『メイド・莉子 2』  
 
頬に何か柔らかいものが当たる感触に、目が覚めた。  
 
寝返りを打つと、暖かい空気が吹きかけられる。  
「おはようございます」  
半分以上眠っていた意識が、その声で一気に覚醒する。  
ぱっと目を開くと、莉子が俺の上に乗りかかるようにして俺の顔を覗き込んでいた。  
「お目覚めのお時間です」  
うわ。  
振り払うように起き上がると、薄いキャミソール一枚の莉子がぽんとベッドから降りる。  
 
ようやく頭がこの状況を思い出した。  
新しくやってきたメイドが「お添い寝」といって俺のベッドにもぐり込むようになって四日目だ。  
最初の夜こそ、若い女の体温と感触に気分が高ぶってろくろく眠れなかったが、さすがに昨日あたりからは睡魔に負けるようになった。  
下着姿で同じベッドに入ってくるのだから、あんなことやこんなことをしても文句は言えないはずだが、なにせ俺のほうに、経験値がなさすぎてどうしていいかわからない。  
もしかして男として異常だと思われているんじゃないか、童貞なのがバレているんじゃないかと考え出すと寝つきが悪い。  
だからといってぴったりそばに貼りつかれていれば、自分でどうにかすることもできない。  
生殺しだ。  
 
莉子は昨夜ベッドサイドにかけたメイドの制服を身につけ、ハイソックスをはいて手早く髪を上げる。  
その様子を眺めていると、どんどん布地で隠されていくあの肌に触れ、この腕に抱いたらどんなに、と思う。  
最後にエプロンのリボンを結んで、莉子が妄想真っ只中の俺を振り向いた。  
「お仕度なさらないのですか」  
莉子は今まで泣いて辞めていった何人ものメイドたちのように、俺の着替えを選んだりしない。  
だが、やれと言ったら、できないんですかと聞かれそうなので黙っている。  
身支度を整えた莉子から下半身を隠すようにして立ち上がり、トイレと洗顔を済ませ、クローゼットを開けてシャツとスーツ、ネクタイと靴下を選ぶ。  
実際に着替える時はシャツを着せ掛けたりネクタイを結んだりと手を貸すが、俺は莉子の結んだネクタイの結び目に指をかけて緩めた。  
きちんと締めるのは会社に向かう車の中でいい。  
 
莉子が、腕時計で時間を確かめて寝室から出て行く。  
開いたドアから、莉子がピアノの上に手をかざすようにして通り過ぎるのが見えた。  
やたらと場所をとっているのに弾かないピアノが気になるものの、触れるなといった俺の命令を守っているんだろうか。  
莉子の後からピアノ室を突っ切ってリビングに行くと、母屋から届いたばかりの俺の朝食をソファの前のテーブルに並べている。  
朝はあまり食欲がないのだが、最初の「お添い寝」の後の朝、莉子にそう言ったのに聞こえない振りをしやがった。  
朝食も食べられないような軟弱さだから、一晩中メイドが添い寝しても指一本触れてこないんですなどと思われてはいないだろうか。  
 
俺はソファに浅く座って、莉子がポットからカップに注いだコーヒーを受け取って飲む。  
「…ちっ」  
熱い。  
カップをソーサーに戻すと、莉子がクロワッサンをウォーマーから皿に移しながらぱっと俺を見た。  
こいつ、俺が猫舌だと知っていて熱いコーヒーを出したのか。  
しかも、ブラックだ。  
ミルクと砂糖を二つ、入れ忘れている。  
ぬるいカフェオレでなきゃ飲めないなんて、子どもみたいですね、と言われている気がした。  
わかっている、こいつはほんとうにそんなことを言ってはいない。  
ただ、俺がそう思っているだけだ。  
ぬるいカフェオレでなければ飲めない、ベッドで擦り寄ってくる女に指一本触れられない自分が、バカにされはしないかと思っているだけだ。  
人にバカにされるなど、俺のプライドが許さない。俺は高階那智だ。  
歩くより先にピアノを弾き、自分の名前を漢字で書くより前にステージに上がっていた。  
金持ちの家に生まれ、才能と容姿に恵まれ、世界中でコンサートを開き、行く先々の空港ではファンが待っていて、テレビも雑誌も引っ張りだこで、足りないものなど何もない、タカシナグループの次男。  
スズメの涙ほどの月給で下働きをするメイドなんかに、塵ひとかけらほどもバカにされるなど、ありえない。  
「あ。熱かったですか、申し訳ございません」  
実際に莉子が言ったのは、短い謝罪の言葉。  
カップに角砂糖二つとクリーマーのミルクを溶かして温度を下げ、差し出す。  
そこでにこっとされれば、悪い気はしない。  
なにせ、さっきまで俺の背中にくっついて無防備に眠っていた女の子だ。  
顔だって悪くないし、押し付けられる胸も柔らかい。  
……俺からは指一本触れていないのが悔しいところだが。  
俺はぬるいカフェオレとパリパリのクロワッサンを胃に押し込んで、出社した。  
 
