★ヴァリオキュレの森 一話「克己的少女の受難」(リョナ・触淫)  
 
 剣で、魔法で。男達は絶え間ない戦乱を繰り広げていた。  
 いやになった女たちは、志をともにする者を集い、理想郷をもとめて世界の辺境へと旅立った。  
 それが後に‘女剣士の森’と呼ばれる処、大陸の四分の一を占める風光明媚の地、ヴァリオキュレである。  
 先頭に立って森を開拓したのは、‘雌銀狼’エバ。  
 ヴァリオキュレをひとつの国としてまとめ、女の園と化した森に男を近づかせないよう尽力した。  
 三百年経った現在、内外での戦乱がようやく影をひそめた。  
 危うさをはらんだ平和を堪能する人々のなかにあって、毎日を修行にあけくれる少女がいた。  
 リベカという名の彼女が、十五をむかえたその日。  
 ある少年が‘偶然’森に迷い込んだことにより、運命の歯車が回りはじめた……  
 
―――  
 
 飛び散る汗。鳴りひびく剣戟。気勢のかけ声。  
 歳若い少女と精悍な女性が、朝も早くから剣の稽古にはげんでいる。  
 まだ春陽も起ききらない頃合いではあるが、この二人にとってそれは瑣末にもならない事項だった。  
「…………ふぅっっ!」  
 黒髪をひとつに結った少女――リベカが、両手で駆る細身剣で力の入った一撃を見まう。  
 相手である長い銀髪の女性――ラケルは、少女の渾身のなぎ払いを片手でもつ長剣で息を乱すことなく受けとめる。  
「っ……はっ!!」  
 少女は一旦距離をとって、再度斬りかかった。  
 この間、僅かに半秒。  
 しかしその迅速な剣さばきも、女性にとっては児戯にすぎないかのように避けられる。  
 勢いを殺さずすぐに二撃目に転じようとするが、なにゆえか少女の身体はよろよろとあさっての方向へいき、そのまますっころんでしまった。  
 女性が攻撃をかわすと同時に、足を引っかけていたのである。  
「……………………」  
 黙ったまますぐに立ち上がったリベカは、端正な無表情をラケルの方へとかたむけた。  
 彼女はといえば……いつ取り出したのか、煙草をくわえながら剣を杖代わりにして、少女をながめつつ一服なんぞをしている。  
 リベカはまとっている赤い衣服のように、闘争心が否が応にもあおられていた。  
「…………続きを」  
「いつも言ってるじゃないか。稽古の最中は、あたしが何してようと斬りかかってきていいって。さあ、早く来――」  
 セリフと、煙草の煙がとぎれた。  
 異様な速さで襲来する細身剣を、女性は片手で操る長剣でいなす。  
 少女は果敢にも二合・三合・四合と剣を打ち込んでいくものの、受ける相手はどこへ振るわれるか分かるかの如く、剣撃を易々とさばいてゆく。  
 
「くっ……」  
 リベカは、なんとはなしにラケルから身を引いた。  
 もう随分と息が上がっているこちらに対し、対象は憎たらしいほどに余裕綽々としている。  
 一体、この力の差はなんなのだろう?  
 焦りと不安、そしてラケルに対する嫉妬と羨望が、リベカの心中にうずまく。  
 両者の歳の差は倍ほどもあるのだから、そこまでに至るほどでもないはずなのだが……  
 ――と、リベカは呼吸を整え、感情を映さない凛々しいおもてをラケルに向けると、  
「……ひとりでやる」  
 ぼそっと言い残し、きびすを返してすたすたと歩き去ってしまった。  
 まだ規定の稽古量をこなしていないというのに。  
「あ、そう」  
 鮮鋭な顔を天にあおがせながら、ラケルは少女を興味なさげに見送った。  
 表向きこそ無関心にみえるが、実際には思慮深く行動するのがこの女性の食えない部分である。  
 実はリベカの今後の動向が気になってしょうがない。  
「……あたしみたいにならないで欲しいね」  
 育ての親である彼女がそう思っていても、リベカに淡白にしか接しないのには深いわけがあった……  
 
