「なぁ・・。」  
「なによ・・・。」  
俺は結局何も言えずにうつむいてしまう。  
お互いの心中と同じく暗澹たる空気が場を支配していた。  
学校からの帰り道、幼馴染の俺、大谷 陸と隣の小野寺 唯は二人とも下を向いて歩いていた。  
「おーおー、お二人さん今日も夫婦でご帰宅ですかー?」  
後ろから追い越していった自転車がそういったのを俺はぼんやりときいた。いつもなら隣の唯が  
「な、なにいってんのよ、このバカー!」  
などと足早に走り去っていく自転車に罵声のひとつでも浴びせるものだが、今日は事情が違った。  
その事情とは、普通の奴らには理解できないものだ。――と言っても俺がクラスの女子に告白されただけなのだが。しかしそれでも俺たち二人にとっては重大案件なのであった。  
俺と唯は産まれた病院も一緒、家もすぐ近くで幼稚園から今の高校までずっと一緒にいた。その中で悲しいこと、嬉しいこと、さまざまなことを二人で悩み、時には衝突しながらも分かち合ってきた仲だ。  
その絆は普通の人間関係とは程遠いほど深くなっている。  
「早く返事しないとな・・・。」  
俺の呟きに対し唯は沈黙を守っている。  
告白されてすでに三日。そろそろ返事を出さないとまずい。唯はポツリと問いた。  
「何て返事するつもり・・・?」  
俺はぐっと答えに詰まる。俺が告白を受け入れれば、唯との距離が遠くなる。当然、一緒にいる時間も短くなる。  
今までの人生の大半をともにすごしてきた唯との時間。そのほとんどが生ぬるく、しかし決して退屈しない大切な時間。  
そんな唯との当たり前の時間が壊れようとしている。俺はそれを恐れていた。もちろん隣の唯だってそう思ってるはずだ。  
「とりあえずさ、今日俺の家で話し合お。待ってる相手にも悪いしケリつけよ。」  
俺の提案に黙って唯は頷いた。  
 
「お邪魔します。」  
「あら唯ちゃん、いらっしゃい。」  
俺んちの玄関、俺の母が出迎えた。そのままリビングへと消えていく。唯がこの家に来るのも日常の一部だ。母も特に構いもしない。  
「トイレ借りるね。」  
「おう、二階で待ってる。」  
やはり唯は慣れた足取りでトイレにむかう。そんな唯を俺は寂しげな目で見やり、二階の自分の部屋に上がった。  
唯が部屋に来るまでの間、机のイスに座り必死で告白のことについて考える。唯が来ても結局まただんまりな空気になるのはわかっていたからだった。だが。  
ガチャ。部屋のドアが開く。唯が入ってきた。  
「トイレはえーよ。もっとゆっくり出せよ。」  
「バカ。」  
ゲシ。唯の足が飛んでくる。俺は言った。  
「お前、普通人前じゃ絶対そんなことしないよな。」  
「そうゆうアンタも普通なら絶対そんな下品な冗談は言わないけどね。」  
「それは俺とお前の仲だから。」  
はいはい、と俺のベッドに座りながら軽い返事を返してくると思った。しかし唯はグッと詰まってしまう。  
「あ・・・悪い。そのことだよな。」  
俺も気持ちを察して下をむく。再び三日前から繰り返される、沈黙タイム。  
「で・・・」  
「ん?」  
珍しく唯が沈黙を破った。昔から明るい性格の唯だが多少繊細な部分もあるのか、真剣な話し合いの時はほとんど発言できないらしくその時だけは俺がリードしてやっていた。  
「陸は・・・黒田さんのこと、どう思ってるわけ?」  
「そりぁ、嫌いなわけないし、可愛いとも思うがな。」  
 