昨日と同じ、その前とその前とも同じく、十時から五時までを社長室のデスクでネットサーフィンをして過ごした。  
昼には秘書が組んだ予定でどこだかの社長とランチをしたが、仕事の話は一つも出なかった。  
このジジィも、実際のビジネスの話は俺なんかじゃなく、担当部署の重役と相談するんだろう。  
時報と共にパソコンを落とし、デパ地下で弁当を買って帰る。  
出迎えた莉子が、ドアの脇に立って俺がテレビを見ながら弁当を食べるのを見ていた。  
テーブルに空になった弁当の箱を投げ出すと、莉子がすっと近寄ってきてそれを手に取る。  
「……です」  
なんか言ったか。  
また、空耳か。心の声か。  
顔を向けると、莉子と目が合った。  
「……なんだよ」  
莉子はカーペットに膝をつき、弁当の箱から惣菜カップやフィルムを取り出した。  
「おかしいです」  
「なんだと?」  
紙とビニールに分けたゴミを重ねて、莉子はわざとらしく首を降った。  
「この数日、わたくしは社長のお世話をさせていただきましたが」  
お前が世話といえるほどのなにをしてるんだよ。  
「会社を五時に終わってから、お弁当を買ってまっすぐ帰ってらっしゃる。六時には」  
ソファの座面を白い手がぽんと叩いた。  
「ここに座っていらっしゃいます」  
それがなんだよ。  
「お金にも時間にも余裕がおありで、若くて独身、モテモテのはずですのに遊びにいくわけでもない」  
なにが言いたいんだ。  
「毎日が朝帰りでもよろしいようなお年頃ですのに、なぜでございましょう」  
なぜって。  
「おま……、莉子には関係ないだろう」  
言われなくてもわかってる。  
俺は遊び方を知らないんだ。  
小さい頃から金持ちのボンボンの天才少年で、オトナにばかり囲まれて、分刻みのスケジュールであっちこっちに運ばれていた。  
気づけば、流行のアニメやゲームもテレビも知らず、同級生たちが休日に何をして遊んでいるのかもわからなくなっていた。  
今になって自由になる時間と金が与えられても、どこでなにをしていいのか。  
せいぜいがデパ地下で一番高い弁当を買い、自分の部屋で大画面でテレビゲームをするくらい。  
周囲にいるのが白髪混じりの重役やオバハン秘書では、酒の飲み方も女との遊び方も、そういう店への通い方も教えてくれるはずがなく、  
たまに引き合わされるベンチャー企業の若社長たちが着こなしているスーツやブランドらしい持ち物も、それがなにでどこで売っているのか聞くわけにもいかない。  
「ま、いくらお若くても無茶のできるお立場でもないですし。おとなしいのはいいことで」  
「てめぇ、いいかげんにしろよ」  
人の嫌がることを選んで言うような態度に、俺はすごんでみせた。  
莉子がひとさし指を顎に当てた。  
「社長は殴り合いのケンカをなさったこと、おありですか」  
う。  
あるわけない。  
ピアニストが指を守るのは当然だろう。  
「……莉子。黙ってろ」  
バカにして笑うかと思ったら、肩を落としてほうっと息をついた。  
「かしこまりました」  
ゴミをかき集めると、またいつものようにドアの横で待機する。  
 
なんだよ。  
なんで、おまえに、莉子にそんなことを言われなきゃならないんだよ。  
なんでおまえは、本当のことばっかり言うんだ。  
気のせいか、直立不動の莉子が少しばかりうつむいている気がする。  
 
その夜、俺の後からそっとベッドに潜り込んできた莉子の足先が、ちょっとだけ冷たかった。  
 
「お出かけなさいますか」  
翌日の土曜、朝起きて着替えている俺を見て莉子が少し驚いた顔になる。  
それから、はっとしたように口を閉じる。  
昨夜の、黙っているようにという命令がまだ有効だと思っているのか。  
「そう」  
俺が答えると、莉子は口を閉じたままなにか唸った。  
……バカか、こいつ。  
俺はちょっと敗北感を感じながら、腕時計をぱちんとはめてため息混じりに言う。  
「しゃべれよ」  
莉子は俺が脱いだパジャマを手に取った。  
「どちらにお出かけですか」  
確かに、部屋でくつろぐにはボタンダウンのシャツにきっちりセンタープレスされたパンツは似合わない。  
「なんか関係あるのか」  
パジャマを洗濯カゴに置いた莉子の眉がぴくっと上がった。  
平日の夜に出かけないと不満げだったくせに、休日に出かけるのも不満なのか。  
それきり莉子はまた黙り、母屋から運ばれてきた朝食をテーブルに並べ始めた。  
それに手をつけずに上着を着ようとしたところへ、がちゃんという大きな音がした。  
見ると、フローリングの床についた莉子の膝元に割れた皿が落ち、テーブルにコーヒーがこぼれる。  
それを急いで片付けるわけでもなく、じっと見つめている。  
偉そうなことを言うくせに、そそっかしいメイドだ。  
放っておこうとしたが、あまりにも動かないのでもしかして怪我でもしたのかと思いなおした。  
「おい……莉子、大丈夫か」  
返事もしない。  
不必要なところで命令を守るんじゃねえよ。  
「わかった、もうしゃべっていい。解禁だ」  
「……らにっ!」  
な、なんだ。  
禁を解くなり、いきなり莉子がテーブルに両手をたたきつけた。  
 
「なんだよ」  
「どちらに、お出かけ、ですかっ!」  
俺は、あまり人に叱られたことがない。  
まして、ヒステリックに怒られたり怒鳴られたりという免疫は、ほとんどゼロだ。  
怖い。  
「え、いや、なに……」  
落として割った皿も、ひっくり返したコーヒーも、もしかしてわざとなんだろうか。  
莉子はどんどん流れてランチョンマットやナプキンに染みていくコーヒーを睨みつけている。  
これを無視して出かけてしまうのが、マスコミあたりが期待している俺のキャラなんだろうな、とぼんやり思う。  
だが実際の俺はそんなに骨太でもない。  
「ケガ…、ヤケドは」  
ふう、と莉子が肩を落とした。  
「嘘でございます」  
なにが。  
奇跡的にか計算したのか、床のラグには一滴も落ちていないコーヒーをナプキンでふき取り、新しいランチョンマットを広げる。  
何事もなかったかのようにポットから新しいコーヒーをカップに注ぎ、砂糖とミルクを入れる。  
足元の割れた皿を拾い集めながら、俺を見上げてにこっとした。  
「お食事をどうぞ」  
なんだ、なんなんだ。  
ぶすっとしたままソファに座ると、甘くてぬるいカフェオレが手渡される。  
「……なんのマネだ」  
莉子が何の説明もしないので、俺はついに聞いてしまった。  
「やきもちでございます」  
は?  
クロワッサンに手を伸ばしかけて、莉子を見る。  
細い眉をくいっと持ち上げて、ひとさし指を顎に当てた。  
「平日は6時帰宅の社長が、お休みの日は早起きしてお出かけなさるのにやきもちをやきました」  
「……意味わかんねえ」  
コーヒーのポットを抱えて、莉子が首をかしげた。  
 
