『ギルドランキング998位・ミツキ=エクスリッター』  
 
「ミツキさん。ギルドランキング、落ちてるわよ?」  
 受付嬢が心配気な声でランキング表を見せ、俺に対してのバッドニュースを伝える。  
「うむ、落ちたか……」  
 大規模なモンスター討伐でも有ったのか、仕事を休んでいたここ一週間で大きく順位が後退していた。  
 と言うか、三桁ギリギリだ。  
「それにしてもどうしたの? こんなに早く依頼を探しに来るなんて? ランキングに執着してる様には見えないし、報償金なら、この前の依頼解決で沢山得たわよね?」  
 確かに。予定なら、本来の目的に時間を割いて当然……  
「だったがな。相方の使い込みが発覚して、全部パーになった」  
 ふぅぅっと、心の中で溜め息を吐く。俺の思考空間は、出された二酸化炭素で埋め立てられてる。  
 朱い霧の解決報償金。数ヶ月は何もしないで暮らせる程はあったろう。  
 いや、確実にあった。重々しい札束は、確実に上着のポケットに存在していた。  
 だが、エックスデーの昨日。僅かな小銭を残し、それは忽然と姿を消す。  
 初めは賊とも考えた。  
 目覚めると相方の姿は無く、掠(さら)われたとま考えた。宿で昼近くまで睡眠していた自分の怠慢さを呪いもした。  
 しかし、愚かだったのは自らの考えだと、ドアの開音で現れた人物に認識させられる。  
「あらミツキさん、いつまでこんな埃臭い部屋に居るのかしらセレブ? 早くスティックキャロットをいただきに参りましょうセレブ」  
 
 
 ――――――。  
 
 
 相方だった。語尾に『セレブ』、と頭が痛くなる単語を付け、無駄に宝石類を纏っていた。  
「あら、お金の事なら遠慮はいらないザマスよ。私が払ってあげるセレブ」  
 頭には『ウイングハット』。広い鐔が特徴の麦藁帽子。通気性が良く、夏でも涼しい。  
 顔には『UVゴーグル』。目に届く閃光魔法を遮断し、紫外線を99.95%カットする。  
 そこからは……覚えてない。  
 相方の頭をバシバシと小突きながら、装飾品を練金所で換金していた記憶だけだ。  
 結局残ったのは、「これだけは!」と泣きの入ったセンスの破片も無いゴーグルのみ。  
 
「ふふっ、で、本日はどんな仕事をお探し?」  
 受付嬢の言葉は俺に向けられているが、視線は俺の後方に向けられている。  
「生活が潤せて、ランキングも上がるのが良いんだが……」  
 その視線方向に引かれ、自らの視線も振り返り流す。  
 
「あの子任せ、ね?」  
「できるだけ、な」  
 
 壁一面に貼られた依頼書を、上下左右に一つ一つ目を止めて確認する、実に視力を消費する作業。  
 割には合わないが、これくらいはやって貰わないとな。選ぶ基準も伝えてるし、まぁ……大丈夫だろう。  
「ミツキさん、どうやら決まったみたいね?」  
 注目すると、背伸びをして一枚。しゃがんで一枚。合計二枚の依頼書を剥がす相方の姿が在った。  
 ふむ、二枚に絞ったか。それでは、相方の選択センスを見せられるかな。  
「良し、見せてみろシリュー」  
 手招きして名を呼ぶと、疲労した両目を擦りながら、ヨレヨレとしたシリューが歩み出すのだった。  
 
