わかっている。
「688……689……」
これが戦士とやらに必要なことであるのはわかっている。
「692……693……」
それでも。それでもだ。
「694……695……696……697……698……699……」
いくらなんでも、一日三回これはスパルタすぎないか!?
「700!!腕立て、ぜえ、700回、ぜえ、完了!ぜえ、ぜえ……」
「はい、よくできましたね。これでウォーミングアップは終わりですね」
笑顔でそういう怖いこと言うなよ……。
息をすることで必死な俺は、そんな言葉すら口にすることができなかった。
「はぁい、それじゃあさっそくはじめてください」
レイチェルの明るい声が、今は死の宣告にしか聞こえない。
俺は今、「戦士としての訓練」を、レイチェルやシルフィと一緒にやっている。
さっき言っていた「毎日続けていること」とは、これのことだ。
……色気のある答えを期待していた人は、本当に残念だ。
俺だって始めは、そんな甘い考えを持っていたんだから、その気持ちはよくわかる。
レイチェルは「大丈夫、軽い運動ですから」などと笑顔で言っていたが、今考えれば、某政党だってビックリの嘘つきぶりだ。
人間に可能とされる限界の運動をやらされ、俺の身体は本気で壊れかけた。
今のような腕立てなどの筋トレならまだいい。
だが、やらされる訓練のほとんどは、運動量で言えば、バリバリの軍人でも音を上げるような代物ばかりだ。
一日目で死んでいたほうが幸せだったかもしれない……とか思う。
それでも俺が今まで耐え切れているのは、やはり俺に戦士としての素質があるかららしい。
とはいっても、まるで超人のような力を発揮できるわけでもないし、運動能力がすごくなっているわけでもない。
あえていうなら、初めて見たときはまったく捉えきれなかったシルフィの攻撃が、なんとか見えるようになったくらいだ。
と、いうわけで。
「手加減はしないからね。それじゃ、行くよ!」
「おうっ」
構えを取ったシルフィの手元に何かが現れ、シルフィが振りかぶった次の瞬間には、それは俺に向かって放たれていた。
目で追うことはまだできないが、軌道を読むことはできる。
頭部、腹部、大腿部と急所を狙って放たれたそれを、後ろに飛びのいてなんとかよける。
白い地面に、それが突き刺さる。
銀色の光を放つそれは、西洋風の短剣だ。
これこそがシルフィの武器であり、俺の訓練のための道具でもある。
今俺が行っている訓練というのは、この、シルフィが放ってくる短剣を避け続けるという、単純ながら難しいメニューだ。
さきほどの言葉どおり、シルフィは一切の手加減をしない。
放たれるものはほとんど急所を狙っているし、速度も目で捉えられないほどだ。
直線的な動きしかしないのが、唯一の救いだ。
「初歩レベルは大体避けられるみたいですねえ……フィー、もうちょっと難しい投げ方をしてみて」
いくつかの短剣を避けてから、俺達の様子を見ていたレイチェルが、突然言い出した。
「え?う、うん」
とたんに、短剣が複雑な軌道で襲い掛かってくる。
どうやらシルフィが不思議な力を使って操作しているらしく、短剣がひとりでに角度を変えたりして飛んでくるのだ。
避けきれなかった短剣が、頬をかすめた。
「つっ!」
痛みに気をとられている暇はない。
目の前まで迫っていた三条の銀の閃光を、大きく上半身を逸らすことでかわす。
いわゆるマトリッ○ス風の避け方だ。
「わあ、卓さんすごいです!」
レイチェルがパチパチと手を鳴らしながら言った気がするが、そんな物にいちいち耳を傾けてもいられない。
上半身を逸らした時の勢いを殺さぬまま、バク転をして、足元に飛んできた短剣をさける。
こういう局面でだけは、自分でもびっくりするくらいの運動神経を発揮できるから不思議だ。
人間死ぬ気になればなんでもできるというが、まさに今の俺をそういうのだろうと思った。
なぜならだ。
「むー!むー!」
半ベソで短剣を放ってくるシルフィ。
だんだん、こちらに向かってくる短剣の軌道が、俺に当てるのを第一にしてきているからだ。
急所を狙うのでなく、とにかくあたるように。
少ない数でわかりやすい場所に投げられればまだ避けられるが、シルフィほどの手練がそういう風に投げれば、その命中率は格段に上昇する。
「うおっ、ぎゃっ、ひぇっ」
一度に、多くても三本ほどだった短剣が、今では、十本にも増えて襲ってくる。
スタミナが尽きるのが先か、ヘマをするのが先か。
どちらにしろ、当てれば……死なずとも、この速度なら、かなりの深手になる。
「卓さんがあんまり華麗に避けるものですから、フィーの闘争心に火をつけちゃったみたいですねえ」
なんでレイチェルはあんなに呑気なんだ。
「がんばってくださーい、卓さーん」
……ここにあいつを立たせたい気分だ。
あまりにのんびりとしたレイチェルに軽い殺気を覚えた。マジで。
そんな俺の頬を、鋭い風が駆け抜ける。
やべえっ!!レイチェルに気を取られていた隙に、完全に狙いを定められたっぽい!
「ふふふ……ふふふふふ……」
まずい、シルフィの目はマジだ。
背筋に冷たいものを感じた。
「終わりよ〜〜〜〜!!」
訓練の終わりということなのか。それとも、俺の人生が終わりってことか!?
シルフィの手を離れた短剣が、俺の眉間めがけて飛んでくるのが、スーパースロー映像のように感じられる。
これが死に際の人間が感じるという、アドレナリンの過剰分泌による感覚なのか!
