僕の義父さんは凄い人らしい。
#右頬に走ってる大きな傷跡
#数多の修羅場を潜ってきた事を感じさせる鋭い眼光
#厳つい顔#そして体中にある銃創やらなんやら
#背中の立派な龍(?)の入れ墨
傍から見たら怖い人(というか、元ヤーさんだったり)だけど、義父さんは見かけによらず、とても優しく、カッコいいのだ。昔は侠客として名を馳せていたらしい。
そんな人の・・・・・息子の僕は、
#女顔
+
#低い身長
+
#女性のような名前
=女の子に間違えられる。
と、義父さんとは全く以て正反対。いや、これでも頑張ってるんだよ。義父さんに鍛えてもらったりして頑張ってるんだけど、でも・・・・・
その鍛えてくれている義父さんにも「お前の花嫁姿が見たいなぁ」とからかわれる。僕が台所に立っている時の後ろ姿が、義父さんが昔付き合っていた女の人とそっくりなのだそうだ。
――息子に対して、普通そんな事言う?
「よう、馨」
「久しぶりね、馨」
「こんにちは。二人とも、どうしたんですか?」
平日――太陽が沈んできた頃、下校ついでに買い物に行った後帰宅すると、家の前に、スーツを着て銀縁眼鏡を掛けたいかにもエリートと言った風貌の男の人――了司さんが立っていた。
その横には、紫色の高そうな着物を着付けた大和撫子という表現がぴったりな女性、葵さんが立っている。葵さんは了司さんのお嫁さん。
了司さんは、義父さんに昔々に命を助けられた人で、今では組の若頭として日々頑張っているらしい。葵さんとは7年ほど前に結婚した。8歳の時に婚礼に呼ばれた事をうっすらと覚えている。
厳かな空気の中でも、二人は見ているこっちが恥ずかしくなるほど愛し合っているのを感じ取れたものだ。――色々大変な事があったけど。
それにしても、了司さんは義父さんとは打って変わって、なんだかとても知的に見える(義父さんが馬鹿っぽいって言ってるわけじゃないよ!)。
最近じゃタカ派の人はめっきり減り、大卒の所謂インテリヤクザも結構いるとか。
「馨、どれぐらい大きくなったかなぁ〜って」
と、葵さんは笑いながら言う。この人はいつも変わらないみたいだ。
「見たところ余り伸びていないみたいだね」
「よ、余計なお世話です!」
冗談めかして言う了司さん。僕は気にしていたことを言われてカチンと来たので怒った風に返すと、
「すまんすまん」
と、全く以て反省の色が見えない謝罪をしてきた。なんというか、この人もいつも通りみたいだ。
トントントンと、小気味良い、包丁がまな板を叩く音が家の中に響いている。
今日の献立は、#ご飯 #豆腐となめこの味噌汁 #ブリの照り焼き #豚肉と大根の煮物 #ぬか漬――義父さんは和食が好きなのでいつもはこんな感じだったりする。
僕自身も和食は好きだし、料理も好きなので、夕食が7割方和食って事にはさして不満に感じた事は無い。我ながらいい出来だし。
・・・・いつもは一人で、僕が料理している時は義父さんは居間でニュースを見ているのだけれど、今はとても静かだ
というのも、今回了司さんが家に来たのは、義父さんが了司さんに対して大切な話があるかららしい。
なので、今僕は葵さんと一緒に台所に立っている。割烹着を付けて包丁を握っている様はとても様になっていた。将来こんなお嫁さんをもらいたいなと思う。