「ですけど、今までの社長を拝見していれば、どんなメイドだってお休みの日は一日中お部屋に閉じこもってゲームやテレビでだらだら過ごされると思います」  
余計なお世話だ。  
……そんな日もある。  
「それなのに、新任のメイドをほったらかしていそいそとお出かけなさる、その行き先もお教えいただけません」  
今の『新任のメイド』という言葉が『新婚の妻』にでも変わらないと、そのセリフは意味不明だ。  
膝立ちのまま莉子がすり寄って来て、俺の膝に落ちたクロワッサンの破片を拾い、膝にナプキンを広げる。  
「やきもちくらい、焼きますでしょう。こんがりと」  
「……」  
わけがわからない。  
なに言ってるんだ、このメイドは。  
こんがり焼けるのは、クロワッサンだけで十分だ。  
 
食器をひっくり返してみせるほどやきもちを焼いたと言いながら、莉子は平然と玄関で俺を見送った。  
出かける主人にいちいちやきもちを焼くというのもわからないし、それを昔の野球マンガのように食器をぶちまけて怒るというのもわからない。  
添い寝といいやきもちといい、こいつもしかして俺に身分違いの恋心でも抱いてるんじゃ、と思っても、その後はまるきり何もなかった顔でいってらっしゃいませとぬかす。  
莉子に振り回されてぐったり疲れた俺も、ハンドルを握って高速に乗るころには気持ちを切り替えた。  
週に一度、俺は必ず行く場所がある。  
つまらないくだらない毎日は、この日のためにある。  
これがなければ、俺はタカシナの社長になんかならなかった。  
ならなくて、済んだ。  
目的地が近づくにつれ心は弾み、俺は莉子を忘れた。  
 
 
帰宅したのは、日が落ちてからだった。  
脱いだ上着を渡すと、莉子はひとさし指をあごに当てた。  
「わかりません」  
なんだよ。  
「とくに香水の匂いもいたしません。お食事や海の匂いもついておりませんし……どちらにいらっしゃったのでしょう」  
人の服の匂いを嗅ぐな。  
「強いて申し上げますと」  
俺は莉子が鼻を近づけた上着をひったくって、もう一度それを莉子に投げつけた。  
「くだらないこと言ってるんじゃねえよ」  
俺は香水をつけた女に会いに行ったわけでも、飯を食いに行ったわけでも、海なんか見に行ったわけでもない。  
莉子がこれ以上余計な詮索をしないように、さっさとソファの定位置に座り、テレビをつけて買ってきた弁当を広げる。  
今日はいつものデパートじゃなく、高速のサービスエリアで話題だという人気弁当を買ってきた。  
慣れない場所では緊張するが、このくらいはギリいける。  
家から離れたところだと知り合いに会うこともない気がして、深くキャップをかぶって少しの列に並んだ。  
どこを歩いても人に騒がれるほど有名じゃないが、油断すると田舎にもコアなクラシックファンが潜んでいて、アレが父親の会社を継いで音楽を捨てたピアニストよと指差されたりすることがある。  
弁当は、三段重にサラダと肉料理と野菜、揚げ物や煮物、三色のおこわ、彩のきれいな副菜に別容器でデザートのプチケーキ、ドリンク。  
それらを無造作に並べたところで、低い音がした。  
なんだ?  
テレビかと思ったら、もう一度。  
顔を向けると、ドアの横で莉子が直立したままほんのり目の縁を赤くしていた。  
「うるさいな、腹減ってんのかよ」  
横向きで口にくわえた割り箸を片手で割る。  
「……」  
返事もしやしない。  
ぐぎゅ。  
また、莉子の腹がうめいた。  
目の前の、テーブルいっぱいに広げた料理に目を落とす。  
割り箸と取り皿は三人分ある。  
一人で外食をしたことがないから昼は食べていない。  
このくらいいけるかと思うが、多いといえば多い。  
俺は三本あるドリンクのカップをひとつ取り上げた。  
「やる」  
莉子が目だけ動かす。  
「やるっつってんだよ。そばでグルグル腹が鳴ってたんじゃ食べにくいだろうが」  
「いえ、結構です」  
メイドが主人の善意を断るってなんだ。  
「グダグダ言わないでこっち来い」  
 
