か・あ・ぁ」
巧みに力点をずらして懐へもぐりこませないようにしながら、男が少女に問いただす。
「い・い・か・ら・死・に・な・さ・い・よ・ぉ」
歯軋りするほど力をこめて刃を押し込もうとしながら、少女が無茶な要求をする。
「男なんかがあたしのお姉さまを汚すなんて国際法的にあっていいはずないでしょ!!」
「なんですかその生物学に喧嘩売ってる国際法はっ!」
がなりたてる少女に押しのけるような蹴り、というかヤクザキックを男が放つが少女はそれをあっさり引いてかわした。距離をとって双翼剣を構えなおす。
「ふ、あなたヒトの癖に『じぇんだあふりぃ』も知らないのね。ヒトの世界で見出された真理で、曰く『男は無条件に滅びろ』。ああっ素敵!この考え方が普及すれば私とお姉さまが結婚して子供を作ることもできるようになるのよ!」
「……原点と引用と展開と結論が間違ってる」
むやみな方向に強力な信念を見せ付けられ会話をあきらめたのか、敬語をやめて男がバネ銃を巻き上げる。同時に精神的にも物理的にも一歩引いた。
「さあ、愚昧かつ矮小で汚らわしい男なる生き物よ!私とお姉さまのラブラブちゅっちゅでエロエロヌルヌルな楽園のためにその首をささげなさいぃぃぃぃひぃぃぃぃぃぃぅぅぅぅうぅうううううあっ!!!」
テンション上がりすぎて後半から怪鳥音になった宣言と同時に少女が男に飛びかかる。だが、
「天下の往来で変なことを叫ぶなあああああああああああっ!!」
横合いから飛び込んできた総身に鳥肌を立てた少女の斬撃にあっさりと吹き散らかされた。
* * *
時間は少しさかのぼる。
「昼間にこの辺を歩くのってなんかずいぶん久しぶりですねえ」
「そうだな。まあ普段王宮から出ることも無いしな」
まだ日の高いアディーナの大通りをサーラ様と歩く。確かに、王宮を出るときといえば試練を受けるときと夜食をつまみにいくぐらいで昼間の光景は珍しい。同様に周囲からの好奇の視線も浴びているのだけども。
「ああ、王宮が近づいてきますねぇ」
「……嫌そうだな。何かあるのか」
「いや、またあの翻訳の日々に戻るのかと思うと。多分俺のいない間にまた本が増えてるんですよ、きっと」
「ああ、やるだろうな従姉殿なら。露骨に増やすぐらいやっても驚かん」
「フォローとか慰めとか無いんで……」
「あーーーーーっ!!」
うわ?なんだ?後ろから女の子の声?
振り向くと広場のちょうど反対側ぐらいのかなり遠くにこちらを指差しているヘビの少女がいた。
年の頃はヒトで言うところの……14か15ぐらいの顔立ちに見える。腰の両側に柄に柄が垂直に生えた奇妙な刀をはき、鱗は如何にも毒もってますよ的な原色縞模様。肌は見事な小麦色。身長は少し控えめだが、全速力で駆け寄ってくるその一歩ごとにサーラ様より大きな胸がふるんと揺れる。いわゆるところのロリ巨乳ってやつか?
「おおおおおねええええええさまああああぁぁぁぁぁあああ!!」
「ぎゃあああああっ!?」
ドップラー効果で少女特有の甲高い声を更に高くしながら飛びかかる彼女を、サーラ様が悲鳴とともにはなった龍頭拳(人差し指と中指の第二関節をたてて握る拳の握り方)による人中打ち(鼻と口の間にある人体の急所)で真っ向から切って落とす。
真っ正面からカウンターで急所を打たれた少女の身体が人形みたいに地面を転がる……って!?
「さささ、サーラ様!殺人はやばいですよ!ここ、天下の往来!街中!衆人環視!死体作っても埋めるとこないんですから!」
「何を言っている!あいつがこれぐらいで死ぬか!早く逃げ……いや!今こそとどめを刺す絶好の機会!!」
「落ち着いて!色々やばいですから!法律とか立場とか角度とか!」
ややテンパッた目で剣の柄に手をかけるサーラ様を何とか押しとどめようとする。っていうか、俺もたいがい混乱してる心持ちだが。
それはともかく、状況はどんどん悪化の一途をたどっているらしい。周囲の人達は遠巻きに俺達を囲み始める。衛兵を呼んでくるような声も聞こえた。王家の食客の身分で街中で事を起こすのは……良くはわからないけどやばい気がする。
「お、おへぇしゃまあ〜〜〜〜〜」
「生きてたー!?」
突然聞こえた声の方に振り向いて思わず悲鳴を上げる。
なんと言うべきか、糸の切れたマリオネットのような、ショットガンで撃たれたゾンビのような、ウォッカを静脈注射されたような、つまりはそれを全部混ぜたような動きでのろのろと立ち上がるさっきの少女がいた。
「ちっ、入りが浅いと思ったがやはり自ら踏み込んで威力を殺していたか!」
「修羅の門でもくぐってんですか、この方は!?いや、じゃなくて刃物沙汰はやめましょうって!衛兵呼ばれてますよ!」
「くっ、……ここが荒野ならば」
「ええ、そこだったら埋めるのまでやりますから」
自分でもどうかと思う諫め方だったが、幾分冷静になってくれた。そんなやりとりの間に彼女も復活を遂げたらしい。
「お姉様ぁ、ご無沙汰しておりますぅ」
「……お前も変わらないようで口惜しい限りだ」
「やだ、もぅ。お姉様ったらぁ♪」
完全に恋する乙女丸出しなその少女と、明らかに一歩引いたサーラ様。そう言えばサーラ様レズネタに異常に嫌悪感を見せてたなあ。
「ああ、お姉様は後数日は戻らないと陛下に聞いておりましたが、ここで出逢えるとはなんて素敵な偶然なんでしょう?いえ、これは二人の愛が起こした奇跡と思いませんか?」
「思わん」
「もう♪お姉様ったら、照れ屋なんですからぁ」
ああ、なるほど。この娘の積極的アプローチが原因か。いや、アプローチというかなんというか。
「ところで、サーラ様。こちらのお嬢様はどちらのお方で?」
「ん?ああ、そうか。サトルは知らないんだったな。よし、移動しながら話すとするか」
さりげなーく、俺を盾にする位置に移動しつつサーラ様が少女を指さす。
「この生き物はライラ・ケツァルコアトル。アンフェスバエナ王家と姻戚関係のあるケツァルコアトル家の姫君でなければ本当に良かったのにと常日頃心の底から思っているんだが」
「やーん。私のこと、心の底から思っていてくださるんですね♪」
サーラ様はあえて指摘することもなく、というかことさらに無視して今度は俺を指さす。
「で、こいつが私のヒト奴隷。サトルだ」
「どうぞよろしくお願いします」
その言葉を聞いたときに、ライラ……様つけたほうがいいな、ライラ様の時間が凍った。
が2秒ほどですぐに動きを取り戻す。さりげないふりをして両手は剣に手が伸びていたけど。
奇妙な剣だなぁ。鞘の形からみるに刀身は普通の曲刀だろう。だが、その鍔の後部から普通の柄に加えてもう一本の柄が生えている。刀とトンファーを組み合わせたような、そんな形。そして右手は左腰の、左手は右腰の、それぞれ追加された柄にしっかりと絡む。
それを視線は前を向けたまま目の端だけで確認しながら次のアクションを待った。
「……へえ、サトルさんっておっしゃるの。変わった女性ですね?お姉様」
「現実を見ろ。ちゃんと男だ」
それからかっきり一秒後、バネ仕掛けのようにライラ様の身体が跳ね上がった。
かくて場面は冒頭に戻る。
* * *
鞘ごとの斬撃で(さすがに抜き身はやばいと思ったらしい)ライラ様をぶっ飛ばしたあと、サーラ様と一緒に逃げるように王宮に転がり込んだ。
「どういう事だ従姉殿ーっ!?」
「……おや?」
寝室で侍女にオイルマッサージをさせていたエラーヘフ陛下がさすがに少し驚いた顔でサーラ様を出迎えた。自慢の爆乳をうつぶせのまま押しつぶし、思わず固まった侍女にマッサージを再開させながらだけども。
「早いお帰りじゃな。後、数日かかると思ったがのう」
「まあ、話すと長くなることがあってな。いや、それはともかく何でアレがこの国に!?」
うわあ、自分の親戚アレ呼ばわりですかサーラ様。しかし糾弾されたエラーヘフ陛下も少し感じ入るところはあるようで、眉根を少し寄せてため息混じりに言う。
「しかも、もうかち合ってしまったようじゃのう……」
「ええ、大通りで。先ほどサーラ様に思い切りぶっとばされて見事な放物線描いてましたけども」
「ほう、ならあと5分程度で追いついてくるのう」
うわ、なんちゅうタフネス。
「いやそんなことはどうでもいいんだ!それより何でアレがこの国に!?」
「何でも何も、愛しいお前がこの国に身を寄せていると聞かば、『陛下へのご挨拶』とかいう名目で来ることはむしろ当然ではないかえ?……鉢合わせると面倒ごとになると思うて、少し遠くに遣ったのじゃがなぁ」
「それは……お心遣い痛み入る」
素直に感謝するサーラ様と気だるげな陛下。そんなに、嫌われてるのか?あのヘビ。
「なんでそんなに問題になってるんですか?ケツァルコアトル家ってのがすごいとか?」
「いや、隣国の王家ではあるが恐ろしいというほどのものでもないのう」
「ただ、あの性癖がな……」
「同性愛が問題なんですか?」
苦虫を噛み潰したような表情のサーラ様に代わって小さなため息をついた陛下が答えてくれる。
「まあ、あそこまで強烈な口説き方をするのは相手が従妹殿の場合だけじゃがな。少しでも気に入った女がいたら片っ端から声をかけおる。夜ばいもする。それだけならまだよいのじゃが……」
「それだけでもどうかと思いますが」
「極端な男嫌いでのう。男とは刃物越しにしか触れようとせん」
「うあ」
「かの父君もそれを直そうと許嫁などを決めたのだがの。ライラ嬢が件の許嫁に決闘を挑み血祭りに挙げて婚約を撤回させて以来、半分以上あきらめておるという」
「そりゃあ……俺に斬りかかるのも頷けますね」
何とも言えない虚無的な納得が肩にのしかかる。詰まるところ、あの方がいる限りはこれからも斬りかかられると。宮廷内でも武装して歩きたくねえなあ……。
「で、従姉殿。アレはいつ頃国元へ戻る事になっている?」
「予定では明日だが……何のかんの理由をつけて延ばすじゃろうな。まあそれも三日が限度じゃろう」
「……三日か」
沈痛な面持ちでサーラ様がつぶやく。俺も首筋に薄ら寒いものを覚えた。三日は、長いよなぁ。
「忍耐も王の器のうちじゃ。今の内に慣れておくがよかろう」
言葉に混じるほんの少しの慰めが、よけいに悲しいです陛下。
* * *
ようやく夜が明けようとする薄明かりの中、あたしはお姉様を墜落、じゃなくて堕落させているあのヒト奴隷に天誅を下すべく作戦行動を開始した。作戦はこう。まず部屋に忍び込みたっぷり毒を塗った短刀でさくっと邪魔者を排除。その後速やかにお姉様にあたしの愛を伝えるべく、大枚払って手に入れた媚薬の龍毒仕込みの針をぷすっとな。そして性欲をもてあまし気味のお姉様とレッツダイブto二人きりの桃源郷!!
完璧ね、完璧過ぎね。自分でも怖いくらいだわ。
パーフェクツな計画を胸にするりとアンフェスバエナ王家亡命政府であるお姉様の部屋へ忍び込む。開いた窓からの月明かりでうっすらとベッドの上が見て取れる。同じシーツをかぶった二人分の膨らみ。
あ、あんのやろおおあああああ!!
口をついて出ようとする怒号を奥歯ですりつぶして何とか抑える。びーくーる、びーくーる、まいまいんど。いい、あいつが地獄で釜炒りされるまではあたしは非情の暗殺者よ。
薄明かりの中明らかに大きい人影に音もなく忍び寄り正義の短刀を振りかぶる。
風向きよし!湿度よし!今、殺しの時だッ!!
ベッドの上に飛び乗る勢いで短刀を振り下ろす。そして短刀は材木っぽい感触を腕に伝えて深々と突き刺さった。
「はい残念」
面白くもなさそうなヒトの声と同時に頭上から網がかぶせられる。こ、これは罠?
「卑怯よ!罠を用意して待っているなんて!!」
「え、闇討ちしに来たのにそれを言えるんですか」
信じられないといった顔でドアの近くに佇んでいた憎き汚物系生き物がロープを切ったナイフを背中にしまう。
「理屈が通らないわけじゃないんだが、男は悪という前提が覆らないからなあ」
「お姉様!?」
そんな!お姉様があの男のそばにいるなんて……。
「もしやお姉様、この男の卑劣な罠に荷担したのですかっ!?」
「荷担というか、私の命令だが」
「騙されてはいけません!!その男はお姉様をたぶらかし健全な愛の道を閉ざそうとする悪魔です!!」
「しみじみ怖いなぁ、この信念」
あたしの毅然とした告発にヒト奴隷がたじろぐ。ふっ、男なんて所詮この程度のものね。
一方のお姉様はとてもとても冷静な眼差しで私に熱視線を送るの。
「ところでその深々と突き刺さった短刀は?」
「悪を滅する正義の鉄槌です!」
「左手の針は?」
「お姉様を正しい愛の道へと導く真理の鍵です!」
「ほー」
抜き打ち一閃。
お姉様の神速の一刀があたしの手から針をはじき飛ばす。針は緩やかに回転しながら上昇し、
「てい」
返しの一刀が空中の針をはじいてあたしの二の腕にぷつりと突き刺さった。
あ。
「ひゃ、ひゃああああっ!?」
痛みより驚きに反応して身体が動く。すぐさま抜いて毒を……傷口に口が届かないしっ!?
やばいやばい、どどど、どうしよう?そ、そうよ!
「お姉様、吸い出してください!」
「お前、それを私に頼むのか?」
「だって早くしないと…にゃうっ?」
あ、や、網が食い込んだだけで、…感じちゃうっ!あ、脚から力が抜けちゃう。はやく網からでないと……はう!?今、乳首がこすれただけなのに、ぴりぴりって、くるよう……。
「あふっ…はぁ…んっ、やぁっ」
あ、だめっ。口からはもう言葉にならないため息しかでないの。手が、手が勝手にイケナイところにのびちゃうのおっ!
