『メイド・莉子 6』  
 
陽子さんが退院した。  
 
いろんな人からお祝いが届き、お客さんも入れ替わり立ち代りで、俺は退院したばかりの陽子さんがまた疲れてしまわないかが心配なくらいだった。  
莉子も、陽子さんに挨拶してきたらしい。  
「とても緊張しました。とってもおきれいな方で、……旦那さまは、お母さま似ですか」  
俺はバカメイドの頭をぱかっと叩いた。  
「陽子さんは幾つで俺を産んだんだよ。血が繋がってないに決まってるじゃないか」  
予想したとおり、陽子さんは親父と兄貴のいない家を寂しがり、俺に母屋で一緒に飯を食うように誘ってきた。  
もう、旦那さまとご一緒にお弁当をいただけないんですね、と莉子が俺の膝に指先で穴を開けようとした。  
「バカメイド。もう忘れたのかよ」  
「はい?」  
俺は莉子を脚に絡みつかせて、その頭頂部を指先で押した。  
もともと俺は、あちこち演奏旅行の多い生活だったけど、高校生くらいからは陽子さんもべったり付いてきたわけではない。  
今はピアニスト時代より家にいる時間は多くなったけど、できれば莉子とここで過ごした方がラクだ。  
「俺は、ここに帰ってくるっていったじゃないか。朝飯は母屋で食わないとならないだろうけど、帰りの時間はまちまちだし、夜はここで食うから。ちょっと遅くなっても待ってろ」  
「……あんまり遅くなると、ぎゅるぎゅるしすぎて倒れてしまいます」  
程度ってもんがあるだろ。  
「そん時は、なんか食っとけ」  
俺と莉子は、毎日どんだけ食い物の話をしてるんだ。  
俺は経済新聞に赤ペンを入れながら、足先で莉子を蹴って遊んだ。  
莉子は、やんやんと体をよじって逃げながら、俺の足元にへばりついて離れない。  
バカめ。  
……親父がいない今、陽子さんは毎日をどう過ごすのかな。  
 
半年振りに土曜の外出がなくなったので、莉子と過ごす金曜の夜は濃くなった。  
莉子を素っ裸で立たせて変態呼ばわりされ、変態の名に恥じぬように莉子の全身を舐めつくしてやった。  
どうだ、俺は立派な変態に成長しつつあるだろう。  
「やん、あんまり、そんなことなさると、あん、おっ、奥さまに言いつけます」  
なんだって。  
「奥さまの大事な『なっくん』が、こんなヘンタイになったと知ったら、奥さまは、きゃっ」  
莉子が『なっくん』言うな。  
俺だっていつまでもそう呼ばれるのは恥ずかしいんだ。  
「んなこと言ってみろ、二度と弁当を買ってきてやらないぞ。買ってきても激辛キムチカレーハバネロ弁当だ」  
「そんな変なお弁当、長尾さまが開発なさるわけ、ああんっ」  
うお。  
ちくしょう、なんで俺はこんなにのめり込んでるんだ。  
なんで、こんなに莉子が好きなんだ。  
 
次の日曜、俺がジムに通っていると聞きつけた長尾が一緒について来た。  
長尾の手前、ダラダラやるわけにもいかず、ランニングマシンやトレーニングメニューの筋トレをやり、最後に泳いでサウナに入った。  
「高階くん、真面目ですね」  
ビジターできっちり俺のメニューにつきあって、さすがにへばったのか、長尾が水風呂に飛び込む。  
「ちょっと調べたんですけど。高階くんってすごい演奏家だったんですね」  
つまり俺は、興味のない人間には、調べないとわからないくらいの知名度だったわけだ。  
なんでやめちゃったのかな、社長と二束のわらじは不可能ですか、などと聞いてくる。  
「長尾だって甲子園で優勝できなかったじゃないか。俺のピアノもそんなもん」  
「でも私は草野球を続けてますけどね。高階くんは、もうさっぱり?」  
シャワーを浴びて、ロビーでスポーツ飲料を飲む。  
ピアノと楽譜はまだ、部屋にある。  
俺に教えてもらうのを楽しみに、莉子がちゃんと手入れしてくれている。  
「……そうだなあ。人に教えるくらいかな」  
まだ、実際に教えてはいないけど。  
「じゃあ、無駄じゃなかったわけだよ」  
……え。  
「あ、いや、失礼」  
長尾が慌てたように手を振った。  
 
そっか。  
俺の人生は、無駄じゃなかったのか。  
正直、陽子さんが帰ってきてからずっと、顔を見るのが辛かった。  
ちびっ子だった俺を見出して、ピアノの英才教育を受けられるようにしてくれた陽子さん。  
学校とピアノの両立が出来るように、送迎やマネージメントや、自分の子どもを産む暇もないほど忙しく俺のステージママをしてくれた陽子さん。  
その全部を、俺は放り出した。  
陽子さんの、俺自身の努力を全部無駄にしたと思って、後ろめたかったんだ。  
その結果が、メイドにドレミを教えてやるくらいしか残らなかったとしても、全部が無駄じゃないんだ。  
俺が黙ったので、長尾がもう一度謝った。  
「あ、いやそうじゃないんだ。むしろ……、ありがとうって気分」  
長尾がきょとんとした。  
「…おもしろいなあ、高階くん」  
そうかな。  
俺はもっと面白い奴を知ってるけどな。  
まあ、もしこれからもっと長尾と仲良くなって、もっと気を許してもいいと思えるくらいになったら。  
世界中で一番サザンクロスデリバリーのファンだという顧客を紹介してやってもいい。  
俺と長尾が友だちになれたのは、少しは莉子のおかげだからな。  
……俺たち、友だち、だよな?  
 