まったく、俺がどうしたら気に入るっていうんだ。  
テーブルの端に、ドリンクと皿と割り箸を置く。  
なんで俺がメイドにテーブルセッティングしてやらなきゃならないんだ。  
「取り分けてまではやらないからな」  
仕方なさそうに近づいてきた莉子が、俺の前に突っ立っている。  
「テレビが見えない」  
莉子がテレビの前から体をずらして、床に膝を付いた。  
「お取りします」  
さすがに、俺がやったらこうはいかない、というくらいきれいに盛り付けて前に置く。  
折詰の中身が皿に移っただけで三割り増し美味そうに見えて、おれは皿を手に取った。  
ソファに座った俺の太ももに、莉子の体が触れる。  
「……なにやってんだよ」  
莉子がぽかんと口を開けて、俺の顔を見上げていた。  
「……」  
しばらくそのままの格好で俺を見ていた莉子が、口を閉じて眉をひそめた。  
「嘘でございますか」  
なんだよ。  
「わたくしに、くださると」  
俺は手に持った箸でテーブルの折詰を指した。  
「嘘じゃない、やるよ」  
するとまた莉子がぽかんとする。  
……まさか。  
「食わないのか」  
莉子が口を開けたまま擦り寄る。  
「ですから」  
口の中に、小粒の白い歯が並んでいる。  
バカだ。  
薄々そうじゃないかとは思っていたが、こいつは、まちがいなくバカだ。  
俺は思わず箸を握った手の甲で、目の前にある莉子の額を軽く叩いた。  
「なんで俺が食わせてやるんだよ。自分でやれ」  
口を閉じたかと思うと、莉子はほっぺたをプクンとふくらませた。  
「お考え下さいませ」  
なんだ。  
「社長は、今日はお休みでございました」  
そうだよ。  
「わたくしにとって、初めての社長の休日です」  
わかってるよ。  
「期待もしますでしょう」  
なにをだよ。  
「ですのに、社長は早起きしてお出かけになって、まあいつもどおり夜遊びまではなさらずにお帰りですけど」  
どうして一言カチンとくる言葉を付け加えるんだ。  
「このあとは、わたくしと甘い時間を」  
「莉子」  
「はい」  
まつ毛をパタパタさせるんじゃない。  
俺は持っていた割り箸で莉子の鼻をつまんだ。  
考えなしにつまんだはいいが、その後どうするか考えていなかった。  
莉子が子猫のように顔の前で手を動かして、割り箸から逃れる。  
「んにゃ、召し上がり方が、違います」  
何の話だ、何の。  
折詰の中の一番大きくて噛みにくそうな唐揚を選んで、莉子の口に押し込んでやった。  
「ほぎょっ」  
変な声を出して、莉子は口の中いっぱいの唐揚に目を丸くした。  
 
「莉子。前から思ってたんだけどな」  
「ほぁい」  
必死で唐揚と格闘している。  
窒息したりしないだろうな。  
「おま、莉子な、メイドの仕事を勘違いしてるぞ」  
「ほぇ」  
「だいたい、俺が休みに出かけようが出かけまいがおま、莉子には関係ないし、飯を食わせてやることもない」  
「ほぅぇ」  
「それにだ、その、なんでメイドが、俺の、主人の布団にもぐりこんでくるんだ」  
「ひぇ」  
「おかしいだろ」  
「ほ」  
「……さっさと食ってしまえ」  
しばらくかかって、莉子は唐揚を飲み込んだ。  
「今までのメイドは、そうでしょうけど」  
エビチリと山菜おこわを皿に乗せた手が止まる。  
「鶯原莉子でございます」  
知ってる。  
ものすごく、言いにくい名前だ。  
うぐいしゅはりゃとか、うぎゅいすはなとか言いそうになる。  
「うぐいすはら、りこです」  
わかってるって。  
莉子は、わざとらしく大きく息を吐いて、肩を落とした。  
「約束いたしましたのに」  
「はあ?」  
なにを言ってるんだ。  
俺が顔をしかめると、またぽかんと口を開ける。  
しかたなくその口の中にエビチリを入れてやる。  
エビチリは三個しか入っていないのに。  
「ほぁ、ふひょ、ひぁ」  
今度は何だ。  
「ひゃちょう、こ、これは、いけまひぇん」  
「なんだよ」  
「かっ、かっ、辛いです」  
涙ぐんでいる。  
俺は大好物のエビチリをもうひとつ箸でつかんで、莉子の目の前に差し出してやった。  
「そうかそうか。もうひとつ食べろ」  
「んやっ、いけません、わたくしはっ」  
「ほら」  
「か、から、辛いのはっ、あのっ」  
いつもあれほど偉そうに振舞うくせに、たかがエビチリでこれほど取り乱すとは思わなかった。  
莉子がいやがったエビチリを自分の口に入れる。  
そんなに辛くない。  
「バカだな、エビチリはこのくらいがうまいんだ」  
涙まで浮かべた莉子がついに俺の太ももの上に腕を投げ出すようにして伏せた。  
いくらなんでも、それはないだろう。  
「……やっぱり、わたくしのことなんか」  
なに?  
「忘れんぼさんで、ございますね……」  
「おい……」  
なんだ、なにを言ってる。  
「莉子、おまえ、俺と会った事があるのか」  
なんだろう、いつだ。  
テレビや雑誌で見たことがある、という程度ではなさそうだ。  
コンサートかなにかに来たことがあるわけでもないだろう。  
「……思い出してくださらなければ、けっこうです」  
俺の膝の上で、莉子が呟いた。  
「からぁい……」  
 
脚がむずむずずる。  
莉子の髪から、甘酸っぱいような匂いがする。  
俺は莉子を膝に乗せたまま、弁当を食べた。  
途中でくるんと上を向いて、口を開ける。  
主人の膝の上で寝転んだまま飯を食うメイドというのはどうなんだ。  
俺は自分が食べながら、時々莉子の口に人参の甘く煮たのやらシーフードサラダのイカやらを落としてやった。  
「社長」  
海老しんじょ揚げをもぐもぐしながら、莉子が言った。  
「楽しいですね」  
人の膝の上で、なに言ってやがる。  
手厳しいことを言ってやろうと思ったが、次に莉子の口に入れてやる赤飯おこわを箸で小さくまとめながらでは、迫力がない。  
 
