『メイド・莉子 7』
草野球チームのメンバーを家に招待したいという陽子さんの提案を長尾が喜んで受けてくれたので、日曜日の練習の後でメンバーがゾロゾロやってきた。
高階の社長の屋敷へ行けると、いつもは顔を出さないようなメンバーの家族や彼女なんかも応援に来て、そのままついてきた。
人数が増えたけど、陽子さんはますます張り切り、メイドたちを仕切ってこれでもかというくらい料理を運ばせていた。
独身者が多いは、庭に面した窓を開け放ったパーティールームにあふれんばかりに並べられた料理に喚起の声を上げる。
「お母さん、僕たちタッパーを持ってきてるんで」
独身一人暮らしのキャッチャーが、ネタなのか本当にリュックから空の保存容器を出して、みんなを笑わせてた。
みんなは若くてきれいな陽子さんのファンになったとか調子のいいことを言って、ますます陽子さんを喜ばせてくれた。
「これだけ庭が広いんだったら、ここで野球の練習ができますね」
長尾が尻上がりの口笛を吹いて、庭師を青ざめさせる。
陽子さんは忙しくサンルームと厨房を往復しながらメンバーに挨拶し、息子をよろしく、運動なんかしたことのない子で、と笑う。
そんなことをされるのは気恥ずかしいんだけど、親孝行だと思って黙って見ていた。
「さすが、高階の本邸は規模が違いますね。メイドもたくさんだ」
グラスを手にした長尾が俺のそばまで来て、そう言った。
まあ、陽子さんの母親として威信をかけたパーティだからな。
グラスの中身を飲み干して、一本立てた指で長尾が部屋の奥を指した。
「あの子の名前、聞いたりしたらクビですか」
意外にも莉子に目をつけたのは長尾だった。
クビだ、絶対クビ。
二度と食品業界で働けないようにしてやるぞ。
「俺付きのメイドだ」
用意したセリフを言うつもりだったのに、控えめな言い方になってしまった。
「へえ……、名前、なんていうんです」
俺の言った意味がわかってないだろ。
「言いにくいぞ。うぐいしゅはりゃ、っていうんだ」
「ふうん。鶯原、ですか」
ちくしょう、仕事も野球もできて、鶯原も言えるのかよ。
空のグラスを手にして、長尾がかっこよく踵を返して莉子に近づいた。
練習の後のTシャツとジャージで、なにをキザにメイドを口説いてんだよ。
ドリンクをお客さまに提供するという仕事で頭を一杯にしているらしい莉子は、長尾が話しかけているのを聞こうともせず、その手からグラスを取り上げてお代わりを渡そうと必死だった。
バカメイド、それでいいぞ。
「フラれました」
笑いながら長尾が帰ってきて、俺は心の中で莉子を誉めてやった。
陽子さんはメンバーの関係者らしい女の子たちと楽しそうに話に花を咲かせている。
よかった。
メンバーたちが帰った後、まだ少し興奮して頬を桃色にした陽子さんが、ほんとに楽しかったと言ってくれた。
なっくんが、あんなにたくさんのお友だちと外で遊んでるなんて、夢みたい。
小学生みたいに言われて苦笑しながら、ピアノと大人に囲まれていた自分の子ども時代を思い出した。
俺をそんなふうにしたのは少なからず陽子さんがきっかけで、もしかしてそのことに責任を感じているんだろうか。
パーティの後片付けが終わる頃まで陽子さんのおしゃべりに付き合い、離れに戻る。
まもなく、莉子がワゴンを押して飛んできた。
「旦那さま旦那さま、わたくし、上手にできましたか」
うんうん。
他のメイドと比べて、それほど見劣りしなかったぞ。
グラスもひっくり返さなかったし、皿も割らなかったし、なんで手首にバンソウコウ巻いてるんだ。
「あの、お料理をオーブンから出すときに、天板にくっつけてしまいました」
まったく、そそっかしいな。
でも、長尾をフッたのは上出来だ。
「あ、そうでした。長尾さまというのはどの方だったのでしょう」
ま、覚えなくていいよ。
俺は莉子の頭に手を乗せてヨシヨシしてやった。
「あー、今日はもうゆっくりしたいからさ。釣りでもしないか」
莉子がいそいそと釣りゲームをセットして、コントローラーとリモコンを持ってくる。
「わたくし、今日は旦那さまに負けません」
勝ったことないくせに。
手加減しないからな、俺は大漁だぞ。
釣りゲームを始めようとしたところで、妖怪が鳴いた。
なんだ、今の。
莉子がそらっとぼけてゲームをスタートさせようとする。
「腹、鳴ったぞ」
うらめしそうな目で、莉子が俺を見た。
「旦那さま、デリカシーがありません」
いいじゃねえか、聞こえたんだから。
もう一度、ぎゅるぎゅると妖怪の鳴き声がする。
まだ晩飯には早すぎるし、俺はパーティでさんざん食ったばかりだ。
「なんだよ。昼飯食わなかったのか?」
「いえ、あの、わたくしがぐずぐずしておりましたので」
準備や後片付けでバタバタしてたのか、莉子は他のメイドのように要領よく食事をすることができなかったらしい。
昼抜きじゃかわいそうだな、メイド長もちゃんと目を配ってやればいいのに。
莉子の押して来たワゴンの中身は、パーティーの残り料理を盛り付けなおしたものだった。
食うか、と聞くと莉子は首を横に振った。
「だめです、あちらは旦那さまとご一緒にいただきます。だいじょうぶです、今日は大漁にしてみせますから」
バカメイド、ゲームで釣った魚は食えないぞ。
大画面テレビの中で、ゲームの魚が釣ってくれとばかりに泳いでいる。
今日は野球の練習もしたし、陽子さんも莉子もご機嫌で、いい日だな。
のん気に画面の中のカジキを吊り上げながら、俺は満足していた。