 
 『凶馬アハ=イシェケの角採集 ※雄の角に限る 三十本より百本まで評価』  
 
 『飢狼ラクシャーサの群殲滅 ※ディバインライフにてラクシャーサの異常繁殖が見られる 危険と判断したので速やかに殲滅して欲しい』  
 
 シリューが選んだ依頼書は、どちらも条件を満たしていた。  
「さて、どちらにするか」  
 カウンターに二枚を並べ、慎重に見比べる。  
 どちらも報償金の額は高い。危険度に関しても、『パーティーを組まない』と言う前提が有れば同程度だろう。  
 ならば決める甲乙の条件は、ランキングの上げ易さか。流石にランキングが四桁になると、仕事の内容に規制を掛けられるものも有るからな。  
 依頼を選ぶなら、モンスターを大量に狩れるのが良い。せめて、九百台前半までランキングを上げないと安心できん。  
「みつきぃ、きまったぁ?」  
 シリューは聞き慣れたアホ声を発すると、隣でゴーグルを磨きながら、早く決めろと催促する。  
 俺の服で磨くな。  
「ふぅ……ったく。それでは逆に問うが、暑いのと寒いの、我慢できるのはどっちだ?」  
 視線は依頼書に落としたまま、左横の相方に話し掛ける。  
 そう。残る問題は、秘密兵器の相方。アハ=イシェケを狩るならば降雪地帯に。ラクシャーサを狩るとなれば亜熱帯地域に行かねばならない。  
 わがままで俺を困らせるのはどっちかを、ここで知って置かなくては。  
「暖かい方が良いよ。寒いと野菜が育たないし」  
 ……  
 …………  
 ……………  
 …………………?????  
 はっ? 俺とシリューは同じ言語ど会話してると思うが、どうして噛み合わないんだ?  
 シリューの理解力に問題が有るのか? それとも俺の言語力に問題が有るのか?  
「あー、暑い方が我慢できるんだな?」  
 解答で聞こえた、暖かい方が良いと言う単語を拾い、確信だけを問い直す。  
「うん、そうだよ。暖かいと野菜が育つからね、いっぱい食べるんだよう!」  
 なるほど、シリューの頭が暖かくて、会話がずれていたのか。俺の言語に問題が無くて本当に良かった。  
 
「それでは、こちらの依頼を受けるとしよう。この依頼を請け負ってる奴らがいるか調べてくれ」  
 一枚を受付嬢へ。貼り戻して来いと、もう一枚をシリューへ渡す。  
「はいはい、ディバインライフね? ちょっと待っててください」  
「はいはい、戻して来れば良いのね? お金も甲斐性も無いみつきぃ」  
 受付嬢は後ろに振り向いてカウンター側の壁に目を移し、シリューは先程の作業場へ駆け戻った。  
 シリューは責任転嫁のスキルを持つか。秘密兵器度を一つ上げて置こう。  
「どうだ、ありそうか?」  
 シリューには目をやらず、受付嬢の後ろ姿に落ち着かせる。  
「ディ、ディ、ディ……っと。あったあった」  
 呟きながら壁と対面すると、頭文字順に並べ貼られた契約依頼書から、既に請け負い人が居るかどうかの確認を行う。  
 くっ、あったか。なら、先に請け負ったパーティーが居ると言う事。  
「ミツキさん? ミツキさんって、随分『いわく』に好かれてるわね」  
 意味深に呟く、受付嬢の顔が陰りを映す。  
「んっ? また何かあるのか?」  
 いわくの二連続は勘弁願いたいんだが。  
「ギルド側としても失念してたわ。この依頼を解決に行ったのは『エインデューンの第三部隊』なのよ。それも十日以上前。場所から言っても三日、かけても五日で解決報告が有っても良いのに」  
 口数こそ多いものの、表情は目に見えて悪化していく。  
「ゆったりと仕事をしてるか……それとも、予定外の『何か』が起きたか」  
 四大都市の一つエインデューン。騎士団の数こそ他の三都市に劣るも、そこは小数精鋭。各個の実力ならば随一とされている。  
 それもエインデューン第三部隊と言えば、全員が卓越したアーマーナイトとスペルナイトで構成された、対陸戦の至高騎士団。  
 Gクラスのラクシャーサ等、幾ら群ようとも相手にならない。  
「ミツキさん……確認してると思うけど、この依頼ってギルドからなのよ。だからね、少なからずギルドにも責任があるの。予定外が起こる可能性に怠惰だった私達側にもね」  
 ギルドからの依頼は『討伐』や『殲滅』が殆どで、最も危険度が高い依頼主。  
 故に、事前情報は完璧に記されてなければならない。起こり得る可能性を含め、依頼書に記載されているのが常だ。  
 ならば尚更、ギルドの依頼解決中に、予定外が起こってはならない。  
 
