「・・・神よ・・・・・・・」  
悪魔の眠るベットを素肌のまま抜け出し  
セシルは窓際に立ちガラス戸に額を寄せ呟いた。  
窓の外は薄暗く白紫の霧によって屋敷の一部が見える程度で視界が遮られる。  
いったいどのような世界にいるのか、知りえるのは  
この悪魔の寝息が聞こえる大きな暗い一室のみ。  
 
神よ・・・・私は重大な罪を犯してしましました・・・・・。  
こうなることを知ってあなたは私から両親を奪い、弟さえも連れて行こうとしたのでしょうか。  
全ては罪深き私のせいなのでしょうか・・・・・。  
次々に流れる涙をぬぐおうともせずセシルは神に語りかける。  
例え、この身を悪魔に捧げようとも、私は神の子です。  
心までは悪に染まりたくはありません。  
どうか、どうか、これから行うもうひとつの罪をお許し下さい。  
そして、弟の身の上にどうぞ奇跡の幸福をもたらして下さいますよう・・・・・  
十字を切り、深く頷くとセシルは暖炉へと向かう。  
そして、灰に刺さるポーカーを手に取り、薪を刺すべき先端の鋭い切先を  
自分の柔らかな喉へと当てがった。  
 
「ダニー・・・許してね・・・・」  
ぐっ・・・っと床に立てかけたポーカーに体重を乗せようとした時、  
その鉄の棒はぐにゃりと捩じれ、セシルの思惑通りに  
自傷することは叶わなかった。  
 
「・・・・そんなっ・・・・」  
「・・・何やってんの・・・・・。」  
不機嫌そうな顔で悪魔がセシルに声をかける。  
 
「・・・・だって・・・・私はもう・・・・・」  
「そう、君はもう俺のものだ。勝手に死ぬことは許されない。」  
「っ・・・・何を勝手なことを・・・!!」  
「ククク・・・・・・君はもう神の領域にはいない。こっちの世界の存在になったのに気づかないの?  
 だから、どんなに祈ったって届きはしない。まあ、元々彼の世界の住人達は人間の言葉に  
 耳を貸すことは無いんだけどね。」  
嬉しそうにベットサイドにあったボトルの酒を飲む。  
「そのようなことは!!決してないはず。祈っていれば必ず神は見ていて下さるわ・・・・・。」  
「ふぅん・・・まあ、いいけど。ね、自分の腹を見てみなよ。」  
「え・・・・・・・」  
自らの裸体を見下ろすと中心の臍より下に小さな黒い禍々しい模様が  
刺青されたように浮かんでいるのが見えた。  
「いやっ・・・・・何これ・・・・・・・・・」  
手で擦っても消えない。  
「クフフフ・・・・・消えないよ。例え皮を剥ぎ取ってもね。  
 それは、悪魔に処女を捧げた証拠だ。  
 つまり、これから俺の支配下になるということを示す印。  
 人間で言うとそうね、婚姻にあたるのか・・・違うけど・・・ククク・・・」  
さーっとセシルの顔から血の気が引き、消えないと知りつつもその印を擦る。  
「いやぁ・・・・・いやぁ・・・・・・・・・」  
涙をボロボロとこぼしながら床にへたり込む。  
そして、フッと意識が遠くなった。  
「そんなに拒絶しなくても・・・・・ま、いいや。頑なまでに神に従順な人間を壊すのもまた一興。」  
 
 
3:  
もうすぐ夜が明ける。一日セシルは戻って来なかった。  
オリヴィエは不安と後悔の念で押しつぶされそうだった。  
幸い、ダニエルの体調は持ち直し彼への心配は遠のいが  
若い美しい彼女を頼りに一人で行かせたことを悔やんでいた。  
「セシル・・・どうか無事に帰ってきてちょうだい・・・。」  
 
