暗闇の中で、鎖のすれる音がした。
サシャはそこでずっと手を拘束されたまま吊るされていた。
どのくらい経っただろうか。
暗い部屋の中では時間の感覚は麻痺してしまう。
水すらも口にしていない体では思考することすらも困難で。
(誰か…助けて)
そう思った瞬間に彼女の頭をよぎったのはよりにもよって今一番顔を合わせたくない相手だった。
幼い頃より定められていた婚約者のもとへ嫁ぐはずだった彼女を式の直前につれさり、そのまま辱めた男。
誰よりも信頼していた。
心の許せる相手だった。
だからこそ許せなかった。
(それに私、彼が魔物だなんて知らなかった。)
思い出すのは結婚式の日のあの光景。
控え室に訪ねて来てくれた彼はてっきり自分を祝福してくれるものと思っていたのに
酷く憤慨している様子で彼女の腕を強引に引っ張って。
あのように乱暴にされたことなど生まれてから一度もなかったサシャは驚いて彼を突き飛ばしてしまった。
その反動でサシャの爪が彼の頬に薄くだが引っ掻き傷ができてしまった
『あ、ご、ごめんなさい。』
たいした傷ではないとはいえ、自分の手で虫さえも殺したことのないサシャはとっさに謝罪の言葉を口にした。
『いや、僕のほうも焦りすぎた。乱暴にする気はなかったんだ。』
いつものような優しい言葉に、サシャはほっと肩をなでおろす。
なんだか彼がいつもと違い恐ろしいものに思えたのだが、気のせいだったようだ。
『サシャ、迎えに来た。僕と一緒に行こう。』
微笑んで手を差し伸べる彼に彼女は首をかしげて見せた。
『どこへ?』
『どこか。そうだな、君の行きたいところに行こう。前に南の国へ行きたがっていたよね、連れて行ってあげるよ。』
それはいつか彼が話してくれたことだった。自分の住む国とは違う御伽噺のような所。
確かに一度は訪れてみたいと思っていた場所だ。
それを口にすると彼はいつか連れて行こうと約束してくれた。
随分と昔の口約束なのだが、覚えていてくれたらしい。彼女はとても嬉しくなった。
『うん、行こう。だけど今日は結婚式があるし、しきたりで三日三晩は旦那様と一緒にいなくてはならないらしいからその後でね。』
そう答えると彼はなんだか妙な顔をしていた。
今にも泣き出しそうな、そんな顔だった。体もわなわなと震えていた。
『君は本気で結婚する気なのか?』
『そうよ。小さなころから決まっていたもの。見て、このドレス綺麗でしょう。これから私は一生に一度の晴れ舞台なのよ。』
見せびらかすように裾を掴んでまわる。
彼の目が険しくなった。
『どうしたの、怖い顔をして。祝福してくれないの?』
サシャは彼がすぐにその怖い顔をやめてもちろんだよ、と笑ってくれることを期待していた。
しかし。
『できるわけないじゃないか。』
聞いたこともない鋭い声がとんできて彼の体が不気味な音をたてて変形し始めた。
頭からは長い日本の角が生えて、彼女と同じくらいだった背は頭二つ分ほど大きくなり、手足と背中を黒い体毛が覆いつくす。
残った肌は褐色に変貌し口からは牙が覗きざんばらに伸びた前髪から猫の目のように暗く光る瞳が見えた。
『貴方、誰?』
そこにいるのが彼だと彼女は信じたくなかった。
『僕は、僕だよ。』
それは聞き慣れた声でそう彼女に告げ、そして泣き叫んで逃げようとしたサシャを腕に抱くとそのまま彼女を連れ去った。
そのまま時空を越えて、魔物の住む世界へとつれてこられた。
巨大な岩をくり抜いて造った不気味な屋敷へと連れ込まれ、そして問答無用で組み敷かれた。
そこから彼女が彼から受けた仕打ちは想像できないほどの苦痛に満ちたものだった。
何度やめるように頼み込んでも彼は止まらず、彼女の体中を嬲り続けた。
晴れ舞台のために来ていた白いドレスは無残に引き裂かれた。
いまは可愛らしく清楚な面影すらも残っておらずただのぼろ布のように今はサシャの体にまとわりついているだけである。
太ももには彼女自身の血が流れている。
彼から受けた仕打ちの中で最も辛かったのはこの血が流れた瞬間だった。
初めて目にする男のそれを彼が股間から出したときに最初は彼が何をするつもりなのかが分からなかった。