「やはり媚薬だったか」
「やはりっていうか、俺の死体の隣でいたす気満々だったって事でしょうか」
「ぞっとせんなあ、それ」
「あんっ!お姉様、あたしイッちゃいますぅ!!」
「んで、どうしますこの方」
「この有様なら網からでれないだろうし、出してもさほど意味がないからなあ。とりあえず、薬が切れるまで放っておこう」
「そですねー。じゃあ俺このまま工房の方に行きますんで」
「じゃあ私も今出るか」
「あ、ちょ、お姉様?ああんっ!放置プレイはいやああああぁぁ……」
* * *
うう、さすがに二時間も一人エッチしっぱなしは危険ね。川を渡りかける幻覚まで見るとは思わなかったわ。
痛む腰をさすりながら王宮の外にある工房に向かう。なんでもあのヒト奴隷が来てから外に新しく作ったとかゆう話だけど。……話を聞いて回るたび、アレが何者なのかわからなくなる。
放浪女王と銀輪の従者。
国にも流れてきた噂。夜の砂漠をさまよう国を無くした屍喰らいとか、強きをくじき弱きを助ける正義の味方とか、ただのバカップルとか。とかく、評価が一定しない。
その正体が死んだと思っていたお姉様だとわかったとき、狂喜したし、同時にその『銀輪の従者』に嫉妬した。お姉様と一緒に逃れることができた従兵かと思っていたけど、実際あってみるとヒト。しかも男。
嫉妬が臨界点を超えて脊椎反射的に斬りかかってしまったとして、いったい誰が責められようか?いや、できない。(反語表現)
むしろ問題はその攻撃を受けられた事。油断はあったし読まれていたのもあるけど、それだけでヒトにどうにかなるほど手を抜いたつもりもない。身のこなしは何か習ったようには見えないけど、気配の消し方とか有利な位置の取り方とかそういう細かいところが変に手慣れてる。そうでもないとベッドの罠も引っかかってないし。
二度も不覚を取った以上はうかつに仕掛けるのは止めておこうと思う。お姉様の印象的にも良くないし。故にちゃんとした調査をした上で必勝の策を練り上げなきゃ。
思ったよりも大きな建物の中で、まず私を迎えたものは騒音と熱気だった。複雑な形の木材と金属が組まれたり触れたり擦れたり絡まったりしながら一定の動きを繰り返し真っ白い布をはき出していく。
「……絡繰りが機織りしてる」
「機械、というのですよ」
思わずこぼした独り言を聞き取ったらしく、工房の管理人が説明してくれた。
「あの大きな柱があるでしょう?あの柱は動力筒といいまして、別棟にある蒸気機関という機械で動かしているわけですね。そして、その回る力をあのリールというひもで受け取って……」
一つずつ指さしながら説明してくれるのはありがたいんだけど、正直かなり最初の方から良くわからない。わかるのは、これがとても高度な技術と言うことぐらい。
「これを、あのヒト奴隷が?」
「えっと、まあ、落ち物に関してはやはり落ち者が詳しいものでして。彼が落ち物を鑑定してですね、我々がそれを再現した次第で……」
「だぁから、マニュアル更新したら全員に通達徹底しとけっての!」
「いやしかし機密保持の観点から考えるとなあ」
管理人の言い訳めいた説明にヒトの怒鳴り声が割り込む。思わずそっちを向くと、一人のヒトと一人のヘビが全身鱗の色もわからないほどすすで真っ黒に汚れて入ってくるところだった。
「それで機関部がぶっ壊れてたら元も子もねーだろうが!たまたまクランクが折れてたからいいものの、下手すりゃシリンダが暴発してたぞ?人死に出しても機密が大切かよ!」
「んなもん陛下がどう判断するかぐらいお前だってわかるだろーが!」
「っかー!!結局はそこかよ!?こうなりゃどっかに安全装置組み込むかあ?」
「それでまたマニュアル増やすのか?」
「……それもやだなぁ」
言い争いしながら横を通っていく男達に口も挟めず見送る。向こうも私のことなんか気にもとめていないように(そのくせ必殺の間合いを避けながら)足早に動いていない機械の前に向かう。
工房内の騒音のせいで少し離れると会話の内容は聞き取れないけども、どうやら二人で機械を直しているみたい。
「いつもこんな感じなの?」
「いや、あの、今日はですねサトル君が久しぶりに戻ってきたので……」
『ヒトがいないと動かない』ことがばれたのがそれほど恥ずかしいのか、しどろもどろに管理人が答える。対外的には独力で成し遂げたと言うことにしたいのだろうけども。
そんな政治状況はともかく、これは……まずい。下手に殺せばたぶらかされたお姉様だけではなく実利のかかったアディーナからも恨まれる。
「ええと、それでは蒸気機関の方をご説明しましょうか?」
「いえ、もういいです」
生返事で断りを入れつつ踵を返す。殺さないまま引き離す方策を考えないといけないかも。
* * *
あのヒト奴隷に何するにしても、ああまで露骨に仕事中だと接触しづらい。本人だけならともかく回りの目もあるし。
作戦の立て直しもかねてお姉様のご尊顔を拝しに行こう。聞いた話だと医術を習ってるそうだけど……。
「……で、このがくの部分さえ気をつければ間違えることはありません」
「ふむ、なるほど。それで……」
扉を少し開けてみると、どうやら薬草の勉強中みたい。白い鱗の女性がおそらく医者なんだろうけども……二人きりなんて、ずるぅい。
「おねーさまー!!」
「甘いっ!」
お姉様に後ろから抱きつこうとする寸前に、振り返りもせず放たれた乙女の恥じらい裏拳が私の唇にキスしてくれるの。その甘い感触に目の奥がちかちかしちゃう。間をおかずお姉様は、座ってた椅子を蹴倒す、振り返り半身を取る、腰を低い位置のまま鋭く踏み込む、の三つを同時にこなしながら私の胸に飛び込んできてくれたの。
肘から。
だんっ!と震脚の音が響きます。
いきなりドアから飛び込んでから唾液を拭いて仰向けに倒れるまで、私はそれがライラ様だと気付きませんでした。
というより裡門頂肘の形でぴたりと静止しているサラディン様の姿をみるまで思考が止まっていたのかもしれません。いえ、これは私が特別鈍いわけではなくお二人の動きが速過ぎると言うことなんでしょうが。そーです、鈍いわけではないんです。ないんですってば。
「いやあ、マンガというのも役に立つものだな!低年齢向けの娯楽と聞いて馬鹿にしていたが」
「いやあの、実践してもらうために○児を貸したわけではないんですけど」
「前腕で相手の腕を捌き、開いた正中線に肘から体当たりをたたき込む。八極拳とは実に合理的だな」
「感動したのは術理だけなんでしょーか?……って、何で剣を抜くんですか!?」
「む?」
刀身を半ばまで抜いたところで驚いたようにサラディン様が手を止めます。抜きかけの剣をしげしげと眺めてようやく納刀してくれました。
「そうか……。目撃者のいるところでは駄目だな……」
「いなければやってたんですか?いえ、答え聞きたくないですけども」
背筋に冷たいものを感じながら、仰向けに倒れたライラ様の様子を見ます。……どうやら横隔膜への痛打による呼吸困難と痛みによって気絶しただけみたいです。ちょうどいい、と言っていいのか悪いのかわかりませんが、医局で倒れたので寝台がすぐ近くにあります。とりあえずそこに寝かせて……。
うんしょ。
こいしょ。
どっこいしょ。
む〜〜〜〜〜〜。
「あの、ぜえ、手伝って、はあ、くれませんか?」
「え?何をだ?」
「何って、ライラ様を寝台に運ぶのを」
「気絶しながらもスカートの中に手を入れようとするそのナマモノをか?」
「へ?……きゃあああああぁぁぁぁぁああああっ!?」
シャンティ殿がスカートを抑えて転倒する。
その拍子に長いスカートのかなり奥まで潜り込んでいた手が抜け出てくる。指先に下着を絡めて。
「わ、わ、私の下着がぁ……」
「こういう奴なんだ、こいつは」
「えぐっ、えぐっ、男の人にもこんなことされたことないのにぃ……」
ぐずり始めたシャンティ殿に胸を貸しつつ、返事はないがただ事ではないしかばねから距離を取る。本人にばれないように下着をスリ取る業も謎だが気絶した状態でそれをやってのけるとは。筋金入りの危険物か、こいつは。
「それで、どうしましょうこの方」
「そうだな、とどめを刺すというのはどうだろう」
「いやそれはちょっと。人道とか外交とか私の立場とかも考慮して頂けると」
昨日も似たような止め方をされたな。シャンティ殿の方が幾分常識的な気もするが。
そんなことを考えているうちにしかばねに動きがあった。いつの間にか仰向けだったのがうつぶせになっている。
「ひ、ひいいいいぃぃぃぃぃぃいいいいっ!?」
シャンティ殿が指を指して悲鳴を上げる。どうやら手に持った下着に顔を埋めているようだ。そのままもぞもぞと蠢いた後に、突然エビぞりに上体を跳ね上げる。
「あなた、お姉様の偽物ね!!」
虚空に投げ放たれた言葉がいっそう部屋の空気を冷やす。寝ぼけ眼のライラが辺りをぐるりと見回した。
「……あ、そっか。夢か」
「どんな夢だったんでしょう……」
「そこに興味を持つのは蛮勇だぞ?」
呆然とこぼすシャンティ殿に忠告し、悪意無き悪に向き直る。
「で、いつまで下着を握ってるんだ?」
「あれ?」
言われて初めて気がついたのか、手に持った下着を広げてくんくんと匂いを嗅ぐ。
「あれ?これ、お姉様のじゃない」
「何故匂いで判別ができる」
「愛してますから」
うわ、鳥肌が。
「それはそれとして、医局に何のようだ。よもやシャンティ殿の下着を剥ぎに来たわけでもあるまい」
「あ、お姉様がこちらで医術を学んでいると聞いたので、あたしもご一緒したいなぁって思ったんです」
「それで何故いきなり飛びかかる」
「いやー、ついお姉様を見たら身体が勝手に。それはともかく、ご一緒してもよろしいですよね?」
う゛。正直それは……。
「うーん、講義中にえっちなことをしないと家名にかけて誓って頂ければ……」
「やったあ!」
「シャンティ殿?」
私の背に隠れながらもシャンティ殿が許可を出す。まあ不満はあるが、気弱でできているシャンティ殿にあの強引な生き物の圧力をはねのけろと言うのは酷な話か。仕方ない、どうせ後二日の辛抱だ。ここは甘受するしかあるまい。
そんな風に理不尽を諦めたとき、鐘楼台の鐘の音がなる。そうか、もう正午か。
「あれ、お昼ですか。えっと、シャンティ先生でしたっけ。じゃあ午後からお姉様と一緒によろしくお願いしますね」
「え?授業をしてるのは午前中だけですよ?」
突然話を振られてシャンティ殿がいらんことを口走る。いや、どのみちすぐわかることか。
「あれ?じゃあお姉様は午後から何をしてるんです?」
だとすれば黙る意味もあまりあるまい。ばらしてしまうか。
「練兵の手伝いをしている」
* * *
木刀がしたたかに小手を打ち、突き出された槍は引き戻されずに地面に落ちた。
「引きが遅い!伸びきった槍など足かせにしかならんぞ!」
少女に叱りとばされて、兵士は槍を拾いつつそそくさと下がった。
「次!」
その様子を気にもとめず少女は右足だけで器用に次の練習相手の方に向いた。
「はい」
「押忍!」
「いきます」
一人のヒトと二人のヘビがめいめいに声を上げて木刀を構える。少女から見て左手にヘビが、右手にヒトが、そしてその二人から一歩下がるようにもう一人のヘビが陣取った。前の二人は晴眼に構え、奥の一人は大上段から更に大きく振りかぶる。まるで木刀自体を背中に隠すように。
三人の取った陣形に何か感じ取ったのか、少女がわずかに二刀の切っ先を上げた。そのわずかな隙がきっかけだった。
「GO!」
ヒトが朱鷺の声を上げ少女の側面に踏み込みながら肩に打ち込む。同時に並んだヘビは逆側に回りながら胴を狙った。そして、奥に構えた一人は背中に隠した手をすばやく左右に広げる。自然と、その手は前の二人の背に隠れることになる。
(なるほど、前の二人の体を隠れ蓑にして剣を隠すか)
少女はそんなことを考えつつ軽く横へと跳んだ。
回りこもうとしたヘビの真正面をふさぎ、一刀で胴薙ぎを止めつつもう一刀を杖代わりにして体重を受け止める。最初に動いたヒトの一撃は距離が離れたことにより空を切り、奥に控えた本命の一撃は仲間の体が邪魔になり届かなくなる。
三者三様に隙をさらしたその瞬間に勝負は決っしていた。
鍔迫り合いの状態から力で押し込もうとしたヘビはその力を流されあっさりと転がされる。あわてて木刀を構えなおそうとしたヘビは手の甲を軽く打たれ武器を奪われる。
そして一撃目が空振りした時点で背中見せて逃亡しようとしていたヒトは、後頭部に木刀を投げつけられて地面に倒れ付した。
無様に転がるヒトに嘆息しつつ、少女は左足を縛っていた紐を解く。
「工夫するのはいいが思慮が足りんな。『動きづらい』は『動けない』ではない。あとサトル、判断が間違ってるとは言わんが、訓練で迷わず逃げてどうする」
「いや逃げる訓練もしておこうかと」
派手に倒れた割にはあっさりと立ち上がりヒトが後頭部をさする。軽くこぶになっていたが、その程度の傷はこの場の誰も日常茶飯事ではある。ヒトも特に感慨を持たずに練兵の列に並んだ。
「さて、諸く…」
「きゃ〜〜!!すごいすご〜〜いお姉様ーぁ!!」
並んだ兵士達にいつもの説教が始まると誰もが思った矢先、甲高い声が唐突に場を貫いた。
「すごーい!片足縛ったままの三人掛け十組抜きなんて、また強くなってますね!」
「君たちは親衛隊の……」
「へっぴり腰の男共を快刀乱麻にばったばったと切り伏せる。最高ですっ、お姉様ぁ!!」
「自覚を持ち鍛錬を怠ら……」
「ああっ汗に濡れた肌も綺麗ですお姉様あ!あたしに、あたしに拭かせてくださ…」
「さっきからやかましいわ!」
ついに忍耐が切れたのか。怒声とともに放たれたサラディンの一撃がくねくねと叫び続けるライラの頭に、直撃する前に止められた。
両手に逆手に木刀を持ち、その木刀でかなり殺意の込められた一撃をがっしりとライラが受け止める。絡め取られるのを嫌がり、サラディンはすぐに間合いを取った。
その距離に何を感じたのか、ライラが今度は一転、静かにサラディンに語りかける。
「お姉様」
「何だ?」
「愛って戦いですよね?」
逆手に握った木刀を肘に這わせるように持ち、ライラが構えを取る。両腕を緩やかに斜め上に出し左足は少し浮かせリズムをとる。剣の構えと言うよりは打撃系格闘技の構えに近い、そんな構え。
「そんなことを言う輩もいるな」
サラディンは右手の木刀を晴眼に左手の木刀をだらりと脇に垂らし、ベタ足の半身を取る。動かないようで左の切っ先だけがゆっくりと動く。荒野にただ一本でそびえる老木のような構え。
「だからあたしも強くなろうって」
場を満たしていく気配に飲まれ、練兵を受ける親衛隊達が声を失う。これから起こるであろう事を期待しているのか恐れているのか、おそらく本人達にもわかっていない。
ただ、闘気に気圧された。
「ほう。で?」
「一手御指南願えますか?あたしが勝ったら、あたしの部屋でお姉様の介抱させていただきますから……」
「試合、ということは事故で死ぬということもあり得るなあ?」
「ええ、覚悟の上で…すっ!!」
言い終わる前に、ライラが飛んだ。飛び込みざまに左肘を添えたまま木刀を打ち付ける。それはいなされたが、続けざまに左右の連撃がサラディンに襲いかかった。
剣術と言うよりも、刃をつけた肘打ちのような動き。間合いこそ短いものの、懐に入ってしまえばその回転の速さと短さが物を言う。大きく脇を開ける隙は、打ってない方の腕が埋める。
(畳んだ翼で巣の中の敵を斬る。双翼剣の一の型をただの木刀でやる、か)
無理に密着戦につきあわず、後退しながらサラディンがライラの攻勢を凌ぐ。逆手では遠く突くことはできない。つまり退きながらかわせば大半の技は無効化できる。届いてくる残りは右手で受け、左での威嚇で相手に引かせる。
攻め手をすべて受けられるライラと、猛攻を凌ぐだけで攻め手を放てないサラディンの間で奇妙な拮抗が生まれる。だが。
(いつまでも動き続けることなどできはしない)
ライラの猛攻にもいつか限界は来ることを考えた上で、同時に自身も凌ぎ続けられるはずがないことをサラディンは自覚していた。その上で、どちらの限界が来るよりも先にライラが仕掛けてくることを直感でサラディンは確信していた。
ライラが深く踏み込み左肘の斬撃を放つ。その深さに退くことを諦め、サラディンは右の木刀で受けた。そして。
「はあああっ!!」
気合いとともに、ライラが押切る様にして受け手の木刀を斬り弾く。背を見せるほどの渾身の大振りに受け手が横に弾かれた。その強引に作った隙にライラが奇襲をねじ込む。振り抜いた勢いを殺さずに身体全体で回り、バックハンドブローの様な軌道で右の木刀をサラディンの無防備な背中に突き込む。
その必殺の一撃が空かされた。
空を切ったことを自覚しつつも一度始めた動作を止められる物ではない。ライラは手応えのなさに恐怖を覚えつつ、なすすべ無く上体を捻りきった姿勢で止まるしかなかった。
その姿勢の喉元と鳩尾に木刀の切っ先が軽く触れられる。ライラがその感触の出所を目で追うと、地面にごろりと寝っ転がったサラディンがいた。
「……参りました」
降参して木刀を捨てるとお姉様はあっさりと木刀を退いてくれた。本当はそのまま突き込まれることも覚悟してたけど、やっぱりあたしのこと愛してくれているからかしら。
「奇襲を仕掛けるときがもっとも油断するときだ、気を抜くな」
「あう……はい」
うう、確かに勝ったと思ったときに油断してた。あそこで次に移れればまだ何とかなったかもしれないのに。
「だが、兵達にもいい勉強になった。腕を上げたな」
「は、はいっ!!」
あんっ、お姉様があたしにお褒めの言葉をくださるなんて……。お姉様の言葉を反芻すると、頭から脊髄に甘いエナジーがぴりぴり走るの。そして、女の子の大切なところがエナジーで暖かくなって、ああ、もう濡れてきちゃうっ!