こいつと、どこかで知り合いだったことがあるんだろうか。  
にこにこしながら口を開けて次を急かす莉子の顔をまじまじと見た。  
……かわいくないことも、ない。  
顔の上に箸を持って行くと、口が閉じた。  
「それ、なんですか」  
警戒するような目つきになる。  
俺は弁当に入っていたリーフレットを見た。  
「筍の山菜はさみ揚げ」  
「揚げ物は先ほどもいただきました」  
「……じゃあ、なにがいいんだよ  
莉子は俺の上でころんと横になって、折詰を覗き込む。  
「その炊き合わせのお魚がいいです」  
俺はまたリーフレットを見る。  
「キンキと芋の山椒煮だぞ」  
「辛いですか」  
炊き合わせの芋の小さいのを食べてみる。  
「辛くない」  
莉子がまた上を向いて口を開けたので、その中にキンキの小さいのを入れてやった。  
……俺は、なぜこんなふうに莉子に飯を食わせてやってるんだ?  
しかめ面を作った俺を見上げて、莉子がうふ、うふ、と笑った。  
「おいしいです」  
そうだろう、高い弁当だからな。  
莉子は辛いといったが、エビチリなんかプリッとしてピリッとして。  
そこで箸が止まる。  
 
会社にいる秘書や部下は、俺がエビ好きだと知っているはずだ。  
会食やランチなんかに、エビ料理が出てくることもある。  
どこも有名で一流どころの料亭やレストランのものだ。  
エビが出れば真っ先に食べるし、うまいと思っていた。  
俺の好きなエビなんだし、厳選素材で腕のある料理人の手によるものなんだし、うまいはずなんだ。  
頭でそう思って食べていたけれど、俺の舌は本当にそれをうまいと思っていたんだろうか。  
一緒に飯を食った他の奴らが言うほど、うまいと感じていただろうか。  
人気があるとはいえ、たかが千円札数枚で買えるサービスエリアの弁当に入っているこのエビチリほどに。  
プラスチックの折詰の、アルミのカップに入った冷めたエビ。  
確かに、俺はこれをうまいと感じた。  
頭ではなく、気持ちで。  
なんでだ。  
 
「社長?」  
莉子の手が俺の腕に触れた。  
「おなかいっぱいですか?わたくし、デザートもいただきたいのですけど」  
折詰とは別になったカップに、果物の乗った白いものが入っている。  
リーフレットには「苺のブランマンジェ」と書いてあった。  
これも、うまいだろうか。  
ヨーロッパのホテルで修行して日本で店を出したとかいう、あの菓子職人が作ったケーキよりも。  
俺はごく当たり前のようにブランマンジェのフタを開け、スプーンですくって莉子の口に落とした。  
「んーっ」  
俺の膝枕で、莉子がいやいやをするように体をよじる。  
「なんだよ」  
「おいしいです!」  
あんまり嬉しそうに喜ぶから、なんとなく俺も頬の筋肉が緩んだ気がした。  
「そうか」  
次を下さいとばかりに開いた口に、苺を落とす。  
その合間に、自分も煮物やご飯をかき込む。  
「社長、おいしいですか」  
「……まあな」  
さっきよりも、うまい気がした。  
膝の上に、傍若無人なバカメイドを乗せて、俺は弁当を食べた。  
俺が口に運んでやるブランマンジェを全部食べて、莉子はよいしょっと起き上がった。  
ぴったりとくっついて隣に座る。  
「社長、次はわたくしが食べさせてさし上げます」  
「……いいよ」  
莉子はかまわず俺の手から箸を取り上げた。  
「なにを召し上がりますか」  
中身の減った折詰を手にとって、俺の顔をやや下から見上げてくる。  
なにを食べるか、だって?  
「……莉子」  
「はい」  
俺の言葉の意味を理解せずに、莉子が返事をした。  
言った方が照れる。  
カッコつけて失敗した。  
「あ」  
うふ、うふ、と莉子が肩を揺すった。  
もう、社長ったら、とかなんとか小さく言う。  
「それは、デザートになさいますか?」  
ぐっと股間が熱くなった。  
今なら、勢いでできるかもしれない。  
莉子は真っ赤な顔をしながら、折詰の中から箸で水茄子をつまんで俺の目の前に差し出した。  
「あーんってしてくださいませ」  
……ちくしょう、バカにしやがって。  
頭ではそう思ったが、不思議とそれほど腹は立たず、俺は素直に口を開けた。  
水茄子の歯ざわりがいい。  
あの、それで、と言いながら頬を染めて莉子が擦り寄ってきた。  
「お召し上がりに、なりますか」  
もじもじしながら、言うことは大胆だ。  
これはいわゆる、据え膳というやつか。  
「……なんでだよ。そこまでメイドの仕事じゃないだろ」  
「あん」  
なんだ、その声。  
「でも、メイドは主人にかわいがられてナンボでございましょ」  
指先で俺の太ももをつつーっとなぞった。  
ぞくぞくっとする。  
なんでだ。  
どうして、莉子は俺にこんなふうにするんだ。  
 
「莉子」  
「はい」  
「おま、莉子は俺に添い寝するだろ」  
「はい」  
「ほんとに、そんな決まりがどこかにあるのか」  
うふ、うふ、うふ。  
莉子が伸び上がるようにして俺の耳もとに唇を寄せる。  
「……怒らないでくださいますか」  
「ああ」  
「嘘でございます」  
弁当を食わせてもらってご機嫌な莉子は、そのまま俺の頬に唇を押し当てた。  
「だって、お添い寝したかったんです」  
これを食わないと、男じゃないんだろうな。  
俺はぎこちなく莉子の背中に手を回した。  
「うふっ」  
莉子が熱い息を吐き、俺の頭を抱え込んだ。  
「ダメです、社長。ちゃんと、あっち行きましょう」  
俺が立ち上がると、莉子はちゃんと食べ残しのある弁当の折にフタをかぶせ、それから腕を絡めるようにして寝室へ行く。  
 
