『メイド・莉子 10』
会社で、深刻な顔をした重役が、俺にタカシナの重工業部門の業績不振を告げた。
なにがどう悪いのか俺にはわからなかったけど、重役の口調によればタカシナのトップが若くて無知で実績のない若造だということで、国内外の信用がなく、それがあーなってこーなってそーなって、結局重工業部門がワリをくったんだそうだ。
あまりにも難しい話で、俺は黙って聞いているしかなかった。
すでに業界では噂になっているもののメディアに情報が漏れる前に、「タカシナ重工の社長を解任して、新たな人材を据えて、大幅な人員削減で経営の立て直しを図りたい」そうだ。
そうすると、削減された人員ってクビってことなんだよな?
いろんな資料や数字を詰まれて、俺はただ自分の無力を噛み締める。
父親が生きていれば、兄貴がタカシナの社長になっていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
もしタカシナ重工が人員を削減したら、リストラされた人たちはどうなるんだろうか。
俺が頼りないせいで、たくさんの人が路頭に迷うんだろうか。
毎日帰りが遅くなり、陽子さんの見舞いも美月にまかせっきりになり、草野球も行かなくなった。
それでも、俺は頭で状況を把握するのさえ精一杯で、なにもできない。
莉子に弁当を買ってやることもできない時間に、ぼろぼろに疲れて屋敷の離れに帰る。
タカシナの社長が俺じゃなかったら。俺がもっとちゃんとデキる社長だったら。
タカシナ重工の何百人もの社員とその家族に、迷惑をかけることもなかったんだよな。
「おかえりなさいませ、旦那さま」
事情は説明していないけど、莉子は俺になにも言わなかった。
風呂を入れてくれて、ぼーっと座っている間に髪から体まで全部洗ってくれて、肩までお湯に浸からせて200まで数えてくれて、湯上りに転がったベッドで脚とか肩とかマッサージしてくれる。
あったかくて気持ちよくなると、眠くなる。
毎日、この繰り返しだった。
俺は何にもできず、タカシナ重工の業績は改善しなかった。
そしてついに、タカシナは重工部門を刷新して、外部から経営陣を迎えることになった。
俺には、ひとつのことだけが提案された。
タカシナの社長として、経営に関することはなにひとつ期待されない俺に、たったひとつ。
……どうしよう。
重い気分で、俺は屋敷に戻る。
「おかえりなさいませ」
離れで、莉子が出迎えてくれた。
「ひさしぶりに早く帰れたからさ、弁当買ってきた」
本当は、早く帰って、明日からの週末でじっくり考えてくださいといわれたんだけど。
莉子は嬉しそうな顔で、俺の手から弁当の紙袋を受け取った。
「ホテルタカシナですね」
うん、ついでがあったからな。ホテルタカシナのレストランで詰めてもらったんだ。
あ、長尾のとこの弁当が良かったか?
ネクタイを緩めながら、保温カップに入ったスープを取り出す莉子に聞いた。
「いえいえ、とんでもありません。あ、長尾さまもお弁当をお持ちくださったんですけど」
は?
「旦那さまのお帰りが遅いと思い込んで、いつもどおりメイドの休憩室に置いてきてしまいました」
ちょ。
ちょっと、待ってもらえますか莉子さん。
長尾が、どうしたって?
莉子が、ソファ前のテーブルに弁当の折詰を並べた。
「はい、長尾さまが、お店で余ったお弁当を持ってきてくださるんです」
え。
「旦那さまが、お屋敷のメイドはサザンクロスデリバリーのお弁当が大好きだとおっしゃったのでしょう」
あ?