告白してきた黒田さんは俺、唯とも同じ中学出身でそのころから学校のマドンナ的存在だった。  
成績優秀、中学では唯が所属していたテニス部の部長も務め人望もあった。  
一応俺もその中学の男子テニス部の部長に祭り上げられていたが、はっきり言って実力ではなくお遊びサークルらしく、くじ引きで決めた立場だった。  
とは言え同じテニス部部長同士、行事や色々なことで会話して、二人で男女テニス部混合の焼肉パーティを企画したのは楽しかった思い出の一つだ。  
正直、こんなマドンナと話せて部長も悪くないと思っていたのも確かだった。  
そして高校に入って一年過ぎ、会話する機会もほとんどなくなった矢先の彼女からの告白。俺の心が揺れなかったと言えば嘘になる。  
「性格も楽しいし、顔もいい。何一つ欠点など見当たらんがな。」  
「・・・」  
唯は黙って俺の言葉をきいている。  
「しかしまぁ何だかなぁ・・・。俺でいいんかな?」  
黒田さんは高校でも完璧超人だ。  
「俺じゃ釣り合わないんじゃねーかなぁ。」  
そんな曖昧な、答えになってない俺の言葉。と言っても三日前から考えて出した答えはこんなもんだ。  
われながら情けない。俺も唯みたいにしっかりしてればなぁ、なんてぼんやり思う。  
「じゃ、別に付き合ってもいいんだ?」  
唯の鋭い声が響いた。語尾に微かな苛立ちがきこえた。  
「何、迷ってんのよ?実は調子のってんじゃないの?」  
「・・・は?」  
おいおいそれは言いすぎだろう。俺は口を挟もうとするが唯は早口にまくしたてる。  
「何三日も延々と迷ってるわけ?黒田さん待たしといて何が楽しいのよ?バカじゃないの。」  
「いやそれは・・・。」  
俺はお前のことで・・・お前との関係が・・・。  
 
「私、優柔不断って最悪だと思うな。」  
「はぁ?」  
俺の気も知らないで。  
「だいたいアンタが誰と付き合おうが知ったことじゃないし。」  
「・・・・・。」  
言い切ったな。俺はきれた。わざとらしく大仰にため息をつく。  
「わーったよ。」  
こいつは俺との仲なんてそんなに考えてなかったんだな。俺は深々と唯に土下座した。  
「数日の間、お世話さまでした。」  
「な、何よ・・・。」  
顔を上げてみると唯は戸惑った顔をしている。俺は続けた。  
「めんどい相談につき合わせて悪かったな。はじめから俺が勝手に考えて決めりゃよかった、と・・・そうゆうわけだな。」  
「それは」  
唯は口を挟もうとする。させるかよ。  
「俺、調子のってたわ。もう小学生じゃあるまいしお前の了解なんて要らないよな。」  
我ながら冷たい声。でもそれとは裏腹に心は悲鳴を上げていた。それを振り払うかのように言葉を紡ぐ。  
「お前、俺のことなんてそんなに重く考えてなかったんだな。実はけっこう鬱陶しかったろ。」  
「ちがう!」  
唯の叫びも子供っぽい否定の言葉にきこえてしまう。  
「はぁ・・・。もういいって、無理しなくて。帰れよ。」  
俺の突き放したような言葉に唯はうつむいてしまった。泣いてはいないようだが、手はぎゅっと握られ、白くなっていた。  
さすがに感情的になって言い過ぎたかもしれないと考えたが、謝る気はしなかった。俺はしばらく経って唯に声をかけた。  
「なぁ・・・マジでそろそろ帰れよ。遅くなるぞ。」  
唯は黙って頷き、立ち上がって部屋を出ようとした。しかしドアのノブに手をかけたまま動かないでいる。  
「おい、どうした?」  
俺は思わず心配そうな声を出して気付く。こんなこと・・・初めてだ。  
「ううん・・・」  
唯は一瞬、逡巡して返事をし俺の方へ振り向き、言った。  
「バイバイ」  
彼女の口から聴き慣れた筈のその言葉は俺の心に重くのしかかり、その横顔は寂しげな笑みをたたえていた。  
俺の見たことのないその唯の表情はひどく美しく見えた。  
 
 
翌朝、俺は一人で登校していた。  
「おーい、陸―。」  
後ろから昨日の自転車で追い越していった奴がきて俺の隣に並んだ。  
「お前な、昨日のあれ、もうやめろよな。」  
俺は奴――中学からの親友、堀 喜一に軽く愚痴る。  
こいつは決して悪い奴ではないのだが、余計に口が回る性質で高校に入学してすぐに俺と唯が夫婦だと認定されてしまった原因でもあった。  
「まーだそんなこと言ってんのか。いい加減認めちまえって。」  
悪びれなく言う。  
「しかし何?今日は一人?」  
胸が締め付けられる。俺は努めて平静を装い言う。  
「あぁ、まぁな。」  
「珍しくね?俺、二人一緒にいないとこ初めて見た気がするわ。唯ちゃん、風邪か?」  
「さぁな。」  
心なしか俺の歩調が早くなる。いつもは何でもないこいつの口調が今日はやけに鼻につく。  
「お、おいおい待て。早いって。」  
俺は構わず学校に歩いていった。  
 