義父さんとかは、「お前が貰われる側だろう」ってからかうんだろうけど。偶に了司さんと葵さんも一緒になって言うもんだから悔しくて堪らない。
・・・自信なくしそう。無くせるほどの自信が残ってるのか自分でも分からないんだけどさ。
「やっぱり、馨の料理している姿・・・・・・・・いいわぁ」
「・・・・どういう意味です?それ」
「そのままの意味よ。あぁ、捻くれちゃったのね馨・・・・・あのかわいい頃の馨は何処へ・・・・・・」
だって、会うたびに女の子みたいねとかって言うもんだから。と、心の中で一人ごちる。
葵さんが大袈裟じゃないかと思える程に悩ましげに溜息をついている姿は、いつもは見とれているだろうが、事が事だけになんだか・・・・うん。
だから「もういいです」と呟いて、ブリの照り焼きに集中しようとした時、
「頬膨らませて。可愛いわね馨『ちゃん』は」
「『ちゃん』はやめて下さい」
先の悩ましげな表情はどこへやら。クスクスと笑いながら僕の顔をまじまじと見ている。僕はそっぽを向いた。
「・・・馨を、引き取って欲しい」
カラカラになった雑巾を必死に絞って出したような声。その言葉に了司は驚愕する。
「勝利さん、いきなり何を――」
馨の養父である時森 勝利の目は、真剣そのものだった。
「儂ぁ、もう先長くないそうだ。この前医者に言われたよ」
「そんなっ・・・・・!」
長年勝利が病気で苦労してきていることを、了司は知っていた。
最近持病がここ最近になって悪化してきているということは、一年ほど前に連絡を受けて知っていたが・・・・・
「あと、どれぐらいなんですか・・・・?」
顔を俯かせ、了司は押し殺した声で問う。勝利は、ゆっくりと口を開いた。
「持って一年・・・・とは言っていたが、多分気休めじゃろうね。半年もったら重畳って言ったところか」
「勝利さん!」
声を押し殺し、台所の二人に聞こえないように、それでいてドスを利かせた声で了司は怒りを露わにする。自分を助けてくれた人間が弱音を吐くのが許せなかった。
だが、勝利は、
「自分の体の事は自分が良く分かってる。死に際になら尚更な」
勝利は、頭を垂れた。
「いきなりで、本当にすまん」
馨は、重さで潰れそうになっていた。空気の重さが凄い。義父さんは目を瞑ったままいつもより少し速いスピードで綺麗に三角食いをしている。
了司さんは顔を引き締めているつもりなのだろうが、悲壮感が滲み出ている。葵さんは何かを読み取ったのか、何も言わずにご飯を口に運んでいる。
食事の途中は余り喋るもんじゃないってのは分かってる。分かってるけど、何かしら小さい会話の一つ二つは有ってもいいのではないだろうか。こんなに空気を重くする事はないのではなかろうか。
馨も、一応空気を読んで黙って食事を口に運ぶが、史上稀に見る圧迫感に内心涙目。頑張れ耐えろ僕。
自然と食べ物を口に運ぶ速度が速くなってくる。普段なら義父さんが『ゆっくり食べなさい』とか言ってくれるのに、今日は言ってくれない。怖いです。
ビートルズの『help!』が頭の中に響く。軽いテンポの曲が僕の緊張をほんの僅かに和らげてくれた。よし、僕が前に出ようじゃないか。
「ね――」
「馨」
僕が言葉を紡ぐよりもわずかに早く、了司さんが口を開いた。
「え、あ、うん」
なんとも言えない返事を返す。出鼻を挫かれたっ・・・・!
