雪が降った。それはヒラヒラと、手で触れれば消えてしまうパウダースノー。  
 灰雲から舞い落ちる白い粉は、地面を覆って一色に染め上げて行く。  
 勿論、こんな山奥に在る小屋だって例外じゃない。草木にも、湖にも、冷たい白は敷き詰められる。  
 
「はあぁぁっ……あーあ、こりゃしばらくはお客さん来ねぇなー」  
 
 吐かれる息だって負けずに白い。オレはベッドに腰掛け、窓から外を眺めて、憂鬱に浸って何度目かの独り言。  
 この時期はツライ。客単価はバリバリに高いが、秋から冬に掛けて客が来ないってんじゃー、全く話しにならないわな。  
 人から隠れるように山奥へと引き篭り、娼婦として暮らし始めてしばらく経つ。  
 でも、流石に限界か? どーせオレの顔なんてバレねーんだし、町に……引っ越すかなぁ?  
「っと、珍しく客か?」  
 窓からは見付けられなかったが、入り口の戸がトントンとノックされている。きっと違う方向から来たのだろう。  
 そしてこの小屋に来るって事は、給料が一晩でブッ飛んでも良いから、オレに何年分も先の精液までヌキまくって欲しいってこった。  
「はぁ〜い、いま開けますぅっ」  
 声は可愛らしく、女らしく。表情は笑顔で、一発で惚れさせるスマイルで。  
 ベッドから降り、纏った鎧を純白のドレスに変化させて、キッチンとテーブルと暖炉と、それに風呂とベッド。  
 する為だけの最低限しか無い殺風景な部屋の中へ、  
「いらっしゃ〜い♪」  
 戸を開いて客を招き入れた。  
 
 
 
 
     『Romancing Dullahan』  
 
 
 
 
 一歩、一歩、ゆっくり、ゆっくり。  
 その人物はオレを見上げながら、クリクリとした大きな瞳で見詰めながら、左手に荷物袋を、右手に鳥籠を持って現れた。  
 身長はオレより断然に低くて華奢で、十歳前後の子供体型で、顔は中性的で男女のどちらにも見える。  
 冬なのに半袖半ズボンで、元気一杯なガキの象徴で、どう見たってやっぱりガキだ。  
「あのねボク? 五年したらまたおいで……ねっ?」  
 仕方なく腰を下ろして目線を合わせ、ガキの肩に手を置いて優しく諭す。  
 少年を愛でる趣味はねーし、こんな幼い内からオレとしちまったら、それこそ普通のセックスじゃ満足できなくなっちまう。  
 だけど、この顔は見覚えが有る。既に役目を終えた心臓がドクンと動き出す。  
 あー、ヤバイ。知ってる。コイツは知ってる。いっつもオレの後ろに着いて来て、幾らイジメても側を離れなかった奴。  
 
「ボクだよジャンヌダルク? あはっ、昔一緒に寝てたよね? それでサラねぇがオネショして、それをボクのせいにしたの……忘れちゃった?」  
 
 ぐっ、やっぱり。やっぱりコイツだよ!! オレに神の啓示が届く前、田舎に住んでた時の隣人。弟のような年下の幼馴染み、ソウマダルク。  
 
 だが待て、そーまと別れたのはオレが十六歳、そーまが十歳の頃だろ?  
 それから六年ちょい経つ筈なのに、コイツの外見は全く成長してない。  
 オレは十七で止まったが、それは身体が化け物になったから。そーまが変わってないのは明らかにオカシイ。  
「なぁ、そーま? お前、本当にそーまか?」  
 最近、七英雄が倒されたってのはオレの所にも届いてる……が、それが信じられない。  
 ダンターグなら腕力、ノエルなら剣技、七人はそれぞれに秀でた得意分野を持ち、その得意分野でだけならオレを超えてただろう。  
 人の身で在りながら、化け物のオレを超えていたんだ。しかし奴らは群れる事を嫌い、一人ずつ挑んで来たから返り討ちにできたが、それでもズバ抜けてる!!  
 あの七人を、たった一人で倒すなんて不可能、と思いたいが、倒されたのは事実真実で、眼前のそーま……に見える人物が、オレを殺しに来たとは考えられないだろうか?  
「どーして怖い顔をするのサラねぇ?」  
 僅かでも、疑ってしまったら止まらない。  
 どこまでも、我が眼は険しく流移する。  
 標的は眼前。ドレスの分解、鎧の再構築、蒸着し終えるまでが0.05秒。剣で切り掛かるまでが0.1秒。寸止めで試してみるか?  
 もしコイツが反応できたら、  
 