学校に来て、もうすぐ朝のホームルームが始まる。唯はまだ学校に来ない。だからと言って別にそわそわしたりしない。  
しっかり者の唯が朝に弱いことを知ってるからだ。いつもの俺の迎えのインターフォンで起きることもあるようで、不真面目な俺だが朝は早く、遅刻とは無縁だ。  
でも、今日は迎えに行ってない・・・行けなかった。  
「はいはい席着いてー」  
そして担任が教室に来て点呼を取ろうとしたとき  
「すいませーん。遅れましたー」  
唯が来た。  
「おお珍しいな。ぎりぎりセーフだぞ。」  
担任に愛想笑いをしつつ、自分の席に座る唯。眼が少し赤く見えるのは気のせいか?  
「なになに、どうしたの今日。珍しいね。」  
周りの女子が唯に話しかける。  
「いつもの彼とは一緒じゃないの?」  
からかい気味の何気ない女子の言葉がきこえた。胃に冷たいものが落ちたような感覚。唯は女子に答えた。  
「今日は先に行ってもらった。」  
いつもと変わらない唯の語調。俺はほっとして唯を見た。でも、唯は少しも俺の方を見なかった。  
そしてさっきの唯の返答が嘘だと俺が気付いたのは授業が始まってからだった。  
 
昼休み。さすがの俺と唯も昼飯まで一緒じゃない。  
いつもは喜一とか男子同士で食べるのだが今日の俺にはやらなければならないことがある。  
黒田さんに放課後、残ってもらうよう言わなければならない。黒田さんと俺は隣のクラスだ。  
俺は一息ついて隣のクラスに入る。黒田さんは、いた。三人ぐらいの女子と弁当を食べている。  
あの輪の中に入るのかと思うと緊張したが、俺が近づくと黒田さんの方が気付いてくれた。  
友達に何か言って歩いてくる黒田さん。集まる教室の人の視線が痛い。  
「と、とりあえず外に・・・。」  
「うん・・・。」  
教室の外の廊下に出て向き合う。俺は明らかに緊張しまくりだが、黒田さんの顔もほんのり赤い。あまり動揺を表に出さない黒田さんらしからぬ表情。  
俺はできるだけ簡潔に言った。  
「返事・・・したいから部活終わったら、屋上に来てくれるかな?」  
「あ、うん・・・わかった。できるだけ早く行くね。」  
「あ、いや。無理しなくていいから。」  
「もう、待つのは限界だったから、私のほうがもたないよ。」  
黒田さんは上目遣いに俺の顔を見上げてくる。文句なしに可愛い。  
「う・・・ごめん。あの、でも、ちゃんと今の気持ち言うから。」  
「うん。期待してるね。」  
黒田さんは足早に教室に戻っていった。  
「期待してる、か。」  
自分の教室に戻りつつ俺は呟く。  
黒田さんの短い言葉にこめられたあからさまな好意。中学の頃から憧れに近い存在だった黒田さんが俺のことを本気で好いてくれている。  
でも――  
「黒田さんと話してたの?」  
「うわっ!」  
後ろからの声に思わず飛び上がる。唯がそこにいた。  
「返事、するんだね。」  
「え!?・・・ああ、まぁな。」  
「そ・・・。」  
唯はそれだけ言って俺の横を通り過ぎようとした。わずかに見えたその横顔はあまりにも寂しそうで――  
「ちょっと待て。」  
俺は思わず唯の手を取っていた。すぐに振り払おうとするだろうと思い、握った手に力を込める。しかし唯は  
「何・・・?」  
と力なく呟いただけだった。唯の予想外の反応に思考が一瞬停止する。  
「用がないなら、離して。」  
顔を背けたままの唯の声は不自然なほど冷静だった。俺は素直に言った。  
「今日のお前、変だぞ。」  
「嘘。何も変じゃない。」  
「いや、変だって。」  
「変じゃない。」  
「そっけないって言ってんだよ!」  
小意地なまでの唯の態度に俺は声を荒げる。  
「昨日のことだろ。あれは俺も言い過ぎたと思ってる。」  
「・・・。」  
唯はまだ顔を背けている。  
「でもな、だからって、俺が誰と付き合おうが関係ないだろ?今までどおり、な?お前も誰かいい男見つけて・・・。」  
「陸は今、幸せ?」  
突然の問い。何だよいきなり。らしくないこと聴くな。  
「そりゃ。」  
俺は幸せだ。中学の時からの憧れの女の子に告白されて、俺という  
普通の男の子は幸せでふわふわした感じで・・・あれ?  
心が、重い。嬉しくなんか、ない。  
「そりゃ・・・何?」  
「う、うるさい!関係ないだろ!」  
とっさに発した自分の言葉にはっとした。デジャヴ。これじゃ昨日と同じじゃないか。俺はまた、唯に――  
「そうだね・・・。」  
はーっと大きく肩で一息つく唯。はじめて見る唯の仕草。  
「お幸せに。」  
俺の握った手から唯が離れて行く感覚に、痛覚では感じない痛みが走る。同時に俺ははっきりとした違和感を胸に感じていた。  
俺のことだけじゃない。唯のことも。何か違う。俺ははっきりとそれを感じた。  
 