こんな何気ない一言なのにこんなに幸せになれるなんて……。
「これはもう愛の告白と受け取ってかまいませんね、おねーさまー!!」
「何故そうなる!!」
はうっ。お、お姉様の愛の木刀をうけて、あたしの頭頂部が刺激でいっぱいになるの。あ、なんか暖かい液体が頭の上から降りかかるわ。視界はドロドロで足はふらふらで……。
あ、なんか頭痛い。
ええと、確かお姉様の愛の鞭をいただいて……。
「お、目が覚めましたか」
男の声!危険を感じてさっと距離を取り相手を確認すると、あのヒト奴隷が地面に座って中庭の方を見てた。……っ!
「あたしに何をしたの!!」
「なにって、サーラ様の命令で頭の傷の処置をして日陰で休ませました」
「へ、変なことしてないでしょうね!!」
「へんなことって、何ですか」
「あたしがお姉様と一緒にしたいような事よ」
あたしの答えを聞いたヒト奴隷が、何かを悩むように額に手を当ててうつむいた。
「なによ、その反応は」
「いや、その、なんというか。視点の相対化とか客観化とかって誰にとっても難しい物だな、と」
「しらないわよ、そんな屁理屈」
「さいですか。ええと、変なことならやってません」
無感動にそれだけ言って、男が視線を中庭の中心に戻す。そこではお姉様が今度は右脚を縛ってまた三人掛けの稽古をしていた。はぁ、お姉様ぁ……お美しいですぅ。ああっ、あんなに汗をかいて。拭き取って差し上げたい。「いえむしろ舐め取りたいの!!」
「心の声が漏れてますよ」
「うるさい。あたしの勝手でしょ」
「まあその内容が漏れてて恥じ入るところがないというなら俺が止める義理も義務もありゃしませんが」
そう言いつつ、こいつはお姉様から視線を離さない。むう、いくらお姉様の直接の奴隷とはいえ……ん?視線を動かさないまま、肩とか脚とかが時折ぴくぴく動いてる。もしかして見取り稽古なんかしてる?
そういやこいつ、あたしの双翼剣を初見で受けたんだっけ。でもさっきの動きはとうてい剣の扱いができてるように見えなかったし。
「あのさ、奴隷」
「なんでしょう」
こっち向くぐらいしろ!……いや、男の顔なんか見てもむかつくからいいや。
「お姉様に剣を習ってるの?」
「いえ、特に剣術習ってるって訳では。きょうはたまたま木刀だっただけで杖とか槍とか紐とかの時もありますし。というかこの手の稽古は週一ぐらいで、他の日はずっと基礎練習ですねえ、この時間は」
「基礎練習ったって、ヒトが頑張ったところでかなうもんでもないでしょ」
「それでも無いよかましなので」
たとえそれだけの時間をかけても種族の差は簡単に埋まる物じゃない。むしろ身体の面においては同じだけ鍛えれば目に見えるほどの差がついてしまう。それがヒトの限界。事実、さっきの時の動きでも明らかにヘビ二人に比べて動きも反応も遅かった。
つまりこいつは剣を習ったわけでもなく、体力でもフツーの水準(といっても専職兵士の水準にだけど)に達してないわけで。なのにあたしの剣を受け止め、噂になるほどの戦歴を持っている。よくよく観察すれば顔の傷だけでなく、首筋や手の甲とかにも細かい傷が無数に付いている。一言で言うならば、歴戦の弱者。
「ねえ、あんたって弱いのよね?」
「見ての通りですが」
「さっきお姉様と三人掛けでやったときも全力よね?」
「本気でしたよ」
「じゃあなんであたしの一撃を受けられたの?」
三度目の質問には、即答が返ってこなかった。ヒト奴隷は指先で左ほおの傷跡をなぞる。まるでそこを探れば答えが出るみたいに。実際は単に言葉を選んでいただけだろうけど。
「200人の盗賊団」
「ん?」
「サーラ様と俺はそれと戦争することになりまして」
「え、二人だけで?」
「そんな中で俺が生き残ったのは、まあ八割運が良かったからですが。それでも、生き残れればそれなりに得る物がありますよ。それだけの、話です」
単純に戦慣れしているだけだと言うこと?でもそれだけで……いや、違う。だからこそ、あんなちぐはぐな印象になるのね。技術も体力も素養も才能もない、けど実戦の経験だけはあたしより多い。いえ、自分より強い相手と戦った経験だけいえば、お姉様よりも多い。なにしろ、この世界のほとんどの人間がヒトよりも強いのだから。
そんな事をなすことができるのは、やっぱり、そうなのかしら。
「あのさ。もしかして……お姉様のこと、愛してるの?」
その一言に、男の身体がピシリと固まる。
わっかりやすー。ああでも気持ちはわかる。お姉様に出会ったら誰でも、神でも惚れてしまうもの。でもその愛は奴隷には許されていないのよねー♪だからこいつの思いは届かな……。
「秘密です」
固まったはずの男が淡々と、だけどはっきりと答える。でもその答えって。
「ばらしてるのと同じじゃない?その答え方」
「そうだろうとそうでなかろうと、秘密です。少なくとも素面の時はそう答えることに決めてます」
「酔ってるときは違うの?」
「酒ぐらいなら、まあ、耐えられる自信はありますが。世界には人間の想像を遙かに超えた……色々なクスリが……ありますから」
男が寒気でも覚えたのか自分の身体をかき抱いてガタガタと震え始める。……どんなクスリに心当たりがあるんだろ。
「それはそれとして、俺だって踏み込んじゃいけない分って物ぐらい判りますよ」
心理的外傷から思ったより早く復活した男が話を戻す。
お、生意気言うわね。あんまり従僕として心得てるようには見えないのに。
「サーラ様は国を、アンフェスバエナ王家をいずれ必ず取り戻します。そのときサーラ様が王家最後の生き残りであったならば、何をどうしたところでサーラ様は婿を取って子供を残さなきゃなりません。そこに奴隷の入る余地なんか無いし、無い方が誰にとっても幸せです。だから、言いません」
「……わかってるのはいいことね」
「その上俺だっていつ死ぬかわかったもんじゃありません。いや、少なくともサーラ様よりは必ず先に死にます」
「……」
「実るわけがない。実ってもいいことがない。そんな果実はつぼみのうちに摘んでしまうのが、みんなのためでしょう」
「摘んで、どこに捨てるの?」
あたし自身、特に何か考えがあって出た言葉じゃない。ただ、ぽろっと口をついて出た。ヒト奴隷もこの質問には面食らったようで、ちょっと驚いたみたいだった。少し考えるそぶりを見せて、頭を振って、結局ヒトは答えなかった。
* * *
刀を振る。夕食の後、寝る前まで続ける日課。
午後の稽古を思い出し、目に焼き付けた人体の動きに剣の型を摺り合わせていく。
本来のアンフェスバエナ秘伝剣術は刀を刀として扱わない。槍として、矛として、斧として、杖として、矢として、千変万化の動きを行うことを究極の目的とする。
尾の先にも毒牙を持つ、蛇であり蛇でない単胴双頭の龍アンフェスバエナを祖に戴く王家の剣だ。
そして同時に、邪道の剣術でもある。刀を刀として扱わない以上、どうしたところで効率の面に於いて同じ武器をまともに使った場合に劣る。槍や矛に間合いで勝てるわけが無く、斧や鎚に重さで勝てるわけもない。故にその技は一発芸的な奇襲や騙し討ちが主な物となり、結果として余人には見せられぬ邪道剣術になりはてた。
(おかげで稽古の相手に困る)
部屋を閉め切って作った闇の中で、浮かんでは消える幻像に無心に刃を差し込んでいく。時折、それが及ばず斬られることもある。現実と妄想と生と死が曖昧になった闇の中でひたすらに業をなぞり続ける。
だから、ふと自分に向けられた気配につい反応してしまった。
カツッと音を立てて刀が木製の扉に突き刺さった。その感触で我に返る。一瞬後にライラの悲鳴が聞こえた。
刀を引き抜いて扉を開けると石弓を取り落としたライラが尻餅をついていた。
「い、いきなり何をするんですかお姉様!?」
「型稽古をしていたんだが、つい、な。ところでお前は何しに来たんだ?」
「それはもう、お姉様が男なんかにりょーじょくされてると思うといてもたってもいられなくなって!」
「陵辱ってお前。逆なら良く聞くがヒトがヘビをというのはまず無いだろう……」
正直な話身に覚えがないでもないだけに少し自信がないが、まあ世の中の普通はそうだろうと推測する。というか、それが普通だ。うん。
……後でサトルを殴っておこう。うん。
「だって、あのヒト奴隷は身分もわきまえずに本気でお姉様のことを思ってますからどんな悪辣な手段を使うか判らな…痛っ、痛っ!ちょ、お姉様。なんで蹴るんですか?痛っ!」
「やかましい黙れ」
げしげしとヤクザキックを叩き込む。コツは靴の踵のエッジ部分で骨が露出している部分を削るように打つことだ。こうすることにより実際の負傷よりも大きく鋭角的な痛みを与え屈服させやすくなる。誰に誰が本気だというのか、このこの。そんなことはお前に言われなくてもだな。いや、そーじゃなくて。
「というかお前、人の部屋の前で石弓なんぞ用意してこの程度で済んでありがたいと思え」
「ぐすっ…誤解ですよぉ……。これは殺すつもりじゃなくて強姦魔鎮圧用です」
さんざ蹴られて流石に元気をなくしたか、ぐずりながらライラが弁明する。弁明になってない気もするが。特に、この矢。
「黒い粘液を塗った太矢がつがえてあるように見えるが」
「ええ、ラクダ用の麻酔薬を心臓に撃ち込み一瞬にして鎮圧するおぶ」
ヤクザキックを今度は顔面に叩き込んで黙らせる。もののついでにヒトどころか牛でも殺せそうな凶器も踏み壊しておく。
「ああっ、酷い」
「酷くない。大体サトルは今時分ここにはいないんだから、こんな物あるだけ無駄だ」
「え?ヒト奴隷がいるのにシてない夜があるんですか?」
「まっ、ままま毎晩してたら死んでしまうわっ!!」
「ええっ!!そんなに激しく…おぶっ、おぶっ!…まっ…トゥーキックは…ごっ…本気でヤバ…えふっ!」
硬革で靴を固めてあるのは本来はサソリよけの為だが、使い方次第では鈍く尖った凶器にもなる。膝から下を振り子のように使い、短いストロークで鼻、喉、横隔膜の呼吸器系を重点的に蹴りこむ。酸欠を引き起こすことにより体力と判断力を奪うのが目的だ。
そのまま一分ほど蹴り続けていると流石に疲れてきたので足を止めた。
「ふう、いい汗かいた。……と、いうわけでサトルはここにいないぞ」
「ひゃ、ひゃい。わきゃりまひた……。あれ?するとこんな時間にいったいどこに?」
「ああ、サトルなら写本室だが。……気になるのか?」
「ええ」
むう、コイツが男に興味をもつとは……良い傾向だと思うが……むう。
「だってスケジュールを把握しておけば排除計画を立てるのも楽に゛」
とりあえずつま先をこめかみに叩き込んでドアを閉めた。
* * *
写本室に番兵。しかも向きが内側。
そもそもアディーナの警備は緩いものとは言えないけども、それでもここの警戒ぶりはちょっと異常。二人一組で談笑することもなく真剣にドアの中身を警戒している。まるで牢屋にとても危険な犯罪者がいるみたいに。
一応許可は取ってきたけど入って良いのかしら。とりあえず声をかけてみるしかないかな?