それをサシャの下半身にある小さな穴に入れるつもりだと知ったとき絶対無理だと思った。
大きさが違いすぎる。裂けてしまう。
しかし彼は強引に彼女の中へそれをねじ入れて、そして予想どうり今まで体験したことのない強烈な痛みを彼女は感じた。
結合部からは血が伝うのがみえた。
それだけでも痛いのに彼は乱暴に腰を動かし始めた。そのたびに新しい痛みが生まれ彼女は泣き喚いた。
そして痛さで体が麻痺し泣き声も枯れてしまうころ彼女は意識を暗闇の中へと手放してしまった。
次に目が覚めたときには彼女の周囲には誰もおらず、現在のように手を拘束され吊るされていたのだった。
少女が意識を失っていることに気がついたのは自分の欲望の証を全て彼女に注ぎ込んだ後のことだった。
閉じた目からにじみ出ている涙を手で拭き取ってやる
こんな風に泣かせて、痛い思いをさせるつもりなどなかった。
優しく導いて気持ちよくさせようと決めていたはずなのに。
彼女が自分以外の者と結婚などしようとするからだ。
一番大好きなのは自分だと彼女は言ってくれた。
なのに大はしゃぎでで結婚のことを話して、その上祝福しろとまで言って。
そんなことできるわけない。
その金色の髪も小さくて赤い唇も白魚のような手も首筋も胸も手も腰も他の誰かに触らせることなど絶対ごめんだ。
その蒼い瞳に映るのは自分一人でいい。
最初は一目ぼれで、遠くから見ているだけで我慢しようとしていたけどできなかった。
人間の少年に化けて彼女に近づいた。
彼女は周囲に同じ年頃の子供がいない上、家から出ることもできない。
珍しい話や土産をこっそりくれる自分に懐くのはそう難しくないことだった。
そして彼女は言ってくれた。
自分のことが一番好きだと。
だが彼女は自分以外のものと結ばれる道を選んだ。
頭では分かっているのだ。
彼女の言う好きは自分の求めているものとは違うものであると。
しかし彼女のは結婚相手を愛しているわけでもない。
なぜなら彼女の花婿になるはずだった男は彼女にとって顔も声も知らぬ相手なのだから。
だからこそ納得できなかった。
いや、彼女が相手を愛していたとしても彼女に対する思いがそう簡単に消え去るわけではないが、彼は彼女が泣く顔を見るのは嫌だった。
ましてや自分以外のもののことを思って流す涙をそばで見続けることなどきっと彼にはできない。
だから今回のように無理やり連れ去ってしまうような行動には移れなかっただろう。
けれども彼女はいまだ恋の意味を知らない。
彼女の結婚という事故さえなければ気長に待つつもりだったが事情が変わった。
大体今まで自分ながらぬるすぎたとは思っている。
いくら彼女が箱庭育ちで外出もままならないお嬢様であってもその美しさに自分以外の害虫が湧かないはずないのだ。
彼女に彼以外の者のことなど目に触れないよう考えられないように早めに隔離しておくべきだった。
まさかあんなに抵抗されて、泣かれるほど嫌がれるなどとは予想していなかった。
魔物であったことを隠していたことも大きいだろう。
彼女から見れば彼の姿はさぞ恐ろしい異形に見えただろう。
それに嘘がきらいな彼女に出会ったときからずっと嘘をついていたのだ。不信感も強いだろう。
しかしまだ遅くはない。
こうなった以上時間はたくさんあるし彼女のことなら誰よりも知り尽くしているという自負が彼にはある。
(結婚のことは直前まで知らなかったがこの際無視で)
ゆっくりでもいいから彼のことを受け入れてもらうのだ。
ひとまず辛い思いをさせてしまったお詫びに彼女に珍しいものをくれてやろう。
ここは魔界だ。珍しいものの好きな彼女が好みそうなものなどいくらでも見せてやれる。
なにがいいだろうかと考えあぐね、彼はとてもいいこととを思いついた。
交わるときにいたい思いをさせてしまったそのお詫びとして最適でもあり、うまくいけば彼女の機嫌も治るという一石二鳥の品だ。
ただし取りに行くのにだいぶ時間がかかってしまうのだが。
「すまない。しばらく君を一人にするよ。」
彼女の髪を一房手に取り口づけると彼は早速行動を開始した。