「馨、僕の所で暮らさないか?」
畜生・・・・僕はっ・・・僕はっ・・・・・!って
「へ?」
我ながら間抜けな声。頑張れ、もうちょっとまともな返事をしろ自分。
「僕のところで、暮らさないか?」
葵さんがはっとした顔になる。
「え、え、ど、ど、どどど?」
沈黙と重圧のお次は混乱。頭の中のジュークボックスが一時停止。のちに、壊れたように先程頭の中に流れていたhelp!のサビ部分がループし続ける。
「馨、落ち着いて」
葵さんがそばに来て、背中をさすってくれた。そして、葵さんは義父さんに真剣なまなざしを向ける。
「もしかして・・・・・」
葵さんの言葉に、義父さんは重く頷いた。
私は喜びを必死に押し殺す。油断してると顔を緩めてしまいそうで。
・・・・・・もう時森さんも終わり・・・・・・馨を手に入れることが出来る。
ああ、嬉しい。嬉しい。あの時手に出来なかった自分の子供が、やっと。料理をしている馨が可愛い。考え込んでいる馨が可愛い。慌てている馨が可愛い。女の子みたい。抱きしめてあげたい。
子供がずっと欲しかった。5年前、絶望に打ちひしがれている私を救ってくれたのは、了司さんでも、時森さんでも無い。・・・・この子。
不器用ながらに、一生懸命慰めてくれたこの子。他人であるはずの私と一緒に泣いてくれた、この子。ああ、嬉しい。嬉しい。嬉しい。今度から馨は私の子になるんだ。私の子に。
――私のものに、なるんだ。
「義父さん・・・・義父さん・・・・・」
「大丈夫だ。大丈夫」
二週間後の週末の昼前。天気予報では午後雨が降ると言っていたが、見上げてみると雲ひとつない。
そんな中、馨は家の前で勝利に顔をうずめて泣いていた。
勝利の後ろには、二人と長年過ごしてきた家
馨の後ろには、新しい未来への――黒い日本車と、組の運転手と葵の二人が待っている――切符。
「勝利は、関西へもう行っちまったのか」
「朝一番、新幹線で直ぐに」
勝利の問いに、葵は透き通った声で答える。勝利はそれを聞くと、うんうんと首を縦に振った。
「あいつも、でかくなったなぁ。妻としても誇らしいだろ?」
「ええ、でも少し寂しく感じてました・・・・今は、馨が来てくれるから」
「そうか・・・・・」
勝利は、馨の頭を名残惜しそうにゆっくりと撫でながら、葵に顔を向けた。
「馨君は、私が責任を持って面倒を見ますわ」
「・・・・・・・・・宜しく、頼みます」
僕は今、正座をしています。
僕の前に今、仁王立ちをしている一つ年上の女性がいます。
その女性はニコニコしてます。僕は固まってます。
目がなんかおかしいです。なんか僕を(性的な意味で)獲って喰いそうな雰囲気を纏ってます。
因みに、その女性は中学校の時から疎遠になっていた幼馴染です。
なんでこうなったのかというと、なんというか、様々な可能性が偶然に重なり合ってこうなりました。
一つに、『僕が葵さんのノリに流されてしまった』というのと、
一つに、『彼女が僕が流された先に立っていた』というのと、
一つに、『僕の過去を彼女が知っていた』というのと、
一つに、『彼女のほんの小さな勘違い』というのが重なりあいました。
うーん、人生ってわからないね本当。
一週間前……――――葵さんに手を引っ張られて連れてこられた場所は、女子高でした。暑い夏の日でした。
ああ、うん、実はね、何となく薄々気づいてたんだ。
家で着替える時、手渡された制服がね、うん、セーラー服だったから。(・3・)アルェー?と思ったんだけどね、なんというか、流れに任せて着用してしまったと。
今思うとね、中学生の時に色々あって着るのに慣れてた自分がね、全く以て嫌になってきます。その時手渡されたヘアピンも、普通に自分付けてました。自分何してんの。
んでね、あのー、校長女の人なんだけど、その人もね、ニヤニヤしながらね、「我が校の共学化の為のテスト要員として頑張ってね」とかってね、もうね、………お前もノリノリかよ(゚д゚`)
ってかあれじゃね?共学化のためのテスト要員なら男子の制服普通作らね?なんで態々自分はセーラー服着させられてるのさ。訳若芽コンコンチキ
一つ目の『僕が葵さんのノリに流されてしまった』というのはこういうことです。勿論抗議はしたんだけどね……泣かれてしまってどうにもならなくなりました。
なんで葵さんが僕を女子校に入れたかって、それは葵さんが昔に流産してしまった子供が女の子だったからとか云々重い理由がくっ付いてくるけど、今はそんなノリじゃないからそれはまた今度。
「い、一之瀬 馨です。よ、よ、よろしくお願いします」
葵さんの家の養子になったので、そちらの苗字を名乗る。というか、僕テンパリすぎ。
「はい、よろしくお願いしますね一之瀬さん」
若い女の先生がニッコリと微笑みながらそういう。僕はそれで顔を赤らめ―――って気付かれてないの?
