館の一番上の部屋はさすが主の部屋。かなり立派であり、天井からは月の光が差し込めるように特殊な設計となっていた。  
 あいにくと十六夜ではあるが、満月であれば天井からは美しい夜空の月が見えるのだろう。  
 
 そんな中、軍隊長はどこを見据えているのだろうか。  
 ソレイユがそのように考えていたが、周囲の人間全員がそうであった。  
 この部屋に主たる悪魔はいるはずなのに、どこにもいないのだ。  
 先ほどまで、自分たちを追いかけてきた人間のはずのメイドの言葉は嘘だったのだろうか?  
   
   
「あらあら、こんな場所にまで来るなんて…  
 遊びすぎたわね」  
「人間のメイドが悪魔に尻尾を振るとは!」  
「メイドじゃあありませんわよ。  
 本業は殺し屋ですもの」  
「殺し屋? なにをいって…」  
「ここから先はお嬢様方の室内。  
 それ以上入ろうとするギルドの連中はいくらかいた。  
 それを始末するのが私の役目…」  
 投げたナイフを拾おうともせず、死んだ男に目をくれず、少女は言った。  
 このような事態がないとはいいきれなかったため、更にメンバーをわけ突入したのだ。  
 ここに来るまでに何十人の同志が殺されたのか…それを思うとソレイユの胸がきしんだ。  
 そして、人間でありがなら悪魔に尻尾を振る少女を理解することができなかった。  
   
 ソレイユとメイドでは根本的に悪魔に対する考えが違ったのだ。  
 対極といっていいほど違ったために、理解不能であるのだ。  
   
   
「出て来い!  
 紅薔薇!!」  
「あら、わたしをまだその名で呼ぶ人間がいたとはね…」  
 
 ぬっと影が膨らみ現れたのは一人の少女。  
 天から降り立つようなその姿には神々しささえ感じられた。  
 しかし背中に生えているのは悪魔の翼。  
 紅色の瞳に黒い蝙蝠の羽、光を知らない肌。  
 銀色の少しくるくるとした髪の毛、ピンクと紅の服。  
 それはまさしく吸血鬼だった。  
 数多く存在する悪魔の中でも最高峰の悪魔。  
 自由自在に姿を変化させ、人の血を吸い、死者すら自らの僕として扱う。  
 高い身体能力と高い魔力。それと引き換えに一生を陽光の下に出ない、最も暗い種族。  
「はじめまして、おひさしぶりで…。  
 私はディスト。  
 ディスト・ルツ・トルデキム。誇り高きデーモンロード」  
 両方のふわふわとしたピンク色のドレスを両手で軽く摘み上げる。  
 それはまさしくロードにふさわしい、優雅華麗淑女という三つの単語が出てくるほど。  
「そして、貴方達の後ろにいるのは私の姉。  
 シルク・ルツ・トルデキム。少し幼いけれども素敵に強いわよ」  
 後ろを振り返れば何時の間にか、目の前の少女よりほんのすこしだけ大きい少女が居た。  
 金色にやや茶色が掛かった髪を妹とは違い肩までストレートに伸ばしている。  
 ピンクではなく紅色の短いスカートとそれを覆う白い靴下のコントラストが美しい。  
 楽しそうに紅色の目でメンバーを見ていた。  
 四枚の蝙蝠の翼をパタパタ、ぱたぱたと羽ばたかせ宙に浮いていた。  
 ニコニコと場違いなほど、どこか壊れたような笑い方だ。  
 圧倒的なその存在感と何かにメンバーは気持ちから負けてしまう。  
 
    なんなのだ。この吸血鬼少女たちは。  
 そうメンバーが、ソレイユもどこか恐怖を覚えたそのときだった。  
「ふん、『紅薔薇』に『四翼の幼子』か…『永遠不変の紅の満月』はどうした」  
「ああ、兄さんのこと。やめてよ、兄さんその二つな嫌いなのよ」  
「それよりさ、遊ぼう! ねぇ、だれ?だれがシルクと遊んでくれるの?」  
 少女が右手を宙にかざすと魔方陣が描かれ、その中からにゅっと弓が飛び出してきた。  
 矢のようなものはなく、弦すらもない。少女は弓のような弓を構える。  
 矢は無いがあるように引き指を離す。  
 パァンと音がし、一人の剣士の胸にあたった。  
 うめきながら男の心臓はどんどん小さくなっていった。  
 それを合図に全員が武器を持ち二人の吸血鬼少女へと飛び掛った。  
   