―――  
 
 少女は、森中にしては木々が少なく開けたところにいた。  
 格好は尋常である。  
 麻布の長そで胴衣、足首までの脚衣。額当て、皮手袋と、いずれも赤色で統一されている。  
 唯一、短靴だけは茶色いものの、その一見大人しい性格に反して派手な色が好きなのかもしれない。  
 さて、リベカは細身剣を正眼――切っ先を相手の目にむけて中段に構える――にもち、双眸を閉じている。  
 身体は微動だにせず、相当集中しているのが判る。  
 ビュォッ!!  
 ふいに、少女の周囲に白き光がたちのぼった。  
 ‘剣気’である。  
 特別優れた剣の使い手のみが揮える力を、彼女は齢わずか十二にして会得した。  
 それから三年経ったいま、すでに剣気を自在に操れる段階まで踏みこもうとしている。  
 ラケルの指導の厳しさももちろん要因のひとつだが、なによりリベカ自身がきわめて克己的な少女であることが大きい。  
「ふ…………くぉぉおぅ………………」  
 リベカの眉間にしわがうかび上がり、その冴えざえした容色がゆがんでいく。  
 白き光はだんだんと鮮明になり、厚みを増していく。  
 強大な剣気の奔流は天をめざしてたちのぼり、入り組む木々をすりぬけて女剣士[ヴァリオキュレ]の森から顔をのぞかせた――  
 
 スゥウンッ………………ぬけるような乾いた音がひびき、あれほど膨大な剣気が突如にして消えうせた。  
 同時に、魂が抜けたようにくずおれる少女の姿。  
「っはぁぁぅ……っ……!!」  
 両手で地面の土をおさえつけ、ひときわ大きな途息をはきながら涎を垂らす。  
 少女の顔は汗だくであった。  
「はぁ、はぁ、はぁ…………っ……ふぅ」  
 弾んでいた息はまたたく間におさまり、少女はすぐにも立ち上がった。  
 ‘剣気放出’は精神的に疲弊はするものの、体力的な疲労はまったくない。  
 だからといって、大量の剣気を発したあとは無理をするなと「あの女」から忠告されているのだが……  
 関係ないと言わんばかりに、リベカは右手に細身剣をもったまま走りこみをしに、林道の奥へと消えていった。  
 
―――  
 
 リベカの朝は、異常に早い。  
 陽が射す前に自然とおきあがり、身だしなみをととのえ、すでに準備万端のラケルに稽古をつけてもらう。  
 ‘稽古場の板に陽が当たった’ら手合わせは終わりという決まりだが、少女は今日陽が射すだいぶ前に出ていってしまった。  
 次にやるのは、剣気を限界まで解放する‘朝の習慣’である。  
 これはリベカみずからが自主的にやっていることで、「こうすることで一日は始まる」「毎日一回、限界まで解放することで、自然と剣気が大きくなる」という考えのもとにやっているものだ。  
 実は、後者はその根拠が実証されていない。  
 人間個々がもつ剣気の大きさは剣の腕に比例するものといわれており、むしろ解放することで消耗してしまうので、有事のとき以外は行使するべからずという風潮さえある。  
 むろん、こちらにも根拠は無い。  
 とはいえ、結局どうなのか明らかではないうえ疲れるので、剣気は普段から抑えている者のほうがはるかに多い。  
 リベカのように全力で放出したり常に質を確かめたりする人間は、捜し当てるほうが難しいとして過言ではないだろう。  
 さて、剣気を発しまくったあとは走りこみである。  
 ラケルに指示された量をこなすのだが、これまた尋常ではない量だ。  
 何しろ朝食の時間まで、二回の休憩をはさんでひたすら駆けつづけるのだ。  
 およそ一日の十分の一以上を、この朝の走りこみに費やしている。  
 しかも合間にさしはさむ休息にしたって、地べたに座り込んで呼吸がととのったらもう疾走にもどっている。  
 並の気概ではこうはいかない。  
 そして――  
「おっ、早かったじゃないか。もう二十三周したのかい?」  
 中性的な女性は短剣をとぎながら、息を切らしてもどってきた少女に背をむけたまま声をかけた。  
 丸太小屋の入り口に姿をみせたリベカは、心なしか不機嫌そうに感じだ。  
「…………きょうは、二十八周してきた……」  
 息継ぎすることなく言葉をつづり、余裕感をよそおいながら女性のほうへ歩みよる。  
 
