『メイド・莉子 4』  
 
トイレから社長室のデスクに戻ると、秘書のオバサンが書類を持って立っていた。  
「ハンコ?」  
聞くと、目を通すだけでいいと言う。  
書類をデスクに置く横で椅子に座ろうとして、秘書の後頭部が目に入った。  
いつもは俺が座っている横に立っているから、頭なんかを見たのは初めてだ。  
「……それ」  
俺が言うと、秘書は怪訝な顔をした。  
秘書の髪の毛が渦巻きになって頭に張り付いていた。  
莉子も長い髪を二つに分けて三つ編みにしているが、それを髪留めで頭の上にまとめている。  
女の髪型になんか詳しくはないが、秘書の髪は編んでもいないし髪留めもない。  
「あ、いや、それ。どうなってんだ」  
頭を指差されて、秘書はちょっととまどう。  
「どう、といいましても」  
左手で頭の後ろを押さえ、右手で黒い針金のようなものを抜き取った。  
「これです。髪をうまく丸めると、これ一本で押さえておけますから」  
ふうん。  
説明してから、秘書がその針金を髪の中に戻して埋める。  
まあ、莉子には三つ編みのほうが似合うけどな。  
「グリーンリーフの商品です。娘が買ってきたのですが、使いやすいのでつい」  
「あ?」  
なんだ、それ。  
「……タカシナの系列会社です」  
なんだ、そういうことか。  
タカシナは系列会社や孫会社、その下請けなど無数の子会社を抱えているから把握しきれない。  
もちろん俺だって上から下までタカシナの服を着ているわけじゃないし、社長室の中だってタカシナ家具以外のものがたくさんある。  
接待だってタカシナフーズ系列じゃない店にも行くし、車や飛行機はタカシナでは作ってない。  
別に、秘書の使っているものが自社製品かどうかなんかチェックしたつもりじゃないんだけどな。  
原油の輸入に関する小難しい報告書を、なんとか最後まで読んで、秘書に返した。  
 
それから俺は、パソコンに秘書の言った『グリーンリーフ』という単語を打ち込んでみる。  
比較的安価な女性向けのアクセサリーを製造する会社のようだ。  
もちろん、工場は中国かどこかだろう。  
数百円から数千円のネックレスやヘアアクセサリー。  
タカシナの系列の、さらに子会社だった。  
それで秘書は、娘が買ってきたと言い訳したのか。  
サイトの新作情報で、きらきらした石のついた髪飾りの写真が並んでいる。  
プラチナや宝石などを使ったタカシナのジュエリーブランドとは購買層が違うらしい。  
戻ってきた秘書がちらりとパソコンを覗く。  
俺はアクセサリーの種類も名称もよくわからないまま、タカシナの業務は手広いなと感心してウィンドゥを閉じた。  
 
夕方、五時の時報で席を立とうとすると、黒縁メガネの紺スーツの中年社員が俺を止めた。  
「こちらにございます」  
どちらだ?  
社員はデスクに平たい箱を置き、フタをとる。  
なんだ?  
中に、色とりどりのビーズやリボンの付いた小物が並んでおさまっていた。  
「グリーンリーフでございます。今月の新商品でして」  
午前中の出来事を思い出すのに、5秒かかった。  
「あ、そ……」  
珍しく俺が興味を持ったので、秘書が気を回したのだろう。  
親会社の親会社の社長秘書に呼びつけられて、暑い中を慌ててすっ飛んできたらしいグリーンリーフ社長が気の毒になる。  
だからといって、俺が孫会社にどうこう言うわけもないし、女の買うようなものを持って来られても。  
あ、莉子にやるか。  
もらっていいかと聞くと、どうぞどうぞと言う。  
俺に何を期待してどう誤解したかは放っておくことにして、俺はその箱を持ち、いつものデパ地下で弁当を買って帰った。  
 
屋敷の離れに帰ると、莉子の機嫌が悪かった。  
弁当の中身にも興味を示さず、むっつりしてドアの横に立ち、黙って俺を睨みつける。  
なんだよ。  
怖いじゃないか。  
俺はなんとか機嫌を取ろうと、弁当の横に置いたグリーンリーフの新商品をひとつ手に取った。  
「莉子、これ」  
「どなたですかっ」  
え、俺?  
「高階那智だけど」  
「存じております」  
だったら、なんだよ。  
「どなたのお忘れ物でございますか。どちらのお嬢さまが、旦那さまのお仕事先まで押しかけて、そのようなものを置いてっ」  
俺は肩を落としてため息をついた。  
こいつ、ほんっとうにバカだ。  
どこの誰が、こんなに頭いっぱいに髪飾りを山盛りにして来て、それをそっくり忘れていくんだよ。  
「違うって。タカシナの系列会社で売ってるんだ。新商品の見本をもらったから、莉子にやろうと思ったんだけど」  
莉子の目がきらっとした。  
「気に入らないんだったら、やらねえよ」  
瞬間移動でもしたのかという素早さで飛んできた莉子が、俺の手から箱を奪い取った。  
「ほんとでございますか?わたくしに?」  
先週、俺は前に使っていた黒いワニ皮のものに飽きが来て、携帯電話のストラップを買い換えた。  
ガラスケースの中に並んだストラップは種類が多くて選ぶのは楽しかったし、シルバーとターコイズを連ねたデザインのストラップに決めて満足した。  
だが、今の莉子の反応は、新しいストラップを選ぶ俺の百倍は浮き足立っていた。  
「ごらんください、旦那さま。すっごいかわいいです、これも、これも。この小さいのをふたつ、こうやって付けるのどうですか。あ、これは着物の柄です、メイドの制服にも合うでしょうか」  
一分前までものすごく怖い顔で俺を睨みつけていたくせに、満面の笑顔で箱の中身を次々とテーブルの上に並べて、箱のフタに付いている小さい鏡に向かっていろいろと試着している。  
俺には使い方もわからないような形のものばっかりだ。  
おまえ、そんなことより俺の着替えをしろよ、まったく。  
はしゃいでいる莉子の横にかがんで、箸の先にガラスの玉がぶら下がったかんざしを手に取って見た。  
「俺の秘書がこんなの一個で髪をまとめてたぞ」  
莉子がぴたりと手を止めた。  
「秘書の方、ですか」  
すうっと表情が消える。  
俺はかんざしで莉子の頭をつっついた。  
「中学生の娘がいる人だよ」  
莉子が唇をとがらせた。  
「娘さんがいらしても、ご主人がいるとはかぎりません」  
バーカ。  
俺はおもしろくなって、莉子の頭を何度もつついた。  
「やあん、もう」  
しつこく悪ふざけをする俺に、莉子がグーで殴るマネをした。  
 
