それは一つの物語
一人の物語
誰も知らない物語
自己満足の為に伝説となる
その男は最強と謳われた。
その男の心は弱く。
男の力は自己満足
決して他人の力を当てにせず
その力は他人の力
自己満足の為に人を捨てた
故に人を超えた。
足りない
友を忘れた
故に伝説となった
・・には足りない
恋人を殺した
故に不可能を可能とし奇跡を日常とした
・・を満ちさせるには足りない
神を倒した
故に足りぬものは満ちた
が満ちる為に自分を捨てた
他人を救うのでは無い。他人の笑顔を見たい。その自己満足の為に
負けるわけには行かなかった。
誓ったのだから。
愛する女の笑顔に、友に、自分を頼っていた人々に。
目の前の超越者はその誓いを破ろうとしている。
だから負けられない。
「まだ挑むか人間よ」
目の前の化け物が何か言っている。
何故戦う。退けばいい事。私はここを通るだけ。今なら見逃そう」
見逃す?ふざけるな。お前は奪った。
「戦うか・・・では受けよう。その信念を」
お前は――――あいつの笑顔を奪った!あいつの家族を奪った!あいつから心を奪った!許せない。
あいつを失った事も、だが一番許せないのは――――
「・・・を奪ったな」
あいつの笑顔が見れない。
「むぅ?」
「あいつから・・・奪ったな」
だから俺は誓った。
「何を言っている」
「あいつから・・・笑顔を!奪ったな!」
「貴様・・まさか・・生き残りか・・!」
「違う!生き残れるはずが無い!貴様等の・・神の「削除」を前にして生き残れるはずが無い!!!」
この誓いを貫こう。
「ならば・・貴様は何者だ」
誓おう愛した女よ、愛した友よ、愛した親よ、愛した人々よ。
「俺は・・・」
もう笑顔を奪われやしない。俺が全て守る。
「俺は・・・ただの人間!!貴様等への恨みを!!憎しみを!!全てを背負い貴様等を殺す!」
故に男は人を捨てていた。人を超えた伝説の英雄達、それさえも超えた。不可能を可能とした。そして今、神の前に立っている。
男は笑顔が好きだった。愛する人の笑顔が、友の笑い声が、両親の笑みが、人々の談笑が。
それを奪った。だから神を倒すのは自分の為。自分の復讐の為、男は自己満足の為に全てを捨て、自己満足をかなえようとしていた。
「だが貴様等がそれを許さない。だから俺は神を超える神を超えて夢を叶える。それが間違いであろとも、不可能であろうとも、この信念、貫く事が出来るかぁ!!」
男の事を知る人は既に無い。
何千年もの時を越えて戦い続けた。
人と、化け物と、理不尽と、死と、世界の理と。
「その偉業、既に人を超えて鬼と成り、更に神を殺そうと企むか、ならば私はそれを阻む。貴様の行いは人としての有り様を変える。我等はそれを見過ごせぬ。さぁ戦おう自己満足の化身よ。貴様の誓い。果たさんとするならば私を倒してゆけ!!!!」
戦いは始まった。
簡単に男の身体は吹き飛ぶ。
防御など関係なくそれが人の限界というように。
何日も一方的に攻められ続けた。
だが男は立ち上がる。
その姿は決して聖書のような、伝説のような格好のいいものでは無い。
醜く生に縋り自分の自己満足を叶えようと足掻く。
それは人間の望みではない。
人はそれを望む事はあるだろう。
だが自分を一番大事にするのが人間。
男は自分の存在を道具と割り切った。
男は他人を簡単に切り捨てた。
男の願いは狂っていた。
狂っていた。だからこそ憎まれた。
自分を理解する人はもういない。
だが少なくとも理解してくれた人はいた。
それだけで男は十分だった。
だから立ち上がる。
肉が裂けようと
骨が割れようと
身体が滅びようと
心が削れようとも
魂だけで立ち上がるその醜い姿を
誰が馬鹿に出来る?
その狂った姿、。叶わぬものに立ち上がる滑稽な姿を。
戦いは終わりに近づく。
神は人を超えた意思を代弁し人の力等及ばぬ力を振るう。
今、正に目の前で聖書の大災害のような力を振るおうとしてる。
だから何だ。
人の力が及ばない?ならばどうすればいい。
ああ、簡単じゃないか。みんなの力を合わせればいい。
俺の力だけじゃない。
男の槍が光った
――俺の村の皆の談笑
光が増す
――友達の笑い声
光が槍という存在を消し違うものへ変える
――いつも優しく見守ってくれた母さん、親父の微笑
光は槍を光そのものとする
――親友の大笑い
光の槍は色を変える
――俺の夢の為に命を差し出してくれた偉大なる龍の最後の笑み
光の槍は赤い火に
――そして旅の中世界中の、自分の数千の人生の中で出合った人たちの笑顔
槍は朱き炎に
――そして、俺が愛した唯一の女の笑いが
槍を赤と呼ぶには熱い色に、朱というには生温い紅の焔の槍に変えた
槍は笑いかけていた
――――ねぇ?この世界を去りましょう?―――
「ああ・・・悪ぃ、お前の事忘れてたな。」
――――ええ、私は貴方の中で生きている。さぁ一緒に行きましょう?―――
「ああ・・・俺の愛する唯一の女、お前は最高の女だ」
「ぬぅ・・ぬお・・ぬあああああ!!!」
全てを滅ぼしつくした破壊の力が
たった一つの簡単な表情
皆が浮かべる簡単な笑顔
そんな簡単なものの前に紙切れのように吹き飛んだ
男は笑っていた。
何千年も笑わなかった。
今―――世界を去るときになってやっと笑えた
目の前で槍が光を失う
それと同じように身体が消えていく
当たり前だ、数千年もの間戦い続けた
人は当たり前、英雄であろうとも、魔獣であろうとも、身体も、心も、魂さえ削り去るだろう
だが男は笑っていた
何故なら目の前で皆が笑っていたから
在りし日の「人間」であった自分の普通の生活の普通の人々
旅の中で出合った戦士、騎士、武士、龍、獣、全ての人々が笑っている
そして―――愛する女が笑っている
それだけ、それだけの事で男は笑った
そして男は消えた
魂も、身体も、心も、存在さえも忘れ去られ消えていった
その日、人間という種は最後の一人である男を失い滅び去った
そして―――「ニンゲン」という種が生まれた