瞼を閉じていても、まぶしいという感覚は分かるものだ。
だから今、俺は目覚めた。
「ん〜……?」
窓から射し込む陽射しが顔に届き、意識が少しずつ覚醒する。
冬の寒さによって、その心地良さが格段に増した、布団を身体の上からなんとかどかし、身体を起こす。
まだ、筋肉が起きていない。起きている感じがしない。
「ん〜……」
意識が覚醒した時よりも間の抜けた声を出してしまうが、それも気にならなかった。
どうやら、頭もまだ眠っているらしい。
顔を上げ目を開けようとしたが、あまりの眩しさに、険しい表情をしてしまう。
「ふぁ〜〜〜〜あ」
それのおかげで少しは頭が起きたので、俺は、大きく伸びをして、さらに大きくあくびをした。
俺が腕を伸ばしきるのとほぼ同時に、側においておいたデジタル時計のアラーム音が鳴り響いた。
三秒もしないうちに、まるで早押しの解答者が答えを出す時のように、その音を消す。
時間を見ると、まだ6:00時だった。
「ま、早起きは三文の得っつーしなー」
そう言いながら、俺はベッドから降りた。
部屋から出てすぐに見える洗面所に向かい、冷たい水で顔を洗う。
さすがにこの季節なので、刺すような感覚が、俺の顔面に走る。
それが丁度良い刺激となり、俺の頭は完全に起きた。
次は身体だ。と思い、そのままシャワーを浴びることにした。
服を脱いで、今度は熱い湯を存分に浴びる。
しばらく身体や髪を洗って出ると、その時には完全に目が冴え、身体もかなり軽くなっていた。
服を寝間着から普段着に着替え、洗面所を出る。
と同時に、俺の鼻腔を擽る匂い。
うまそうな、焼けた魚の匂いだ。
「うむ、今日も美味いものが食えそうだ」
少し前までなら、自分で作る他なかったが、今は違う。
俺がYシャツではなく普段着になっているのも、それが理由である。
俺はその足で、匂いが漂うリビングへと向かっていった。
「あ、卓さん、おはようございます」
「お……おはよっ」
リビングに入るとともに、二つの声が台所からしてきた。
両方とも女性であり、先に聞こえたのはかなり大人びていて、もう一つはとても幼い。
一ヶ月もすれば、さすがに聞きなれてくる声である。
「おう、おはよ」
テーブルにつく前に、台所から顔を覗かせていた、幼い方の声の主の頭を撫でながら言った。
とたんにその声の主―――シルフィは、顔を真っ赤にして、奥に引っ込んでしまった。
毎度のことながら、不思議なものである。
視線を感じて振り返ると、大概にらまれてるんで、てっきり嫌われてるのかと思いきや。
手が触れようものなら、気絶すんじゃないのかってくらいの声を上げる。顔を真っ赤にしてだ。
「まったく、不思議なもんだ」
思わずそう呟いてしまっていた。
「フィーのことですか?」
俺の前に料理を持ってきてくれたもう一人の女性―――レイチェルが、微笑みながら言った。
「んー?まあ、そうね」
俺がわざと軽い調子で返事をすると、レイチェルがくすくす、と笑った。
「そういうところは鈍感なんですね……ふふ」
「レイチェルには負けるさ」
どこが鈍感だというのかは分からないが、とりあえず皮肉を返しておく。
「むっ、私のどこが鈍感だなんて……」
「ああ、鈍感なだけじゃねえな。トロいしボケてるし」
「失礼ですねー」
その大人びた風貌に似合わず、レイチェルが、頬をぷうっと膨らませた。
繊細な白い肌ながら、血色のよさを見せているその頬を、指でつつく。
見た目通りに、かなり柔らかい。
「そういうとことか。ていうか全部」
「それは言えてるかも」
いつのまにかレイチェルの後ろにいたシルフィも、うんうんと頷きながら言った。
「ほら、妹も言ってるじゃないか」
「フィーまで……ひどいわ……しくしく」
いつも通りの天然を発揮して、その場にへたり込んでしまうレイチェル。
そこにどこからか、スポットライトの光があてられ、さながら悲劇のヒロインである。ベタベタの。
「まあそんなことはどうでもいい」
どこからか現れた照明をどける。
「俺だけ先食べちゃってもいいのか?」
テーブルの上に置かれた、俺の分だけ用意されていた料理を指しながら言う。
「あ、駄目です駄目です!お食事はみんなで仲良くです!」
さっきまでの落ち込みっぷりはどこ吹く風、あわただしく、レイチェルが自分とシルフィの分を持ってきた。