俺がさっとシャワーを使う間に、これを使えば簡単にこんな髪型にできます、という図解を見ながら莉子が髪をほどいて結いなおしていた。  
「今からやったって、すぐ俺がほどいちまうけど?」  
耳もとで言うと、莉子はぽっと頬を染めた。  
それでも、和風柄の赤いクリップで髪を止めて、莉子は嬉しそうだった。  
女って、こんなもので喜ぶんだ。  
知らなかった。  
俺自身はなんにもしてないのに、得意気に莉子にプレゼントしたみたいで、なんだか居心地が悪い。  
それでも、一緒に弁当を食いながら、莉子は嬉しそうに髪飾りの話ばかりした。  
前に買った髪飾りが、いくらも使っていないのに壊れてしまったとも言った。  
「気に入ってたし、高かったんですけど」  
「高かったって、いくらだよ」  
「千二百円もしました」  
それが高いのか安いのか、莉子の懐具合からどの程度のものなのかはさっぱりわからない。  
「これも、一個千二百円くらいなのか」  
莉子はひとさし指をあごに当てて首をかしげた。  
「もう少し高いかもしれません。それが、いち、に、さん……六個もありますから、えっと、い、一万円ぶんくらいあるかもしれません!」  
興奮して声が高くなっている。  
そのくせ、俺が差し出した焼鮭に目ざとく気づいてパクッと食いつく。  
 
俺のストラップだって、一個一万円くらいはしたけどな。  
それでも並んでいた中にはもっと高いものもいっぱいあった。  
そう言うと、莉子が蟹の甲羅を器にしたグラタンを口いっぱいに詰め込んで、目を丸くする。  
「い、いひまんえんの、ふとらっふれすか!」  
子供の頃から自分で買い物をすることもなく、今ひとつ金銭感覚が育たないまま無駄に金を持たされているせいで、俺には物の値段がぴんとこない。  
「莉子は、ストラップが一万円だったら買わないのか」  
「買いません!とんでもございません!わたくしでしたら、せいぜい何百円かです」  
そんなもんなのか。  
それでも、莉子はその何百円のものを自分で働いた給料で買ってるんだよな。  
俺の膝に寝そべって弁当を食うのが、仕事だとしても。  
偉そうに莉子にサンプルをやっても、それは俺が指一本動かして手に入れた金じゃない。  
 
「はあ、やっぱりいいお肉はおいしいです」  
俺の膝の上に寝っ転がって、莉子は比内鶏の甘辛煮に舌鼓を打った。  
「おかねもちなんれすねぇ……」  
なに言ってやがる。  
「ですけど、下々のものが買うお弁当には、こんな串は付いておりません」  
比内鳥の甘辛煮を刺していた竹串は、頭に飾り彫がしてあった。  
「食べたら捨ててしまうのに、すごく丁寧に作ってあって、もったいないです」  
そんなもんか。  
こないだも、折詰の仕切りになっている入れ物がかわいいだのなんだの言ってたっけ。  
俺なら、気づきもしないようなことをよく見ているもんだ。  
満腹になった莉子が俺の膝の上で寝返りを打つ。  
「はふん、おいしゅうございましたぁ……」  
そうだな、うまかった。  
満腹になって満足したのか、莉子は目を閉じた。  
まつ毛が顔に落とす影を見ながら、明日はどんな弁当がいいかな、などと考える。  
……俺、莉子に振り回されすぎじゃないのか?  
 
「あの、旦那さま」  
少し腹もこなれたころ、頭に三つも髪留めをくっつけた莉子が、テレビのリモコンを取り上げた俺に言った。  
え、野球見たいんだけど。  
「先日の、お約束でございますけど」  
だまされないぞ。  
莉子が言う『約束』なんて、どれもこれも莉子の思い込みか嘘なんだ。  
俺は莉子とあんなことやそんなことをするなんて、十年も前から約束しちゃいないんだ。  
してるけど、あんなことやそんなこと。  
……しようかな、あんなことやそんなことを、今日、これから。  
俺の足元に座り込んだ莉子が、指先で太ももをつんつんする。  
「いたしましたでしょう、あの、すこぉし、教えてくださると」  
あ?……ああ。  
ピアノか。  
「まあな」  
「はい」  
どうしようか。  
正直、あまり気が進まない。  
俺は莉子の頭にぽんと手を置いた。  
「うん。……もうちょっと、な。もうちょっと待て」  
あの飛行機事故の後、ピアノをやめて、死んだ父親の代わりにタカシナの社長になると言った時。  
事務所もレコード会社も、引き止めなかった。  
ちょうどいい潮時だ、二十歳を越えた神童なんていつまでも売れないと言わんばかりに。  
そして、タカシナの連中さえ、形ばかりの社長に就任した俺に迷惑そうな顔をしたんだ。  
俺が持っていたもの、持っていたと思っていたものはなにもなくなった。  
まだ、そのわだかまりがある。  
「はい。……たのしみに、しております」  
いつになく殊勝にうつむいた莉子の頭を撫でてやった。  
こういうところは人の気持ちがわかるヤツだな。  
わがままで嘘つきで食い意地がはって、俺のことが好きで、困ったメイドだけどな。  
莉子を脚に絡みつかせたまま、俺はテレビで野球を見た。  
 
その夜、ベッドの中で苦しいほど俺の首にしがみついた莉子が、俺の耳にはふはふと息を吹きかけた。  
「旦那さま……」  
莉子の裸の胸や脚が俺の素肌に密着する。  
「あ?」  
「ピアノ弾くのって、楽しいですか」  
ん?  
どうだったっけ。  
コンサートやらテレビやら、ちやほやされるのは嫌いじゃなかったけど。  
莉子はそんなにピアノが弾いてみたいのかな。  
「社長のお仕事は、楽しいですか」  
んー、それは、どうだろう。  
俺が黙ると、莉子は小さくあくびをした。  
「……旦那さまとご一緒できて、わたくしは毎日楽しくて楽しくてたまりません」  
「……そうか」  
「旦那さまは、楽しいですか?ピアニストと社長と、どっちが楽しいですか……」  
こいつは、時々変なことを言う。  
朝顔のつるみたいに俺に絡みついたまま、莉子がすうすうと寝息を立てた。  
耳もとでいびきをかかれる前に、俺も目を閉じる。  
 
