「篤守様お食事の用意ができました」
「どうぞ。入っていいよ」「失礼致します」
ドアノブに手を掛け部屋の中に入ると、パソコンに視線を向けたままの主人の姿があった。
部屋の奥、陽当たりの良いデスクでパソコンをするのが休日の彼の日課だった。
「折角のお休みの日なのに、今日もパソコンですか?」
デスクの空いたスペースに出来立ての朝食を並べながら、私は口を開いた。
「悪い?」
私の質問に一言だけ返して淹れたてのコーヒーに口をつける。
「そ…そんなつもりじゃ!?」
気を悪くさせてしまったのかと、私は慌てて弁解しようとしたが
篤守様は気にした風でもなく、スクランブルエッグを口にしていた。
「都も大分料理が上手くなってきたね。これ、美味しいよ」
やっと私の顔を見て、篤守様が微笑んだ。
「そ…それは言わないで…下さい…」
以前の失敗を思い出し、私は顔が真っ赤になるのを感じた。
「だって、初めてシチューを作った日なんて鍋に油を入れた途端、鍋が炎上して
あわや火事になる所だったんだよ?今となっては笑い話だけど
料理が出来ないとは聞いていたけど、本当だったんだと知って驚いたよ」
そうなのだ。ここで働く初日、家で何度か作った事のあるクリームシチューを作ろうとして
鍋を火にかけながら油を入れた途端、ものすごい勢いで鍋の中が火だるまになってしまったのだ。
リビングでテレビを見ていた篤守様が駆けつけて下さり、事なきを得たのだが
そうでなかったら、私は益々借金を背負う事になっていただろう。
「ここに来てもう半年なんだけど、まだ俺の事『様』付けで呼ぶの?
俺達幼馴染みなんだし、呼び捨てでいいのに…」
篤守様が朝食を召し上がられながら、こちらに視線を向けた。
そうなのだ。私と篤守様…ううん『あつくん』は家が隣同士の幼馴染み。
中学生になった頃から疎遠になってしまっていたが、幼稚園と小学生の頃は毎日のように遊んでいたものだ。
それが何故このような、ご主人様とメイドのような間柄になってしまったのかと言うと
私の父が事業に失敗し、それを助けてくれたのが『あつくん』だったのだ。
彼は自身で会社を起業し、成功して今や経済誌などで持て囃されるような
「イケメン社長」(本人談)になっていて、私の父が彼に助けてもらったのだ。
で、借金を肩代わりするかわりにと言う事で、私がメイドとして彼の世話をする事になったのだが、
私なんかが彼の世話をする事に未だに疑問が残る。私みたいな、ここに来るまで料理も洗濯も出来なかったような
そんな奴よりも、もっと「出来る」人を側に置いた方が彼の為にも良いと思うのだが…。
彼に「昔馴染みの方が気が休まる」と言われ、ここでメイドとして働く事になったのだ。
「だって仕事と私生活は別々ですし…」
私が言葉に詰まっていると篤守様が少し考えて
「なら『さん』付けにしてほしいな。都に『篤守さん』って呼んでもらいたい」
彼の提案に私は熱の引いた頬に、また赤みが差すのを感じた。私が俯きながら
「…あ…あつもり…さ…ん…」
と、言うと篤守さんがニッコリ笑ってコーヒーを飲み干した。