放課後の屋上。夕焼けに染まる町をフェンス越しに見下ろしながら俺は色々なことを考えていた。  
いや、何も考えてない。ただぼーっとしてるだけだ。とてもこれから憧れの女子に告白される男の顔じゃない。  
「何してるの?」  
背後からの突然の呼びかけに驚いて振り向く。  
「あぁ、黒田さんか・・・。びっくりした。」  
「何かその反応、少し傷つくなぁ。」  
軽くへこんだ表情をする黒田さん。  
「あ、いや、ごめん。」  
慌てて謝る俺をみて、黒田さんは微笑む。  
「ふふっ、いいよいいよ。何考えてたの?」  
「え、いや・・・。」  
「私のこと?」  
「え?」  
「なんてね。」  
「あ・・・。」  
そうだ。考えてなきゃいけないことなのに。  
俺の複雑な心中とは対象に黒田さんは可愛らしげな顔で笑っていた。  
「それで・・・。」  
「うん・・・。」  
俺が話を切り出すと黒田さんはとたんに俯いた。その過敏な反応に後ろめたさが首をもたげる。  
「俺は・・・。」  
昼休みに感じた違和感。いつもと違う唯の様子。想像してた甘い告白の緊張感とは違うギリギリと胸が締め付けられる重圧に俺は耐えることしかできなかった。  
何もかもが違う気がする。言葉が、出ない。  
「大谷君?」  
様子が変だと思ったのか、黒田さんが下から覗き込んでくる。  
「黒田さん。俺・・・。」  
間近で見る黒田さんの瞳に苦しげな自分の顔が映っていた。と、その瞳がそっと近づいてきて――  
「え?」  
俺は黒田さんにキスされた。一瞬何が起こったのか分からず、目を見開く。長い睫毛が少しくすぐったい。  
 
唇はすぐに離れた。  
「しちゃったね・・・。」  
黒田さんはしなやかな指で唇をなぞりながら薄く微笑む。  
「く、黒田さん、あの。」  
俺はただ、立っていることしかできない。  
「大谷君。あのね。」  
「え?」  
黒田さんは静かに語りだした。  
「私ね、本当は嫌な女なんだよね。」  
「は?」  
いきなり何言ってんですか。  
「嫉妬深くて、意地汚くて、腹黒くて、そのくせそれを絶対に認めようとしないの。欲しいものはどんな手を使ってもてにいれようとするし。」  
俺の前からゆっくりと歩き出しながら語る黒田さん。まじめな話のようだ。俺はおとなしくきいていることにした。  
「でもね、ここって時に踏み込めないのね。だからいつも中途半端、結局何も手に入らない。その内なにが欲しかったのかも忘れちゃう。きっと怖いんだね。  
何でも自分の思い通りにしようとして、真正面から行かなきゃ行けない時に、いけないの。  
だからいつもなにか作戦考えちゃってさ。他人を利用して傷つけて、うまくいけば万々歳、だめでも後のことは知ーらないって感じで。」  
黒田さんは一息つくと  
「私、いつもそう・・・。」  
と上を見上げた。自嘲ぎみの言葉とは裏腹に少しだけ悲しそうな顔。  
「でも人間なら誰だって多少、そんなとこあるんじゃないの?」  
黒田さんが俺の方に向き直る。俺は続けた。  
「世の中で黒田さんみたいな人、いっぱいいると思うよ。」  
完璧だと思ってた黒田さんがそんな事いうのが、なんとなく嫌だったのか、諭すような言葉をかける。  
「ちがうの。私が言いたいことはそんなんじゃない。」  
「え?」  
「今だから白状するけど私、中学校の時、部長なんてやりたくなった。でも大谷君が部長になったってきいて、一人急に立候補するって言い出した人がいた。」  
「それって、黒田さん?」  
「ちがうよ。・・・小野寺さん。」  
 

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