『メイド・莉子 5』  
 
陽子さんの容態が変わった。  
 
それだけを聞いて、俺は家を飛び出した。  
高速をかっ飛ばして、病院の受付で地団太を踏みながら時間外面会の手続きをした。  
分厚いじゅうたんを敷きつめた廊下を小走りに駆けて、特別室の扉を引く。  
看護師が、軽く頭を下げた。  
少し起こした、医療器具に囲まれたベッドの上で、まだ青白い顔をして、陽子さんがまぶしそうに俺を見た。  
半年振りに、陽子さんは目覚めた。  
少しも変わらない、懐かしい笑顔で、俺を呼んだ。  
「……なっくん」  
おはよう、陽子さん……。  
 
半年前の飛行機事故。  
多数の重軽傷者と三人の死者を出したその事故で、俺はタカシナグループ代表の父親と跡取りの兄貴を失った。  
そして、その飛行機に乗っていたもう一人の家族、継母はこん睡状態に陥ったのだ。  
意識を取り戻す可能性は高くない、と医者は言った。  
できるだけのことを望んだ俺は、継母である陽子さんをこの専門病院の特別室に入院させ、毎週土曜の面会日に通った。  
そして、眠ったままで人形のような陽子さんに、俺はいろんな話をしてきた。  
 
俺が初めて陽子さんに会ったのは、親戚のやっているピアノ教室で、音大生だった陽子さんはそこでアルバイトをしてた。  
ピアノを習い始めてすぐ、俺の手を引いて家にやってくると、那智くんにもっとちゃんとピアノを勉強させてくださいと親父に直談判したんだ。  
この子は天才です、と。  
世界のタカシナの社長に、一介の女子大生が。  
親父は驚いたけど、陽子さんのいうとおり俺を高名なピアノ教師に預け、結果俺は神童と騒がれ、天才少年ピアニストとして世界を飛び回ることになった。  
そして、早くに妻に死なれた親父は、陽子さんを手に入れたのだ。  
親父は齢の離れた後妻をかわいがったし、陽子さんは俺のステージママとして忙しくしながらも親父とも仲が良かった。  
俺も兄貴も、陽子さんが大好きだったんだ。  
 
目を覚ました陽子さんは、親父と兄貴が半年も前に亡くなっている事を聞いても、驚かなかった。  
飛行機の中の記憶までしかないはずなのに、なんとなく知っているような気がするわと言った。  
なっくんが、ずっと眠っている私に話をしてくれていたせいかしらね、と。  
そして、泣いた。  
その後、俺がピアノをやめてタカシナの社長になっていると話したときは、驚いた。  
なっくん、ほんとに?  
ほんとにもう、ピアノ弾いてないの?  
俺は叱られた子供のような気がして下を向いた。  
なっくんのシューベルト、好きだったわ。  
ごめん、陽子さん。  
親父と結婚した陽子さんはあまりに若くてきれいで、俺は恥ずかしくてついに一度もお母さんと呼ばなかった。  
そして今また陽子さんは、俺にいってらっしゃいと手を振ってくれた半年前の朝と同じように微笑んでくれる。  
病院の特別の配慮で、俺はそれから三日間を陽子さんの部屋で過ごした。  
窮屈で固い介添人用の簡易ベッドも、気にならない。  
「季節が変わっていて、びっくりしたわ……」  
果てしなく続く検査の合間に、車椅子を押す俺に陽子さんがぽつんと言った。  
陽子さんの大好きだった親父も兄貴もいなくなっちゃったけど、俺が、たった一人の家族になっちゃったけど。  
せいいっぱい、がんばるから。  
安心して、家に帰ってきていいよ。  
ふっと陽子さんが微笑んだ。  
「なっくんが社長って呼ばれるとこ、見れるのね」  
それは、恥ずかしい。  
「ちょっとは、聞きたいけど……、なっくんの」  
聞き取れないほど小さな声で、陽子さんがつぶやいた。  
なっくんの、ピアノ。  
きっと、そう言いたいんだろう。  
もうまるで動かなくなっただろう指を握り締めて、俺は聞こえないふりをするしかなかった。  
 