 
「おかえりなさいませ」  
屋敷の離れに戻ると、莉子が出迎えた。  
離れに来る前に母屋に顔を出したら、陽子さんにつかまって、新しいスーツだの時計だのの話をみっちり聞かされた。  
「なっくんは変に世間知らずだから、タカシナの社長として馬鹿にされないような身なりが出来てるかどうか、心配だわ」  
コンサートのステージ衣装で会社に行ったりしてはだめなのよって、それくらいは俺にもわかるけど。  
陽子さんの話を聞いたり俺の話をしたり、二時間近く足止めされてから母屋を出た。  
元気になってくれたのは嬉しいけど、ちょっと疲れる。  
待ちくたびれていたはずの莉子は、紙袋と着替えやタオルの詰まったバッグを受け取って、部屋までの廊下をぴょこんぴょこんとついてきた。  
紙袋の中身を隙間から確かめて、満面の笑顔になっている。  
単純な奴。  
部屋に入って、トレーナーにプリントしてもらった測定結果やスケジュールをファイルにまとめておく。  
肺活量とか筋力とかが増えてきた。  
ふと見ると、莉子がドアの横に立っている。  
「今日はもう勉強しないぞ」  
言うと、俺のそばまで跳ねてきた。  
莉子はバカではあるけど、ちゃんと気を使う。  
「今日は、なにをなさったのですか」  
ファイルした書類を覗き込む。  
「走って、筋トレして、泳いだ」  
「それをすると、ホームランが打てるのですか」  
莉子がひとさし指をあごに当てて首をかしげた。  
野球を知らないとはいえ、期待しすぎだ。  
「……なにごとも、基本が大事だからな」  
「そうですか…。わたくし、旦那さまがホームランを打つの、見たいです」  
まだ素振りもバットに振り回されている状態だっていうのに、無茶を言う。  
もう少し振れるようになってからバッティングセンターに行ってみようと長尾に言われてるんだけどな。  
「旦那さま?」  
「もう少し、待て。もう少しな」  
莉子がはい、と素直に言って頷いた。  
俺はファイルを閉じ、莉子の頭を撫でてやった。  
一度は執事に注意されたという髪飾りも、俺がこそっと口添えしてやったおかげで、今も莉子の髪を飾っていた。  
「どのくらいしたら、旦那さまはホームランを打ちますか?」  
そういう、おねだりの顔をするな。  
しょうがない、出来るだけ早く体を作って、野球の練習をして、代打でも試合に出してもらえるようになろう。  
ホームランは、ともかくとして。  
長尾の言葉を借りれば、今までしてきたことに、今していることに、無駄なことはなにもないはずなんだ。  
……たぶん、だけど。  
 
俺はファイルを閉じて、莉子に弁当の入った紙袋を開けるように言った。  
ぱっと表情を明るくした莉子が、いそいそと二段弁当を取り出す。  
ジムで、今度新しい弁当のパンフレットを持ってきてくれと言ったら、長尾は不思議そうな顔をしていた。  
それでも、車にいくらか積んでますよと取りに行ってくれた。  
パンフレットを見て、莉子の好きそうなハンバーグだのスパゲティだのの入った弁当を電話注文しておき、帰りに買ってきたんだ。  
どうだ、季節の和洋折衷弁当だぞ。  
莉子が、ひとさし指をあごに当てた。  
「ぼくもわたしもにっこり、ウキウキわくわくキッズ弁当」  
え。  
「わたくし、こういうのも好きでございますけど」  
あわてて弁当を覗き込んだ。  
商品コードで注文したから、気づかなかった。  
季節の和洋折衷弁当は、その下の弁当の名前だったのか。  
弁当には動物の絵のついた旗が立っていたり、ピンクや黄色のスティックがウィンナーに刺さってたりする。  
なんと、チキンライスはクマの型抜きだ。  
「あ、悪い、間違えた」  
莉子が小さなカッププリンをつまみあげて、目を丸くした。  
「食べてはいけませんか」  
こんなのでも、いいのか。  
「おいしそうです。なにを召し上がりますか。今日はわたくしが、あーんってしてさしあげます」  
いや、自分で食う。  
まあ、そうですか、では。  
莉子がソファに座った俺の横に来て、ころんと転がる。  
小さな口をパクパクして、催促しやがる。  
なにがいいんだよ、と聞きながら弁当の中を見回した。  
でかいお子さまランチだな、こりゃ。  
甘ったるい味付けのオムレツやら、カニシューマイやらを莉子の口の中に落とし、自分でも食べる。  
ウサギの型抜きをした山菜おこわは、けっこう美味かった。  
カレー味のメンチカツに、ポテトサラダのハム包み。  
莉子が聞きたがるので、俺はしゃべる口と食べる口を使い分けながら、ジムでの運動メニューや、鼻の横にでかいホクロのあるトレーナーの蛍光オレンジのタンクトップのこととか、長尾の不恰好な平泳ぎのこととかを話した。  
莉子がうふうふむひゃむひゃと笑うので、俺も調子に乗ってずいぶんしゃべった。  
だから、俺も莉子も、気づかなかったんだ、ドアがノックされたことなんか。  
「まあ。まあ、まあ!」  
俺は、その声にびっくりして弁当を取り落としそうになり、莉子は床に転げ落ちた。  
「なにをしてるの、なっくん」  
きれいな顔を不愉快そうにしかめて、陽子さんは床に座り込んだ莉子をきゅっと睨んだ。  
「よ、陽子さん、なに」  
陽子さんが部屋に踏み込んだ。  
「夕食はいらないなんて言って、なあに、この幼稚園の運動会みたいな折詰は」  
いや、これは俺が注文を間違えて。  
「しかも、あなた。今、どんな格好してました?」  
俺がステージの袖で、今日は出たくないとゴネた時と同じ怖い顔を向けられて、莉子は主人の膝枕で弁当を食べさせてもらっていましたと言う訳にもいかず、慌てて立ち上がると手を前で組んで深くうなだれた。  
俺と莉子を交互に睨んで、陽子さんは両手を腰に当てた。  
怖い。  
怖いぞ。  
陽子さんは、怒ると怖いんだ。  
だから俺は、めったに怒られないように、それはそれは従順ないい子だったんだ。  
「……なっくんは、ちょっとたるんじゃったのかしら。わたしが半年も寝てたから」  
えーと、えーと、そうでしょうか。  
すごく、楽しかったんだけど。  
「この離れで一人暮らしっていうのも考えものかもしれないわね。それに」  
俺の横で、莉子がすくみあがった。  
「メイドのしつけも行き届かないし」  
どきっとした。  
俺は、まだ何か言おうとする陽子さんを慌てて遮った。  
「いや、陽子さん、それはほら、俺のメイドだから、俺がやるから」  
ものすごく思い切って、言った。  
陽子さんは眉根を寄せたまま、俺をじっと見る。  
まあ、まっとうな母親なら、息子の膝に寝転んで飯を食う使用人なんて、許せるわけないよな。  
 