「だからね、ミツキさんにお願いがあるの」  
 受付嬢は僅かに俯き、台詞の言い終わりと共に強く下唇を噛んだ。  
「助けに行ってくれ……か? 俺一人が行っても、状況が改善されるとも思えんが?」  
 冷静に思考すればわかる。一部隊が潰れる程の予定外。救出に行くなら、後五十人は欲しい。  
「もちろん、援軍はギルドランカーから集めて送るわ。ミツキさんは先駆けて、向こうの状況を把握していて貰いたいのよ」  
 戦わずに戦況を見極めろ? 難しい事を。予定外に遭遇せずに把握するなど、できる筈は無いとわかるだろうに。  
 自身の台詞矛盾に気付けない程、余裕を失っていると言う事か。  
「お願い……できるかしら?」  
 俯きを解き、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに俺の瞳を直視。その表情から鈍りは払拭されぬまま、より一層に不安色を強めていた。  
 ふっ……己の技を鍛え、人々の儀に応え、真に偽の無い者になれ……か。シリューにも説いたばかりだ、師匠の教えは守らないとな。  
「わかった、できる限りやってみよう。指定するマジックアイテムの手配は頼めるだろ?」  
 曇る視線に公定を返し、手配させるマジックアイテムを脳内に展開させる。  
「えっ、あ……本当に良いの?」  
「返すな。ギルドで仕事を熟す者は人助けのプロだぞ? 任せて置け。それに……」  
 区切り、依頼書貼りから戻らぬシリューへと視線を戻す。  
 そこには、  
「よいしょっ、と」  
 股割りから始まり、入念な準備運動で身体をヒートアップさせる相方の姿が在った。  
「相変わらず、うちの相方は『やる気』だしな。俺にはソレの削ぎ方はわからん」  
 続いて、いつものシャドー。首に描けられたゴーグルと、左右に束ねた長い髪も、ステップに釣られてユラユラと揺れる。  
「何て事はない、相方の好奇心を満足させる為に行くんだ」  
 だから気にするなと意を込めて、そのままシリューの前へと歩む。  
 これも……糧になる。決して無駄にはならない。幾多の経験を積み、天多の促し、アイツの死に一歩近付く。それだけわかればやって行けるさ。  
「ミツキさん。ありがとう、ございました」  
 数歩も進むと、受付嬢の小さく心底な謝礼が聞こえ、「しゅっ、しゅっ」と口出するシャドーの擬似効果音が増して聞こえた。  
 
 
 
     『Little Flower』  
  〜黒を喰らうディバインライフ編〜  
 
 
 
 この世に地獄が存在するならば、ここが最も近い場所だろう。  
 暑くて、暑くて。ただ居るだけで体力を奪われ、判断能力すらも溶解される。  
 太陽光は深緑に隠され、昼間でも薄暗い。にも関わらず、体水破壊と思わせる高音湿気と無数に待ち受ける底無し沼が、この場を最凶最悪と強制連想。  
 どこまでも続く湿地帯に、果てを見せない深緑の木々。更に『コカトライズ』、『バジリスク』、『スカルプチャーウォーム』、必殺を持つ地獄の獣達。  
 これなら、誰だろうと納得する。ここが……『命奪の場(ディバインライフ)』と呼ばれる事に。  
 
「うえー、じめじめするんですけどぉっ、これはぁー、どういうことですかー?」  
 俺の右横で、ベチャベチャと歩行音を立てながらシリューが愚痴る。  
「頭の悪い喋り方はやめろ。疲労が増える」  
 ギルドで依頼を受けたのが四日前。支給品を受け取り街を出たのが三日前。ディバインライフに踏み入ったのが数時間前。かなり奥まで歩いてるな。  
 モンスターとの遭遇が無いのは良と言えるが、これだけ歩いてもエインデューン部隊が発見できないのは否と言える。  
「ぜはっ、ぜー。お水を、シリューにお水を飲ませてください」  
 聞き飽きた台詞に顔を落とすと、汗を流し、だらしなく舌を垂らすシリューが居た。  
「またか……ここに来て三本目。トイレに行きたくなったらどうする、この辺でするのは危険だぞ?」  
「うるへー! 美少女は大きいのも小さいのも出さないんだよぅ!! だから、ミツキは、私に、早く、水を出すの。たんだすたん?」  
 うーむ、どんどんと唯我独尊の性格になってくな。育て方を間違ったか?  
「はぁ……ったく、ほら」  
 手提げの支給鞄から、三本目のボトルウォーターを取り出して渡す。  
「やふー! それではミツキはん、いただくどすえー」  
 シリューは受け取ると同時にボトルのキャップを回し開け、  
 
