その森は、静寂に包まれていた。全ての生き物が、全ての自然が、音をなくしている。  
 中心よりやや外れた地にて、その戦場の爪跡はあった。木々がへし折れ、焼け焦げ、大地はえぐれている。その  
中でたたずむは、白銀の髪の悪魔と、金色の髪の悪魔。  
 
 腹を白木の杭に貫かれた悪魔は、うつろな表情で、勝者を見やる。  
 
 
「あなたも、あく、ま……?」  
「はい、実は私も悪魔でした。自己紹介の際に言うべきだったんでしょうが。ついつい、忘れちゃいました」  
 
 白々しくそう言ってのけるリザの瞳は、軽い口調に反して剣呑な光を宿している。  
 最初から全ての情報を提示するなど、間抜けのやることである。戦闘において恐ろしいものは、不意打ちと慢心。  
少なくともリザはそう思っていた。だからこそ、相手が油断していればやたらと楽になるだろうな、と踏み、事実  
その通りになった。  
 最初から、自分も悪魔だ、と宣言していれば、恐らく相手は多少警戒したであろう。リザのこの勝利は、相手の  
慢心を肥大化させたからこそのもの。その恩恵として、リザは無傷で立っている。  
 
 リザは、目と鼻の先で、杭に貫かれている悪魔をねめつける。金色の髪を流し、豊かな乳房に細い腰、ところど  
ころが破れた黒いドレス姿の美女。だが、その本性は、愚にもつかぬ驕慢ばかりを肥大化させ、リザのような三流  
の悪魔にも完敗する、七流の悪魔。  
 こんな馬鹿にイリスは殺されたんだろうな、と人間臭い思いをリザが抱えたその瞬間。彼女は、『うっかりと』  
白木の杭をつかんで、上下にぐりぐりと動かしていた。  
 
 
「いだい、痛い痛いいだい゛いだいぃぃぃっ!? ごれなに゛いぃぃぃぃっ!?」  
 
 
 悪魔の、フィロの反応は劇的だった。先まで見せていた、やたら淑女めいた姿は今や微塵もなく。涙もよだれも  
鼻水も垂れ流し、口から血液を飛び散らせ、絶叫する。  
 そんな彼女の姿を白眼視しつつ、リザは杭をいじる手をやめ、溜息ひとつ、口を開く。  
 
 
「いっつ、ぷらぐまてぃーっく、ばんかー。遠き地で、霊樹と呼ばれる神聖な巨木がありまして。その一部を削り  
取り、薬草と聖水に浸したのち、教会のような神聖な場所の周辺にある土に埋めて、ちょっとしたまじないをほど  
こし、九つの夜を越せば出来上がりです。  
 言うなれば、対悪魔用、拘束武装です。勿論、やり方をちょっと違う風にすれば、充分に殺すことも可能です。  
対象の力を著しく奪うと同時、気つけの作用をも果たします。再生能力も封印可能。教会の過激派連中が、喉から  
手を出して欲しがるほどの逸品。  
 ……これに貫かれている限り、あなたは魔法も使えず、再生能力も使えず、容易に気絶することすら出来ません」  
 
 
 律儀に説明をして、ほぅ、と息をつくリザ。対して、フィロは、その顔面を蒼白にしてぶるぶると震えていた。  
 
 対悪魔用の武器は、作成も困難であるが、その効果も劇的である。現に、フィロの腹部の肉は戻らない。だが、  
悪魔の生命力だけはどうやっても抑えようがない。腹部を貫かれた程度では死なない。  
 つまり、今、リザはやりたい放題できるということだ。それが何を意味するかは、フィロでなくとも分かるだろ  
う。  
 
 
「やだ……いやぁ……。お願い、助けて……」  
 
   
 涙をぽろぽろとこぼし、必死に懇願するフィロのその姿は、男性ならば大いに嗜虐芯をそそられることだろう。  
汗と血で濡れた頬は、えもいわれぬ艶めかしさを演出しており、垂涎必至の艶姿、と称しても、何ら差し支えない  
ほどだ。  
 しかし、そんな姿を見ても、リザは全く表情を変えない。むしろ、瞳の奥にある炎を、さらに大きく燃やす結果  
となっている。  
 
「自分の嫌がることを人にしちゃいけない、と先生に教わらなかったんですか? いまさら言うことじゃないです  
よね、その科白。まあ、こんなことして、私が言える義理でもありませんけど」  
 
 吐き捨てるように言い、つかつかとフィロのそばまで歩んだリザは、いきなり平手打ちをかます。一度、二度、  
三度。コンパクトにまとめられたそれは、リザの見た目に反して威力は強大である。みるみるうちにフィロの白い  
頬は真っ赤になり、痛々しい輝きを見せる。  
 子供をしかるように頬をはたかれ、フィロは幼子のように、ぽろぽろと涙をこぼす。保護欲をわき立たせるであ  
ろうその姿を見ても、リザは何の感慨も湧かず、無機物のように揺らがず、言葉を紡ぐ。  
 
「ここで、どこぞの物語ならば、あなたを逃がして、強くなったあなたに私がやられるのでしょうが」  
 
 それは、もはや作業だった。リザの言動も、行動も、全て作業的であった。何の熱も入っていない、石ころじみ  
た姿のリザ。それこそが、フィロの恐怖を最も刺激する要因だった。  
 
「現実は、そうはいきません。実戦で負けるのは、死と同義ですから」  
「やだぁぁ! 死にたくない! お願い、やめてぇっ!」  
「いや、私、初志貫徹という言葉が大好きでして」  
「あの子のことは謝るからあぁっ! ……あなたが、あの子の友達なのは分かったから。お願い、やめてぇ!」  
 
 すんすんと鼻をすするフィロの言動は、勝手も勝手だが、情が深い者ならばころりと許すのかもしれない。もし  
も、寛大な心を持つ者だったら、説教のひとつやふたつで済ませるかもしれない。  
 
 だが、リザは悪魔である。それも、初志貫徹という言葉が大好きな。極端な話で言えば、リザは死刑推奨派であ  
る。懲役なんぞ考えない。囚人が更生する可能性を、はなからゼロと決め付けている。それは、正義の味方や勇者  
や英雄にあるまじき考えなのかもしれないが。  
 