 しかし、遊ぶようにシルクは彼らを殴り、蹴り、殺していった。  
 ディストも少し立ってから魔方陣を描き巨大な槍を振り回し、何人も殺していった。  
 こんなものか、興ざめだといわんばかりにディストはだんだんと作業のように殺していった。  
 ソレイユはそれに怒りを感じる。彼らは彼らの信念のもと闘いに挑んだ。その相手をまるで虫を払うように殺すとは!  
   
「うああああああああああああ!」  
 ソレイユは吼えた。  
 ディストは後ろから声をかけられただけのように振りかえる。  
 一瞬見えたものにニヤリとディストが笑った。  
 それがソレイユが最後にみた光景だった。  
 
 ディスト・ルツ・トルデキム。誇り高きデーモンロード。トルデキム公爵家の末娘ではあるが、現在当主の座についている。現在六百二十一歳。  
 彼女と嫡男には特殊な力がある。彼女はアカシックレコードを閲覧できる。  
 ただ、アカシックレコードというのは全ての運命・未来を記したものである。次元が違うそれを見るのは吸血鬼の彼女ですら難しい。  
 彼女が見ようとしても満月の夜でかなりの力を蓄えようやく、アカシックレコードを見れるのだ。  
 しかし彼女は滅多なことでは見ない。いや、まだ幼いときは見ていたが歳をとればとるほど未来を知ってはおもしろくなくなってきたのだ。  
 だからといって彼女の特殊な力がないわけではない。  
 彼女には糸が見えた。アカシックレコードが作り出した因縁・運命…。よくいうではないか、小指と小指が赤い糸でつながると。  
 そう、運命の恋人があるように永遠の好手敵の糸もある。彼女はその人物の糸に関係するものをすべては把握できるのだ。  
 そして今宵、彼女がソレイユにみた面白い糸・縁。  
 あまりにもくだらないエクソシストたち、吸血をするまでもない。  
 ならばせめて一夜だけでも遊んでもらおうではないか。  
 
 にやぁと笑い姉を呼ぶ。  
 既にギルドの人間たちは人間だったものに変わっている。  
 掃除を後でよばなくっちゃねと思うと姉は女剣士に近付いた。  
「なぁに、ディスト?」  
「遊びましょう、姉さん」  
「? んっと、いいよ」  
 
 
 
 ソレイユが目を覚ますと別の部屋に切り替わっていた。  
 炎がともされたロウソクたちが何十本も並び囲むようにしてソレイユを照らし出す。  
 月の光も太陽の光も入らない、窓のない部屋。  
 目の前には重々しい鉄の囚人を入れるような部屋があった。  
 先ほど居た部屋よりも冷たい。  
「あら、お目覚めのようね」  
 右をみると赤い椅子に座ったディストがこちらを見て笑っていた。  
 隣には姉もおり、退屈そうに足をぶらぶらとさせている。  
 そして自分の状態に気付いた。  
 腕は鎖でつながれ大き目のスペースをとった踏み台の上に立たされている。  
 
 ぐいっと両腕別につなげられるよう手首から伸びた鎖は天井につながれていた。  
 これはそう簡単には外れない。  
 うかつと歯を食いしばり自らを戒める。  
 状況が良くなるのだろうか…。  
 いや、少しでも望みがあるのならばそれにかけようとソレイユは決意し二人を見据えた。  
 
