幕間劇 さぼりの奴隷と猫のラーメン屋  
 
 月が大きく見える夜。こっそりと城壁を乗り越えた。  
「ちーっす」  
 赤い暖簾をくぐって狭いカウンター席に腰掛ける。湯気の向こうから人なつっこいペルシャ猫の笑顔が迎えてくれた。  
「お。らっしゃい。ずいぶんと久し振りだねえ?」  
 ごつい体格で、額に三日月型の傷があるネコのおっちゃん。このふさふさの長い毛で砂漠の国は暑くないのだろうか?  
以前聞いてみたけど「慣れだよ、慣れ」と笑ってたが。  
「いやもー、抜け出そうにも監視が厳しくなってさあ・・・・・・。あ、タンメンとビール。麺硬めで」  
「あいよ、いつものね」  
 
 アディーナはこの辺ではもっとも大きな街であり、セト教の勢力も強い。  
 そして、セト教には「断食行」と言う物がある。  
 聞いた話によると、偉大なる祖先竜セトが悪意ある太陽と飲まず食わず一ヶ月間戦ったという説話にまつわる物で、  
(この戦いでセトが太陽に打ち勝ち、世界の半分を昼と夜で分けることになったとかなんとか)一ヶ月間、太陽の前で  
食事をしないことでセトの苦しみを分かち合うという意義があるそうな。  
 そんなわけで、信者は昼間食えない分を夜に食べると言うことになる。そんな客を当て込んで、アディーナでは夜間  
のみの営業をする食べ物屋が多く出るようになった。昼間は交易品の市場としてにぎわう中央広場から大通りだけど、  
夕方頃にテントが張り直され、夜からは上手そうな匂いを漂わせる屋台料理屋街に姿を変えるわけだ。  
 そんな屋台料理屋のなかでも一番の変わり種が、この『らあめんや』。そう、『らあめんや』と平仮名で暖簾とのぼり  
に染め抜かれている。  
 日本でも今時珍しい屋台引きのラーメン屋で、毛の長いネコの主人がやっている。  
 
 当然ながらメニューは少なく、普通の塩ラーメンと野菜炒めの乗ったタンメン。あとお酒が少し。  
 蛇の諸国では気候的に醤油と味噌が手に入らないので、塩ベースの味にしかならないそうな。しかし、羊肉の薫製、  
駱駝の骨と炒めネギベースのスープは単純ながら見事な味で、日本式のラーメンの味を自分の物にしていなければ  
これほどの物は出来ないと断言したい。  
 が、どうにもヘビの皆さんには受けが悪いらしく、客の入りはあまり良くない。その一方でヒト奴隷を連れたヘビが来  
ていたり、金持ちそうなヘビが来ていたりする。  
 一種の通好みの店として受けているらしく、常連は多いが新しい客は入って来づらいらしい。まあ、ヘビは全体的に  
保守的な考え方だし、ネコの作る落ち物料理の屋台がある事自体すごいことなのかも。  
「しかし、兄さんもいつもいつも良く抜け出せるねえ?そんなことして御主人様からお叱り受けたりしないのかい?」  
 羊脂でニンニクが焦げる香りが香ばしい。鉄鍋から放り上げられてはまた戻る野菜が輝いて見える。  
「いーのいーの。たまにはこうして命の洗濯しなきゃ仕事もうまくいかないんだよ。つーか、10日間も図面やら英文やら  
とにらめっこしてたら脳みそ腐るってーの」  
 迂闊に『蒸気機関と機織り機で世界征服した国があります』って言ってしまったせいで、ティアマトーの産業革命を  
するように命じられてしまった。おのれ、陛下め。一から蒸気機関作り上げることがどれだけ難しいか分かってないん  
だ。まあ、分かってたらそれはそれで怖いが。  
 