「あの、それで、わざわざなんの用?」  
そうね、なっくんももう子どもじゃないし、タカシナの社長なんだし、だからってメイドってどうなのかしら。  
小さい声でぶつぶつ言ってから、陽子さんはくいっとあごを上げる。  
「そうそう、聞きたいことを忘れてたのよ。なっくん、次の野球の練習はいつ?」  
野球?  
「今日ね、タカシナフーズの長尾社長の奥さまとお会いしたの。お互いに、息子がお世話になってますって話して」  
タカシナ社長夫人の役割も立派にこなしていた陽子さんは、長尾の母親とも知り合いのようだ。  
「だから、今度練習の後にでも、チームの皆さんでうちにいらしたらどうかしらと思って。だめかしら」  
あんまり堅苦しくないお食事を用意する、と陽子さんは言う。  
わたしも、なっくんのお友だちにお会いしたいしね。  
確かに子供の頃から俺は、一度も友だちを家に連れてきたことなんかなかった。  
陽子さんは、学校の誰かが教室で自慢していたように、息子の友だちを集めて誕生日パーティとかしたかったんだろうか。  
いつもだと、練習後は長尾がデリバリーを用意してくれて、グラウンドの端っこやや開店前の居酒屋を借りたりして飲食する。  
それを、タカシナの社長宅となると、みんな肩が凝らないだろうか。  
一応、長尾に相談してみるよと言っておいた。  
「……なっくん」  
なに、陽子さん。  
「ううん、なんでもないわ。おやすみなさい」  
まだ時間は早いけど、陽子さんはそう言ってドアに手をかけた。  
「あなたも、ご用がないようだったら下がらせていただきなさいね」  
ずっとうつむいていた莉子が、蚊のなくような声ではい、と答えた。  
……びっくりした、な?  
陽子さんが出て行ってから、俺は突っ立っている莉子のスカートを引っ張った。  
莉子は黙って、俺がテーブルに放り出した『ぼくもわたしもにっこり、ウキウキわくわくキッズ弁当』を片付け始める。  
もう、食わないのかよ。  
莉子。  
莉子って。  
「やっぱり……」  
箸を揃えて、莉子は俺に丸くなった背中を向けて呟く。  
「奥さまは、わたくしのこと、お嫌いなのでしょうか」  
いや、驚いただけだと思うけど。  
ほら、莉子が来るまでは俺はメイドを追い出すことはあっても、膝に乗せていちゃつくことなんかなかったし。  
莉子は弁当をテーブルの隅に置くと、ぺこっと頭を下げた。  
「今日は……、下がらせていただきます。お弁当、ごちそうさまでした」  
俺はぽかんと口を開けた。  
なに言ってるんだ、こいつ。  
下がるって、どこ行くんだ。弁当を食ってごちそうさま?初めて聞いた。  
おい、莉子。  
俺の呼び止めるのを無視して、今まで見たことないほどしょぼくれた莉子が部屋を出て行った。  
メイドは住み込みだから莉子にも自分の部屋はあるんだろうけど、だけど今まで俺を一人にしたことなんかなかったじゃないか。  
 