……なんか凄い悔しいっ…………………!
「一之瀬さんの席は………ええと、あそこね」
先生が指さす席は、窓際の一番後ろ。
いやっほぅ!窓際族でーぃ!普通の学校なら落ち込む所だけど、女子高ならば話は別じゃ!無難に一日過ごせたらそれでいい!
僕、女性との付き合いには慣れていないんです。携帯の電話帳に載っているのだって同性の友達ばっかだし。………だからと言ってBLとか薔薇とかそんな趣味を持ってるわけじゃないですよ。
てかさ、なんでさ、テスト要員僕一人だけなのさ。なんか僕男って事ばらしちゃいけないみたいな事言われたし。なんだそれテスト要員の意味あるの?ねぇ、あるの?
抜き打ちテストみたいなやつですか?でもそれって意味あるの?え、聞いちゃダメ?
「趣味は何なの〜?」
休み時間、なんだかのほほんとした人からのいきなりの質問。
「え、ええと、料理とか・・・・・」
言えない。趣味は一人カラオケって言えない。休日は一人でカラオケに籠ってるとか言えない。義父さんにも秘密にしてること言えない。今デスボイスを試してるとか言えない。
「ちっちゃくて可愛いのに、結構低くてハスキーな声だねぇ。歌とか歌ったりするの?」
言えない。中学生の時に文化祭で女装して歌ったことなんて言えない。あれはトラウマだし。ってかちっちゃくて可愛いって何さ…そんな背違わないじゃない………。
「あ、えと、いや……聞いたりする方が………」
「何聞いたりするんだい?」
そこで割り込んできた男勝りな人。この人の声も中々ハスキー。
「ええと……offspringとか………」
ってか料理の話に流れていくかと思ったのに、なんで歌の方へと話題が流れてるんですか。
「洋楽が好きなのですか」
そこでまた割り込んできたのは眼鏡を掛けた長髪黒髪の委員長の鏡のような人。洋楽に食いついてきたか。
「あ…うん、普通に邦楽とかも聞いたりするけど………」
最近はデスボイス試し中だから、マキシマムザホルモンばっか歌ってるけどNE!
まともに話したのは初日にこうやって質問を受けたぐらいで、後は僕は目立たないように本読んだりして余り他の人と話したりはしなかった。
いや、質問して来てくれた三人は偶に話を持ち掛けて来てくれたけど、それを入れても少ない方だったり。
そんなに時間はかからずして、僕は目立たない子としての地位を確立する。ほっとしたけれど、やはりなんだか結構寂しい。
まぁ、唯でさえ苦手な異性に囲まれた空間で神経すり減らしてるから、楽しんだりする余裕がないんだけれども。それでも……ねぇ?
ってかさ、なんでばれないの?ねぇ、なんで僕が男だってばれないの?そんなぴったりなの?
―――葵さんが買ってくる服も、そう言えばというかそう言わなくても女の子が着るようなのばっかりだし。マシと言えるのはユニセックスなものぐらいだし。
なんかもう僅かに残っていたプライドが粉々に打ち砕かれた気分。………気分じゃなくて実際に打ち砕かれてるか。
って事で、そんなストレスをふっ飛ばすために週末に一人カラオケにGO!してます。
通学に使う駅近くの少し大きめなカラオケ。葵さんのところに引っ越してくる時にちゃんと確認しておいた。抜かりなし。
お金は最初葵さんに馬鹿みたいな額のお小遣い(流石に全部受け取れずに返したのだけれどそれでも……)を貰ったので大丈夫。
服装は様々な事情のお陰で女の人みたいな恰好――キャミソールにハーフパンツだけど、これは致し方ないか。正直仕方なくないけど仕方ないか。
因みに他の誰かとカラオケに行ったことは一度しかありません。『映画とカラオケは一人が絶対』というのは僕の弁。一人万歳!