家に帰ったら、さぞ機嫌を取るのに苦労するだろうと思っていたのに、莉子は怒ったり拗ねたりしていなかった。  
メイドに無断外泊を叱られるとびくびくしながら帰宅した俺は、軽く拍子抜けしたくらいだ。  
「……長尾さまが」  
うらめしそうにするどころか、遠慮がちに莉子が言う。  
あ、長尾の草野球を見に行く約束をすっぽかしたんだった。  
「うん、あとで……、電話して謝る」  
いつものソファにどっかり腰を下ろして、俺はやっと疲れを感じた。  
陽子さんと過ごした時間は楽しかったけど、急なことで興奮していたし、固いベッドでの付き添いもあった。  
莉子がちょっと脚を揉んでくれたりしたらいいんだけど、やっぱりダメか。  
顔を上げると、莉子はドアの横に直立して、少し前の床を見つめている。  
やっぱり怒ってるよな。  
うん、あいつが怒らないわけはない。  
なんせ、三日も留守にしたんだ。  
ぷんぷくりんのぱっつんぱつんに膨れ上がっているはずだ。  
「……莉子」  
呼んでみた。  
「はい」  
短い、返事。  
おかしいぞ。  
そんな、メイドみたいなことするなよ。  
俺が主人みたいじゃないか。  
「怒ってるんだろ」  
莉子はうつむいたまま、前で組んだ指を動かした。  
「なぜですか」  
「聞こえねえよ。そんな遠くでぼそぼそしゃべったって」  
俺は脚でカーペットの床を蹴った。  
「ぐずぐずしてないでこっち来い、バカ」  
莉子はのろのろと近づいてきた。  
いつもはぴょこぴょこ跳ねて来るのに。  
莉子が俺の足元に座り込み、ふくらはぎに腕を回す。  
「怒るなよ。悪かったよ。今度から黙っていなくなったりしないから」  
なんで俺はこんなに自然にメイドに謝ってるんだ。  
莉子は俺の脚にぎゅっとしがみついた。  
「旦那さまは、わたくしのこと怒ってらっしゃるのでしょう」  
「なんでだよ」  
「……わたくしが、バカだから」  
昨日今日、初めてバカになったような言い方をする。  
「莉子のバカは、とっくにわかってるじゃねえか」  
「でも」  
ぐすんと鼻をすする。  
俺の脚で鼻水を拭くな。  
「わたくし、旦那さまが毎週お出かけになるのに、嫌な事を言いました」  
出かけないでもっといちゃいちゃしろとか、そういうことか。  
「奥さまのこと……、存じ上げませんでした」  
それは、俺が言わなかったから。  
陽子さんがこん睡状態で入院したのは、莉子がうちに来る前からのことだし。  
「旦那さまが、とても奥さまのこと心配してらしたのに……」  
そんなふうに言われるのが嫌だったんだ。  
「わたくし、わがままばかり言って、食いしん坊で甘えん坊で」  
ま、それは嫌いじゃない。  
「……奥さまがお目覚めになったのですし、旦那さまはもう、わたくしのことなんて構ってくださる暇もなくて」  
そんなわけないじゃねえか。  
俺はこれからも毎日ここに帰って来るんだし、その時莉子がいないと……困る。  
 
「奥さまがお元気になられてお帰りになったら、使用人のことなど内のことはこれまでどおり取り仕切られるって、執事の」  
「ハゲがそう言ったのか」  
「……わたくしのように出来の悪いメイドは、いくら旦那さまがお許しになっても、奥さまから見て良くなければ、すぐに」  
「んなわけないって」  
ぐずぐずと莉子が涙声になる。  
「れ、れも、もっとちゃんとしないと、わたくしなんか、旦那さま付を解任されたり、お屋敷を解雇されたりするって」  
「ハゲの野郎……、俺のいない間になに勝手なこと」  
陽子さんはそんな意地悪じゃないし、この家の当主は俺だ。  
俺が莉子をそばに置くって決めたら、それは決定なんだ。  
「それで、普通のメイドみたいな真似してたのか」  
「わたくしらって、やれば、れきます」  
ああもう、ほら、ティッシュ。チンしろ。  
俺は莉子の頭をなでた。  
あれ?  
「髪、どうした。使ってないのか」  
俺が会社から貰ってきた髪留めを、莉子は日替わりで髪に飾っていたのに。  
莉子は鼻をかんだティッシュをエプロンのポケットにしまった。  
「……あれは、前からずっと注意されてました」  
またハゲか。  
「それと、母屋のメイド長ですとか。勤務中に、派手過ぎるって」  
「……俺が使えって言ったって、言ってやれ」  
はふん、と莉子が変な息をついて、俺の膝にあごを乗せた。  
「だめです。そんなことしたら、メイド仲間にいじめられます。人間関係って、難しいんです」  
「だけど、俺が言ったんだから」  
「特別扱いって、反感を買うんです。旦那さまはお坊ちゃまですから、おわかりになりませんけど」  
なんだ、その生意気な言い方。  
いつもの調子が戻ってきたじゃないか。  
莉子はそうでないと、つまんないからな。  
「じゃあ……、なんかやるよ。誰にも叱られないような、なんか」  
言ったけど、具体的に思いつかない。  
莉子がうふ、と笑った。  
俺の膝にあごを乗せて、顔の両脇に手を添えて、猫みたいに見上げてくる。  
「それはもう、証拠の残らないものが一番です」  
食いしん坊め。  
「晩メシ、食ったか」  
莉子はちょっと目を伏せて、わずかにほっぺたに空気を貯めた。  
「いただきました。母屋の厨房で、他のメイドと一緒に。ビーフシチューとシーザーサラダとオムレツと、パンナコッタ」  
豪華じゃないか。  
俺なんか、病院で陽子さんのおこぼれと売店の菓子パンだぞ。  
「でも」  
莉子が俺の脚を指先でぐりぐりした。  
いつかそこ、穴が開く。  
「旦那さまが、いらっしゃいませんでした」  
シェフが作った、ほかほかのディナーより、俺と一緒の冷めた弁当のほうがいいのかよ。  
まったく、困ったメイドだな。  
「約束したじゃねえか。莉子は、ここで俺を待っていればいいんだよ。絶対帰ってくるんだから」  
俺の言った言葉のなにがツボにはまったのか、莉子はくふくふ笑いながら俺の膝によじのぼると、首に抱きついた。  
「はい。ぎゅるぎゅるにして、お待ちしております」  
待ってるのは俺か、弁当か。  
 