 ――ぐびっ、ぐびっ、ぐびぃっ。  
 
「はぁぁははぁぁぁぁぁっ!! 復活、フッカツ、ふっかぁぁぁぁぁぁつ!! これさえ有れば、私は何度でも蘇るんだよミツキ!!」  
 勢い良く一息で飲み干した。  
 二日は掛かると見通して、ボトルウォーターを六本手配させたのに、入って数時間で三本も消化するとはな。  
 チャージ間隔も短いし高燃費過ぎる。  
「で、みつきぃ。まだ見付からないの?」  
 再び元気を回復させたシリューは、腰背二刀の叩打金属音を鳴らし、小刻みにステップを踏み始めた。  
 このまま放っとけば、確実にシャドーに入るだろう。  
 
「ああ、戦痕や足跡すら見当たらん」  
 足跡はぬかるみで即座に消え、頼みの戦痕は未だに発見できない。  
 響くのは、蛇尾鳥コカトライズの甲高い鳴き声のみ。  
 二人でかれ以上進むのは危険だな。一旦引き返し、援軍の到着を待つのが良いか?  
「よし、残念だがここまでだ。引き上げるぞシリュ……っッ!!?」  
 
 ――――――。  
 
 聞こえた。  
 この場に映える筈の無い音が、微かな雑音と成って鳴き声と混じる。  
「どうしたのミツキ?」  
 次動は既に決定。声を掛けるシリューには視線を流さず、前方の闇……深緑の闇へと視線を流す。  
 この先。全てはけの先だ。俺の聴覚を異端で覚醒させたのは、黒で誘(いざな)うディバインライフ。  
「走るぞシリュー!!」  
 言葉だけをその場に残し、シリューの返事も待たずに一歩目を強跳。  
「わっ!? まってよー!」  
 ぬかるむ地面に気を配り、異端雑音へと蹴り走る。  
 地を蹴り、泥を跳ね、命奪を駆け抜ける颯と化す。  
 足音は一つ、自分のだけだ。シリューはかなり後方まで引き離した。  
 間違いない、確実。確実に近付いてる。不定金属音は、確実に俺を呼んでいる。  
「ちっ、しくじったか?」  
 ここまで来ると、武器の選択が惜しい。  
 ラクシャーサ相手となれば、背中の大剣アイゼルヴィントでは無く、シリューに身巻かせているレヴァルとディスタンスラヴァーを装備して来るんだったか?  
 いや、その考えこそ愚の骨頂。相手にするのは、ラクシャーサよりも『予定外』の可能性が高い。  
 前回のペールフォリンクス以上の敵なら、アイゼルヴィントを抜かねばならないだろう。  
「ゆくぞっ」  
 音は近い。間近。この木々を越せばっ!  
 
「なっ!!?」  
 
 開けた。  
 視界が拓けた。  
 命奪深緑の原に存在する、数十メートル四方の白紙空間。  
 闇の黒とは不干渉で、ぬかるみも無ければ木も生えぬ。  
 黒の中に在る白。虫食いにでも遇ったかの様に闇が存在しない。  
 そこだけが異端。発する音は凌駕して異端。  
 乱行する剣閃。  
 その白場で、  
 幽鬼と勇騎が殺し合う。  
 幽鬼の外見は、人骨の上に薄っぺらいが巡っているだけの骸で屍。予定外の『レブナントリッチ』と断定。  
 アーマーナイトとスペルナイでは対処不可能と確定。  
 救助に来た筈の俺すらも、打破の確率を見出だせに体動を止める。  
 
 レブナントリッチは、地に着く程の長腕を振るい、鋭爪による唯一で攻撃。  
 対する勇騎は漆黒で鋼。ディバインライフの闇等、比較にならない黒鎧で身体を覆う。腰のラインまで伸びた薄紫色の髪に、澄んで輝く金色の両眼。  
 黒鎧の騎士は初見タイプの細身剣を右手に担い、レブナントリッチの攻撃を、三度に一度は切り払う。  
 残りの二度は身に受けるが、鎧の傷も、身体の傷も、瞬時再生。異常のリジェネレート効果を見せる。  
「生き残り……が居たんだな、僥倖ッ!」  
 手提げ鞄を手放し、再度加速で白の中へ進入。  
「伏せろぉぉぉぉぉぉっ!!」  
 騎士へと届く様に叫び、脚外側のハンティングナイフを、左右手に一本づつ掴み抜く。  
 そしてそのまま……  
 
