「きゃああっ!?文月ちゃん!文月ちゃんんっ!」  
けたたましい女の悲鳴で目が覚めた。  
「ちょっ!フォルテス先生、文月ちゃんになんてことを!」  
なにをしたんだっけ?  
俺は今まで経験したことのない疲労感を感じながら、ぼんやりとした頭で文月の可愛い顔を思い浮かべた。  
 
文月はまだ一人で眠れない。寝付くまでいつも添い寝してあげている。  
もっとも文月の可愛い寝息が聞こえるころには、たいがい俺もそのまま寝てしまうのだが。  
なので、朝は可愛い寝顔をたっぷり堪能してから起こすことにしている。  
そして、文月は寝起きでぼー、としながら俺の顔を見つけ、嬉しそうに微笑んでくれるのだ。  
が、次の瞬間、顔を真っ赤にして毛布を被ってカメになってしまう。  
添い寝してもらわないと寝付けないくせに、寝起きの顔を見られるのは恥ずかしいらしい。  
もっともその仕草があまりにも可愛いくて、思わず顔が緩んでしまう俺がいるのだが。  
イヤイヤをする文月を優しく押さえ付け、おはようのキスをしながら日々成長するその身体をまさぐる。  
敏感な身体はすぐに反応し、可愛い乳首を尖らして甘い喘ぎをあげてしまう。  
その可愛いお口に朝一番のお勤めをさせたいが、我慢してしばらく愛撫を続ける。  
と、ほどなく文月の身体がびくびくと震えだし、イく寸前、というところでやめる。  
そこで、さあ起きようか、といってベッドを後にすると、文月は顔をピンク色に染めながら、ううう、と恨みがましい目で渋々ベッドから下りてくるのだった。  
自分からイかせてください、っておねだり出来るのを待っているんだけどな。  
後は俺がシャワーを浴びている間に文月が用意してくれた朝食を食べ、手早く、とはまだいかないが、  
一人でシャワーを浴び特注のナース服を着て、身仕度を整えた文月と一緒に出勤する。  
それが俺の朝の日課だった。  
さて、今日も文月の可愛い寝顔を堪能するか。  
そんなことをのんびり考えながら、隣で寝ている愛しい文月に目をやる。  
「っ!?」  
眠気が一瞬でふっとんだ。  
 
瞬時に蘇る己の愚行。  
昨夜の狂乱が、自分がこの幼い文月にどんなことをしてしまったか。  
しかし、認めたくない。何かの間違い、寝起きにみた夢、なんでもいい。  
とにかくこれが現実だと認識したくない。  
しかし、文月の顔は死人のように青ざめ、弱々しい呼吸は今にも停まりそうだ。  
そして、目線を下にずらすと、血に染まった文月の下半身。  
「ふ、文月っ!」  
あああ!俺は文月になんてことを!?  
「な、奈々絵君、緊急オペの用意を!今日の予定は全てキャンセルだ!」  
予定の時刻になってもなかなか現れず、様子を見に来た専属ナースの奈々絵に矢継ぎ早に指示を出した。  
「わ、分かりました!」  
 
 
 
文月の大切なところはこれ以上ないというほどズタズタだった。  
膀胱破裂に直腸及び尿道断裂、尿道括約筋と肛門括約筋共に破断、そして、出血多量による意識混濁。  
奈々絵ナースが来ていなければ、文月は間違いなくその幼い命を散らしていただろう。  
手術痕がほとんど目立たないよう慎重に、かつ、人生最速のスピードで手術を進めていく。  
それは立ち会った他の医師が自信を喪失し、医学界を去ることになるほどの手術だった。  
 
「文月!文月ぃ…」  
麻酔が切れ、文月がうっすらと目をあけたとき、俺は涙を流して抱きついた。  
いつの間にか文月は俺にとって、無くてはならない存在になっていたんだな。  
「ごめん、ごめんな…」  
泣きながら謝る俺に、抱き着かれて嬉しそうに微笑みながら、文月は先生のせいじゃありません、私が望んだことだから…。  
と、麻酔が少し残って幾分呂律の回らない口で、一生懸命俺を慰めてくれた。  
文月、約束通りおまえを一生面倒みる。  
何があっても、どんなことが起きても、絶対おまえのことを守るから!  
 
