閉じられたドアを、音を立てないようにそっと開ける。床がきしまないよう、慎重に足を踏み出して、  
わたしは詰めていた息を吐き出した。ヤバい。緊張する。  
 部屋の中は、ひんやりとした朝の空気に包まれている。静かすぎて、自分の息づかいがよけいに  
気になるくらいだ。ドアノブを下げたまま、ゆっくりとドアを閉める。ノブから手を離すときに、思ったよ  
りも大きな音がしてびくりと飛び上がりそうになったが、何とか踏みとどまることができた。気を取り直  
して、目標に向き直る。ふるえる息を引き絞って、わたしはまた一歩、足を踏み出した。  
 目標――ベッドですやすやと寝息をたてている彼女を見下ろして、生唾を飲み込む。いつもはひっつ  
めにしている、肩にかかる柔らかそうな黒髪。滅多にはさわらせてもらえないそれに、手を伸ばす。指  
先で撫で、絡みつけさせ、一束を手のひらに取ってみる。――しめったようにひんやりとした黒絹の感  
触が気持ちいい。  
――と。  
「……っん。ふぁ……」  
 彼女が身じろぎする。とっさに身を固め、様子を見るが、ただ単に寝返りをうっただけのようだ。ほっと  
胸をなで下ろして、髪から手を離す。ぱさりと重い音を立てて落ちた彼女の髪に未練を残して、寝返りを  
うったことで露わになった白い頬に視線を移す。  
 成長期の女の子である割に、彼女はニキビが全くない。かといって乾燥肌でもないところを見ると、よほ  
ど丁寧に手入れをしているのか、それともこの白磁は汚れなどつかないようにできているのか。まったく、  
うらやましい。押さえようもなくふるえる指先を、彼女の頬にふれさせる。指先を少しだけ押してみると、ふ  
にゃっと簡単に肉が陥没する。その感触を楽しみながら、ゆっくりと指を後退させてみると、頬の肉もそれ  
にあわせて元に戻る。最高だ。絶品である。もう、かぶりついてもいい。いや、むしろかぶりつきたい。いま  
すぐに!  
   
 思い立ってすぐに、息を詰めて彼女に顔を近づける。瓜実がたの、小さな彼女の顔。わたしはいま、それ  
を意のままにできる。わたしだけが、それを見つめている。それでなお、咎められはすれど犯罪にはならな  
い。同性万歳!  
 彼女の頬に、軽く前歯をたててみる。そのまま、頬の肉を歯でつまむように、やさしくゆっくりと顎を閉――  
「うわぁぁっ! 力道山!?」  
――。  
――そんなことを叫んで、彼女は目を覚ましたらしい。  
「?」  
 きょときょとと、不思議そうに部屋のなかを見回す彼女。勢いよく起きあがった彼女にはじき飛ばされて床に  
転がっていたわたしに視線を止めて、言ってくる。  
「洗濯物は?」  
「誰のよ」  
「みめこひめ」  
「……。これ、何本に見える?」  
 言って、わたしは右手を広げてひらひらと振ってみせる。  
「六本」  
「…………。算数の問題よ。にしんが?」  
「おいしい」  
 どうやら――  
 わたしは十一歳にして、未知との遭遇を果たしたらしい。  
 
                   ◆  
 
「――で、なんでしずくはわたしの部屋にいたの?」  
 目を覚ました彼女――樋村勇が、食卓に着くなり言った。用意されていた木  
の深皿にコーンフレークをざらざらと入れ、牛乳を入れてかき混ぜる。  
「叔母さんに頼まれて起こしに行ってたんだよ。ユウねえちゃん、いくら『朝だよ  
ー』って呼んでも起きてくれなかったんじゃん」  
「あー……そうだったの? ごめん」  
 そう言って、彼女はしゅんとしたように肩を落とした。せりふの後半はもちろん  
嘘だが、構いはしない。あの髪の感触と、頬のやわらかさのためなら、これっぽっ  
ちの嘘でわたしの良心は痛みやしないのである。  
「いやいいんだけどさ。ねえちゃんちに泊まるの久しぶりだけど、やっぱり変わっ  
てないんだね。別人だよ、あれは」  
 ちなみに、あの状態の彼女に絡まれて、わたしは脱出に十分かかった。過去最  
短記録だ。  
「直そうとは思うんだけど、どうしてもね……」  
 いやいやいや。あの寝ぼけ癖は直さないほうがこちらとしては都合がいい。絡ま  
れるのはまあ、確かにしんどいものがあるけど、そのくらいはどうってことない。  
「ま、いいか……。それより、母さんたちは?」  
「買い物だって」  
「なんで、わたしたちを置いていくの」  
 口に運ぼうとしていたスプーンを下ろして、彼女は怪訝そうに眉をひそめる。  
「いや、ねえちゃんどうせ行っても興味ないでしょ?」  
「……そうだけど」  
 