「来るなっ! 『喰われる』ッ!!」  
 
 投げれない。  
 騎士は振り向かぬまま、引けを取らない大声で俺の行動を影縫う。  
 喰われる……だと!? 何に、誰が喰われると言う? この場の殺気は俺を含め三つ。まさか……レブナントリッチの『特殊能力』に掛かってるのか?  
「幻覚から解放してやる、伏せろッ!!」  
 キーワードを入れ、もう一度叫ぶ。  
「来るなっ! 囲まれてるッ!!」  
 だが、俺の言葉は連絡されず、無意味なやりとりを往復するに終わる。  
 ならば。騎士が伏せないのならば、俺が跳ぶ!  
「つあッ!!」  
 加速疾走から垂直跳躍。  
 アンデットと言えど、魔力を通せば物理攻撃もヒットした筈。  
 制止を振り切って両手のナイフに魔力を流し、刹那も空けずモンスター標的で擲(なげう)つ。  
 投擲されたナイフは直線の残像軌道を造り、  
「キシィィィィッ!?」  
 レブナントリッチの両肩上部に突き刺さる。  
 驚愕と憤怒に浸る幽鬼の目は、着地せんとする俺に向けられ、騎士から戦闘相手を切り替えた事を示す。  
「やはり、こちらを狙うか……」  
 右足で着地バランスを取り、  
 続く左足で左前半身の対戦構えを取り、  
 更に続く左右手で再びナイフを一振りづつ取り、  
 両逆手に持ち直し、左は胸前、右は腹前で短剣二刀を備える。  
「ギイィィィィィィッッ!!」  
 幽鬼は死霊の瞳を俺に向け、壊れた咆哮を上げて歩む。  
「来るか? だが、俺に『腐敗幻視(デリュージョンアイズ)』は効かんぞ」  
 腐敗幻視……その名の通り、最悪の被害妄想を見せるレブナントリッチの特殊眼。  
 能力も然る事ながら、発動条件も凶悪。『眼を見せる』では無く、『眼で見るだけ』で良い。  
 だからこそ強力で、だからこそ惰弱。相手の体内魔力量に応じて比例効果し、『魔力が低ければ低い程掛かり難い』。  
 即ち、俺のようなファイターに対しては、全くの無駄能力。  
 
「くっ、ラクシャーサ共がぁぁぁっ!!」  
 騎士はレブナントリッチの攻撃射程から外れるも、飢狼の名を呼び、空を相手に剣を打つ。  
 もろに食らってるか。腐敗幻視の支配範囲から外すには、かなり引き離さんといかんな。  
「ふぅぅっ……はあぁぁぁっ!!」  
 閉目して深い呼吸をし、刮目して集気を高める。  
「ギギッ、ギギギギギギギギギッッ!!」  
 シルエットは人。現す姿は骸。腕のみが異様に長く、地面に引きずられて動く。ダラダラと涎を垂れ流し、だらしなく口を開けて。  
 この白紙空間。俺の制空圏まで、五歩……四歩。三歩、二、一ッ!  
 
