銀。刃は躊躇なく梢統の頭を狙う。避けはしない。  
突き出された刃の、付け根より少し下を掴み思い切り引っ張った。  
そのまま、右手に持つある鉄棒で横腹を打ちにいく。  
尾。棒に絡みつき、動きを直前で止める。馬上で二人、静かな力の駆け引きになった。  
虫一匹入れぬ刃圏。遠巻きに兵が眼を見張る。  
尾が微妙に緩まる。その間に梢統が一気に引き抜いた。  
槍。一思いに左手を離し距離を作る。馬。愛馬は、その艶やかな  
黒毛を靡かせながら疾駆した。馳せ違う。また、馳せ違う。  
四回打ち合ってから、共に跳び降り走る。薙ぎ、防ぎ、次の一打を狙いにいく。  
十、二十合と攻防を続けた後、渾身の一打に懸けた。  
風が周囲を吹きぬけた。  
決着。槍の穂先は地。棒は確実に胴を向いている。  
だが―  
「敗け・・・・か」  
口。大きく開いた口が梢統に向け奥から煌々と光っているのが分かる。  
「まったく、片目に顎鬚、面が怖くったなホンタイ!!よく来た!」  
去年、梢統は片目を斬られた。調練での事故。思ったより支障もなく、斬った伍長を罷免にするどころか  
副官に置き、あまり気にするでもなく、威厳が出たとさまざまな眼帯を  
試したが黒が一番落ち着くそうだ。合わせるように顎鬚も伸ばし始めた。  
互い、武器を離し拳をかかげる。深緑と紅蓮の篭手がぶつかり、甲高い金属音と  
小さな火花があがる。アル・梢両隊が一斉にわいた。各所で興奮か歓喜かわからぬ雄たけびがこだまする。  
地上最強。将校全員でかかってもここまで苦戦はしない。無敵と信じて疑わなかった  
龍槍隊の、龍族の当主。誰しもが、ここまでその崇拝の対象を追い詰めた異邦人に賞賛を送った。  
もっとも当の二人は、いつ覚えたか流暢な言葉で世間話をしている。  
年に二回互いに円王朝とエラサレス王国は合同調練を設けた。  
貿易による経済支援を基盤とし、喫緊時の軍事支援など二国は相互利益での同盟を組んでいた。  
仮に軍の質が開きすぎていたたならば先述の軍事支援は成り立たなくなってしまうためだ。  
そのための合同調練。力の均衡を保つためである。  
圧倒的な隊をもつこの二人にとっては貴重な交友の場でしかない。  
「で?」  
「?」  
「さっきからあの馬車に乗っているのは誰だ?」  
アルの顎でしゃくった先には万が一に備え、将校に囲まれながらこちらを  
窺っている。ブラインド式の窓を通しても強く視線を感じられた。  
「あぁ・・・・あれは・・・」  
 
「硝子細工が、欲しいのか?」  
梢統が明花の言葉を解した。  
初雪を眺める。新年の祝いの盛大な雰囲気よりこちらの方が二人とも好きなようだ。  
エラレスへの出発半月前、明花が珍しく我が儘を言ってきた。  
我が儘と言っても、普段梢統に尽くしているのとは比べようのないほど  
ささな可愛らしい願いであった。俸禄から考えれば、硝子どころか銀細工でも良いだろう。  
それでも伴侶の域を越えていると思っているのか恥じるようにうつむいている。  
「・・・・はい、その・・・市で見ました西方のが・・・そう」  
結婚より二年。明花も歳は十九。女は一生であっても特に飾りをしてみたい歳なのだろう。  
それでも気性でなかなか言えなかったのだろう市が開かれたのは三ヶ月ほど前、まだ秋の頃。  
「で、エラサレスで買ってきて欲しいと・・・・」  
頷き、うつむいていた頭が一層下がる。だが、どんなものが良いのかなど生粋の軍人である  
梢統は分かるはずもない。  
「じゃあ、行ってしまうか」  
 
 
 