莉子がこの離れに来て俺のメイドになって以来、俺は初めて自分の部屋で独りぼっちになった。  
部屋は広くてテレビの音はうるさくて、風呂のシャワーは寒々として、そして、ベッドはすかすかだった。  
なんとか理由をつけて呼び戻そうとしたけれど、俺は自分ではメイドを呼ぶ方法すら知らなかった。  
だって、メイドっていうのは俺のそばにいて、俺が誰かを呼んだり用を足したりするのを助けてくれるもんじゃないのか。  
そのメイドがいなくなってどうすんだよ、バカ莉子。  
俺は、誕生日に家に呼ぶ友だちもいない子どもだったから、莉子を呼び戻す方法がわからない。  
自分から、誰かに近づく方法がわからない。  
シーツの冷たいベッドで、俺はその夜、あまり眠れなかった。  
 
翌朝になっても莉子は来なかった。  
自分で着替えをして、母屋の食堂に行く。  
陽子さんがいそいそと俺に味噌汁をよそってくれる。  
ちらっと厨房の方を覗いてみても、莉子はいない。  
まさか、ほんとに俺に黙ってクビにしてしまったわけじゃないよな。  
草野球のチームメイトを招いてのお食事はなにがいいかしら、と浮き足立っている陽子さんに返事をしながら、味のない朝食を取った。  
出かけるときは、陽子さんと執事がいつもどおり見送ってくれる。  
振り返ったとき、並んで頭を下げているメイドたちの中に、莉子がいた。  
離れではなく、母屋から出かけるときはいつも莉子は他のメイドたちの中にまぎれている。  
よかった、莉子がいる。  
昨夜は、俺と飯を食っているのを陽子さんに見咎められて、ちょっとヘコんだんだろう。  
主人を主人とも思わない強気でナマイキなメイドのくせに、かわいいとこあるじゃないか。  
その朝、のん気で鈍感な俺は、すっかり安心して会社へ向かった。  
 
夕方、俺はちょっと足を伸ばしてオーガニックのレストランで限定のテイクアウトディナーを買って帰った。  
母屋の陽子さんに帰宅の挨拶をして、話が長引かないうちに離れへ引き取る。  
陽子さんがちょっと変な顔をしていたような気もするが、早く莉子に会って特別な弁当を見せて喜ばせてやりたかった。  
執事は母屋にいたので、出迎えるのは莉子だけのはずだった。  
それが、誰もいない。  
まだ離れに戻らないと思ったのかな、そんなメイドにはたっぷり小言を言ってやらないとな。  
すると、廊下の向こうからメイド服がぱたぱたと駆けてきた。  
出迎えが遅れたからといって走ってくるとは、めずらしい……。  
誰だ、お前。  
髪の短い、メガネをかけた背の高いメイドが俺を見て足を止めた。  
「あ、おかえりなさいませ」  
あ、ってなんだ、あ、って。  
用事があるのに会ってしまったから仕方ない、とでもいう顔で、俺の手から弁当の紙袋をひったくると、部屋に向かって歩き出す。  
だから、誰だよ、お前。  
「莉子は」  
俺がぼそっと言うと、せかせか歩きながらメイドは振り向きもせずに答えた。  
「莉子さんは母屋で奥さまのご用がございます。社長のお着替えやお支度は、わたしが」  
はあ?  
「奥さまのご用ってなんだよ。そんなもの、莉子がやらなくたっていいだろう」  
「ご命令ですから」  
メイドは部屋のドアを開け、俺が入るとテーブルの上に紙袋をどさっと置き、後ろに回ってテキパキと俺の上着を引きはがした。  
「莉子を呼んできてくれ。お前はいらない」  
いらっとしたせいで、言い方がキツくなった。  
メイドはぴくっと眉を上げ、上着をソファの上に置いて出て行った。  
うちにはまともなメイドがいないのかよ。  
10分も待って、ドアを開けたのは陽子さんだった。  
あれ、また言い忘れたことでもあったのか。  
「なっくん、ちょっといい?」  
「あ、うん。なんか飲む?って……、莉子がまだ来てないんだけど」  
自分でお茶を淹れるわけにもいかずうろうろしてると、陽子さんが俺を座らせた。  
「美奈絵さんは、気に入らなかった?」  
へ。  
「なっくんには、ちょっとお姉さんタイプのハキハキしたメイドがいいと思ったんだけど」  
それで、さっきのメイドが美奈絵という名前で、陽子さんが俺の世話をするように言いつけたのだとわかる。  
なんで、そんなこと。  
「……なっくん、私、うるさい?」」  
よっぽど、俺が莉子を膝枕していたのがショックだったらしい。  
俺はソファの端に腰を下ろして、陽子さんを見た。  
事故とその後の入院、急に夫と長男のいなくなった家に、陽子さんも落ち着かないんだろうな。  
自分の留守の間にピアニストからタカシナの社長に転職した息子が、変態になったかと心配したんだろうか。  
俺がもっと親孝行なことしてやればいいんだろうか。  
 
「んとね、陽子さん」  
……お母さん、って呼んだほうがいいんだろうか。。  
「俺、演奏活動やめて会社に行くようになったろ?その頃、なかなかメイドが続かなくてさ、次々止めちゃって」  
「……ええ」  
執事に、聞いてたんだろうな。  
「なんか、あいつだけは続いててさ。あんまり細かく世話も焼かないし、しゃべるときと黙ってるときのバランスがちょうどいいっていうか」  
「……」  
「だから……、離れのメイドは莉子にしてくれないかな」  
「……」  
「もちろん、そういうことを決めるのは、陽子さんだってわかってるけど」  
陽子さんはふうっとため息をついた。  
 