 
「正義を語る気はありません。理由づけをする気もありません。私は、あなたをただひたすらに蹂躙する。それだ  
けが目的です。どんなに精神的な理由や要素があろうとも、物的事象には影響しません。私は初志を貫き通す。た  
だそれだけです」  
 
 
 
 ことここに至り、ようやくフィロの方も事情を察することが出来た。よもや、よもやよもや、リザが悪魔とは思  
いもよらなかったのである。何故ならば、悪魔らしい、びりびりと肌を刺すような殺意と敵意、敵愾心や暴力性、  
それらが全く感じられなかったからだ。  
 
 しかし、彼女は思い違いをしていた。リザは、今まで『人間らしくふるまっていた』だけだったのである。その  
暴力性を、闘争心を、攻撃性を、理性か何らかの精神的な防壁によって、抑えこんでいただけの話だったのだ。つ  
まり、フィロは、竜の巣穴に手を突っ込んでしまったのである。愚行、まさしくそれは愚行であった。  
 しかし時は戻らない。ようやく、フィロは、自分と同族の――それも自分よりはるかに強い――存在の逆鱗を、  
いじり引っかき唾吐いた、ということを悟った。  
 
 
「さあ、悪魔のおあそびに付き合ってもらいますよ、悪魔様?」  
 
   
 皮肉たっぷりにそう言ったリザは、つかつかと歩んで、フィロから距離を取り、右手を広げて集中し出した。  
 同時、その小さな五指の付け根から、どどめ色の霧が発生する。  
 
 フィロの顔は凍った。見覚えのあるその霧は、冥界の生物を召喚する際に発生するそれだからだ。ただ、規模が  
フィロとは全く違う。段違い、いや、格違いである。濃霧のような規模のそれは、またたく間に、リザを、フィロ  
を、木々を、森を覆っていくのだから。  
 このような規模の霧を発生させることが出来る悪魔など、フィロは知らない。だからこそ震えが止まらない。目  
の前にたたずむリザが、その無機質な姿が、この上なく恐ろしいと彼女は感じていた。  
 
 
「なんで……なんでこんなに!? なんでこんなことが出来るのに、人間と……!」  
 
 何故、人間風情と友人なのだ、という言葉を飲み込むフィロ。だが、それはリザの瞳に察知された。それに怒る  
でもなくあきれるでもなく、ただ静かにリザは、霧を生み出し続けながら言う。  
 
「私、長いものには巻かれるんですよ。だって、私は絶対、人間には勝てませんもの。だから人間に溶け込み、人  
間をまねして生活していましたが……、まあ、情が移ったんでしょうね」  
 
 情、というものを語る瞬間だけ、リザは少しだけ目を細め、石ころの雰囲気を霧散させた。が、それも一瞬のこ  
と。すぐに、氷のような鉄のような空気を発生させる。  
 
「そりゃあ、悪魔の力を使えば目立つでしょう。力を誇示することが可能でしょう。だから嫌なんですよ」  
 
 溜息、ひとつ。  
 
「目立つのは嫌です。力を誇示するのも。思うがままに暴威を振るい、暴力を振るい、つかの間の充足感を得たと  
しても、いつか自分より強い者に殺されることでしょうから。私なんぞを片手であしらえる輩なんて、それこそ、  
ごまんといるでしょう。私のようなザコは、小さな町で昼寝しているのが似合いなんです」  
 
 では、その、雑魚たる彼女に負けた自分はどうなのだ、とフィロは思った。  
 
 完敗、という言葉すら生ぬるいほどの敗北。こちらが放った雷はひとつとして通らず、対して、リザの放った蛇  
腹の拳打はこちらの五臓六腑を痛めつけ、骨肉に悲鳴を上げさせ。どう、と自分が地に倒れ伏した瞬間に見えた、  
リザの神々しくすらある可憐な姿を、フィロは生涯忘れることはないであろう。  
 憎悪を覚えるほどに美しく。怨恨を覚えるほどに凄艶で。殺意を覚えるほどに可憐な。その、リザの姿を。傷ひ  
とつすらない、絶世の美貌を。  
 
 
「私はただ、のんびりと生活したいだけなんですよ。おしゃべりと惰眠が恋人ですから」  
 
 
 そう言って、リザは――笑った。  
 
 
 その笑顔は、まるでひとつの絵画のように、美しく、凄艶で、同時にまがまがしくもあった。内なる黒い炎を、  
笑顔という名の牢獄で閉じ込めているかのよう。にじみ出る悪意と憎悪と怨恨の色彩は、まさしく皆、同じような  
所感を抱くことだろう。  
 
 
 恐ろしいほどに綺麗な笑みだ、と。  
 
   
「ぅあ……ぁあ……」  
 
 崩れ去る。がらがらと。フィロの矜持が、瓦解する。  
 彼女が今まで生きてきた全てが。彼女が形づくってきた、己だけのルールが。  
 
「自分なんて、この世界の中で生きる、無能なひとりに過ぎません。誰かに料理を作ってもらって、誰かの作った  
家に住んで、誰かがデザインした時計を使って。太陽と月の恩恵を受け、朝と晩を確認し、生活サイクルを形成す  
る。間接的に、私たちは様々な人たちの、自然たちの、様々な恩恵を受けて生きているんです。  
 ……なんですか? もしかして、自分ひとりで何もかも、なんでも出来ると思っていたんですか? 私が言う権  
利はありませんが。……ずいぶんと盲目的ですね、それ」  
 
 リザは、瞳に浮かばせた光を色濃くし、残る左手で器用にふところからぬいぐるみを取り出し、装着する。その  
不細工なワニのぬいぐるみの姿さえも、今のフィロには、矜持をへし折るための刀剣類にしか見えない。何故なら、  
そのぬいぐるみは、リザの絶対優位性を物語る、明確な証だからだ。  
 
「私は弱いんですよ。ヘボで、駄目女で、身勝手で、どうしようもないほどに価値の薄い存在です」  
 
 自嘲の言葉ではあったが、確認の言葉でもあった。リザは、自分に言い聞かせるように、言った。  
 
 
「そんな私が出来ることなんて、少しだけ。薬を売ること、腹話術をすること。……暴力を、振るうこと。それく  
らいしかないんです。それくらいしか、出来ないんです。幼子を庇護できるわけでもなく、誰かの望みをかなえら  
れるわけでもなく。悪魔は、所詮、悪魔なんです」  
 