 顔どころか、服も汗によって相当濡れている。  
 習慣とはいえ激しい運動をこなしたあとだというのに、少女はもう普段の息づかいになっていた。  
「ほお、余計に五周もしたのか。稽古を早めに切り上げたとはいえ、それはすごいな」  
やや淡々と、大半は感心するような様子で、リベカを褒めた。  
 称賛を浴びた少女はといえば、ちっとも嬉しそうに見えない。  
 汗の浮かんだ無表情のままラケルの言葉を聞き流しつつ、食事が用意されている自分の席にこしかけた。  
「じゃあ、今度からは二十五周に増やせるかい?」  
 不敵にほほ笑む女の口上は、食べ始めようとしていた少女の動きを止めるには十分だった。  
「…………あなたが仰るのであれば、如何様にも」  
 わりと早めに答弁したが、なにも昂じかけた感情に任せてのものではない。  
 たった二周程度、増えたところで大して変わらないと思ったからだ。  
 既存の量の、十分の一も増えていないではないか……  
「そっかそっか。最近あんたかなり体力ついてきたみたいだし、もう少し増やそうかとも考えたけど、まぁとりあえずは二十五周でいいだろ」  
 女性のセリフにちょっとばかり不快感を覚えたが……  
 大きく息を吸い込んで、吐きだすことによって、すぐに平常心をたぐり寄せた。  
「それと、あんた例によって忘れてるかもしんないけど」  
 女性はまだ朝食に手をつけておらず、未だ台所で短剣をといでいる。  
 なにやら意味ありげな前置きに、リベカは思わず黒い瞳をしばたたかせた。  
「今日はあんたの、十五の誕生日だからね。ちょうどあたしの半分だ……すぐに届かなくなるけど。ま、食べ終わったらちゃんと「子産の母」の所にいっとくんだよ」  
 凛々しい少女は、嫌悪の溜息が出そうになるのをどうにか堪えた。  
 自分の産みの親である「あのババア」の所に行く。  
 彼女はそれがいやでいやで仕方がなかった。理由を思いだすのすら阻まれる。  
 だから――そんな訳があるから、誕生日を失しているのではない。  
 ……素で忘却しているのだ。  
「……気持ちはわかるけど、早く食べとくれよ。冷めちまうじゃないか」  
 リベカの表情は依然として何らかの情をうつすものではなかったが、ラケルの発言を受けいれると、すぐにも食事にありつきはじめた。  
 
 ―――  
 
 物心ついた時からずっと、リベカはラケルと二人暮らしである。  
 リベカが十のころまでラケルは家を長期にわたって空けることが多かったが、今はもう殆どない。  
 ほんの五、六年まえまで、ここヴァリオキュレの森は戦乱にあけくれていた。  
 ……というのを、少女は女性から言われているだけで、その理由とか、どのようにして納まったかなどは全然きかせてくれない。  
 興味がないかといえば嘘になるが、あえてふかく探ろうとはしなかった。  
 話さないのにもそれなりの理由があるのだろうと察したから。  
 