乳母とはいえ、彼らが乳児時代に乳を与えるような年齢ではなかった。  
セシルより7歳ほど年上の彼女は実質姉のような存在であったのだ。  
そんなかよわい普通の女性に、馬も無ければ貧弱な子供を連れて  
セシルを探しに行く術などあるはずがなかった。  
食料は以前買いだめして馬車に積んであるし、水も井戸が生きていたので  
生きていく分には2週間は困らなかったが、ダニエルにこの状況を  
どう伝えて良いものか、それも彼女を悩ませる要因のひとつだ。  
下手に心配させてしまってまた具合が悪くなったりでもしたら・・・  
などと考えるとたまらない。  
気丈にふるまうしかないのだろう。  
そんなことを古びたテーブルに向かいながら考えていたら  
重い扉がキィ・・・と開く音が聞こえた。  
 
「セシル?!セシルなの??」  
急いで玄関ホールまで走っていく。  
そこには、昨日出発したままのセシルの姿があった。  
ただ、いつも首からさげたクロスを除いて。オリヴィエは気づく余裕は無かった。  
「良かった!!心配したのよ、セシル!!何があったのっ・・・大丈夫?」  
「ええ、大丈夫心配かけて御免なさい。オリヴィエさん。」  
少し疲れた様子のセシルが、ダニエルの薬を手渡してくれた。  
「セシル・・・本当に大丈夫?何かあったんでしょう?」  
「ううん、ちょっと気晴らしに遠出して迷っちゃたの。私は大丈夫よ。ちょっと寝るわ・・・」  
ふらつく足取りでセシルはダニエルの隣の部屋に消えた。  
どう考えても彼女の様子はおかしかったが、とりあえず戻ってきたことにオリヴィエは安堵した。  
 
「お姉さま!!帰ってきたんだ!!わーいわーい!!」  
「ダニエル・・・・・ああ、元気になって・・・・」  
昼下がりの陽気な光が窓から差し込む。  
最近の弟は歩くのもやっとといった弱りぶりだったのに、  
目の前にいる弟は快適に跳ね回っている。  
その細い体を抱きしめてセシルは実感した。  
たとえ、どんな罰を受けようともこの弱く輝かしい弟の未来を閉じることは私には出来ないと。  
「お姉さま・・・くるしい〜・・・・」  
「うふふふ・・・ダニエルは奇跡的に元気になって。本当に良かったわ。  
 これもセシルが帰ってきてくれたおかげかしら。神様に感謝しないとね。  
 それにしても、本当に今朝まですごく心配したのよ!」  
傍で姉弟を見ていたオリヴィエは頬を膨らませてセシルを見る。  
「あは、本当、御免なさい。もしかして寝ないで待っていてくれたの?」  
ダニエルの頭をひとなでして、セシルはオリヴィエに謝った。  
「ああ、私のことはいいのよー。無事でいてくれただけで。  
 あなたはいつも真剣にお祈りしているから、神様が守って下さっているのね。  
 きっと本当に素敵なシスター様になるわね。」  
 
その言葉を聞いてセシルの表情は凍りつき、じわりと涙を浮かべる。  
「・・・・セシル?どうしたの?具合悪いの?」  
「いっ・・いいえ、何でもないの・・・・さ、お昼の用意しなきゃね・・・手伝うわ私も。」  
「そう・・・ならいいのだけれど、無理しちゃだめよ?」  
「えーー!!お姉さま遊ぼうよ〜!!!」  
キッチンへ向かおうとした姉の腰元にダニエルは飛びついた。  
「あ!ぁっ・・・ぅ・・・!!」  
不意の衝撃に、初めての行為で受けた傷が疼き、思わず悲鳴をあげてしまう。  
実は未だにそこに何が挟まっているような違和感が拭えずにいたのだ。  
「お姉さま、御免なさい、痛かった??」  
「セシル・・やっぱりあなたまだ寝ていなさい。食事が出来たら呼ぶからね。」  
そう言ってセシルを気遣うように部屋のほうへ背を押した。  
 
扉を閉じ、一人きりベットに横になる。  
石造りのこの屋敷は扉を閉じれば他の部屋の音は聞こえない。  
そんな静まりきった空間にいると嫌でも悪魔のことを考えてしまう。  
ジンジンと疼くソコは確かに悪魔と行為が交わされた証拠。  
もう今までの自分とは違う自分になってしまった。  
邪悪な印を服の上から摩る。  
泣いても何も変えることができない。死ぬことも許されない。  
姿見の前で、服を脱いでみる。  
悪魔の黒い手が這い回った自分の体。もう誰の目にも触れさせることが出来ない。  
白い下着のラインに半分だけ見える悪魔の刻印。  
「うっ・・・・くぅ・・・・・・・」  
声を我慢できないほど嗚咽を漏らし泣きじゃくる。  
 