流れるような動きでテーブルに盛り付けると、レイチェルもシルフィも、それぞれ席についた。
ごていねいに俺をはさんで。
「それでは……本日も、主からの賜物に感謝し、こうして食事を取れる事を……」
いきなり目の前で手を握って、なにやら祈りだす両名。
毎度毎度の光景なので、いいかげん慣れた。
「いただきます」
熱心に言葉を唱える二人をよそに、俺はさっさと手のひらを合わせて言うと、食事に手をつけた。
「ああ、駄目ですよ!お祈りはちゃんとしないと……いたっ」
「そうだよ、こうやって今日もご飯が食べられるのは……きゃっ」
またいつものように説教を始めそうになった二人の頭を小突く。
「うるさい!俺は仏門だ!真言宗だ!だから主はアッラーなの。だからそういうのやらなくていいの。OK?」
「あ、あの、アッラーは仏門じゃ……あいたぁ!」
懐から漫才用ハリセンを取り出し、レイチェルの頭を思いっきり叩いた。
漫才専用なのでちょっと作りが違う。そのため、実際はあまり痛くない……はずだ。
だが、レイチェルは涙目で頭をおさえている。
「いたいですよぅ……」
「とっとと食え!冷めちまうぞ。ていうか食わないなら食うぞ?いいのか?いいのか?」
わざとらしく箸を近づけてみせる。
慌てた様子で、レイチェルが自分の分を、身体で隠した。
「だ、駄目です!せっかくの食事なのですから……」
その眼には、炎すら燃えているように見えた。
「じゃ食え。早く食え。すぐに食え。音速で食え」
「いえ、急いで食べるのはよくな……いたいっ!」
もう一度ハリセンでぶっ叩いてやり、それ以降は無視する事にした。
「フィーも、わざわざそんなことしなくていいと…・・・ん?」
シルフィの方を見てみると、シルフィが、俺に叩かれた場所をおさえながら、ぼーっとどこかを見ていた。
視線がどこも見ていない。なんかヤバい状態じゃないか?
「おい?おーい?」
眼前で手をブンブン振ってみる。
「…………」
反応なし。
続いて、頬をつついてみる。
「…………」
反応なし。
今度は頬を引っ張ってみる。
「…………」
反応なし。
今度は……。
ふっ。
「いひゃっ!?」
「うむ。効果絶大」
「な、なななな、何を、したの!?」
「耳に息を吹きかけただけだ。そこまで騒ぐな」
シルフィが、恐る恐る耳元をおさえる。
その顔は、やはり真っ赤である。
「なんならもう一回やってやろうか?ほら、こうやって……」
俺が、もう片方の耳へ顔を近づけた。
結果、シルフィの顔自身とも近づく事になる。
「ふーっ。……どうだ?くすぐったいか?……あれ?フィー?」
俺が顔を近づけた時点で、どうやらまたも固まってしまったらしい。
頬といわず顔の全体がありえないくらいに真っ赤になり、普段の冷静な表情とは比べ物にならない顔になっている。
もはや、耳に息吹きかけ攻撃もまともに効いていないほどである。
「ま、いいや、食おっと」
いまだに頭をおさえて痛がるレイチェルと、固まったままのシルフィ。
その間で、俺はようやくの朝飯にありついた。
「ふう、御馳走様。なんでレイチェルはボケてるのに、家事全般は完璧なんだろうな」
すっかり空になった食器類を台所に運びながら、疑問を口にしてみた。
「ボケてなんかいませんよぅ」
「姉さんがボケてない?それは聞き捨てならないわよ姉さん」
「うぅ……」
姉がボケで妹がツッコミというのもなかなか珍しいものである。
めずらしいといえば。俺はもう一つのことを疑問に思った。
「で、なんでフィーはしっかりしてるのに、家事全般駄目なんだろうな」
唯一フィーが独自に作った、お味噌汁らしき物体を見ながら言う。
どこをどうやれば、周囲の空気が軽く歪むくらいの代物が出来上がるのだろうか。まさに人智を超えている。
さすがヴァルキリー。さすが神様、というところだろうか。
「が、がんばってるんだけど……。やっぱり、お料理の出来ない女の子って、嫌いだよね……」
俯くシルフィの頭を、大人が子供にするように撫でる。
「そんなことで好きか嫌いかなんて決めないって」
「ホント!?」
シルフィの表情が、ぱあっと輝いた。
「あの、ところで……もう少し休んだら、今日も始めましょう」
レイチェルがおもむろに言い出した。
「ああ、そういやそうだな」
これから始める事は、こいつらが来てから、一日として欠かさず続けてきた事である。
それが何かは……次回に期待。