月曜から金曜まで、会社で俺は毎日のように秘書のオバサンにダメ出しをされる。
今週最初のダメ出しは、経済新聞で読んだ外国の経済政策について俺の言ったことが「呆れるほど浅はかで素人な考え」だったそうだ。
難しいな、会社経営って。
昼飯の間にも、えんえんと先進国の原油輸入とか海外工場での電子部品生産とかについて説明する秘書の話を聞く5日間の後で、ようやく次の休みがやってきた。
莉子とゴロニャンして過ごそうと思ったのに、陽子さんに買い物に付き合ってといわれてしまった。
ちょっと渋ると、陽子さんがじっと俺を見ている。
怒らせると怖いし、家族はもう俺と陽子さんだけだし、親孝行もラクじゃない。
買い物の途中で昼食をとり、俺が会計をすると陽子さんは「なっくんにご飯をごちそうしてもらった」とはしゃぐ。
陽子さんのストールや俺のシャツなんかは、陽子さんがカードで支払った。
結局、請求書はうちに来るわけで、それって俺の支払いになるのかななどとぼんやりしたところで、陽子さんはお茶にしましょうと俺を引っ張っていく。
ああ、帰りたいのに逆らえない。
予定してあったのか、案内されたテーブルは予約席で、そこに女の子がいた。
へ?
大きな窓に面した奥まった席で、女の子は立ち上がってにこやかに陽子さんに挨拶し、俺に笑いかける。
どっかで見たことがあるようなないような。
「いやね、那智さんたら。先週お会いしたでしょう」
さすがに人前では俺を「なっくん」とは呼ばない陽子さんが苦笑した。
野球の練習の後でうちに来たメンバーの関係者かと思ったら、俺と同じ、補欠にもならないような新入りの妹だという。
あの時はご挨拶もそこそこで、と女の子は改めて名乗った。
「桜庭美月です」
あ、どうも。
「美月さんはね、私の大学の後輩になるんですって」
陽子さんが、俺に言った。
てことは、音大のピアノ科?
「今年は小学校の臨時教諭をしています」
卒業したけど、音大出だと就職先が少ないと美月さんが困った顔をした。
それは、俺にタカシナのどこかに入れてくれってことなんだろうか。
「美月さんはオーストリアに留学もしたんですってよ。那智さんもウィーンには何度か行ったわよね」
うん、ウィーンが世界地図のどこにあるかもわからないままだったけど。
桜庭美月は、ピアノをやった人間なら絶対知っているだろう俺のことも、興味本位でいろいろ聞き出そうとはしなかった。
ピアニスト同士でしかわからないような内輪話や、あの先生はこうだったという学校の話、それから少し真面目な音楽議論を少しだけ。
もうずっとピアノに触れてもいないくせに、だからこそ音楽の話はおもしろかった。
秘書や長尾や、莉子にもできない話。
お茶とケーキが運ばれてきてからも、俺たちは話に花を咲かせた。
陽子さんとは、退院してきてからこっち、あえて音楽の話はしていなかった。
それでも話し出すと、初対面に近い桜庭美月との距離も感じないほど盛り上がる。
「だから、そのころのチャイコフスキーはさ……」
後から考えると恥ずかしいほど、熱く語ってしまった。
曲の解釈や作曲法なんかも、しゃべった気がする。
会社でわけのわからない話を洪水のように聞かされて、その意味を理解しようと必死で追いかけている毎日から解き放たれる。
なにかに酔ったように、自分の守備範囲で思う存分、俺は偉そうに音楽談義を繰り広げた。
俺に女の子を紹介しようという陽子さんの思惑がわかるだけに、はぐらかそうという照れもあったんだと思う。
陽子さんはともかく、桜庭美月はあきれたんじゃないだろうか。
とっくに引退したくせに、高階那智ってずいぶん偉そうな人ですね。
後から陽子さんにそう言うんだろうなと、高揚した気分が引いていく帰りの車の中で、俺はちょっと凹んだ。
「あら、美月さんも楽しそうだったわ。やっぱり音楽のわかる人とは話が弾むみたいね」
おほほと笑った陽子さんが、満足げに見えた。
「なっくん、ピアノやってた頃のお付き合いって、もうないんでしょ?」
もしかしてこれは、お見合いだったんだろうか。
ピアノやってた頃も、陽子さんや世間のみんなが考えていたような女の人との『お付き合い』なんてなにもなかったとは言えず、俺は言葉を濁した。
ご機嫌な陽子さんと、買ってきたもののファッションショーを一通りやってから、俺は離れに引き上げた。
日曜日で使用人も少ない屋敷の中をたらたら歩いていると、メイドたちが中庭にいるのが見えた。
石造りの椅子やテーブルをホースの水で洗っている。
今日は天気がいいからな、と思っているとその中に莉子がいた。
見るとはなしに足を止めると、庭を隔てた向こう側から誰かがメイドたちを呼んだようだ。
逆光でわかりにくいけど、メイドたちの様子からそれが執事かメイド長か、ひょっとして陽子さんかな、と思う。
すると、メイドたちは屋敷の中へ呼ばれ、莉子一人が残された。
莉子は水の出てくるホースとデッキブラシを不器用に使って、中庭の掃除を始めた。
あんなでっかいガーデンセットの掃除、ただでさえ要領の悪そうな莉子が一人でやってたらいつ終わるかわからない。
メイドたちも誰か残って手伝ってやればいいのに。
使用人の管理は俺が口を出せることじゃないけど、このまま離れに戻っても莉子はいないし、どうしよう。
「社長」
後ろから、執事の声がした。
振り向くと、半ハゲ半白髪の執事が俺に向かって頭を下げた。
「……メイドたちは奥のご用に呼ばれたようです」
ああ、うん。
「社長。鶯原の手をご覧になりましたか」
莉子の手?