してもいいな、と思ったけど、莉子はくっついてるだけでいいですか、と言った。  
ただ、旦那さまにぴったりくっついていたいんです。  
腕も脚も俺の体にからめて、莉子は俺の存在を確かめるようにくっついた。  
そっか。  
莉子は莉子なりに、心配してたんだな。  
俺が陽子さんのことですっかり舞い上がっていたこの三日間、莉子は不安だったんだろう。  
悪いことしたな。  
俺は莉子をきゅっと抱きしめて、耳もとでバカメイドのいびきを聞きながら眠った。  
 
翌朝、会社に行くと秘書のオバサンが、控えめに陽子さんのことを言った。  
以前に何度かお見かけしたことがあるだけですけれど、本当に良かったです、と。  
自分でも意外なくらい、するっと「ありがとう」という言葉が出た。  
ずっと、自分の中でひっかかっていた塊が溶けた気がした。  
「サザンクロスデリバリーの長尾社長から伝言をお預かりしております」  
草野球を見に行く約束をすっぽかしたのを謝るのを、忘れてた。  
伝言は、次にある草野球の試合時間、場所だった。  
活発なチームなんだな。  
俺は交換した長尾のアドレスに、簡単な事情と謝罪、次は必ず行くというメールをした。  
陽子さんは、俺が草野球を見に出かけていくなんて聞いたら、びっくりするかな。  
俺は陽子さんに会いに行く週末の予定にそなえて、平日はめいっぱい莉子の機嫌取りに励んでいた。  
「はむ、んぐ、べつに、わらくしは、だんなさまが、おでかけなさるくらいれ、いちいち、んぎゅ、怒ったりは、いたしませんけれろも」  
チーズハンバーグのトマトソース煮を口いっぱいに詰め込まれて、莉子が俺の膝の上で強がった。  
バーカ。  
ちゃんと、帰ってくるから。  
ここで待ってろ。  
 
 
陽子さんは、あまりに長く眠っていたので、目を覚ました後も様々な検査や治療のためにまだ入院していなければならなかった。  
俺は変わらず土曜の面会時間に陽子さんを尋ね、今度は笑ったり驚いたり相槌を打ったりしてくれる陽子さんを相手におしゃべりをした。  
「なっくんは、こーんなに小さい頃からそれはそれは上手にピアノを弾いたもの。社長の仕事だって、慣れれば上手にできるわよ」  
慣れの問題なのかな。  
俺は返事に戸惑いながら、そうだねと答えた。  
陽子さんは少しずつ回復して、この調子なら間もなく退院して自宅療養が出来るだろうということだった。  
容態が安定したことでやっと安心して、俺は長尾の草野球チームの試合を見に行った。  
チームのメンバーは、長尾に紹介された俺をタカシナの社長と知っているはずなのに、同年代の友だちのように接してくれる。  
それが不慣れでくすぐったくて、楽しかった。  
その日、俺にいっぺんに十人以上の友達ができたんだ。  
試合の後の打ち上げは、長尾の会社のデリバリーが大盤振る舞いされ、賑やかに盛り上がる。  
残った料理を奪い合っているのは、独身の連中だろうか。  
ほら、高階くんもと手渡された紙袋を受け取ってとまどっていると、長尾がくすくすと笑っていた。  
長尾がぽんと俺の肩を叩いた。  
「来週は、素振りから教えるよ。……高階くん」  
よし、バットを買いに行かなくては。  
グローブも、ボールも、靴も、練習用のウェアも。  
そういうのはどこで買えばいいんだろう。  
きっと、長尾に聞けば教えてくれる。  
陽子さんは、おれが自分で草野球をやるなんて聞いたらなんて言うかな。  
きっと、もう指を心配しなくていいものねと喜んでくれるだろう。  
浮き立つ気分のまま、俺は皿に残っていたフライをプラスチックのフォークで刺した。  
フォークには、前に弁当に入っていて、莉子がかわいいと言っていた竹串の飾りと同じ模様が施されていた。  
ソースの入っている花形のカップにも見覚えがあった。  
以前、秘書のオバサンが、長尾の会社は容器にも工夫をしていると言っていたことを思い出した。  
泥だらけで草野球をやって、くだらないことを話題にしながら大笑いをしていても、長尾はやっぱり社長だ。  
「……長尾」  
「ん?」  
隣で誰かと話をしながら笑っていた長尾が振り返った。  
「このフォーク、どっから仕入れてる?」  
長尾が、ニヤッとした。  
 