「ボクは、本物のソウマだよ? 寝てる時に、サラねぇがチンチン弄ったりホッペにチューしてた相手は、ボクなんだよぅ!!」  
 
 反応でき……はっ? なんでバレてんだ? 布団に入ったら、すぐにクークー寝てたじゃん? 朝まで起きなかったじゃん!?  
 瞬時に甦る痛い過去。オレは、幼い頃から人よりサドっ気が強かった。自分より幼かったそーまをイジメる事に、性的な喜びを感じてたヘンタイ。  
 泣き声を聞く度に身体は熱くなり、泣き顔を見る度に足の付け根が潤んでく。  
 嫌われたかった。憎まれたかった。そしてそんな相手に、ファーストキスと童貞を、それも寝てる間に奪われてたと知ったら、どんな顔をするだろう? どんな声で泣くだろう?  
 好きな人ができて、初々しいカップルになった時、彼女の前でこの事実をバラしたらどうなるのだろう?  
 リピートする妄想に勝てず、結局は六歳のそーまをレイプした。小さなペニスをしゃぶり、唾液を溜めた口内でじっくりと皮を剥き、恥垢を舐め取って。  
「すき、スキなのサラねぇ……結婚してよぉ、ボクのお嫁さんになってぇっ!!」  
 その被害者が今、オレの首に腕を回して抱き着いてる。  
 ズボンの上からでもわかるぐらいにペニスを勃起させて、本気でオレを口説こうとしてる。  
 
 無垢なのか、それとも無知なのか? そーまが好意を寄せるサラねぇは、とっくの昔に死んでるってのに。  
「よっ、残念だけどな、オレは強い男が好きなんだ、泣き虫となんか付き合えるかよ? あきらめて……いい加減に離せよ、ほれっ」  
 再び立ち上がり、それでもソウマはぶら下がったまま。  
 足をぷらぷらと左右に揺らしても、必死に抱き着き踏ん張ってる。  
 ったく、しゃーねーなコイツは。オレと結婚して幸せになる筈ねーだろ?  
 だってオレはよぉ、  
 
「Guillotine……」  
 
 人外の化け物だから。  
 人外の化け物が、人間のフリして、娼婦の真似事して、山奥で静かに暮らしてるだけ。  
「うわぁっ!?」  
 そーまが床に落ちて尻餅を付く。当然だ、オレの身体は立ったまま、オレの頭部はそーまに抱えられたまま、首から上下に別れたんだから。  
 繋ぎ目はツルツルの硬い銀板。二度と同じ死に様を迎えぬ為に、神が施したくだらないギフト。  
「理解したろそーま? お前が好きだと言う『私』は死んだ。これ以上、オレを追い掛けるな……なっ?」  
 抱かれた腕の中、優しく微笑んで幼馴染みを諭す。  
 こんな姿を見られたくないから実家に戻らなかったのに、一番見られたくない奴にカミングアウトさせられた。  
 でも、これで諦めてくれる……  
 
「あははっ♪ 知ってるよ屍王? こうなるって、ボクは知ってる!!」  
 
 そんな願いも消えるだけ。  
 そーまは矛盾した表情で泣きながら笑い、首が取れるなんて些細な事だとビビりもしない。  
「はっ?」  
 それどころか、一瞬の隙も見せない気付かぬ間に、オレの頭部は鳥籠の中に閉じ込められてた。  
 テーブルへ置かれて、鉄格子越しに何か決意をした目でオレを見据える。  
「ボク、どんな姿になってもサラねぇがスキだから……証拠、みせるからっ!!」  
 ドンッと鈍い衝撃が身体を走り、容易くベッドに押し倒された。  
 おい……まてまてまてまてまてっ!! 何で私を押し倒せる!? いくら油断してたって、相当な力でなきゃビクともしないんだぞっ!?  
「ちっ、ヤメろそーま!! 強姦する男なんて最低だ、そんなんじゃ気持ちは動かねーよ」  
 逃げ出そうと手足をバタ付かせるが、上から押さえ付けられた身体は、ベッドへ影縫われて完全に自由を失った。  
 オレが覗く視線の先で、オレの身体が犯されようとしてる。  
「おっ、お金を払えば、サラねぇはエッチさせてくれるんでしょ?」  
 んっ? はっ……なんだよ、好きだの結婚だの言っても、結局はセックスしたいだけかよ?  
 そう思ったら、手足の力は抜けて抵抗する気も失せる。  
「好きにしろ……ただし、オレの値段は一晩二十万クラウンだ」  
 まともな女を抱く勇気がないから、取り敢えず首無しの化け物でも抱いておこうってか? くっだらねーぜ。  
 粉雪の舞い落ちる山奥、暖炉で暖められた小屋の中、テーブルの上からベッドを眺める。  
 
「じゃあ百億クラウン払うから、残りの人生をボクにちょーだい? お嫁さんになってサラねぇ!!」  
 
 吐息の荒いガキに押し倒されて、最初と変わらぬ告白をされて、オレの呼吸も荒くなった。  
 

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