俺は、ピアノを弾いていて、楽しかったのかな。  
俺は、今、楽しいのかな……。  
 
 
 
翌朝、一度、部屋を出て行った莉子が、ぴょんぴょん跳ねながら帰ってきた。  
廊下に置かれた朝食のワゴンを部屋に入れるのを忘れて、抱えてきたなんかの広告チラシをテーブルに置いてから慌てて廊下に戻る。  
「なにやってんだよ」  
天気予報を見ながら聞くと、莉子はコーヒーを仕度しながら、わざとらしく俺の前にチラシを置きなおした。  
今日は湿度が高いらしいから、あとでもう少しキープ力の高いワックスを付け直そう。  
俺は猫毛で天パなんだ。  
ハム野菜サンドイッチに手を伸ばしながら、広告チラシに目をやる。  
「先ほど、旦那さまの靴を取りにまいりましたら、郵便受けにポスティングのチラシが」  
ポスティングってなんだよと思ったが、それは聞かなかった。  
「……季節のピクニック弁当?」  
ミルクを入れて湯気の出ないくらいの温度に冷ましたカフェオレを差し出して、莉子がうふっと笑う。  
「莉子、ピクニックに行くのか」  
莉子がほっぺたの中に空気を詰め込んだ。  
「顔がでっかくなってるぞ」  
カフェオレの温度も甘さもミルクの量も、俺好みになっている。  
「それはまあ、旦那さまとお弁当を持ってピクニックにまいりましたら、楽しいと思いますけど」  
いやな予感がする。  
「公園で、お弁当を広げて、主人とメイドがそれはそれはいちゃいちゃと」  
やっぱりそれか。  
俺は莉子の頭をカップのソーサーで、かこっと叩いた。  
「あうっ」  
そんなに痛くないだろ。  
「莉子の考えそうなことはわかってる」  
俺はピクニック弁当のチラシを手にとった。  
「帰りに遠回りをして買ってこさせるつもりなんだろう」  
種類は和洋中、予約は2人前から、午前中の注文で午後三時からのお受け取りができます、とある。  
どこのバカが夕方からピクニックに行くんだよ。  
活字を追っていくと、一番下に会社名が印刷されていた。  
「いえ別に、わたくしはただ、チラシを置いただけです」  
夕方からピクニック弁当を販売するような、まぬけた商売をしているのはタカシナフーズ系列の外食産業だった。  
「どれがいいんだよ」  
サンドイッチを食いながら聞くと、莉子はいそいそとチラシを覗き込んだ。  
俺のメイドは、食いしん坊。  
そんなアニメとか、ありそうだな。  
 
秘書から朝の報告とか確認とか、そういうのが終わると、俺はスーツのポケットからチラシを取り出した。  
昼はどっかの誰かとメシを食うと言われたので、早めに予約をしておこうと思ったのだ。  
莉子は、洋食のBコースを選んでいた。  
俺なら間違いなく一番高いのを選ぶのに、莉子はなにがよくてこれがいいと言ったんだろう。  
「あら」  
今日はタカシナブランドのロゴがデザインされたスカーフをこれ見よがしに巻きつけたオバサン秘書が、俺の手元を覗き込む。  
秘書に説明して注文させてもいいが、自分でネット予約した方がめんどくさくない。  
「サザンクロスデリバリーですね。企業資料をまとめましょうか」  
「あ、いや、そうじゃなくて。単にこれを食いたいから」  
秘書が変な顔をした。  
「うちの系列だけど、いいんだろ?」  
秘書が、今度は困った顔をした。  
「お昼に会食をなさるのが、サザンクロスの社長ですが」  
そうだっけ、と冷や汗をごまかしながらチラシを畳む。  
聞いていたつもりなんだが。  
秘書は俺が受け取ってデスクの上に積んだ資料の山から、サザンクロスのファイルを引っ張り出した。  
「最近ぐんと実績を伸ばしている会社です。社長はまだ若いのですけど、そのせいか健康嗜好や低価格だけでなく簡易包装に走りがちな容器に一工夫することで若い購買層に……」  
なんたらかんたら。  
棚からファイルを引っ張り出したりパソコンにデータを呼び出したりする秘書を見て、俺は弁当事業より弁当そのものに興味があるんだとは言い出しにくかった。  
「……とりあえず、予約だけしとく」  
ようやくそう言うと、秘書はなぜか感動したように何度も頷いた。  
「覆面捜査ですね。社長自ら」  
なんか、誤解されてる。  
「失礼ながら、先日のグリーンリーフの件といい、社長はお代わりになったのではないかと思っております」  
両手をぎゅっと握り締めて、秘書はうっすら顔を紅潮させながら喋った。  
「いきなりご準備もないままタカシナの社長に就任なさったのですから、その責任の重大さ、環境の変化など、戸惑われることも多いとお察しいたします」  
「……あ、そ……」  
「ですがやはり、タカシナの正当な後継者、いよいよ満を持して始動、といったところでございますね」  
……なんの話?  
「わたくし、微力ながら精一杯お手伝い申し上げます、なんなりとご命令くださいませ」  
あ、ども。  
意味不明にはりきる秘書がどんどんどん、とタカシナフーズやサザンクロスデリバリーの資料を積み上げる。  
その隙に、俺はサザンクロスのサイトから、洋食のBコースの注文欄にチェックを入れて送信した。  
 
その後、秘書の手前、形だけと思って資料をパラパラしてみると、昼の会食をするデリバリー会社社長のプロフィールに『甲子園』の文字が見えた。  
バットを握ったこともないくせに野球好きな俺は、ひょいとそのファイルを手に取る。  
そこには、俺より少し年上の青年が日焼けした顔でこっちを向いていた。  
高校時代、夏の甲子園に出場経験がある、という略歴が載っていて、さっき目にしたのはこの部分だろう。  
俺の高校時代は、世界中でピアノを弾いていた。  
……毎日グラウンドで汗と泥だらけになって、監督や先輩に怒鳴られながら白球を追いたかったとまでは思わないが、そっちを選んでいたら俺は甲子園に行けたんだろうか。  
ピアノを弾くのより、楽しかっただろうか。  
社長の椅子になんか、座っていなかったんだろうか。  
 