「ううう…。くぅっ!」  
辛そうな呻きが響く。  
痛み止めが切れ、神経が焼き切られるような痛みがずきずきと走り、思わず叫び出したいのを歯を食いしばって耐える。  
そうしないと、叫び声を聞いた先生が自分を責めてしまいそうだから。  
それは嫌。だってこれは、私が望んだことなのだから。  
文月は一人、薄暗い無菌室で痛みに身もだえていた。  
正直、失神と覚醒を繰り返していたせいで昨日の記憶はほとんどない。  
今もいっそ気を失えれば、と思うほどの激しい痛みが文月を責める。  
だけどこれは、先生が約束を守ってくれた証なのだ。  
文月の身体を壊し、その治療が終わったらまた壊す。  
他の人からみたら狂っていると思われるだろう、しかし文月には身もとろけるような甘い約束。  
病気(だと思わせられている)のせいで子供そのものの身体、欠落だらけの自分自身の記憶、  
フラッシュバックのように時々現れる、ありえない記憶。  
そして、何に対してなのかすら分からない、心の奥底に巣くう巨大な恐怖。  
自分が何者なのか、家族はいるのか、自分自身の記憶は本当に自分のものなのか。  
恐怖に怯え、どんどん内側から壊れていく自分を救ってくれたのがフォルテス先生なのだ。  
先生に壊されている時は内面からの恐怖に目を逸らしていられる。  
先生に治療を施されている間は何も考えられなくなれる。  
そして…。  
先生が優しくしてくれると、とても幸せな気分になれる。  
文月にとってフォルテス先生の存在は絶対だった。  
しかし、先生に見放されたら、という最大の恐怖が新たに生まれてしまった。  
だから、文月の身体を壊し続け、一生治療をし続けると言ってもらえて本当に嬉しかった。  
麻酔が切れかけた時、怖いくらい真剣な顔で自分に治療を施す先生をみて、このまま死んでもいい、と思った。  
でも、手術が終わり、意識が戻った時に見せてくれた、先生の嬉しそうな顔をみて、考えがかわった。  
だって、嬉しくて嬉しくて壊れてしまいそうだったから。  
そして、そんな気持ちを知ってしまったから。  
フォルテス先生が喜ぶ顔をもっと見たい。  
フォルテス先生にもっといっぱい喜んで貰いたい。  
だから、死ねない。死んでしまったら、大好きな先生を喜ばすことが出来なくなってしまう。  
だから、耐えられる。  
この痛みが、私と先生を繋ぐ絆なのだから。  
 
「あらら、ほんのちょっと自分の気持ちに素直になるようにしたら、ここまでしちゃうなんて」  
痛みに耐える文月の耳に、聞き慣れない女性の声が飛び込んできた。  
「あら?あなた、気絶してないの?よく耐えられるわね」  
薄暗くて顔は見えないが、若い女性のようだ。  
白衣を羽織っているのがぼんやりと見えた。  
「辛そうね。そりゃそうか。女の子のとっても大切なところ、こんなにズタボロにされちゃったんだものね」  
「ひうぅっ!」  
その女の人が、つん、と指先で触れただけなのに、ハンマーで殴られたような鈍痛が頭に響く。  
「あら、ごめんなさいね。お詫びにちょっとだけ癒してあげる」  
そういうとその女の人が視界から消えた。  
「ひぐぅぅーっ!?」  
その途端、ペリペリという音とともに、今までの痛みが子供だましに感じるほどの痛みが生じる。  
「ごめんね。でも、こうしないと舐められないから」  
えっ?と思う間もなく、文月の股間に何か柔らかいものが触れた。  
「え?はぅっ!?ふぁ…」  
ぴちゃぴちゃといやらしい音が響く。  
あそこを舐められてる!  
それも同性の知らない人に!  
「や、やめ、はくぅんっ!」  
やめて下さい、そう言おうとしたのに、下半身から打ち寄せる抗いがたい快楽のさざ波が、  
文月の口から言葉を奪う。  
「あらあら可愛い!これじゃフォルテス先生が夢中になっちゃうのも仕方ないわね」  
焼けた鉄棒を突っ込まれ、ぐりぐりと捩られているような痛みが、舐められているところを  
中心にスッ、と薄れる。  
「此処が特に酷いわね」  
女の人の指先が添えられ、くっ、と大事なところを広げる。  
「あっ!?ひあぁぁんっ!」  
膀胱の中のバルーンから空気が抜かれ、ズルズルとカテーテルが抜き取られた。  
ずきずきと痛みが振り返し、思わず涙が流れ出る。  
「ちょっと我慢してね」  
痛みに耐え、身体を硬直させていると再びあの柔らかい感触。  
舐められている。  
フォルテス先生にバイブで広げられた尿道。  
そこに女性の柔らかい舌が捩込まれ、ぺろぺろと文月の中を味わっている。  
「や、やめ、あああ…」  
性感帯として開発されてしまったそこは、尿道の粘膜をズルズルとなめ回されて、  
腰が抜けそうな快楽を文月に伝える。  
「ふああっ!?」  
軟体動物のように尿道内でのたうつ舌が奥まで到達し、膀胱の入り口をチロチロとなめ回す。  
「あ、あ、あ…」  
まだ相当な痛みが残っているにもかかわらず、早く貫いて欲しい。  
そう思ってしまう自分に愕然となる。  
 