 
 歌うように、なめらかに語るリザを見て、フィロはぶるぶると震える。それは、単純な恐怖ではない。  
 彼女を彼女たらしめていた、悪魔の力。それを真っ向から否定され、自意識そのものが揺らいでいるのだ。物理  
的にも、精神的にも、追い詰められ、いつの間にやらフィロは足すらも震わせていた。  
 
 
 
 
 やめろ。それ以上言うな。それ以上言ったら。  
 
 世界が。私の世界が。私の矜持が、アイデンティティが、すべてが。  
 
 
 
 
 そう考えつつも、リザに痛めつけられた彼女の心と体は、動いてくれない。  
 フィロの身は動いてくれない。指一本すら、微動だにしない。  
 
 そんなフィロを嘲弄するかのように、リザの左手に装着されたワニのぬいぐるみが動く。がぽがぽ、と癇に障る  
音を立てて、アゴを動かす。その一連の動作すら、今のフィロの心のひびを広げるには充分過ぎた。  
 
「リザっちだって、色々な人間に助けられて、どーにかヒィヒィやってんのさっ! 感謝こそすれど、蔑むいわれ  
なんて、寸毫微塵たりともねーよなァ! 人間様のおかげで、なんとか助かってんだぜぇ!?」  
 
 そのぬいぐるみを追うようにして、リザは、わざとらしく盛大な溜息をつく。  
 
「まあ、料理の才能が壊滅的にないですからね、私。おお情けない情けない」  
 
 ざん、と音を立てて、リザがフィロに一歩近付く。右手からどどめ色の霧を出したまま、左手にぬいぐるみをは  
めたまま。そのちぐはぐな、滑稽ですらある姿さえ、フィロにとっては心に絶望しかもたらさない。まさしくそれ  
は悪魔。そう、悪魔の姿だった。  
 
「いや、やめて、やめて……」  
 
 また一歩、近付く。リザとフィロの距離が、縮まる。  
 
「暴力は暴力で、というのが自然界の基本ですけれど。社会という共同体を形成した人間たちは、同族殺しを禁忌  
とし、様々な糸を形成しました。絆、信頼。それはとても細くもろく、愚かしさのみで形づくられたものでしょう  
けれども……私たち悪魔は、そんな愚かしい糸に、負けたんですよ」  
 
 また一歩。さらに一歩。  
 
「皆が皆、綺麗な人間じゃありません。腐った残飯のような人間だっています。人は裏切る生物です。信頼をゴミ  
のように捨て、自分だけが甘い汁をすすり、それによって恨みを買った人間に殺されても、理解すら出来ない人間  
なんて、ごまんといます。それでも、ね……、私みたいな駄目女を、慕ってくれる人間もいるんです」  
 
 詰める。歩いて距離を詰める。  
 
「私は、負けてしまいました。人間たちに、負けてしまいました。社会面で、生活面で、精神面で、色々な面で助  
けてくれる友人たちの『親切心』に負けてしまいました。でも……、とてもとても、清々しかった。人間に負けて、  
とてもとても、嬉しかった。そんな経験は初めてで……それでいて、最高の気分でした」  
 
 斟酌の間に縮まる。  
 
「人だけではありません。悪魔だって、ひとりでは、生きていけないんです。月並な言葉ですけど」  
 
 リザは、そっと左手のぬいぐるみをフィロの眼前へと伸ばす。ぱこぱこ、と音と立ててアゴが動く。  
 次いで、ひと呼吸おいて、決定的な言葉を、  
 
「そんなことすらも気付けねェから、テメェは、リザっちみたいなザコより」  
 
 ぬいぐるみと一緒に、  
 
「弱いんですよ」  
 
 言った。  
 
 
 
 
 ――フィロの世界は、崩れた。  
 
 
   
「う……」  
 
 金髪の悪魔は、うつむく。それと同時、リザが彼女から距離を取る。何か、爆発するだろうと踏んでだ。  
 
「うるさい! うるさいっ! うるさぁぁぁぁい! 黙れぇぇっ!!」  
 
 案の定、と言うべきか。砕け散った矜持を認めたくないため、八つ当たり気味に絶叫するのは、リザの想定の範  
囲内である。フィロのもつ、驕慢をへし折り、その傷口を蹂躙することを目的としていたが、この様子ではそれも  
無理なのかもしれない。叫ばれ続けて終わりであろうから。  
 目的は、半分達成といったところか。そう思いながら、リザは、次の目的を頭の中に浮かばせる。その準備は、  
ほとんど終了している。  
 
「嫌です。どうせ黙るのは、あなたの方でしょうし。私、別にあなたに意見を同じくさせたいわけじゃないので」  
「何を……?」  
 
 フィロの質問には答えず、リザは右手に力を込めて、五指をぶるぶると震わせる。  
 
「冥界生物召喚術の際に発生する霧は、実のところ、認識疎外の能力があるんですよ。勿論、人間が頑張れば、す  
ぐさま壊されますが。……ご先祖様は、この秘奥を、他の種族に見つかることを恐れたんでしょうね。なんだかん  
だ格好つけたこと言ってたくせに、内心ではビビっていたんですよ。おお情けない情けない」  
 
 リザがそう言うかたわらで、フィロは悔しさのあまり歯を食いしばり、ぎりぎりと音を鳴らしていた。  
 ふざけたその口調とは裏腹に、リザの右手からほとばしる紫の濃霧は、恐ろしいほどの集中力で練られたそれで  
ある。フィロの召喚術が、子供だましとしか思えぬほどに濃厚な霧。それが、両者の力量差を如実に物語っている  
ようでもあった。  
 だからフィロは歯噛みする。白木の杭に腹部を貫かれ、その能力をほとんど封印されても、なお。それはリザへ  
の抵抗の心があらわになったものであろう。  
 
