夢を見ていた。  
自分の帰還を待つ女の夢。生身がすぐそこにあるかのような全身を包む人肌の  
温みと、自分が男なのだと自覚するような、そそられる甘い香り。夢の中で愛  
で、心の動くままに交わった。  
(いや…違う……)  
男−梢楓は、その夢が単なる欲求不満から来たものでないことを悟ると、はっ  
と目を醒ました。細い指が梢楓のモノをさすって快感を促している。  
「起こしちゃったかしら?」  
「お前か…」  
真っ暗闇の中で聞こえた声はよく知っているものだ。名を瑤耶と言い、今回の  
遠征に従軍している医者である。梢楓が何故声だけで判断出来たのかというと、  
梢楓は前線で負傷をしたために、ここ数日は幕舎で常に行動を共にしていた。  
くせっ毛と緩やかな物言いが特徴的な垂れ目の美人であった。ただ梢楓にはえ  
らく気安く、どこにいてもはばかる梢楓のことも阿梢(シャオちゃん)とから  
かった。無礼だとやきもきする者もあったが、梢楓本人は何故だか怒る気にな  
れなかかった。しかし、無断で臥床に入り込むとなるとさすがにこちらの沽券  
に関わるし、梢楓は家で待つ女を悲しませることはしたくなかった。  
「で…何をしている」  
「阿梢は初めて?」  
腕にしがみついて身体を密着させながら、瑤耶はわざとらしい甘い声で囁く。  
「そういうことを聞いてると思うか?」  
「そう怒らないの…私はつまらない男とは寝ないのよ?」  
言うなり瑤耶は梢楓の胸元に頭を乗せる。目を暝り、その脈を聞いた。  
「安定してる…運び込まれた時はあんなに乱れていたけどもう心配はなさそう」  
「それは良かった。じゃあ医者の仕事はもうすんだろ」  
「こんな腫れ物を勃てておいて無粋じゃない?診て差し上げないと。医者です  
から」  
瑤耶は楽しそうに竿を扱く。少しして、布団の中でもぞもぞと動いたかと思う  
と、いつの間にか梢楓の股間に移動していた。今度は口を大きく開けて先端を  
舐めはじめた。  
 
ぬかるみから脚を引き抜いたときのような粘着音が幕舎に響く。  
梢楓が怪我をしたのは右膝。敵将と斬り結び、首を取る代償に石突で叩かれ動  
くこともままならなくなった。  
だから今、瑤耶に口淫をされていても逃げる術がない。  
「ず…ちゅっ…んぅ…ぽっは!どう?シェリーちゃんはこういうのやってくれな  
いの?」  
「馬鹿が…」  
「時にはこういうのもないとつまらないんじゃない?」  
夜闇の中で瑤耶は笑っている。子供扱いするかのような笑みは何度も見た。  
再開した口淫と共に、陰茎を乳房で挟み込む。ゆっくりと柔らかな実の中にし  
まい込むように動いた。  
「どう?これ結構大きくないと出来ないのよ。気持ちいいでしょ?」  
自慢げに語る瑤耶ほど余裕のない梢楓は、答えることなく耐える声を返事とし  
た。  
「もう、我慢しちゃってかわいいんだから」  
鳥が啄むように瑤耶が亀頭に何度も口づけをする。乳房による柔らかな快感。  
それとは対照的に唇による刺激的な快感に、梢楓は声を必死で抑えた。  
「っくぁ…っ!」  
「かわいい声出るじゃない。素直が一番」  
弾けるように亀頭から唇を離され、梢楓は堪えきれずに射精した。瑤耶はこぼ  
すことなくそれを口に含み、甘露のように飲み下した。  
「よく出来るな」  
「これって肌にも良いの。私は好きよ、男そのものって感じがして」  
「一生理解出来そうにないな…」  
事を終え、眠りにつこうとした梢楓を見て、瑤耶はふぐりを指で弾く。思わず  
声を出してしまいそうになるほどの痛みに、梢楓は歯を食いしばる。  
「っ……!!」  
「そっちだけ良くなって寝るなんて、あんまりじゃない?」  
 