セシルが弟達の元へ帰されたのは、開放されたからではない。  
悪魔には人間界へ施すある目的があり、それを彼女に実行させようとしているのだ。  
そのために、一度戻れと言われ、例の教会へ戻された。  
 
いつでも見ていると奴は言っていた弟の様子を見たように鏡から覗いているのか・・・。  
まるで視姦されるのを恐れるようにセシルはベットに頭まで潜り込む。  
「神様・・・・お助けください・・・・どうか・・・・」  
思わずそう口から言葉を発したその時、背後でモゾリ・・・と何かが動く。  
「・・・ひっ・・・・!!」  
小動物のように何かが動いたと思うと、それは次第に大きくなり、  
背中から腕の下を通り胸へ伸びてきた。まるで背後から体を弄られているようだ。  
「やっ・・・・何っ・・・・・・」  
生暖かい息が首元へかかる。  
みるみるうちに人間のような感触が背後にべっとりと密着してきた。  
「いやっ・・・・・やめて・・・・・」  
胸に回された手が乳首をつまみ上げ、指先で器用に転がす。  
「あっ・・・ぅ・・ぅ・・・・・・」  
「また下らない祈りをしたろう・・・・」  
「・・・・えっ・・・・あっ・・・悪魔・・・・・・・何で・・・・」  
 
「俺は闇の中ならどこでも出現できるんだよ・・・・・・覚えておきな。  
 それにしても・・・あの誇らしい刻印を見て泣くことはないんじゃない?  
 むしろ喜ぶべきだとおもうなぁ・・・」  
「そ、そんなの・・・無理よっ・・・・はぁ・・・ぁあっ・・・」  
刻印へ悪魔は片手を伸ばし、くるりと指でなぞってまた降下してゆく。  
「やっ・・・・!!こんな所で・・・やめて!!」  
「クックッ・・・・そうね、まあ疲れてるんでね俺も。ちょっと伝えたいことがあって、来ただけだよ。」  
下着の中に手を入れ、ツッと頂点の皮をめくり核に触れる。  
「あああっ・・・・・やぁっ・・・・・!!!はな・・話だけにしてっ・・・・んくぅ・・・・!!」  
悪魔はそのまま小さく敏感なクリトリスを撫でつつ話始める。  
セシルを十二分に喘がせながら彼女が明日行動することの要点を伝えた。  
その直後、ドアにノックの音がする。  
 
「セシル・・・起きてる?食事ができたわよ?」  
返事が返って来ない。オリヴィエは心配になり、ドアをそっと開け中を伺う。  
「フフ・・・・返事しろよ・・・・」  
小声で悪魔が囁く。その間もいやらしく乳首や淫核を刺激されているのだ。  
「セシル・・・?寝てるの?」  
「・・・・ぁ・・・お・・起きてる・・・あっ・・後で・・・行くから・・・・」  
声を出すたびに裏返りそうになるのを何とか我慢してそれだけを伝える。  
「そ、そう・・・無理しないでね・・・・」  
オリヴィエには悪魔のシルエットは見えなかった。  
ただセシルが横たわっているふくらみだけ見え、心配ながらもそっとドアを閉めた。  
オリヴィエの足音が聞こえなくなるまで、悪魔の攻めに耐えなくてはいけない。  
「・・・ひどい・・・・アアッ・・・もう・・・やめてっ・・・・・」  
「・・・・何故・・?こんな楽しい悪戯を・・・・ククッ・・・・・・じゃあ、用は済んだから戻るわ。」  
そう言うと、急激に指の動きを激しくしてスッと消えていった。  
「・・・んんっあぁ・・・!!・・・・」  
官能に飲み込まれそうになった寸前で戻される。  
こんな、身内の前で痴態を晒さなくてはいけなかった恥ずかしさに  
セシルは震えながら耐えるしかなかった。  
 