「鶯原は先週、ヤケドをいたしました」
「ああ、うん、たしかパーティでぐらたん料理を出すときにオーブンで、だろ。聞いた」
「……鶯原は、そう申しましたか」
え?
「他にも、あちこち小さなケガをしているのは、ご存知ですか」
ああ、そういえばそうだけど……、それが、なんだよ。
「社長。ご存知なのに、不思議に思われませんか」
なんだよってば。
メイド長に仕事を教わってて、でも莉子はそそっかしいから、それで……、違うのか?
執事はちょっと肩を落とした。
「先週、パーティでお料理をお出ししますのに、奥さまは会場と厨房を頻繁に往復なさいました」
いきなり陽子さんの名前が出てくる。
うん、陽子さんは忙しそうだったな。
「メイドたちに、運んでいくものを指示して、皆がそれを運ぶのに厨房を出ました。残ったのは、鶯原と奥さまだけでした」
「……うん?」
「メイド長が厨房に戻ったときには、オーブンの天板が落ちて鶯原がヤケドをしておりました」
いやな、言い方。
「天板をつかむミトンは、奥さまがお持ちだったそうです」
「……なんだよ、それ」
「お客さまがいらっしゃる前に食事を済ませようとメイドが集まりましたときに、鶯原は納戸にナプキンを取りに行くよう申し付けられました」
「……」
「ナプキンは食料庫にございました。鶯原は納戸でずっとナプキンを探しておりました」
それ、誰が言いつけたんだよ。
「ナプキンが見つかりませんでしたと鶯原が戻ってきた時、メイドたちの食事は終わっておりました」
妖怪のように鳴いた莉子の腹。
「その前にも、天窓を拭くように鶯原に言いつけられました。鶯原は脚立を運んできて立てかけましたが、脚立が倒れて」
おい。
なに言ってるんだ。
「今週の間だけでも、バケツの水がひっくり返ってずぶぬれになるとか、植木鉢が落ちてくるとか、転がってきた装飾用のビー玉に足を取られて転ぶとか、外履きに小さなクギが入っていたのはもっと以前でしたか」
「待て、待てよ。なに言ってるんだ、それ」
「どれも、鶯原にだけ起こるハプニングです。そして、それを使用人は誰も見ておりません」
どきどきしてきた。
「なるべくメイド長がそばから離さないようにはしております。使用人のことですと私も手が届きますが……、ケガが増える一方で」
莉子の体は、隅から隅まで俺が見てる。
肩にできたすり傷も、尖ったもので傷ついた足の先も、手首のヤケドも、両ヒザの青あざも、それから。
だけど、みんな莉子は説明したじゃないか。
全部、莉子がそそっかしいのが原因で。
急に。
最近、急に莉子はそそっかしくなったのか?
「奥さまは、社長を頼りにしておいでです。ご病気のあとですし、お心が不安定なこともございましょう。……お気遣いくださいまし」
出すぎたことを申しました。
執事はそう付け加えて、頭ひとつ下げてから廊下の向こうへ歩いていく。
莉子の体に残る、たくさんの傷。
どれもすぐに治ってしまうような小さい怪我ばかりで、莉子もちゃんと俺に理由を説明して、だから俺も。
それが、誰かがわざと莉子に負わせた怪我かもしれないなんて、思いもしなかった。
その誰かが、まさか。
シューベルトの人間性について、楽曲の理解について楽しそうに話していた今日の陽子さんを思い出す。
桜庭美月と追加のケーキを選びながら、少女のようにころころと笑っていた陽子さんを。
なんで。
なんで、莉子にそんなこと。
俺の膝枕で弁当を食っていたからか?
それだけか?
なんで?
