ガタガタと馬車が揺れる。
最近は随分と蒸気機関で動く車が普及したって聞くけれど、こんな田舎ではまだまだゾンビ馬が引く荷馬車が現役だ。
窓から見えるのは一面の葡萄畑と、そこであわただしく働く多数の人影。
勿論殆どがゾンビなのは言うまでも無く、一目見て生きていると分かるのは折りたたみの椅子の上でふんぞり返って鼾をかいている豚のような男だけ。
どこまでも続き変わらない景色を眺めながら、私は相当不機嫌だった。
「あ、あの……」
「なに?」
問いかけてきたヴィティスに向かって振り向くとヴィティスは「ひっ」と寸詰まりの悲鳴を上げた。
失礼にも程があると思い、懐からナイフを取り出した。
「ごっごめんなさい、ごめんなさい」
ただ取り出しただけだと言うのにこの怯えよう、その姿があまりにも滑稽で私は少しだけ溜飲を下げた。
「いいわ、何言おうとしたの?」
「えっ、でも、くだらないことだし……」
「言いなさい!」
「はっ、はい、ええと、その良かったんですか?」
「何が?」
とりあえず嵌めただけの仮留めの右眼で、ヴィティスはこちらの機嫌を伺うように上目遣い。
「ぼくのせいなんですよね? あの人と喧嘩になったのって」
その言葉に少し驚いた。四肢をもがれ両目を抉られても、ヴィティスはちゃんと状況を理解している。
「ええ、そうよあなたを渡す渡さないで色々と無茶を聞いてくれる死体屋に出入りできなくなったの」
「ごめんなさい、ごめんなさい。ぼくなんかのために」
身を竦ませ何度も何度も謝るヴィティス、馬鹿みたいだ。あの状況を冷静に判断できる頭があるのなら私が何に苛立っているのか分かろうと言うものだろうに。
そう言うところは所詮ゾンビなのだろう。
「なに? 私の決定にいちゃもんつける気なの?」
「い、いえ、けしてそんなことは……」
「だったら……」
私はずいっと馬車の反対側の席に座っているヴィティスに向かって身を乗り出した。
「私の言葉に従いなさい」
不安そうな顔でヴィティスは私のことを見つめる、間に合わせでサイズの合わない黒瞳が迷うようにあちこちに泳ぐ。
無理やり繋げただけのつぎはぎだらけの体、私にそっくりなその姿を見つめながら。
私は、ヴィティスが来てから何度目になるか分からない舌なめずりをした。
「はっ、はい!」
調教に成果だろう、具体的な命令を与えられたヴィティスは眼を輝かせる。
だがその顔はすぐに絶望に沈んだ。
「命令よ。これから私を滅茶苦茶にしなさい」
「え、う、あ……」
困ってる困ってる。
あたふたと慌てるヴィティスの姿に満足感を覚える、その白い肌に傷を刻むのもいいがこうやって嬲るのもまた良いものだ。
「どうしたの? 私の命令が聞けない?」
そう言ったところでようやく覚悟を決めたのかヴィティスはのろのろと動き出した。
「い、いい? いいんですか?」
「二度言わせる気?」
そして私は着ていた服をはだけさせた、父さんがプレゼントに買って来た白いワンピースが馬車の床に落ち乾いた泥と枯れ葉で汚れる。
ああ、この服は二度と着れないと思って私は笑った。
父さんは気づいているだろうか? 娘がこうやって毎度毎度服を汚して帰ってくるのは意地の悪い当てこすりだと言うことに。
「あっ、ふ」
わざとらしいほど鼻に掛かった声。
考えごとをしている最中に触れてきたごわごわした手の感触に、私は思わず身震いしてしまう。
「やれば……出来るんじゃないの」
腕も足もそして眼も、気が変わったらいつでもと言うことでヴェラさんがサービスで付けてくれた三級品。
だけどそれがいい、溜まらない。
自慢ではないが私はそこそこ容姿は整っているほうだ、肌は白いし腰だっていい感じに括れている――まぁ胸とおしりはは標準的だから将来に期待だけれども。
そんな私の体に無理やり接いだ浅黒い丸太のような腕、それが私の体を蹂躙している。
ああ、認めざるを得ない。
私は確かにいじめっ子だが同時にマゾの資質があるってことを。
そうでなければこのような自己否定で暗い情動を覚えたりはしないだろう。
