あの女と知り合ってから、既に半年が経過していた。  
 仕事を探して街をぶらついていたら、仕事をしないかと声をかけて来た奇妙な女は、自分を魔女だと言う。  
 このご時勢、魔女の一人歩きは危険だから護衛がいるのだともっともらしく頷いて、魔女は俺にその白羽の矢を立てた。  
 魔女ならば魔法の一つも見せてみろと馬鹿にした所、気が付いたら目を回して路上に倒れていた。魔女曰く、  
初歩的な魔法なのだと言う。  
 魔女と言うからには、悪魔と契約していたりするのかと興味本位で聞いた所、全身を剛毛で覆われた人狼の  
使い魔を見せてくれた。魔法を出し惜しみしない魔女など、奇術師と大差ないと思うのだが、とにかく俺は自  
称魔女を信じざるをえなかった。  
 
 街道を歩くのは遠回りなのだと言って、魔女は森の中を移動した。  
 森の中で方角を失わないのも、魔法の賜物なのだと言う。  
 俺は焚き火をつけておくように命じられ、うす暗い森の中で一人炎と見詰め合って魔女の帰りを待っていた。  
 ガサガサと、草を踏む音がする。視線をやると茂みの向こうから、ぬっと黒い影が現れた。  
 黒いフードを目深に被り、全身をすっぽりと覆うマントに身を包んだ魔女である。  
「傭兵」  
「おう。火はついてるぞ」  
「見れば分かる。小動物を殺してきた。焼いて食べるといい」  
「……おう」  
 普通、獲物を捕らえて来るのは、男であり傭兵であり雇われている身である自分なのでは無いかと思うのだが、  
魔女はそんな事お構い成しに実によく働いた。  
 付いて回っているだけで金をもらっていいのかと後ろめたい気持ちになりもするが、楽をして金が稼げて  
いるのだから幸運だとも思う。  
 魔女が投げてよこした耳の長い動物の皮を剥ぎ、俺は骨を掴んで直火で肉をあぶり始めた。  
「傭兵」  
「なんだよ」  
「明日は朝から雨だから、今夜は洞窟か木の洞を探して寝よう。腹ごしらえをしたら、火を消して移動する」  
 これも魔法の賜物なのか、魔女は自然現象について一度も嘘を言った事が無かった。  
 雨が降ると言えば雨が降ったし、洪水が起こるといえばその通りになった。実はこの魔女が魔法で雨や嵐を  
呼んでいるんじゃ無いかと思った事も一度や二度では無いが、その内この魔女が、そんなくだらない事に労力  
をさくほど能動的な性格では無い事が分かって来ると、すぐにそんな疑念は吹き飛んだ。  
「洞窟っつっても……もう日が落ちかけてるんだぞ? どうやって探すんだ」  
 魔女はフードの奥で、自慢するように口角を持ち上げた。  
「歩けば見つかる。大丈夫だ」  
 魔女がそういうからには、きっとそうなのだろう。  
 俺は焼けた肉を魔女にさしだし、自分の分の肉を焼き始めた。  
「あと、今夜は新月だ。夜、少しいなくなるけど、大丈夫だから探すな」  
 魔女が真っ赤な唇をくわっと開けて、焼けた肉にかぶりついた。  
 細いくせによく食うな、とからかった事があるが、魔法を使うとやたらと腹が減るのだそうだ。  
 俺にも魔法が使えるかと聞くと、魔法使いは美男美女でなければならないらしい。  
 理由は教えてもらえなかったが、自分が美男とはかけ離れた存在であることは自覚している。  
 別に魔法など使いたくないと豪語したところ、魔女には大声で笑われた。  
「傭兵」  
「おまえ、いい加減俺の名前覚えろよな」  
「覚えてる。呼ばないだけだ。呼んで欲しいのか? まるで子供だな」  
 肉の塊をぺろりと平らげ、魔女が俺を揶揄してフードをつい、と持ち上げた。  
 黒い髪と黒い瞳がちらりとのぞき、ぞっとするような美貌に相変わらず目を奪われる。  
「私は、眷属の名前しか呼ばない。お前も私と契約して、下僕になれば名前でお前を縛ってやる」  
 一生こき使ってやるぞと脅されて、俺は思い切り舌を出して焚き火へと視線を戻した。  
 あの剛毛の人狼や、蝙蝠のような化物達と同列になるのはまっぴらだ。  
 