「ほぇ、ここの、ひゃちょうとれすか」  
夕方、俺の膝枕で、口に入れてやったハンバーグをモグモグしながら莉子が目を丸くした。  
注文どおり、サザンクロスデリバリーの洋食Bコース弁当だ。  
莉子の目当ては、メインのキノコ盛りハンバーグ濃厚デミグラスソース添えらしい。  
「偶然な」  
その日のランチで初めて会った長尾優介という弁当屋の社長は、いかにも元高校球児ですというさわやかなヤツだった。  
短くした髪に日焼けした肌、真っ白い歯とワイシャツ。  
系列とはいえ末端の弁当屋となんで会食なんだろうと思ったら、父親がタカシナフーズの代表だった。  
今は弁当屋の社長だが、将来はタカシナフーズの跡取りらしい。  
どおりで、28歳という若さも頷ける。  
親の敷いたレールを歩くのもラクではありませんねと笑った後で、俺と自分を同列に扱ったことを詫びる。  
長尾はひとしきり、会社の業績やこれからの問題点、協力要請などを喋った。  
今まで会った系列や他社の社長たちはみんな、俺をお飾りの社長だと知っているから、大抵の場合仕事の話はせず、もっぱら俺の機嫌を取る。  
それがこの長尾はまともに返事に困るような仕事の話をし、なにかの口約束だけでも取り付けようとさえする。  
さらに今度は、細い糸状に編んだ飴細工のカゴに盛り付けられたアイスケーキを見て考え込みだしたから、俺はまたしどろもどろになる。  
「こういうものを運ぶとすれば、どうしても大きな保冷容器が必要になりますし、これだけを別容器にしますと……」  
隣でオバサン秘書が咳払いをしてくれなければ、せっかくの冷たいデザートが台無しになるところだった。  
そのあと、やられっぱなしで悔しかった俺が甲子園の話題を振り、それが意外に盛り上がってしまった。  
「旦那さま、野球はご覧になるだけですよね?」  
飴細工のカゴに入ったアイスケーキ、と言ったところでゴクリと喉を鳴らしやがった莉子が、寝転がったままひとさし指を顎に当てた。  
「いいじゃないかよ、見るだけでも」  
ぽかんと開いた口に、付け合せのジャガイモを落としてやる。  
「むきゅ、ほれは、ほうれごらいまふけれど」  
「でさ、ついつい俺が午前中にこの弁当を予約したって言ったら、恐縮するどころか大笑いしたんだ。それで、失礼ですが社長とは気が合うような気がいたしますなんて言ってな」  
学校でもろくに友人のいなかった俺は、初めて齢の近い相手と話が弾んで楽しい会食だった。  
「ほ、ほれは……」  
次々とジャガイモを放り込む俺の手を押さえて、莉子がまつ毛をパタパタさせた。  
「あの、親会社の社長である旦那さまの機嫌を取って、なにかこう、なにか」  
「まあ、それも少しはあるかもな。でもな、長尾の行ってた高校ってのが野球の名門校なんかじゃなくてむしろ進学校でさ」  
「……」  
「選抜じゃなくて、一個ずつ勝ちあがって夏の甲子園に出たんだ。長尾は二年生で、ベンチに入れるかどうかってところで」  
「……」  
「一回戦の相手が同じ初出場でな、実力が拮抗してて、ただ長尾のチームの方がピッチャーが、……莉子?」  
莉子の顔が、でっかくなっている。  
いや、ほっぺたがぷんぷくりんに膨らんでいるだけだった。  
「……イモ、溜まってるぞ」  
「んぐ、旦那さまが、ジャガイモばっかりお入れになるからです、って、そんなわけないじゃありませんか」  
お、ノリツッコミ。  
「じゃあ次は肉を入れてやる、ほら。あーん」  
開けない。  
俺は豚肉の生姜焼きを箸の先にぶら下げて、莉子の口元で振った。  
「なんだよ、他のがいいのか」  
「飴細工のカゴを食べたいです。バリバリと」  
なんだ、俺が昼に食ったランチがうらやましいのか。  
「じゃあ今度……」  
「今!今、食べたいですっ」  
なんつーわがままなメイドだ。  
莉子がころんと転がって、俺の膝から落ちた。  
そのままソファの上に座り込んで、俺をじっとりした目で見上げる。  
だから、そういうの怖いからやめろって。  
「なんだよ……」  
言いかけて、莉子の目に涙が溜まっているのに気づく。  
ななな、なんだよ、俺がなにしたんだよ、莉子を泣かすような、なにを。  
 
「旦那さまは、長尾社長ととても仲良くおなりですね」  
仲がいいというほどかどうか、今日会ったばかりだし。  
「気が合うと言われたのですよね。旦那さまはお友だちもいないし、毎日六時に帰ってくるくらいヒマですし、きっと長尾社長が誘えばほいほいとお出かけになりますよね」  
なんかカチンと来る言い方ではあったが、図星だ。  
実際俺は、次の日曜に長尾が入っている草野球チームの試合を見に行くと約束してきたんだ。  
自分ではバットもグローブも持ったことがないと言うと長尾は不思議がった。  
横にいた長尾の部下が耳打ちし、それから感心したように言った。  
「高階社長は、ピアノをお弾きになるんですか」  
長尾の秘書が一目でわかるほど慌てふためき、俺は舐めるように飲んでいたワインを噴出しかけた。  
ピアニスト高階那智を知らない男。  
おもしろいじゃないか。  
莉子は俺の肩につるんつるんのおでこを乗せた。  
頭の後ろに、この間俺がやった髪飾りがくっついていた。  
正確には、俺が父親から引き継いだ会社の孫会社が、俺の機嫌取りに持ってきた髪飾り。  
「わたくし、野球もピアノもわかりません……」  
莉子がぐずぐずと鼻水をすすっている。  
俺はテーブルの上のティッシュをばさばさと引き抜いて、莉子の鼻に当ててやった。  
「ほら、チンしろ」  
ほんとに、チンしやがった。  
「なんだよ、長尾にやきもちかよ」  
「らって、わらくし、旦那さまがお部屋にお帰りになってくださらないと、ご一緒できません……」  
やきもちでこんがりと黒焦げになった莉子が、鼻をずびずびしながら訴えた。  
顔をぐしゃぐしゃにして、みっともないはずなのに、かわいいじゃないか、ちくしょう。  
「土曜日はいつもお出かけですし、日曜日まで長尾さまと」  
なだめすかして弁当を食べさせ、ソファの上に正座して恨みがましく見上げてくるメイドの顔まで拭いてやって、俺はいったいなにをしてるんだ。  
「いいじゃねえか、飲み歩いたり夜遊びしたりするわけじゃないし。平日は六時に帰ってきてるんだし」  
おしぼりで莉子の顔をぐいぐいとこする。  
「……わかっております。旦那さまはまだお若いのですし、あちこちお出かけになっていろんな方とお会いになって、お仕事もお遊びもたくさんなさったほうがいいんです」  
自分に言い聞かせるように、莉子がうつむいて呟いた。  
ああ、まったくもう。  
続きの気になるゲームがあるっていうのに、俺は莉子を抱き寄せた。  
 