莉子は怪我をした理由を、いつも自分のせいにしていた。
俺の前ではいつも、くふくふ笑って、バカなこと言ってたのに。
なんであいつ、あんなに一生懸命テーブルを洗っているんだ。
言えって言ったのに。
辛いことは、俺に言えって。
俺は中庭に続くガラスのドアを開け放った。
「莉子!」
呼ぶと、莉子はぱっと顔を上げて俺を見る。
「離れに戻るぞ。付いて来い」
嬉しそうな顔をするかと思ったのに、莉子は心配そうに背後を振り向いた。
そこに、誰がいるんだ。
俺は中庭に降りて、小走りに莉子のそばへ行った。
途中でホースに水を送っている蛇口のレバーを下ろして水を止める。
莉子の手からホースとデッキブラシを取り上げた。
逆光で陰になっている通用口で、影が動いた。
「陽子さん!」
影が、そこで止まる。
「……ごめんね」
影は、なにも言わなかった。
「あの、旦那さま、わたくしお庭のお掃除が」
慌てたように言う莉子の手を取る。
「掃除、ごめん」
もう一度謝ると、すいっと影が奥へ入っていく。
「旦那さま、旦那さま」
俺にぐいぐいと手を引っ張られて離れへ向かいながら、莉子が呼ぶ。
なんだよ。
「ちょっと、ちょっとだけお待ちください。わたくし、お庭をお掃除しないといけません」
そんなの、俺が陽子さんに断ったからいいんだ。
莉子は俺と中庭とどっちが大事なんだよ。
「それはもう、お庭のお掃除はメイドの大事なお仕事ですし、旦那さまのお世話もメイドの大事なお仕事ですけど」
俺のことも仕事かよ。
部屋の前まで来て、莉子はまだ未練ありげに母屋の方を振り返った。
「お掃除が中途半端になってしまって、叱られてしまいます」
かっと頭に血が上った。
部屋のドアを開けて莉子を押し込み、後ろ手に閉める。
「莉子、俺になにを隠してるんだ」
「はい?」
細い両肩をつかんで揺さぶると、莉子は目を丸くした。
「ケガだよ。転んですりむいたとか、家具の角にぶつけたとか言って、いっぱいケガしてるじゃないか」
「はい、わたくしがそそっかしいものですから」
「そそっかしくないだろ!」
落ち着け、俺。
一家の女主人の悪口を言わないのは、メイドとして当たり前のことだ。
それが自分の主人の継母なら、なおさら。
「なんか、飲むものくれ」
ふうっと息をついて、ソファに座る。
莉子はテーブルにペットボトルから注いだ炭酸飲料のグラスを置いた。
俺の機嫌が悪いので、様子を伺うような目をしている。
なに考えてるんだろう。
莉子は、なにを考えているんだ。
コップ二杯分の炭酸の喉越しが、血が上った俺の頭をいくらか冷やしてくれた。
「怒鳴って、悪かったな」
隣りに座らせた莉子が、首を横に振る。
そうだ、莉子が主人の悪口や噂話を言いふらすようなメイドじゃないってことを、喜んだっていいはずだ。
「掃除のことは、俺がちゃんと、よ……メイド長に言っておくから、そうしたら叱られないだろ」
「でも」
莉子がひとさし指をあごに当てる。
「そういう特別扱いって、やっぱりよくないと」
「しょうがないんだよ、莉子は俺の特別なんだし」
ふよん、と莉子が俺に擦り寄ってきた。
そうだ、莉子は俺の特別の特別、とびっきりの特別なんだ。
「旦那さま、お出かけは楽しかったですか?」
え、な、なんでいきなり?
「お帰りがちょっと遅かったです」
「あ、うん、まあ。ほら、陽子さんがあちこち見たいっていうから」
ほんとは、カフェで盛り上がりすぎたせいだけど。
陽子さんが、俺に女の子を紹介しようとたくらんでたんだけど。
「……莉子に、なんか土産を買ってやろうと思ってたんだけどさ」
言い訳がましかったけど、土産を買いたかったのは本当だ。
証拠の残らない、おいしい土産。
みんなが勘違いしているような派手な付き合いのなかった俺の、唯一の女の子に。
「お弁当でしたら、今からでも間に合います」
バカメイド、俺に弁当買いに行かせる気か。
くふくふ笑う莉子の頭を、ゲンコでぐりぐりした。
莉子がちゃんと自分の仕事をしているなら、俺も俺の仕事をしよう。
会社でがんばって、家で当主として使用人の安全を守る。
俺の前で見せる、楽しそうな陽子さんの笑顔を思い浮かべた。
陽子さんは、俺の大事な、大事な母親だ。
莉子は、俺の特別の特別だ。
どうしたら、いいんだろう。
莉子にせがまれて、俺はまた弁当を買うために出かけて行った。
たぶん、その間に莉子は庭を掃除し終えるつもりなんだろうと思ったけど、言わなかった。
掃除の時間を計算して離れに戻る。
莉子はやっぱりなんにも言わず、水仕事で冷えた手で受け取った弁当の箱をくんくんした。
「当てて見せます」
やってみろ。
「フライの匂いがいたします。チキンカツです。付け合せはポテトサラダ、カットフルーツ」
すごい鼻だな、莉子。
「ゴハンにはゴマと鮭そぼろ」
ぶー、ハズレだ。
ゴハンはゴマと梅干、焼塩鮭の切り身はおかずだ。
「まあっ、チキンカツと焼鮭が両方入ってるなんて、なんて贅沢なんでしょう」
