先日の曇った空は嘘のように消えており、十六夜の月がうっすらと大地と森と館を照らし出していた。
エクソシストギルドの人間たちは、いよいよ本陣突入ということもあり、ある者は武者震いを、ある者は瞑想にふけっていた。
そんな中ソレイユは自分でも笑ってしまうように、一心不乱に得物の剣を磨き上げていた。
何度も闘いを共にしたロングソード。
どれくらいの悪魔の血を吸ったのだろうか、どれくらい手入れをし、自身を守ってくれたのだろうか。
これからも続く永遠の戦友を磨き掲げる。キラリと光った剣はまるで大丈夫だと勇気付けてくれるかのようだった。
ティアも最後の準備に取り掛かっていた。
神聖なる魔法を扱える少ない人材であると同時に、その弓の腕前をもって隊長からの指示を受けているところだった。
同じ魔法を扱えるとその護衛の班員に加わり、軍隊長の指示を待った。
指示があがり、館へと三方に別れ突入を開始する。
大きな門が目に入り、押し開こうとするまえに、何者かが飛び出してきた。
「待て! 何者だ!」
犬耳とふさふさの尻尾を生やした、この西の地では見ない服装の青年が吼えるように言った。
ワーウルフと誰かが呟いた。
西洋で恐れられる悪魔の三本指に入るであろう人狼。
身構えた体を更に硬直させ、一人の槍使いが斬りかかった。
それをはじいたのは一人の少女の姿をした悪魔だった。
猫の耳と二つの尻尾、あきらかに猫とすら呼べぬ悪魔は針を投げとばし、槍先を反らしたのである。
「ここを何処と心得る!
ここはトルデキム家の館だ!
この領域に武器を持ってやって来るというのは、敵意があると見て間違いないか!」
何も言わず、弓を放ち、剣を振りかざす。
それが答えと受け取り、たろは吼えた。それは、犬の吼えに他ならない。
合図を聞き取り開く門から、数えるのも億劫なほど悪魔が出てくる。
門番隊と呼ばれる館の人員である。
こうなるのはギルド側も充分に承知であった。
最も優れたメンバーのみを館の中へ進入させる作戦だった。
その中にはソレイユ・ティアの姿があった。
「クソッ!
この犬め!」
「誰が犬だ!
こちとら誇り高きワーウルフだ!!」
仲間の叫び声を聞きながら、駆け足で館の中へと入っていく。
途中邪魔者が居たが、他の仲間がすぐさま駆けつけ早く行けと促してくれたおかげで、ほぼ無傷で突入できた。
門の中には木々が多い茂り、薔薇の花があれば見たこともない花も植えられていた。
悪魔という単語さえなければ、本当に美しい館ではないか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではないとメンバーは我に返り、館の扉を開いた。
平然と働く使用人たち、じっと見ることすらない彼らに気持ち悪さを感じられるずにはいられなかった。
一人のロングスカートの若いメイドが歩み寄ってきた。
各々身構えるが、彼女は人間ではないだろうか。
他の使用人のように人間外の尻尾、耳、手、体つきではない。
思わず警戒を解くものも居たが、軍隊長は違った。
鋭い目つきでメイドを睨んだ。
四十五度に頭を下げ、上げると真直ぐにメンバーを見ながら微笑む。
「ようこそ、我が主の館へ。
突然の来訪におもてなしの準備もできず、申し訳ありません。
ですが」
微笑んでいる瞳に、光など一点もない。
あるのは敵意。
よく見れば働いていた使用人たちもメンバーを攻撃しやすい場所に集まっており、中には既に得物を持つものもいた。
「失礼ですが、どちらさまでしょうか?
そして、我が館の門番なしでの来訪とはどういうことでしょうか?
そして、剣を向けるというこ」
言い終わる前に軍団長の命令でティアは弓を放った。
確実に狙ったつもりではあったが、人間相手だからだろうか?
メイドは少し動いただけで弓をかわした。
とたん、今まで大人しかったほかの使用人たちが襲い掛かる。
ある者は階段を飛び降り、ある物は廊下から突き進むように、ある者は天井から降り立ってきた。
「それでは、我が館のメイドたちのおもてなし存分にお楽しみくださいませ」
「散!」
軍団長の掛け声と共に、何人に更に別れ、別行動を開始する。
この館の主と比べれば彼らはザコだ。
ザコにかまうヒマなどない!
ソレイユとティアは、偶然に同じ道を選び何人かのメンバーと共にしていた。
何度も何度も同じところをぐるぐるまわるような感覚にメンバーのイライラは絶頂を迎えようとしている。
「なんなんだ!ここは!!
さっきも見たぞこの窓の風景を!!」
「騒がないでよ!敵がきたらどうするのよ!」
「仕方ない…」
ティアがぶつぶつと詠唱を開始する。あまり体力を使いたくなかったのだが仕方あるまい。
この廊下はおかしい。
なにか目印になるものがほしく、強い悪魔の気配を探していく。
強い悪魔ならば、きっとこの館の主であろうしというやや楽観的な感情もあった。
見つかる気配にコチラと指示を出し進んでいく。
永遠と続く廊下の壁を押すとふわりとした感触。
ななめになっていく体に思わず目をつむるが、すんでのところで他のメンバーが支えてくれた。
大きな扉を前にして、メンバーはしばし話し合うが周りに道はなく、戻ろうとしても壁は先ほどのようにすりぬけることはできなくなっていた。
仕方なしに大きな扉を開く。
「ようこそ、悪魔の館の中にある知識の宝庫『魔術図書館』へ」
一人と数えていいのだろうか、少女が発した言葉に一同は一瞬ひるむ。
そして、瞬間ティアを残し全員が消えた。
「え?
え??」
突然のことにティアはあたふめくが、深呼吸をしなんとか落ち着けようとする。
「いでよ! スライムくん!」
どこか芝居かかった言葉で悪魔は、魔方陣を描いた。
出てきたスライムに弓を放つが、通り抜けスライムの体の中に入る。
痛くも痒くもないのか、感情すらないのか。ティアへと近付いてくる。
弓がだめなら魔法だと、ティアは魔法を詠唱する。
にやりと悪魔は笑う。それの意味も分からないし、第一ティアはそれを見ることがなかった。
スライムは、火炎球すら通さず体の中へといれ、次第に鎮火していった。