 だが。悪魔は、傷口を踏みつけ、えぐり、蹂躙することに迷いはない。  
 
「……お願いします。とあぁーっ」  
 
 気の抜けるかけ声と同時、リザは、その右手を地面に叩きつける。ばしん、と豪快な音が鳴ると同時に、リザの  
手を中心に、旋風が渦巻き、周囲の木々をざわめかせる。霧はなおのこと濃くなるも、周囲の景色は揺らがず。吹  
き荒れる風と、吹き荒れる濃霧。  
 ほどなくして、風は止む。霧は濃さを取り戻す。  
 
 
「力を貸してください。報酬は払います」  
 
   
 フィロが瞠目するかたわらで、リザは背後を振り返りながらそう言った。  
 
 そこにいるのは、黒い体躯の男たち。身長は、リザと比べれば子供と大人ほどの差があり、身を包む筋肉も厚い。  
腕は太く、足も太く、股間の生殖器も勃起すらしていないのに、かなりの大きさである。しかも、男たちの背には  
皆、一対の翼が生えており、顔立ちも皆違う。口からはちらりと牙が見え、さながらそれは、絵本で描かれている  
『悪魔』そのもの、といったいでたち。  
 数にして七。屈強な男たちのその姿は、妙な威圧感すらある。リザの小さな姿が、これ以上ないほど脆弱に見え  
てしまうほどに。  
 
 だが、男たちはリザの姿を見るなり、そろってひざまずく。まるで王に忠誠を誓う騎士のごとく。そんな光景を  
見て、フィロは顔をしかめた。  
 悪魔だけが使えるこの召喚術は、術者の力量によって、現れる生き物が違う。姿やかたちは同じでも、理性があ  
るのとないのとは別物のように。リザのそれとフィロのそれとは、天と地の違いほどあった。それがフィロのへし  
折れた矜持を、さらにさらに踏みにじる。  
 
「報酬とは?」  
「仕事と兼用です。私の後ろに、力を封じられた悪魔がいます。彼女を犯してください」  
「……いいな、それは。簡単で、実にいい」  
「引き受けてくれますか?」  
「ああ」  
 
 事務的に言葉を交わすは、リザと、ひざまずいた男たちのうちのひとり。黒い体躯をうごめかせ、子供にしか見  
えぬ容姿のリザと、真っ向から対峙する。  
 そうして、数秒。男たちがいっせいに立ち上がり、リザの横を抜けていった。  
   
「ああ、あと。彼女、処女なので、なるべく乱暴にヒーメンをブチ破ってください。私は木の陰からのぞいていま  
すね。臆病者ゆえ、他者をいきなり信用するとか無理なんで。あと、条件を言い忘れました」  
 
 七人全員がリザの横を通り過ぎた際、振り向きもせずに彼女は言う。感情ひとつ入れず、あくまで事務的に。そ  
の言葉を受けて、男たちのうちのひとりがリザの背を見、にやりと笑った。  
 
「おお、怖ぇ怖ぇ。さすが悪魔様だぜ。で、条件って何だ?」  
 
 軽い口調。そこに敬いの気持ちは微塵もない。だが、それでもリザは全く態度を変えず、  
 
「殺してはいけません。わめいてうるさいようだったら、歯をへし折るなり、腕をねじり切ってそこに焼き串をぶ  
ち込むなり、まぶたやラビアを鉋でこそげ落とすなり、どうぞご自由に」  
 
 場を凍りつかせる言葉を放った。権利など知ったことか、と言わんばかりに、さも当然のごとく。事務的である  
その口調は、しかし、冥界の生物である男たちの肌を粟立たせるには充分に過ぎた。彼我の実力差と脅威を見極め  
きれないフィロとは違い、男たちはすぐにリザのありようを悟ってしまったのである。  
 この女、やると決めたらとことんまでやる悪魔だ、と。  
 
「……あ、ああ。分かったぜ、ご主人サマ」  
 
 あまりの言葉に震えるフィロを尻目に、どもりながら男が言えば、リザは髪を指先でくるくるともてあそぶ。  
 
「いいですよ、無理して敬うふりしなくても。精神、壊れかけたら言ってください。気つけ薬と回復手段はこちら  
で用意してあります。なるべく、廃人になる前にやめておいてください。治療、結構大変なんで。やばい状態にな  
らなければ、いくらでもやっていいですよ。どうぞ精液まみれにしてやってください」  
 
 こともなげに放たれた言葉に、今度こそ、この場におけるリザ以外の者が皆絶句する。だが、リザはやはり動じ  
ることはない。皆が引け腰になっている事実も気にせず、ぱちり、と指を鳴らして紫の霧をまたも出す。  
 瞬間、大地から伸びたどどめ色の触手が、木にはりつけとなっていたフィロの四肢へとからみつき、おまけとば  
かりに伸びた最後の一本が、フィロの口腔へと飛び込んだ。  
 
「ん゛むぅぅぅっ!?」  
 
 イリスの意趣返しじみたその行為に、フィロはもがくも、力を封じられた状態では、触手ひとつ振りほどくこと  
すら出来はしない。かつて自分が使役した僕に、抵抗する余地すら奪われる。それはいかばかりの屈辱であろうか。  
 
「すみません、最後にひとつ。杭が抜ける心配はしなくていいですよ。それは、一応、魔法の杭ですので。悪魔が  
抜くことは出来ないんです。その触手……ああ、あなたたちはフラクスと呼んでいましたね。それ、一応餞別です。  
媚薬効果が浸透した頃合いを見計らって、抜いてやってください」  
 
 実は、白木の杭は悪魔を一時的に拘束することしか出来ない。リザぐらいの悪魔ならば、時間さえかければ、そ  
の効果をくつがえして、自分で血反吐を飛ばしながら、引っこ抜くことが可能である。ゆえに、あくまで白木の杭  
は、心臓を抜いて脳を焼くという作業を確実化させるための道具でしかない。  
 とはいえど、フィロのような悪魔が引っこ抜けるほどに、聖なる杭は弱くない。抜こうとすれば、全身が痺れ、  
指一本動かすことすらままならなくなる。  
 
 
 最後の餞別を終えたリザは、唖然とする男たちを尻目に、ぴょこぴょこと歩き出し、フィロからかなり離れた場  
所にある木の後ろへと隠れた。そこから顔を半分、手を半分のぞかせるようにして、フィロの姿を見つめる。悪魔  
のえげつなさの本領発揮である。  
 