……そういうごまかし方、嫌いです。  
じゃあどういうのがいいんだよ。  
それは、まあ、そういうのでもいいんですけど。  
長尾は弁当屋だからさ、頼んでみるよ。  
あんまり辛いおかずが入ってなくて、カップとかフォークとかがかわいくて、そういうの。  
ほんとうですか。  
そういうの、好きだろ、莉子。  
はい、お弁当は見た目でも楽しみませんと。  
だから、機嫌なおせって。  
莉子がぶーたれてるの、嫌いなんだ。  
……そうですか?ほんとに?…うふっ。  
だって、怖いもん、お前。  
え、なんですか、今なにかおっしゃいましたか。  
なんにも言ってねえよ。な、莉子……。  
…あん。  
 
莉子が聞いたことがないような色っぽい声を上げた。  
お、それ、いい。  
莉子の首に腕を回して、俺は莉子のこめかみに唇を押し付けた。  
メイド服を来た子猫が、くるんと丸まって俺にくっつく。  
機嫌の悪いときはぶーたれて、怖い顔をして直立不動でドアの横にいるメイドと同一人物とは思えない。  
脚を曲げてソファに横座りした莉子が、俺の膝に頭を乗せて寝転がる。  
いいのか、その態度。  
「旦那さま」  
俺の腰に抱きついて、莉子がくぐもった声で言う。  
しがみついてくる莉子の髪をしばらく撫でて、俺は莉子を引きはがした。  
ちょっと、その位置にそのままいられるとヤバイ。  
「旦那さま……?」  
もう何度もしてるのに、俺はいまだに莉子をスマートに誘うことが出来ない。  
もちろん、莉子はそんなこと気にしないだろうけど。  
「あっち、行かないか」  
今日も、俺はカッコ悪く言った。  
うふ、うふ、と莉子が笑った。  
シャワーを使いたいという莉子を、俺はベッドに座らせた。  
そのままで、いいから。  
恥ずかしそうにしながら、莉子は頭に手をやって髪飾りを外した。  
この前、俺が外そうとして思い切り髪に絡まったまま引っ張ってしまったからだ。  
指を入れて髪をほどくと、顔の印象が幼くなる。  
 
初めて会ったときは、きっついメイドだと思ったんだけどな。  
キスしただけで顔を赤くして目を潤ませている莉子に言うと、頭を胸にぶつけてきた。  
頭突きかよ。  
「それは、何度もおっしゃいますけど、旦那さまがいけないんです」  
「なんだよ、痛いじゃねえか」  
「わたくしのこと、見ても思い出してくださいませんでしたし、名前を聞いてもおわかりになりませんし」  
「それはなあ、仕方ないじゃないか」  
つるつるのほっぺたと細い首筋にもキスした。  
スカートの裾から手を入れて、太ももを撫で上げる。  
女って、みんなこんなにつるつるですべすべで、柔らかくって、あったかくって、気持ちいいもんなのか。  
「内緒です」  
「なんだよ、それ」  
スカートの中を探って下着に手をかけると、莉子が脚をぴたっと閉じた。  
「だって、旦那さまが他の女の方で確かめたら困ります」  
バカ。  
「内緒にされたら、余計確かめたくなるじゃねえか。専務の娘がかわいいって言ってたし、紹介してもら、いてっ」  
莉子がかっぷりと俺の腕に噛み付いた。  
「いけません、そんなお嬢さまとお会いになったら、わたくしなんか」  
痛いって、バカメイド。  
「わたくしなんか、つまんなく見えてしまいます……」  
バーカバーカ。  
「んなわけ、ねえよ」  
「だって、そういうとこのお嬢さまは、美人で、賢くて、毎日きれいなお洋服を着て、エステなんかも通って、箸より重いものも持ったことがなくて」  
「莉子は箸だって持ってないだろ、俺が食わせてやってるんだから」  
閉じた脚をそろっと撫でる。  
うん、エステに通った専務の娘がどんな脚をしてるか知らないが、俺はこの脚がいいな。  
いいよ。  
俺は、莉子でいいよ。  
莉子が、いいよ。  
薄く莉子の歯型の付いた腕で、メイドの制服ごと莉子を抱きしめた。  
「旦那さまあ……」  
うん、いい声だ。  
枕を高く積んで、そこに寄りかからせるように座らせる。  
足元からスカートの中にもぐりこむと、くすぐったいのか膝を曲げて俺の肩を両手で押さえた。  
「やん、旦那さま、えっちっ」  
そうだ、俺はえっちだ、変態だ。悪いか。  
 
