酒場で見つけた少女は、まるで女を感じさせない奇妙な雰囲気を纏っていた。  
 異国の者かしらないが、緋色の髪を肩まで伸ばしたその姿は、どこか人外の印象さえ受ける。  
 冗談めかして、どの世界から迷い込んだと声をかけると、少女はそれに答えて『天上から』と微笑んだ。  
「私は戦場の悪魔に天界からさらわれて、飽きられてここに捨てられたの。でも私は魔法のせいで悪魔の事が忘  
れられなくて、こうやって旅をしてその悪魔を探してる」  
 自分の生い立ちを御伽噺になぞらえているのか、まったくのデタラメなのかは分からなかった。  
 路銀はどうして稼いでいるのかと聞くと、少女は一言、体を売って、と微笑んだ。  
 
「私はハウナ。何一つ取り得の無い、ただ平穏に暮らしていただけの、堕落した天上人。私の事が気に入った  
んなら、君にも特別に売ってあげようか?」  
 
 そしてベルトラムは、ハウナと名乗った少女の手を引いて、薄汚れたベッドがあるだけの安宿へと帰り着いた。  
「うわー。汚い」  
「天上人にとっちゃ、想像を絶する汚さだろう」  
「うん。私、天蓋の無いベッドで眠った事が無かったの。でも悪魔は横暴で、いつも私を彼の胸の中でしか寝か  
せてくれなかった」  
「来いよ」  
 ベッドに座って顎をしゃくると、ハウナはじっとベルトラムを見返した。  
 天上人という戯言が信憑性を帯びる程、ハウナは神秘的な美しさを持っていた。今でこそ薄汚れているが、  
それにしても肌が白い。  
 手を引いた時に分かったが、手触りもまるで赤子のように柔らかだ。  
「せっかち。だから、傭兵って嫌だな」  
 ぶうっと頬を膨らませ、それでも指示通りにそばに来る。口付けようと手を引くと、からかうようにすっと  
唇を反らされた。  
「よく分かったな。傭兵だって」  
「どう見たって騎士じゃないでしょ? 農夫が腰に剣を下げて歩くわけないし、奴隷にしては自由すぎる」  
「賢いな、天上人は」  
 奪うように、不意を付いて唇を押し当てる。  
 腰を引いて抱き寄せると、ハウナは抵抗も見せずにベルトラムの肩に手を添えた。  
 舌と舌を絡ませながら、ハウナのドレスの紐を解く。  
 香水の香りはしなかった。だが、今まで抱いたどの娼婦より、遥かにいい香りがする。  
 スカートを捲り上げてその中に手を入れると、唇が離れた隙にハウナがくすくすと笑った。  
「せっかちだね、傭兵」  
「名前がある」  
「興味ない」  
「ベルトラムだ。覚えろ。恋人ごっこも仕事のうちだろ?」  
 むき出しの乳房に顔をうずめ、乱暴に揉みしだく。  
 ハウナが切なげな溜息を零し、ベルトラムの髪に柔らかな頬を摺り寄せた。  
「戦場の臭いがするね……」  
「かいだ事あるのかよ」  
「悪魔、が、いつも……そんなにおい、させて……」  
 立ち上がり始めた赤い突起に吸い付いて、舌先でちろちろと弄ってやると、ハウナは呼吸を乱して苦しげに眉  
をひそめた。  
 太腿をまさぐっていた手を奥に進め、下着の上から割れ目をなぞる。するとじっとりと下着が湿り気をおび、  
ハウナが鼻にかかった嬌声を上げた。  
「前戯もほとんどいらねぇか」  
 下着をずらし、指を二本突き入れる。  
 ぐちゅぐちゅと音を立ててかき回すと、ハウナが耳元で苦しげに喘いだ。  
 娼婦特有の演技がない。  
 まるで、生娘を抱こうとしているような錯覚に囚われた。それか、貞淑などこぞの妻を手篭めにしようとして  
いるような――。  
 
「ようへ……そんな、に、されたら、すぐに……」  
「あぁ、気にすんな。いっちまえよ」  
 わざと興味なさげに答えて、一層激しく指を出し入れさせる。親指の腹で充血した肉芽を押し込むように刺激  
すると、ハウナが悲鳴の様な強制を上げて乱れた。  
「あぁ! ん、ようへぃ……傭兵! だめ、そこ、いく、いく……!」  
 まだ、名前で呼ばないか。  
 ぼんやりとそんな事を思ったとき、ハウナが長い髪を振り乱してのけぞった。  
 白い肌に汗が浮き、桃色に染まっている。  
 絶頂の疲労にぐったりと肩にもたれて来たハウナの背を、ベルトラムはあやすように優しくなでた。  
「ベルトラム」  
 名前を呼ばれ、一瞬心臓が高鳴った。  
「君、優しいね」  
「……買い被りだろう。人を殺す傭兵だぞ」  
「凄く、優しいね……」  
 ベルトラムの肩口に、ハウナの唇が吸い付いた。  
 ちりちりと、くすぐったい痛みが走る。ハウナの指がベルトラムのズボンに滑りこみ、熱く脈打っている醜悪  
な陰茎を引き出した。  
「私、優しい人って、嫌いなんだ」  
「へぇ……悪魔は優しくなかったのか」  
「悪魔は……凄く優しくて、いつも私の事ばかり考えて、でも、だから私の事を捨てたの。だから、優しい人は嫌い」  
 促されるまま、ハウナの中に押し入ると、ベルトラムはぞくぞくする快感に目を閉じた。  
「動いて、ベルトラム」  
 耳元で、ハウナがかすれた声で囁いた。  
 その細い体を抱え上げ、繋がったままベッドに仰向けに押し倒す。  
 きゅうきゅうと締め付ける熱い肉壁に眩暈にも似た感覚を覚え、ベルトラムは夢中でハウナの体を突き上げた。  
 腕の下で、ハウナが涙を流して快楽に悲鳴を上げる。  
「もっと、あぁ、もっと……ぉ、い、そこ……あぁ……!」  
 自らも快楽を求めるように腰を振りながら、シーツを握り締めて快楽から逃れようとする。  
 この矛盾した行動が、ベルトラムに奇妙な錯覚を起こさせるのだ――。  
 ハウナが一声高い悲鳴を上げて、ビクビクと全身を引きつらせた。食いちぎらんばかりの締め付けに、  
ベルトラムも溜まらず中に全てをぶちまける。  
 そう言えばこの少女は、避妊を求めもしなかった。  
 ハウナから自信を引き抜いて、ベルトラムはその体を自分の胸に抱き寄せた。  
「こんな体の売り方してたら、ガキ、出来ちまうぞ」  
 赤い、赤い髪を指ですく。  
 ハウナはベルトラムの胸に顔をうずめ、寂しげに左右に首を振った。  
「できないよ……だって、天上人だもん」  
「あのな……!」  
「できないんだ。欲しくても……」  
 それきりハウナは口を閉ざし、ベルトラムもいつしか眠りに付いた。  
 
 目が覚めればもう、この腕の中にハウナはいないのだろう。そしてきっと、あの酒場に探しに行っても、  
会う事は出来ないのだろう。  
 ベルトラムは眠りながら確信し、初めて、抱いた女を失う事を寂しいと思い――泣いた。  
 
 
終わり。  
 
 

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