シクシクと泣きながら私のオフィスに連れられてきたのは、やはりミイッサ人の少女だった。
…宇宙中のあらゆる観光地でくだらない問題を起こす異星人の筆頭。土産ショップの片隅でうんうん苦しんでいるのを警備官のピーターが見つけたという。
「…わざわざ悪いわねピーター。事務所空けられなくて…」
この寡黙な元軍人はなぜか迷子を見つける名人だ。負傷で殆ど機械化された身体で異星人を抱き、ここまで連れて来てくれたピーターを見送って、ミイッサ人を仮眠用のベッドに案内する。ぐったりとした彼女は小さな声で私に詫びた。
「…ごめんなさい。ほんとに迷惑をおかけします…」
上手な標準語だった。彼らは成人でも地球人の十歳くらいに見える。旅行する全てのミイッサ人が背負っている、例のランドセルそっくりの赤い鞄を降ろし、彼女はちょこんとベッドに横たわる。
「…ええと、体調が悪いの? なにか持病でも?」
ここは先の大戦の激戦地であった戦争記念公園の静かな管理オフィス。異星人の医務スタッフは施設内にはいない。備品の医療アンドロイドでなんとか対応出来ればいいが…
「…いえ、その…」
編んだ栗色の髪から覗く尖った耳が垂れ、蜂蜜色の瞳が恥ずかしそうに曇る。
もうひとつ地球人と異なる、童顔に釣り合わない、はちきれそうに巨大なバストをぎゅっ、と抱きしめたミイッサ人は、消え入りそうな声で呟いた。
「…発情期、なんです…」
「え!?」
唐突な単語に思わず耳を疑ったが、私は公園管理官という公僕だ。異星からの客に失礼な態度をとる訳にはいかない。
「発情期、ってあなた…」
私はミイッサ人の生理構造、いや、異星人の身体については甚だ疎い。戦時下の学校では、そんな悠長な講義は聴けなかった…
「…私たちはだいたい六歳で最初の発情期を迎えます。初めてなので、動転してしまって…」
たしかにいつも大きな胸を揺らしながら施設内を騒がしく駆け回るミイッサ人にしては仕草が緩慢だ。しかしまあ、生命に関わる状況ではなくてホッと安心した。
「…でも、なんでそんなその…大事な時に観光旅行なんか?」
とりあえず毛布をかけてやりながら尋ねる。病気でなければ、どう対処すれば良いのかは彼女に訊くのが一番だろう。
「…休みが足りなくて、 有給休暇に発情休暇を合わせて、なんとか安い旅程を組んだんです。若いうちに、どうしても地球だけは見ておきたくて…」
確かに決して裕福という訳ではなさそうな服装だった。
それにしても、七つの惑星で百億人が命を落とした先の戦時下でも、臆することなく物見遊山を続けていたミイッサ人の観光への情熱は、いったいどこからくるのだろうか。
「『若いうちに』、ねぇ…」
急に初潮を迎えた女子児童、といった風情の彼女の背中を撫でながら呟く。
もうすぐ二十八歳という自分の年齢を考え、苦笑いした私は、ふとミイッサ人がかなり短命であるという話を思い出して笑顔を曇らせる。しかし気まずさに埋めるように彼女は明るく続けた。
「…私たちの寿命はあなた達よりかなり短いんです。長生きして二十五年位かな… 私の収入じゃ、生きてるうちに、もう一回星から出られるかどうか…」
…この広い宇宙では特に同情すべき事ではない。アディス人は二百年生き、ジア・ンビィに至っては千年近くを生きるという。
しかし言葉は悪いが、まだ幼く見える彼女の『余命』を考えると少し切なかった。
「う、ううん…」
突然、彼女が深い溜め息と共に俯せに背を丸める。びくびくと震える背中を慌てて撫でるが、熱っぽいその小さな身体は苦しげに悶えるばかりだ。
「大丈夫!? どうすればいいの!?」
「…む、胸が…おっぱいが張って…」
どうしていいか判らぬまま、私は彼女の胸に手を廻した。ゆさゆさと揺れるそれは確かに堅く火照り、荒い呼吸のたび大きく膨らむ。
「あ、うっ…」
乳房に触れていると、彼女は四つん這いの姿勢に身を起こし、背後で戸惑う私に苦しげに懇願した。
「…済みませんが、つ、掴んで…下さい…強く…」
「え!? こ、こう!?」
…『発情期』という言葉通り、まるで交尾そのものの姿勢で彼女に覆い被っている自分に気付いて、私は顔を赤らめる。
しかし彼女は憑かれたように身体を揺らし続け、私が柔らかい乳房をぎこちなく掴むたびに甲高い声を上げた。
「ああっ!! ごめんなさいっ!! もっと、もっと…」
…いつも無愛想な女性事務官が、幼い異星人少女の大きな胸を背後から揉みしだいている。もし人に見られたら申し開き出来ない状況だ。
