太陽は沈み、月は星に照らされて輝き、それすらも街のネオンライトで霞んでしまう。  
 光は光を消し、夜を消して闇を消す。眠りを知らないココでは当たり前、歌舞伎町では当たり前の光景だ。  
 しかし月に一度、その光でさえ主役を奪われる。  
 満月の夜。月の満ちる夜。首都高速を駆ける幾千のヘッドライトは列を為し、龍の姿を形作って闇を殺す。  
 その鱗はバイク。幾千のマシンが、幾千の光を放ち、地面を轟音を響かせて翔けているのだ。しかも搭乗者は全てが若い女性で、胸には晒しを巻き、赤い特攻服を身に付けている。  
 関東を代表するレディースグループ、九龍(クーロン)。そしてトップに君臨するのは、若干18歳にして喧嘩上等、恐怖と暴力の象徴、龍頭 サヤ(りゅうがしら さや)。  
 その少女は赤かった。  
 髪が赤かった。腰のラインまで伸びた赤髪をなびかせ、翼の如く闇に羽ばたかせる。  
 瞳が赤かった。天然のルビーよりも深く澄んで、過ぎた道程に残光の軌跡を描く。  
 唇が赤かった。異性の注目を一身に集め、同性の嫉妬を憧れに変える、乾き知らずで、いつも僅かに濡れているセクシャルポイント。  
 拳が赤かった。殴り飛ばした相手の返り血で何十にも塗り替えられる。  
 赤く、朱く、紅く。そのアカ全てを統べる。背中に昇り龍の詩集が施された赤い特攻服、更には操るバイクですら赤い。  
 スモーキーレッドに塗装され、マックススピードが240キロを超える違法カスタムのモンスターマシン。HONDA製の大型バイク隼(ハヤブサ)、デスモドゥス。  
 
「カッ、龍神降臨ッ!!!」  
 
 この時代と限定するなら、龍頭サヤは間違い無く最強の不良だろう。強さも、カリスマ性も、女としての美しさも。  
 だが……この日。関西のトップグループ、暗黒一家を潰した日。この日を最後に、九龍は永久に解散された。同じく、龍神と言われた龍頭サヤも、この日を堺に姿を消したのだった。  
 
 
 
 
    『龍頭サヤの蕾』  
 
 
 
 
 はっ、なんだよそれ?  
 産まれた時から決められた許婚が居て、ずっと遊ばずに勉強させられて、仕事を覚えさせられて、人里離れた場所でひたすらに扱かれて、やっと帰って来れたのに……  
 そしたら、五年振りに会ったら、許婚が、幼馴染みが、ヤンキーになってましたって、どんな冗談なのっ!?  
 小学生の時までは隣に住んでて、1歳年上のおねーさんで、好き……だったのにっ。だから頑張れたのにぃっ!!  
 
 あははっ♪ 久し振りに、イジメてあげよっかな?  
 
 
 
 窓から差し込む月の明かりだけが唯一の薄暗い部屋で、深夜0時、部屋の扉が僅かに開く。  
 ボクはキャスター付きの椅子に腰掛けて入り口を見つめ、侵入者は気配を感じて動きを止める。  
「誰だテメェ?」  
 声だけを部屋に響かせて、帰ってくる相手の声から距離を計ろうとしているんだ。  
 勿論、侵入者を、サヤちゃんの部屋で待ってたボクを、一発で殴り倒す為に。  
 悲しいなー。悲しくて、そんな悲しい事されたら、意地悪したくなるよ。  
 
「ここは優しいサヤお姉ちゃんの部屋ですよ? テメェ……なんて、口の悪い人は出て行ってください」  
 
 ゆっくりと、はっきりと、しっかりと。サヤちゃが間違えないように大声で台詞を紡ぐ。  
 すると聞こえて来る。ウソ、ウソ、と短い単語に、急速で荒くなる呼吸音。  
 それに続いてドアが全開し、  
「なん、で……連絡くれっ、ないの?」  
 頼りない足取りの幼馴染みが姿を表した。  
 当たり前、かな? ボクはサヤお姉ちゃんをビックリさせたくて、戻る日付を黙ってて貰ったんだから。  
 教えてたら、自分が不良だったって証拠、全部消しちゃうでしょ?  
 そしたら……イジメられないよ♪  
 