「いや、難しい仕事してるんだねえ。やっぱり兄さん頭良いんだ。おいらは学がないんでよく分からないけどな」  
「おいおい、褒めたって、代金しか出ないよ?」  
 麺揚げをするおっちゃんに、苦笑しながらそう返す。  
「あっはっは、兄さん褒めなきゃ踏み倒す気かい?」  
「かもな?」  
 笑いながら出されたラーメン丼とジョッキ。俺も笑いながら受け取る。  
 スープを一啜りして、麺をほおばる。パリパリの野菜の食感を歯で味わい、ビールで胃の腑へ流し込む。至福の瞬間。  
「くっ、はあぁ〜〜〜〜。いや〜、旨いね。あれだね、美味しいじゃなくて旨いね」  
「おいおい、褒めたってラーメンしか出ないよ?」  
 そっくりそのまま俺のセリフを突っ返された。だから俺も付合う。  
「あっはっは、褒めなきゃラーメンでないのかよ!」  
「かもな?」  
 こらえきれず、二人で吹き出した。  
 
 なんでネコのおっちゃんがヘビの国でラーメン屋やっているのか、額の傷は何なのか、俺は聞いたことがない。それ  
を聞くと、俺も顔の傷のことを話さなきゃいけなくなるし、そんな話はラーメン啜りながらやることでもない。  
 でも、そういう空気読めない奴ってのは何処にでもいるもんで、何とはなしに聞こえてしまう。  
 そうして聞こえた所によると、元はスポーツ選手だったのがネコの国で大きな事故を起こして仕事を続けられなくなっ  
て、コッチで心機一転と言うことらしい。ネコの国の王都でコロッケ屋をやっている叔父夫婦がいて、その店を手伝って  
いた時に習った料理のイロハが役に立っているのだと懐かしい眼をして語っていた。  
 ネコの寿命は600だったか、800だったか。ともかくも、俺よりも100歳以上は確実に年上であろうおっちゃんが、国を  
出なきゃいけなかった事件とか、ここに腰を据えた理由とか、計り知れないドラマがあるんだろうなあとは思う。  
 してみると、この塩スープの深いコクはおっちゃんの人生の味なのかもしれない。  
 
「ますたぁ、衛兵さん達がきたれすよぉ?」  
 幼い声が思考に割り込む。こっそりと周辺を見晴らせていたクシャスラの声だ。  
「な、なに?しまった、最近ここら辺に来るの早くなってないか?」  
「兄さん、行動範囲が絞られてきてるんじゃないかい?」  
 呆れた声でおっちゃんが言う。・・・・・・確かにそうかも。ううむ、でもここら辺の国でちゃんとしたラーメンを食えるのは  
ここだけだしなあ・・・・・・。  
「ますたぁ、次の次ぐらいにこの店に来ると思うのれすけど・・・・・・」  
「げっ!お、おっちゃん!すまないけど、また匿ってくれ!」  
 言うなり、屋台の後ろに隠れる。おっちゃんはやれやれといった顔で、丼とジョッキをカウンターの後ろに隠してくれた。  
 
 兄さんが隠れるのと入れ替わるようなタイミングで兵隊さんが入ってきた。まったく、コントみてえなヒトだよ。  
もしかして、わざとやってるのかね?  
「おう、親父。ここにヒトがこなかったか?」  
「へえ、たまにヒトを連れたお客さんも来てくださいますけどね。今日はいらしてねえです」  
「そうじゃねえ。ヒトが一人でこなかったかって聞いてるんだよ」  
「またそれですか?いや、見ませんでしたけどねえ・・・・・・」  
 何度もやったようなやりとり。まあ、兵隊さんはこのやりとりを何倍もやっているんでしょうが。  
「そうか・・・・・・悪いんだが、一応裏を見せてもらうぜ?上から言われてるんでな」  
「は、はいっ?いやそれは・・・・・・」  
 おいおい、本格的になってきたね。ホントに犯罪してないんだろうね、兄さん?  
「って、兵隊さん。ちょっと困りますよ秘密の隠し味ってのがありまして・・・・・・」  
「安心しなよ、どうせ俺が見たってわかりゃしねえし。アンタ以外にアーメンなんかつくらねえから」  
「いや、アーメンじゃなくてラーメン・・・・・・って、ちょっとちょっと!!」  
 やばい、其処には兄さんがっ!?匿っているのがばれたら・・・・・・。  
「・・・・・・いねえな」  
「え!?」  
 ほんとだ、確かにいない。ここから逃げた?いやでも、足音もしなかったし・・・・・・。  
「いや、じゃましたな。親父」  
「は、あ、ええ・・・・・・」  
 兵隊さんが帰っていくのを呆然と見送る。いや、兄さん何処に消えたんだ?まさか食い逃げ?  
 そう思ったとき、音もなく目の前に影が降りた。  
 