「ギイィィィィィィアッ!!」  
 制空圏ギリギリで振るわれる両の手爪を、  
「南無三ッ!」  
 右爪には左刃、左爪には右刃で対応し、内側からのパリーで両腕を外側へと弾く。  
 これで無防備。後は、どこまでやれるか。  
 繋げて、体重移動からの左足を軸に踏み込み、  
「疾ッ!!」  
 右手ナイフで袈裟斬り。そこから左手ナイフで左腰から右肩まで、右刃の剣痕をそのままなぞり返す様に切り上げる。  
「ギギャッ!?」  
 ここは引かん。俺の残魔力、全て叩き込む!  
 距離を取ろうと後方に体を反らせるレブナントリッチを、僅かも逃さず密着追尾。  
「沈めッ!!」  
 そして遠心の力と円弧の軌跡を築き、  
 必殺の踏み込みと剣速で、  
 急所を走る身体正中線を、頭上を起点とする幹竹割りの一刀で決める。  
「ギィギャッ!!? ギギ……ギギギギギギギギッ!!!」  
 レブナントリッチは衝撃で数歩も後退するが、気にした様子も無く、ブリキ細工の音を立てて小刻みに上下振動するだけ。  
 くっ、あれだけ叩き斬ったのにまだ動けるとは、与えたダメージが低過ぎるのか?  
 これでは追い払う処か、俺自身が戦闘不能になる。  
「ふぅぅっ……はあぁぁぁぁッ!!」  
 それではいかん。  
 こんな場所で死ぬのは否だ。  
 人を見捨てて逃げるのも否だ。  
 戦う敵が怨恨ならば、上回る怨恨節操で叩き伏せれば良い。  
 短剣二刀の両方を順手に持ち替え、左右下段に置いて投擲の構えを取る。  
「俺の残魔力は、保っても三撃分か……いや、三撃有ればじゅうぶん!!」  
 ファイターに腐敗幻視は効かない。だが、魔法や魔力を攻撃しか受け付けない幽鬼には、ファイターでは魔力不足。持久戦になれば勝算は無い。  
 
「なれば抜かん。我が……」  
「目を閉じてミツキッ!!」  
 
 んっ……ふっ、なんだ、やっと、追い付いたのか?  
 突然にして俺の台詞を掻き消したのは、聞き慣れた相方の声。  
 即座にバックステップで下がり、  
「シリューは『アレ』を使う気か?」  
 眼を閉じろ。の声に沿って閉眼し、拇指球で耳孔を塞ぐ。  
 解る。この空間でなら、いかな大気の乱れも感じ取れる。後方から飛来し、俺の上空を通過し、レブナントリッチとの中間点に投げ放たれた異物、『閃光音爆弾(スタングレネード)』の存在をッ!!  
 
 ――ドゴオォォォォォォォォォッッ!!!  
 
 目を閉じても伝わる白閃光。この白場を一瞬で呑み込み、それ以上の白で侵し染める。  
「ぐっ!!」  
 耳を塞いでも通聴する爆発音。鼓膜を攻めて蹂躙し、命奪を連環にして解放。  
 
 音と光だけの、瞬間抱擁。  
 
 スタングレネードは一つしか手配させてない。これで、引いてくれれば良いが。  
「ふぅぅぅっ……」  
 光が止み、音が止み、塞聴閉眼を止めて五感を馴らす。  
「幽鬼は……どうやら、引いたようだな」  
 映る視界に殺意は無く、黒鎧の騎士だけが小さく震えて立ち竦む。  
「ミツキ、あの人が探してた人?」  
 定位置の右横に付いた相方に一時だけ目をやり、  
「だと、良いんだが」  
 目を覆うゴーグルを額に上げ移してから、再び騎士へと視線を戻した。  
 成る程、コレも役に立つんだな。必要経費で良とすれか。足りない分は……まぁ、シリューの間食代を削る事で勘弁してやるか。  
「さて、と」  
 区切りを付け、騎士へと歩みを寄せる。  
 麗髪が揺れるのを眺めながら、振り向く麗顔を見据えながら、相方と肩を並べて騎士へと歩む。  
 騎士は動かず、俺とシリューの到着を待つ。  
 そして二十歩も進み、  
「エインデューン部隊……と解釈して良いんだな?」  
 直の真後ろから、振り返り様の騎士へと問い掛ける。  
「ええ、部隊と言っても、私一人だけになってしまったけど」  
 答えの中身は悲壮感。精神的な満身創痍を漂わせ、金の両目をうっすらと開く。  
「なまじ魔力が有る分、レブナントリッチが相手となれば仕方ない結果だったさ。お前が生き残っただけでも良しと思って置かねば」  
 現状把握は悲しみに繋がる。  
「そう。途中から雰囲気が変わったって感じたけど、レブナントリッチの幻視に苛まれていたのね? はっ……一人だけ生き残るなんて、本当にブザマ」  
 悲壮を重ね、悲息を重ね、死者への弔いを呼吸に乗せて吐き出す。  
 