 
「傭兵」  
「んだよ」  
「それじゃあ、次の街でお別れだ」  
 俺は返事もせずに、焼けた肉にかじりついた。  
 ――半年。  
 仕事としては、短い部類である。  
 これで、この奇妙な魔女ともおさらばかと思うと、少し物足りない気がしないでもない。  
「そうか」  
「うん。そうだ」  
「次の街で何かあるのか? 怪しげな店でも開くのか?」  
「いいや。また、新しい傭兵を探して、旅を続ける」  
 俺では役にたたないという事だろうか。  
 事実、あまり役にたった記憶は無いが、そうか、とうとう切られるか。  
「理由を聞かないのか、傭兵」  
「無能だからだろ。俺、どう考えても仕事らしい仕事してねぇし」  
「馬鹿を言うな。立派に仕事をしている。今だってこうしてお前はここにいる」  
「いるだけなら誰だって出来るだろ」  
「馬鹿を言うな。魔女についてくる傭兵などそうはいない。お前は栄えある二人目だ」  
 一人目はどうなったんだ、と言う質問は、何故か出てこなかった。  
 きっと、今の俺のようにあっさりと切られたのだろう。その後釜が俺と言うわけだ。  
 俺達は言葉少なに小動物の命を平らげ、歩けば見つかると言う洞窟を探して歩き出した。  
 
 
 そうして、新月がやって来た。  
 魔女の言うとおり、雨をしのぐのに丁度いい洞窟も見つかって、俺は魔女に命じられるままそこで火を起こした。  
 月明かりの無い森は暗いと言うより黒いに近く、足元さえもおぼつかない。  
 そんな中、魔女は思い出したように立ち上がり、ふらふらと出かけていった。  
 だが、刻々と時間が過ぎて行くと、さすがに少し心配になって来た。  
 あの魔女はしっかりしているように見えて、その実相当に抜けている。まさか迷っているわけでは無いだろうが、  
護衛としては雇い主の安否は気になった。  
 薪はまだ十分にある。  
 二十分程度なら、離れても火が消えたりはしないだろう。  
 俺は最近使われる事の無い愛剣を背に括り、カンテラに火を入れて洞窟を出た。  
 魔女がどっちに行ったかも分からないが、洞窟の場所を見失わないように気をつけながら、とりあえず闇雲に歩く。  
 獣の咆哮のような声がした。  
 猛獣でもいるのだろうか。きょろきょろと周りを見ると、暗い森の少し向こうに、ぼんやりと青い光が見えた。  
 火の光では無いだろう。魔女の怪しげな儀式だろうか。それならば、きっと邪魔をするのは悪い。  
 俺は引き返そうとした。  
 だが、好奇心に足が止まる。  
 魔女の儀式か。せん別がわりに見ておくのもいいかもしれない。  
 俺は青い光に向かって歩き出した。  
 悲鳴のような声が聞こえる。呪文か何かだろうか。獣の咆哮がやけに近い。  
 俺は一瞬、あの剛毛に覆われた人狼を思い出した。  
 人間のような穏やかな眼差しで魔女を見つめ、首元をなでられて動物のように目を細める。  
 密集した潅木に身を潜め、俺は青い光に照らされた光景に息を呑んだ。  
 
 魔女がいた。  
 ローブを脱ぎ捨て、白磁の肌を桃色に染め、人外と交わり髪を振り乱す美貌の魔女が。  
 動物の角を生やした悪魔の物を舐めしゃぶり、いびつに節くれだった醜悪な肉の棒に貫かれて腰を振る。  
 目を反らす事も忘れて、俺は呆然とその光景を見つめていた。  
 剣を取って魔女を助けようと言う気すら起きなかった。  
 魔女の口に悪魔の精液がぶちまけられて、魔女が全て飲み下した時も。達したばかりの魔女に次の悪魔が  
圧し掛かり、魔女が消え入りそうな悲鳴をあげた時も、俺は何もせず、本当に何もせずその宴を眺めていた。  
 頭の隅でぼんやりと、やはり自分は無能だなどと、場違いな事を考えながら――。  
 