   
 一方、フィロの方は、もう何も考えられなかった。絶望に次ぐ絶望。それをこれから味わうのである。口に入れ  
られた触手から漏れ出る粘液は、すでにフィロの全身に回り、媚薬の効果を十二分に発揮していた。おまけに、白  
木の杭だけでも拘束は充分であるのに、四肢をも拘束するそのえげつなさ。  
 股間がうるみ始め、背は震える。だのに自慰すらすることも出来ず、そんな彼女の眼前に、屈強な体躯の男たち。  
 
「ぃ、ゃあ……」  
 
 弱々しく声を出す。大声を上げないのは、先程のリザの残虐発言が原因である。あの悪魔ならば、口にしたこと  
を容易に実行するであろう。それも、表情ひとつすら変えずに。  
 フィロのみならず、男たちもそれを分かっている。だから男たちは、満身創痍のフィロを見て、にやにやと下卑  
た笑みを浮かべてばかりいる。所詮、悪魔に召喚される者だ。嗜虐心のひとつやふたつ見せたところで、なんら違  
和感はなかろう。  
 
「悪いな、お姉ちゃん」  
「仕事は完遂しなくちゃいけないんだ」  
「そうしないと、そこのご主人にどやされそうだからな」  
 
 好き勝手なことを言う男たちを見て、フィロは、現実逃避を始めつつあった。  
 
 
 なんだこれは。一体、どうして私がこのようなことになっている? 私はあの女の子を殺した。ああ殺した。だ  
が、誰とて生きるために殺しているではないか! 何故、私がこんな目に遭わねばならない? 何故、私でなけれ  
ばならない? あの、リザとかいうクソ生意気な偽善者のせいでこんなことになっている。何故だ? 何故にこう  
なった? もう分からない。何も分からない。  
 
 
 などという考えをしていたフィロだが、唐突に引き抜かれる触手の感覚と、引っぱられる髪の感覚に、現実逃避  
すら中断された。  
 腹部の傷は、じんじんと彼女に強烈な熱を与えている。だが、気絶するほどではない。しかし、髪を引っぱられ  
れば、そちらの方に頭が行き、同時に身じろぎもすることになる。すなわち、傷口が、広がる。  
 
「痛い痛い! いだい゛ぃぃぃっ!? やめてぇぇぇぇぇっ!?」  
「うわ、三人寄らなくても女ってかしましいんだな」  
「なんだその格言。……ほれ」  
「むぶう゛ぅぅぅぅっ!?」  
 
 四肢を拘束され、傷口を広げられたフィロは、髪を引っぱられているせいか、丁度おじぎをするような体勢でい  
る。そんな彼女の口に、男たちのうちのひとりが、勃起したピナスを突っ込んだ。へそに届こうかというほどに怒  
張したピナスは、やすやすとフィロの小さな口の中に収まる。  
 そのまま、上下運動。二メートル近い男のピナスは、身長に比例するかのように長い。生まれて初めて体感する  
イラマチオの感覚に、フィロの脳はかき回されつつあった。獣の濃密なにおいが口腔内を蹂躙するうえ、のどの奥  
に鋭い痛みが断続的に走り、おまけとばかりに呼吸すら困難になるのである。  
 
 リザの暴力とはまたベクトルの違った暴力に、フィロは折れそうになっていた。涙をこぼし、嗚咽を漏らそうと  
するも、圧倒的な質量の肉棒に精神と肉体を蹂躙される。  
 
 
 畜生、畜生! そんな思いがフィロの心の中を埋め尽くす。もしもリザにやられていなければ、万全の状態であ  
れば、こんな厄介な杭などなければ、こいつらを消し炭にすることなど造作もないのに。そんな、悔しさと怒りの  
混じった思いが、かろうじてフィロの精神を支えていた。  
   
   
 やがて、強制口腔奉仕は終わりを告げる。男の腰が震え、オルガスムスの奔流が、フィロの喉に叩きつけられる。  
いがいがするような感触が走ると同時、強烈な生臭さに、フィロはえづく以外の選択を取れない。  
 
「げほぉぉっ!? がはっ、かひ、ぶはぁっ……!?」  
「あーあー、吐き出されちゃってんじゃねぇか」  
「ご主人が処女って言ったけど、信憑性高そうだなあ」  
「というより、俺もう、会ったばかりなのにご主人に勝てる気しねぇ」  
「言えてる。というより、あれは本気で怖い」  
 
 息苦しさと屈辱と怒りに震えるフィロを尻目に、冥界の男たちは揃って勝手な言葉を並べ立てる。フィロは、目  
から涙をぼろぼろとこぼし、ただ間の抜けた呼吸音を漏らすだけ。イラマチオ一回で、気力も何も、根こそぎ吸わ  
れたような感触を、彼女は味わっていた。  
 
 だが、敗北者に休む暇などはない。男たちの太い腕が伸びる。ひとつは右の乳房に、ひとつは左の乳房に、ひと  
つは秘所に。初めて男性に触られるという感触に、フィロはおぞましさを覚え、身じろぎするも、またも口に男根  
が突き入れられ、言葉すら発することままならぬ状態。  
 胸を揉まれ、股間をいじられ、奉仕を強要され、フィロはあまりの感覚に暴れようとするも、腹部の傷がそれを  
許さない。巨木に背を預けるかたちで、フィロは思うがままに蹂躙されていた。媚薬で昂ぶったその女体は、すで  
に男を受け入れる段階にまで来てしまっている。  
 
「ん゛んーっ!? ん、んむ、んむぅぅぅぅ!?」  
 
 いっそのことピナスを噛み切ってやろうかとフィロは考えるも、そうすればリザに拷問されかねない。鉋で自分  
の敏感な部分を削り節にされる図を予想し、フィロは恐怖で身を縛られる。  
 ドレスが破られる。勃起したニプルをいじられる。皮のかぶったクリトリスを指で押しつぶされる。的確な性感  
帯の攻めを受け、フィロはくぐもった声でひたすらあえぐ、あえぐ。どう抵抗しようとも、快楽に流される未来予  
想図しか、彼女の脳には浮かばない。それがまた、絶望感を深くさせる。  
 