 
「旦那さまが、土曜日のたびにお出かけになるのは、我慢いたします。他でもない、陽子さまの…、奥さまのお見舞いですし」  
莉子がほっぺたをぷんぷくりんにした。  
「でも、日曜日も長尾さまとお出かけなさって、最近は平日のお帰りも遅くなりがちで」  
俺の膝枕で寝転がって、莉子は不機嫌に顔をしかめる。  
確かに、最近俺は忙しい。  
俺は部下に頼んで、経営を一から教わることにしたのだ。  
長尾に聞くと、たかが飾りのついたフォーク、くらいに思っていたことが意外に深い戦略だということがわかった。  
見た目のかわいい容器というだけでなく、内容や価格、売り出す場所や時間帯の工夫。  
聞けば聞くほど、莉子が長尾の作戦にすっかり乗っかっていたのがわかる。  
長尾は若いがやり手、という秘書の言葉は当たっていた。  
「そういうことに興味を持つというのも、経営者の素質ですよ」  
自分で言うのもおかしいですけどね、と笑う。  
じゃあ、前に莉子が喜んだ髪飾りも、ただ髪を留めるだけじゃなくて、いろいろな工夫があるんだろうか。  
女の子が飛びつくような、なにか。  
そう言うと、秘書のオバサンは張り切って経営学のプロフェッショナルをかき集めてきた。  
いきなり、ハードル上げすぎだろ。  
毎日をボンヤリとパソコンの前で過ごしてきた俺は、あらゆる専門家を教師に、山ほどの資料を積み上げて講義を聞き、ノートを取り、質問をした。  
ピアノだけを弾いていた時にさえ感じたことのない学習意欲が沸いて来ているのだ。  
週末の土曜は陽子さんの見舞いへ出かけ、日曜は草野球を見たり、ジムで走って基礎体力をつけたりする。  
前とは比べ物にならないほど時間が飛ぶように過ぎていく。  
平日も家に帰ってから復習をしたり、読んだことのない経済新聞を赤ペン片手に読んだりする。  
莉子は黙ってドアの横に立って、俺の勉強を邪魔しないように気配を消していた。  
そんなことがここしばらく、続いている。  
俺は莉子のくるんと巻いた猫っ毛を手でなでた。  
長尾が届けてくれたサザンクロス新発売の弁当を食べて満腹になっている莉子は、俺の腹に顔を押し付けるようにして抱きつく。  
よしよし。  
「しょうがないんだよ。タカシナの社長って忙しいんだ」  
「……今までは、お暇でした」  
「今までは、真面目に社長やってなかったからな」  
「真面目に、社長をなさってるんですか、今」  
キツイこと言う。  
「ま、社長になれるように、がんばってんだよ」  
「タカシナの社長は、野球もなさらないとならないんですか」  
「ならないんだよ」  
嘘だけど。  
「……そうですか」  
バカメイドは、騙される。  
 
社長っていうのは、ほんとに忙しい。  
勉強もしなきゃならないし、ちょっと覚えるといろんな仕事を持ち込まれるし、長尾は野球に誘うし、  
陽子さんの見舞いもあるし、メイドはかまってやらないとすぐに拗ねるし。  
それに、陽子さんが退院したら、俺はこの離れに閉じこもっていられないかもしれない。  
タカシナの社長であるのと同時に、俺は高階家の当主だから。  
陽子さんが莉子を気に入ってくれるといいけど……、どうだろう。心配だ。  
「わたくし、真面目じゃない旦那さまも好きでしたのに」  
独り言のように、小さな声で呟く。  
ちょっと莉子がかわいそうになった。  
俺には仕事も勉強も野球もあるけど、莉子には俺しかいない。  
膝の上にある莉子の頭を、ゲンコでぐりぐりした。  
「俺が真面目に社長やってれば、陽子さんだって子ども扱いしなくなるし、一人前の当主として認めてくれるだろ」  
「……マザコンですか」  
うるさい。  
「そうなったら、莉子がどんなにバカで役立たずのメイドでも、勝手にクビにしたりできないからな」  
莉子が、まつ毛をパタパタした。  
「ほんとですか」  
「ほんとほんと。だから、勉強や野球で疲れた俺の肩とか脚とか、ちょっと揉んでくれ」  
はいっ、と莉子が俺の膝から起き上がって、ソファの後ろに回りこんだ。  
首と肩をさするようにマッサージしてから、力を入れて揉みほぐし始める。  
 