「・・・・と言うわけだ」  
「それで、護衛四人に馬車。随分と大切にしているようだな。」  
アルの家を訪れていた。当然宿も手配されていたが視察と適当に理由をつけてきた。  
建築法からしての街並み、店に並ぶ品、往来の人々。  
円では秘匿とされる魔術を何らはばかりなく使う者達。  
馬車で見えるだけでも全てが目新しく二人は道中驚きの連続だった。  
窓から食い入るように外を眺める二人をアルは含み笑いで眺めた。  
今、明花はアルの妻といるはず。瞳は澄み、美しい純粋無垢な女性。  
旧知の友を歓迎するように通訳もなしで部屋へ伴った。アルが言うには家柄のせいで  
友と呼べる友が居なかったらしい。考えてみれば明花にも友人はいるか知らない。  
「ふん、『アルちゃん』には言われたくないな」  
自分はアルと葡萄から作った酒と母国とは趣向の全く違う料理を楽しんでいる。  
どちらかといえばこの酒は温安の口に合いそうだ。  
「不思議な国だ。円で錬丹術師が堂々と路を歩くことすら出来んというに」  
「異端だろうと、誰かの助けになるのならせめて俺の自治区だけでも開放させている。  
そして文化、嫌いか?」  
「いや、面白い。ただ、この国の服はきつくて性に合わんな」  
食器もまるで違う。小さい三叉矛と片刃剣のような金属器を両手で使う。  
慣れない手つきで苦戦しながら、嫁が作ったという料理を綺麗に食べ終えた。  
「酒は、強いか?」  
「樽でも自分を忘れたことはない」  
「今日は絶対に酔えるはずだ」  
「この葡萄酒も芳醇だが、そんなに強くはないぞ?」  
「ワインなんかよりよっぽど心酔できるぞ。リファ!」  
遠くから間延びした返事の声と足音。明花も一緒のようで二人分聞こえる。  
扉を半開きにしてリファが顔を現す。さも嬉しそうな表情は梢統に向けられた。  
「ふふふ。ではシャオ様」  
カチャと小さく音をたて扉が開く。  
 
そういうことか。  
「な?」  
そこに居たのは明花であって明花でない。  
藍のドレス。大きく開き、小さな胸のふくらみが見えそうにすらなっている。  
いつも結っている焦げ茶の髪は露出した肩まで流し、僅かに香水の香り。  
首と手首、髪に銀で羽をあしらった飾り。  
目が合い互いに赤味が差したのをフロイセン夫妻が笑う。  
この男はこういった悪戯が好きだった。おそらくは今回も首謀者なのだろう。  
根っからの武人で、文官とよく衝突する顔とは全く違う。  
「・・・どういうつもりだ」  
「何って、妻が綺麗になるのは嫌か?」  
「そういう・・・!!」  
「無粋だぜ。シャオ将軍。楽しむ時は愉しめよ。ささ、ご夫人」  
手を牽かれにリファに促されるままに梢統の横に座る。  
「気にするな。遠方からの友がはるばる来て土産の一つも無しとなっては、顔がない。  
それに、俺も綺麗な女を見て悪い気はしないしな」  
笑うアルの隣に腰掛けたリファが対照的に不快そうな顔をして、梢統が話題を変えようとした。  
「悪い、長旅がたたったらしい。少し疲れてんで俺らは・・・」  
「この街から用意された宿までは駿馬でも二時間、あーそっちでは四刻か。一人ならまだしも  
姫君連れて市街を走りつづけんのは、色々大変だろ?」  
「じゃあ、どうしろと。荷もなく野営など出来んぞ」  
「だから、無粋なんだよシャオ将軍。うちにも客室ぐらいあるさ。掃除しといたんだぜ?」  
結局帰る術もないので泊まることになってしまった。もっとも複雑な顔を  
していたのは梢統だけで、他は何も心配していないようだ。  
案内された部屋は梢統の部屋より少し広い。いままで人が居ず、少し冷えていたのでアルは暖炉に薪を投げ入れ火を吹いた。  
「じゃあまた明日な。あっメイファさん?それ、リファがあげるって言ってたから。  
ホンタイも少しは気がつけよ。それじゃおやすみ」  
「あっ、ありがとうございます。お休みなさいませ」  
「?」  
背を向けたまま、ひらひらと手をなびかせて部屋を出た。すでにベッドに倒れている梢統。  
「明花」  
「梢様・・・・似合い、ませんか?」  
「どうして?」  
「これを着てから、梢様は何も言ってくださりませんので」  
『少しも気がつけよ』  
成る程、と無粋な将軍は先ほどのアルの真意をようやく理解した。  
「似合っていないものか、ただ・・・」  
「ただ?」  
「性的過ぎるな、それ」  
「なっ!?」  
「それも含めて良いんじゃないか?こっちへ」  
ベッドで隣り合ってから明花がもじもじと動いた  
「そういうのは人様の家では・・・」  
「何かあったら、俺から言っておく。それにもう、まんざらでもないだろ?」  
明花は小さく頷いて見せた。  
 