「それで、残ってしまったお弁当を、時々お届けになってくださるんです」
……あの野郎。
俺が忙しくしてる間に、なにをこそこそと屋敷に出入りしてるんだよ。
何回か離れに招いたことはあったけど、俺の留守に母屋にまで顔を出していいとは言ってない。
しかも、メイドに弁当を、なんて言って狙ってるのは莉子に違いない。
だいたい長尾みたいな奴が、そうそう廃棄を出したりするような在庫管理をするもんか。
莉子を食べ物で釣ろうなんて、なんつー正確な判断。
「なんの話してるんだ、長尾と」
くふっ、と莉子が笑う。
「旦那さま旦那さま。こんがりでございますか」
焼いてねえよ、やきもちなんか。
「長尾さんはメイドたちに、お弁当の感想を聞いてらっしゃいます。若い女の子の意見がいいんだそうです」
若い女の子そのものがいいんだろうが。
「なんでも、サザンクロスはあんまり売り上げが良くないことがあって、長尾さまがお買い物するお客さまに若い人を狙った、えーと」
莉子が弁当を開けてごくんと喉を鳴らした。
「そういう、カイカクをしたら、お弁当が売れたんだそうです」
……へえ。
「それで、旦那さまもこのところお忙しいので、大変ですねとおっしゃってました」
そうか、長尾も業績不振を乗り越えた経営者なんだな。
タカシナ重工のことはもうニュースにもなってるし、俺のことも気にしてくれてるんだろう。
「わたくしにも、旦那さまのお世話をよろしくということでした」
なんで、長尾が莉子に俺をよろしくするんだ。
あいつ、聞こえてないフリしてたけど莉子が俺のメイドだってちゃんとわかってるな。
俺は莉子の腕をつかんで引き寄せ、膝の上に転がした。
仰向けに膝の上に寝転んだ莉子が、目を丸くして俺を見ている。
「莉子、怒ってんのか」
「はい?」
「俺が忙しいから。弁当も買って来てやれないし、ピアノもぜんぜん見てやってないし、その」
夜も、してないし。
前かがみになって莉子の顔を胸で潰しそうになりながら、テーブルの上の弁当を手に取った。
国産和牛のサイコロステーキと温野菜、キノコのソテー。
「だから、長尾なんかにホイホイといい顔して、弁当なんかで買収されて」
あごに指をかけて口を開けさせ、俺が半分食いちぎって小さくしたステーキを入れてやる。
もし、もし長尾が莉子に本気になって、毎日サザンクロスの弁当を食い放題だから嫁に来いとか言ったらどうしよう。
莉子がよだれをたらしながら、飛び跳ねながらついて行ったら、どうしよう。
でも、莉子にとっては長尾くらいの家だったら、本社社長宅のメイドから嫁になっても幸せかも。
なに考えてるんだ、俺。
「はひゅはひゅ、おいしいです、柔らかくってジューシーで、ほんとに」
うっとりとステーキに舌鼓を打ちながら、莉子がもだえる。
俺だって、莉子の事、全く考えてないわけじゃない。
だけど、同時に別のことも考えてる。
タカシナ重工の建て直しのために、俺ができる、唯一のこと。
ただでさえ若造でシロウトで信用のない俺が、タカシナの社長として、できること。
きちんと重工部門をバックアップをしてくれるところの筋から、嫁をもらうこと。
今どき、そんな政略結婚みたいなことがあるのかと驚いたけど、意外とそういう縁が大事なんだそうだ。
そうしたらタカシナ重工のことも、最低限でなんとかなるんじゃないかということだった。
だって、タカシナグループとそこに働く何千、下請けの何万という従業員とその家族の生活を守る責任が、俺にはある。