改めてさあどうぞと言われると、手順が良くわからない。  
ズボンの中では痛いくらい硬くなっているのに、目の前にいる莉子をどうしたらいいものか。  
すると、莉子は俺の目の前でぽんとベッドに腰掛けた。  
あれか、その、シャワーとか浴びた方がいいのか。  
莉子が両手を俺に伸ばした。  
「社長」  
そう呼ばれて、なんだか俺は急にがっかりした。  
会社にいる名前だけの部下や秘書を相手にしているようだ。  
「それ、やめろよ。家だか会社だかわからないだろ」  
肩に入っていた力が抜けて、莉子の隣に座る。  
莉子が目を丸く見開いて俺を見上げた。  
「なんてお呼びしましょうか」  
「……なんでも。名前でもいいし」  
ひとさし指を顎に当てて、首をかしげる。  
「那智さま?」  
その名前で呼ばれるのは、しばらくぶりだ。  
親や兄貴や、数少ない身内だけが俺をそう呼んだ。  
うふ、と莉子が笑った。  
「でも、ちょっとわたくし、くすぐったいです」  
ごく自然に、俺は莉子の腰に手を添えた。  
「旦那さま、でよろしいですか」  
「……ああ」  
「でも」  
少し乗りかかると、莉子はすんなりベッドに倒れた。  
なにがどうなっているのかわからないエプロンやカチューシャを、半ばむりやり剥ぎ取った。  
莉子が俺のシャツのボタンを外す。  
少し汗ばんだ胸に外気が触れる。  
ナマの乳房が、俺の目の前に現れた。  
下着の跡がうっすらついている。  
触ってみると、ぷにぷにしている。  
乳首は、思っていたより小さかった。  
先っぽをつついてみても、莉子はDVDの女のようにすぐにあんあんと声を上げたりせず、肩をよじるようにして恥ずかしがった。  
両手で寄せてみても、それほど大きくない。  
これはいわゆる、挟んでするのは、無理かもしれない。  
「でも、……旦那さま」  
「ん?」  
莉子は目をそらして俺の脱いだシャツを顔に押し付けた。  
「時々は、お呼びしていいですか」  
「ん?」  
莉子の言うのも上の空で、俺は初めて触る女の肌に夢中になった。  
 
莉子の胸や腋や二の腕に顔を押し付ける。  
どこからも甘い匂いがしてすべすべで、気持ちがいい。  
莉子が俺の首に腕を絡ませた。  
起き上がらせて、正面から顔を見る。  
上気した頬と潤んだ目が、なにか言いたげに俺を見ている。  
あ、そうか。  
俺はそっとつき出された唇に、自分の唇を押し当てた。  
ぷるぷるだ。  
押し当てたはいいけど、これからどうしたらいいんだろう。  
ただ触れただけで、俺は莉子から離れた。  
一呼吸おいて、今度は莉子が顔を近づけてきた。  
まっすぐではなく、下唇を挟むようにキスすると、莉子の口が開く。  
あ、このほうがやりやすい。  
そういえばこれ、俺のファーストキスじゃないか。  
ちくしょう、メイドに奪われた。  
これからもっといろいろ奪われてやる。  
俺は莉子を強く抱きしめて、一心不乱にキスを続けた。  
「……ん、んっ」  
莉子の手が俺の背中を叩いた。  
唇を離すと、莉子がぱっと口を開けて大きく息を吸った。  
「はあ、息がく、苦しいです、旦那さま……」  
「あ、わ、悪い……」  
とっさに謝ったが、息くらい鼻ですればいいじゃないか。  
「え、莉子、おま」  
莉子が顔から鎖骨の方まで赤くなった。  
「今の、わたくしの、ふぁ、ふぁーす、と」  
え。  
「お前、あんなに、そっ、添い寝とかしといて」  
誘ったくせに経験ないのかよ、という言葉は飲み込んだ。  
莉子がぷくっと頬を膨らませる。  
「鶯原莉子でございます」  
わかってるよ。  
俺はもう一度莉子の唇を吸った。  
「あのな」  
頭がぼーっとしてる。  
思っていたより、莉子がかわいいからだ。  
顔も、仕草も、ナマイキな口の利き方も。  
だから、俺の口が滑るんだ。  
「俺も、初めてだから。うまくできるかわからないけど」  
うっかり、正直に言ってしまった。  
莉子が俺の膝をひとさし指でつっつく。  
「……だいじょうぶです。旦那さまは、たくさんお勉強してますから」  
DVDやエロ雑誌がどれほど役に立つかわからないが、俺はとりあえず莉子を抱きかかえてベッドに仰向けにした。  
早く下のほうを見たかったが、あせってはいけない。  
莉子が初めてだって言うならよけいに。  
バカにされるのはイヤだが、初心者同士というのも心細い。  
とりあえず、胸を揉んでみた。  
「……あれ」  
気のせいか、さっきより乳首が大きい。  
大きいというかなんというか、これがいわゆる“立ってる”ってことなのか。  
指先で弾くようにする。  
舌先で舐めてみる。  
その間、莉子はずっと俺の腕や肩に手を滑らせていた。  
触れられているところが、むずむずする。  
莉子の太ももをなでて、間に手を入れると、莉子が脚に力を入れた。  
「イヤだったら……」  
処女とヤるときの注意事項、みたいなものも雑誌には載っていた。  
とにかくあわてず、ゆっくり、優しく。  
そんな余裕が俺にあるだろうか。  
 