「やだぁ!やだよぉ!フォルテス先生助けてぇ!」  
脳裏に浮かんだフォルテス先生の顔。  
少女は必死に愛しい人の名を叫ぶ。  
「あらあら、こんな目に会わせた人に助けを呼んじゃうんだ?」  
呆れたような、しかしどこか羨ましいような表情を浮かべるその女性。  
「違うもん!私が頼んだんだもん!フォルテス先生は約束を守ってくれただけだも、ひぐぅぅぅっ!」  
膀胱の入り口をチロチロ舐めていた舌先が強引に捩込まれ、傷口が開き悲鳴が漏れた。  
舌はナメクジのようにうねうねとうごめき、少女の膀胱内をはい回る。  
「ひぃぃっ!あああっ!」  
痛みよりも膀胱内を舐め回されるという異様な状況に文月は戸惑い、怯えた。  
そして、嫌悪感よりも快楽が少女の心を占めそうなことが、なにより少女を苦しめる。  
「せんせぇ!フォルテスせんせぇぇっ!んはぁっ!?」  
女の指先が少女のクリトリスへと伸びた。  
(やっ!だめっ!いっちゃうっ!いっちゃうよぉっ!)  
女同士だからわかる微妙な感覚の違い。  
すべてを吹き飛ばすフォルテス先生の激しい愛撫と違い、女のそれは  
文月の弱いところを的確に探り当て、執拗になぶりまくる。  
(イくっ!またイっちゃうっ!や、あああっ!)  
この短い時間の間に何度絶頂の波が文月を襲っただろう。  
女の指先は文月の幼い肉芽をひと時も休ませる事なく責め続け、固くしこった  
クリトリスをコシコシと擦りあげる。  
膀胱内に潜り込んだ舌は粘膜を執拗に舐め回し、かと思うと不意に抜きぬかれ、  
ブツブツしたゴムキャップを嵌めた指先が膀胱まで突き立てられる。  
「ひぐぅっ!?」  
陰核の根元や左右に伸びた陰核脚を、直接ぐりぐりと刺激され、文月は顔を左右に振って悶え泣く。  
「ひぐっ、うぐっ、ふぐぅぅっ!」  
ヒキツケを起こしたように痙攣し続ける幼い肢体。  
愛する先生にされるのとは違う、女の弱点を知り尽くした責め。  
名前も知らぬ同性の相手に、無理矢理何度もイかされる恥辱。  
文月のぎゅっ、と閉じた目から涙がボロボロと零れ落ちた。  
「あらあら、こっちも凄いことになってるわね」  
女性の指がもう一つの排泄器官、肛門をなぞる。  
「ひうっ!」  
断裂した括約筋を無理矢理手術で繋がれたそこは、たったそれだけで激しい痛みを文月に伝える。  
「これじゃ辛いわよね。ねぇ文月ちゃん、私に任せてくれない?そしたら、  
今すぐにでも元通りの身体に戻してあげる」  
女の舌が文月の無惨にも破壊されたお尻の穴をなぞる。  
一瞬ピリッとするが、なぜかすっ、と痛みが遠退く。  
「今のままだと、一生留置カテーテルと人工肛門のお世話になっちゃうかもよ?」  
それは分かっていた。  
人為的に書き込まれた記憶ではあるが、文月には基本的な医療の知識がある。  
そして、ここまで破壊されると、今の医学ではどれほどフォルテス先生の腕が良かろうと、  
けっして元通りには戻らないことを。  
「それでも…。それでもフォルテス先生が良いんです!先生じゃなきゃ嫌なんです!」  
イかされ過ぎて今にも失神しそうになりながら、それでも断固としてその申し出を断る文月。  
「分かったわ」  
しかし意外にもその女性はあっさりと承諾し、そしてそっちは幾分名残惜しそうに  
、文月の股間から口を外す。  
「じゃあ、フォルテス先生にやって貰いましょうね」  
何かを含んだような女の微笑み。  
しかし…。  
 