だけど、そうしたら莉子とのことはどうなるんだろう。
……桜庭エンターテインメントが、人材を送ってくれます。
重役は、そう言った。
桜庭家が、正式に人を立てて縁談を申し込んでくる用意がある、とも。
俺はその話を聞きながら、目の前にあるタカシナ重工の資料とをじっと見ていた。
俺はタカシナグループのために、そこに関わる何万人もの人のために、はっきりと桜庭美月か他の誰かと結婚しろって言われたら、断れないだろう。
タカシナの下請けや孫請けの社員か派遣社員の誰かが、シロウトみたいな本社社長のせいで人員削減されて、そこの年老いた親が満足な介護を受けられなくなったり、子どもが進学を諦めたり、欲しい玩具を買ってもらえなくなったりすることがないように。
父親と兄貴が死んで、俺がピアニストを辞めて社長になった時にそこまで考えていたわけじゃない。
ヨチヨチ歩きながら、社長として仕事を覚えようとし始めて、長尾や桜庭みたいな俺と同じ跡取りが、ものすごくしっかりした考えで仕事をしているのを見て、やっとぼんやりそう思うようになったんだ。
まさか、そうしなければいけない時がホントに来るとは。
桜庭美月との話が正式に決まった日、俺は莉子に話した。
なかなかい言い出せなくて、ようやく言ったのは風呂の中だった。
莉子は、にこっとして頷いた。
俺のこと、一言も責めずに。
「……俺さ、莉子」
「はい」
「もし、もし今度また人に生まれるようなことがあったらさ」
「はい」
「できるだけ早く、莉子のこと探すから。探して、会って、好きになるから」
「……え」
莉子はひとさし指をちょんとあごに当てた。
何の慰めにもなってないのに、莉子はちょっと考えた。
「では、わたくしはあんまりウロウロしないようにします。わたくしが旦那さまをお探ししてるうちにすれ違うと大変ですから」
バカメイド。
「……で、18になったら、すぐ結婚する。それで、長生きするから」
莉子が、黙って俺を見ている。
「一日でも長く、ずっとずっと莉子と一緒に暮らすからさ。ジイサンになるまで、ずっといちゃいちゃするから」
だから。
だからさ。
「……今の人生は、俺に譲れ」
俺は、今、莉子と、莉子とだけ、ジイサンになるまでもふもふして過ごすっていう妄想を諦めるから。
だから、莉子も諦めろ。
俺のワガママに、莉子の夢を譲ってくれ。
高階家の奥さまになる夢を、諦めろ。
「わたくし、そんな夢を見ておりません」
お湯の中で俺に抱きついて、莉子がのぼせたような赤い顔を俺のほっぺたにこすりつけた。
「それはもう、ちょっぴりでも長く旦那さまのおそばにいられたら、運がいいと思ってますけど」
欲がなさすぎ。
「旦那さまは、わたくしのこと、お好きですか?」
うん、好き。大好き。一番好き。
「わたくしの父母が健在でした頃はそれは仲良しでした」
……うん?
「父母はお互いが一番好きで、二番目にわたくしのことが好きでした。ひきとってくれた祖父母も、わたくしのことかわいがってはくださったのですけど、空手道場の生徒とか大会とか、大事なことが一杯あって」
……うん。
「学校で一番中がよくて大好きだったお友達も、わたくしよりも仲の良いお友達が他にいました」
……。
「だから、そういうの慣れてました。ですから旦那さまが、わたくしより大事な女の方がいらっしゃっても」
そんなことない。
今までの誰かがそうでも、俺は莉子が一番だ。
他の女と結婚しちゃうけど、莉子が一番好きで一番大事だ。