カップ味噌汁に入れるお湯を用意しながら、莉子がヨダレを垂らさんばかりにフタの隙間から覗く。
バカやってないで、食うぞ。
膝の上に莉子を乗せて、いつものように弁当を食う。
莉子は嬉しそうで食いしん坊で、俺の分のチキンカツまで平らげそうな勢いで、指先は荒れていた。
おいしゅうございました、と俺の膝の上で身をよじる莉子の頭を、ゲンコでぐりぐりした。
「いた、痛いです、旦那さま」
そんなに強くしてない。
それとも、頭のどっかにもケガしてるのか。
俺は莉子の髪の毛をかき分けるようにして地肌を調べた。
「髪をぐちゃぐちゃにしないでください、なんですかもう」
そこで、ふっと気が付いた。髪飾りがくっついてない。
「あのー、落としてしまったんです。そしたら、壊れて」
落としたくらいで壊れるようなものなんだろうか。
それとも、落ちた以上のなにかが。
「……買ってやる。グリーンリーフはまるごとうちの会社なんだ、全部買ってやる」
髪飾りを倉庫ごと買ってやれるのに、莉子が髪につけているひとつを守ってやることもできない自分が情けない。
「旦那さま」
ぴょこん、と俺の隣りに座りなおした莉子が、至近距離で俺の目を覗き込む。
やめろ、かわいいから。
どきどきするじゃないか。
きゅふきゅふきゅふ、と莉子が笑った。
腕を伸ばして、俺の首に抱きついてくる。
「わたくし……、わたくし、本当に、旦那さまさえいただけましたら、なんにもいりません」
弁当もいらないのか、とからかおうとしたのに、言葉にならなかった。
しょうがないから、莉子の背中に手を回して抱き寄せた。
……帰り、遅くなって悪かったな。
弁当も手抜きのチキンカツ弁当で、おかずも少なくて。
そんなことしか、言えなかった。
「たしかに、今日のお弁当はおかずが少なかったです」
俺の分のチキンカツも食ったじゃねえか。
「……ですから、今日は泡風呂です」
いつも泡風呂じゃねえか。莉子の好きなぬるい風呂。
「それでもって、ヘチマです」
え、それイヤなんだけど。
「皮膚を丈夫にすると風邪をひかないんです」
信用しないぞ、そんなうさんくさい民間療法。
俺は莉子を抱きしめたまま寝室へ足を向けた。
歩きにくいことこの上ない。
「……今日は、柔らかいタオルにしろよ。洗ってやるから」
擦り傷やら打ち身やらが残る莉子の手足が痛くないように、そうっとそうっと洗ってやるから。
風呂の中で、莉子は俺から体を隠すようにし、俺は見ないふりをした。
柔らかいタオルで、ボディソープの泡をふわっふわにして、莉子を洗ってやった。
髪の毛も、首筋も、耳の裏も、胸も背中も腕も脚もお尻も、足の指の先まで、そうっとそうっと。
莉子のつるんつるんの肌が、これ以上傷つかないように。
あー、ほんとにつるっつるだ。
出来上がりに満足するように、莉子の体を拭き上げて、上から下まで眺める。
「あ、なんかエロい……」
「いやん、旦那さま、えっち」
なにがいやん、だ。
隠すな、莉子はけっこうスタイルいいぞ。
全体的に、いや部分的にもだな、このくらいの、こういう感じがちょうどいいんだ。
両手を口元に持っていって、莉子が俺に擦り寄ってくる。
「わたくしも、このくらいがいいです」
思わず、ぷらんと下がった自分のモノを見下ろしてしまった。
あ、そう。
莉子がいいなら、いいけど。
「でもこれ、いつまでもこのくらいじゃないけど?」
やんやん、と莉子が体をよじった。
バカ。
くだらねえこと言ってないで、ベッド行くぞ、ベッド。
「はいっ」
喜ぶな、あからさまに。
莉子をベッドに転がして、その上にダイブする。
ちくしょう、逃げるのがうまくなったな。
「こらこら、ちゃんと見せろ」
「でも、お風呂でさんざんご覧になりました。それはもう、ねちっこく、舐めるようにねばっこく」
ねちっこくねばっこくはこれからやるんだ、覚悟しろ。
組み伏せるように抑えた肩に、新しいあざができている。
「あ、痛いか」
赤い斑点を散らしたような跡を指先でなぞると、莉子が目を丸くして俺を見上げた。
「いえ、なんともありません。お庭の肥料を運ぶのに肩に担いだら内出血してしまっただけです」
内出血するほど重いものを、メイドが運ぶ必要なんかないじゃないか。
何のために男の使用人がいるんだよ。
「わたくし、力持ちです」
がばっと起き上がって、俺の上に乗ってくる。
危ないじゃないか、やめろって、力持ちはわかったから、こら。
うきゅっうきゅっと莉子が笑う。
もしかして、もしかしてだけど、こいつ、本当にそそっかしいだけなんじゃないか。
それで、あちこちケガをしてるだけなんじゃ。
俺の上に乗った莉子を暴れないように抱きしめて、そんなはずはないと思い直す。
そうだったら、いいのになという俺の願望。
陽子さんがそんなことをするなんて思いたくないという、甘ったれた希望。
「莉子……」
俺、どうしたらいい?
莉子のことも大好きだけど、陽子さんも大事なんだ……。
「旦那さま、旦那さま」
……ん?