「あっは!良い…!!素敵……っ!」  
瑤耶は梢楓の上で楽しそうに腰を振った。時折、身体を曲げて口づけをした。  
梢楓はと言うと、ただなされるがまま寝台に仰向けになって寝たままでいた。  
「シェリーちゃんに悪いと思ってるの?」  
「そんなに無粋じゃない」  
よく言えたものだ。梢楓は我ながら平気で嘘をついた口を褒めたかった。  
今この瞬間も、考えているのは雪李妹の事ではないか。  
「お固いのね…やっぱり」  
「やっぱりって何だよ?」  
「ふふふ、医者は他の患者のことを簡単には喋らないの」  
ぎゅっと胸を押し付け、耳元で囁く。  
「忘れられないなら、思い出す暇もなくしてあげる」  
再び体を起こした瑤耶はにんまりと妖しく笑い梢楓を見つめた。  
「こういうのどう?」  
搖耶は体を上下に動かしながら、左右に腰を切った。先程以上に強く締め付け  
られる。  
「あっは。楽しみましょ?勿体ないわよ?」  
勿体ない。確かにそうかもしれない。顔立ちも悪くない。梢楓は薄いほうが好  
みだが、胸も豊かだ。房中の術も心得ていて申し分ない。  
「私なりの診療だもの。後ろめたいことじゃないわ」  
(診療…これは診療…?)  
瑤耶の言葉が梢楓を麻痺させる。理性が溶けていく。固い掌が乳房を掴む。  
「そう、それでいいのよ」  
「ふん…」  
溺れる。この女に。赤子のように乳にしゃぶりつき、下から手を延ばして瑤耶  
の背に回して抱き寄せた。  
「んんっ!!あっ、阿梢ったら…っあぁ!ふふ…良い…!」  
馬鹿にしやがって。梢楓の中で芽生えた征服欲は、そのまま目の前の女を犯す  
衝動へと変化し、情事をより苛烈にしていった。  
 
「昨夜はお楽しみで?」  
馬車と並走する副官が、意味深に笑った。梢楓は疲労を浮かべて窓の外を見る。  
「…寝ていない」  
「噂通りの姦狐でしたかな?」  
「有名なのか?」  
「『銀果通りの妖狐』…兵士達の間では殿が端から側女として連れて来たので  
はと噂されておりました。いやなに、あやつが腕利きなのは我々も承知してお  
りますが」  
「…まぁ今度からもっと風評を信じるとするよ」  
とにかく今は疲れでどうしようもない。窓から入るそよ風がさらに眠たくさせ  
る。  
「しばし寝るぞ…」  
今度夢で雪李妹が出てきても、淫夢にはなるまい。体を横たえると、梢楓は静  
かに寝息を立てた。  
 
 
 
「起こしちゃいました?」  
(まさか…いや…)  
夢だ、と思いたい。願うほかない。目を暝ったまま動かずに祈った。  
「凄い汗…そそられちゃう」  
「っづはぁ!!」  
耐え切れず寝たふりを辞めると視界に入って来たのは馬車の天井のみ。  
「傷が痛む?」  
揺耶は枕元で医者然として座っていた。今は妙なことをしでかすつもりはない  
らしい。  
「…今どこだ?都には着いたのか?」  
「もう二刻ぐらい前に」  
「何だと?」  
ならばもうとっくに凱旋を終え、屋敷に着いていてもおかしくない。  
「怪我がひどいって名目で、副官さんが部隊を解散させてたわ」  
「…それで良い。で、何故まだ居る?」  
「私は兵士じゃないもの」  
「あぁ。今度の従軍感謝する。今この時を以って任を解く」  
どうしたことか瑤耶はまだ動かない。馬車も止まっているのだから、降りられ  
ないわけではない。  
「違うわよ。貴方はまだ怪我人でしょ?」  
「そうだが?」  
「だから、まだ一緒に居させてもらいますよ。住み込みでね」  
「!?」  
家には雪李妹がいる。最も会わせてはならない人間だ。昨夜の交わりを、瑤耶  
との関係を最も知られたくない女。  
目眩がした。裏切ったのも、罰を受けるのも、自分だ。梢楓は深くため息をつ  
いて瑤耶の言を了承した。  
 
 

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