こんがりやきもち焼いたと言いながら、やけに物分りのいい莉子がかわいそうで、俺はボロボロ泣いた。
莉子の事が一番好きなのに、他の女と結婚する俺がバカすぎて、泣いた。
桜庭美月は嫌いじゃないけど、莉子の事が好きなのに。
「そういうデリカシーのないこと言うと、奥さまに嫌われます」
莉子は、俺が泣き止むまで柔らかいおっぱいで包むように抱いてくれた。
それから、俺を抱きかかえるようにしてベッドに転がり込む。
「旦那さま」
うん。
「これで、おしまいですか」
今夜が、一緒に過ごす最後の夜なのですか。
聞いてることは殊勝なのに、俺の上に馬乗りになってるってどういうことだ。
「莉子。俺の妾になってくんねえのかよ」
にゅほ。
その笑い方、変だって。
「奥さまに叱られないくらいには、ご一緒してくださいますか」
……うん。
答えようとしたら、唇を奪われた。
ああ、犯される。
莉子ははりきって俺の舌を吸い、からめてきた。
うまくなってる。
誰とどこで練習したんだよ、こんなこと。
あ、俺と、ここでか。
うん、気持ちいい。
「……旦那さま」
なに、今いいとこなんだけど。
「奥さまになるのは、あのおきれいなお嬢さまですよね」
そういうこと今、俺の乳首をはじきながら言うな。
「男の人とお付き合いしたことのある方でしょうか」
さ、さあ、どうだろう。
思わず、清楚にたたずむ美月の姿を思い浮かべてしまった。
萎えるって。
「でしたら、あんまりねちっこくねばっこくはいけません。さらっと、優しく、丁寧に」
莉子が俺に教えるな、バカ。
「あん、でも旦那ひゃまが、奥ひゃまと、いいことしてると思ったら、きっとわらくしは、一人で真っ黒焦げに」
だから、やめろって、俺を咥え込みながらフガフガ言うの。
話しながらの息遣いがまた気持ちいい。
こんなに俺のツボを心得てるのは、莉子しかいねえよ。
育ちのいいお嬢さまには、こんなことしてもらえないだろうな、いて。
こいつ、歯を立てやがったな。
「らって……」
ああもう、わかったから。
今は俺と二人っきりで、素っ裸で絡んでるんだから、焦げるんじゃねえよ。
ほら、おっぱい舐めさせろ。
莉子の脇に手を入れて引っ張り上げ、仰向けにする。
ほうら、俺の好きなぷりっぷりのおっぱいが、ふたつ。
先っぽはもうちょっと硬いんじゃねえの、エロメイド。
ちょっと舐めてみるか。吸ってもいいか。噛んだりしてみたりさ。レロレロ。
「あ、あん、もう、旦那さま、ヘンタイ……」
俺のどこがどうヘンタイなんだよ。
めっぽう真面目なセックスしてんじゃねえか。
ああ、おっぱい柔らけえ。
ここに顔を挟んでこすりつけると、気持ちいいよな。
ちょっと大きさが足りない気もするけど、俺のって挟めるかな。
両側からこう、ぐうっと寄せてさ。おい、ちょっと自分で押さえてみろって、いいから。ほら。
やっぱ足りないか、いて、怒るなって。
うまく乗ればいけるんじゃねえの。よっこいしょ。どうだ。
あ、いいんじゃねえか。ちょっと強く挟んでみろ。う。
「旦那さま旦那さま、これ、なんていうプレイですか」
うん、パイズリ。
「これがパイズリでございますか、うんっ、あの、旦那さまのご本では、金髪の、きょ、巨乳の方がなさってました」
勉強熱心だな。
あ、なんかこすりつけるの、楽しい。
俺はちょっと容積不足の莉子の胸に、自分のパンパンになったやつを押し付けた。
うーん、気持ちいいけど、これで終わるのはムリだな。やっぱDVDと本当は違うのか。
莉子は一生懸命おっぱいを寄せてくれていたけど、俺はそろっと腰を浮かせた。