「ご苦労様です」
「は、これはライラ殿下。こちらに何のご用で?」
並んだ二人のうち人当たりの良さそうな方が慇懃に対応してくれる。もう一人は動かずに扉を注視し続ける。まるでわずかな隙が命取りになると言わんばかりに。
「えっと、高名なアディーナの蔵書はこちらで生まれていると聞き及びまして、後学の為に拝見させていただきたく。陛下にはお許しをいただいております」
「わかりました。それでは失礼かとは思いますがお腰のものをお預かりします。それと、中の書物は持ち出さぬようにお願いいたします」
小さな机に双翼剣を置く。
よどみなく答えているところを見ると規則通りの対応って事なんだろうけども、そんな規則を作らなければならないほど貴重な書物があるのかしら。
「それと、いくつか注意して頂きたいことが」
「何でしょう」
「現在室内で作業中のヒトがいますが、彼に話しかけたり彼の呼びかけに答えたりしないで下さい」
「……え?」
「目を合わせるのも問題があります。それと鉄製の物をなにかお持ちであれば、それもこちらでお預かりします」
「鉄?えっと、剣帯の留め金が鉄製だけど……」
「でしたら剣帯ごとお預かりします」
「いいけど……なんでそこまで?」
「私の権限では理由を述べることは許可されておりません。ご容赦下さい」
丁寧だけども、有無を言わせない頑なさでその兵士が頭を下げる。いやあの、そんな不安だけ煽られても……。
「ライラ殿下の身に危険が及ぶことはございません。安心してご観覧下さい」
何をどう安心しろっていうんだろ……。
まるで凶悪な犯罪者扱いのヒトは、部屋の奥、正面にいた。黒髪の後頭部を無防備にこちらに向けたまま、落ち物らしき紙の本をめくり羊皮紙に何かを書き連ねていく。
隣の机では羊皮紙の束を見て文章の手直しをしているらしいシャンティさん。
そして逆隣の机にはヒトっぽく白い髪をたたえた小柄な半透明の少女……。
「精霊!?」
「はうっ!?」
シャンティさんがあたしの上げた声に驚いて椅子から転げ落ちそうになる。のを、ヒトが慌てず騒がず後ろ襟をつかんでひょいっと戻した。
「ひゃ、あ、ありがとうございました」
「いや、いつものことですし。それはともかく、何かご用で?」
椅子の上でくるりと向き直ってヒトが大きく伸びをする。その脇腹あたりから半透明の細い紐みたいのが精霊に伸びている。コイツ、ヒトのくせに精霊使い!?
「……な、なによ。その程度で自慢してるつもり?」
「なんですかいきなり」
「だけど残念ね、精霊なら私も使えるのよ。出でよ風の精霊ルフ!」
あたしの呼びかけに答えて、両翼3mにもなる空色に輝く鷲が現われる。そう、これこそはあたしの魔力の結晶。
「これがあたしの精霊、ルフよ。そして、魔力の大きさは精霊の大きさにも比例する物!つまり、精霊使いとしての力量はあたしの方が上って事ね!!」
「ますたぁ、この人何が言いたいんれすか?」
……精霊が、しゃべった?
「あくまで推測だけど、彼女の行動原理を鑑みるに『あたしの方が凄い魔法使いだからサーラ様にふさわしい』みたいな話じゃないか?」
「ん〜、つまりこの人はますたぁとさーらちゃんの離間工作をしているってことれすか?」
「だなぁ」
「…………。うひゃあ、くしゃすらは戦う前から敗北を悟ってしまったれすよ〜」
「白々しい演技するなよ。それと、お前のマスターやる前から俺はサーラ様の従僕だったから、魔術云々はふさわしいかどうかに関係しないぞ」
「ぶーぶー!それじゃ、くしゃすらはいらない子れすかぁ?」
「……って、なんで普通に会話してんのよ!!」
割り込んだあたしに『今更何言ってんだ?』的な視線を向ける精霊と精霊使い。いや、会話ができるほどしっかりとした自我を持つ精霊なんてあるわけないでしょ?
「なんれって……」
「クシャスラが古精霊だからですが」
古、古精霊?確かに帝国時代に作られた精霊には強い自我を持ち、術者を変えることもできる精霊がいたって話は聞いたことあるけど……。ええい、しゃべれるからって何よ!
「ふんっ!何よ、しゃべれるだけで地精霊であることは変わりないんでしょ!!」
「鉄精霊れすよ?」
鉄、精霊?四大の精霊じゃないの?
ええと、おちついてあたし。整理すると……。魔力、あたしの勝ち。希少性、ヒトの勝ち。特殊能力、ヒトの勝ち。
…………。
「あんたに負けた訳じゃないんだからね!!」
「いや、勝った気にもなりませんが」
「精霊の性能差が戦力差でないことを教えてあげるわ!!」
「戦力なんざ比較してませんが」
「ふっ、怖じ気づいたの?」
「じゃあそれで」
「口先では何とでも威勢の良い……威勢の……えっと……」
この場合は、あたしが勝利なわけだから……ええと……。
「シャンティさーん、コーヒー淹れてください。浅炒り薄めのブラックで。砂海のお土産あるんで、それでおやつにしましょう」
「あ、いいですね。お土産って何ですか?」
「エディアカラ平面動物群の歌舞伎揚げ。見た目はちょっとグロいけど意外に無難な味ですよ」
「ちょっとまてー!!人を無視しておやつだのなんだの……」
「大丈夫、3人分ぐらいならありますから」
「誰がおやつの心配してるのよ!そうじゃなくて、もっと敗北したことで屈辱とか挫折感とかに打ちのめされて、自分がお姉様に仕えるにふさわしくないと絶望しろっていってるのよ!!」
困ったような表情を浮かべつつも、おやつを広げる手は止めようとしない。コノヤロウ、自分の立場に関して危機感とかないのか。
「んなこといわれてもですね、その資格を決めるのはサーラ様ですから。ライラ様でもなければ俺でもありません」
「なによー!主人を毎晩悦ばせてないなんて肉奴隷として失格でしょー!?」
あたしの鋭い指摘に椅子から転げ落ちるほどの動揺をみせるヒト奴隷。どうやら痛いところを突かれたようね。なぜかシャンティさんも転んでるけど。
「い、いきなりなにお……」
「何って、そもヒト奴隷の本分は肉奉仕!!つまり今こそ本来の仕事の時間。そんなときにこんな書類仕事でお姉様の熟れた肉体を淋しがらせているなんて……。あたしなら毎晩5回は達していただくのにっ!!」
「サーラ様はそんなにシたがりません!自分の基準で考えないで、頼むから!」
「じゃあ、月に何回ぐらいしてるのよ」
「……それはサーラ様の秘密でもありますので俺の口からは言えません」
「王宮らと声が聞こえるとか忙しいとかで週一ぐらいれすけろ、旅先れすと……」
「な・に・ば・ら・し・て・ん・だ・あ・あああああ」
「いたたたた、ギブギブ、ますたぁ、ギブれすぅ!」
胸で抱えるタイプのヘッドロックで頭蓋骨の縫合を攻められ精霊が悲鳴を上げる。精霊に関節技って、器用なことするわねー。
「た、旅先だとすごいんですか?」
「シャンティさんも聞かないで!?クシャスラも、もう戻ってなさい!!」
「う゛〜わかったれす〜」
ぶちぶち言いながらだけど精霊がヒトの体の中に戻る。むう、お姉様シャイな方だと思っていましたが、淡白でもあったんですね。
「ライラ様も、もう気が済んだでしょう!とっととお部屋にお戻りください!!」
「まあいいわ。お姉様がいまだに本当の悦楽を知らないってことだけはわかったし」
「も、もうそれでいいから帰ってください……」
がっくりとヒト奴隷が肩を落とす。ふっ、どうやらこの分野においては私の勝ちのようね。
「ふふっ、今日のところは勘弁してあげるわ」
手に入れた重要情報が頭の中でひとつの形をなしていく直感がある。それを感じながら、あたしは意気揚々と敗北者に背を向けた。
* * *
自分の部屋に戻りながら頭の中で要点をまとめる。
まず目的は、あたしがお姉様とラブラブになるために、あのヒト奴隷をお姉様のそばから排除する。
問題は2点
殺すとお姉様が怒る。殺すとアディーナの損益になるからエラーヘフ陛下も怒る。
一つ目はあたしの愛情奉仕でカバーするとして、二つ目は正直どうしようもない。さすがにあたしの恋愛感情で外交をむちゃくちゃにするのはためらいがあるし。
こっそり殺すという手はなくもないんだけど。
「陛下の前で嘘を突き通せる気がしないのよねえ……」
思わず独り言をつぶやいてしまう。子供のころにお父様とアディーナに来たときに、お父様付の侍従を一目でスパイだと看破したあの眼力の前でとぼけ続ける自信はない。
となると、殺さず引き離す方策しかないんだけど、お姉様の奴隷をどうにかできるのはお姉様だけなのでなんとかお姉様にそうしていただくしかない。でも、お姉様が手放す理由がないからなあ……。買うといってもあたしの動かせるお金じゃ無理だろうし。あれが奴隷じゃなくて恋人だというなら決闘を申し込むって手もあるのに。
……あ、そっか。
奴隷でなくなればいいわけか。
* * *
「平常運転は大部安定してきたなあ」
作図室で報告書をめくりながら感慨にふける。それこそ建設当初はトラブル続きで、まともに動き出したのは設置から三日後という有様だったのに、今では修理に呼ばれることが少なくなった。
向かいでストック用のネジを点検してる親方も感慨深げに返してくる。
「流石にな。問題はでかいトラブルが起きたときに直せる奴がいないってことだろ。それさえなければ、もう手織りなんか比較にならないほど早く織れるんだが」
「本格的にその手の技術者を確保するべき時期が来てるよな。すくなくとも5人ぐらいいれば徹夜で回せるし」
「とはいえ、それは一日二日でどうにかなるものじゃないだろう」
「う〜ん」
「育てるといったところで、教える奴も、時間も、教材も、そもそも字が読める奴なんて貴族の子弟か商人かって話だ。そこからはじめるとなるとそれこそ国策とするべき大事業だろう」
「大事業でも何でもやるしかないだろ。俺抜きで回る体制にならなきゃ、せっかく作った工房も無駄になるだけだ。すくなくとも修理のマニュアルと新人教育用の教科書は作らないと……」
いやまてよ?教材の不足ってだけならあの手があるか?この国にはまだあれがないはず。だから写本室があるわけで……。
そこまで考えたところで、ドアを荒々しく開く音が思考を中断させる。顔だけそっちの方向に向けると、なぜか自信満々の表情のライラ様がこっちにむかってずんずんと進んできた。ライラ様の間合いに入る前に立ち上がって製図台を盾にできる位置に立つ。
しまったな、夜中と朝に襲撃がなかったから油断してた。今あるのは鉄板入りのブーツと寸鉄だけか……。
俺の心配をよそにライラ様は一足一刀の間合いから半歩離れた位置で立ち止まり、懐から何か布を取り出す。いや、手袋か?
「てい」
俺の胸元めがけてゆるく投げられたそれを一歩下がりながら左手で弾く。追撃は――ない。
「避けないでよ」
「やですよ。ってかいきなりなんですか」
「みればわかるでしょ。手袋投げつけたんだから、決闘よ」
決闘。
恨み・争いなどに決着をつけるため、あらかじめ定めた方法で、生命を賭けてたたかうこと。果たし合い。――三省堂提供「大辞林 第二版」より。
つまり、この場合。ライラ様が俺に決闘を挑んだことになる。
「え?なんで?」
「決まっているじゃない!あなたの立場、つまり『お姉さまの肉奴隷』の職務をかけて決闘するのよ!!」
額に手を当て、少し考える。というよりも、処理落ちした脳が回復するのを待つ。数秒の後にはじき出した方針は、とりあえず確認することだった。
「ええと、つまり王族であるライラ様がサーラ様の奴隷になりたいから、今現在サーラ様の奴隷である俺の立場を乗っ取るために決闘を挑むと?」
「そうよ」
「その場合、ライラ様が勝ったらサーラ様の奴隷になるってことでいいんですよね?」
「決まってるじゃない」
「……で、負けた俺はどうなるんでしょう」
「生きてれば自由民になれるわよ。手加減とかしないけど」
なんとなく親方の方に視線を向けて助けを請うて見るけども、親方は困った顔で顔をそらした。うーん、やはり当てにはできないか。
「で、俺が勝ったらどうなるんですか?」
軽い頭痛を感じつつ、
「もしもあなたが勝ったら、あたしがあなたの奴隷になるわ。もちろんそれぐらいのリスクは背負うつもりよ」
「それ、俺に決闘受けるメリットがないじゃないですか」
「どういう意味よっ!!」
「いや、まあ、比較的聞いたまんまというか。あげるといわれて気持ちだけ受け取っておきます的な」
「それって結局、『いらない』って言ってないか」
いらんこと言わないで、親方。
「そーれすよ、ますたぁの従僕はくしゃすらだけでじゅーぶんれす」
すいっと、俺の方からクシャスラが現れて俺に同意する。……なんかクシャスラが俺に同意するのって珍しいような気がするなー。……どうなんだろ、それって。
それはそれとして、真正面からいらない子宣言されたライラ様は、珍しく暴発せずにこやかに(といっても青筋浮かべながらだけど)クシャスラに顔を向けた。
「精霊のお嬢さん。あなたのマスターが負ければあなたがマスターを独占できるんじゃない?」
「ますたぁ、男にはまけるとわかっていても戦わなくちゃいけないときが……」
「あっさり口車に乗せられんな!つーかこの人、絶対に降参してもとどめ刺しに来るから負けたら死ぬじゃねーか、間違いなく!!」
「…………しないわよ?」
「絶妙な間をアリガトウ。お礼に決闘は受けません」
「なんでよー!!」
「むしろこっちのほうが『なんでよー』って感じですよ。奴隷になるだけだったら俺を排除する必要ないでしょ」
「お姉様が男と一緒にいるのが我慢できないの!わかるでしょ!」
「わ、わかって当然なの!?」
……なんか男にひどいトラウマでもあるのか。この人。それはともかく、こんな駄々っ子みたいな要求なんぞいちいち相手にしてたら身が持たない。
「ともかく、こんな分のない決闘受けませんからね」
「ふむ、ならば妾が賭け金を出してやろうほどに」
開きっぱなしの扉から意外な人物の声が響く。急いで臣下の礼をとる親方と、驚いた表情のライラ様。そこには蛇身をくねらせて佇むエラーヘフ陛下がいた。と、俺も跪かないと。
「こ、っここおっこ、これは陛下。何故にこのようなところに」
親方、どもってるどもってる。
「うむ、楽にしてよいぞ。なに、運営が軌道に乗りかかっている重要な時期じゃからの。綱紀の引き締めもかねて抜き打ちの視察をな」
「は、ははあ。存じておりますればおもてなしのご用意もできたものを」
「ほほ、お主が知っておったら抜き打ちにならぬぞえ。……それはそれとして、今面白いことをいっておったの。ライラ殿」
「い、いえ、その」
流石にこの状況に動揺しているのか、ライラ様も言葉がうまく出てこないようだ。まあ奴隷の立場を奪おうなんて非常識な決闘、あんまり聞こえのいいもんじゃないよな。だけども、陛下、いまさらっと爆弾発言してたような。
「なに、咎めようということではあらぬ。むしろ恋のために全てを捧げようというその意気やよし。と言うわけでサトルよ」
「……なんでしょう」
「この決闘を受けたら残りの試練を一つ減らす、というのでどうじゃ?」
……は?