「じゃあ、その時までしばしのお別れね」  
いったい何をする気なの!?  
そう問い掛けようとした意識が急激に薄れ、視界が狭まる。  
(フォルテス先生!気をつけて!)  
幼いながらも女の勘ともいうものか、愛しい人に危機が迫るのを感じ、  
必死に抗いながらも文月の意識は、ゆっくりと暗い淵に沈んでいった。  
 
 
「なぜだ!?」  
フォルテスは苛立ちの声をあげた。  
「あの子は、文月は手術後もずっと無菌室に入れていたんだぞ!」  
掛け替えの無い宝物。  
たとえエゴと呼ばれようと、数の少ない無菌室を文月のために確保し続けた。  
直接抱きしめたいのを我慢し、入室するときも滅菌されたカバーを身に纏い、  
人目も憚らず口づけしたいのを堪えてきた。  
それなのに。  
「いったいどの経路で感染した!?」  
文月は重度の院内感染をおこしていた。  
それだけではない。  
術後、麻酔が切れた時確かに会話したはずなのに、あれ以来文月の意識が戻ることはなかった。  
手術だって失敗したわけではない。  
フォルテスクラスの医師及び研究者は、裏切られるのを防ぐため、不活性化されたTウィルスを投与されている。  
が、同時にそれはある程度活性化させることで、身体能力や神経伝達などを飛躍的に  
高めることを可能にしていた。  
フォルテスはそれを危険なレベルまで活性化し、現在の医学では不可能なはずの  
神経節そのものの結合すらやってのけたのだった。  
「フォルテス先生、あの、さつき先生がいらっしゃいました」  
その時、ノックと共に専属ナースの一人、奈々絵が白衣をきた女性を連れだってフォルテスの部屋へと入ってきた。  
「っ!? ミ、ミスさつき!?なぜここへ!?」  
さつき博士はフォルテス及び組織の協力者であり、疑いをもたれぬため私室にくるのは  
極力控えていたはずだった。  
「あなたが暴走しかかってる、って奈々絵から聞いてね」  
そう言ってTウィルスの活動を抑えるアンプルをちらつかせる。  
慌てて奈々絵を睨むと、彼女は気まずそうに一瞬目を伏せたが、すぐに顔をあげ、  
「申し訳ありません!ですが、フォルテス先生も急いでワクチンを打たないと…」  
涙をじんわり滲ませているくせに、これだけは譲れない、という固い決意が見てとれる。  
まったく…。  
我知らず苦笑が浮かぶ。  
イギリス人の邸宅に住み、アメリカ人の給料を貰い、中国人の調理人を雇い、  
日本人の妻を娶ることが、最高の人生を送る条件だと?  
冗談じゃない。  
誰だよ、日本人女性は素直で何でも言うことを聞く、なんて嘘を言い出したのは。  
日本人女性はみな、頑固で融通がきかなくて、そして、どの民族よりも親切で優しい。  
だから、日本人の妻を娶るだけで、人生は幸せでいっぱいになるだろうよ。  
「そうだな、すまない。ありがとう、ミスさつき。あなたが持ってきてくれなければ、  
申請してワクチンを待つ間にゾンビになっていただろうな」  
Tウィルスを不活性化させるワクチンはとんでもなく高価なシロモノだ。  
院内ではそれなりの権限をもつフォルテスでも、そう簡単には手に入らない。  
が、さつきにはそれだけの権限が与えられている。  
といっても、それを他人のフォルテスに使おうとするなら、それ相応のリスクを背負うことになるのだが。  
 
「ふふふ、この貸しは高いわよ?そうそう、あなたの可愛いちびナースちゃんが  
院内感染しちゃったんですって?」  
深刻な表情を浮かべるさつき。  
「ああ…。意識も戻らない」  
思わず顔を伏せたフォルテスは気付かなかった。  
「まだ、戻らないんだ…」  
そう言ったさつきの顔に、微かな微笑が浮かんだことに。  
「…これも、持ち出してきたの」  
さつきは飾り気のないアンプルを取り出した。  
「…それは!?」  
そのほのかに桜色をした液体には見覚えがあった。  
この施設に医師として潜入し、手腕を認められたときに打たれたもの。  
「Tウィルスよ。不活性化してるけど」  
忘れもしない。しかし、  
「まさかそれを…」  
文月に投与するというのか!?  
「文月ちゃんの命を救うなら、これしかないはずよ?」  
確かにその通りだった。  
これだけ体力が弱っている文月に院内感染は致命的だった。  
おまけにこの施設ではウィルスの研究をしているためか、黄色ブドウ球菌の変異が通常の  
変異と大きく掛け離れており、耐性があるというよりどの抗生物質を使っても効果が無かったのだ。  
「文月を、ヒトじゃないものにしろ、というのか?」  
そうしないと文月は助からない。  
それは分かっている。しかし…。  
「判断はあなたに任せるわ」  
 