 どうやって洞窟に戻ったのかは覚えていない。  
 気が付いたら、俺は消えかけた焚き火の前に座っていて、何事も無かったかのようにうとうとと船を漕いでいた。  
 慌てて薪をくべて火に勢いを取り戻させると、魔女が出て行った時と同様に、ふらふらと洞窟に戻ってきた。  
 あの狂乱の痕跡は何処にも見えず、魔女にも疲労の色は無い。  
 夢だったのだろうか。  
 俺が内心首をかしげると、魔女がすとん、と俺のとなりに腰を下ろした。  
「探しに来ただろう」  
 ぎくりとした。  
 どうやら夢ではなかったらしい。嘘をつく理由も特に見当たらなかったので、俺は素直に頷いた。  
「彼らに散々からかわれた。懲りない奴だと。また逃げ出されるのがおちだと」  
 また、という単語と、逃げ出す、という単語に引っかかりを覚えた。  
 俺が眉間に皺を寄せて魔女を見ると、魔女は静かにフードを脱いで、少しだけ寂しそうに俺を見た。  
「二人目だと言っただろう。一人目は、二度目の新月の時にあれを見て、その夜のうちに逃げ出した」  
 逃げ出すという選択肢は、何故か出てこなかった。  
 一人の少女にたかり付く悪魔達に対しても、悪魔達に犯される魔女にさえ、なんの感情も芽生えなかった。  
 感情よりも衝撃の方が強かったからだろう。そうか、前の傭兵は、あれを見て逃げたのか。  
「いや……無理もねぇよ。あれは、びびる」  
 純粋な感想を言う。  
 魔女は美しい顔立ちで驚いたように目を瞬き、直後にげらげらと笑い出した。  
「うん。そうだろうな。今回は特別醜悪で、特別趣味が悪かった。でも彼らも時々茶目っ気を出して、  
美男の姿で部屋とベッドを用意したりしている事もある。いいやつらなんだ。私は彼らが好きだ」  
 その特別醜悪な奴に当たったからこそ、俺は衝撃で動けなかったのかもしれない。  
 あまりにも異常な光景は、一種の幻や絵画を見るような感覚で、現実だと受け止めづらい物なのだろう。  
「魔女っつーのは悪趣味だな」  
「失礼な。あれでも私が選んだ悪魔だぞ。人間に化ければそれなりに美しい」  
 私は魔女の中でも飛び切りの美女だから、悪魔だって選びたい放題なのだと、魔女は自慢げに笑って見せた。  
 その笑顔は確かに救いようがない程美しく、俺は思わず魔女に無理やりフードをかぶせた。  
「なんだ。私の美しさに当てられたか」  
「あんまり見てると目が腐りそうだ。魔性の美しさはきちんと隠しとけ」  
「半年見続けてまだ慣れないのか」  
「お前ほとんどフード被ってんだろうがよ。お前の顔見る機会なんてそうねぇよ」  
 実際、まじまじと魔女の顔を見た回数は片手で足りる程である。  
 魔女は、そういえばそうだった、などとわざとらしく言い、眠たそうに欠伸した。  
「寝る。傭兵、添い寝しろ」  
「アホか。見るだけで腐るのに触ったら俺が発狂するわ」  
「寂しい事を言うじゃないか。傷ついたぞ」  
「あのな……」  
「なに、望みとあらば顔を変えることも出来る。これでどうだ。ごく普通に美しいだろう」  
 言って、再び魔女はフードを取った。  
 特に、何が変わっているようにも思えない――だが、確かに今の魔女は人間的な美しさを持った  
ごく普通の少女だった。  
 不思議なものだ。何処をどうかえたのか、全く持って分からない。  
 
「なぁ、魔女さんよ」  
「うん?」  
「次の街で俺を解雇する理由、聞いていいか?」  
「なんだ、今更聞くのか」  
「おう。普通の顔の人間となら、割と話す気が起きる」  
 単純と言うなら言えばいい。  
 魔女は気分を害した風もなく、それなら最初からこうしておくべきだった、などと一人ぶつぶつと呟いた。  
「まぁいい。話そう。私はどうも、お前の事を好きになりかけているようだ」  
 なるほど、それでか――などと、簡単に済むような内容ではなかった。  
 聞いてはいけなかったかもしれない。俺はあからさまに固まった。  
「魔女に愛されても迷惑だろう。これ以上一緒にいると、私はきっとお前を手放したくなくなる。お前が年を  
取るのも嫌だから、ひょっとしたら怪しげな魔法をかけるかもしれない。そうなると困るから、お前を次の街  
で逃がしてやる事にしたんだ。私は誠実な魔女だからな」  
 衝撃が大きい。  
 あるいは、先ほどの饗宴よりも大きな衝撃かもしれない。  
 俺はこの衝撃から立ち直る方法を必死になって考え、考え抜いた挙句に自分の顔面を殴りつけた。  
 生暖かい血液が鼻から流れ始めたが、そんな事はどうでもいい。  
「悪い。恐ろしい聞き違いをしたみてぇだ。もう一回言ってくれ」  
「傭兵、血が出てるぞ」  
「分かってる。気にするな」  
「そうか。ではもう一度。私はどうもお前の事をす――」  
「よし分かった。ちょっとまて。落ち着け。俺の聞き違いじゃないとすると、これはお前のいい間違いだ。  
いいか魔女、次の街についたら辞書を買ってやる。どうも魔女と凡人の間では意味の違う言葉があるらしい」  
「無理やりなこじつけだな。諦めろ。お前は魔女に愛されかけてる」  
 だから、逃がしてやると言ってるだろう、と魔女は憮然として言った。  
 しまった、怒らせてしまっただろうか。  
 魔女を拗ねさせると機嫌の回復に時間が掛かる。俺は慌てて取り繕おうとし、内容が内容だけに取り繕い  
ようが無い事を悟って押し黙った。  
「傭兵」  
「お、おう」  
「安心しろ。何度も言うが、私はお前を縛ったりしない。名前でさえ縛る気は無い。だから、そんなに  
怯えるな」  
 怯えている訳ではない。ただ、どうしたらいいかわからないだけだ。  
 娼婦のように押し倒していいものでもないだろう。かといって、生娘のように優しく抱き寄せるのも  
違う気がする。  
 俺は、魔女の控えめな愛の告白を受け取っていいのかどうか、それすらも分からなかった。  
 どうも魔女は、最初から受け取らせる気は無いようなのだが――。  
「あのな」  
「なんだ」  
「俺は、お前の下僕にはならないぞ」  
 魔女はフードの上からでもわかる程、あからさまにしかめっ面をして見せた。  
「私だって、お前を下僕にするつもりはない」  
「ならいいんだ。俺、解雇されてもお前についてくわ」  
 今度はぽかんと口を開いて、馬鹿を見るような目つきで俺を見る。  
「……いや、それじゃあ、解雇する意味がないだろう」  
「いや。俺は契約に縛られずにお前について回る事になる」  
「しかし、私と一緒にいるとだな、私はお前に怪しげな魔法をかけたり――」  
「下僕にしねぇなら割と何してもかまわねぇよ。どうせ命捨ててる傭兵だ」  
「そ……そうか」  
 それなら、まぁ、と呟いて、魔女は小さく首をかしげた。  
 どうも愛の告白に対する俺の返事を受け取りかねているらしい。こういうところが抜けているというのだ。  
 