「受ければ、ですか?」
「うむ、お主は勝つ必要はない。決闘を見事受ければその勝敗にかかわらず試練を減らしてやろう。じゃが」
来たよ来たよ、交換条件。この人がただで物出すわけないもんなあ。
「その代わり、決闘の方法は妾が決めよう。刃引きの剣による一撃勝負じゃ。これなら双方死ぬこともなく争いに決着がつくとであろ?」
なるほど、俺をサーラ様から引き離してアディーナ所有の奴隷にするつもりか。自由民となった俺が王宮の外に放り出された途端、奴隷商人を名乗る兵士が囲んで今度は陛下に売り払うって筋だろうな。
……こういうことに鼻が利くようになってしまったなあ。我ながら穢れていく自分が悲しいわ。
たあいえ、このまま陛下のペースで進められるのわけにはいかないか。
「恐れながら、二つほど申し上げたいことがあります」
「む、なんじゃ?」
「まず、剣での勝負ということですが、ライラ様はケツァルコアトル王家秘伝剣術の達人です。そのライラ様に双翼剣をとられては、剣術の素人の私には万が一にも勝ち目がありません」
「ふむ、道理じゃな」
「そこで、武器は何の仕掛けもないただの刃引きの剣一本での勝負ということでいかがでしょうか」
「む、ライラ殿はそれでよいか?」
「ええ、むしろ望むところです」
余裕の笑みを見せて快諾するライラ様。どうやら普通の剣の勝負でも余裕で勝てると思ってるらしいな。事実だが。
「ライラ様にも納得いただけたようで。では、もうひとつ。この決闘、私が勝った場合に得るものがないのですが……」
「ほう?試練の免除だけでは足りぬか。欲の深いことよの。…して、何が望みじゃ」
「新しい機械を作りたいんで予算と人材都合してください」
俺の要求が予想外だったのか、陛下が少し驚きの表情を見せる。珍しいもん見れたな。
「ふうむ、まあ何を作るか次第じゃな。よかろう、お主が勝てばその話を聞いてやろう」
「ありがとう、ございます」
うし、取れるだけの言質は取れた。さて、……どうやって勝つかな。
* * *
勝負は午後からということになり、午前中はつかう剣の吟味ということで工場の仕事はなしになった。ライラ様は自分の体格に合わせた細身の曲刀を選び、中庭で感触を確かめるために素振りを繰り返している。さて、俺はその間に小細工を……。
「サトルーっ!!」
「うわおっ!?サーラ様!?」
鍛冶工房の扉を蹴破る勢いでサーラ様が乱入してきた。って、首絞めないでっ!ネックハンギングツリーは殺し技!!
「話は聞いたぞ!!どういうことだ!!」
「ちょ、ま、落ち着いて、落ち着いてください!」
「ええい、これが落ち着けるか!!」
怒号とともに俺の体が床に投げ捨てられる。受身は何とか間に合ったものの、石畳に直接たたきつけられる衝撃はかなりきつい。
「勝手に決闘など受けおって!どういうつもりだ!」
「だ、だってそれで一回分試練がなくなるんですよ?お得じゃないですか!!」
「それで私の従者をやめられれば一石二鳥とでもいうのかっ!!」
また胸倉をつかみあげて今度は俺を無言でにらみつける。うっすらと涙が滲んでいる気がするのは……気のせいってことにしよう。
誤解……してるよなあ。
「サーラ様の従者を辞めるつもりなんて毛頭ないですよ。安心してください」
なるたけ静かな声で言いながら、ぽんぽんと軽く背中をたたく。それでも落ち着かないようで、手は離してくれなかったが。
「やめるつもりはないだと?まともな剣の勝負でお前があいつに勝てるわけないだろう!!」
「だれがまともに勝負するって言いました?」
俺の言葉に何を感じたのか、サーラ様が手を離してくれた。
「お前、イカサマする気か?あの条件で?」
「ええ、もちろん」
「ただの剣しか使えないんだろう?」
「しかも刃引きのね。でもそれはイカサマの余地がないということじゃないですから」
そう言った俺の顔を見て、サーラ様が形のいい眉をゆがめた。
「お前、悪党だな」
「失敬な」
鞘に入ったままの剣を拾い上げる。さて、ちょっと急がないと。
* * *
いつの世にあっても、いや、戦国の世だからこそ、決闘という物は見ている物にとっての最大の娯楽である。だとしても。
「やりすぎだろう、これは」
王宮前の広場に突貫工事で作り上げられた決闘場を見て、思わず言葉が漏れた。土嚢を積んでその上に木の板を敷いただけの安普請の仕合場。木箱を積んだだけのひな壇席。これだけは立派に飾られた貴賓席。
物見高い連中がぎゅうぎゅうに詰め、今か今かと何もない舞台を見つめる。炒り豆や軽い酒などを売る連中もどこからか顔を出し始めていた。
「金でも取れそうな様子ですね」
「そうだな」
呆れたような副官の言葉に、それを答えるだけでも疲れを覚える。なんだってここまで盛り上げるのか。
「勝負らしい勝負にはならないと思うんだがなあ」
「そりゃそうでしょう。下馬評でもライラ様の圧倒的人気。サトルの勝ちだと倍率50倍ですよ?」
「なんだ倍率って。どこかで賭けでもしてるのか」
「ええ、王宮内で。将軍も一口いかがですか?……って、将軍は立会人でしたっけ」
「わかってて言ってるだろ、お前」
「いえ、ついうっかり」
そらっとぼける副官に軽くにらみだけきかせておいて、頭の中で茶番のスケジュールを反芻する。といってもそんな大したことはしないのだが、待ってる間にできることはそれだけしかない。数秒でそれにも飽きて、結局また口を開く。
「で、50倍を承知でサトルに賭けた物好きはどいつだ?」
「本人とそのゴシュジンサマですね。ああ、あと医局のシャンティさん」
「……するとなにか?兵士の中であいつに賭けた奴は一人もいないのか?」
「え?だってそりゃそうでしょう。ライラ様の腕前知らないんですか?後もう少しであのサラディン様を……」
「二つ言っておく」
皆まで言わせずに口を挟む。どうやらもうそろそろ時間のようだ。それまでに言っておかないと、どうにもこいつらときたら……。
「そんな認識だからサトルに出し抜かれるんだ、お前らは」
「は?」
「もう一つ。この決闘、おそらく身も蓋もないことになるからよく見ておけ」
仕合場に二人があがってくると嫌がおうにも会場は盛り上がってくる。二人が並んで正面を向いたとき、貴賓席の陛下が高らかに宣言した。
「それでは、アディーナ女王エラーヘフ・ティアマトーの名において、ライラ・ケツァルコアトル、ハザマ・サトル両名の決闘を執り行う。ではライラ・ケツァルコアトル、何故に決闘を挑むか?」
その問いに答えてライラ様が堂々とのたまわった。
「あたしの愛しいお姉様、サラディン・アンフェスバエナ様の一番近くでお仕えする為に、ハザマ・サトルが居座る第一従者の地位が欲しいからです!!」
全力投球の同性愛者宣言に会場の群衆がどよめく。たしかに、彼女の性癖は王族関係者には有名な話でも民衆には縁遠い話ではある。ここで初めて知ったというものも多いだろう。
「あいわかった。ではハザマ・サトル、何故に決闘をうけるか?」
その問いに答えてサトルは少し肩をすくめてあまり通りの良くない声で言った。
「我が主に、忠誠の証を立てる為です」
如何にも台本通りな、というか台本通りなんだろうが、答えを言うと今度は会場が盛り上がる。愛しい女主人の為に命を投げ出すヒト奴隷、という如何にも吟遊詩人が語りそうな話は、やはり万人の好む物語のようだ。
「あいわかった。ならば双方決闘するに異存はないな?」
「はい!もちろん!」
「ありません」
「ならば立会人。決闘の方法を」
主上の命をうけ、二人の間に立ちながら声を張り上げる。徒労感は重いが、なるべく外に出さぬようにつとめよう。
「アディーナの将、マフムード・ムーサー。立会人を務めさせていただく。
決闘の方法は剣による一撃。
一つ、使用する武器は細工のない一振りの剣のみ
一つ、剣による一撃を先に当てた者が勝者とする
双方、異存はないか?」
「はい!!」
「ありません」
「それではライラ殿、腰の物をあらためさせてもらいたい」
ライラ殿が抜いて渡した剣は、一言で言えば羽のようだった。細く、薄く、軽く鍛えられた片刃の曲刀。刃引きはしてあるが、刀身自体が薄い為にやりよう次第で血管や神経などを引き斬ることも可能だろう。
だが、その鋭さは脆さにもつながる。下手に相手の剣を受ければ、いや、下手に斬りつけるだけでも折れうる刀。実戦で命を預けるには心許ない武器ではあるが、先に一撃を決めるだけのこの勝負では有用な道具だろう。
だが、それはそれというだけで、特に怪しい仕掛けもない。柄を差し出しライラ様にお返しする。
「あらためました。よく考えた選択ですな」
「ありがとうございます。将軍にそういっていただけるならば、勝ったも同然です」
至極当然、といった面持ちで返してくる。ふむ、男嫌いではあるが武人としての礼は尊重するか。まあそこまで社会性がなかったら流石に勘当されているような気もするが。
そんなどうでもいいことを思いつつ、今度はサトルの剣を受け取る。受け取って、少し驚いた。
幅広く真っ直ぐな刀身、肉厚で頑丈な両刃、鎧ごと肉を割り割く為に作られた片手剣である。気候の関係で重い鎧を着ないヘビにはあまり使い手のいない武器で、おそらく盗賊か何かが使っていたのを接収したものが倉庫の片隅に転がっていたと言うところか。まあこれはこれで木の盾ぐらいなら斧の代わりに割ることができるので重宝する武器ではあるのだが、決闘という舞台には向かない。
ふと、気がつく。切っ先のおおよそ拳一つ分だろうか?それだけの長さが綺麗に折れて欠けている。
「この切っ先は?」
「ああ、せっかく刃引きにしてるわけでしょ?切っ先が尖ってたら危ないんで」
「ふむ」
柄の飾りなど、目をこらしてよく見ておく。何か仕掛けをするならば、手で操作できない刀身ではなく柄に引き金をつけざるを得ないのだが……どうやら無いようだ。
「確かに、何の仕掛けもない」
「しませんよ?仕掛けをしている剣を使ったら負けでしょう?」
「当然だ」
当然だが、コイツが何も仕込んでないわけがない。諦めた?それもなぁ。
「ああ、それと今のうちに確認したいことが」
「なにか?」
「剣で一撃すれば勝ちって事ですけども、柄頭で当て身を入れても『一撃』ですよね?」
「ああ、そのつもりだが……。お前、何考えてる」
「正々堂々と勝つことを考えてますよ?」
……なあ、サトル。その面のどこを見てその言葉を信用しろと言うんだ?
「それでは双方構えて」
将軍が声をかけるとヒト奴隷はその剣を鞘に収めた。そしてあたしがいぶかしむ前に居合いの構えを取る。直刀で居合い?何を馬鹿な……あ、あの鞘。よく見ると、抜いたときの刀身の長さよりも明らかに鞘の方が長い。
なるほどねー。間合いを如何に隠すか、という技である居合い。それを鞘でハッタリ効かせることで未熟を補おうと。
如何にもな素人考えに笑みを隠せそうにない。確かに未熟な盗賊やちんぴら程度ならそれでごまかせるかもしれないけど、本当に剣術を身につけた人間には無意味。まして、一度抜いて長さを見せた剣でそれが通じると思っているなんて……やっぱり男なんてこの程度の知能って事ね♪
将軍もそれに気付いたようで少し哀れむような視線をヒト奴隷に向けるけど、同情はそれだけで気を引き締める。同じ男にまで見捨てられるなんて、哀れな生き物ねー。
あたしは晴眼に構え、気息を整える。よし、いつでも来い!
「はじめ!!」
そういって将軍が手を振り下ろす。ヒトは……打って出ない。じりじりと間合いを詰めてくる。本当は晴眼からそのまま突いてしまえばあっさり勝てるんだろうけど……それじゃあ面白くないわよねえ。馬鹿さらしたいって言ってくれてるんだから、あっさり居合いをかわしてカウンターで正面を一撃!いや、これだけ余裕があるなら頸動脈狙えるわね……。
その迷いに差し込んでくるように、ヒトが軽く身体を沈ませて大きく踏み込んできた。速くはない。むしろ遅いけど、挙動そのものが小さい為接近が目立たない。悪くはない、けど、あたしには通用しない。しっかりと間合いを計って……。
その計算を向こうから崩してきた。明らかに間合いより遠い距離から腕を振り始める。
投げてくる!?そう疑う前に、疑問は消えた。緊張の為か、滑ったか、空の右手を真っ直ぐ横に振り抜いてヒトが止まる。
お・お・ま・ぬ・け〜♪この土壇場ですっぽ抜けるなんて楽しすぎ。お礼に大上段から首を袈裟懸けに切ってあげるわ!この一撃で行ってらっしゃい元の世界の天国へ〜〜〜。
え?何これ、なんで抜いてないはずの剣が飛んで……
だれも、何も言えなかった。
決闘場に集まった全員が言葉を失った。
仕合場にバラバラに転がった二本の剣と、眉間を剣の柄で撃たれ大の字になって伸びているヘビの少女。ヒトの青年は空手で居合いを振り切った体勢のまま動かず、その鞘口からは長いバネがだらしなくびよ〜んと伸びて揺れていた。
やがて青年が静寂を破る。
「将軍、裁定を」
「あ、ああ。この決闘、ハザマ・サトルの勝利とする」
立会人がそう宣言した一瞬後。仕合場にあらん限りの罵声と物が投げ込まれた。
* * *
「どういうことよーっ!!」
新しい機械を作る予算が下りたということで、いつもの翻訳作業を一時期中断してサトルさんと『活版印刷』なるものの相談をしていたところで、写本室の扉が蹴破られました。
後頭部を打ち付ける倒れ方だったので後遺症が心配だったのですが、どうやらその心配は杞憂だったようです。ライラ様はとっても元気にサトルさんに指を突きつけました。
「なんであんた!!あた……あ…………なんで、そんなに怪我してるの?」
「いや、あの決闘の後に賭けで損した奴らにフクロにされて」
サトルさんはアザだらけの顔に困ったような表情を浮かべて答えます。ライラ様はいたく納得されたようですが。
「当然よ!!あんなイカサマ認められるわけ無いでしょう!!」
「何で駄目なんです?」
「はぁ?なんでって、剣をバネ仕掛けで飛ばすのは反則でしょう!!」
「いや別に?だって剣には特に何の仕掛けもしてませんから」
「じゃあバネで飛ばすのはなんなのよ!アレは剣の仕掛けでしょ!!」
「違いますよ、鞘に仕掛けたんです」
しれっと悪びれずに言ったサトルさんに、ライラ様が絶句します。反論できないというよりも、怒りで言葉がわいてこないだけみたいですが。
「屁理屈じゃない!!」
「そうですよ」
「それであたしが納得するとでも思ってるの!?」
「なんでライラ様に納得してもらう必要があるんですか」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
声にならない怒号を歯の間から噴き出して、ライラ様が顔を紅潮させます。今にも鬱血しそうなほど血管が盛り上がってますが大丈夫でしょうか?