それにしても悪魔は明日の夜、薬を買った町へ行けと言う。  
いったい何を企んでいるのか分からない恐怖が彼女の心音を高めた。  
 
 
4:  
「まったく・・・・・地主の葬式なんてもうまっぴらだよなぁ。」  
「そう言うなよ。ランゲ。人々が多ければそれだけ色々な思惑があるというものだ。」  
「とかいっちゃってさ、牧師さん、あんたお布施が目当てなんだろ。」  
「なっ・・何を言うんだ。私はそんなことはけっして・・・ゴホゴホ・・・」  
五十絡みの男達が祭壇の後片付けをしながら冗談を言っている。  
一人は牧師と呼ばれる者。もう一人は雑用をこなす使用人だった。  
二人とも軽くアルコールを含みながらだらだらと作業する。  
そんなに生真面目ではないが、そのへんが町の人々にも親しみ易いのか  
なかなか評判の良い教会だ。  
ランゲと呼ばれる男が、しおれた花瓶を持ち窓の外のごみ置き場へ投げ捨てていると  
門扉の所にぼんやりとした影が立っている。  
 
「ああ?・・・なんだ・・・誰か来たのか?こんな遅くに?」  
町外れにある教会には夜になると牧師の酒飲み友達しか集まらない。  
友達が来ると、牧師の家族のいる隣の住居へ移動して飲み明かしたりする。  
しかし、友達ならランゲにも見覚えがあるのですぐ分かるのだが。  
手にランプを持ち、正面玄関から門まで回った。  
近づきランプをかざすと、門の外にはシスターの服を身に着けた少女がぽつりと立っていた。  
 
「夜分遅くに失礼致します。  
 わたくし、一人で各地を宣教するために旅をしておりますエルナと申します。  
 ところが、深い霧に見舞われ、宿泊する予定のないこの町へ来ることになってしまいました。  
 出来ましたら、こちらに一晩お邪魔させていただけないかと思いまして・・・」  
ベールをかぶっているが、なかなかに美しい娘なのが見て分かる。  
「ああ、それは困りましたな。さあ、どうぞ。  
 礼拝堂の控え室で宜しければ、ベットもありますんで。」  
でれでれとしながら、門を開け迎え入れる。  
「ありがとうございます。助かります。」  
そう言って少女は会釈をした。  
「あなたは、牧師様ですか?」  
深い青の瞳でチラリと視線を送ってくる。  
「いえいえ、私は雑用係ですよぉ。牧師様は今礼拝堂の片付けをしております。  
 さ、こっちですよ。どうぞ。」  
彼女が教会の敷地に入った瞬間まわりの木々がザワザワと不気味に揺れた。  
 
礼拝堂へ案内された彼女は牧師に挨拶をする。  
「今日はありがとうございます。こんなにいきなりお邪魔しまして・・・」  
「いいんですよエルナさん、いやはやこんな美しいお嬢さんが  
 一人旅で布教とは恐れ入ります。きっとここへ導いたのも神の思し召しです。  
 ゆっくりしてらして下さい。あ、お腹へってませんか?」  
「いえ・・・・それは大丈夫です。ところで、牧師様に色々相談をしたいのですが・・・」  
俯き加減にエルナと名乗る少女は告げる。  
「ああ、じゃあ、俺は帰るよ。牧師さん。ゆっくり話を聞いてあげなよ。」  
「おお、今日はありがとう。また明日も宜しく頼むよ。」  
気を利かせてランゲは立ち去った。  
明日の朝一番に摘んだ薔薇をエレナに。などと想いをよぎらせながら。  
 
「さて、旅で疲れているでしょうから、  
 控え室にあるソファーにでも腰掛けてお話を聞きましょう。」  
促されるまま彼女は牧師とその控え室へ向かった。  
そこには小さいながらも宿泊できそうな一式が揃っていた。  
清潔なベット、柔らかなソファー。簡易の暖炉に色々な文献が詰まった本棚。  
壁には小さな十字架。  
エルナをソファーに座らせて牧師は暖炉に火を点す。  
「さあ、何から聞きましょうか?」  
にっこりと笑いながら牧師は彼女に対峙して座る。  
「あの・・・・・・・その・・・・・・ぁっ・・・・」  
目の前の少女は口ごもったかと思うと、小さく震えた。  
「どうしたのです?具合でも・・・・・・」  
すーっと彼女は立ち上がり、牧師の横に立ちベールを取り  
首のボタンに手をかけ、上から順に外していく。  
「ちょ・・・・・エルナさん・・・・・・何を・・・・・・・・・・」  
徐々に服を脱いでいく少女の姿を暖炉の炎が赤く照らす。  
その光景に牧師はゴクリと喉を鳴らし魅入ってしまう。  
あっというまに少女は全裸になった。  
 