「どうですか、旦那さま」  
「うん、ちょうどいい」  
あんまり上手ではないけど、莉子が押したりさすったりしてくれるのが気持ちいい。  
「旦那さま」  
「あ?」  
「旦那さまが、急に立派な社長を目指されたのは……どうしてでしょう」  
どうして、と言われても。  
一生、会社のパソコンの前でネットサーフィンして過ごすのもどうかと思うぞ。  
「わたくし、みっつ、考えました」  
ほう。  
バカのくせに、いっちょまえに。  
俺はニヤニヤした。  
「言ってみろよ、みっつ。ほら、ひとぉつ」  
「ひとぉつ……、は、やっぱり、奥さまです」  
ふうん。  
「奥さまがお元気になられたので、マザコンでカッコつけの旦那さまは、ちゃんと社長をやっているところをお見せしたかったんです」  
マザコンとカッコつけは余計だ。  
ま、ハズレじゃない。  
なっくんならちゃんと社長もできるわと言われて、あせったのは確かだ。  
「ふたぁつ」  
俺が先を急かすと、莉子は俺の肩に置いた手に力をこめた。  
「ふたぁつめは、長尾さまです」  
「長尾ぉ?」  
「そうです。長尾さまは、旦那さまよりちょっぴり年上ですけど、同じ跡取りのお坊ちゃまなのに、  
あちらはちゃんとご自分で会社を動かしてらっしゃいます。旦那さまは、そこでむくむくとライバル心が沸いたんです」  
莉子のやつ、腹を空かせて弁当を待っているだけかと思ったのに、真っ当なことも考えてやがる。  
それじゃ、俺は人に影響されるだけで自分からはなんにも出来ない男みたいだな。  
実際、そうなんだろうけど。  
「みっつめは……」  
莉子が、言いよどんだ。  
あ、まだみっつめがあったか。  
なんだ?  
「あの、旦那さまが世界のタカシナの社長として押しも押されもせぬ立派な人物になりましたら」  
そりゃまた、大きく出たな。  
「……わたくしが、どんなにバカで役立たずでも、お嫌いにさえならなければ、ここに置いてくれますよね?」  
あ?  
「奥さまや、執事さまや、メイド長や、もしかして会社のどなたかが、あんなバカメイドはクビにしてしまえと  
言っても、旦那さまに力があれば、ええいやかましい莉子は俺のメイドでい、って、わたくしを守ることが出来ます」  
「俺が、お前をリストラから守るために経営の勉強をしてるっていうのかよ」  
「……ちがいますか」  
いて、その筋をぐりぐりするな。  
「ずいぶんうぬぼれたもんだな、あん?」  
振り向くと、莉子はちょっとだけ唇を尖らせてうつむいていた。  
「……いいです。じゃ、最初のふたつだけで」  
俺は後ろに手を伸ばして莉子の腕をつかんだ。  
「こっち来い、バカメイド」  
莉子は素直に俺の前に回ってくると、足元に座り込んだ。  
「俺は、莉子に約束しただろ」  
莉子がひとさし指をあごに当てた。  
「どのお約束でしょう。わたくしのこと大事にしてくださるとか、そのうちピアノを教えてくださるとか、  
ちゃんとここにお帰りになってくださるとか」  
……そんなにあったっけ。  
「うん、まあ、そんなとこだな」  
「あと……」  
調子に乗るな。  
「いいよ、みっつめも。せっかく考えたんだ、全部カウントしとけ」  
ふにゅん、と莉子が鳴いた。  
 
莉子さん、俺、したいんですけど。  
なにをですか。  
そりゃその、それだよ。  
そういうの、いけません。  
なんで。  
わたくしが拝見した旦那さまのDVDでは、そうではありません。  
おま、莉子、俺の留守にDVDまで見てるのかよ。  
もっとこう、ロマンチックに誘ってください。  
そういうの苦手なんだよ。  
やってみてください。お勉強です。立派な社長になりますのでしょう。  
それは関係ないだろ。  
いいですから、ほら、どうぞ。  
どうぞって……、あー、その。  
はい。  
や……、やろうか?  
 
莉子のほっぺたがぷんぷくりんになった。  
「DVDでは、男の人が女の人をこう抱き寄せまして、好きとかかわいいとか」  
めんどくさい奴だな。  
「好き好き、かわいいかわいい。だからさ、あっち行ってしよ……」  
痛い痛い、噛み付くなバカ。  
「もう、旦那さまってば、半人前です」  
なに言ってんだ、バカ。  
 