ちびナース44  
「フォルテス先生っ!」  
文月は叫んだつもりだった。  
しかしそれは微かな呟きにしかならなかったかもしれない。  
が、それは些細なことだ。  
だって、いちばん会いたかった人が目の前にいたのだから。  
「フォルテスせんせぇー!」  
精一杯手を伸ばした。  
あれ?  
その時ふと違和感に気付く。  
何となく、伸ばした腕がいつもより長いような?  
「文月…」  
押し殺したような苦渋の声。  
その文月の手を握り、苦悩を浮かべた表情で文月の名を呼ぶフォルテス。  
「せんせえ?」  
いつもと違う先生の様子に、文月は戸惑いの声が漏れた。  
「すまん、おまえを救うため、おまえを化け物にしてしまった…」  
「え?」  
意味が分からない。  
「これを、見ろ」  
戸惑う文月の目の前でフォルテスは袖をまくりあげ、おもむろにメスを突き立てる。  
「っ!?先生!血が!?」  
フォルテスは自らの腕にメスを突き立て、さらにそのまま10cmほど切り裂く。  
真っ赤な鮮血が噴き出し、発達した筋肉が覗く。  
「いいからよく見ろ」  
「でも!」  
慌てる文月を手で制す。  
「え?」  
メスで切り裂かれた腕はすぐに肉が盛り上がり、文月の目の前でみるみる塞がっていく。  
「…?」  
何がなんだか、文月には理解出来なくなっていた。  
 
「院内感染したおまえを救うには、俺と同じ身体にするしかなかった。  
許してくれとは言わない。すまなかった」  
フォルテスは深々と頭を下げる。  
罵倒されるか、号泣されるか。  
「私、人間じゃ、なくなった?」  
当惑した表情の文月。当たり前だ。目が覚めたら化け物にされていたのだから。  
拒絶されるのは当然だろう。  
しかしそれが、なによりも辛い。  
馬鹿だった。  
己の激情に任せ、幼い文月を責め立てたあげく壊し、ついには人とは違う存在にしてしまったのだ。  
自分にとって掛け替えのない宝物である文月を。  
「でも、先生と一緒」  
しかし、フォルテスの予想に反して、文月の嬉しそうな声がした。  
「えへっ。私、先生と一緒なんですね」  
顔を上げると、文月の天使のような微笑みがフォルテスに向けられていた。  
「ふざけるな!お前は俺のせいで!俺のせいで…」  
涙が溢れた。  
この子はこれがどれほど重大なことなのか、理解出来ていない。  
そんな文月を、自らの手で化け物にしてしまったのだ。  
「私、夢を見ていました」  
突然話し始める文月。  
「私はホントは、町、っていう女性(ひと)のクローンで、私の中にある記憶は作り物で…」  
「ふ、文月!?」  
そんなはずはない!?  
いくらクローンとはいえ、脳細胞は真っさらな状態で生まれたはずだ!  
「先生、知ってました?町も、私のオリジナルも、先生のことが大好きだったんですよ?」  
目頭が熱い。涙が止まらない。  
知っている。知っているとも。  
町を失い、その復讐のためにお前を引き取ったのだから。  
「町はもうこの世にはいません。…なぜそんなことがわかるのかと聞かれても、わかるから、  
としか答えられないですけど…」  
それを聞いて、フォルテスの心が激しく揺さぶられる。  
覚悟していたはずなのに。  
分かっていたことなのに。  
「でもずっと、先生のことが好きでした。最後の瞬間まで…」  
もう、立っていられない。  
町の屈託のない笑顔が蘇る。  
それは、文月のそれと瓜二つで。  
「…だから、嬉しいんです。だって、この身体なら、ずっと先生と一緒に居られますよね?」  
不安げで。  
今にも泣きそうな顔で。  
縋るような瞳で。  
「ああ…。今度こそお前を、絶対に放さない」  
もう二度と手放すものか!  
フォルテスはきつくきつく文月を抱きしめた。  
 

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