莉子は首を横に振って、力を抜いた。  
太ももの内側も、ゆっくりなでてやる。  
そっと開くと、そこが見えた。  
ごく、とつばを飲む。  
モザイクなしだ。  
毛って、こんなふうに生えてるのか。  
この溝が、アレなんだ。  
指で開こうとすると、莉子が俺の頭に手を置いた。  
落ち着きなくそわそわと動いている。  
「あ、あの、あっ」  
いいからじっとしてろよ、と言うと、太腿が閉じた。  
「だって」  
脚をたたんで、莉子が俺の腕を引っ張る。  
「なんだよ。……恥ずかしいのか」  
「それもそうですけど、でもわたくし」  
あせりは禁物か。  
俺は反り返った自分のイチモツが触れないように気をつけて、莉子の隣に寝転がった。  
くるんと寝返りをうった莉子が抱きついてくる。  
「アンケートで、イヤな態度の何位かにありました。お、女の子がマグロになるのは良くないそうです」  
俺の蔵書を見たな。  
それで、俺の体をあちこち触ってくるのか。  
確かに、触られたら気持ちよかった。  
「そうか」  
 
俺も寝そべったまま、たくさん莉子に触った。  
そのうち上になったり下になったりして、転がりまわった。  
これってセックスじゃないよなとも思ったが、莉子がうふうふっと笑って嬉しそうだったので、まあいいか。  
じゃれているうちに俺の手が何度も莉子の胸やあそこの毛に触れ、莉子の手も俺のアレに触れた。  
早く、したい。  
自然と俺は莉子の片脚を抱え込んでいて、そこはぱっくりと口を開けていた。  
指先で押してみても、今度は莉子はいやがらなかった。  
中に、ヒダがあった。  
親指で開いてみる。  
これのどこに挿れたらいいんだ。  
入り口を探していじっていると、なんとなく湿ってきた。  
「濡れてきた……」  
呟くと、莉子が小さくきゃっ、と言った。  
まずよく指で慣らして、入り口が柔らかくなったら指を入れてみる。  
雑誌にはそう書いてあった。  
ちょっと切り込んだような小さい割れ目、これが膣か。  
こんなとこに、俺のなにが入るっていうんだ。  
指先だって入らない。  
手の平を上にして、中指で弄りながら親指で豆というやつを探す。  
ひょいと首を伸ばして、莉子の顔をうかがうと、目を閉じている。  
気持ちいいのか。  
根気良くいじっていると、入り口が少し柔らかくなってきた。  
もう、いいんだろうか。  
俺は挿れたくて挿れたくて痛いくらいになっている。  
指一本を入れて中を広げるように回すと、じゅくじゅくと音がしてきた。  
「莉子、いいか」  
「は、はい」  
指を抜いたあとの小さい穴に亀頭を当てる。  
ぐりぐりっとねじ込もうとすると、莉子が悲鳴を上げた。  
「いた、痛い、いたぁい……!」  
 
ムリか。  
がまんしろよ、と言いたくなるのを抑えて腰を引く。  
「悪い、そんなに痛いか」  
「痛いです、痛すぎて、壊れちゃいます!こんなことするなんて旦那さま、ひどいっ」  
言いながら、俺に抱きついてくる。  
「ひどいって、おま、莉子だってしたがってたんじゃないのか……」  
「しっ、したがって、たかもしれませんけど、こんなに痛いなんて思わなかったからっ」  
「いや、だって、みんなしてることだから」  
情けないことに、俺は莉子に抱きつかれたままあたふたする。  
俺がなにをしたっていうんだ。  
莉子の、そこに、俺の、あれを、挿れようとしただけなのに。  
「…ち……さま」  
ぐすん、と俺の耳もとで莉子が涙声になった。  
「もう一回、してください。わたくし、できますから」  
「だいじょうぶかよ」  
「はい。…な、那智さまは覚えてなくても、わたくしは約束しましたから」  
なんのことだ、と聞き返す前に、莉子は足を開いて俺の腰を挟み込んだ。  
「してください」  
両手でしっかりと開いて、場所を確認する。  
片手を添えて、狙いを定めて。  
実験でもするかのように慎重に、俺は膝を進めた。  
全然入らない。  
萎えてしまうんじゃないかと心配したが、むしろギンギンなのがおかしいくらいだ。  
俺は指を添えて、莉子の表情を見ながら触れるか触れないかの強さでまさぐった。  
指一本入れて、浅いところを触っていると、少しずつ中から染み出てくる液体の量が増えてくる。  
奥へ差し込むと、莉子がきゅっと体を縮めた。  
「痛い…?」  
聞くと、首を横に振る。  
「は……」  
は?  
俺の目の前でぱっくり開いた脚の間から、莉子が両手で顔を覆うのが見えた。  
「は、恥ずかしいです……、あ……」  
俺のイチモツが腹にぶち当たるかと思った。  
もう少し、もう少し落ち着け。  
指がなんとか二本入るようになり、俺は莉子のあそこに自分の腰を近づけた。  
先っぽで周囲をずっとなぞっているうちに、少し入る。  
「……!!」  
莉子が頭を振る。  
「い、痛いか?」  
「いた、い、痛いです、痛いですけどっ」  
先っぽだけなのに、体が震えるくらい気持ちいい。  
「痛いですけど、やめないで……!続けてください」  
ぐいっと押し込む。  
ゆっくりの方がいいんだろうな、と思いながら止まらない。  
じゅわっと暖かいものがあふれてきた。  
「ああん、いたぁ……、な、那智さまぁ」  
「莉子……」  
動きたい。  
「い……、あうっ」  
莉子の目から涙がこぼれて、枕に落ちるのを見た。  
あとは、気遣う余裕がなかった。  
 