「立会人のマフムード将軍とエラーヘフ陛下が認めりゃ、他の誰が異を唱えようと俺の勝ちです。元よりそういう類の勝負だったのを見誤ったのはライラ様でしょう」
「なによ、そんな理屈……」
「加えて言うなら、あの一撃が勝負として無効だとしても気絶しているライラ様に剣を触れさせることは簡単でした」
「それが何よ!!あれが無効ならその時点でやり直しでしょう!?」
「じゃあ逆にお聞きしますが、足払いですっ転ばされたところを剣で殴られても卑怯でイカサマだとおっしゃる?」
「…………」
今度のライラ様の沈黙はさっきとは質の違う物でした。サトルさんの詭弁に、そうはっきりと詭弁と判る主張に、理を見いだしてしまったのでしょう。ライラ様が武人でなければ無視できたのかもしれませんが。
「俺がやったのがイカサマだというのは認めます。その上で、決闘やり直してどうするってんですか。俺はまた別のイカサマを仕掛けて勝つだけですよ。いつか種切れで通じなくなるかもしれませんが、それまで『負けてない負けてない』ってわめき散らすんですか?貴方はそれをやれないでしょう。なぜなら貴方は本当の剣士だから。命のやりとりの意味を知っているから。それが判ってるから将軍も俺の勝ちだと判断したんです」
「…………」
歯噛みしてうつむくライラ様が正直怖いです。今にも剣を抜いて斬りかかってきそうな、それほどに肩を振るわせているのは怒りでしょうか、悔しさでしょうか。
その長い沈黙の後に、ライラ様はやっと口を開きました。
「わかったわよ。納得なんかしないけど、負けたのは認めるわ」
とりあえず、今だけは殺し合いとかなさそうです。それは安心できますが、ですがまだライラ様はサトルさんに対する敵意の炎を消してはいないようでした。
「負けたのは認めるけど、じゃあ、あたしを奴隷にしないってどういうことよ」
「どうって、そのまんまの意味ですが」
そうです、サトルさんは決闘で手にはいるはずのライラ様の身柄を放棄したんです。それに驚く人もいましたけど、わたしはサトルさんらしいなあって思います。だってサトルさんは優しいヒトですから。
「あたしは無価値だとでも言うの!?」
「いえ、奴隷を食わせてくだけの甲斐性がないだけです」
え、えっと、これは照れ隠しです。うん。
「だったら犯し抜いてから殺して捨てるなり売り払うなりすればいいじゃない!!」
「いやそこまでするのは人道的にいかがなものかと……」
「なによ!獣欲の権化の男の癖に、善人ぶってるんじゃないわよ!!」
あまりといえばあまりの言いぐさに、サトルさんも私も言葉が出ませんでした。とゆーか、気絶しながらも私の下着をスリ取った方の言う台詞でしょうか。
あっけにとられるサトルさんの胸ぐらをつかみあげてライラ様が更に吠えつきます。……胸ぐらつかみあげて?あの男嫌いのライラ様が?
「穴さえあれば突っ込むことしか考えてないケダモノの癖に!!今更男が人間ぶらないでよ!!あのときみたいにしてみたらどうなの!?」
「いやあの、なにがなんだか……」
目に涙さえにじませながらライラ様はサトルさんを揺さぶり続けます。もう本人も何を口走っているのかわかってないのかもしれません。ただ、感情が吹き出るままに叫びます。
「本性隠さないでよ!!言い訳しないでよ!!逆らわないでよ!!奴隷の癖に、道具の癖に!!物が人間様に逆らうんじゃないわよ!!男がみんな糞だって証明しなさいよ!!」
その言葉に応えたのは、サトルさんの右拳でした。
本来ならライラ様がただのヒトのただのパンチに当たる道理はないのですが、それをもらってしまうぐらいライラ様は取り乱していたのでしょう。殴り倒されて、あっさりと床に転んだライラ様が立ち直る前にサトルさんが低い声で言いました。
「ああ、確かに俺は、奴隷はみんな道具だよ。それは認める」
椅子から立ち上がって倒れたライラ様の足下に立ちます。サトルさんは決して声を荒げてはいませんでしたが、おそらく怒っているのでしょう。私の位置からは背中しか見えませんが、それだけでも怒っていることがわかります。
「で、だ。道具にも道具なりに矜持ってのがあってな。この世に存在するすべての道具はな、それこそ赤ちゃんのおしめから拷問具や自殺用の懐剣にいたるまで、 使 う 奴 を 幸 せ に す る 為 に職人が作って生まれてくるんだよ。それを、なんだ、あんたは?」
一拍おいてサトルさんがかがみ込みライラ様の顔をのぞき込みます。いまのサトルさんはどんな顔をしているのでしょうか?ライラ様が明らかに怯えたような表情を浮かべました。
「犯せ?殺せ?捨てろ?売り飛ばせ?自分を不幸にしろ、命令だ?道具代表として言わせてもらうぞ、ふ・ざ・け・ん・な」
最後の一言だけ力を込めてサトルさんがまた立ち上がり、仕事机に向かいます。かすかに憤懣を浮かべた無表情。こんな顔のサトルさんは初めて見ました。
「自殺したけりゃ舌噛んで死ね。不幸になりたきゃそのまま餓死しろ。あんたには首を吊る為に縄を使う資格すらない」
「あ、ああ……うああぁぁぁあああ……」
サトルさんの言葉に、もはや泣き出しながらライラ様が写本室を飛び出していきました。
開きっぱなしの扉を見張りの衛兵さんが閉めてくれた後、サトルさんが大きくため息をつきました。
「言わなきゃ良かったかなあ……」
「どうでしょう。ああ言われて自殺するとも思えませんし。むしろ自暴自棄で何か事を起こす前に思いっきり泣いた方がすっきりすると思いますよ」
「そんなもん?むしろ今走り去っていった方がよほど自暴自棄に見えたけど」
「男の人にはわからないかもしれませんけど、泣く前の方がいろいろあり過ぎて自分でもわけわからないものですよ。けど泣いてる間は悲しいだけで済みますから」
「……うん、確かにわかんない。てか、それって性別の差なの?」
「個人差ですかねぇ?」
私の疑問に答えるわけでもないのでしょうが、サトルさんが今度は小さくため息をつきました。
「そんなに気になりますか?」
「ん、まあそれもあるけどさ。ただ、なんていうか、人に説教するのがこんなに恥ずかしいとは思わなかったから」
「恥ずかしい、ですか?」
「いや、冷静に自分の発言を見直すと、途端にね」
私にはとてもかっこよく見えたのは気のせいなんでしょうか?サトルさんは私の視線に気がつくと、ごまかすように声を張り上げました。
「さ、仕事しよ。仕事!まだ必要な文字のリストアップも終わってないんだから」
「そうですね」
もうちょっと突っ込んで聞いてみたい気もしましたが、結局また仕事に戻りました。
ライラ様が部屋を飛び出してから一時間ほどでしょうか?写本室のドアが、今度は控えめにノックされました。
「サトルいるか?入るぞ」
「どーぞー」
今夜はお客さんが多い夜です。入ってきたサラディン様は難しいような疲れたような顔でサトルさんの勧めた椅子に座りました。
「今日は、何か?」
「ライラに何かあったのか?」
促されて話を切り出したサラディン様は、ご自身でも何かに迷っているようでした。いえ、もしかしたらそれは後悔だったのかもしれません。
「また、どうして」
「さっき部屋に来た。追い払うつもりだったが先に泣き出されてな、襲ってくる様子もないので胸を貸してやった」
「それで今は?」
「泣き疲れて、眠ってしまった。で、話を戻すが、何があったんだ?」
「大したことじゃないんですが……」
「といった次第でして」
サトルさんの説明を一通り聞いた後、サラディン様は少しピントのはずれた感想を漏らしました。
「妙な理屈の説教もあったもんだな」
「いや、まあ、親父の受け売りでして」
サトルさんが恥ずかしそうに頬を掻き、痣にさわって痛みに眉をしかめます。
「父親の?」
「安全性考えない改造頼んでくる暴走族に、よくこうやって説教を。詳しく話すと長くなるんでこの辺で勘弁して下さい。それより俺から聞いても良いですか?」
「……ライラのことか?」
「できればなんとかしてやりたい。そんな顔してますよ」
「まあ確かに、身内だからな」
つぶやくように言って、サラディン様は視線を壁の染みに移しました。
「ここに来てから一年半ぐらいだから……そうか、もう五年も前になるのか」
「五年前、ですか」
「ああ、まだライラがクシャスラと同じぐらいの頃だ。そのころはまだあれも今みたいに女に走っているわけではなくてな」
「クシャスラぐらいの年齢でレズに目覚めるってのもあり得ない話ですが」
「男に走るにもまだ早い歳だな。……姉様達の悪影響でやや耳年増のところはあったが、それでもその頃は背伸びしたがる子供でしかなかった」
……あれ?
「サラディン様、お詳しいですね」
「不戦の約定の一環で、人質としてやっかいになっていた時期があってな。歳が近いこともありあの頃は。いや、いまでもか、懐かれている。乞われて剣の手ほどきもした」
そこまで言ってサラディン様は一つため息をつきました。
「才はあった。それが良くなかったのかもしれない。子供ながらに、自分の力を試してみたい気持ちが抑えられなかったのだろう。たまたまそのとき領内の街道に盗賊が出没していた。討伐隊を出すことになり、経験を積むという事で私もそれに加わることになった」
「……ヒトでいうところの13〜14ぐらいで、ですか?」
「武を頼りにするつもりならそんなものだ。まあ、流石に大抵の初陣は、見てるだけになりがちだが」
「じゃあライラ様もその討伐隊に?」
「いや、それは許されなかった。だから城を抜け出してこっそりついてきてしまった。私は初陣で、兵達は人質とはいえ貴人を守らねばならない緊張があった。それが言い訳になるわけでもないが、迂闊なことにライラがついてきていることに気づけたのは奴らの斥候と接触したときだった。少人数同士の乱戦になり、その混乱のさなかに攫われるライラの姿を見つけた」
そこまで言って、サラディン様はサトルさんのコップを勝手にとって軽く喉をしめらせました。冷めたエスプレッソの苦みとまずさに顔をしかめます。
「捕らえた斥候の話から聞くと、盗賊共は廃坑を砦に改造して使っているとのことだった。ライラを助ける為に早く行こうとする意見もあった、あくまで作戦の成功を優先して慎重に行こうという意見もあった。隊長は後者の意見を採用した。それが功を奏したのか、いろいろと仕掛けられていた罠などにかかることもなく、我々は盗賊共を討伐することができた」
「………それで」
「私がとある部屋に切り込んだときだった。中は『女を飼う』部屋だったらしい。そこでライラはかわるがわる男の慰み者になっていた」
「………」
「いまでも時折、本当に時折思う。私が剣を教えなければ、もしかしたら違う結果になっていたんじゃないか?罠を覚悟して迅速に攻め込んでいれば助けられたんじゃないか?と」
「いやそれは……」
「わかってる。それぞれの判断が間違っていた訳じゃない。ただ単に、そうなってしまっただけだ。それでも後悔することは尽きない」
それでおしまい、と言うようにサラディン様が口を閉じると場を沈黙が包みました。ややあってからサトルさんが口を開きます。
「……それからですか、男嫌いは」
「まあな。その反動で女好きになるのは、極端すぎるとは思うが」
「サラディン様は責任を感じてるんですか?」
「それもある」
じゃあ他は何なのか、サラディン様はあえて語ろうとはしませんでした。
「それにしたって……どうしようもないじゃないですか、それは」
「……そうだな、お前向きの問題じゃないな」
あきらめとも絶望ともつかないため息をサトルさんとサラディン様が交わします。それを打ち破ったのは、甲高い舌っ足らずな声でした。
「そうともいえないのれすよぉ」
あの仕掛け鞘を作るのに魔力を消耗したと言うことで呼び出してなかったクシャスラちゃんが、サトルさんの肩の辺りに出てきていました。その顔は、我に策あり、というよりも、面白いいたずらを思いついた、と言った感じです。
「ますたぁにもれきることが、というよりも、今ますたぁじゃなきゃれきないことが、一つらけあるのれす!!」
自信満々に宣言するとクシャスラちゃんは、とんでもないことを語り始めました。
* * *
「やっぱり止めた方が良くないか?」
「何言ってるのれすか。ますたぁらって、認めたれしょ?」
認めた訳じゃなく、反論できなかっただけだと思うけど、口には出さない。口論はし尽くしたし、その上で反論できなかった以上言うだけ無駄なのはわかっている。わかってるけどさあ。
「泣き疲れて寝てる女の子襲うってのは、気が進まないなぁ……」
「ちがうれすー。心に傷を負ったかわいそうな少女をいやしてあげるのれすー」
「うーん」
言いくるめられている確信だけがあって確証が見つからない。いっそもう自分の部屋に戻っていたりしてくれるとこっちも止める踏ん切りがつくんだが。
「レイプされたのがトラウマになって男嫌いになったんれすから、やさしくて気持ちいいHで思い出を上書きするのが一番の薬なのれす。で、それができるのは心身共に打ちのめされてる今が一番なのれす!」
「……衝撃的なイベントで混乱させたところで自分の都合の良いルールを吹き込むって洗脳の手段があったような気がするな」
「ん、まあ、洗脳れすけど、みんな幸せになれるならそれが一番なのれす」
「認められても嬉しくないのはなんでだ……」
呆れながらもドアを開ける。いなければいいなと祈ってた甲斐もなく、ライラ様はベッドでうつぶせになっていた。涙と鼻水でくしゃくしゃになっている枕に顔を埋めて寝息を立てているライラ様。……改めてみれば、やっぱりまだ子供なんだなあ。
タンスから何枚かタオルを取り出して、まずは顔を拭き清める。小さくて柔らかい身体を膝上に抱え上げて拭いているうちに、ライラ様が身じろいだ。
「ささますたぁ、目覚める前にぶちゅーっと」
「それこそレイプじゃねーか」
茶々入れるクシャスラにつっこんでからライラ様を軽く揺すって起こす。寝ぼけた様子の彼女が目を開くと、俺と目があった。
「こんばんわ、ライラ様」
数秒ほどその姿勢のままで固まってたライラ様。この距離でじっくりと見てみるとわかるけども、サーラ様と親戚のせいなのかすこし顔立ちが似ている気もする。ただ与える印象はサーラ様が芸術品なら彼女は……ばぶらっ!?
「ぎゃーーーーーーーーーー!?なぜ生まれてきやがったー!!」
「ちょ、ま、いきなりアッパーカットって」
「それより『ぎゃー』って女の子の悲鳴じゃないれすねえ」
「なななっな、なな、なんであんたがいるのよ!」
「いや、ちょっと、協議の末ですねえ」
「夜這いすることに決定したのれす」
お前いきなり何言うかーっ!?と思いはしたけど間違ってないから否定もしずらい。タチ悪ぃ。
「よ、よばっ、夜這い?だってさっきいらないとか……」
ライラ様は俺の膝から転げ落ちてシーツを盾にするかのようしてさがる。けども、よほど動転しているようで、ベッドの隅、壁に接している方に勝手に追いつめられている。
「いやあの、つまりですね……」
「ええ〜〜〜〜?奴隷はごしゅじんたまに肉奉仕するものれすよねぇ?」
言い訳めいた俺の説明、いや釈明をおしのけてクシャスラが声を上げる。心で『まかせてくらさい』と自信たっぷりに言うけれど……大丈夫なのか?