「どうなさいました?まさか、今日はこれでお預けですか?」
うーん。
「人混みにお出かけでしたから、お疲れですか?」
莉子が俺の髪に指を入れて、頭をつかんだ。
「せっかく、ジムに通ったり野球の練習をしたりなさってるのに、ちっとも役に立ちません」
バーカバーカ、体力なら余ってるよ。
俺が軽くおでこにデコピンすると、莉子は大げさに後ろに倒れた。
その上に乗りかかって、くだらないことを言う唇をふさいでやった。
ぷるんぷるんだ。
この柔らかくて弾力があって適度な湿り気と温度が好きなんだよな。
もちろん、うっすら赤くなったほっぺたとか、熱くなった耳たぶとか、脈打つ首筋とか、くっきり浮いた鎖骨とかも好きだ。
ぷるっとして手ごろな大きさの柔らかいおっぱいは大好きだし、すんなりした二の腕やくびれたウエストや、ぽつんと凹んだヘソも好き。
その下の、もじゃもじゃしてるのに柔らかい茂みと、ぴったり閉じてるくせに早く開いて欲しくてウズウズしてるような太もも。
あー、ヤバイ、俺、莉子大好き。
「あん、旦那さま」
莉子が甘えた声を出す。
腹が減ると機嫌が悪くなって怖い顔で見上げてくるくせに、こんなふうに見上げてくるのは卑怯なくらいかわいい。
腕の付け根の柔らかいところに吸い付くと、莉子が俺の髪の中に指を入れてぐしゃぐしゃにした。
こらこら。
「奥さまは」
え?
「甘いお花の香水をつけてらっしゃるんです」
あ、そう。
確かに、陽子さんはいつもいい香りがするな。
メイドは香水やアクセサリーをつけられないけど、莉子も女の子だからそういうのが好きなんだろうか。
「買ってやってもいいぞ」
言うと、莉子が俺の頭皮に噛み付いた。
なにすんだよ、痛いじゃねえか。
「お帰りになったとき、フルーツみたいな甘酸っぱい香りがしました」
……えーと、俺?
「どなたと、ご一緒だったのですか。香水の香りが移るくらい、ぴたっと」
いや、誤解誤解。
陽子さん以外の人っていえば桜庭美月だけど、そんな香水つけてたっけ?
だいたい、匂いが移るほど接近してないし。
頭の中で思いっきり動揺しながら、手は莉子のおっぱいを揉んでいる男のサガ。
俺がすっかり陽子さんの作戦と桜庭美月について白状すると、莉子ははうん、と変な声を出した。
「嘘でございます。お帰りが遅かったので、カマかけました」
う。ずるいじゃねえか。
莉子が俺の肩をつかんでくるんと体を入れ替え、上になった。
「それで、そのお嬢さまは気に入ったんですか」
「そんなわけないじゃねえか。……莉子がいるのに」
莉子が、俺の体の上に伏せる。
「でしたら、結構です。約束どおり、ちゃんと待ってたら帰ってきてくださいましたし」
ここで俺を待ってろと言ったことが、莉子にとってそんな大事な約束だったとは思わなかった。
「……うん。だからさ。ご褒美くれ」
「ごほうび?」
俺は莉子の重みを感じながら、その耳元でくふくふっと笑ってやった。
「して」
莉子の体温がかっと上がった気がする。
やんやん、と抵抗するふりをしながら、莉子は毛布を引き上げてその中にもぐりこむようにして俺の足元に移動する。
「てろん」
指先で俺のをつまみあげる気配がする。
効果音をつけるな、なにがてろん、だ。
「どうしますか、ゴシゴシですか、ペロペロですか」
莉子、言い方がエロいって。
「じゃあ、パックリでペロペロでチューチューしながらゴシゴシ」
毛布の中で莉子が不満そうに抗議した。
「旦那さま、注文が多すぎます」
う、パックリされた。
スリスリと太ももを撫でながら、舌先で先端をつついている。
うん、さっき丁寧に洗ったかいがあるだろ、存分に舐めろ。
あー、すげーいい。
毛布の中に手を入れて、莉子の髪や肩に触った。
この辺には、打ち身のあざはなかったな。
触っても痛くないかな。
弁当には文句を言うくせに、本当に辛いことには愚痴を言わないんだ。
バカメイド。
桜庭美月と話の弾んだ俺をうれしそうに見ていた陽子さんを思い出す。
ほんとに、どうしたらいいのかな……、ああ、気持ちいいな。
莉子が根元に手を添えてこすり始める。
あー、うう。
このままじゃヤバイ。
莉子の背中をさすって、もういいと伝える。
いつもなら交代ですねとうふうふ笑うくせに、今日の莉子はやめなかった。
いやいや莉子さん、それ続けるとちょっと危ないんですけど。
まだ莉子になんにもしてないのに、俺だけイっちゃうんですけど、莉子ってば。
「あむっ、いいんです、ずっとしますはら、ほのままひまふはら……」
なんかおかしいぞ。
なんでそんなにムキになってんだよ。
「あんっ……、旦那さま」
莉子が一生懸命してくれているのに、俺はちょっと冷めた。
毛布を上げて莉子が不満そうな顔を出す。
「てろんってなっちゃいました」
うん、いいからちょっと来い。
莉子の体を引き上げて、顔を近づける。
「どうした?そんなにムキにならなくても俺はいなくならねえよ」
軽く言ったつもりなのに、莉子の目に涙が盛り上がった。
「ほんとですか」
え?
「わたくし、野球もわかりませんし、お仕事のことも、お、音楽のことも」
俺の胸の上に、莉子の涙がぱたぱたと落ちた。
「メイドの仕事だって、メイド長や奥さまにも教えていただくのに上手にできません」
莉子を、ぎゅっと抱きしめた。
「ですから、わたくし、せめて、できることは一生懸命いたします」
いいんだよ。
莉子は、今のまんまでいいんだ。
できないことは覚えればいいし、どうしてもできなければあきらめてもいいんだ。
俺にできることなら教えてやる。
そうだ、ピアノをやろう。
前に教えてやるって約束したじゃないか。
ドレミから始めるぞ、一の指二の指三の指。
んでもって、それはそれとして、今はこっちやってもいいか?