「………………」  
 リベカは、ひとつに結った黒髪をなびかせながら森の中を疾駆していた。  
 正直こんなことは、さっさと行ってさっさと済ませたい。  
 時間が勿体ないのもあるが、なによりあのババア――自分の産みの親のご機嫌取りは非常につかれるというか、だるい。  
 ラケルに命じられなければ絶対に足を運ばなかったと思う。  
 行かねばならない義務はない。その証拠に、リベカ以外の子は全員疎遠になっているときく。  
 なぜ自分だけ、一年に一回だけとはいえせっせと通わなければいけないのだろうか――  
「止まれ!!」  
 その声質と、突如にして眼前に立ちはだかったものを見、赤い衣服の少女は眼をむいて急停止した。  
 男だ。  
 齢の頃は二十代後半だろうか?  
 野生的な顔だちとみじかく刈り込んだ金髪が印象的な、いかにも傲岸不遜な雰囲気をかもしている碧いまなざしの人物だ。  
 胸元のあいた上下一体の紫装束を着込み、背には大剣をしょっている。  
 とにかく、どう見繕っても男だ。  
 ……外界に住む‘魔物’が、なぜここにいる?!  
 なんとはなしに腰の剣帯に手をかける。  
 すると、‘魔物’――男は片手をあげて、  
「あー、あんまり警戒すんなよ。ちぃっとばかし訊きたい事があるだけだ」  
 この言葉を信じるつもりなど微塵にもない。  
 リベカは顔色ひとつかえず、鋭い視線を男に向けたまま剣柄を握っている。  
「ここによ、俺の弟が迷い込んじまったらしくてな。捜してんだよ。知らねーか?」  
「知らない」  
 つぶやくような、しかしよく通る声で即答した。  
 すると、男は右手で顔をおおいながら天を仰いで「やっぱりかー」などと吹いたあと――冷笑がもれた。  
「そりゃ良かった……」  
 言下に、顔に当てた右手をそのまま背に送り、大剣をぬきはなった。  
 いかにも尊大そうな仕草や表情で、少女にむかって宣戦布告する。  
「ちょっくら付き合ってもらうぜ、嬢ちゃん」  
 ビュォッ!  
 男の周囲に白き光――剣気が発生した。  
 さっきまでとはまるで違う、険の深い表情と双眸がリベカを射抜く。  
 ビュォッ!  
 ぞくっとした戦慄を感ずる前に、少女も負けじと剣気を放出して抜剣しながら大地を蹴った。  
 相手がその気なら、それ以上に楽なことは無い。  
「はっはぁー! 俺とやる気たぁ、命知らずだなおい!!」  
 
 舌なめずりしながら挑発するが、この少女相手にはなんの効果も及ぼさない。  
 あっという間にリベカと男の距離が縮まった。  
「だらぁっ!」  
 大剣をなぎはらうと、派手な衝撃波が奔った。  
 意外に迅い……そう考える余裕すらもって衝撃波を避わし、少女は一瞬で男の左側面に移動し、体重をかけた細身剣の一撃を――  
 ガィイン!  
「…………ッ!!?」  
 リベカはまたも眼をむいた。  
 右手で剣をなぎはらった後は、身体の左半身はがら空きになる。  
 それを見越して最短時間で剣撃をしかけたのに、こうもあっさり止められるというのは……?  
「ほぉ……全く無駄のない動き、それに驚くべき速さだな」  
 相手は片手で容易くうけとめたのに対し、こちらは両手で斬りこんだ側なのに、もの凄い圧力が剣を通して伝わってくる。  
「だがま、経験は違いすぎるし、なにより…………ふんっ!」  
「っ!!」  
 少女の身体が球のようにふきとばされた。  
「ぐぁぅっ!」  
 ドゴッ――と、鈍い音をひびかせて背中から大木にたたきつけられ、ずるずると根元にもたれかかる。  
「う゛ぅぅ…………ぉえ……」  
 喘鳴をもらしながら吐き出した唾液は赤くそまっている。  
 予想外の出来事なためか、いつも修行で味わっているはずの苦痛が必要以上に大きく感じる。  
「女じゃ、男に敵うわけねぇからな」  
 男の完全に見下した口調が、神経を逆なでする。  
 リベカは、‘意識して’血をたぎらせた。  
 カッ――と少女の鋭敏な黒瞳が見開かれる。  
 朦朧とする意識を叩きおこし、激痛をふきとばして即立ちあがり、追い打ちをかけにきた「魔物」を見すえた。  
 これには男も驚嘆したようだ。  
「こりゃすげえ。今のでへたれねえたぁ、みあげた根性じゃねぇか!」  
 相当に愉しげな声をあげ、赤い標的めがけて大剣をふりかぶる。  
 ザンッ!  
 ――だが、真っ二つにしたのは巨木のみだった。  
 それでも、男は冷たく嗤っている。  
「…………またそれかぁ?!」  
 ガィイン!  
 男の頭部に振り下ろされた細身剣は、大剣によってスレスレの位置で阻まれていた。  
「っ…………!!」  
 