この不条理な修羅場を終わらせるには、手早く性的興奮を鎮めてやるしかないと悟った私は、開き直って彼女のブラウスのボタンを外し、すべすべと手触りのよい膨らみを思い切り鷲掴みにした。
「ひゃあああ!?」
激しく反り返る背中を押さえつけ、細く尖った乳首を弄ぶ。堅く弾力のある小さな蕾。あまりこういう行為に縁のない私も、さすがに少し妙な気持ちになった。
「だ、だめぇ!! だめぇ!! いやああ…」
言葉と裏腹に彼女の小さなお尻はくねくねと揺れながら私の…冷たい右脚を挟み、熱く湿った部分を遠慮がちに太ももへ擦り付ける。
「…ほら、遠慮しないで、早く楽になりなさい…」
彼女の大切な時間のことを考え、私は指先に、太ももに、彼女に触れている全ての部分に幾分強い刺激を与える。
きゃん!!と高く喘ぎ、ぶるぶると硬直する彼女を見ると、なにかとてつもなく退廃的な悪戯を終えたような気持ちに、久しぶりに胸が高鳴った。
「wuuaaa…」
やがてぐったりと四肢を投げ出し、喉に掛かった独特の唸りを洩らす彼女からそっと身体を離し、ぎくしゃくとベッドを降りる。やはりいくら精巧とはいえ、血の通わない右脚…義足は睦事には場違いだ。
「…大丈夫? ゆっくり休んで行きなさい。あなた名前は?」
「NNNAU… あ、観光名は『ハチミツ』です。」
地球人には判別出来ない発音の名を持つ彼女たちは、地球滞在中は便宜上『観光名』を使う。
毎日押し寄せるミイッサ人にうんざりした入星管理官の投げやりな命名が目に浮かび、思わず微笑みが零れた。なにか甘いものが欲しかったのかもしれない。
…疲れていたのだろう、やがてすぐ軽い寝息をたて始めた『ハチミツ』の傍らで、私はミイッサ人の歴史を検索してみる。その短い寿命をさらに過酷なものにしてきた、彼らの不遇な過去…
…闘争心が弱く、資源にも恵まれないミイッサの歴史は、悲惨な蹂躙の歴史だった。
常に近隣の惑星の支配を受け、固有の文化すら根こそぎ奪われて、その愛らしい容貌から常に陵辱と虐待、人身売買の対象として生きてきた彼ら。
戦前の地球政府がミイッサ独立の一助になっていたという事実は、私の心に少し誇らしい気持ちをもたらした。
ミイッサに再び文化を。ようやく悲願の独立を果たした彼らが、熱病のように宇宙中へ飛び出したのは当然のことだったのだ。
…いけないと思いつつ、私は『ハチミツ』のランドセルをそっと開けてみる。
長旅にもかかわらず着替えや、女の子らしい旅支度は入っておらず、よくミイッサ人が落とした、なくしたと大騒ぎしている分厚く不格好なノートがぎっしりと詰まっている。
…地球行き宇宙船の構造、さまざまな星系からの乗客との会話、そして極寒の宇宙に瞬く無数の星々の美しさ…
おそらく瞬きすら惜しんで彼女が書き綴った膨大な記録は全てたどたどしい地球語だ。
『遠足星人』と苦笑される彼らは、ただ故郷のため、その短い人生の間に得られる精一杯の知識を求めて旅する真の『学徒』なのだ…
かつては彼らと同じ、探求心溢れる『学徒』だった私。だが戦火は学舎を、友人たちを、そして私の右脚を一瞬で灰に変えた。
あれから十年、私は目覚ましく復興する街を横目に、退屈だがあまり人前に出なくて済む公園管理の仕事に埋もれ続けている。
次第に美しい姿を取り戻しつつあるこの古戦場だけが、右脚と共にあらゆる情熱を失った私の、安心できる世界の全てになっていた…
そして追悼式の度に、私は逝った友たちを騙し続ける。
『…あなたがたの無念の分まで果てしなく学び、広く宇宙に貢献します…』
「あの…そろそろ失礼します。色々…ご迷惑をおかけしました。」
いつの間にか目を醒ました『ハチミツ』が、恥ずかしそうに私を見上げていた。愛くるしい瞳に生き生きとした好奇心を取り戻した彼女は、ランドセルを背負い元気よく立ち上がる。
「それから…ハミガキ工場は近くに無いでしょうか?…従姉の一人に見学を頼まれてるんです。」
時計を見るとそろそろ交代時間だった。窓の外では眩しい太陽が美しくそびえる記念塔と広大な庭園を照らしている。壮麗だが少し見飽きた風景…
何年かぶりに公園の敷地を出て、エアカーを思いっきり飛ばしたくなった。溢れだした気まぐれはすぐ勇気に変わり、私の指は躊躇わず通信機に伸びる。
「…もしもしピーター?あなたももう上がりでしょ? もし暇なら…軍隊仕込みのハンドル捌きを見せてくれない?」
急な私用連絡に戸惑うピーターの機械音声が目的地を尋ねた。
「…行き先?『ハミガキ工場』よ…」
END