プラチナブロンドが柔らかく、燃えるような青の瞳が印象的だった。  
その下の体は透き通るように真っ白で美しい。  
「・・・・い・・・いけない・・・・・・・いけません・・・・・・」  
牧師は言葉では静止を促すが、金縛りにあったように動かない。  
そして、少女はソファーに座る彼の膝の上に跨たがり  
牧師の手を取りふっくらとした胸へと導く。  
指先が弾力のある肌に触れ、更に頂点に咲く淡い蕾に触れる。  
牧師の理性は脆くも硝子のように砕け散り、  
本能のままにその両の乳房をもみ上げ始める。  
そして、両手でくびり出した乳首に吸い付いていく。  
「あっ・・・・・・あぁっ・・・・」  
自分の足の上に乗る少女の尻に片手を伸ばし、丸く柔らかな肉丘を撫で回す。  
その手を前に回し、草地を経て肉芽を探し当てる。  
「んんっ・・・・ぁはっ・・・・・」  
ビクンと膝の上で跳ねる少女の揺れる乳首に噛み付いた。  
「やっ・・・・」  
彼女は牧師の頭を抱える。  
そして、細く尖ったナイフを首の後ろで構える・・・・・。  
その手が静止したまま震えた。  
しかし、次の瞬間牧師の指が彼女の秘所に挿入されると同時に  
深々とナイフの先が牧師の首に突き刺さった。  
「はがっ・・・・・・!!!」  
乳首に牧師のわななく唇を感じる。挿入された指も中で暴れている。  
それがだんだん動きを鈍らせていく。  
「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・」  
ナイフを引き抜きながら少女はこときれた牧師を抱きしめ謝り続ける。  
そして、服を着なおし、室内にかけられた十字架と聖書を取り  
祭壇の大きな十字架の元へ置く。  
参列席に置かれたウォッカのビンを持ち十字架に浴びせかけると  
マッチを擦った。  
 
テラテラと赤い炎を上げる教会を背に少女は振り返らず闇に消える。  
 
馬を走らせ、どんどんスピードをあげる。  
町からだいぶ離れ、廃村の入り口に達するとセシルは崩れるように馬から降り、  
地面に突っ伏して嗚咽を漏らす。  
爪が剥がれそうになるほど土に爪を立て、わあわあと声をあげ泣く。  
「おめでとう・・・・・良くやったじゃない。」  
「ひどいわ!!!ひどいわ!!!私・・・・途中で止めようとしたのに!!」  
「クフフフ・・・・あの男はもうあの時既に聖なる者ではなくなっていたってことさ。  
 俺の力が働くってことはね。」  
大きい邪悪なコウモリがセシルの前に降り立ち、  
愉快そうに大きな口を翼で覆いながら笑う。  
「でも・・・・!人を殺すなんて・・・・・・・・」  
「たいしたことなかったろう?」  
「・・・・・そんなっ・・・・どうせなら、私の全てを乗っ取ってほしい・・・!!」  
そしたら、罪にそまる瞬間を見なくて済む・・・  
「それじゃあ、魔族になった意味がないだろう・・・・・・。」  
「いやぁ・・・いやよ・・・こんなの・・・・・・・・・」  
魔界で見た形相とは違う恐ろしい顔をセシルに近づけ言う。  
「君次第だよ。止めるのも落ちるのも・・・。  
 まあ、止めたら君の大事な者達の行く末は決まってるけどね・・・。」  
横っ面を殴られたような顔でセシルは悪魔を見つめなおす。  
「・・・・本当に・・・・・ほんとに・・・・・・・悪魔ね・・・・・あなた・・・・・・・」  
「・・・嬉しいね・・・・もっと言ってよ・・・・・」  
ニヤリと目の前の醜悪な顔が笑いに歪む。  
それを見たセシルは手近にあった石を持ち、悪魔へ殴りかかる。  
「消えろ!!消えろぉ!!!」  
降りおろすセシルの手首を悪魔が押さえ、そのまま強い力で握り締める。  
すると、石を持った指が徐々に開き、ドスンと地面に落ちていった。  
「馬鹿な女だ・・・・」  
掴んだ手首を引き寄せ、悪魔はセシルの唇を奪った。  
どんどん暗闇に落とされてゆく・・・。  
セシルは絶望と悪魔の舌を受け入れながら瞼を閉じた。  
 