「あん、旦那さま、まだ」
うん、でもじゅうぶん気持ちよかったから。
莉子の事も、よくしてやる。
エロメイドが俺のツボを心得ているように、俺も莉子のツボを知ってる。
もう一度おっぱい、と見せかけて横乳に吸い付いた。
「んひゃっ」
くすぐったそうにするのを押さえつけて、脇腹を舐める。
「うょ、んにゃ、あうんっ、だ、旦那さま、あ」
ほら、気持ちいいだろうが。
腋の下とか横乳とか、ウエストのくびれたとことか、莉子は身体の両横が弱いんだ。
もちろん、おっぱいやあそこも弱いけど。
「はうん、あん……、ああ、ん」
弱々しい声で、莉子が鳴く。
遠回りに責めていくと、莉子はお尻を上げて揺らした。
「あん、だ、旦那さま、わたくし、ちょっと、じ、じんじんしてきました」
どれどれ。
莉子の浮いた尻に膝を差し入れて、太ももに手をかける。
ぱかっと開いたそこに、顔をつっこんだ。
お、濡れてんな。いい匂いするぞ。
「やあん、だ、旦那さま、ヘン」
変態でいいよ、もう。
閉じたそこを開くと、くちょっと音がした。
濡れているのをかき分けるようにして、柔らかいところに指を当てる。
「莉子」
「……にゃ、は、はい」
「トロトロのふよんふよんだぞ」
「ひぇ、やん」
「あっつあつの餅みたいだな。つっこんでいいか」
「へ、や、そんな、あ」
指先を入れると、ぬるっと入る。
浅いところを動かすと、ぴくぴくと痙攣した。
「どうですか、莉子さん。お加減は」
にょあん、と莉子が鳴いた。
面白いな。
いじっていると、上のほうにぷるんと赤いのが見えてきた。
「こっち触ろっかな」
一応、断っておかないとな。
刺激が強いらしくて、前にいきなり触ったら莉子の脚が飛び跳ねて蹴られたことがある。
ぽちっと赤くなったのの縁のほうから、つんつん突く。
「んや……、あん……、は、あ……」
くるくるとなぞってやると、莉子の手が俺の頭に乗った。
気持ちいいんだ。
DVDとエロ本で勉強してた頃にはわかんなかったな。
ここにいきなり震える玩具を押し付けてアンアン言わせてるやつあるけど、痛くないんだろうか。
莉子にやったら、蹴り殺されそうなのに。
下の方にすぼめた口をつけて、そうっと吸った。
「んああっ、あん、あ、ああっ、や、あん、やっ、な、那智さま、あん、あああっ」
俺の頭をむっちりした太ももが挟み込む。
息ができなくなるんだけど、ま、いっか。
楽しいし。
「あ、はあん、はあ、ん、あん、な、なちさまぁ、ああん……」
うん、その声が好き。
困ったな、俺、やっぱり莉子が好きなんだよな。
美月と結婚したら、莉子とこんなふうにできるかな。
いや、したいけど、する気だけど、それって世間的にどうなんだろう。
美月は怒るよな。
やっぱ隠れて会うのかな。
あれ、莉子は俺の部屋で眠るわけにはいかないよな、どうしよう。
「なーちーさーまー……」
一度ぴんと足を伸ばして弓なりになった莉子の脚の間に顔をつっこんだまま、グズグズ考えていたら、莉子が俺の髪をつかんだ。
なにすんだよ、バカメイド。
「あんまり心配しなくていいです。わたくし、日陰にいますから」
おっぱいに包まれて、俺はすみません、とつぶやいた。
ほんと、情けないお坊ちゃんで、すみません。
妾囲う甲斐性もないのに、囲おうとしてすみません。
「うひゅ、うひゅ。旦那さま、あったかい」
いえいえ、莉子さんもあったかいです。
「な、莉子」
「はい」
さっきさ、脚がぴょんってなった時、落っこちた?