 痩身のフィロの姿は、今や、男性ならば正視できぬほどに艶やかだった。粘液まみれの四肢は、細く長く、引き  
締まり。その折れそうな腰に反して、乳房は豊かで、幼児体型のリザとはもはや違う生物のよう。涙と血液にまみ  
れた腹部は、杭が刺さり、桃色の肉がはみ出ているが、それも妙な嗜虐心を湧き立たせる。  
 並の男性ならば、直視した瞬間に射精してもおかしくはなかろう。屈辱と怒りに震える彼女のかんばせは、妖艶  
ですらあった。  
 
 森の中、腹部に杭を打たれたまま、男たちに輪姦される。フィロがそんな未来を予想していなかったのは仕方が  
ない話なのかもしれない。だが、彼女は気付くべきだった。誰かを殺した際、その知り合いの恨みを受ける可能性  
があるということを。その知り合いが、自分を絶望のふちに叩き落とす存在となり得るかもしれない、ということ  
を。しかしもう、それは詮無い話であった。  
   
 おぼろな意識で、フィロは顔を上げる。その先に見えるは、木を壁にして、輪姦劇の一切合切を観察するリザの  
姿がある。そう、観察している。リザは、フィロが犯されるという事実にすら、作業の一工程に組み込んでしまっ  
ている。それは、色のない彼女の瞳を見れば、即座に分かるであろうことだ。  
 おまけに、リザは諸手に翡翠色の光をまとい、いつでも迎撃体勢に移れるように準備している。恐らく、この場  
で彼女を襲おうとした者がいるのならば、次の瞬間には不恰好なミートローフにされているに違いない。  
 
 その『臆病者』の姿を視認しつつ、フィロは内心で歯噛みする。  
 
 今は陵辱を甘んじて受けているが、隙をつけばどうにかなると彼女は考えていた。だが、その希望は今や霧散し  
ていた。今のリザの警戒度合いは、フィロと邂逅した際のそれよりも、はるかに上だからである。怯えて、怖がり、  
しかし隙を見せず。  
 
 
 木陰に隠れるリザの姿は、誰がどう見ても、格好悪い以外の何物でもなかった。だが、そのようにあおられたと  
しても、リザは眉ひとつ動かさないであろう。死ぬよりましだ、と彼女は言うだろう。どんなに格好をつけたとし  
ても、死ねばその時点で全てがなくなる。  
 それを知っているからこその臆病度合い。フィロは、脱出経路が完全に封鎖されたことを悟った。  
 
「うぐっ……!?」  
 
 いきなり口からピナスを抜かれ、フィロは目を白黒させる。あらんかぎりの罵倒をぶつけてやろうかと彼女は思  
うも、リザの脅しが効いているせいか、それも出来ない。ただ、悔しさと怒りに涙し、それでも駆け上ってくる快  
楽の波を甘受することしか出来ない。  
 どうして口からモノを抜いたのか、と問おうかとした瞬間、みぢみぢと彼女の股間に痛みが走る。  
 
 もしかして。  
 
 そう思い、彼女が自らの秘部を見ると、そこには硬く、赤黒い男根が光っており。唾液と粘液にまみれたそれが、  
濡れに濡れたラビアに接触したかという瞬間。  
 
 
「う……ぁぁああぁぁぁあぁぁあああっ!?」  
 
 
 矜持をへし折られた悪魔は、この陵辱劇が始まってから、かつてないほどの大声を上げた。  
 苦痛と怨嗟の叫び声であった。  
 
   
 暴力的ですらあるサイズのピナスは、フィロの華奢で小さな身を貫いていた。それは、さながら串刺しのごとく。  
腹には白木の杭、膣には赤黒い男根。図らずとも苦痛の二本挿しの体で蹂躙される彼女の瞳は、腰を一振りされる  
たびに、目からその灯火の規模を小さくさせつつあった。  
 気持ち悪い、気持ち悪い、痛い、痛い、気持ち悪い、なのに何故全身は快楽を訴えるのか? などという思いに  
彼女がとらわれていれば、  
 
「ふぁっ……!」  
 
 あえぎ声。甘く、空を指で撫ぜるようなそれが発せられるは、彼女の口元から。  
 
「違う……! ちがうぅ……! ゃ、私、かんじ、てなんかああぁぁぁっ!?」  
 
 貫かれた場所を高速で抜き差しされ、秘部からどろどろと粘性の高い液体を、彼女は流す。膣が鳴いている。流  
れる液体、血液はもはやほとんど流れず、ピナスが上下にうごめくたびに、きゅうきゅうと彼女の性器はぜん動を  
くり返す。  
 彼女自身が意図せずとも、子宮はうずき、膣はリズミカルに挿入された棒を締め上げ、徹底的にしごき上げる。  
全身を走る甘い痺れに、彼女が翻弄されるのはいたしかたない話だったのかもしれない。三大欲求は、悪魔の驕慢  
すら忘却せしめる。  
 
「んぁぁっ!? やあぁあぁぁぁ熱い、あついぃぃぃっ!?」  
 
 貫かれる。精を膣の奥に叩き込まれる。ピナスが抜かれる。また新しいピナスが入れられる。同時始まるピスト  
ン運動。的確に膣奥をごりごりと攻められ、まるで小娘のごとくひいひいと鳴く。  
 
 
 犯され続けるフィロ。その時、彼女はリザと目が合った。時間にしてみれば本当にわずかな間かもしれないが、  
それでも、フィロはとらえてしまった。リザの唇が動き、声なき声が伝わってしまった。  
 
 
「淫豚」  
 
 
 その言葉の意味を理解した瞬間、フィロは――堕ちた。  
 
   
「あふぁぁぁぁぁっ!? そんなとこ突かないで、突かないでぇぇぇっ!?」  
「いや……イく、またイくぅぅぅぅっ!?」  
「やだ、やめ、今入れられぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? ぴぃ゛ぃっ!?」  
「や゛あぁぁぁぁぁッ!?」  
 
 
 一体、どれだけの時間が経過したのだろうか。挿され、口内奉仕を強要され、白い精を胎内や体内のみならず、  
その美しい肢体にもぶちまけられ。腹部の傷もどこ吹く風、と言わんばかりに、金髪の悪魔は快楽に流される。心  
がこばもうとも、流され続ける。  
 