「浸るな、詳しい話しは後だ。取り敢えずここから脱出するぞ」  
 レブナントリッチがいつ再見するかわからない。  
 それにラクシャーサ。今こそ姿を見せないが、ラクシャーサと他騎士の『死体消失』。奴らの生態系を理解していれば、まだ生息していると仮定できる。  
「私の名はレヴィー、レヴィー=エルレシア。貴公の名を教えて欲しい」  
 女騎士は空を仰いで左手で十字を切り、俺の提案を名乗る事で返す。  
 逃げる気は無い、と言う事か? それとも、違う何か、か? 何にしても、名乗られたら名乗り返さんとな。  
「ふぅっ……」  
 短く溜め息を付き、調度良い位置に有るシリューの頭頂部を、右手の甲で三度も小突く。  
 ――ポン、ポン、ポン。  
「わぎゃ、わぎゃ、わぎゃっ」  
 うーむ、アホ声だ。  
「こいつがシリュー。で、俺が……」  
「みつきぃ、よっ!!」  
 遮って俺の正面に向き合い立ち、  
 ――ドフッドフッドフッ。  
 カウンターコンビネーションブローを鳩尾に打ち込む。  
 うぐっ、人体急所を確実に乱れ打つとは、腕を上げたなシリュー。  
「ふむ、シリューと……みつきぃ殿か」  
 レヴィーと名乗った女騎士は、脳内咀嚼で勝手に納得してしまうと、頷いて首を縦に振った。  
 まっ、訂正するのも面倒だし、長い付き合いになる訳でも無いしな。それで良い。  
「うん。よろしくねレビー」  
 シリューはレヴィーへと向きを変えて名を呼び、  
「ええっと、レビーじゃなくてレヴィーよ。う、にてんてんのヴィー」  
 当の本人に発音の指導を受ける。  
「びーびーびー」  
 レヴィーは腰を落としてシリューと目線の高さを合わせ、ゆっくりとした口の動きを付け加えと教えるが、  
「びーびーびー」  
 全く直らなかった。  
「すまんな、上手く発音できんらしい」  
 なんら変わらないシリューに、諦めろとの意志伝達を兼ねて、レヴィーへと詫びを入れる。  
「かっちーん。バカにすんなぁっ! いいにくい武器ばっか持ちやがって、ちゃんと言えるっつーの!!」  
 言い難い? どれ、復唱してみるか。アイゼルヴィント、レヴァル、ディスタンスラヴァー。ふむ、確かに言い難いかもな。  
 
「ぶぁさし、ぶぁにく、こんぶぃーふ。ワタシ、お肉タベラレナイアルヨー」  
 …………!!???  
 なんだ、発音練習か? 驚いて心臓が止まるかと思ったぞ。とうとうシリューが『あっち側』に行ったと、本気で危機を感じた。  
 レヴィーも俺と同じ考えなのか、同じ表情をし、「何を言ってるんだコイツは?」って目でシリューを見る。  
 
「ぷっ、くっふふっ。良いわね、気に入ったわシリューちゃん。私、シリューちゃんみたいな妹が欲しかったわ」  
 だが、次瞬には破顔一笑し、シリューの頭をくしゃくしゃと撫でた。  
 むっ、油断し過ぎか?  
「和み過ぎた、会話を戻すぞ。レヴィー、俺達とディバインライフを脱出する気は有るか?」  
 強制を促す選択を、あえて選ばせる。  
「無理……ね。部隊が壊滅したのに、私だけが帰還するなんて選択外。仇を討つまで動く気は無いわ」  
 レヴィーは厳格を取り戻し、シリューから離れて白場の中心へ歩く。  
 やはり、な。重んじる義が、未来行動を狭めていたか。  
「それこそ無理だ。現装備では、ラクシャーサは殺せても、レブナントリッチは殺れん。死した者よりも、生きている己を大切にしろ」  
 俺の言葉にも、首を横に振って否定するだけ。 「それは、他の奴ならって前提があってでしょ? 私なら殺れる。それだけの武器と力がある。レブナントリッチが居るって分かれば、銑鉄は絶対に踏まない!」  
 どんな言葉も伝わらないと、強固なまでの義が、身体を命奪に封殺するのだ。  
「考えろ。お前まで死んだらどうする? ここは体制を立て直し、改めて来れば良いだろ?」  
 