「…んもう、旦那さま、えっち」
だって、俺、まだ落っこちてないもん。
パイズリだけじゃ、落っこちれなかったからさ。
見て見て、ほら、すんげー元気だろ。
「やん、もう」
嬉しそうじゃねえか。
だからさ、俺が気持ちよーく落っこちるために、莉子さん、そこに転がって脚を開くっていうのはどうですか。
「やんやん、やんっ、変態、旦那さまヘンタイっ」
ヘンタイが好きなくせに。
ほら、ここだってぐしょんぐしょんだし。
どうでしょう、ここに俺のビンビンなヤツをお邪魔させるっていうのは、いて。
「もう、いじわる……」
わかったよ。
ちょっと焦らしすぎたらしく、莉子は涙目で俺を見ている。
俺の肩を叩いていた手を、開いて見せた。
いつの間に手の中に握っていたのか、しわくちゃになったゴムが乗っている。
こんなに潰れてるの、大丈夫かよ。
俺は引き出しから新しいのを出して、つけた。
しわくちゃのは、莉子が枕の下に押し込んだ。
改めて莉子の腰を抱え込み、先っぽを当てると、するんと吸い込まれた。
うお、さすが、相性いいよな俺たち。
早く、と莉子がせがんだ。
んじゃ、遠慮なく。
ゆっくり奥まで進む。
なんていうんだ、この感触。
あったかくって、ねっとりして、絡みつくように一番気持ちいい強さで締めてくる感じ。
最初の頃はもう、その気持ちよさに夢中でとにかく腰振ってたけど、今はちょっと余裕まである俺。
ああ、余計なことは成長するんだな。
莉子が気持ちいい場所にうまく当たるようにできるのも、成長の証。
「は、あ、ううん…、那智さまあ……」
こらこら、俺を置いてきぼりにして落っこちるなよ。
ちょっと、上になれ。
あ、うん、いい。
俺の胸に手をついて、莉子が腰を上下する。
あ、ちくしょう、俺のいいとこわかってる。
う、あ、おっ、く、うあ、ああ。
やば、俺、もうイッちゃうかも。
ああ、莉子にイかされる。犯される。助けて。
「あん、だめです、旦那さま。メイドに乗られて落っこちるなんて、タカシナの社長として、あっ、もうっ」
グダグダうるさいな、俺が腰振ればいいんだろ、ほら。
「んっ、あ、あんっ」
うあ、締めやがった。
ちくしょう、気持ちいい。
やっぱ俺、時々でもいいから莉子とこんなふうにしたい。
ごめん、ダメ社長でダメ旦那でダメ夫だ、俺。
「で、でも、…わたくし、は、だ、旦那さまが…大好きです」
うん。ごめん。ありがとう。
ほんとにごめん。
莉子。
だから俺、落っこちてもいい?
「莉子、俺さ」
気持ちよく落っこちて、力尽きたところを莉子主導できれいにしてもらって、俺はくったりと倒れこんだ。
莉子が今日何度目かのおっぱいで俺を包む。
俺は、ひとり言のように呟いた。
「今は莉子の事、ものすごーく幸せには、できないかもしれない」
莉子がぎゅっと腕に力をこめた。
窒息させる気か。
「……はい」
「だけど、不幸にはしないようにがんばる」
莉子の手が、俺の髪をなでる。
「……はい」
なんか、汗かいたから、あとでも一回風呂に入ったら、また髪洗ってくれ。
「……だからさ、最悪、今は2号で我慢しろ。な」
「……旦那さま、旦那さま」
莉子が、くふっと笑った。
「わたくし、じゅうぶん、幸せです」
うん。そっか。
せめて、3号は作らないようにするよ。
だから、リンスもしてくれ。
数ヵ月後、俺は桜庭美月と結婚式を挙げた。
美月は、申し分のないタカシナの奥さまになった。
俺は、美月との間に3人も男の子を作って、産まれるたびに莉子に脇腹をつつかれた。
長男は、タカシナの跡取りになった。
次男は、ピアニストに。
三男は、なんとプロ野球選手になった。
びっくりだ。
陽子さんはついに、もう一度目を覚ますことはなかった。
俺は、何十年もかけて、ようやくタカシナの社長らしくなったと言われ、還暦と同時にまだ早いと言われながら引退した。
そしたら、美月がヨーロッパで暮らす次男家族と一緒に住みたいと言って、行ってしまった。