文句ばっかり言うくせに、莉子は俺が立ち上がると嬉しそうにぴょこんぴょこんと付いてきた。  
お風呂にしますね、とバスルームに行く。  
また莉子好みのぬるい泡風呂らしい。  
確かに肌はつるすべになるからいいけど。  
莉子はこれでもかというくらい泡を立てて、俺の体に塗りたくる。  
「立派な社長は、お肌もつるっぺかじゃなくてはいけません」  
「誰も見ねえよ」  
「わたくしが拝見します」  
「莉子は俺が立派な社長だろうがナマケモノだろうが、関係ないじゃねえか」  
「いけません、リストラがかかってます」  
自分自身ががんばってリストラされないようにしようとは思わないのか。  
泡の中で絡みついたり、バスタブの外で柔らかいタオルでボディソープを泡立てて体を擦ったりする。  
「旦那さまは完熟桃の柔肌ですから、そおっと擦りますね」  
椅子に座らされているから、目の前に莉子のおっぱいが来る。  
ちょっと突っついてみると、莉子が体をよじった。  
「もう、いたずらなさってはだめです」  
いいじゃないか、減るもんじゃなし。  
「減ったらどうします、減ってからでは遅いです」  
小学生の口喧嘩か。  
莉子が湯桶にたっぷりとお湯を溜める。  
うわ、それちょっと待て。  
制止するまでもなく、莉子はそのお湯を俺の頭からざっぱりとかけた。  
「ぶは、だから、シャワー使えって!」  
俺はちゃんと莉子を洗ったあと、シャワーで泡を流してやってるのに。  
「これだといっぺんに済みます」  
ほんっとにバカだな。  
ったく、俺がちゃんとした洗い方を教えてやるからそこに座れ。  
「タカシナの社長は、メイドを洗うのもお上手ですか」  
からかうんじゃねえよ。  
「でも、そんなに同じとこばっかりですと、いかがかと」  
バレたか。  
泡だらけになったおっぱいから、ちょこっと乳首の出てるのがいいんだけどな。  
ほら立て。ケツも洗うから。  
あんとか言うな、興奮するじゃねえか。  
 
ちゃんと髪も体もシャワーで丁寧に流してやって、バスタオルで包んで上からパフパフする。  
こういうのでいいんだよ、わかったか。  
「はふん、いい香りがします」  
バスタオルにミノムシみたいに包まれて、俺に抱きつく。  
俺と同じ匂いじゃねえか。  
さっさと俺も拭け。  
莉子がバスタオルを自分に巻き付けたまま、俺の周りをコロコロした。  
交代で髪を乾かすと、莉子はちょんと俺の膝に乗った。  
「旦那さま」  
「あ?」  
「……好き」  
DVDの真似か。  
「違います。ほんとに」  
うん。  
知ってる。  
俺はミノムシの莉子の肩を抱いて、引き寄せた。  
莉子が目を閉じる。  
目尻にキスすると、ぷくんとほっぺたに空気をつめこんで目を開けた。  
「そこですか?」  
がっつくんじゃねえよ。  
俺は莉子の背中を押して膝から落とし、つんのめる莉子を転がすように押してベッドに放り込んだ。  
「旦那さまあ」  
なんだよ。  
「扱いが適当です。もちょっと、そうっとそうっと」  
「注文多いな。そっとな、そっと。えい」  
バスタオルの端をつかんで引っ張ると、莉子がベッドの上でころんと転がった。  
湯上りでピンク色になった素っ裸の体がこぼれ出る。  
「やあん、ちょっ、ひゃっ」  
ベッドに飛び上がって、莉子の足首をつかんで上に乗りかかる。  
「よいではないかよいではないか」  
「あ、そういうのもございました、DVDに、きゃっ」  
バーカバーカ。  
つるつるのふくらはぎや太ももにカップリかぶりついてやった。  
ひゅえっ、と莉子が変な声を上げた。  
どうだ、俺はいつも噛み付かれてるんだ。  
……噛み付くのって、けっこう楽しいな。  
莉子の脚にかぷかぷと薄い歯型を付け、ぱっくりとカカトをくわえ込んだ。  
「んにゃっ、旦那さま、へんたっ」  
みなまで言うな。そうだ俺は変態だ。  
俺に足を食われて、莉子がじたばたする。  
人の顔を蹴るな、バカメイド。  
二本の脚を交互に噛んだり舐めたりしてると、莉子の抵抗が弱くなってきた。  
「……うん、旦那さまあ」  
おっ、脚も感じるのか。  
ふっくらした膝の裏とか、小さな桜色の爪のついた足の指とか、ちゅぽんちゅぽんと舐めていると、莉子が両手でぱたぱたとシーツを叩いた。  
なんだよ、人が楽しんでるのに。  
俺が脚をはなすと、莉子はベッドの上でくるんと丸くなって俺の足元にすっぽり入り込んできた。  
「そ、それも、こう、むずむずして、とてもよろしいのですけど……」  
白い背中にうっすら浮き出た背骨にそって指をすべらせると、ぴくんと揺れた。  
「……そっちは、旦那さまが、遠いので、寂しいです」  
足元にいると、遠いのか。  
仕方ないな。  
莉子の肩を抱いて、あごに指をかける。  
いつもと同じ、ぷるんぷるんの唇を吸い、舌で唇を割る。  
莉子の口の中の暖かさが、心地いい。  
夢中でキスしていると、下腹が熱くなる。  
今すぐ、莉子が欲しい。  
 