「ほら。それにわたし、前々からこの街を案内してって言ってたじゃん。だから置い  
てってもらったんだ」  
「別にいいけど。わたしだって最近は……」  
 と、語尾を濁らせてもごもごと言う。そんな彼女を見つめて、わたしは顔をほころ  
ばせた。中性的な顔立ちで、かっこいいのになんだかかわいい。彼女はそういう女  
性だ。そんな風采であるうえに、いつも黒を基調とした服装をしているため、――ち  
なみに今日は、黒のタートルネックのセーターに、同色のチノパンだ――ちょっと近  
寄りがたい、ミステリアスな雰囲気がある。あまり目立った異性関係を聞かないのは、  
その辺が原因なのかもしれない。  
「……それに、案内できるところなんてほとんどないよ? せいぜい、本屋か、図書館  
か、喫茶店か。それくらい」  
「それでいいよ。わたし、この街のことはほとんど知らないんだから」  
「わかった。それじゃあ支度するからちょっと待ってて」  
皿に残ったミルクもきれいに片づけて、彼女は椅子から立ち上がった。  
 
                   ◆  
 
 綾瀬しずく。  
 彼女の姉によく似ている。ようで、どこか違う。幼いせいかもしれない。姉はがさつな  
ようで細かいところがあるが、しずくはこらえ性がないせいか活発なだけだ。そのせい  
で、いたずらがばれるのは、姉ではなくいつもしずくだった。あるいは、その原因を作る  
のは、か。  
「ユウねえちゃん。お茶はいったよー」  
(それでも、発想は同じみたいだね)  
 マグを受け取り、礼を言う。ベッドに腰掛けて、しずくは言った。  
「今日はありがとね。面白かったよ」  
「そう。そりゃよかった」  
   
 マグに口をつけ、飲むふりをして言う。  
「あ、そうだ。キッチンにクッキーがあるんだけど、取ってきてくれるかな?」  
「どこにあるの?」  
「えと、右端から三番目の棚」  
「わかった。ちょっと待ってね」  
 言って、しずくは部屋から出ていった。こちらもすぐに立ち上がる。口をつけたあとを拭  
って、自分のマグを彼女のものと取り替える。  
 元の位置に座り直したのと、しずくが部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。  
「おまたせ〜。これでいい?」  
「うん。ありがとね」  
 クッキーの袋を受け取り、開封する。それをカーペットの上に広げると、しずくがひょいと  
手を伸ばして、クッキーが包んである小袋を取る。  
「いただきまーす」  
 袋を引き裂いて、中身を丸ごと口に放り込む。彼女は幸せそうにそれを味わって、ごくご  
くとお茶で流し込んだ。  
 
                   ◆  
 
 息が荒い。すこし、熱があるかもしれない。風邪でも引いたのだろうか? くそ。これからっ  
て時に。  
「どうしたの」  
 ユウねえが聞いてくる。彼女に盛った薬は、どうやら効き目がなかったようだ。期待して損を  
した。それより、この暑さは何だろう。  
「何でもないよ」  
 