よし、高めの店で真昼間から烏龍茶をドリンクバーでgetsしてそのまま部屋へボーンと。ここからは僕の一人舞台イヤッホウ!寂しくなんかないもんね。店員の目なんか気にしないもんね。
「最初は…………これかな」
歌本の洋楽の欄からLINKIN PARKの項を探し、お気に入りの曲『Numb』を探しあて、リモコンで入力。最初のウォーミングアップって大事。
練習の末に本物のヴォーカルのように綺麗にそれなりに歌えるようになったことを再確認した後、ウーロン茶を少し口にして歌本を手に取る。
で、次の曲はマキシマムザホルモンの『ROLLING1000tOON』。先程の曲とは打って変わってノリに乗っている曲。
拳を振り上げ、喉を震わせて歌う。無論ノリノリで。歌いながらも歌本見て番号を入力。次はoffspringの『Hit That』で、その次は――
途中でまた烏龍茶を口にする。半分ぐらいになったら一休みしようか。行けたらdeicideも試してみよう。……これは、明日口利けないかもなぁ。でも楽しいからいいや。
入力していた曲をすべて歌い終わって一段落した後、また烏龍茶を口に――出来なかった。もうコップには氷のみ。
電話で注文する事も出来るけど、喉がカラカラでキツイし、待つのがまどろっこしく感じる。もういいや、自分で取りに行こう。と、伸びをしながらドアノブに手を伸ばし、厚い扉を開ける。
「響がこれ持ってよ〜」
「楓がじゃんけんで負けたんだ」
「じゃあ、涼ちゃん」
「響きと同意見よ」
どっかで聞き覚えのある声。一旦部屋にひっこみ、こっそりと廊下を窺う。
視線の先にいたのは――初日に話しかけて来てくれた――今城 楓・宮田 響・階枝 涼子の三人。
OK、扉を閉めて、電話で頼もう。そうしようか。うん、そうしよう。
咳払い。受話器を手に取り、ウーロン茶とおつまみを注文。
来るまでの間に宇多田ヒカルの『HEART STATION』を歌おうかなと思い歌本で曲を探し、入力。開始。
静かに喉を震わせ、歌う。やはり少し苦しいなと思っていると、ドアが開く。あれ、もう来たのか…早いなぁ……と思ってドアの方を見やる。
そこに立っていたのは、店員では無く、どこか見覚えのある長身の女性。
―――――フリーズ
うわああああああああ一人カラオケ多分知らない人に見られたああああああああああああああ!
うわもうなんだよもうなんか嫌だ。もう僕歌えない……………
「馨………きゅん?」
もうなんかもう嫌だ。首吊りたい気分…………ん?