「甘いぜぇっ!」  
 うしろに目すらくれず、大剣に力をいれてふたたび少女を吹っ飛ばした。  
 だがリベカも二の轍は踏まず、障害物に激突することなくゆるやかに大地に降りたつ。  
 さらに、すかさず標的への接近を試みている――それも異様な速度で。  
「腕だけは認めてやる……が」  
 せまりくる少女に背をむけたまま喋る男の声色には、奇怪なまでの余裕がこもっていた。  
「俺には勝てねぇよ。残念だったなっ!」  
 バッ、と後ろへふり向いた男の眼光が、少女を強烈につらぬいた。  
 そんなものに気圧されるリベカではないが――  
 スウゥン…………かわいた音が、静かに辺りへとひろがった。  
「……――なっ?!」  
 気づけば剣気は失しているし、身体も金縛りにあったように動かない。  
 さしものリベカも、初めて感情を表さない仮面をとった。  
 凛々しいおもてに恐怖の色を微かに塗って、それでも漆黒の瞳は男を捉えてはなさない。  
「くくく……どうだ、‘魔法’をかけられるのは初めてだろ、嬢ちゃん」  
 リベカはその単語を聞き入れても表情をうごかさなかった。  
 魔法……剣法と異なり、男のみが行使できる力。  
 そのため、女は魔法になすすべがない。  
 百二十年まえに起きた、「外」の男達と森の女達の戦争は、相手軍の三倍以上の死者を出しながらも奇跡的に勝利したが……  
「こんな下位魔法でも、女を縛るにゃあ十分だからな。うかつに競り合って怪我するよりいいぜ……さて」  
 口上を重ねながら冷たい笑みをむけて、右手にもっていた大剣を背におさめた。  
 欲望に満ちた視線でながめつつ、微動だにしない少女にじりじりと近寄る。  
「男とよろしくすんのは初めてだろ? この俺が…………お?」  
 愉悦の表情のままリベカの眼前に立った男は、頓狂に疑念符をはっした。  
 身体が、僅かだが動きはじめている――  
「ぐぅぅう…………ふぃあぁぁあ!」  
「おおっ、っとぉ!」  
 少女は玉のような汗をほとばしらせながら斬り払ったが、緩慢もいいところで命中ることなど不可能だった。  
「あぶねえな、むんっ!」  
「っ……うあ゛っ!!」  
 先刻よりつよい金縛りに遭い、痛々しい苦鳴がひびく。  
 さらには、いつのまにか細身剣が手からこぼれ落ちている。  
 男が金縛りをかけるとともに手首を強打したためだ。  
「ふーっ……手クセの悪ぃ嬢ちゃんだぜ、ったく」  
 男は掌を額にあて、大仰な溜息をついた。  
 