 
陽子さんが出て行って、莉子はカップラーメンが出来上がる前の速さで飛んできた。  
「旦那さま旦那さま、おかえりなさいませ、お待たせしましたっ」  
激しいな、飛びつくなよ、危ないじゃないか。  
耳もとではふはふ言うな、犬か。  
「遅ぇよ。弁当がカチカチになるぞ」  
「そんな、それは困ります!」  
他にももっと困ることがいっぱいあるだろうに。  
さっさと弁当を出して、ここに寝転がれよ。  
今日の弁当は美味いんだぞ。  
莉子がぴょんと俺の隣に座る。  
膝の上を空けて待っているのに、莉子は寝転んでこない。  
なんだよ。  
「……わたくし、こちらでいただきます」  
莉子はセットになっているプラスチックの皿を手に取った。  
なんでだよ。  
弁当の箱をテーブルに置いて、俺は莉子の方を向いて座りなおした。  
「陽子さんに、なんか言われたのか」  
「……いえ」  
「なんて言われたんだよ」  
陽子さんは俺に過保護なとこがあるからな。  
若くして後妻に来て、タカシナの跡取り息子と、天才少年ピアニストと呼ばれた俺の母親になって、それぞれを立派に育てようとがんばってたし。  
世間知らずの息子に悪い虫がついたと心配してるかもしれない。  
しかもその虫が、自分が管理する使用人の一人だとしたら、そりゃ速攻で駆除するだろう。  
それでも莉子は、陽子さんを悪く言わなかった。  
「わたくしのお掃除の手際がよくないと、あ、でも教えてくださいました」  
ふうん。  
「メイドというのは、主人の縁の下の力うどんなので、もっとテキパキと、目立たぬように働きましょうって」  
力うどんが伸びないうちにテキパキ掃除するのか、バカメイド。  
「それで、わたくしは飛びぬけて仕事が下手なので、しばらく奥さまのそばで教えていただけることになりました」  
それは、莉子が陽子さん付きのメイドになるってことなのか。  
莉子はひとさし指をあごに当てて、ちょっと頭をかしげた。  
「奥さまのお付きにはもちろん、ちゃんとしたメイドがいるんですけど、わたくしはその見習いで」  
ちゃんとしたメイド、という言い方に違和感を覚えろよ。  
「でも、さきほどは急に奥さまから内線電話で、旦那さまのお部屋に行きなさいと言いつけられました」  
「……俺が、莉子がいいって言ったんだ」  
莉子は目を丸くして、俺を見上げた。  
「旦那さまが?」  
莉子は膝の上に両手を揃えて、背中を伸ばした。  
何か言いかけるように俺の顔を見上げ、それからゆっくりとしおれるようにうつむく。  
「……わたくしは、わたくしは、旦那さまのご迷惑になりませんか」  
陽子さんは、そう言ったのか。  
「……なんでだよ、バカ」  
ふにょ、と莉子が変な声を出した。  
細い肩に手を置いて、うつむいた莉子の顔を覗き込むと、莉子は唇を噛んでいた。  
きっと、莉子は俺に言った以上の、いろんなことを陽子さんに叱られたんだろうな。  
かわいそうなことをした。  
がまんしないで泣けよ、バカ。  
 
こっち来い、弁当食うぞ。  
よろしいのですか。  
さっさとしろ、俺が全部食っちまうぞ。  
あん、それはいけません。  
ほらほら、ぐずぐずしてたらまた陽子さんに叱られるぞ。  
大丈夫です、メイド長にはあなたは慌てると失敗するけど落ち着いてゆっくりしたらできる、と言われました。  
……ほんとに大丈夫なのか、それ。  
それに、わたくし、他のメイドにできないことができるんです。  
人の膝の上で器用に弁当が食えるっていうのは自慢にならないぞ。  
高いところに昇ったり、重いものを運んだり、柵を飛び越えたりするのが得意です。  
……あ……そう。  
祖父が空手の先生だったので、黒帯です。  
え、マジで?  
はい。ですから、旦那さまがお屋敷でどなたかに襲われても、お守りします。  
家にいてそんな危ない目にあいたくないんだけど。  
あ、一度あったか、記者が乗り込んできたことが。  
それだって、莉子が勝手に部屋にまで通したのが悪いんだ。  
 
「ほにゅ、ほうれごらいましたっけ。あの、そっちの黄色いのをいただきたいです」  
お、いい目をしてるじゃないか、ウニだぞ、これ。  
莉子はいつもと変わらず、俺にあれこれ注文をつけながら弁当を食った。  
バカメイドは、機嫌を直すのも早い。  
「あのな、莉子」  
「ふぁい」  
「陽子さんはさ……、やっぱり俺には大事な母親だからさ」  
「……はい」  
「いっぺんに家族が死んじゃって、気持ちが不安定なとこもあるだろうし」  
「……はい」  
「ちょっとだけ、ガマンしろ。な」  
「……大丈夫でございます、わたくし、ガマンしなければならないことなんてちっともありません」  
意外なほど健気なことを言う。  
「うん。俺も、できるだけ莉子の味方するから。辛いことあったら俺に言っていいから」  
莉子が、うふうふ、と笑った。  
「特別扱いは、人間関係を難しくいたします」  
いいじゃねえか、こっそりやるからさ。  
「わたくしは、旦那さまの特別なメイドでございますか?」  
まあ、そうじゃねえかな。  
「でしたら」  
莉子が、俺の腹に柔らかく抱きついた。  
「……わたくし、どんなことでも大丈夫です」  
不覚にも、ぐっときてしまった。  
ちくしょう。  
ウニも肉も野菜も、いっぱい食え。  
莉子が弁当をいっぱい食ったら、今度は俺が莉子を食ってやるからな。  
うひゅうひゅ、むひぇひぇ。  
バカ莉子、もうそれ笑い声じゃなくなってるぞ。  
 