「へ?」
「馨キュンだろう?」
馨『きゅん』……うわあ、トラウマが……
「違い、ます」
小さく答える。――――――――ああ、この栗色のショートヘアに切れ長の瞳……思い出した。この人―――
「馨きゅん……じゃないか?」
中学校卒業したと同時に引っ越しちゃった綾香姉さんだ。余り会いたくない人ランキングぶっちぎりで一位の、綾香姉さんだ。
「違い、ます。黒木瞳です」
「え…?でも……」
「他人の、空似、です」
「……うーん、すまん、勘違いだったみたいだ」
そう言って、彼女は部屋から退散する。ほっと一息ついてコップを手に取り、中に入っている大きな氷をガリガリと噛み砕いた後、ソファーの上で体育座り。
「……今度から、違う所にしよう」
ラブストーリーはちくぜんn・・・・・突然にとかって言うけど、ここ一週間ぶっ飛びすぎでしょ常識的に考えて。てか黒木瞳って何さ。
「綾香先輩、こっちですよ〜」
首をかしげながらその個室の扉を閉めると、横から声が聞こえてくる。
「楓っちじゃないか。そっちだったのか」
今城 楓が顔を出しているのは、今自分が入ってしまった部屋の隣の隣。ドアの隙間から、最近始まった新しいドラマの主題歌が漏れ出ていた。
「間違って違う人の部屋に入っちまった」
「間抜けですね先輩」
顔を出してそう言ってきたのは、響っち。
お前はいい加減敬意を払おうとしろ。
「面白いから嫌です」
「人の心を勝手に読むんじゃない」
「早く入りましょ〜」
楓っち、私の腕を引っ張り部屋に連れ込む。これだけだとなんか変な風に聞こえるが、私は百合趣味とかは一切ない。断じてない。あると言ったらBLとショタを多少嗜む程度だ。
………とまあそんなことはどうでも良い。良いんだ。余計な事を言った。
「涼ちゃんの歌が終わったら、先輩歌います?」
楓っちがオレンジジュースを口にしながら言う。が、私はおつまみセットにただ黙って手を伸ばすだけ。
「先輩?」
ポリポリポリポリポリポリポリ
ポテチ微妙だな。堅揚げポテトの方が好きだ。というか黒木瞳ってなんだ。あれ瞳って顔じゃないだろ。
「………先輩?」
あれはアレだろう。バリバリ馨じゃなかったか。いや、でも、馨は女装大嫌いなはずだ。主に私のお陰で。
「せぇーんぱぁーい?」
いや、馨はむっつりだからな…………もしかしたら新たな嗜好に目覚めてしまったのかも。もしそうならば原因は主に私だろうが、それはそれで嬉しい。
「せんぱぁーーーーーい!」
キーンと、耳が痛くなる。
「おいこら楓マイクで叫ぶな」
「先輩やっと反応したなぁ。何、考え事?」
響っちがニヤつきながら聞いてくる。お前の考えていることが分かる。そしてそれはあながち間違いでも無い。
「へぇ、間違いじゃないんだ」
何度も言うが、
「人の心を勝手に読むな」
「不沈艦と呼ばれた先輩にも遂に春ですかぁ〜?」
「だから私は同性とかで云々の趣味は断じてない」
これは本当だ。同性に見える異性は大好きだけど。
「女顔の男が大好きと。成程」
だからお前は、
「人の心を勝手に覗くんじゃあない」
「うわぁ……先輩幻滅です」
歌い終わった涼子がなんか凄い顔して見てる。おい、引くな。引くんじゃない。
「何が悪い。可愛いものに惹かれるのは女性の性だ」
ソファーの上、馨、体育座り、ゴロゴロ
ガバッと顔を上げ、コップの中の氷を頬張って歯が沁みるのにも構わず、ガリガリガリと氷をかみ砕き、喉を潤す。
テーブルの上の歌本をひったくるように取り、がしゃがしゃと凄い勢いでページをめくる。
バン!とテーブルに手を突き、遠くにあるリモコンを光の速さでゲットする。そして、番号を凄い速さで入力。
流れた曲は、LINKINPARKの『One step closer』。畜生もうなんだってんだもう。喉潰れたっていいや歌いまくってやる。
最初は静かに。サビの部分で思いっきり。さっきの事を忘れようと、必死に歌っていた。
――――――ガチャリ
真剣に歌っていた僕にはその音が聞こえなかった。
曲が終わる。精一杯歌っていたので息が上がり、喉はからからで、無意識にテーブルの上のコップに手を伸ばす。