自分の顔をした醜い人形に滅茶苦茶にされると言うシチュエーションでこんなにも滾ったりはしないだろう。
「さっさとやりなさいよ、この愚図」
そう言ってヴィティスの顎をヒールの先で蹴り上げる、尖った靴は白い肌に痣を作ったがゾンビがこの程度で参るはずが無い。
なんたって腐って骨が見えるほどぐちゃぐちゃになってもまだ動ける化け物なんだから。
「ん、んんっ、駄目よ、全然駄目」
不器用な動きでバナナみたいな不細工な手がたいして大きくも無い私の胸をまさぐる、ぐにぐにとこねくり回し宝石でも扱うように恐々と先端の突起を抓む。
それだけでも体中が瘧のように振るえ出し、ショーツは愚か座った椅子まで濡らしてしまいそうになるがコイツの前でそんな無様な姿は晒せない。
「そんなんじゃ全然気持ちよくなんかないわ、もっと強――痛っ」
確かに強しろとは言ったがいくらなんでも強すぎる、私の乳房に食い込み握りつぶさんばかりに締め上げる指の力に抗議の声を上げようとして背筋が凍った。
「かっ、かふっ、かかかか、かふっ」
何するのよ、そんな風に言える雰囲気じゃ全然なかった。
ヴィティスは口から泡を吹きながら、真っ赤に血走った瞳を左右別々の方向に狂ったよう彷徨わせていた。
「ヴィ――ティス?」
狂ったように彷徨っていた瞳がゆっくりと私を焦点に捉える。
私と変わらないはずなのにやたらと大きく見えるヴィティスの体がゆっくりとのしかかってくる。
「な、なにっ!?」
怯えた私の声がおかしいのかヴィティスは笑い、そして言った。
「ねえさん」
沼の底に沈んだ水晶みたいな笑顔のまま、ヴィティスは私をめちゃくちゃにした。
――その三時間のことをアムはほとんど覚えていない。まるで嵐のようなまぐわいはすごく短かったようでもありすごく長かったようでもある。
――アムが正気に戻った時には馬車は家に着いていて、力尽きて倒れてしまったヴィティスを引きずりレイプされた後とは到底思えない力強さで部屋へと戻ったと言うだけ。
――思いのほかけろっとしているのはアムは心のどこかでこうなることを望んでいたからかもしれない、これがもし他のどこの馬の骨とも知らない男が相手なら薄汚いチ○ポコを切り落とし膾にしてゾンビにしたあと骨になるまで働かせてもまだ足りないところだが。
――自分自身で自分自身を穢すと言うある意味自殺じみた自己否定に、惹かれるものがあったからこそ……
――もしあの時馬車のなかの光景を見ている人物がいたならば蒼い顔をしてこう言っただろう。
――「このキ○ガイめ」と
初めに感じたのは消毒用エタノールの匂いと唇から流れ込む血の味だった。続いて感じる強烈な腐敗臭と腐った食べ物を口に入れたときのようなえぐみに耐え切れずアムは嘔吐と共に吐き出そうとする。
だがヴィティスは許してくれなかった。
「ほら姉さん、もっと奥まで銜えて……」
おどおどしていた少年の面影は何処へ行ったのか、ヴィティスはその少女の顔に恍惚とした表情を浮かべながら両手で固定したアムの顔に腰を突きこんだ。
当然吐き出そうとしていたアムの意思などは無視。
ずるりと咽喉の奥まで槍の様な畸形を突きいれ、這い上がった来た胃液を力技で押し返す。
「あっ、ねえさ、ねえさっ」
ヴィティスはぶるりと体を震わせると何度も何度も粘ついた液体を吐き出した。
アムの胃に向かって叩きつけられるその液体は精液と言うにはあまりにも粘つきすぎていた。
灰色のスライムたちはアムの胃液と交じりその胃を存分に蹂躙し、
「うっ、おぅっぇえぇぇぇえ」
生まれ故郷に戻るかの如く、天に向かって突き立つ肉に絡みつく。
ドチャリドチャリと音を立てて床に散らばるその姿は、まるで腐りすぎたゾンビから肉が剥がれ落ちる様にも似ていた。
「まだだ、まだまだぜんぜんたりないんだ、ねえさん」
腐り腐り腐り果て、常人ならば悪臭で一秒たりとも踏みとどまれない死の楽園のなかで。
全裸の少女の姿をした不死の王様がこれから来る宴を待ちわびて笑っていた。