「あなた、おもしろい糸をもっているわね」  
 糸と聞き返すがディストは一人幼子に説明するように話していく。  
 少女らしい笑みの裏側にある悪魔の笑みがゾクッと背中を寒くさせた。  
「そう、糸。  
 糸は縁、縁は結びつき、結びつきは関係。  
 たとえそれがひとりよがりなものでも、糸はかならずつくものよ。  
 驚いたわ、魔を払うもののくせに同性愛者だなんて…」  
 蔑むようにディストはソレイユを見上げた。  
 一瞬脳が停止したがすぐにもちなおしソレイユは大きく口を開いた。  
「なにをいってるんだか…。さすが悪魔ね、適当な言葉をならべて人をたぶらかすのね」  
 はき捨てるように激怒するソレイユだったが、目の前の吸血鬼少女はいぜん笑ったままで、玩具を見つめるような瞳のままだ。  
 
「そんなに否定しなくっても大丈夫よ。  
 わたしたち悪魔からすれば性別なんて関係ない、意味のない隔てにすぎない」  
 ソッと耳に優しく語り掛ける。  
 いつのまにかシルクも加わっており逆の耳を優しく噛んでいた。  
 ソレイユは吸血されないかとビクビクしており、それに更に気をよくして甘噛みの回数を増やす。  
「わたしたち吸血鬼は悪魔の中でも最も優れたる種族。  
 性別を帰ることも出来るからね。他の悪魔よりも性別に関しての問題が無いわ」  
 まるで、泣く子供をあやすように、男を誘うような不思議な心地よい声。  
 何故か抗えない。ここで一言どころか罵倒したいのに、何故か体は動かず、だんだんと意識の糸がほどけていくのをソレイユは感じた。  
 
「わたしの眷属におなりなさいな」  
「けん…ぞく?」  
「そう、私の僕たる夢魔となりなさい。  
 夢魔は吸血鬼と同じ性別の問題をもたぬ性により精をむさぼる種族」  
 そっと首筋に舌をはわせながらディストがささやく。  
 
「あなた、そう。  
 ティアという少女がすきなのね。  
 ねぇ、むさぼりたいでしょう。愛したいでしょう。かなえてあげる」  
「あ…あ。あ」  
 
 ソレイユの中に毒液が滴り落ち広がっていく。  
 ソレイユは自覚している。  
 自分がティアという少女が与えてくれる笑顔や言葉に暖かいものを感じる。  
 それは既に友情の度合いをはるかに超えており、会う度に胸のときめきを感じていた。  
 それはまさしく恋。  
 だが、同じ女性であることがそれを妨げていた。  
 自分が女性でなければ…と思ったこともある。  
 
 吸血鬼の甘美な言の葉はソレイユの人間感情さえも甘く溶かしていたのだ。  
 本来なら悪魔になってまでと思っただろう。しかし吸血鬼の誘いに打ち勝てなかった。  
 すでにソレイユの心は決まっていた。  
 震える唇を動かしソレイユは乞う。  
「あ、わ、わたしを、夢魔にして…」  
 ニコリと吸血鬼姉妹は笑った。  
「それじゃあ、いただくわね。その精を」  
「あは、久しぶりだー」  
 
 夢魔という存在は相手の精を奪うことで有名だ。そして男性体の夢魔は女を孕ませ、女性体の夢魔は人間の精液により子を孕んで種族を増やしていった。  
 そしてもう一つの種族を増やす方法。高位悪魔による洗礼を受けることであった。  
 吸血鬼は、悪魔の中でも最高峰の魔力と身体能力を得た存在。条件は満たしていた。  
 その精を奪えば、若干能力が劣る場合もあるが人間を夢魔化できるだろう。  
 
 甘噛みは明らかに意識した行為に昇りつめ、小さな手が歳相応の胸を触る。  
 幼く性というものを理解しているのかさえ怪しい外見の少女がソレを行う。  
 ソレがもたらす背徳感は大きく、感情はソレイユの中の性を強く刺激していった。  
「あ、ああああ、ああぁぁぁ!!  
 あぁぁぁああ!!!」  
 悦楽の悲鳴。その単語が相応しい叫び声をソレイユはあげた。  
 体の中の何かがでていくという感覚。それはいかなる人間の行為にも似ていない。  
 体の奥から甘く痺れるような痛みを伴い抜け出ていく、一体どれだけ抜けるのか見当がつかない。  
 その間二人の少女は笑っていた。  
 楽しそうに玩具を仲良く二人で遊んでいる。  
 