冷たい烏龍茶が喉を通り――――って、あれ?確かこのコップ空だった筈じゃ…………
ハッとなり、少しボーっとした頭を必死に動かしてテーブルを見やる。――おつまみセットが、そこにあった。
なんてこったい。また人に見られた。店員さんだからまだいいとしても……ってか、すっかり頼んでいたこと忘れてた。なんたる……
―――人の気配
後ろをゆっくりと振り向く。そこにいたのは――店員さん。
僕と同じぐらいの年だけど、背は僕より頭一つ分高い。前下がりボブの髪型の女の人。
……早く、出て行ってくれませんか。お願いだから。
「………すっ、すいません」
店員さんは顔を赤らめながらそそくさと出て行く。
――――もうここ出て、他のカラオケ行こうかな。
なんだかストレス発散する為に来たのに、逆に溜まっちゃったような気がする。
「最後に、一曲………」歌って、帰ろうか。
「楓たち、来てたんだ」
白っぽい髪の前下がりボブの女の店員が、盆にお菓子を沢山乗っけて部屋に入る。
楓と涼子が二人で歌い、綾香と響がもう少なくなって来たおつまみセットをつまみながら何かしら言い合っていたのだが、
その店員の存在に気づくと四人はそれぞれ特徴のある挨拶をする。
「芳野っち、今日バイトだったのか」
「おつとめごくろーさん」
「なんで、呼んでくれなかったの」
「芳野っちはバイトあるだろうし、ここに来れば会えると思ったからな」
芳野の問いに、綾香はそう答える。芳野は頬を膨らませながら、盆の上にあるお菓子をテーブルの上に置いて、もう既に置かれている少なくなってしまったおつまみセットからポテチを一つつまみ、口の中へ。
「感心できないねぇ、職務中につまみ食いなんて」
響はニヤつきながらそういう。が、芳野はフンと鼻を鳴らしてソファーに座った。
「上司に怒られたりはしないのか?」
「エロオヤジはちょいとおだてると機嫌を良くするので大丈夫」
大人しめな雰囲気を纏っている彼女には似合わないようなセリフ。綾香はほぉ〜と、感心したように頷いて見せる。
「芳野っちは随分とアレだな、大きくなったもんだな」
綾香、まじまじと芳野の胸を見る。芳野はそれに構わず、
「二人、何かあったの?」
と聞いてきた。
「ん、何でそんな事を聞くんだい?」
「別にどうもねーけど」
「だって何か言い合ってた」
芳野の言葉に、綾香と響は顔を見合わせ、そして芳野の方を向く。
「先輩がさ、知り合いにそっくりな顔した人が一人カラオケしてたって言うんだよ」
「知りあいと言うか、疎遠になってた幼馴染だな。でも……」
「でも?」
芳野は綾香の言葉に首を傾ける。
「その幼馴染は男なのだが、見た感じ女性だった」
「ん?」
頭の上に疑問符。
「そいつ結構な女顔で中学生の時女装させて遊んでたんだが、その女性がそいつが女装した姿にそっくりだったんだ」
「じゃ、女装してたんじゃないんですか、その人」
「そういったんだけどなぁ」
芳野の言葉に、響は頭を掻きながらそういう。
「そいつ、女扱いされるのを嫌っていてな、女装なんかあり得ないと言うような奴だったんだ。主に私のお陰で。可愛いのに」
「へぇ」
綾香は真剣な顔をしながらポッキーを齧り続ける。それにつられて芳野もポッキーに手を伸ばす。
「そう言えば私、さっき凄い人見た」
芳野、思い出したように口にする。
「「「「凄い人?」」」」
歌い終わった楓と涼子がそこで介入。四人の言葉に、芳野は頷く。
「少し低めのハスキーボイスのちっちゃい中学生ぐらいの女の子。真剣に歌ってて凄く上手かった。シャウトのところは圧倒されたよ」
「ちっちゃいのに低いハスキーボイス……ねぇ」
「聞いてみたいですね〜」
涼子と楓はポテチをつつきながら芳野の話に耳を傾ける。綾香と響はポッキーを口にする。
「で、どうすんの?」
「何がだ?」
「ぶっちゃけここでうだうだ言ってるぐらいなら、そのまま直接聞いた方が良くない?」
響の突然の提案。綾香はそれに乗り気では無いようで、
「でも、聞いたら違うと」
と言った。もし本当にそうならそうで色々アレな事とかがある。
「人ってのは変わるもんさ。問いただしてみようぜ」
だが、響はそれを聞き入れずに、綾香の手を引っ張った。