 リベカの方は、今度ばかりは絶対絶命だった。  
 だが、こんな状況においても……表情はすずしいものだった。  
 顔色こそ蒼ざめているが、恐ろしさや焦りをおもてに出すことはしない。  
 彼女の自尊心と、この‘魔物’に対する負けん気が、それを許さないからだ。  
「こんな時でも怖がらねぇとは、感心だなぁおい」  
 少女の態度を単なる強がりととったのか、男の口ぶりは明らかな嘲りにみたされていた。  
 固まったリベカの肢体を、正面からいやらしい眼つきで舐め回すように堪能し、  
「……意外に良い体してやがんじゃねえか」  
 などと端的に感想を述べながら、赤い胴衣に手をのばし始めた……  
 
 ―――  
 
 リベカ……今日はあんたの十四の誕生日だね。話しておきたいことがあるんだ……なに、そんなかまえることないよ。  
 初潮はもうすませたんだろ? ……え? わかるに決まってるじゃないか。あたしを誰だと思ってるんだい。  
 ともかく、あんたはもう立派な‘女’だ。  
 本来ね、女ってのは子を成すためのいきものなんだよ。少なくとも、‘外’の世界ではそれが普通なのさ。  
 まあそれは置いといて……あんたは今まで十四年間生きてきて、‘魔物’に遭わずに済んできた。  
 でも、これからその可能性がないとは言い切れない。  
 だから、あいつらに遭遇しちまったらどうすべきか、教えとくよ。  
 ……は? ばかだねあんたは。基本的に女ってのは‘魔物’に勝てないいきものなのさ。  
 身体能力だけでも劣ってるのに、やつらは女が使えない魔法も行使できる。  
 剣法での対抗だけならいざ知らず、魔法を使われたらいくらあんたでも勝ち目は薄い。  
 もちろん、剣法と同様に魔法も限られた‘魔物’しかつかえないみたいだけど。  
 ……リベカ、もしもそういう強い‘魔物’と闘わなければならない状況になって、手も足も出ずに打ち負かされても、殺されはしない。  
 なぜか解るかい?  
 ……………………知らないか。まあここにはそういう書物もないし、当たり前っちゃ当たり前なのかね。  
 人間の雄ってのは厄介ないきものでね、周期的に女を求めるんだよ。  
 ……説明せずともわかるだろ? 恥ずかしがることはないんだよ。  
 あんたが自分でしていることを、誰かにしてもらいたいと思ったこともあるだろ?  
 まあ、あってもなくても、実際あんたが自涜に及んでるところを見たからねぇ。  
 ……らしくないね。恥ずかしいことじゃないんだから、そんなにどぎまぎしなくていいんだよ。  
 禁欲主義なあんたのことだから、大した回数やってないんだろうけどさ。  
 ま、ともかく。‘魔物’はあんたに勝てたとしても、いきなりは殺さないだろう。  
 容姿も身体もわりと良いものを持っちまってるから、まず間違いなく犯される。  
 けどね、リベカ……なにも黙ってやられることはないんだよ。  
 いいかい、ここからが重要な話だ。  
 よーく頭にたたき込んでおきな――  
 