「ふーん、ボクは遊ばないで、サヤお姉ちゃんと結婚する為に頑張ってた、のに……サヤお姉ちゃんは、花嫁修業もしないで遊んでたんだ?」  
 
 伝わる。暗闇の中でも良く見える。肩を抱き締めて震えてる。  
 特攻服を着て、左右の耳にピアスを付けて、いつもは強がってるのに、いつもは強いのに。  
 それなのに今は、視線を反らして、歯をガチガチと鳴らして、ひたすらに言い訳を考えてるだけ。  
「ショックだなー。そんなに不良で居たいんならさ、結婚するの……ヤメよっか?」  
 だけどボクは待たない。考える暇なんか与えてやらない。  
 選択肢をどんどん狭めて、あっと言う間に追い詰めてやる。  
「ヤッ……やだぁっ!! ハルカと結婚するのぉっ!!」  
 するとほらっ、目に涙を浮かべて、ヨロヨロしながらボクに近付いて来た。助けを求めるように。許しを請うように。  
 だけど、こんなもんじゃ済まさない。憂さは晴れてくれない!!  
「そんなタバコ臭い服で、ボクに近寄らないでよ不良さん」  
 ボクに縋り付こうとする不良を、残り三歩の位置で押し止める。  
 つまり、触れるんなら服を脱げと言ったんだ。  
「ぅうぅっ……こんなのっ、こんなのぉっ!! ハルカ、ハルカっ、ハルカぁっ!! うわあぁぁぁぁぁん!!!」  
 でも、そんな嫌がらせも通用しない。サヤお姉ちゃんは邪魔くさそうに一瞬で服を脱ぎ捨てると、泣きながらボクの首に腕を回して抱き着いて来る。  
 こんな恥辱よりも、ボクに触れる事を望んだ。外見は変わっても、ボクを好きでいてくれたんだ。  
 
 クソッ!! そんなにボクが好きなら、なんで不良なんかやってんの!?  
「サヤお姉ちゃんさ、ピアス……付けてるんだ? ならさ、ボクからもプレゼントしてあげよっか? 女の子の大切な所に付けるヤツ……欲しい?」  
 これ以上おびえさせないよう、耳元で優しく、優しく囁く。  
 口調は冷静に、中身は外道に。目を合わせて微笑みながら。  
 
「あっ、うぐっ、ふっ、ハルカが、つけたいならっ、つけていいよ」  
 
 逃げないでサヤお姉ちゃん。  
 産まれた時から結婚するのが決まってて、しきたりだからって両親の前でキスさせられて、セックスさせられて、それでも貴女を好きになった。  
 だから、だからっ!! 五年間も会いたいのを我慢して、会社を継ぐ為に勉強して、仕事を覚えて、遊びもしなかったのに。  
 お姉ちゃんは、遊んでた。別にボクとの結婚なんかどーでも良かったんでしょ?  
「んんっ、ボクは、欲しい? って聴いたんだよ?」  
「ほし……ひぐっ!? ふあぁぁぁぁぁっ!!?」  
 お姉ちゃんの背中に回していた手を下方向にスライドさせ、パンツの中に滑らせて柔らかな肉を掻き分け、お尻の穴へと一気に中指を挿入する。  
 ウソじゃないって分かったから。本気の顔してたから。なんとなくどーでも良くなって、健気なフィアンセをイジメるのはヤメにした。  
 これは、ボクへの愛を貫いてくれたご褒美。  
「サヤお姉ちゃん、お尻でするの大好きだったもんねー♪ 喧嘩して来たからかな? お尻の中、汗でグチョグチョだよっ♪♪」  
 差し挿れた指を根元から爪先まで、深いストロークで出し入れする。  
 きゅっきゅと咥えて離さない、五年振りの懐かしい感触。  
「ふあっ、あっ、あんっ!! すきっ、だからぁっ……ケンカもっ、ふんん、しないっ、からぁっ……もぅ、どこにも行くなよぉっ。イクなら、オレも連れてけ」  
 ああっ、やっぱりそうか。なんだかんだ言ったって、どんな事をしてたって、結局ボクはサヤお姉ちゃんを許すだろう。  
 だってボクも……  
「ボクも好きだからっ!! ずっと、守るからぁっ!!」  
 サヤお姉ちゃんが、大好きだから。  
 そして二人は、恥ずかしい告白をし合って、  
 
「「んっ……」」  
 
 長い長いキスをした。  
 
 
 
 
 
 後で不良になった理由を教えて貰ったけど、本当に子供な答え。  
 ボクに会いたいって駄々をこねて、ワガママ言って、心配を掛けさせる事を続ければ、説得する為にボクが戻って来るかも知れないから……だって。  
 ボクがさっぱり戻らないから、エスカレートしていったみたい。  
 それじゃ、この話しはこれで、  
 
 
  おしまい  
 
 

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