「あっぶないな〜。まさか、店内捜索までやるとは・・・・・・」  
 何か本格的に犯罪者扱いになってきた気がするぞ。何考えてんだ、陛下め。  
「・・・・・・いや、兄さん。アンタ一体どこから・・・・・・」  
「え?いや、裏に回ってきそうだったんで、一度横手に回って屋根の上に」  
「なんか、やたら手際が良いんだが・・・・・・」  
「落ちてからこっち、自慢できないことばっかり上手くなって困るよ、ホント」  
 こんな技術がないと生き残れなかったってのは人生間違ってるよなあ・・・・・・。肩を落す俺に、おっちゃんがしかめっ面で声をかけた。  
「兄さん、ホントに犯罪やってないんだろうね?」  
「そんな、おっちゃん!俺を疑うのかっ!!」  
「そうれすよ!ますたぁは犯罪何かしてないれす!!」  
「まあ、犯罪はしてないな」  
 差し挟まれた冷たい声。ま、まさか・・・・・・。  
「が、仕事をさぼって抜け出すのは十分に問題だな?」  
「サ、サーラ様!?」  
「何でここにいるんれすかぁ!?」  
 
「いやなに、従姉殿がどうにも捕まらんと業を煮やしてな。ついには私を狩り出す始末」  
 しまった、この手はもっと後に使ってくると踏んでたのに。十の試練として命じるまで引き延ばすのかと思ってたんだが。  
「あとは、以前からサトルの主人としてお前の動向を把握しておく必要があるとは思っていたのでな」  
 そう言って、サーラ様がラーメン屋台を睥睨する。しまったそう言う理由か!サーラ様ルートで行き先ばれるのが嫌で  
秘密にしてたんだが、裏目に出たか。  
「で、これが理由か」  
「いや、その、あの」  
「ふむ・・・・・・」  
 ど、どうしたもんだろう。逃げても絶対に捕まるし、謝ったって赦してくれないだろうし・・・・・・。動揺する俺を尻目にサーラ様  
は少し考え、そしておもむろにカウンター席に着いた。  
「どれ、私も一皿もらおうか」  
「え?」  
「あ、はい。ラーメンでよろしいですね?」  
「うむ、任せる」  
 反射的にラーメン作りに戻るおっちゃん。呆然とする俺にサーラ様が手招きした。  
「えーと、あの・・・・・・」  
「いいから座れ。話はそれからだ」  
「はあ・・・・・・」  
 
「要するにな、従姉殿としてはヒトごときが自由に出入りしている事が許せんのだ」  
 サーラ様が指先でフォークを(箸が使えないので。この店は元よりそういう客用にフォークがおいてある)弄びつつ、  
そう切り出す。  
「は?」  
「もとより、サトルは私の奴隷であって、従姉殿のものではない。だから、仕事を頼むことは出来ても拘束することは  
出来ない」  
「はあ・・・・・・」  
 食いかけ(といっても、ほとんど食べ終わっていたが)の伸びたタンメンを腹に流し込み、ちびちびとビールの残りを  
舐める。泡はすっかり抜けきっていたけど、苦みが舌に気持ちいい。  
「だがそれでも、出入りを把握できていないというのは警備上の観点から見ても問題でな」  
「あ」  
 なるほど、確かにそれは問題だわ。  
「おまけにそれが捕まらんとあっては部下達の面子も立たん。それがヘビならともかくヒトとあってはどこか致命的な  
問題があるという事にもなりかねんからな」  
「必死にもなるわけですね・・・・・・。で、最初からサーラ様を使わなかったのは・・・・・・」  
「それこそ部下の面子だろうな。立てられないのが分かっていても立ててやらなければいけない時があるものだ」  
「いやでも、難しいでしょう。そっちの兄さんがどんなヒトだか知らないけど、このボロ屋台に登るのに軋み一つあげない  
し、降りる瞬間にも足音一つ立てないってのはなかなかできるこっちゃありませんぜ?」  
 コッチの話を聞いていたのか、麺の様子を見ながらおっちゃんが言う。  
「そりゃあのでっかいお城並の警備がいるってんならともかく、一個人の邸宅程度なら抜け出されてもおかしくない腕前  
ですよ。それを捕まえろってのは、やたら耳のいいウサギか鼻の利くイヌでもいなきゃ無理じゃないですかねえ」  
『あははははは』  
 二人の乾いた笑いがハモると、麺揚げをするおっちゃんがぎょっとして振り向く。言えない。そのお城から抜け出して  
ラーメン食いに来てるなんて言えない。  
 