熱くて、柔くて、痙攣するように締めてきて、とにかくとにかく気持ちいい。  
これか、これがセックスなのか。  
頭が真っ白になる。  
何回、腰を降ったかは覚えていない。  
莉子の両脚を目いっぱい開いて押さえつけ、腰を押し付けて上下に擦り付け、浅く引いては叩き込む。  
なにもかもがよかった。  
途中で抜けたりしたが、また突っ込んだ。  
目の前にある胸も揉んだし、食いつくようにしてしゃぶったりもした。  
莉子が泣いているのはわかったけれど、とにかく俺は必死だった。  
ぞくぞくするほど気持ちよくて、莉子の中でパンパンになったモノを擦りつけた。  
「……出るっ、うぁ、うっ」  
しまった、中に出してるぞ俺。  
莉子の上に倒れこむ。  
「ふは、は、ああん……」  
莉子が変な声を出した。  
「おしまいですか……、那智さま、あん」  
ぬるっとモノが抜け落ちた。  
急激に冷静になっていく頭で、俺はなにか言うべきだと考えた。  
なにから、どんなふうに言えばカッコいいのか、今更カッコつける必要なんかないのか。  
 
「あー、うん、悪い……、出しちまった」  
起き上がって莉子が自分の腰を見下ろした。  
「あ」  
俺と莉子が同時に声を上げた。  
シーツに、薄赤い汚れが広がっている。  
莉子の処女が失われた証拠。  
「血って、こんなに出るんだ……」  
「やだ、見ないで下さい。あいたっ」  
シーツの上に枕をかぶせようとした莉子が顔をしかめる。  
「まだ痛いのか。その……、乱暴だったか」  
聞くと、うつむいて首を横に降った。  
「全然、そんなことございません……」  
シーツの汚れは、枕だけでは隠しきれない。  
俺は改めて、自分がしたことの重さを見せ付けられた気がした。  
「莉子、俺……」  
「わたくし、いかがでございましたでしょう」  
「……ん?」  
汚れの上に置いた枕に尻を乗せて、莉子が俺に向き合う。  
「わたくし、旦那さまに……貰っていただいて、嬉しいです。とても痛かったですけど、嬉しいです」  
「……ああ、うん……」  
「やはりあの、ピ、ピアニストの指というのはこう、器用なものでございましょうか、あの」  
莉子の顔が真っ赤になる。  
両手で顔を隠すようにして、俺の胸に寄りかかってくる。  
 
なんだろう。  
カッコいいこと言ったり、さすが高階那智と言われるように振舞ったり、バカにされないように威張ってみたりする気になれないのは。  
俺はぎこちない動きで莉子の背中に手を回し、抱き寄せた。  
「悪かったな……、へたくそだったろ」  
莉子が首を横に振った。  
「それに……早くて、しかも中に」  
見ると、莉子の胸や腕に赤い斑点がいくつもついている。  
「うわ、すごいな。力加減わかってないから、俺」  
その赤い跡を指でなぞって、莉子はうふっと笑った。  
「……嬉しい」  
え、そんなもんなのか。  
 
「あ」  
なんだ。  
うふうふ、うふふ。  
「わたくし、旦那さまの……初めてをいただいてしまいました」  
まあ、そうだ。  
腕の中で莉子が顔を上げた。  
「いかがでございましょう、旦那さまが今まで、例えば初めて人前でピアノを弾いたときとか、初めてテレビに出たときとか、初めて会社の重役さまたちと会議をなさったときとか、あと」  
ひとさし指を顎に当てて、ぶつぶつと呟く。  
「いろいろな初めて……の、中で、初めてのわたくしは、いかがだったでございましょう」  
その言い方がおかしくて、思わず頬が緩んだ。  
出来の良さはともかく、無事に経験を済ませた安心感で気が緩んだのかもしれなかった。  
「あっ」  
莉子の両手が、俺の頬を挟んだ。  
「なんだよ」  
「お笑いになりました。旦那さま、今、にこって」  
「……それがなんだよ」  
「いけません」  
俺の顔を包んだ莉子の手に力が加わった。  
「旦那さまは、そういうキャラじゃございません」  
なんだと?  
「そんなに素敵なお顔でにこってなさったら、女の子がいっぱい寄ってきます。そうしましたら、わたくし」  
唇に、柔らかくて湿ったものが触れた。  
「……わたくし、こんがりどころか、まぁっ黒に焦がしてしまいますでしょう。やきもちを」  
なにバカなこと言ってやがる。  
「あん、もう」  
莉子が俺に抱きつき、俺たちはベッドに転がった。  
「わたくしとふたりっきりのときだけでございますよ?にこってなさるの」  
あちこちをくすぐられて、俺は脚を振り回した。  
「やめ、やめろっ、わか、わかったからっ」  
逃げ回りながら、俺はくすぐられて笑い続けた。  
 
ふいに、莉子が俺に馬乗りになる。  
「……約束でございます。今度は、忘れないで下さい」  
ん?  
なんだ?  
聞く前に、莉子が俺の上に伏せた。  
「旦那さまぁ……」  
なんだろう、こいつは。  
なにか、俺の知らないなにかを知っているような。  
うふ、うふっと笑っている。  
「奥のほうが、じんじんします……」  
「……そうか」  
「ほんと、いたかったん、ですからぁ……」  
そう言いながら、抱きつく。  
うん。  
まあ、かわいいことはかわいいな。  
「ねえ、旦那さま。今日は、お風呂をご一緒してもよろしいですか?」  
いいんじゃねえの。  
莉子がむきゅむきゅ、と変な笑い方をした。  
「お休みはあと一日ございますね。まさか、明日もどちらかお出かけですか?」  
その予定はないから、一日中ゲームとテレビだな。  
「いけません。明日は、メイドとずうっといちゃいちゃなさる日に取り分けてください」  
俺はげんこつで莉子の頭を軽くこづいた。  
 
「前から思ってたけど、おま、莉子」  
「はい」  
「……バカだろ」  
うふうふうふん、と莉子が笑った。  
 
――――了――――  
 

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