 強い悦楽はいとも簡単にすべての精を奪い尽くそうとする。  
「ああぁぁぁあん! っあはぁあ、あああああ」  
「いただきます」  
「いただきまーす」  
 行儀が良いといって良いのだろうか。吸血鬼の彼女らからすれば食事なので差し支えはないと思うが、人間からみると恐ろしい食事の挨拶。  
 あーんと口をあけた少女には吸血鬼らしく長い牙が月明かりに照らされている。  
 どちらも見た目の可憐さとは裏腹の凶暴な武器だった。  
 牙が両側の首筋に狙いを定める。  
 ほんの少し力を入れるとズズッとゆっくりと陥没していく。  
 シルクだけは一気に牙を突きたてその精を吸い始めていた。  
 精を吸い取る代わりに、魔力を与えていく。  
 
 血液を吸い取り魔力を与えていけば吸血鬼となり、精を吸い取り魔力を与えれば夢魔となる。  
 
 言葉にならぬ悲鳴を上げソレイユは力を失う。  
 じゃりん、重力の法則に従い落下しようとする身体を鎖が受け止めた。  
 ディストはソレイユの腕を持ち上げ、ニヤリと笑う。  
 その紅色の目は冷たい。  
 逆にシルクは楽しそうにソレイユの変貌を見つめていた。  
 ビクンビクンと体が痙攣し、身体のバランスが変わっていく…いや変わっていないが変わっているように見て感じ取れた。  
 戦士として元々やや筋肉質な腕が細く見えた。体の細くある部分太くある部分の強弱が強くなっているように見える。  
 それは気のせいなのか、それとも夢魔として目覚めつつあるからなのだろうか。  
 最後に背中から飾りのような翼と頭から小さな角が生えてくる。  
 同じ夢魔のルヴィとはまったく違い、いかにも低級なのでは? と思わせるような慎ましいものだった。  
 
 
「ふぁ」  
 とろけたような瞳でソレイユが目を覚ます。  
「うふふ、どう?」  
 コクコクと夢を見るような表情でソレイユは何度もうなずいた。  
「キチンとした夢魔より…そういうのをずっと使えるだけの夢魔。  
 貴方はそっちのほうがよさそうだからそうしたんだけど…」  
 どうかしら? と言わんばかりにディストが笑う。  
 シルクはソレイユが夢魔になったと同時に席をはずし、どこかへ行っている。  
「さいこ」  
 うふふと満足気にディストが微笑んだ。  
 
 
 確かティアとかいう少女を捕らえたまま、地下室においてあるはず。  
 
 自分の生み出した本来とはほんの少しだけ違う夢魔がどれほどできるのか。興味を持った。  
 それと同時にドアにノック音が響き渡る。  
「だれ? いえ、いいわ。入りなさい」  
「失礼します、ディストお嬢様」  
 ドアを開けた女は…兄の従者だった。  
 そのスカートは血で濡れているものも、破れておらず、身体には怪我もない。  
 なるほど兄が気に入るわけだ。いや、いまさらか。  
「なにかしら、貴女が私に用事なんて珍しいわ」  
「分かっておられるような顔で言われても困りますわ」  
 にこぉと笑い言う。  
 確かに自分はある程度の先見はできるが、全てを知っているわけではない。  
 体調よし、魔力よし、なおかつほんの少しの偶然で見れるに過ぎないというのに。  
「全て終わりました。  
 戯れている者もおりますが、逃亡者もゼロですわ。  
 館は壊れておりませんし、何人かの軽傷のみ」  
「そ、ラーマスに伝えなさいな。  
 体を洗ったあとにそちらに行くと、そうそうこの子は私の僕のソレイユ。  
 仲良くしてあげて頂戴。ああ、後着替えも」  
「承りました」  
 
 
 ソレイユの鎖を解き、朋樹についていくように命じた。  
 とろとろとしているのは、身体変化に伴う快楽のせいだろう。  
 その様子を眺め幼い悪魔はニヤリと笑った。  
 

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