莉子の脚を開かせて、内ももに顔をすりつける。  
湿気を帯びた熱い空気がむっとする。  
シャワーの後ではこれは楽しめない。  
下着の上から触ると、莉子がいやん、と抵抗した。  
バカ、これがいいんじゃねえか。  
莉子の匂い。  
噂ばかりは華やかで、女っ気のない生活をしてきたのに、目の前にぽんと置かれた据え膳にこんなにのめりこむなんて思わなかった。  
こんなに、莉子のこと好きになると思わなかった。  
バカでわがままで食い意地の張ったメイドなんかに。  
「ほんとですか?旦那さま……」  
下着の隙間から手を入れると、莉子が身じろぎした。  
体と下着の間で温められて湿った、細い毛に触れる。  
女は、こんなとこまで柔らかい。  
脱がせずにずらそうとすると、莉子がふにょ、と変な声を上げた。  
「旦那さま、旦那さ、あの」  
なんだよ。  
すっぽりと頭にかぶっていたスカートから顔を出す。  
真っ赤な顔をして、莉子が俺の頭をぺちぺちと叩く。  
「いて、なんだよもう」  
「旦那さまが変態なのは、わたくし嫌いではございませんけど」  
スカートに顔つっこんでぱんつを引っ張るくらいで変態呼ばわりとは心外だな。  
「でも、今日はわたくし、とびきりお気に入りのをつけております」  
え、そうなのか。  
それって、勝負用とかいうやつか。  
「ですから、あんまり乱暴にしないでください。そうっと、そうっと」  
「そっと脱がせってか?」  
やあん、と恥らって見せるのはいいが、その度に俺をぺちぺち叩くんじゃねえよ。  
仕方なく、俺は莉子の腰を浮かせて、とびきりお気に入りだというそいつを脱がせた。  
脚から抜いてみると、確かにいつもよりてろんとしていて透け透けで、なにかレースのようなものが付いている。  
「ふうん、こういうのが好きなのか」  
莉子がぱっと俺からそのぱんつをひったくる。  
「旦那さまは、なんにもわかってません」  
なにが。  
「こういうのは、スカートの中から取ってしまっては意味がないんです。ちゃんと、その」  
まっ赤なほっぺたを膨らませながら、莉子はうつむいてひとさし指でシーツをぐりぐりする。  
「着けてるとこ、見てもらいたかったんです」  
うお。  
時々莉子は、こういうフェイントな発言をする。  
今のも、一気に俺のを元気にしてしまった。  
「そうか。せっかくその、お気に入りなのに、俺が変態っぽいことしたがったから」  
いやだから、スカートに顔つっこむのはそれほど変態じゃないだろ。たぶん。  
うつむいたまま、莉子が目を上げてまつ毛をぱたぱたした。  
「……上も、おそろいなんです」  
ちくしょう。  
俺は莉子に飛びかかった。  
きゃっ、と声を上げてベッドに転がった莉子をひっくり返して、メイドの制服を脱がせる。  
背中のファスナーひとつでくるんと剥けるワンピースって、すっげえ便利。  
透け透けのてろんてろんでレースの付いた小さい下着が、莉子のかわいいおっぱいを覆っていた。  
おそろいかどうかはよくわからなかったが、外す前に上からなでて「かわいいな」と言うと莉子はうふうふっと笑った。  
きっと、たいして高額でもない給料の中で、俺に見せたくて選んだんだろうな。  
 
ちくしょう、困る。  
莉子が俺を大好きすぎて、困る。  
靴下を脱がせると、莉子はすっぽんぽんになった。  
「きゃっ」  
脚を開いて転がった莉子が、慌てて膝を抱く。  
こらこら、隠すな。  
「旦那さま、へんた、うにょっ」  
莉子に向かってもう一度ダイブする。  
「とぉっ!」  
「にゃぁっ、だ、旦那さまっ、むにゅ、くすぐった、うひゃっ」  
だから、俺を叩くな、しかもゲンコで。  
「んにゃ、えいっ」  
思わぬ反撃。  
莉子に脚を取られて、俺はベッドにひっくり返された。  
「うわ、この、なにすん、莉子っ」  
「ずるいです、わたくしだけこんなに裸んぼになさって、旦那さまだけお洋服をお召しなんて」  
そう言って、俺の部屋着の裾を乱暴にまくりあげた。  
俺が莉子のスカートに顔をつっこんだみたいに、Tシャツの裾から頭を入れようとしてくる。  
それは無理だろ、生地の量が違うだろ、破れるぞこのバカメイド。  
頭をつっこむのをあきらめた莉子が、そのまま上に引っ張って脱がせようとする。  
襟ぐりが鼻に引っかかっているのにぐいぐいと引っ張る。  
「うげ、莉子、やめ、鼻、鼻がちぎれるっ」  
そのまま無理矢理Tシャツを剥ぎ取って、ウエストゴムのスウェットパンツは簡単に引き抜く。  
「あ」  
莉子が声を上げた。  
自分よりずっと小柄な莉子にいいように転がされてた俺は、やっとベッドに手をついて体を起こした。  
「え、なに……」  
「旦那さま、いつものです」  
いつも同じじゃない、似てるけど微妙に色もデザインも違うんだ、俺のボクサーパンツは。  
「わたくしはお気に入りを着けておりますのに」  
無茶なこと言うな。  
「もう、旦那さまの……バカ」  
小声で付け足すように言ってるけど、聞こえたぞ。  
 
莉子が、えいっと俺のパンツを脱がせた。  
「おそろいじゃねえか」  
足先に引っかかったのを、ちょっと足首を振ってベッドの下に落とす。  
莉子がひとさし指をあごに当てた。  
「おそろいですか?旦那さまも、……ブラを?」  
俺はそういう変態じゃねえよ。  
「バカ。俺と莉子がおそろいになったって言ってんだよ。ふたりとも素っ裸じゃねえか」  
「……あ」  
熟れた桃みたいになった莉子が、くたっと俺にもたれかかってきた。  
「だって、旦那さまが」  
「俺のことは、莉子が脱がせたんだろ?なんで?」  
「……なんでって」  
恥ずかしさにもじもじしながら、薄い毛布を引っ張り寄せて体を隠そうとする。  
「なんでだよ?なんで、俺を脱がせちまったわけ?」  
言ってるうちに、楽しくなってきた。  
「ベッドの上で俺を裸にして、なにがしたいんだ?言ってみろ、莉子」  
胡坐の上に、毛布に包まった莉子を乗せてあちこちをつんつんする。  
やん、やん、と体をよじって逃げるのを抱きしめて、そのままベッドの上に組み伏せる。  
「どうだ、言えよ。言わないと、くすぐるぞ。明日の弁当はとびきり辛いのにするぞ」  
「や、おやめください、それだけはっ」  
「それだけってどっちだよ、くすぐるほうか、辛い弁当の方か。ほらほら」  
莉子が両手で俺の顔を押し返そうとする。  
それをよけながら、莉子の胸やお腹や太ももをくすぐる。  
うわ、楽しい。  
 