 俺は小さく溜息を吐くと、毛布を引っ張って魔女を指先で呼び寄せた。  
「寝るんだろ。来いよ」  
「あぁ、うん……うん? うん」  
 まだ首をかしげてやがる。  
 俺はつくづく呆れながら、毛布に滑りこんできた魔女の体を抱き寄せた。  
 ほとんど触れたことの無い体は想像以上に柔らかく、驚くほど抱き心地がいい。これならば、俺の方から  
毎晩添い寝を頼みたいくらいである。  
「一つ言っておくがな、傭兵」  
「おう」  
「私は人間と契った事が無い」  
 何処まで人間離れしているのか、そろそろ俺をびびらせるのは止めて欲しい。  
「だから、もしもお前がその気になったら、お前は私の初体験の相手と言う事になる」  
 もはやちびりそうである。  
 先ほどまでは、わずかながらにあった下心が、急速にしぼんでいく。  
「だからもし、私が人間との契りであったら通常するはずの無い奇行に走ったら、遠慮なく言ってくれ。そんな  
日が来るとは限らんが、まぁ、お前が私について回るというなら、そのうち私がお前を押し倒すだろうからな」  
「そいつぁ……楽しみだ」  
 苦笑いさえ引きつる。女に押し倒されるのを恐ろしいと感じたのは、生まれてこの方初めてだ。  
 だが、それほど悪い気はしない。  
「傭兵」  
 返事をしようと開きかけた唇に、魔女が前触れもなく吸い付いた。  
 舌をねじ込まれ、口腔を嬲るように犯される。  
 生娘のように呆然としていた俺は、慌てて魔女に合わせて舌を絡め、魔女の首筋を手の平で支えるように  
包み込んだ。  
「……下手だな、傭兵」  
 魔女がフードで顔を隠したまま、ひどく傷つく事を言い放つ。  
「何と比べてんだ、何と」  
「だが、悪くない。もう一度だ」  
 魔女が俺に唇を寄せる。だが俺はそれをせいし、魔女の頭を胸に抱え込んだ。  
「だめだ。もう寝ろ」  
「何故だ」  
「お休みのキスは一回って事に決まってる。明日の夜まで我慢しろ」  
「聖職者みたいな事を言うな。傭兵のくせに」  
「俺は今日から聖職者を目指す。おら、寝るぞ」  
 魔女がふぅ、と息を吐く。  
 赤々と燃えていた焚き火がすぅ、と消えて、俺は静かに目を閉じた。  
 魔女が腕の中で身じろぎする。布越しに、魔女が俺の胸に唇を落とすのを感じた。  
「今、押し倒してみようか」  
「逃げ出すぞ。俺の覚悟が決まるまで待て。俺は処女で童貞で聖職者だ」  
 ぐぅ、と魔女が唸って、だだをこねるようにじたばたと暴れた。  
 こんなに子供っぽい事をする奴だっただろうか。  
 あやすように背中を撫でてやると、ぶぅぶぅいいながらも大人しくなる。  
 俺が魔女に陥落する日は、どうやら驚くほど近そうである。  
 
 以上  
 
   

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