「これどうやって脱ぐんだ?」  
「私はリファさんに任せていたので・・・」  
「着たまま・・・・でいいか」  
服を着たままという背徳感はあった。だが、それを超えた先の誘惑に勝るものでもない。  
生まれてから体を重ねたのは梢統だけ。回を増すごとにお互いに分かってきたのは  
梢統が支配欲が強く、明花はそれに従うのに快感を覚えていること。  
だから今度もこの要求を飲むのが、そのまま明花の快感にもなっていた。  
明花から顔を近づけ唇を寄せる。唾液を流し込む。受け入れ、明花はゆっくりと飲み下す。  
「にしても、美しくなった」  
「・・・・!!梢様」  
「胸は全くできんがな」  
「もう!」  
少し、恥ずかしがる顔。梢統が明花の好きな顔の一つ。  
「冗談だ、それに俺は無いほうが好きだな」  
好みだから惚れたのか、惚れてから好みが変わったのか。どちらかは梢統自身分かりはしないが  
梢統にとって明花は理想の女性であるのに違いはなかった。  
「ふむ、これじゃ前戯もままならんが」  
必要はなさそうだ。下半身に熱がこもっている。明花も同じなのだろう。眼がどこか浮ついている。  
こんなに、早く興奮するのは珍しい。もしかしたら、何か料理に盛られていたか。  
それでも良かった。そんなとりとめもない事は目の前の光景でかき消される。  
いつまでたっても、閨事に恥じらいを感じるらしい。顔が赤い。初々しさが男を煽る。  
確かに、普通の夫婦と比べれば、決して多くない。  
「ではな」  
「はい」  
布を掻き分け、手探りであてがう。  
「んき・・!」  
丁寧に割れ目を広げ、中に進んでゆく。  
アル達に声が聞こえたら不味いと思っているのだろう、シーツを噛んで、必死になっている。  
やめて欲しいものだ。どうにかして声を挙げさせたくなってしまうでないか。  
らしくなく、ひどく激しく突いた。  
「くぅ・・ふっンンん・・・・!」  
「ほら、声!出しても良いんだぞ?」  
「そんな、事したら、見つかって、んん!!しまい・・ます」  
ますますだ。もっと、叫ばせたくなった。アルおろか、四海全ての民にでも聞かせてやりたい。  
 
「くく、虐めたくなる。もっとだ、更に大きく鳴いてくれ!!」  
「ひん!今日の、梢様はなんだか怖いです」  
アルに負けたからかもしれない。満たされないものを、明花に求めすぎている。  
「悪い。俺もまだまだ・・・」  
そう言いつつも、妻のこんな姿は本能が疼いてしょうがない。  
明花の腹の中で存分に暴れまわった。  
「ひゃふ!かっ!!んあんあんんん!!」  
油断して布を噛みつづけた隙に子宮の奥にまで突き上がり、明花が甘い声を漏らした。  
のけぞる体を抱き寄せる。梢統の腰の上に座るように位置を変え、明花の体重で  
挿っている状態を作る。  
「俺は動きづらいから、明花。動いてくれよ」  
おずおずと腰を上げ、ある程度のところでゆっくり降ろす。  
段段と、恥じらいよりも快感に飢え、大きく激しく体を打ちつけた。  
「ん、ん、ん!!梢さ・・ま!私、もう!!!」  
「ああ良いぞ。俺も、そろそろ・・」  
最後に一層大きな揺れで梢統は射精した。  
服。どうなったかは、もうどうでも良くなっていた。  
 
 
 
「一ヶ月に渡る合同調練。感謝する」  
深深と代表の温安が相手方の代表に頭を下げた。  
「初日に抱いていた事が俺に見つかり、五日もすれば自身の隊に発覚し  
つくづく良かったじゃないか」  
「良くない!お前のせいで隊内では良いように笑われ、兵卒までが  
話を聞きたがるようになってしまってでないか!!」  
「『あれ』のか?」  
「・・・・ああ」  
明花に懐妊の気配。どうやらかなり確実のようだ。  
「くくく、また来い。色ボケ殿」  
「ふんっ!」  
拳がぶつかり合う。帰り道は速度を落とそう。  
城門で見送られた後、なんとなくそんな事を考え出した。  
 

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