 応えて、ベッドに横になる。なんだか、おなかの奥がきゅうっとする。服を脱いでしまいたい。肌  
が布の繊維に擦れる度に、なんともいえないこそばゆさが全身を走る。  
「しずく。これって何だろ?」  
 ユウねえが何かを持って、こちらをのぞき込む。あれは、わたしの鞄だ。いやな予感に体を硬直  
させる。彼女が鞄から取り出したのは――  
「この薬、ミズキの媚薬だよね」  
「あ……その」  
 予感が当たった。弁解しなければならないのに、頭の芯が、のぼせているかのようで、うまく考えが  
まとまらない。  
「それ……は。風邪薬、だよ」  
 苦し紛れに絞り出した声は、かすれていて、弱々しいものだった。ユウねえが意地悪く笑う。  
「嘘だよ。これ、ミズキの部屋で見たことあるもん。それに、風邪薬ならこんなことされても……」  
 言葉を区切って、ユウねえがやんわりと抱きついてくる。彼女はわたしの首筋に顔をうずめると――  
「ひゃううっ!?」  
首筋に舌をつたわされて、わたしは思わず声を上げてしまった。一瞬、体中を火照らせていた熱が飛  
ぶ。が、ユウねえが舌を離すと、その熱は倍加されて帰ってきた。  
「こんなことにはならないよね?」  
「……ぅ。やめて…よ、ユウねえ……ちゃ……あくぅっ!?」  
 
 耳たぶを甘噛みされて、視界が白く染まりかける。そのままくちゃくちゃと咀嚼されると、ただあうあうと  
 喘ぐしかなくなってしまった。ユウねえの背中に指をたてて、かりかりと引っ掻いてしまう。  
「ねえ。しずくはこの薬をわたしに飲ませて、どんなことをしようとしてたの?」  
 そんこと、言えるわけがない。言えば、同じことをわたしの体に体験させる。そう彼女の目が語っていた。  
「…………」  
「それじゃあ、こっちに聞いてみようかな」  
 彼女のひんやりとした手が、裾から潜り込んでくる。それだけで声が漏れてしまうほど感じてしまうのに、  
 彼女は肋骨をひとつひとつなぞって、巧みにこちらの敏感な箇所を探し当てていく。  
「うあ……っく。ああっ!? うくぅぅ……」  
「素直にしゃべったほうがいいと思うけどなー」  
 小悪魔的に微笑んで、彼女はそう言ってくる。  
「なにも……知ら…ないよ」  
「そう。それなら、ひとつひとつ試してみるね」  
 彼女がわたしに顔を近づけてくる。紅をさしたかのような赤い唇に見とれてしまう。彼女は、焦らすようにゆ  
っくりとそれを近づけて、わたしの唇に優しくふれさせた。脳裏が、多幸感で満ちる。我慢しようと思ったが、  
とうてい無理だった。自分から彼女の唇を割って、舌を求めてしまう。彼女が舌を伝わせて移してくれる唾  
液を必死で貪って、残らず飲み干していく。  
 
「あっ……」  
 彼女はわたしの顔を固定すると、意地悪く唇を離してしまった。  
「正直に言ってくれれば、好きなだけしてあげるけど?」  
 その言葉に、首を立てに振ってしまいたくなる。だが、だめだ。あれをやられて、正気を保っていられる自信  
が、わたしにはない。  
「……それなら、次はこっちだよ」  
ユウねえはTシャツをたくし上げて、わたしの胸を露出させてしまった。  
「いや……やめてよ……」  
 はずかしい。かあっ、と顔がさらに熱くなるのを感じる。  
「しずくが言ったらやめてもいいなー」  
 そう言いながら、彼女はまだ膨らんでもいないわたしの胸をこね回す。飾りのようについている、すっかり硬  
くなってしまったピンク色の乳首を、彼女が唇で包む。先っぽを舌で撫でられ、歯の間で転がすようになぶら  
れる。  
「きゅうぅ。だめぇユウ…ねえちゃ…やめて…」  
 彼女はそれを続けながら、スカートのなかに手を伸ばす。  
「うわぁ……ぐちゃぐちゃじゃない」  
 割れ目を布越しになぞられて、意識が飛びそうになる。花びらをつまみ、布ごと指の頭を穴に潜らせる。  
「あぐぅ…いやぁぁぁっ!」  
下着をひも状に引き絞って食い込ませられると、叫び声にも似た声をあげてしまう。  
 