くひゅ、と莉子が泣き笑いをした。
その目尻とほっぺたにキスをした。
胸を手のひらで包んで、指の間に乳首を挟んだ。
そのまま揺らすと、莉子が濡れたまつ毛の目を伏せる。
莉子を仰向けにして、俺が上になる。
指先で乳首をクリクリすると、固くなる。
気持ちいいのかな。
莉子がさっき俺にしてくれたように、舌先でつつく。
弾力があって面白い。
おい莉子、俺のも面白かったか?
乳首も、おっぱい全体も、強く吸ったり揉んだりさすったりする。
「ん、あん……」
莉子が俺の肩に置いた手に力をこめる。
胸から脇腹、背中の方まで唇を這わせると、ますますうっとりした顔をする。
腰を持ち上げてひっくり返すと、莉子はちょっと抵抗するように俺の腕に手をかけた。
なんだよ。
莉子が俺を見つめてまつ毛をパタパタした。
「後ろからですか?」
バーカ、莉子が嫌がることなんかしねえよ。
俺は後ろからもしたいけど、莉子が嫌ならしなくていい。
どうせ、すぐに顔が見たくなっちまうんだし。
「旦那さま……」
莉子が俺に抱きついてキスをねだった。
舌を絡めている間に、莉子の手が下がって俺に触れる。
「んふ、む……、あ」
キスしてるのにしゃべるなよ。
「かちんこちんに、なってます……」
あ、うん、そうかも。
「旦那さま」
うんうん、ちょっと待て、慌てるな。
俺のほうはカチンコチンだけど、莉子の方がぐしょぐしょになってないとな。
今、確かめるから、ちょっと転がれ、ほらほら。
「あんっ、そんな、いきなり変態……」
だから全然変態じゃねえだろ、莉子をひっくり返して脚つかんで広げて、あそこを確かめてるだけだ。
お、なんかいい感じ。
閉じるな、味見しなきゃならねえから。
かき分けるようにして舌を入れると、莉子がはうんと鳴いた。
指を使って、中のほうまで探る。
暖かくって狭くって、こんなとこにでっかくなった俺が入ってしまうなんて不思議だな。
まあ、赤ん坊が出てくるくらいだしな。
……赤ん坊?
莉子がここから、赤ん坊を?
誰のだよ。
おい、莉子、誰の赤ん坊を産む気だよ。
指を増やして中をかき混ぜる。
「あん……、あ、あん……」
お、ここがいいのか。
手の平を上にして、莉子の表情を伺う。
頬を赤らめて、甘い声で呼吸を乱して、時々何かを探すように手がシーツの上を滑る仕草。
ちくしょう、かわいいじゃねえか。
いつか莉子が誰かの赤ん坊をここから産むなんて考えられないけど、今の莉子はすげえかわいい。
今の莉子は、俺だけの特別だ。
呼吸が短く速くなる。
イクのかも。
「んあっ、や、な、那智さま、いやっ、ああっ、あっ、あうっ」
急に莉子の腰が浮いて、背中が反り返った。
そのまま痙攣するように突っ張って、ぱたっと落ちる。
莉子の中から湧き出た蜜ですっかりふやけた指を抜いて、シーツの端でぬぐった。
這い上がって莉子の顔を覗き込む。
「どうした?落っこちたか?」
「ん……、あ、な、那智さま」
半泣きの顔で、莉子が俺の首にしがみつく。
「わたくし、わたくし、また落っこちてしまいました……、ど、どうしましょう」
うん、いいじゃねえか。
落っこちるの、気持ちいいだろ。
それはその、そのような感じもいたしますけれど、でもとても不思議で、ふわふわします。
うんうん、俺もすごく気持ちいいと駆け上がって落っこちるみたいになる。
那智さまも、落っこちますか?
落っこちるよ。莉子がすげえかわいいと、俺も落っこちる。
わたくしが、あの、ぱくってしますと、落っこちますか。
うん。でも莉子にぱくってしてもらって駆け上がって、それからこの中で落っこちたいんだけど。
よくわかりません。
そっか。ま、いいよ。
で、莉子さん、俺もう駆け上がってる状態なんですけど。
はい?
落っこちてもいいですか?
俺の首に巻きついていた莉子の腕がほどける。
「……落っこちて、ください」
はいはい。
莉子がうふんうふんと笑い、俺に逆らわずに脚を開かせてくれた。
えーと、一応アレをな。
つけといたほうがいいと思うんだ。
で、新しいの買っておいたぞ、ちょっと恥ずかしかったけど。
なんか薄くてぶつぶつとかついてて……、それつけると、莉子が喜ぶんだってさ。
そういう説明なさるのって、変態……。
だから、ヘンタイしゃねえって。むしろ健全なんだけど、つけてくれる?