俺と莉子は弁当を食った後、腹ごなしにソファでいちゃついた。  
一応、ほら、邪魔が入ると落ち着かないからさ、ドアにカギかけてこいよ。  
そう言うと、莉子はなんのお邪魔でございましょうとそらっとぼけた。  
バカ言ってないで、風呂の支度しろって。  
莉子の好きなぬるい泡風呂でいいぞ。  
俺はかーっと熱いお湯が好きだけどな。  
「でも、お体を洗いますのは、柔らかいタオルがお好みなのですよね」  
リビングから寝室へ行くためにピアノ室を横切りながら、莉子は俺の腕に絡み付いてナマイキなことを言った。  
「ぬるい風呂に入ってヘチマで皮がむけるほどゴシゴシするほうがおかしいだろ」  
「まっ、わたくしそんなにゴシゴシはいたしません。そうっと、ちょうどよくゴシゴシです」  
今日はヘチマにいたしましょうかと言う莉子のおでこを突っつくと、うきゃっと笑った。  
 
風呂に湯を溜めている間に、莉子はこっそり寝室のドアにもカギを下ろしていた。  
俺が莉子にカギをかけろと言ったのは、万々一にも陽子さんが部屋に来たら、めんどくさいことになると思ったからだ。  
用心を重ねるようにカギをかけるのは、陽子さんが怖いせいだろうか。  
昼間、なにがあったんだろう。  
「莉子」  
呼ぶと、慌てたように飛んでくる。  
「脱がしてやろうか。風呂、もうすぐだろう」  
莉子は風呂の時はいつも、俺が自分で脱ぐのに邪魔なくらい手を貸して脱がせたがる。  
その後、自分の服をさっと脱いで風呂に入ってくるから、俺は莉子を脱がせる楽しみがない。  
「それは、そういう、ぷれい、でございますか」  
また俺の蔵書で変な言葉を覚えたな。  
「そんなたいしたことじゃないだろ、ほら」  
莉子が制服のスカートを両手で押さえながら、うふうふっと笑う。  
ではお願いしますと甘えた声を出しながら、莉子はそっとカギを下ろしたドアを振り返った。  
「……大丈夫だよ。誰も来ないから」  
俺に気づかれたことで、莉子は笑顔を消した。  
「いえ、わたくし……」  
陽子さんはしっかりした人だから、莉子にキツく当るかもしれない。  
なにかに怯えるような顔をするのは、そのせいだろうな。  
俺はくるっと莉子を後ろ向きにして、ワンピースのファスナーを下ろした。  
右の肩のところが、薄赤くすりむけている。  
「どうしたんだよ、これ」  
莉子は俺から肩を隠すように体をよじった。  
「はい、えーと、奥さまのお部屋の窓を拭いておりましたら、うっかり脚立が倒れてきまして、ぶつけてしまいました」  
そそっかしいな。  
まあ、たいしたことはないだろうけど。  
ワンピースをすぽんと脱がせて、下着だけになった莉子をそのまま抱きしめる。  
「俺、さっき、莉子にガマンしてくれって言ったけどな。なにをガマンしたかは、ちゃんと俺に言え。な」  
ぐふゅ。  
なんだよ、それ。  
抱きしめた俺の腕を莉子の手が抱きかかえる。  
ぐふ、ふぎゅ。  
「莉子?」  
うきゅ、と莉子が笑う。  
「旦那さま、旦那さま」  
莉子が俺の腕をほどいてくるんと振り向いたので、ついでに背中に手を回してブラをはずしてやった。  
「旦那さまは、わかってません」  
あ?  
「女の子の初恋のパワーというものを、甘く見てらっしゃいます」  
え。  
「それはそれは、とてもすごいんです。そりゃもう、地球が吹っ飛ぶくらいです」  
吹っ飛ばすなよ、地球を。  
「そうしたらわたくし、旦那さまとご一緒して宇宙までランデヴーです」  
バカメイド。  
……莉子の初恋パワーが、陽子さんに勝てるといいな。  
俺は莉子のぱんつを下ろして素っ裸にしてから自分も脱いで、一緒に風呂に入った。  
どこに隠していたのか、莉子はヘチマを用意していて、よく揉んで柔らかくしましたから大丈夫ですと言う。  
揉んで柔らかくするのはこっちのほうがいいんだけど、とバスタブの縁に座った莉子のおっぱいを揉んでやった。  
そのまま乳首を舐めて、莉子のあふんという声を聞きながら脇腹から尻、太ももをなぞるようになでた。  
膝の裏に腕を入れて、抱きかかえてお湯に入れてやると、莉子がぴょん、と足を伸ばした。  
「なんだよ」  
「お、お湯がしみました」  
莉子が足先を手で押さえて、眉を寄せる。  
見ると、親指の先っぽが赤くなって腫れている。  
なんだ、これ。  
「庭に出るのに外の靴を履いた時、えーと、小石が入っているのに気づきませんでした」  
ふうん?  
まったく、どんだけそそっかしいんだよ。  
 