「あ、そうだ。もしかして、しずくはこれを使おうとしてたの?」  
 ゆうねえはわたしから身を離すと、先ほどの鞄に手を入れる。取り出したのは、  
小型のマッサージ機だった。  
 やっぱり、全部ばれていた。  
「えと。よし、動いた。これをどこに使うの?」  
ビィィィンとモーター音を響かせて、マッサージ機がふるえる。それを彼女は、  
首筋、脇腹、乳首と、撫でるようにふれさせていく。  
「うくぅっ…あっ……」  
「それとも――ここかな?」  
 そう言って、彼女はわたしの割れ目にマッサージ機を押しつけた。先ほどまで  
のような、焦らすようなタッチではなく、モーターの唸る音が変わるほどに。  
「やあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」  
 続けながらユウねえは下着を引き絞る。布からはみ出した花びらがマッサージ  
機に直接当たって、さらに感度が上がる。もう、だめだった。もはや声も出ない。  
意識を保っていられない。  
――と。わたしを苛んでいた快感が嘘のように引いていく。我知らず閉じていたま  
ぶたを開くと、ユウねえがこちらを見つめて微笑んでいた。  
「おねだりしたら、イかせてあげてもいいかな」  
 滅多に見られない彼女の微笑みが、いまはとてつもなく憎らしく思える。口をつ  
ぐんでいると、彼女はわたしの鳩尾にくちづけてきた。やさしく愛撫しながら、じりじ  
りと下っていく。おへそに舌を差し込まれて、軽く肩がはねる。しかし、あれだけの  
快感を味わった後では、そんな刺激はじれったいだけだ。  
 
 息をつこうと気を緩めたところで、再びマッサージ機を押しつけられた。  
「うああぁぁっ! ……かはぁ…ぁ…」  
 意識が飛びそうになる。だが、やはり絶頂の直前に彼女はそれをやめてしまった。  
「『イかせてください』って言うまで、何度でも繰り返すからね」  
 彼女がわたしの唇をふさぐ。自分から舌を絡める気力もなかった。いいように口の  
中をかき回される。  
「イか……せて」  
 彼女が唇を離すと同時に、口に出す。羞恥になど、構ってられない。もう、意識を手  
放して休みたかった。  
「ん? もう一度言って」  
「イかせて…ください……おね…がい…し……ます」  
「はい。よく言えました。ご褒美だよ」  
 身構えると、すぐに快感が襲ってきた。脳裏が白んでいく。  
「うくぅっ…う…うあああぁぁぁぁぁぁっ!」  
 ぷしゅっ、とおしっこを吹き上げて、わたしはイッてしまった。肩で息をして、白くもやが  
かかった視界を徐々に戻そうとする。が――  
「あ……いやぁぁぁぁっ!?」  
ユウねえはそれでもなお、ぐりぐりとマッサージ機を押しつけてきた。声を上げて、肺か  
ら空気を絞り出してしまったというのに、横隔膜は下がろうとしてくれない。引きつったよ  
うな、小刻みな呼吸を繰り返して、何とか声を振り絞る。  
「も……いい…から……やめ…て…」  
「だめだよ。まだまだ余裕あるじゃない。ちゃんと処理しとかないと、欲求不満になっちゃ  
うよ?」  
 言う間に、二度目の絶頂。上りつめたまま刺激を与えられ続けるわたしの体は、そこ  
から降りるすべをなくしてしまっている。  
 
「かはぁ……かふ…降りられない……や、イきっぱなし…なのに……やあぁぁっ」  
「ほら、がんばりなよ。もうちょっとだから」  
 もう、なにも見えない。脳裏はすでに真っ白だ。感覚が不確かで、ふわふわと浮かんでいるような感じさえする。  
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」  
 意識が、暗転していくのを、感じる。  
 
                   ◆  
 
 客間のベッドの端に腰掛けて、勇は妹のような少女を見つめていた。  
「……かわいいな。もう少し、おとなしければいいんだけど」  
 頬を、むにっとつついて、くすくすと笑う。彼女はベッドからおりて、すたすたと出口に進む。  
「おやすみ。しずく」  
 部屋の電気を切る。音を立てないように、彼女は静かにドアを閉めた。  
 
 
――fin  
 

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