ピアニストはピアニスト同士がいいんだそうだ。
俺だってピアニストだったのにと言ったら、あなたとだって楽しく暮らしましたよと笑った。
本当に、できすぎた嫁だ。
俺は、寂しくなりかけた頭の俺は、長男とその嫁と、小さな孫二人と一緒に屋敷に残った。
「おとうさん、話ってなんですか」
タカシナグループの若きトップとして、俺なんかより何十倍も信用と手腕のある長男が、忙しい時間をぬって顔を出した。
うん。
実はさ。
おかあさんも、ヨーロッパに行ってしまったことだし、おとうさんもちょっとワガママがしたいんだけど。
長男は、くすっと笑って肩をすくめた。
「わかってますよ。別宅に引っ越したいって言うんでしょう」
うん、できのいい息子っていいな。
「でも、タカシナの社長は苦労した先代を追い出したといわれたくありません。おとうさんがここを出て別宅で暮らすのは反対です」
え。
「ですから、ここに呼んでください。おかあさんにも、そうするように言われています」
美月。
ものすごく好きで嫁にもらったわけじゃなかったけど、一緒に暮らせばそれなりの情も沸いたし、不満はなにもなかった。
本当に、本当に俺には過ぎた嫁だった。
俺は、嫁も息子も、分不相応に恵まれている。
「うん。ごめん」
長男は、しかたないというように、笑った。
旦那さま、旦那さま。
庭で、莉子が俺を呼ぶ。
すっかり齢を取って、バアサンになって、でも莉子は莉子。
俺が人生で、ただ一人大好きな。
俺は、離れの庭に下りる。
暖かい日差しの中で、蕾の膨らんだ花を指さす莉子の隣りに立つ。
あーなんか、隠居した老夫婦って感じ。
「いけません、わたくしは2号です。そんなこと言うと、奥さまに叱られます。旦那さまが」
俺かよ。
な、莉子。弁当買ってきてやろうか。
莉子が、ふにょふにょ、と変な笑い方をした。
あ、それとも一緒に買いに行く?
莉子が目を丸くした。
「わたくしが?旦那さまと一緒にお出かけしてもよろしいのですか」
いいんじゃねえの。もう。
俺は莉子の頭に手を乗せた。
中身を使ってないから、莉子の頭は髪も白髪が少なくてふさふさだ。
「長尾のとこでさ、この近くに新しい店を出したんだ。ヘルシーでエコな、なんたらっていうコンセプトの新しい店」
莉子はちょっと首をかしげて、こくんと喉を鳴らした。
食いしん坊め。
「ちゃんとしたフレンチのレストランでもデリバリーとかやったりして、長尾って根っから弁当屋なんだよな」
「長尾さまも、今やタカシナフーズの社長ですものね」
お、なんだ、難しいこと知ってるじゃないか。年の功だな。
「毎年、お年賀状をいただきます。それに、別宅におりました時も時々お弁当を届けてくださいましたし」
あのやろう、孫が5人もいるくせに、人の愛人にまで手を出すか。
くひょくひょっ、と莉子が笑って俺の腕に遠慮がちに手をかけた。
「参ります。もうわたくし、お腹が怪獣になります」
うんうん、莉子の怪獣はすごい声で鳴くからな。
「あ」
庭を歩いてカーポートに向かいながら、莉子が声を上げる。
なんだよ。
「帰ってまいりましたら、わたくし、すぐにもお弁当をいただきたいのですけど」
うん、いいんじゃねえの。怪獣が鳴くし。
「そのあとは……」
ひとさし指をあごに当てて、俺を斜めに見上げる。
バアサンのくせにまつ毛をパタパタするんじゃねえ、かわいいから。
莉子が、俺にぎゅうっと抱きついた。
「その後は、ピアノを見てくださいますか?」
いいよ。
莉子は、何十年もかけて、ようやくごくごく初心者向けの練習曲が弾けるようになっていた。
才能のなさと、根気のよさは素晴らしい。
「あ」
今度はなんだ。
「順番といたしましては」
莉子の腹の怪獣が、準備運動のように軽く鳴いた。
「……ピアノになさいますか?それとも、わ・た・く・し?」
バカ莉子。
――――完――――