莉子はあごにひとさし指を当てて、困ったように首をかしげた。  
お湯の中で温まってから、莉子は俺の背中をヘチマでこすろうと周りをくるくるした。  
やだって、そんな荒っぽいの。  
ヘチマで背中をこすらせたら、後ろからしてもいいかと聞くと、ほっぺたを膨らませた。  
「イヤです、旦那さまの変態」  
ちぇ。  
じゃあさ、上に乗ってやってくれよ。  
旦那さま、それお好きですね。  
だって気持ちいいんだよ。莉子が俺の上で動くの。  
ちょっとでございますよ?  
じゃ、背中もちょっとな。  
はい。ちょっとです、ちょっと。  
ヘチマは、思っていたより痛くなかった。  
適度な刺激が心地いい。  
莉子は俺の背中をまんべんなくヘチマでゴシゴシし、俺は莉子を腰の上に乗せた。  
指で探って、濡れているのを確かめる。  
「いいんじゃないか。ほら」  
太ももをなでると、莉子はベッドの上に膝をついて俺をまたいだ。  
さんざん舐めたりなでたりした後だから、莉子は赤い顔をしている。  
「もう、ほんとうは、恥ずかしいのでございますけれど」  
言いながら、俺のモノに手を添えて尻を落とす。  
下から少し支えるようにして角度を合わせてやると、引っかかるような抵抗の後で、ぬるっと入った。  
「んあ…」  
下から見上げる莉子の顔は、色っぽかった。  
体の動きに合わせて揺れる二つの乳房を、両手を伸ばして包んだ。  
「……へたくそだな」  
莉子が揺れるように体を動かすのが気持ちよくてもどかしくて、俺はわざとそう言った。  
「あん……、そうでございますか…、わたくしは…あん」  
莉子は気持ちいいのか。  
じゃあ、そのまま、…動け、よ……、う。  
ゆるい心地良さが、じんわりと高まってくる。  
こういうのも、あるんだ。  
疲れたのか気持ちよすぎたのか、莉子がくにゃっと折れた。  
胸に伏せた背中をそろそろとなでてやった。  
「はうん、那智さまぁ……」  
うんうん、なんだ。  
「わたくし、このまんま死んでしまってもいいくらいなんですけど」  
変なこと言うなよ。  
縁起でもない。  
「俺はいやだ。まだやりたいことがいっぱいある」  
「……そうですか」  
「会社の仕事もやりかけだし、秘書に読めって言われた本も読んでないし、……ホームランだって打ってない」  
莉子がうふうふと笑って、俺の首筋に息を吹きかけた。  
「後ろからだって、してないし」  
「あん、それは困ります。ずっと長生きしても、だめです」  
「ジジィになるまでには、またやらせろよ」  
莉子はちょっと体を起こして、俺の顔を至近距離で見つめた。  
なんだよ。  
「わたくし、おばあさんになってしまいます」  
そりゃ、俺が一人で齢を取るわけじゃないだろ。  
「おばあさんになるまで、わたくしといちゃちゃしてくださいますか」  
まあ、それもいいんじゃねえの。  
莉子の顔がくしゃっとゆがむ。  
「でしたら、いいです」  
やめろ、その顔。  
すっごく不細工で、すっごくかわいいから。  
俺を体の中に収めたまま、莉子が少しだけ動いた。  
「でしたら……、わたくし、長生きしてもいいです」  
バカ。  
 
俺は莉子のほっぺたを両手で挟んで、キスをした。  
「まだ、ピアノも教えてないだろ」  
ふえん、と莉子が謎の声を上げる。  
泣くなよ、こんな状態で。  
莉子の腕をつかんで一緒に横に転がった。  
挿れたまま向きを変えようと思ったけど、やっぱり抜けた。  
莉子を仰向けにして、片脚だけ折り曲げた。  
「あんまり変な格好は恥ずかし、あ」  
挿れると思わせて入り口の辺りで軽く動かすと、莉子がびくんと背中をそらした。  
奥よりもここがいいのか。  
浅いところでくちゃくちゃと音を立てるようにすると、両手で顔を隠す。  
「や、そんなこと、わたくし、ぼうっとしてしまい、ま……」  
はあん、という息遣いが艶かしい。  
もっともっとぼうっとしろ。  
一杯ぼうっとして、気持ち良くなって、いやなことは忘れてくれ。  
莉子を守る方法は、俺が考えるから。  
 
――俺は、この時もう莉子を守れてなんかいなかったのに。  
 
 
 