「ふっ、大丈夫よ。睡眠を取らなくても、食事をしなくても、傷を負っても、闇の元素(マナ)が溢れてる『ここ』では『死なない』。  
 排便行為も必要とせず、老廃物質も造られず、人体の不必要は、人体の必要に変化する。私は真の意味で不死になれるのよ。  
 そう言う術式処置を受けたから、そう言う武装を身につけているから、だから私だけが死なずに生き続けた。  
 闇の元素に闇元素の術式処置を施した私。そして闇の術式武装ヨルムンガンド。これが私を生かせる絶対唯一の定義よ」  
 レヴィーは長い自己説明を終えると、話しを断ち切る様に細身剣を正眼に構え、俺と対になる外周へと身体を向けた。  
 術式処置か。人工的に元素吸収のスキルを身に付かせる施術だったな。辺りに存在する処置に対応した元素を体内に取り込み、自己の魔力と還元する法。  
 実際に見るのは初めてだが、なるほど……こう言う事か。ここが白場と成った理由がやっと分かった。  
 何て事は無い、闇を形成してる元素を喰らっただけ。だからここに黒は無く、喰らった黒を己の活動制限に当てている。  
「どうしても、帰還する気は無いか?」  
「一緒に帰ろうよレビー」  
 シリューも心配の目で見詰め、祈る様に両手を握り合わせるが、  
「ごめんねシリューちゃん。私はいいから、みつきぃと帰ってね」  
 レヴィーはこちらを振り向かず、どちらの誘いにも一貫して乗らない。  
「ふぅっ、しょうがな……」  
 
 ――――――。  
 
 消えた筈、  
「ッ!?」  
 消えた筈の殺意が、一呼吸の間に再臨する。  
 
 きっ、選択分岐は消えたか。時間の食い過ぎだ! 後は……成るようにしか成らん!!  
「ほらっ、早く帰らないから、すっかり『囲まれた』わよ」  
 白場ど殺意が膨れ、全方位で死線が増す。姿は隠してるつもりだろうが、、殺意は一部も隠れてない。  
 ったく、勘弁してくれ。これだけの数から熱視線を送られるとは、たまったモノではない。  
「左を向けシリュー」  
「はいはいよー」  
 互いに正対した状態からシリューに身体ごと左を向かせ、両手のナイフを上空に放り上げる。  
「一意……」  
 連携動作でシリューの担う背剣を左逆手で引き抜き、  
「専心ッ!!」  
 腰剣を右順手で引き抜く。  
 どうせ殺り合うなら、ゴングはこっちで鳴らしてやるさ!  
「発ッ!」  
 落下するナイフの一本を、シリューの頭上でミート。  
 左剣の側面で左方へと全力で弾き飛ばし、もう一本のナイフ柄を、同じ要領で右方へと弾き飛ばす。  
 即座で反響する僅かな刺音。潜めるモンスターを射貫いた証拠。  
「シリュー、常に俺とレヴィーの間に居ろ。できる限り敵は通さんが、もしもの時はアイテムと魔法で稼げ」  
 レヴィーと逆方を向いて外周を見渡し、右剣で「前に出るな」の意を込めてシリューを征する。  
「ふっふっふぅっ、私が今までの私だと思ったら大間違いよ。ビシッと隠し玉を買い備えてるんだから」  
 そうか、ちゃんと買い備えてるか。良かった良かっ……何ッ!? まだ無駄金を使ってたのか?  
「ああもう、いいから下がれ」  
 どこまでも、俺の予想を越える奴だ。  
 一呼吸。左の曲剣レヴァル腹前で構え、右の避剣ディスタンスラヴァーを胸前で構える。  
「レヴィー、こうなったら最後まで付き合う。生きて脱出するぞ」  
 殺意はビリビリと張り詰め、感覚神経を限界まで高めて行く。  
「あら、私一人でも十分だけど?」  
 視界に映るのは深緑の命奪。聴覚に入るのは飢狼の微鳴。その数は多く、二十は居るだろう。  
「その自信は、レブナントリッチを倒す事で証明してくれ」  
 レヴィーの武器は剣だったか? 柄の尺が通常の倍以上は有ったな。アレを主要武器としているのだから、扱い難いだけで無く、盲目龍(ヨルムンガンド)と名打たれるだけの何かが有るのだろう。  
「ええっ、ちゃんとシリューちゃんも守ってあげるわ」  
「すまない、さあ……来るぞ!!」  
 
 

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