舌を絡めながら、手ごろな大きさの胸を下から揉み上げた。  
つんと尖ってきた乳首を指先で弾く。  
莉子が腰を浮かせるようにして俺にしがみついた。  
「旦那さま……」  
莉子の膝が、俺の股間に入る。  
そこが丸い膝頭で押されて、むずむずした。  
「……いかがですか」  
莉子がいたずらな目で俺を見上げた。  
こいつ、計算してるな。  
俺はちょっと腰を上げて莉子の膝の上にそれを乗せた。  
「……まっ」  
ぽん、と顔を上気させて、莉子はそれをそっと手に取った。  
左手の上に乗せて、右手でそろそろと撫でる。  
俺のそれは、手乗りインコじゃねえよ。  
「でも……、こうしますと、ほら。おっきくなります」  
遊ぶな。  
「どのくらいになるんでしょう、あの」  
なでたり、つついたり、つまんだり。  
やめろって、それ、気持ちよすぎるから。  
「このくらい、だと、もう、よろしいんですか」  
張りをもったそれが、ぽろんと莉子の手から飛び出した。  
うん、このくらいになるといいんじゃねえか。  
莉子の中に入るのに、ちょうど。  
手の平を上にして莉子の脚の間に滑り込ませる。  
「ん、あん」  
しっとりと湿ったそこをかき分けて、指を入れる。  
下からなぞり上げるように何度も動かすと、莉子の体からくたっと力が抜けた。  
「ああん、旦那さま……」  
莉子の体を倒して、脚の間に入る。  
顔を埋めて鼻先を押し当てる。  
莉子の匂いと一緒に、ぬめっとした感触。  
もうこんなに濡らしやがって。  
舐め取るように舌先を滑らせると、莉子が切ないような声を上げた。  
「うんっ、あっ」  
莉子の両手が宙を泳ぐ。  
それをつかんでやると、体を起こして俺に抱きついた。  
「も、や……、あ……、な…那智…さま」  
これは、おねだりか?  
俺はベッドサイドの引き出しから箱を取り、その中に指を入れて小袋をひとつ掴み取る。  
端のほうを割いて取り出し、もぞもぞしながら装着する。  
毎回手こずってるうちに莉子が冷めてしまうんじゃないかと思うが、莉子はうっとりした表情のまま俺の脚を指先でつついている。  
莉子の腰をつかんで持ち上げた。  
シーツに膝をついて、莉子が俺の首を抱いたままゆっくり腰を落とす。  
「…ん、……ああ、っ」  
引っかかり、つかえるような感覚の後で、莉子は俺を飲み込んだ。  
はあ。  
気持ちいい。  
 
莉子が脚を使って腰を上下させ始めた。  
肩に置かれた莉子の手の平から体温が伝わってくる。  
喉を反らせて胸を揺らしながら、莉子が一心に動いた。  
ねっちょりとしたいやらしい音。  
はあ、はあ、という莉子の息遣い。  
擦られるたびに、高まっていく快感。  
うわあ、すげえ。  
莉子の動きが遅くなる。  
ついに俺の上に座り込んで、息をついた。  
「旦那さま……、ずるはなしです」  
ずる?  
「あん、わたくしばっかり。疲れてしまいます」  
バーカ、俺ばっかりのこともあるだろ。  
俺はくたびれたという莉子を抱いてベッドにうつぶせにした。  
「え、あ、だ、旦那さま」  
いつも莉子が恥ずかしいからいやだと言い張っているカッコだ。  
いやいやと抵抗するのを後ろから抱え込んで、ムリヤリ腰を押し付けた。  
「やあ、いやあ、旦那さまの、ヘンタイっ!」  
あっ、と短く声を上げて莉子が体を硬くした。  
ヤバイかな。  
ほんとに嫌がってるかも。  
俺に尻を押さえられたまま、腕を前に投げ出して、シーツにほっぺたをくっつけたまま、うらめしそうに俺を見た。  
「……ヘンタイ」  
二度も言うな。  
「ヘンタイは、嫌いじゃないんだっけ?」  
わざとからかうように言うと、莉子はぷいっと顔をそらした。  
「焦らすようなヘンタイは……、嫌いです」  
ようし。  
俺は莉子の下半身を抱きかかえて、膝立ちのまま自分の腰を打ちつけた。  
「んあっ、あっ、あ」  
莉子の反応がいいような気がする。  
角度とか、そういうのがあるんだろうか。  
うーん。  
フェチの問題だろうか、莉子の背中と尻を見ながらするのも悪くないけど、ちょっと違う。  
 