 空が夕闇に支配されそうになったその瞬間、ぜいぜいと荒い息をくり返し、がくりとフィロが脱力する。それが、  
明確な終了の合図だった。今の彼女は、様々な液体で無事なところはなく、いたる場所にすり傷をこしらえ、精液  
によって全身を白く染められている。  
 粘液と血液は腹部を中心として広がり、その膣からはぼたぼたと大量の白濁液が流れ、木の根や茂みを醜く汚し  
ていった。  
 
 哀れ。そんな一言が似合う敗北者の姿を一瞥、男たちはきびすを返し、リザの方へ視線をよこす。  
 
「いい仕事でした。今、還します。しばしお待ちを」  
 
 木陰から出もせず、白銀の髪の悪魔はそう言い、右手から濃霧を発生させる。それが森を包むまでにかかる時間、  
しばし。そんなわずかな時間のなか、リザは表情も変えず、態度も変えず、木に身を隠したまま言う。  
 
 
「意外でした。途中で裏切って、私もろとも彼女を犯すと思っていたんですが」  
 
 
 とんでもない言を受けて、男たちは苦笑する。この依頼主は、最初から最後まで全く変わらないな、とでも言い  
たげな表情だった。  
 
「アンタ、絶対に油断しないだろ? 俺らだって無駄なことするのはごめんだからな」  
「ぐげげ、そう言われると何も言えませんね、こちとら」  
「まあ、アンタ自体は嫌いじゃなかったぜ。暇ならまた呼んでくれや」  
「絶対に嫌です。いつか不意打ちで襲われそうな気がします」  
「つれねぇなあ。本当、隙のない悪魔様だ。じゃあな」  
 
 やたら友好的に言葉を交わしたのち、男たちは、リザの発生させた霧の中に紛れ、消えていった。正確には、も  
ともといた場所に、還ったのである。術の成り行きを見守り、しばし様子を見たのち、リザはやっとのことで木か  
ら離れ、その身を躍らせた。  
 
 そのままつかつかと歩き、白濁液に全身を染めた、あわれな敗残者のもとまでリザは近付く。全身をびくんびく  
んと振るわせた美女は、うつろな瞳でリザをねめつけた。理性の光は、消えていなかった。  
 
「リ……ザ……!」  
「あら、はじめて名前で呼んでくれましたね。嬉しすぎて、いやらしい液体がいっぱい出そうです」  
「こ、の……クソ、ガキ……!」  
「いや、この局面で憎まれ口を叩ける時点ですげぇですよ、あなた。そこら辺は尊敬します」  
 
 もはや、ことここに至っては、フィロの気丈な姿もみじめさを増す結果にしかならなかった。先程まで快楽にあ  
えいでいた、という引け目もあるのだろう。いくら強気でいても、フィロはもう、折れていた。  
 そんな哀れな彼女の姿を見て、リザもそろそろ拷問をやめる、などということには全くならない。  
 
 彼女は、やると決めたからにはとことんやるのだ。  
 
   
「長らく私に付き合ってもらい、ありがとうございました。それでは、最終段階に入ります」  
「え?」  
「拷問は趣味ではないのですが。過去の悪友に、ちょっとやり方を聞きまして」  
「まさ、か」  
 
 そのまさかである、などと答える間もなく、リザはこぶしを前方へと突き出した。同時、めぎょり、と肉が曲が  
り、ひしゃげ、たわむ音が聞こえる。リザのこぶしはフィロに届いていない。だが。  
 フィロの頬には、赤黒いあざが刻まれていた。  
 
「ぐぅっ……!?」  
「どんどんいきますよ」  
 
 拳打を放つと同時、その衝撃をピンポイントで離れた相手に与える攻撃。リザが用いたのはそれである。これも  
児戯に他ならぬであろうが、こういった拷問をやる際には、威力的にも範囲的にも丁度良い。  
 打つ、打つ、打つ、打つ。手加減しているとはいえ、悪魔の膂力で放たれた衝撃波は、成人男性の蹴足に勝ると  
も劣らない。一発ごとにフィロの頬に、腹に、腕に、あざが刻まれ、肌に付着した体液が舞う。何度も何度も何度  
も、単純な暴力によって、フィロは痛めつけられた。  
 吐瀉物は口から垂れ流しになり。股間からは精液のみならず小便すら漏らし。嘔吐、失禁、という屈辱を味わわ  
されながら、単純な暴力でめちゃくちゃにされる。  
 
「がぎぃっ!? げばァ!?」  
「最後です。アストの分、どうぞ」  
 
 数十発放たれた拳打よりも、やや力を強めた一撃が、フィロの腹部の傷を正確に狙って放たれる。命中と同時に、  
彼女は口から血を吐き出し、絶叫した。  
 もはや金髪の悪魔の美貌は、欠片ほども残っていなかった。顔は、どこぞの岩壁のようなありさまとなり、はた  
から見るだけでは顔面であるかどうかすら判断に困るほど。全身も無事なところはほとんどなく、吐き出したもの  
の臭気も相まって、そこはさながら地獄絵図である。  
 
 しかし、それでもリザは鉄面皮を崩さない。作業だからである。目的を完遂するための工程に、一喜一憂しては、  
手間がかかって困るからだ。  
 
「さて、大詰めですね」  
 
 ぱちり、と音を立てて、リザが刃物を取り出した。刃渡り十数センチメートルの、どこにでもあるようなナイフ  
である。エプロンドレスから取り出されたそれは、どこの家庭にあってもおかしくないであろうものだが、この局  
面においては、フィロの心を恐れさせるだけ。  
 
「ひっ……!」  
「いやですね、そんな目に見えて怯えないでください。悪魔でしょう? 悪魔なのでしょう? 私たちは、こんな  
ナイフよりもより殺傷力の高い攻撃手段を、いくつも持ちえているでしょう?」  
 
 にじり寄る。鉄面皮のリザから発せられる気味の悪さは、ここに来て頂点へと到着した。悪鬼羅刹のごときその  
姿は、フィロの股をゆるめ、再度の失禁をさせるには十二分だった。  
 