「まあ、それはともかく」  
 ごまかすように、サーラ様が話を進める。まあ、迂闊になんかこぼすと機密漏洩罪とかになりかねないしな・・・・・・。  
必死なんだろう。それなりに。  
「私が出向けばちゃんと捕まると言うことさえわかれば、従姉殿も次からはそうするだろう。お前が色々規格外なヒト  
であることは従姉殿も承知の上だしな」  
「はあ」  
「それに、おそらく従姉殿はお前が逃亡することを一番恐れている。お前と言うより、お前の知識をだがな。それが他国  
にでも逃亡したら大きな損失だと思っているんだろう」  
 なるほど、確かに落ち物の『理屈』をもっているというのはレアなんだろうなぁ。それが利益を生むとわかった今では  
特に。・・・・・・って、あれ?  
「サーラ様は考えなかったんですか?」  
「何をだ?」  
「いや、俺が逃げないかどうかって」  
「・・・・・・考えもしなかったな」  
 虚を突かれたような顔で呟くように答えたサーラ様の前に、毛むくじゃらの腕が湯気を上げる丼を置いた。  
「おまちどうさま、塩ラーメンです」   
「お?おお、では頂くか・・・・・・」  
「熱いんで気をつけてくださいね」  
 
 慣れない手つきで巻き取ってラーメンを食べ始める。・・・・・・感想はない。ただ、黙々と勢い付かず、躊躇もせず、言葉  
もなく食べ続ける。  
 なんとなく声をかけるタイミングを見失って、ビールの残りを啜って待つ。・・・・・・不味い訳じゃなさそうだけど、何かこう  
静かなのは不気味だ。おっちゃんは気にした様子もなく、鍋の火をいじっている。初めての客なのに不安じゃないのかなあ・・・・・・。  
 ちびちび啜ってたビールが尽きる頃、サーラ様もスープを飲み干して丼を置いた。  
「・・・・・・大したことはないな」  
 うわひでえ、おっちゃんに聞こえるような声でいうか?けれど、おっちゃんは喉の奥で笑いを噛み殺しながら、丼を下げる。  
「お粗末様でした。お題は兄さんの分も合わせて銅貨7枚になります」  
「うむ」  
 大したことはないと言いつつサーラ様は素直に言い値で払う。・・・・・・どことなく満足げに見えるのは気のせいか。  
「さていくか。従姉殿がそろそろしびれを切らすころだ」  
「・・・・・・もう遅いんじゃないですかね」  
 結構時間が経ってた気がするんですが。ホントに切れてなければいいけども。暖簾をくぐりながらサーラ様がおっちゃん  
に声をかけた。  
「では、失礼する」  
「へい、毎度」  
 
 
 行き交うヘビでまだにぎわう屋台街を二人で歩く。そういえば、ほぼ丸腰でサーラ様と外を歩くなんてずいぶんと  
久し振りのような気がする。透明な空には明るい月。  
「たまにはいいものだな」  
「え・・・・・・?」  
「夜の散歩も」  
「・・・そうですね」  
 改めて考えると最近は工房に籠もったり写本室に籠もったりで、あまり会っている気がしなかった気がする。こんな  
二人っきりの時間が何か嬉しい。  
「またそのうち食べに来ましょう」  
「それはまた抜け出すという宣言か?」  
「そうですね・・・・・・。その時はまた捕まえに来てください」  
「そうだな、そうしよう」  
 月光の影が屋台の灯に消されないぐらい明るい夜。にぎわうヘビの声に、料理と色々が入り交じった匂い。そこはか  
となく日本の夏祭りを思い出した。・・・・・・サーラ様浴衣を着たら似合うだろうなぁ。いいなあ、機織り機が完成したら  
作ってもらうか。  
 そんなことをぼんやり考えながら、二人で王宮への道を歩く。もう少しだけ遅く歩きたい。そんなことも考えながら。  
 
 

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