あ、やっぱりそれは嫌なわけだな。いいけど。
いや、俺はほら、世界のタカシナの社長だから。
ゴムくらい、自分でできる。威張ることじゃないけどな。
膝を立てて、腰を近づけた。
この中、好き。
「んっ……」
あ、莉子ももう一回ふわふわしてくれていいからな。
俺と一緒に落っこちて、いいから。
ゆっくりと根元まで入れて、じんわりと締めてくる感触と暖かさを楽しむ。
そうっと引くと、莉子が小さく鳴く。
それが心地良くて、繰り返した。
莉子の上に伏せるようにして腰を密着させ、揺らしながらキスをする。
唇がぷるぷるで、柔らかいおっぱいが胸に当たって、莉子の素肌が密着して、中はあったかくって気持ちよくて。
早く思い切りこすり付けて気持ちよさを追求したくもあり、このままじわっと高まってくる快感を楽しみたくもある。
「那智さま、わたくし……なんだかまた、ふわふわと……、あん」
そうかそうか。
莉子を抱きかかえるようにして転がり、繋がったまま横になる。
こういうのもいいだろ、とささやいたら、もう4分の1回転して莉子が俺の上に乗った。
上は好きじゃないんだろ?
「後ろよりは、ずっと好きです」
あ、そう?
莉子が俺の上で揺れた。
あ、そういうの、ちょっと反則気味に気持ちいい。
「うあー、ふわふわする……」
思わず口に出すと、莉子がうふうふっと笑った。
「はい、わたくしも、ふわふわで、むずむずです……」
俺も俺も、俺もムズムズする。
しばらく莉子が俺の上で揺れたり回ったり上下したりしたもんだから、もうすげえムズムズする。
「ギブ」
莉子を抱えて、半回転した。
「んじゃ、落っこちに行くから」
返事を聞かずに、動いた。
「あ、……あ、あ……、んっ、あ……」
小さな声が、呼吸に合わせたように続いた。
いい声。
莉子の体の両脇に手をついて、腰を打ち付ける。
俺の両腕に、莉子の手が触れる。
ヤバ、もうどこ触られても気持ちいい。
ちくしょう、指先で俺の乳首なんかいじくるんじゃねえよ、余裕だな。
ああ、気持ちいい。
俺、こういうの莉子しか知らないけど、だからって他の誰かとしてみたいとも思わないのはなんでだろう。
もう、ずっと莉子とこういうことしていたい。
「あん、那智さま……」
あー、落っこちる。
もう少しで、落っこちる。
この言い方、いいな。落っこちるって。
俺と莉子だけの暗号だな。
落ちるぞ、いいか、う、うわ、あ。
気持ちいい。
ふにゃふにゃと変な声を出しながら絡み付いてくる莉子を抱き寄せて、ちょっと強くなった匂いを思い切り吸い込む。
莉子の匂いだな、と思っていたら、莉子も俺の腋に鼻をつっこんでくんくんしていた。バカ。
肩にすり傷のできていたところがかさぶたになり、それも取れかけている跡を指でなぞった。
陽子さんに話そう。
俺が、莉子を特別なメイドにしてるってこと。
だから、陽子さんにも莉子のことを好きになってもらいたい。
うまく言えないけど、陽子さんが影でこっそり意地悪しているとしたら、きっと俺のせいだ。
莉子を特別扱いしていても、俺は陽子さんのことは大事だし、せいいっぱい親孝行するつもりだということも言う。
それで良くなるかどうかはわからないけど、言うだけは言おう。
俺がガマンしてくれって頼んだことを莉子は頼んだ以上にガマンしたから、俺もがんばるからな。
「ひゅあん……旦那さま…、落っこちてしまいましたか……」
うんうん。すんごい気持ちよく落っこちた。
「だいじょう、ぶ、でございます。わたくし、力持ちですから、旦那さまがあんまり落っこちすぎないように、ちゃんとつかまえて、ぶらさげます……」
それから、きゅぷっと笑った。
「あ、ちゃんとぶらさがってます……」
そういう言い方するな、触るな引っ張るな、もう一回落っことしてやるぞ。
いやあん、うふうん、と言いながら、莉子が俺に抱きついたまま転がる。
なにがいやあんだよ、やる気じゃねえか、二回戦。
次の朝、陽子さんに莉子のことを話そうと意気込んでいると、先手を打たれた。
「なっくん、今日のお帰りは遅いかしらね。奥さまたちと舞台を見に行くんだけど」
あ、そう、うん、いってらっしゃい。どこかで夕食してくるんでしょ?
「帰りにうちでお夕食することにしたの。もしなっくんが帰ってきたときにみなさんがいらしたら、ご挨拶してね」
はい。
陽子さんはすっかり以前どおり、タカシナの奥さまの社交を復活させているらしい。
話は、また明日になるかな。
その日、俺は会社でちょっと不愉快な私用メールを受け取った。
あれほど、クビにしてやる二度と食品業界で働けないようにしてやるとクギを刺したのに。
『またお屋敷にお邪魔してもいいですか。鶯原さんがいらっしゃるときに』
長尾の、ばかやろう。
ぷりぷりして屋敷に帰り、さっさと陽子さんのお客さまに挨拶して離れに行こう、長尾の顔なんか覚えてもいないはずの莉子と特製三段重弁当アイスクリーム付きを食って、目一杯いちゃいちゃしてやろう。
「こんばんわ、高階社長」
「まあ、大きくなりましたわね、那智さん」
「おひさしぶりですわ、坊ちゃん」
「奥さまがお元気になられてようごさいましたね、那智ちゃん、いえ高階さま」
マダムたちが口々に俺に言う。
そして、テーブルの一番奥に、一人だけ齢の離れた若い客。
「今日は初めてお招きいたしましたのよ」
にっこり笑った陽子さんが、若い客を前に押し出した。
控えめに上品な笑みを浮かべた、マダムたちのマスコットのような。
桜庭美月。
――――了――――