「悪魔は……、本当の悪魔は、あなたよ!」  
 
 だが、それでもフィロは叫ぶ。それは彼女に残された、最後の矜持の残滓だったのかもしれない。  
 しかし、それすら。  
 
 
「そんなに褒めないでください、照れちゃいます」  
 
 
 リザは切り捨てる。  
 瞬間、銀光が舞い、鮮血が飛び散った。  
   
 小さなナイフを手にもって、片手で放ったリザの梨割りは、しかし、頭部を切り裂きはしなかった。縦一文字の  
銀閃は、愚直に、ただ愚直に地へと走り、その過程として破壊の爪跡をフィロの身に残す。  
 リザの放った一閃は、フィロのひたいを、左目を、左の乳房を、わき腹を、太ももを、一気に裂いた。  
 
 
「びゃ゛ォ゛げゃ゛あ゛あ゛ぁア゛アァァァァァァァぁぁぁぁ゛ッ!!?」  
 
 
 大絶叫。左半分の視界と光を奪われた、哀れきわまりない敗残者は、喉から血が出るまで絶叫した。  
 血が噴き出る。どろどろと命の水がこぼれ落ちる。白いものが桃色の肉の隙間から垣間見える。ぬべり、と粘着  
質な音が空気を震わせる。ナイフの先端に、帯がひっつくようにして、なびく薄黄色のゼラチン質。  
 白濁液にまみれた乳房にぱかりと切れ目が入り、腹部からは脂肪と内臓がわずかながら垣間見える。割れたもも  
の隙間からは、血液にまみれた薄桃色が、綺麗に飛び出てぷるぷると震える。  
 
 凄絶、と称して良い様相であった。だが、しかし、リザは、それでも動じない。  
 
 悪魔である。鮮血と精液の付着したナイフを一振りし、それでも氷のつらを崩さないリザは、悪魔そのものであ  
る。まとうエプロンドレスの泥臭さが、逆にその恐ろしさを助長させる。  
 
 ナイフを握る手がまた動く。今度は、刺突の体勢。そのまま、フィロの肋骨付近へ、ゆっくりとナイフを刺して  
いく。ゆっくり、ゆっくり、上下に『うっかり』大きく動かしてしまいながら。  
 
「ぎぃぃぃぃぃっ!? いいい、いいい、い゛い゛い゛い゛っ!?」  
「私、刃物はあまり使ったことないんですよね。だから打撃専門なんですよ」  
「抜い゛で抜い゛でぇぇぇぇぇぇぇっ!!」  
「あ、秘密言っちゃいました。べ、べつにあなたのためじゃないんだからねっ」  
 
 超絶的な棒読みでそう語るリザの前には、鮮血を流しながら、もはや何の生物かと判断すら出来ない顔で、泣き  
叫び、絶叫するフィロの姿がある。ふたりのその姿は、恐ろしいほどに醜悪で、おぞましいほどに美しい。  
 が、そんな第三者的事情は、フィロにしてみれば知ったことではなかろう。今まで受けてきた傷は、その全てが  
打撲だった。だが、刃物による痛みは違う。それは、内側からにじみ出るような痛みとは違い、瞬間的でありなが  
ら、強烈な、雷光のごとき性質の痛みなのである。  
 
 リザはナイフを抜くと、また新しい場所にナイフをゆっくり突き入れる。そのままかき混ぜ、また違う場所をも。  
常人ならばとっくに死んでいるだろうが、拷問を受ける側は悪魔である。なまじ生命力が強いだけに、拷問時間を  
延ばす結果となったのは、皮肉としか言いようがない。  
 
 ナイフを動かす手を止める。血まみれのフィロがリザの眼前で息を漏らす。ひゅうひゅう、と。  
 
「……おね゛、がい、でずがら……やめ、て」  
「敬意のない敬語を聞いて、初志を変更する気にはなりません。寸毫微塵たりとも」  
 
 鋭く切り捨て、また刺突。また絶叫。いつ終わるとも知れない、地獄の宴。  
 
 しばし続き、またもリザが手を止める。その瞬間、フィロの口がわずかに動いた。  
 
 
 
「ころ、して」  
 
 
 
 耐えられなかったのである。このまま死ねたらどんなに楽か、という拷問に、フィロは耐えられなかった。それ  
はそうかもしれない、と冷えた心の奥でリザは思う。自分とて、このようなまねをされたら、すぐに根を上げてい  
るだろうから。  
 死が救済となることとはごまんとある。長らく与えられる苦痛より、一瞬の苦痛で終わらせる方が、どれだけ楽  
か。それぐらいはリザも察している。  
 
「殺して欲しいんですか?」  
「はい……! はい゛っ……!」  
 
 一も二もなくうなずくその悪魔の姿には、もはや思いあがりだの驕慢だの、そういった言葉とは一切合切関係が  
なくなってしまっている。哀れも哀れ、その姿は、誰の目にも憐憫をもよおすものであったろう。  
 
 
 
 だから、リザは大きくナイフを握った手を振りかぶり。  
 
 
 
 思い切り。  
 
 
 
 肩を動かして。  
 
 
 
 
   
 
「お断りだ、ぼーけ」  
 
 
 
 
 
 
 『うっかり』フィロの右乳房に突き立てた。  
 
 
 
 絶叫が、夜の森を支配した。  
 
 
   
 数刻後。  
 
 
 巨木にはりつけにされた肉のかたまりが、どろどろと赤黒い液体を流している。もう、それは未来永劫動くこと  
はなかろう。  
 虫たちの声と、鳥たちの声が戻っている。木々のざわめきと、柔らかな風が、肉塊から伸びる金髪を優しく撫で  
た。こんな時でも、自然は、皆に優しい。  
 
 
 ぱたぱたと音がする。  
 
 白銀の髪を流した女性が、右手に竹筒を持って肉塊に近付いた。左手で、肉から白木の杭を抜き、それに竹筒の  
中身をぶちまける。それは、ただの水だった。  
 洗浄を終え、女性は、木によりかかる肉に右手を向けた。  
 
   
 ぱん、と音がして、肉塊から脳髄がえぐり出される。  
 次の瞬間、それは赤い赤い炎に包まれ、やがて消えていった。  
 
 
 
 悪魔が、ひとり、死んだ。  
 
 
 悪魔が、ひとり、殺した。  
 
 
 
 
 柔らかな風が、悪魔の頬を撫で、木々を撫でた。  
 
 
 その小さなざわめきは、まるで、夜空が発した慟哭のようだった。  
 
 

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