「ほらほら、なんで俺を脱がせたんだよ、莉子」  
莉子がベッドの上を転がって、俺に横から抱きついてきた。  
しがみついてこっちの動きを封じようとする作戦らしい。  
莉子の滑らかな肌の感触とか、俺より少しほてった体とか、顔に触れる髪の毛とか、時々押し付けられる唇とかが気持ちいい。  
「……わっ!」  
ふわふわしたゆるい気持ちよさを楽しんでいたところに、急に強い感触。  
莉子が、俺のモノを握りやがった。  
「……です」  
な、なにが。  
「だ、旦那さまを、裸んぼにしたのは、こちらの、これが、窮屈そうだったからです」  
……あ、そ。  
ふうん。  
でも、それだけだと困るんだけど。  
大っきくなっちゃって窮屈だったから開放されて、それだけだと困るんだけど?  
せっかく収まるとこに収めてたのに、出しちゃって、それでどう責任とるんだよ?  
「……んにょわぁん……」  
莉子のやつ、どんどん変な声になっていくぞ。  
俺のをやわやわと握りながら、莉子が俺にぴったりと体を押し付けた。  
「先に、わたくしを裸んぼにしたのは、旦那さまです。……責任、とってください」  
よし。  
まかしとけ。  
俺は莉子の唇に自分の唇を押し付け、舌で舐めまわしてやった。  
そのままあちこちにキスして、おっぱいを揉んで、乳首に吸い付く。  
舌先にあたる弾力を楽しみながら甘噛みしたり、舌を大きくして舐め上げたりすると、莉子は俺の髪の中に手を入れて自分の胸に押し付けるようにした。  
こいつは下から押し上げるように揉まれながら乳首を吸われるのが好きなんだ。  
俺だって大好きだ。  
莉子の腰や脚をなでながら、乳首を唇で挟んで引っ張ったり、それが離れてぷるんと揺れたりするのを繰り返す。  
脚を開かせて内ももをなでる。  
内側の、このふよふよした柔らかいとこがまた好きなんだよな。  
舐めたり吸ったり、それにすぐそこにあそこがあるし。  
毛の中に鼻を埋めるようにして、そこを唇で押し分ける。  
「やあん、旦那さま、そこ、まだ……」  
なで回されてうっとりしていた莉子が、うつろな声で言う。  
そうか。  
俺も莉子にもキスしてもらったり、胸や背中に体をこすり付けてもらったり、あそこを咥えてもらったりしないとな。  
その前に、俺が莉子を食べる。  
「ん、う……」  
舌を入れると、莉子が声を上げた。  
気持ちいいのかな。  
尻を抱えるようにして脚を開かせる。  
ひだをかき分けると、くちゃっと音がした。  
なにがまだ、だよ。  
ひくひくしてるじゃないか。  
くじるように穴に舌を入れたり、細くした舌先で何度も溝を舐めたり、皮を被った豆に吸い付いたりすると、腰が揺れるようになってきた。  
「うん、あ……、んあ……、ああんっ、旦那さ、ま、あっ」  
「気持ちいいか?」  
顔を横向きにして枕に押し付けた莉子が、弱々しく頷いた。  
「だ、ん……なさ、あっ」  
莉子の声って、こんなによかったかな。  
俺が莉子の脚の間から顔を上げると、もっと、というように脚で俺を挟んできた。  
「まだするか?」  
してもいいけど、したいけど。  
俺は莉子に顔を挟み込まれたまま、腰をなでた。  
 
「いいよ。……呼んで」  
「……だん……」  
そうじゃなくて。  
指を一本、そっと挿れる。  
そのまま、上のほうに吸い付く。  
そうじゃなくてさ。  
ほら。  
莉子の腰がぴくんと震える。  
同じ場所を舌先でつつく。  
「……んっ、あっ、あ、……あん……、あ……、な…ちさま」  
ぎゅっと股間が痛くなった。  
「…ああん……、あ…、な、那智さま、那智さまぁ…、あっ」  
魚みたいに、莉子が体を反らせる。  
ちょっとイッたのかな。  
よくしてやれたのかな。  
もっと続けたら、ちゃんとイけるのかな。  
もう一度、莉子の膣に舌を差し込もうとしたとき、莉子が体をひねった。  
え、嫌なのか。  
起き上がった莉子は、まるで泣いてるみたいに目に涙をためて、俺にしがみついてきた。  
「な…那智さま」  
ぐすん。  
なんだ、なんだ。  
「……どうしましょう、わたくし」  
ぎゅうっと力を入れて、俺を締め上げるように抱きしめる。  
「……だいすき…………」  
 
そのまま莉子は俺の上になった。  
肩や胸に白い手を滑らせて、俺がしたのと同じように乳首を唇で挟んで吸った。  
そのまま下に下りて、天を突くように上を向いたモノの根元にも口付ける。  
手を添えて、柔らかい袋を唇で挟む。  
柔らかく吸いたてながら、手を動かす。  
うわ、気持ちいい。  
竿をしごきながら、先端を包むようにして揺らす。  
そんなこと、どこで覚えたんだよ。  
「ん。昼間、勉強しました」  
だから、勝手に俺の蔵書を読むなと、う、それ、いい。  
莉子がぱっくりと咥えこみ、時々ちゅぽっと音をたてる。  
「あー……、いい」  
思わず、言ってしまった。  
くふくふ、と莉子が笑った。  
笑うとその息遣いがまた刺激になって、……いい。  
俺は莉子の肩を叩いて、ギブアップを伝えた。  
ころんと転がして、脚の間に入る。  
ベッドの隅に丸まっていた薄い毛布で莉子の顔を覆って隠し、引き出しからコンドームを出す。  
装着したところで、毛布をよける。  
頬を紅潮させて、莉子が俺を見上げている。  
ああ、かわいいじゃねえか。  
腰をぽんぽんと叩いてから背中に腕を入れて抱き起こすと、俺から顔をそらすようにして俯いた。  
そのまま仰向けになると、恐る恐る俺の胸に手をついて腰を上げる。  
よし、騎乗位だ。  
体を支えて手伝ってやるが、うまくいかない。  
もう少し脚を開かせて、ゆっくり腰を下ろさせる。  
「あ……、んっ」  
中腰で前かがみになりながら、莉子が一生懸命俺を自分に挿れようとしてる顔を下から見上げる。  
ああ、いいな。これ、すげえいい。  
角度が見つかったのか、莉子がそっと俺の上に座るようにして、ゆっくり入った。  
 