莉子の太ももに手をかけて、横に転がした。  
「んきゃ……」  
片脚を俺に抑えられて、横向きに倒された莉子がびっくりした顔になる。  
「やんっ、もっとヘンタ、あっ」  
「これは別に、ヘンタイじゃねえだろ」  
莉子の背中側に横になって、後ろから手を伸ばしておっぱいを包む。  
柔々と揉みながら、後ろから莉子の中を擦る。  
あ、いいかも。これ。  
じわじわと暖かい感じが擦れる刺激とあいまって、たまんねえ。  
「莉子……」  
呼ぶと、短い喘ぎ声を上げていた莉子が俺の手に自分の指をかけた。  
「んあ、……那智さま……、や、あん、い、や……ん、あっ」  
無理に首を曲げて俺を見る。  
「ちゃんと……ちゃんと、見たいです……、那智さまっ」  
わかったよ。わがままなヤツだな。  
莉子の片脚を回して仰向けにする。  
「ああん、那智さま……」  
抱きつくなよ、動きにくいじゃないか。  
ほら、キス。  
ん。  
莉子は目をうるうるさせて、俺の腰に脚を巻きつけた。  
そっか。  
正常位が好きなのか。  
つまんねえな。  
……いや、俺も好きだけど。  
莉子が真っ赤な顔して、出る声を抑えようとしながら抑えられずに喘いでる感じとか、  
おっぱいがぷるぷる揺れたり小っちゃいヘソのついたお腹が上下したりするのを見ながらできるからな。  
「莉子、どうだ?」  
「……ん」  
莉子の口が小さく開いた。  
かわいいじゃねえか。  
どうだ?その、ちょっとは気持ちいいか?  
……はい、とっても、あん。  
そっか。気持ちいいか。  
…俺もだ。  
「あんっ、ああっ」  
俺の好きな声。  
莉子の胸の両脇に手をついて、あとは夢中で腰を振った。  
あったかくて、きゅうきゅう締めてきて、ねっとりと絡み付いてきて。  
「う、あ、んっ、ああっ、あっ、那智、さま、な……、あ、あのっ」  
なんだよ、今いいとこなのに。  
「な、ち、さま……は、タカシナ、の、社長ですから、こんなに、すご、あっ」  
バカ言ってんじゃねえよ。  
こんなことだけ、ちゃんとできたって誰にもいばれねえよ。  
喜んでるのは、莉子だけじゃねえか。  
あと……俺も。  
う。  
もう、だめかも。  
莉子、イッたかな。  
よくわかんねえな。  
俺はもう、イく……。  
「うあ……、あ」  
ああ、またみっともない声を出しちまった。  
ま、いいか。  
どうせ、莉子しか聞いてないんだし。  
 
ゴムが抜けないように抑えて、そっと引き抜く。  
ティッシュで包んでゴミ箱に放り込むと、莉子が俺の腕に触れた。  
「や、どこ……」  
どこにも行かねえよ。  
ほら、きれいにしてやるからおとなしくしてろ。  
「あん、くすぐったいです」  
がまんしろ。  
莉子が俺の腕に絡まってくる。  
少し息が上がっているらしく、俺が背中をなでてやるとぴとっとくっついてきた。  
「……旦那さま、旦那さま」  
なんだよ、さっきは名前で呼んだくせに。  
「ほんとに、立派なタカシナの社長に、なるんですか」  
「あ?ああ……、まあ、そうできればいいなと、な」  
ごろにゃんと言わんばかりに、莉子は俺に絡みついた。  
こらこら、俺は少し汗ばんでるぞ、いいのか。  
素っ裸でごろごろしてたら風邪引くぞ。  
毛布をかぶせてやると、莉子は俺と一緒に毛布に包まった。  
素足と素足が交差する。  
「でしたら、ちゃんと、一生懸命勉強して、すごく頭のいい社長になってください」  
頭がいいかどうかは、今更変えられないけど。  
「そしたら、わたくし、リストラされないで済みます」  
特別扱いは人間関係が難しくなるんじゃなかったのかよ。  
「それで、お部屋にお帰りになれるときは、わたくしにお弁当を買ってきてください」  
この、食いしん坊メイドめ。  
「わたくし、わたくし……、旦那さまと一緒にいただくのが、一番おいしいです……」  
はふん。  
もう眠くなったのか、莉子があくびをした。  
「……ですから……ちゃんと…。わたくし……お待ちしてますから、ちゃんと」  
ちゃんと、帰ってくる。  
俺が将来、どんだけ立派な社長になって、世界のタカシナに高階那智あり、と言われるようになっても。  
……ならないだろうけど。  
ちゃんと帰ってくるからさ。莉子のとこに。  
だから、ぎゅるぎゅるにして待っとけよ。  
 
 
長尾の草野球チームに正式に加入して、最初の練習で派手にファーストベースに蹴っつまづいて頭からすっ転んだ次の日、  
俺は午前の重役会議で初めて一言だけしゃべり、午後には陽子さんの退院日が決まった。  
 
 
――――了――――  
 

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