駅の乗り場へ続く階段に俺は座っている。                  
俺、なにしてんだろう。早く帰らなくては。  
 
 
階段を下りると、いくつかある、色褪せて硬そうなベンチのひとつに男がたったひとり座っていた。  
しわのある背広。まるまった背筋。大きくて、くたびれた背中。  
 
「おとうさん」  
父さんは、俺の記憶にある大きな父さんのままだった。  
自分の声まで幼くなったような気がする。  
 
 
父がゆっくりとこちらに振り返った。  
穏やかな顔だった。  
「しをしった、あなたにきく。いきることとはなにか。」  
父は答えない。  
俺は父の穏やかな表情を長い間眺めていた。  
でも、それは本当に長い間だったかはわからない。  
父が口を開いた。  
「秀明は、なににおびえているんだい」  
おびえている?俺が?  
そうか、俺はおびえているのか。  
何にだ。  
 
父はまた背中を向けた。  
父は答えない。  
 
電車が乗り場に、音もなく入ってきた。  
父が立ちあがる。俺は見守る。  
 
父は何かを言った。うまく聞き取れなかった。  
電車のドアがしまる。  
ゆっくりと動き出していく。  
やがて電車の光が闇に溶けた。  
 
乗り場には、俺が一人残っていた。  
俺、何してんだろう。早く帰らなくては。  
 
 
目覚まし時計の轟音が部屋を叩く。  
俺は時計の電源を切っておきだした。  
今日は二日に分かれてやる試験の一日目である。  
 
部屋から出ると、久美の部屋のドアがあきっぱなしになっていることに気づいた。すでに登校したらしい。  
久美の両親は共働きで、夜遅くにならないと帰ってこない。  
だから、いつもは食事は久美が作るのだが、昨日は久美が部屋に鍵をかけて閉じこもったから、結局俺が作らざるをえなかった。  
昔から彼女は機嫌を損ねればだいたい部屋にこもる。  
ちなみに俺の料理は・・・下手の横好きという言葉がある。  
だから、久美の部屋の前においておいた料理の盆が消えていることから、ちゃんと食べてくれたかと俺は安堵した。  
 
外に出るとひどい湿気がほほを撫でた。  
空は分厚い雲で覆われていて、朝から陰鬱な気分だ  
 
テスト終了のベルが鳴った。  
俺はシャーペンを置いて深呼吸をした。  
数学のテストは、毎回久美に百点を取られているので、それを阻止するためか、毎回最後の設問にえぐい問題がある。  
だが今回はそれがさらに顕著であった。  
とりあえず方針を立ててそれに従い最後までといてみたものの、もともとあってないような自信が完全に砕かれたことを感じていた。  
 
俺は淡い絶望を感じながら、憔悴しきって椅子にもたれかかり、天井でせわしく首を回している扇風機の風にあたっている。  
あっ!俺の体から真っ白な灰が!とか馬鹿なことを考えていた。  
 
 
 
生徒が流れ出ていく校門に卓也を見つけた。  
「よ。」  
俺は挨拶代わりに軽く片手をあげた。  
卓也は何もいわずついてくる。その表情は硬かった。  
 
俺は絶望的な気持ちで空を見上げる。  
鉛色の空ごと今にも降ってきそうだった。  
 
お互い無言が続く。この張り詰めた雰囲気はなんだ。いいたいことがあるなら早めにしてほしい。胃に穴が開きそう。  
そう思いながらもくもくと歩く。  
 
久美のうちと卓也のうちへの別れ道で、卓也が立ち止まった。  
 
 
「今日久美から告白された。」  
「・・・そうか」  
「僕は・・・断ったよ。」  
「なんでだよ」  
「秀明・・・・久美に何を言ったんだ。」  
「なにも言ってねえよ。・・・前は動揺して、卓也の告白を素直に受け取れなかっただけじゃないの。」  
 
ほほに衝撃を感じた。視界が回る。  
俺はその衝撃で塀に背中を激突させた。  
 
「久美は泣いていた!泣きながら告白してきたんだぞ!」  
 
頬から鋭い痛みが走った。血の味が口の中で広がる  
どうやら俺は殴られたようだった。  
「立て、秀明、勝負だ。」  
 
 
秀明は卓也の顔を仰ぎ見た。  
この眼だ。  
力強い自信の光が宿っている。  
久美の目にも宿っている。  
いつも正しくある人間の光だ。  
俺はこの光が怖い  
 
「負け戦はしない主義だ。」  
卑怯な言い方だ。だがもう何とも戦う気が起きなかった。  
 
「じゃあ僕の不戦勝だ。」  
「ああ。」  
「敗者は勝者の言うことを聞かなければいけない。」  
「・・・ああ。」  
償えるなら何でもしてやる、と思った。  
 
 
「君は久美に告白しなければいけない。」  
「なんでだ。」  
前言を撤回します。  
「・・・教えてやらない。」  
 
俺は立ち上がって制服を手で払った。  
「・・・いますぐか」  
「自分で考えなよ。」  
 
 
そういって卓也は歩き出した。  
だんだん遠ざかっていく。  
 
俺は一瞬口に出すのをためらった。だが叫んだ。  
「お前は、それで、いいのか!」  
「いいわけないだろ!」  
怒鳴り返された。卓也が走り出す。すぐに角を曲がって姿が見えなくなった。  
 
 
 
分かれ道には俺と鋭い痛みだけが残った。  
 
「後悔してばっかりだ・・・。」  
首筋にひやりとした冷温を感じた。  
空を見上げる。  
塵を多く含んだ大粒の雨が顔を叩いた。雨が地面に叩きつけられる音が俺を包んだ。  
 
それは大きい音のはずなのに、俺はなぜだか静寂を感じていた。  
 

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