「……あ」  
同時に、ため息が漏れた。  
莉子がうふっと笑って、その振動が伝わって、たまらない。  
「莉子……、動いて」  
下から体を揺すって催促した。  
「あんまり、見ないで下さい」  
莉子が手で俺の目を隠した。  
そのせいで体が前に動いたのか、あっと短く声を上げる。  
いいトコに当たったのか。  
前のめりになった莉子のウエストに手を回して、腰を持ち上げる。  
下になったまま腰を上下すると、莉子がそれに合わせたように声を立てた。  
「あ、あ、あっ……、あ、あ…、ああんっ」  
下からだと、上になるより疲れる。  
ちょっと腹筋鍛えておけばよかった。  
もう一度腰をなでて、莉子に動けと合図する。  
莉子は恐る恐る腰を前後に滑らせて、こすりつけるようにした。  
前から親指を入れると、こすり付けるときに当たる。  
「んんっ」  
胸に手をついていた莉子が、今度は腰をぐるっと回した。  
う、いい、それ、いい。  
もっと、と言うと、莉子はぐりぐりと押し付けてきた。  
寝転がったままで、こんないい思いが出来るとは。  
それでもだんだん刺激が足りなくなってくる。  
これだと、俺は終われない気がする。  
疲れたのか、莉子が休憩した。  
抜けないように腰を抱いて、今度は莉子を仰向けにして俺が上になった。  
「いけませんでしたか、わたくし…」  
心配そうに、莉子が言った。  
「まあ、いいんじゃねえの。……いや、すげえよかった」  
ほっとしたような莉子のぷるっぷるの唇を吸い上げて、そのまま耳もとで言った。  
「ま、世界のタカシナとしては、女に上に乗られてイクのはプライドに関わるからさ」  
冗談めかして言うと、莉子がくひゅっと笑った。  
お、出たな、変な声。  
莉子が両手を俺に向けて伸ばした。  
「はい。お願いします」  
まかしとけ。  
 
浅く入れて軽く動かすと、莉子の中の暖かさが気持ちいい。  
莉子もうっとりと目を閉じて小さく口を開けている。  
気持ちいいか、と聞くのはちょっと照れる。  
でも、俺は気持ちいいぞ。  
しっとり濡れていても、いきなり挿れると痛そうな顔をしたことがあるから、浅い抜き差しを繰り返す。  
莉子の息遣いを見ながら、もういいかなと判断して、ぐっと奥まで挿れる。  
「……ん、あんっ」  
莉子が高い声をあげ、俺も頭の奥がキンとした。  
ああ、気持ちいいぞちくしょう。  
莉子の胸の両脇に手をついて、俺はゆっくり腰を振った。  
動きが滑らかなのにちょうどよく締めてくる。  
思う存分動きたいのを必死でガマンして、少しずつ速度を上げる。  
「ん……、あ、あっ、…那智さまぁ……」  
莉子の腰が浮く。  
それを抱え込んで、俺は頭の中を真っ白にした。  
莉子の中で締め付けられて、擦り上げて、目の前でかわいいおっぱいが揺れて、乳首がつんと上を向いて、  
白い喉がそりかえって、ぷるぷるした唇がぽかんと開いて、そこから絶え間なく小さな喘ぎ声が漏れて、  
閉じたまぶたのまつ毛がふるふると震えて、俺を求めて手を伸ばす莉子が、俺の名を呼ぶ。  
莉子。  
呼ぶと、締まる。  
かわいい。  
ああ、いい。すげえ、いい。  
もう、イク。  
 
俺はぎゅっと眉を寄せて、それでも一瞬でも莉子から目をそらすまいとして、フィニッシュに向けて莉子の中に自分を擦りつけた。  
「……う、あ、……くっ」  
「あん、あっ、……那智さまっ!」  
根元を絞られるような感覚の後で、ぎゅうっと全体が締まって、俺はその中で射精した。  
うわ、いい。出てる……。  
我ながら、長いな…。  
「…あー……、出た」  
うわ、なんつームードのないことを言ってるんだ、俺。  
莉子の上に突っ伏すと、莉子が俺の背中を抱いてなでた。  
「なち…さまぁ」  
甘い声を出す唇に、キスした。  
ありがとな、の気持ちをこめて。  
莉子がキスを返してくれたのは、同じ気持ちなんだろうか。  
 
ちょっと落ち着いてから、ゴムが抜けないようにそろっと引き抜く。  
始末して、見ないようにしながら莉子のあそこもきれいにしてやった。  
莉子が抱きついてきたので、しばらく抱いてやった。  
なんか、ずっとこうしてたいよな。  
うひゅ、むひょ。  
それが返事かよ。  
莉子の気の済むまでベッドの上でいちゃいちゃして、それから二人で泡風呂に入った。  
俺は温泉の素が入ったかーっと熱い風呂がいいんだが、莉子と一緒にいちゃつくんならぬるめの泡風呂でもいい。  
髪も体も洗ったり洗われたりして、長風呂に疲れた俺たちは裸のままベッドでしっかり抱き合って眠った。  
腕の中に莉子がいるのが、心地良かった。  
「……旦那さま」  
また、旦那さまに戻ったのか。  
「なんだよ」  
俺の腕の中で、莉子が言った。  
「あの、……これからも、旦那さまが土曜日のお出かけをなさったり、うんと長尾さまと仲良しになったり、…お仕事がお忙しくなったりしても」  
ん?  
くるっと巻いたくせのある前髪を指に絡めると、莉子はころんと転がって俺を見上げた。  
「わたくし、ここで旦那さまのお帰りをお待ちしていても、いいんですよね」  
バカ。  
こいつ、本当にバカだな。  
俺は指先で莉子の頭を突っついた。  
「いいんじゃねえの」  
にゃん、と莉子が俺の腰に抱きついた。  
「ほんとですよ。……あの」  
「約束な」  
俺は、初めて自分から莉子に約束をした。  
もう眠くて、俺は莉子がその後なんて言ったのか聞こえなかった。  
莉子は、どんなつもりでそんなこと言ったんだろう。  
この時、きっと俺なんかよりよっぽど、莉子にはなにかが見えていたんだろうと気づいたのは、ずっとずっと後だ。  
 
 
翌朝、まだいちゃいちゃしたりませんとバカなことを言う莉子を起こして着替えていると、リビングのドアを誰かがノックした。  
「どなたでしょう、主人とメイドの甘い朝のひとときを邪魔する方は」  
莉子がドアを開けると、半ハゲ半白髪の執事が立っていた。  
珍しい。  
なんかあったのか、と思うと一瞬で毛穴が開くような緊張感に包まれた。  
ハゲ執事が、のんびりと言った。  
「おはようございます。さきほど病院から電話がありまして、陽子さまの容態に変化がございましたそうで」  
ばかやろう。  
 
俺は莉子を振り向きもせずに部屋を飛び出した。  
 
 
――――了――――  
 
 

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