「だ、だれが奴隷なんかになるって……」
「決闘に負けたら奴隷になるって言ったれすよね?」
「言ったけど、そっちがいらないって言ったんじゃない!」
「え〜、れも、らいらちゃんはそれでいいんれすかぁ?」
クシャスラのあからさまな挑発もスルーできないほどライラ様は動揺しているらしい。ここでつっぱねねりゃいいのに。
「ど、どういうことよ!」
あーあ、のっちゃった。
「いらないからって言われたからあげない。そんな軽い気持ちれ剣士の誇りをかけた決闘を挑んらんれすかぁ?」
「ぐ……ッ!!」
「賭けた以上は支払うべきれすよねえ?そう他の誰でもない、自分自身との誓いの為にッツ!!」
「そ、それは……」
言いよどむライラ様にクシャスラがトドメを刺しにいく。……やっぱこいつ、基本はSだよな。
「あら〜〜じゃあ、あの決闘に賭けたお姉様への愛とやらは偽物れすかあ?」
「そんなわけないじゃない!」
叫んだせいで良くない方向に勢いづいたらしい。まとっていたシーツを投げ捨て、うわずった声で俺に向き直った。
「さ、さあ、早くや、やりなさいよ」
それだけの言葉を必死に絞り出す。捕食者を前に恐怖で動けなくなった獲物の様な目でライラ様が俺を見る。5年を経てもいまだにそのときの恐怖にとらわれているのか。俺は、その様子があまりにも痛々しくて、目が離せなかった。
できるだけ怯えさせないように、ゆっくりと手を伸ばす。その指先がライラ様の肩に触れようとすると、ライラ様は息をのんで飛び退いた。
「無理なら、いいんですよ。ライラ様」
「無理、じゃない。できる、できるもん……」
そうは言っても、とてもできそうには思えない。近寄ろうとしても手を伸ばしてもライラ様は俺から逃げようとし、俺はライラ様を追えなくなる。そんな膠着を見かねたのか、クシャスラが割り込んだ。
「ふーむー、このままじゃ夜が明けちゃうれすねえ」
「だからって無理矢理やれとか言わないだろうな」
「やー、言わないれすよぉ。代わりといってはなんれすけろ、ここは一つワンクッション挟んれみるのはろーれすか?」
「ワンクッション?」
「つまりこーれす」
言うなりいきなりクシャスラが俺にキスをしてきた。不意をつかれた俺の唇を割って小さな舌を入れてくる。中で暴れ回ろうとするところで俺からも舌を出して迎撃してやった。そのままニュルニュルと10秒ほど舌同士を絡めると、だんだん俺の気分も盛り上がってきた。
「――っぱあ。ますたぁ、反応はやーい」
「ん、まあな。にしてもいきなりなんだよ」
「や、目の前れ男の人が気持ちいいことを実演してあげればいいのれすよ」
「ふーん?」
ライラ様の様子を伺うと、突然目の前で起こったディープキスに驚いてはいるけれども、それが特に不快だとか怖いだとかいうこともなく見ているようだ。……ふむ。
「ライラ様」
「そこで、ちょっと俺達がするのを見ていて下さい。いいですか?」
「……う、ん」
ぎこちなく、だけど素直にうなずくライラ様。……こんなに幼かったっけ、と思う。その様子に少し目を奪われ、次にクシャスラに唇を奪われた。
クシャスラにキスのリードを任せつつ、俺の手はクシャスラから服をはぎ取っていく。まあ精霊なんだし服の着脱なんぞは本来命令一発なんだが、野暮は良くないよね。クシャスラが脱いだら次は俺も脱いでいく。その間もキスは止まらない。シャツを頭から抜くときさえ止まらない精霊だけに可能なキス。
「は、にゅう。ぷあうっ……」
「ん、ん――、ふう」
その暖かさと柔らかさに思わず熱中しかけるけど、酸欠には耐えられない。やむを得ず、小さなお尻に手を回し尾てい骨の辺りから蟻の戸渡りまで指先でなぞった。
「にゃうっ……ますたぁ……」
「ごめんごめん。でもここで酸欠で倒れても間抜けだろ?」
弁明とともに額やまぶたや顔中に触れる程度の軽いキスを降らせると、シャワーでも浴びているかのように目を細めてそれを受けいれる。その間に俺の左手はお尻の方からクシャスラのそこに向けてゆっくり進んでいった。
「あっ」
クシャスラの潤んだところに指が触れ小さい赤錆色の身体がすくむ。右手で銀色の髪の毛を梳いて鼻先を埋めると鉄の臭いと少女の匂いがした。
指で愛撫されている事へのお返しか、クシャスラが自分の正面にある俺の乳首に吸い付いてくる。唇で吸い込んで舌先で舐めあげられるのは正直気持ちいいのだが、男なのに乳首で感じるのはなんか屈辱な気がする。
奥歯をかみしめて感じてることを隠そうとするけども、クシャスラには通じないみたいだ。
「ますたぁ。ちくびたってるれすよぉ?」
「うるさいな」
にや〜っといたずらっ子のように笑うクシャスラに軽くこつんとやって、くるりと身体をひっくり返す。後背座位の姿勢で、ライラ様によーく見えるようにクシャスラの脚を広げた。
「ひあ……すっごいみられてるれすぅ……」
同性愛でセックス自体の経験はあるのか。意外にライラ様はじっと目をそらさずに俺とクシャスラを見ていた。その視線の向かう股間ではいきり立った俺が丁度濡れたクシャスラを隠していた。
その状態で、ふと思いつき、ささやく。
「なあクシャスラ」
「な、なんれすか、ますたぁ……はやくぅ……」
「お前、もしかしてこうなるってわかってたから夜這いなんて提案したのか?」
「にゅ、そりは……」
「なるほど」
「だ、だってだって、午前中にあんなに仕事したんれすものぉ!クシャスラごほーびほしいれすぅ!」
腕の中でぴちぴち暴れてちんちんを入れようとするクシャスラをがっちり押さえる。ああでも、確かに今朝はあの仕掛け作るのにかなり魔力使ったからなあ。でもだからって誰かのトラウマにつけ込むようなまねを赦すのも……。んじゃあ、こうするか。
「クシャスラ、入れて欲しい?」
「ほしいれすぅ!」
「じゃあさ、これから自分がどうなってるのか、ちゃんとライラ様に説明できたら入れてあげよう」
「ひ、ひう?」
「じゃあスタートな」
そういって腰を上下に動かし始める。膣には入れないで割れ目の上を上下にこする、いわゆる素股。すでに濡れていたせいか、クシャスラと俺のが混ざってくちゃくちゃと音を立て始めた。
「ひゃう、ふ、あ…」
「ほら、説明は?」
「は、はい……ますたぁのおちんちんが、やんっ、くしゃすらのおまんこの上をこすってるれすぅ……。あはっ、ますたぁの、ビキビキに硬くって、血管が浮いてるのがよくわかるれ……ひゃんっ?」
カリの部分でクシャスラのクリトリスを引っかいてやるとクシャスラが声を高くして悶える。俺のもクシャスラのやわらかい其処に啄ばまれてたまらない。
「エ、エラのところが、あぁん、クシャスラのお豆に、お豆にっ!」
「お豆じゃないだろ?ここはなんて言うんだ?」
問いただしながら休憩もかねて腰を止める。このまま動かしてたら俺も出そうだったというのは秘密だ。なるたけ余裕を見せながらクシャスラの未発達のフトモモをなぞりあげる。
「はひ、ここはぁ…クリトリスれすぅ…。くしゃすらのクリトリスぅ…いじってほしくてぇ…おっきくなってるんれすぅ…。だからぁ、らから、はやくぅ!!」
「いぢってほしいの?」
「ほしいれす!ますたぁのおちんちんれ、たくさんたくさんいぢってほしいれすぅ!!」
「いぢるだけでいいの?」
「やーっ!やーっ!おまんこのなかにじゅぼじゅぼ入れてずんずん突いてほしいれすーーっ!!」
よっぽど餓えていたのか、それともギャラリーを前にしての説明プレイに興奮したのか、半狂乱になってクシャスラが激しくおねだりする。いやー、もー、しょうがないなあ。
「よく言えました!」
「ん、あーーーーーーーーーっ!!」
ご褒美に一気に奥まで突きこむ。焦らされていたクシャスラが絶叫を上げて一気に登りつめる。噴出した愛液が空中で魔力になって霧散した。ひくひくと蠢く狭い中の感触は格別で、俺もそれに達しそうになった。が、入れるなり出すのは男の沽券にかかわるので歯を食いしばって耐える。なんとか限界をやり過ごして、クシャスラを抱えたままライラ様の様子を見た。
呼吸することも忘れているようで、大きく目を見開いて俺とクシャスラの結合部分を凝視していた。…おお、案外うまくいくもんだなあ。とりあえず、それだけ確認してクシャスラのほうに意識を戻す。せっかく堪えたんだし、もう一回ぐらいイッてもらわないとね。今日はお世話になったし。
「あ、ま、ますたぁ。いまイッたばっかりれ、敏感……んっ!」
「ああ、だからゆっくり動こうな。ほら、両手空いてるぞ?」
深呼吸のようなリズムで、狭い体内の最奥から入り口まで長いストロークのピストンを始める。同時にクシャスラの細い手首を取って彼女のちっちゃかわいい胸に導いてやると、一瞬だけ躊躇して自分の胸を揉みしだきはじめた。
「あっ、あふぅ。おっぱいきもちいいのれす……」
「ん、じゃあ動かなくてもいいかな?」
「やっ、やーっれすーっ!もっともっといっぱいいっぱい突いてほしいんれすー!!」
俺の腕にがっしり押さえられた腰を何とか動かそうとするクシャスラは犯罪的にエロ過ぎる。いい加減焦らすのもかわいそうだし、というか、俺も耐えられないし。そんなことを考えるまもなく、俺の腰が激しく動き始める。
「あ、ああ、あああああっ!?ずんずん、ずんずんが来てるれすうぅぅぅぅぅ!!」
「んっ、クシャスラ。いくぞっ、出すぞっ!!」
「あっ、いくいく、出てるうううううううぅぅうぅぅぅぅうぅ……」
どくっどくっと尿道を振動させて精液が駆け抜ける感触。開放感と虚脱感がないまぜになった快感を感じながら二人同時に達した。
射精の快感に俺も一瞬気絶していたらしい。ふと我に返るとクシャスラはむにゃむにゃと寝息を立てながら俺の胸へと消えていくところだった。
と、忘れるところだった。ええとライラ様は……。
ライラ様は、俺を見ていた。全力疾走した後のように息を荒げ、左手は体をかばうように右肩に爪を立て、右手は女の子座りする足の間に隠れていた。
俺の視線に気がついたライラ様はとっさに両手を背中に隠すけど、ランプの明かりを照り返した右手の光は隠せていなかった。……自分でしてたんだ。
「ライラ様、もしかして自分でしてました?」
「し、してない!オナニーなんかしてない!!」
語るに落ちていることに気づけないほど興奮しているようすで必死に否定する。少し身を乗り出してみる。ライラ様はさっきとは違って動かない。いや、腰が抜けてるみたいで動けない。その肩に触る。
「あ……」
消え入りそうな声。だけど驚くだけで抵抗はしない。肩に触れて気づく。まだかすかに震えている。受け入れ始めているけど、まだ怯えている。……でもここまできたら最後までやるべきだよな。
体を抱き寄せて、彼女のあごを肩の上にのせてあげる。原色縞模様の頭のうろこを手のひらでよしよしと撫でる。そうしながら耳元でささやいた。
「今からあなたに、さっきクシャスラにしたようなことをします」
その一言に、ビクッと身がすくむのがわかった。けどライラ様は声を上げない。
「できるだけやさ……気持ちよくしますけど、我慢できますか?」
ライラ様は声を上げない。いまだ迷いがあるんだろう。だから、返事を待って気分が冷める前に一歩押し込む。
「もし我慢できなかったらストップって言ってください。嫌、でも、だめ、でも俺は止めませんから」
宣言して、彼女の体をゆっくり押し倒していく。両手がか弱い抵抗を見せるけどかまわずベッドに押し付ける。息を呑む音が聞こえるけど気にしない。小柄な体に体重をかけないようにのしかかり、かるく唇を奪う。吸いもしない、押しつけもしない、触れるだけ。触れただけの唇でくすぐるように緊張をほぐしていく。軽く舌を出してみるけど、動かない。んー、さすがに舌入れさせてはくれないか。
ディープキスはあきらめて、唇をゆっくりと下に動かしていく。
「んっ、んんっ」
出ようとする声を抑えているのか、うめくような声が聞こえる。恥ずかしいのかなんなのか。形のいいあごをとおり。あごの裏辺りを舌先で愛撫しながらゆっくり服を脱がせていく。布地が肩とか肘などの難所を越えるたびにぴくりと動く。やがてその胸が現れた。
でかい。というか仰向けの状態でもこんもりと盛り上がる張りのある乳。服の上からでもでかいと思ってたけど、剥いて見てみるとあたらめてでかいと思う。サーラ様もスレンダーな体つきの割にはついてるほうだけども、これはその上。ちょい色濃い目の乳首も自分でしていたせいか硬くなってそそり立ってる。……やらしい身体だよな。もしかしてこの胸に注がれる視線も男嫌いに拍車をかけたのかね。
そんなことを思いながら山の裾野からゆっくりと回るように舌を這わせる。ゆるゆると滑らかな肌と汗の味を確かめながら乳輪のそばまで近づき、不意打ちで乳首を銜えた。
「――っ!!」
ライラ様は両手で自分の口をふさぎ声を抑える。男にソノ声を聞かれるのは恥ずかしいのかなんなのか、さっきからずっと声を殺している。……こうなると、あれだよね。なんとしても出させたくなるよね。男として。
右の乳首を唇でかわいがり、空いた左は手の平全体を使うように揉みこんでいく。女同士の絡み合いで磨きぬかれたのか、絶妙の張りととろけるようなやわらかさが返ってくる。うっあ、このおっぱいとサーラ様のおっぱいが重ねられたらどんな光景になるんだろう?そういや、なんでサーラ様レズが嫌なんかな?もし俺がかわいい美少年に迫られたら……。
……。
自分の股間で元気になっていた息子が力をなくすのがわかる。ロリ美巨乳を前にこの威力。うん、確かにだめだ。少なくとも俺は。
その妄想のおかげで少し冷静さを取り戻す。さて、次は下なんだけど……ふむ。
いったん胸への愛撫を中止してライラ様の胴をつかんでくるりと俺の上になるようにひっくり返す。ちょうど俺の顔面を胸が挟むような位置でライラ様が俺の上に覆いかぶさるような体勢。うう、うれしい呼吸困難。その胸の谷間に埋没しながら、ライラ様の腰を持ち上げ膝を立てさせる。その状態で帯をはずしズボンを剥いていった。
「あ……いや……」
かすれるような声で拒絶するけど約束どおり手は止めない。中学生ぐらいの癖にむっちりお肉のついたお尻に手を這わせるとまろやかな感触がする。
「右脚、上げてください」
「ん――っく」
表情は胸が邪魔で見えないけど、脚は浮かせてくれた。そのままズボンを右足から抜き、同じように協力してもらって左足も抜いた。胸に包まれたままお尻から太ももを何度も往復して撫でる。そのうちにだんだんと指を太ももの外側から内側にずらしていく。
「…っ…っ…っん!」
漏れ出る息に少しずつ声が混ざり始める。そろそろ大丈夫かな。
「――っぁ!!」
這い上がっていった指がライラ様の其処に触れる。そこはもうとっくにぬれていて、開花していた。其処にゆっくりと指を進入させていく。予想に反して、指は快く迎えられた。男に対してトラウマがあるからてっきり思いっきり排除するものかとも思っていたが、もしかすると女同士でする際にそういう玩具を使っていたのかもしれない。ま、拒絶されないなら理由なんてどうでもいいか。