莉子は俺が動くたびに、浅い呼吸を繰り返した。  
ゆっくりと動くと、目を開けて俺の胸や肩、腕なんかをペチペチと叩いた。  
なんだよ。  
「この辺、ちょっとお体が固くなってまいりました」  
ジムで鍛えてるからな。筋肉がついてきたんだ。  
「お腹もでこぼこしてますし」  
もうすぐ、腹筋が割れそうなんだ。  
「あん、旦那さま、は、なんでもお出来になりますね」  
なんにもできねえよ。  
「だって、ピアノはとびきりお上手ですし、お仕事だっていっぱいお勉強なさいますし、野球も、筋トレも」  
腰を回すと、莉子があん、と息を乱した。  
「こういう、のも、お出来になりますし、あ」  
あんまりしゃべると興ざめするんだけど。  
「奥さまの、ご自慢の、なっく……、んあっ」  
莉子のおしゃべりを止めさせるには、これに限る。  
「いや、あの、すごすぎ……、やっ、あん、もうっ、ヘンタイっ」  
ぜんっぜん変態じゃねえよ。  
ごくごく真っ当にセックスしてんじゃねえか。  
正常位で、ゴムもつけて、俺も莉子も気持ちよくて、普通じゃねえか。  
「でも、だって、あ、こんなのっ、ああん、那智さまっ」  
動きを早くすると、莉子が陸に上げられた魚みたいにぴちぴちと跳ねた。  
「あ、あ、あ、ああっ、ああっ、那智さま、那智さま、あ、あ、おっ、落っこち……っ」  
動けなくなるくらい、莉子が俺にぎゅっと抱きついた。  
うお。  
莉子の中が、俺を絞り上げた。  
なんだ、これ。  
「んあ、ああ……あん」  
ゆっくりと中が緩まり、暖かくなる。  
「莉子?」  
聞くと、莉子は俺の首にほっぺたをこすり付けるようにして鼻をすすり上げた。  
「び、びっくりいたしました、わたくし今、どこかに落っこちてしまいそうでした……」  
え、なんだそれ。  
「なんか、苦しかったか?俺、乱暴だったかも」  
ずびずび。  
「いえ、そうではないのですけど、あの、うっとりしてぼうっとしまして、ふわふわっと」  
あ、そう……、それって、イクのと違うのか?  
「なん、ですか、新しい変態です、か」  
抱きついてくる力が抜けた莉子をベッドに仰向けにした。  
 
まっ赤な顔で、目に涙まで浮かべている。  
「つまりその、気持ちよかったってことじゃないのか?」  
「……そんなの、わかりません」  
そういうのこそ、俺の蔵書でしっかり勉強しておけよ、バカ。  
毛布の端っこで鼻を拭くな。  
「那智さ……、旦那さま」  
なんで言い直すんだよ。  
「あのぅ、まだ……?」  
うん。  
俺のは、まだすんごい元気なまま莉子の中だ。  
「いいのか?」  
「……はい」  
んじゃ、お言葉に甘えて。  
ああ、気持ちいい。  
上のほうを引っかくように擦ると、莉子がまたうっとりと目を閉じた。  
もう止まらねえからな、行くぞ。  
「あ……、だん……、な、那智さまっ」  
うん、その言い直しはいいな。  
中がきゅっきゅっと締まる。  
「うんっ、あ……、あ、あっ、や、ああん、あ、ま、また、落っこちっ……!」  
うあ。  
莉子が、落っこちた。  
俺も、落っこちた。  
 
始末をする間も、莉子が絡み付いてきたがって邪魔だった。  
ちょっとは離れてろって。  
「いやです、くっついてたいんです」  
くっついてなくたって消えねえだろ、俺は。  
「消えたらどうしますか」  
やめろって、脅かすの。  
莉子がくふくふ笑う。  
湿った洗い髪が乱れて爆発してる。  
化粧を落とした素肌には、小さなそばかすのような点や、薄く浮いた血管が見える。  
そんな状態なのに、莉子はかわいかった。  
それが俺のひいき目なのかどうか、よくわからない。  
俺が莉子にのめりこんでるから、莉子のことが好きだから、かわいく見えてるのかな。  
「んにゃ、なんですか、旦那さま」  
シャワーを浴びながらまじまじと莉子を見ると、不思議そうな顔をした。  
「なんでもねえよ。な、もし野球チームのみんながうちに来ることになったら、莉子も出て来いよ」  
「わたくしですか?」  
「どうせ、食いもん運んだりするメイドはいるんだし、それくらいできるだろ」  
「それは、わたくしだってそれくらいのお手伝いはできると思いますけれど」  
「ドリンクひっくり返したりすんなよ、莉子はそそっかしいからな」  
赤くなっている莉子の肩に唇を押し付けた。  
みんながうちに来て飯を食ったりするときに、莉子が他のメイドと一緒に料理とか運んで来るのを想像した。  
5番のレフトかファーストの補欠あたりが、「あの子かわいいなぁ」なんて言って来るんだ。  
そしたら俺は、悪いなアレは俺のメイドだから、って意味深な言い方をしてやるんだ。  
面白いだろ。  
「旦那さま、趣味悪いです」  
放っとけ。  
 
 
莉子の髪が爆発しないようにちゃんと乾かしてやって、ベッドに戻る。  
「でも、奥さ……、えーと、メイド長がお客様の前に出てはいけないとおっしゃるかもしれません」  
俺はすべすべの莉子の胸に顔を摺り寄せて、あくびをした。  
え、そうなの。  
なんで。  
「……だって」  
莉子の声が心地いい。  
あー、今日さ、秘書のオバサンに小言を言われたんだよな。  
一日中ボーッとしてた時はなにも言われなかったのに、仕事しようとするとダメ出しが多くてな。  
だから、帰ってきたら、こうやって、莉子と、のんびりと、いちゃいちゃと、さ……。  
半分夢の中で、俺は言った。  
莉子は、んもう、ちゃんとわたくしのお話を聞いてくださいませ、とは言わなかった。  
俺が眠るまで、ずっと胸に抱いていてくれた。  
柔らかくて暖かくて、気持ち良かった。  
 
たぶん、この時は屋敷中で俺だけが知らなかったんだと思う。  
陽子さんが、莉子になにをしているかを。  
 
――――了――――  
 

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