「タイトル未定」  
地図を頼りに、僕は貴族住居地の中心より少し外れた屋敷に訪れた。  
呼び鈴を鳴らすと使用人がやってくる。  
友人の名を出したとき、こちらを訝るような表情をしたのが少し気になった。  
 
案内されたのは屋敷の地下だった。彼のこの家における立場はあまり芳しくないものらしい…  
しかし同じ趣味人として立派に世間に背を向けているのだろう、と思うと逆に心が浮き立つ。  
彼と知り合うきっかけは、研究発表会の立食パーティーだった。   
意気投合した僕たちはそのあと飲み明かし、潰れた彼を背負って近くの僕の家に泊めてあげたら、大仰なくらいに感謝され、是非今度は自分の家に招待させてくれといわれたのだ。  
そのときのことを思い出しながら、少しゆっくりめに、しかし確実に聞こえるように強くノックすると、彼が隣に女性を伴って出迎えてくれた。  
「よく来たね」  
「うん、招待してくれてありがとう。 こちらは…ええと、その」  
僕は隣の女性に視線を向ける。 どうやら彼より一回りは年上のようだが、ずっと幼いような印象なのが不思議だった。  
「彼女と私の関係が気になるだろ?」  
にやり、と得意げに笑いながら彼は謎めいたことを話し始めた。  
「彼女は母であり、妻であり、娘でもある。 ははは、いや、スフィンクスの謎掛けをしたいわけじゃないぞ。 これはそのままの意味さ」  
「うーん? 僕は黙って相槌を打っているから、とりあえず話を全て聞かせてくれないか」  
「いいとも。 私たちは座って話す、お前はお茶の用意と、それに適当なところでみんなを連れてくるんだ」  
はい、と一礼すると女性は奥に引き払った。ソファに腰を沈め、彼は語り始める。  
「本題に入ろう。 しっての通り私は錬金術の生命創造を専門にしている。 世間的にはビーカーの中の生命止まりってことになってるが、実はもう成功しているんだ」  
「今日はそれを見せてくれる…ということか?」  
「くくく。 もう見せたさ。 さっきの彼女は私が作った」  
やはり、そんな気はしていた。 にわかに信じがたいことだが、彼ならやってのけてもおかしくない、と思う。  
「彼女は人間ではない。 私がつけた種族名はミニエルフ、だ。  
エルフといっても、魔法の使用や自然感知はできないし、弓が得意なわけでもない。 大体人間と変わりない生活をする。  
しかし、人と大きく違う点がいくつかある。  
 
ひとつ、成長と寿命。 生まれてから2年で成体となり、7年か8年ほどで寿命が尽きる。 つまり普通の10倍ってわけだ。  
 物覚えも格段に速いが、さすがに10倍ってわけにはいかないから、見た目よりちと遅れることになるな。  
ふたつ、女しか生まれない。 はははは、さすがに「第一人者」だけあるな、ここでもう狙いがわかったって顔だな?  
うれしいね、やっぱり君を呼んでよかったよ。 安心して任せられるってもんだ。 まあそれは後で話すけどな。   
まずは説明の続きだ。 さっき言ったとおりミニエルフは人としての生理が10倍の速さだから、妊娠して一月で子を生む。   
そして子を育てるのは母親だけじゃない。母の母、そのまた母、さらに母…一族で徹底的に教育するんだ。 父親である私に仕えるための教育だ。  
 歴代の母たちの夫は、私一人だ。 二年に一〜二回、ミニエルフにとっては10〜20年にあたるが、代が変わるたびに子を産ませている」  
戦慄が走った。彼は想像を上回るほどの異常人物のようだ。  
「自分の色に染めるための種族を作ってしまう」なんて。  
なんて、なんて……罪深くも羨ましいことをするのだろう。 たしかに生命に対する尊厳を冒涜しかねないことだが、僕の素直な感情はそれを善しとしている。  
女たちがかしずき、その娘も父に捧げるさまを想像すると、たまらなくて顔が紅潮してしまう。   
彼が話を一旦途切れさせると、女たちが部屋に入ってきた。 先ほどの女性を先頭に、年齢順に彼の後ろに並んだ。  
「改めて紹介しよう。左から、最年長のリザ。6歳だ。ミニエルフ三代目で、全員をまとめる役についている。  
次がアニタ、4歳。リザの娘で教育長だ。そしてラウラ、2歳。いま私の妻は彼女なんだ。」  
その言葉にラウラが恥ずかしそうに顔を伏せると、その母親たちがニカリと笑って彼女をからかった。「そして最後に、ナタリー。1歳だ」  
実は、最初から彼女が気になっていた。 この部屋でただひとり、陰のある表情をしていたからだ。  
栗色の巻き毛と長い睫毛を振るわせるその姿は作り物とは思えない可憐さがあり、笑顔がさぞ似合うだろうにと勿体無く思う。   
しかし、その憂いの表情は、豊かなボディラインがはっきりと出る桃色のドレスにマッチしていて、僕は心を強く掻き立てられた。  
「今日はようこそおいでくださいました」  
硬い声で、しかし精一杯歓迎の意をこめて彼女は礼をした。  
そしてお茶の用意をてきぱきとすませ、女たちは再び奥に引っ込んだ。  
カップに口をつけてみると…おいしい。1歳でここまでの味を出せるとは、さきほどの「物覚えの早さ」という話を思い出し納得する。  
「どうだい、かわいい子だろう」  
「うん…まあ、羨ましいよ」  
彼はその言葉を聴いてにやりとわらった。  
「彼女を…抱きたくないか?」  
「…!」  
 
あやうく茶を吹きかける。   
しかし、私は内心、ミニエルフの特性から考えて、そういう意図だろうなあ、とは考えていたのでそれほど驚きはなかった。  
「なぜだ。 君の娘であり…未来の妻だろう、そんな簡単に差し出せるものか?」  
一応抗弁はする、どう考えてもあやしい話だからだ。 彼にとってはそれ以外にも研究の漏洩、反倫理の疑惑などリスクが大きいはずだ。  
「いや、彼女は私の妻にはなれない。 血が濃くなりすぎたんだ。  
私とミニエルフのあいだに生まれた子は、双方の特徴を半分ずつ受け継ぐ。そして娘と私との子だと、私の血が4分の3となる。  
それが6代目ともなれば、ほとんど私と同じ特徴の少女となるわけだ。そこで一旦君という異分子をはさんで血をリセットしてみるわけさ」  
「…つまり、君を女に性転換したような状態ってことか?僕と君がsex?ぞっとしないな…」  
「くくく、このひげ面と寝るのは嫌だろうが、美少女なら僕のように人見知りでも可愛いと思えるだろう?  
まあ、それ以外にもいい話がある。彼女との子をひとり返してくれたら、『素体』を一粒分けてあげよう。  
僕の血が一切入っていないミニエルフの種だよ。製造法は秘密だ。 君も一族を起こせるというわけだ。  
まあ養うには結構な費用がかかるから増やしすぎるのはお勧めしないが」  
「大事な研究成果を人に任せられるというのか?」  
「ああ、私はこの研究については『趣味』だからな、どうせ世間には出せないから惜しくないよ。   
でもそうだな、君が毎月レポートを書いて渡してくれるならありがたいな。 もしそれでよりよい成果があげられたら、君の一族もよりよいものとなるかも。  
どうだい」  
「…まあ、種については遠慮するよ。そのかわり、ナタリーのことだけど…」  
 

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