さっきからライラ様は俺の顔に胸を押し付けたまま、反射的に動く以外は動かない。腕に力が入らないようで身を起こしすらせずにただ息を荒げている。その喘ぐ身体の脇に手を入れ起こしてあげた。
一緒に俺も身体を起こし、そそり立った息子の上にライラ様の身体を持っていく。一センチほどの距離を取ってそこでぴたりと止める。
「声、出したくないですか?」
下のほうを見ないでそう聞くと意味がわかったのかライラ様は力なく頷いた。荒い息をつく半開きの口に曲げた左手の人差し指を噛ませる。
「噛んでてください」
「ひ? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
先端に触れただけでライラ様は反応した。指が強く噛まれ痛みが走る。けど、止めないでゆっくりとライラ様を下から貫いていく。そして俺のものが全部埋まった。
ライラ様の中は、ざわざわと蠢いていた。きつくはない。むしろゆるいと思う。ただ、上のほうがザラザラとした感じで何もしなくてもそれがずるずるとヤスリのように擦ってくる。時折ぴくぴくとランダムに締め付ける肉の感触も気持ちいい。あまりの気持ちよさに反射的に腰を動かそうとして、何とか理性がそれを止める。快楽に差し込まれた指の痛み。それが一段楽するまで動くのを待つ。
30秒ほど待つと、必死の形相で俺の指をかみ締めていたライラ様もついに息が切れたのか息を吐いて俺の指を離した。皮膚が裂け血が出て、ライラ様の口からそれがこぼれていた。指を抜いて血を舐めとる。そのまま身体を抱き寄せて耳元でささやいた。
「動きますよ」
「だ、だめっ……あっ!」
短いストロークで小刻みに動かす。俺の胸板の上でライラ様の巨乳が柔らかく潰れる。それがぷるぷると震えるのが楽しくてもっと腰を動かす。
「あっ、あっ、あっ……」
一定のリズムを保ったまま腰を使い続ける。ライラ様の両腕が俺の背中に回され爪が立てられる。それに元気付けられ俺の腰も早くなる。突き上げるたびに理性が削られていくのがわかる。それを冷静に見下ろしつつ止められない俺がいる。聞こえ始めたライラ様の嬌声も俺の理性を浸食していくのがわかる。
「いやっ、いやっ、だめっ、そんなっ!」
リズムに合わせて声も区切られる。それが楽しくてリズムはそのまま強さをあげていく。右手で背筋をなぞり下へと動かす。
「あっ!あっ!ひゃぐ!そんなっ!だめっ!ああ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁっぁぁああっ!!」
「〜〜〜〜〜っぅあ!!」
その指先がアナルを通り蟻の戸渡りに触れたとき、ライラ様が絶叫してのけぞった。それを確認して俺も我慢を解き放った。
* * *
失神したライラ様と自分の身体を拭いて服を着せる。彼女の部屋まで運ばんといけないよな、これ。疲労に一息ため息をついて、お姫様だっこで抱え上げる。意識を失った人体の重さは正直きついがここで寝させるわけにもいかないし、起こすのも、まあ、この場合はどうかと思う。
そんな彼女を抱えてドアを開けると、サーラ様が壁にもたれて待っていた。
「すいませんごめんなさい殺さないでください」
「開口一番それか」
殺意、ではない。赫怒、でもない。憤懣。物理的圧力を伴うぐらいの憤懣が駄々漏れにたたきつけられ思わず一歩下がる。
「殺す理由などない。私も納得した上の事だ」
じゃあなんですか、その目は。といいたいけれども黙っておく。さすがに其処まで失言する勇気はない。
「と、とにかくライラ様を部屋に送ってきます!!」
「ああ、早く行ってこい」
「はいっ!!」
駆け出しながら部屋を出て行く。背中の方で荒々しくドアが閉められた音がした。
ライラ様を部屋に戻して足早に帰る。閉められたドアに気後れするけど深呼吸をした後、意を決してノックした。
「開いてるぞ」
うう、不機嫌だよ、やっぱり。一声かけながらおそるおそるドアを開く。
「失礼します……?」
ナツメヤシの香り。俺のアラック(ナツメヤシの蒸留酒)の瓶を勝手に開けてサーラ様がちびちびやっていた。普段飲まないような強い酒を、ランプを消した部屋で窓からはいる月光をつまみに舐めるように飲む。
「不味いぞ、この酒」
「え?いやあの、すいません」
謝ってから、謝る必要なかったなと気付く。でもいつものことだな、とも思う。ライラ様とした後に換えたばっかりの新しいシーツの上に、俺も腰をかける。そのまま無言でサーラ様は中天にかかる双月を、俺は薄暗い住み慣れた部屋を、しばらく眺めた。
「どうだった?」
「どうでしょう。明日ライラ様の様子を見ないことには何とも」
真っ正面からはぐらかす。背中を向けたままでもサーラ様の心がささくれ立つのがわかる。また少し黙ったあと、サーラ様が口を開いた。
「そうじゃなくて具合はどう……っ!」
追求の言葉を全部聞きたくなくて、背中からサーラ様を抱きしめた。
「サーラ様」
自分で自分の声が震えるのがわかる。サーラ様は抵抗しなかった。自分の語彙の中にない感情が頭の中をぐるぐる回る。遠心力に振り切られて、口からこぼれ出る。
「サーラ様、抱かせて下さい」
「なんで…今そういうことを言うんだ…」
簡単に包帯を巻いた左手の指にサーラ様が爪を立てる。激痛が走る。けど気にならない。痛みより別の物が押し寄せてきて耐えられない。
「今じゃないと、駄目な気がするんです」
「……勝手なことを言いおって!!」
「うわっ!?」
叱責ではなくどこか吹っ切れたような声をあげて、サーラ様が俺をぶん投げた。ベッドの上に仰向けに転がされる。サーラ様はそんな俺を尻目に窓をぴっちりと閉めた。唯一の光源を失った部屋は当然真っ暗になる。
「サーラ様?」
「動くな」
ナツメヤシの香りとアルコールの味、そして熱く柔らかい舌。つながった口同士の間で唾液と吐息が循環する。
唐突に口が放され耳が捕まれる。その耳に熱い吐息がかかる。
「私の奴隷でありながら他の女と通じるとは許せん。罰を与える」
「いやサーラ様も合意の上で、そもそも発案はクシャスラ……」
「うるさい黙れ。罰としてこれから動くな」
本気とも冗談ともつかない声音。顔はすぐ近くにあるのに真っ暗なせいで見えない。
耳が放される。そしてサーラ様が離れる気配と衣擦れの音。
「え?サーラ様脱いで……あたっ!」
思わず身を起こそうとしたところで、頭をぽかりとやられる。
「いたたた、なんで見えないのに叩けるんですか」
「気配だ。それより動くなと言っただろう」
え、と。つまり……。
「きょ、今日はサーラ様がしてくれるってことであだっ!」
「口に出して言うなっ!服を脱いで大人しく待ってろ!」
鼻っ柱に硬い拳骨をもらったみたいで、またベッドに寝かされる。仕方がないので寝たまま服を脱ぐと、見えないが頭上にサーラ様が動いた気配がした。
普段、その、夜伽をするときは俺が奉仕する、というかせめる側だ。まれにサーラ様がせめるときもあるけど、そういうときは決まってクシャスラに煽られてで……。あ、もしかしたらサーラ様だけでせめてくるのって初めてかもしれない。顔の上に被さってくる気配とともに再びキス。入ってきた舌に俺からもからみつける。
「んっ、んー!」
不満そうな声が聞こえるけど無視して絡める。いや、絡めずにいられない。放したくない。
『ぷはっ』
唇を放して息を吸う。その声が重なる。それがおかしくて、思わず少し笑う。ほっぺたを抓られた。
サーラ様が身を乗り出して俺の鎖骨を軽く噛む。そのまま唇と舌が胸の方に降りていく。当然サーラ様の胸が俺の顔の上に来る。むにゃっと顔面に触れた、いや押しつけられた柔らかい乳房。すでに硬くなりかけている乳首と乳輪も顔の上でくにくにと踊る。
「んっ……んふ…ん………んやっ!!」
硬くなった乳首を口の上に来た瞬間を狙って舌先で弾くと、甲高い悲鳴を上げてサーラ様が身もだえる。そのせいで、胸の上をはい回ってた舌も離れた。抗議のつもりか脇腹が軽く抓られる。
「いたっ」
「動くなと言っているのに」
「でも、気持ちよかったでしょ?」
返事の代わりにもう一回抓られた。
強い酒のせいかそれとも闇の帳のせいか、いつになく積極的なサーラ様。姿が見えないのは残念だけど、その分肌でサーラ様を感じられる。
鼻先に触れる張りのある感触。それに一瞬遅れて鳩尾に湿った感触。そこから舌がへその方へナメクジのようにゆっくりと這う。時折鼻に触れるサーラ様のお腹。そこから漂う汗の匂い。そして徐々に近づいてくる女の匂い。
へそに少し舌が入る感触。其処はすぐに出て舌はどんどん下がっていく。そして舌が家の生え際に達する前に、俺の先端に鱗の感触が触れた。ほんの一瞬だけ触れて、すぐに離れる。
「さ、サトル、お前……」
「いやー、そのー」
本日三回目だというのに元気に直立する腕白小僧。我ながらどうかと思うけども、この気持ちも嘘じゃない。サーラ様の手が、腹に下ろされそこから下腹部をなぞって根本へと。そのままの勢いで竿を捕まれた。
「っう……」
剣ダコのついたひんやりした手がきゅっと締めてくる。お世辞にも上手いとは言えないけど、おかげで不規則に襲ってくる刺激を楽しむ余裕がある。
ふにっとお腹に体重がかかる。サーラ様がベッドについていた手も使いはじめた。
「ふっ……んんっ……いたっ…」
両手で掴まれる。手のひらで亀頭を包まれる。指先で先走りを塗り広げられる。皮を抓られる。軽く揉まれる。上下にこすられる。俺の反応を見ながら、思いついたことを片っ端から試しているみたいだ。
「うわ、もっと大きくなってきたぞ……」
責めているというよりも、呆然とした口調でサーラ様がつぶやく。同時に俺の唇の端に何かがしたたり落ちた。舌先ですくってみる。サーラ様の女の味。
「サーラ様も、濡れてるじゃないですか」
「ば、ばかもの!そういうことは言うな!」
照れたようなサーラ様の顔が見えないのが凄く残念でもあり、それをありありと思い浮かべられるから十分だとも思う。鼻先から一センチほど先にサーラ様の濡れたあそこがあるのもありありと思い浮かぶ。幻視したその秘所に舌を伸ばそうとしたとき、不意にサーラ様が握っている俺に熱い息がかけられた。
――ちゅ。
そんな音とともにキスされる。鈴口からエラのくびれへ、エラから竿へ、軽いキスがミシンみたいに俺のいきりたったそこを縫い止めていく。
「うっ、あ、あ、ああ……」
気持ちよさと感動で口から声が漏れる。その声を聞いたからか、サーラ様のキスもだんだん激しくなっていく。少し痛いくらいに強く吸われるキスがなんども俺をついばんでくる。
「さ、サーラ様。あっ、お願い、んっ、です……」
「……ぷあ。なんだ?言ってみろ」
言いながらも手はゆるゆると竿を上下にこすりたてている。その刺激に流されそうになる。
「う、動きたいです。サーラ様にも、してあげたいです」
どうしようもない。サーラ様を気持ちよくしてあげたい。あの声が聞きたい。もっと触れたい。
そんな欲求に答えたのは、うわずった声だった。
「ば、ばかもの!今更許可なんて取るな!」
お尻を掴む。幻視と同じ位置にあったそれを自分の顔の上に引き下ろす。サーラ様も同じらしい。先端が熱くてぬるぬるした物に包まれた感触が脳天を突き抜ける。俺は顔に張り付いた感触を頼りに、いや、どこであろうとかまわずできうる限りのことをして愛撫する。呼吸も忘れる。獣でもやらないような、互いを貪るシックスナイン。
俺がサーラ様の其処に深く口づけして強く吸い込む。
サーラ様ができるだけ奥に入れながら強く吸い込む。
二人ともそれに耐えられずに、思いっきり舌の口からはき出した。
そこから先は、もう良く覚えていない。ただひたすらにヤッてたらしい。
なぜそれがわかるかというと、朝、目が覚めたら繋がっていたまま寝ていたことに気がついたからだ。
* * *
ライラ様が帰国してから一週間ほど。親方と工房で印刷機の最終的な組み立てをやっていると、サーラ様がシャンティさんと一緒に訪れた。
「珍しいじゃないですか。サーラ様が工房に来るなんて」
「ん、『いんさつき』が完成したらしいじゃないか。だから作成を手伝ったシャンティ殿も誘ってちょっと見物にな」
「そりゃちょっとフライングですね。あともうちょっとで試作一号が完成するんで待ってもらえませんか?」
「そういうことなら待たせてもらうか」
工房の見習いが出した椅子にサーラ様とシャンティさんが座って物珍しそうにこちらを眺める。……なんか授業参観みたいでやりにくいな。
ん?なんか工房の外が騒がしい……。また誰か来たのか?
え?ライラ様?なんで?帰ったはずじゃ、ってなんで剣を抜くかなっ!?
「死、ねえええええええええええええええええっ!!」
殺意がてんこ盛りの掛け声とともに振り下ろされる双剣が、掲げられたドライバーとスパナにかろうじて受け止められる。
そのまま工具ごと斬り捨てるつもりで少女は力をこめるが、悲しいかな、腕力はともかく体重が決定的に足りなかった。
スピード勝負ならともかく単純な押し合いであれば筋力ではなく体重がものを言う。
一回り以上大きな体格があれば、ただのヒトである男でもヘビと拮抗することは可能であった。
「い・き・な・り・な・ん・で・す・か・あ・ぁ」
巧みに力点をずらして懐へもぐりこませないようにしながら、男が少女に問いただす。
「い・い・か・ら・死・に・な・さ・い・よ・ぉ」
歯軋りするほど力をこめて刃を押し込もうとしながら、少女が無茶な要求をする。
「あんたとの決闘のせいで『奴隷になったのか。じゃあもう王族じゃないから勘当ね』ってことになったじゃない!!」
「それ俺のせいなんですかっ!?」
がなりたてる少女に押しのけるような蹴り、というかヤクザキックを男が放つが少女はそれをあっさり引いてかわした。距離をとって双翼剣を構えなおす。
「ふ、あなたヒトの癖に『れでぃふぁーすと』も知らないのね。ヒトの世界で見いだされた真理で、曰く『男女間で係争事項が生じた場合、必ず男が悪い』。とゆーわけで!あんたが一方的に悪いのよ!」
「……原点と引用と展開と結論が間違ってる」
むやみな方向に強力な信念を見せ付けられ会話をあきらめたのか、敬語をやめて男が工具を構え直す。同時に精神的にも物理的にも一歩引いた。
「さあ、愚昧かつ矮小で汚らわらしい生き物、THEサトル!今すぐ責任取って割腹自殺しなさい。その前に介錯するけどおおおおおぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁああああああっ!!」
テンション上がりすぎて後半から怪鳥音になった宣言と同時に少女が男に飛びかかる。だが、
「純然たるお前の責任だろうがああああああっ!!」
横合いから飛び込んできたサラディンの斬撃にあっさりと叩き付せられた。