 ―――  
 
「………………」  
「……お? ずいぶん大人しいじゃねえか。さっきまでの気概はどうした、ん?」  
 無表情で自分を見つめてくるリベカを煽りたてる。  
 さっきまでの抵抗とはうってかわって冷静なのに、やや物足りなさをおぼえているのだ。  
「……まあいい。いやでも落ち着いちゃあいられなくしてやる」  
 男は言下に、両手で赤い胴衣を左右にはだけさせた。  
 十五にしては豊かな、さらしを巻いた胸があらわになる。  
 彼はそこで間を置くような、焦らしが好きな性格ではない。  
 間髪いれずにさらしを引っつかむと、強引にやぶりとった。  
 少女の、あどけなさがのこる双丘が、野生的な男の双眸にうつされた。  
 まさに悪漢というべき薄笑いをしながら、ふと少女のおもてを窺ってみる――鋭利な黒瞳から、涙を流しているではないか。  
 リベカの顔には、一切の感情がぬけおちているかのように見えるが、それも男を昂ぶらせる材料にすぎなかった。  
「強がっても身体は正直だな、え? なんとか言えよ……いや、言わせてやるよ」  
 言うなり、男は少女の胸に顔をちかづけた。  
「…………っ……!」  
 その瞬間、何ともいえない生理的な嫌悪感が、リベカの身体をかけめぐった。  
 ‘魔物’が自分の乳首を口にふくみ、ちゅくちゅくと吸い上げている。  
 あまった方の胸は手で弄られ、その異様な感覚と屈辱に、声を洩らしそうになってしまう。  
 いっそ出してしまえば楽になれるかもしれない。  
 だが、無駄なほどに自尊心の高い彼女の意識が、それを許さないのだ。  
 それになにより……  
「おい、気持ちいいんだろ? 正直に言えよ、おら」  
 胸に顔をうずめながら、神経を逆なでする口上をリベカにぶつけてくる。  
 悔しかった。  
 中身までも最悪な彼にふれて、ただでさえ忌み嫌っている‘魔物’をさらに嫌いになった。  
 そして、その‘魔物’に対して抵抗できずにいる自分自身に一番腹がたった。  
 ――男の右手がふいに、服ごしに少女の陰部に触れた。  
 声こそ発さなかったが、はっきりとした不快感にリベカの顔が微かにゆがむ。  
 男はこれを見逃さなかった。  
「所詮は雌犬だな、おい」  
 あざけりながら、今度は脚衣のえりに右手を近づけ、引っぱって中に侵入した。  
「……っ」  
 嫌な予感がした。  
 
 赤い脚衣の股間部が男の右手によってもりあがり、うごめいている。  
 その中で器用にも下着をずりおろし、それこそ無遠慮に、‘魔物’の触手が少女の陰部にふれた。  
「――ぁ…………!!!」  
 しまった。  
 決して油断していたのではないが、声を漏らしてしまった。  
「……「ぁ」? なんだよ、もっと早く言えよ。望みどおり、愉しませてやるんだからよ」  
 男はにやにやしながら、無表情だが頬を赤くして汗ばむ少女をながめた。  
「どんなに強情張ろうが、女は女だなぁ!」  
 男の右手が、脚衣のなかで少女の淫核に触れる。  
「っ!!!」  
 成熟しきらない肢体がビクンと震えたが、男はそれに構わず膣内へ指を侵入させる。  
 すでに濡れ始めていたためか、すんなりと入ってくれた。  
「は………………ぅ……………………っ!!」  
 出し入れされるその指の感覚を、リベカは認めたくなかった。  
 油断すると涎が出そうになるし、顔色も湯気が出そうなくらい紅潮している。  
 快感を覚えているということを、この‘魔物’にさとられるわけにはいかない。  
 だがはた目には、少女が感じていることは一目瞭然かもしれない。  
 反応がないのは表情だけで、ひざは笑っているし、まばたきの回数も異常に多い。  
「ぃ……う………………く…………あっ……!!」  
 くちゅくちゅという淫音が耳に入ってきて、さしものリベカも平静を保つのが難しくなってきた。  
 立ったまま胸を吸われ、花弁を攻められる中、昇りつめようとしている少女の表情は……それでも感情を表していなかった。  
「っ!! ふ…………――――――う゛っっ!!!!」  
 リベカの口から涎が吹き出した。  
 初めてはっきりと顔色を変えた瞬間でもあった。  
 眼をぎゅっと閉ざし、眉間にしわくちゃにして歯噛みする様は、とても‘苦しそう’だった。  
 赤い脚衣の内部では、少女のおさない秘部から快楽の潮がながれている。  
 愉悦の余韻が、秘唇をひくひくとわななかせる。  
 一部始終を見続けていた男の様子は、とても満足げだった。  
「……くはははははは! 文字通り、身体は正直だよなぁ! けどよ……これからが本番なんだぜ」  
 悦楽が微かに尾を引いていた少女は男の言葉を聞き入れても、未だにある事項だけを気にし続けていた…… 一話・おわり  
 
 
 

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