 
5:  
「おお、久々だなアンドラス。」  
「やあ、スキュフィル・・・・」  
魔界の貴族達が集まる宮殿がある。  
そこでは毎夜宴が開かれて道楽を極める悪魔が好む場所だ。  
情報交換などを目的とした悪魔たちも多数紛れている。  
その一角のバーに近い所に数人の悪魔が固まっている。  
もっぱら飲むことと話すことが目的の輩だ。  
 
「そういえば、聞いたぞ、アンドラス・・・お前新しい人間を落としたらしいな。」  
「耳が早いな・・・どっからそんなことを。」  
苦虫を噛み潰したような顔をわざと作り出し幼馴染の悪魔の前でおどける。  
「生娘だったらしいじゃないか。お前も好きだな〜。」  
好色な色を隠さずに熊のような体を揺らしてスキュフィルと呼ばれた悪魔は問う。  
「クックック・・・そうだよ。久々の上玉なんだ。しばらく楽しめそう。  
 ちょっと今回は人間界を混乱させちゃおうかなってね。」  
「そうかぁ、楽しそうだな!!どんな思案をしているんだ?」  
「それは、まだ内緒。壮大だけどね。計画は。」  
「へぇ、ケチだな。あ、そういえば昔、お前のおめがねに適った娘がいたよな。  
 あの子はどうしたんだよ。結局。」  
「あー・・・・・・壊れた。だめだな。素質が無かったよあのこは。」  
カプリと酒をあおり、足を投げ出しながらつまらなそうに答える。  
「普通の人間じゃ無理だろう・・・無理やり魔族にさせるのはさぁ。」  
「ものは・・・試しでしょ?気に入ったものは離さない。たとえ駄目でもまた他のを試すさ。」  
「けっけっけ、魂も奪えずに壊すだけなんてなぁ。  
 生娘のまま魂をいただいたほうがどんなに価値があることか。」  
「五月蝿い・・・・」  
「・・・・悪趣味だな。」  
ぼそりと端の席で酒を飲んでいた大きな悪魔が呟く。  
アンドラスはその悪魔を見かけたことは無かった。  
しかし、自分の楽しみを微弱ながらも見知らぬ者に意見されるのは面白くない。  
「誰?あれ?」  
「うーん・・・なんか見たことあるんだが・・・・・・  
 あ、確か以前何か魔王様の式典の時に側近として・・・・・・いたような・・・」  
「フン・・・そう。まあ、俺のこの芸術的な思想を理解できないんじゃ  
 階級が上でもどうしようもないよな。」  
聞こえよがしにわざと言う。怒ってきたら来たで面白い。  
「おい、やばいよ・・・すみません。こいつ、酔っ払ってて・・・」  
スキュフィルは友人の失言を慌てて詫びる。  
「・・・まあ、酒は不味くなったな。お前の友人に伝えてくれ。  
 人間がいるからこの世界があるのだ。とな。」  
そう言うとその大きな悪魔はゆっくりとバーのラウンジからホールの雑踏へと消えていった。  
「なんだよ、あのオッサン。俺の酒も不味くなったつーの。」  
「お前、なにやってんだよ。消されなくて良かったじゃないか。」  
「大したこと無いさ。あんな青いやつ。さ、飲みなおすぞ。」  
ふう、と大げさなため息をつき、スキュフィルは座りなおして  
どこか憎めない危なっかしい悪魔にしばらく付き合った。  
 
 

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