0.1秒が10秒に感じられるその中で、俺は覚悟を決め、構えを取った。
そして、短剣が、俺の眉間に触れた!!
……が。
短剣は、刃の先端を軽く眉間に当てただけで、止まっていた。
というより、俺が止めた。
なんとか直前で、止めることができたんだ。
「うわー、すごいですねえ」
レイチェルがまたも、パチパチと手を鳴らす。
「はぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜」
情けない声が自分の口から漏れたかと思ったら、俺はその場にへたりこんでいた。
全身にどっと疲れが襲ってきて、汗もどっと流れてきた。
「助かったぁ……」
「大丈夫ですか?」
なぜかニコニコしているレイチェルに視線を移す。
「めっちゃ疲れた……休ませてくれよ」
「いいですよ。ゆっくり休んでください」
嫌に「休んで」の部分を強調された気がする。
……まさか、そうだよな。ハハ。
「じゅーぶん休んだら、次はフィーの短剣を掴んでもらうメニューに入りますから」
思わず、がばりと上半身を起き上がらせた。
「なっ!?」
じょ、冗談だろ?という言葉が喉まで上ってくる。
しかし、俺の淡い期待は、レイチェルのニコニコ笑顔によって打ち砕かれた。
「まだまだ終わりじゃないですよぉ?」
優しい優しいお言葉も、俺には、死の宣告にしか、聞こえなかった……。
「……レイチェル……」
「なんですか?」
「ひとつ言いたいことがある」
「はい?」
「お前、俺を殺すつもりだろう」
「まさかそんなー」
……こいつ、いっぺん泣かせないと気がすまない。
訓練もようやく終わり、俺達は、あの空間から、心落ち着く、身体落ち着く我が家へと戻ってきていた。
ん?空間ってなんだって?
いまさらながらではあるが、俺達(つーか俺一人)が普段、訓練をする時には、特別な空間へと行った上で行うのだ。
あの空間には終わりがないらしく、時間の流れも、いつも俺が生活している世界よりもずっと遅い(というより止まっている)らしい。
一度だけ、どういう場所なのか、レイチェルに聞いたことがあったが、そのときは
「卓さんもよくご存知の精神と時の……いえ、なんでもないですよ?」
と、はぐらかされてしまった。
……たしか本物は、一日が現実の一年に匹敵するんじゃなかったのか。
まあそんなことはどうでもいい。今はこいつに一泡吹かせてやりたい気持ちでいっぱいだ。
あれから訓練という名の地獄の苦行は酷さを増し、俺に本気で死を予感させるほどになった。
今ここに立てている自分がまったくもって不可解だ。
シルフィはというと、「も、う、だ、め……」とうめくように言いながら、部屋へと消えていった。
きっと今頃は、泥のように眠りこけているところだろう。
「私がヴァルハラで訓練を受けていたときは、これの1000倍はつらかったですよ?」
「んなこたぁどうだっていいんだよ!」
「もう……卓さん、そんな大声出したら、フィーが起きちゃいますよ……」
「うるせえ!もう我慢ならん、何か見返りをよこせ、見返りを!」
いままでの不満を爆発させ、俺は勢いに任せて主張をしまくった。
すると、レイチェルが何かを思いついたように、両手をポン、とたたいた。
「それじゃあ……ごほうびを差し上げましょう」
「え……!!」
意表をつかれ、俺は、レイチェルの口付けを許してしまった。
「んー……」
唇が触れたと思ったら、すばやくレイチェルの舌が侵入してきた。
「んっ、んうぅ……ぴちゃ、ちゅ、ん……」
やけに音を立てながら、積極的に舌を絡めてくる。
いきなりのことで面食らったが、よくよく考えれば俺の期待通りの展開じゃないか。
一度唇を離すと、そのままソファーへと、レイチェルを押し倒した。
「きゃっ、駄目ですよぉ」
そうは言いつつも、段々色気のある表情になりつつあるのはなんなんだ。
「自分からやっといて、駄目も何もないだろ」
「だから、キスだけで終わり……あんっ」
めんどくさいので、レイチェルが纏っていた軽装の鎧を剥ぎ取ってしまう。
これがなかなか不思議なもので、持った瞬間はものすごい重量を感じるのだが、それがとたんに軽く、というより重量自体がなくなるのだ。
女性型であるため身に着けたことはないが、特別な力が働いてそうなっているらしい。
無論、普通なら取ることも適わないのだが、いま簡単に取れたということは、レイチェル自身が取ることを許可し、力の効力をなくしたのだろう。
つまりは、OK、ってことだ。
どちらにしろ、今俺が剥ぎ取ろうとしなくとも、ひとりでに取れてしまうのがこの鎧である。
「仕方ないですねぇ……今日だけですよ?」
今日だけ、というのを三回は聞いた気がするのだが。
そんなことを頭の片隅で考えつつも、レイチェルの胸元をはだけさせる。
手のひらをいっぱいに広げてもこぼれるその乳房を、揉みしだいた。
「あっ……くすぐったいです」
マッサージをするように揉んでいると、たいして時間の経たないうちに、手のひらに、乳首の硬い感触を感じるようになった。
人差し指と中指の第二関節あたりで挟みこみ、乳房を揉みながらも、コリコリと乳首を刺激する。
「んっ!ちょっと、強すぎで……くぅっ」
「強すぎなくらいじゃちょうどいいんじゃないか?」
一際強く刺激してみる。
「あんっ!……かも……しれないです」
視線を逸らしながら頬を染めて言う姿は、なかなかいじらしい。
俺はそういう表情をもっと見たくて、しばらく胸をいぢり続けた。
「それじゃあ、そろそろ私が……」
レイチェルが身体を起こそうとしたので、俺はいったんレイチェルの上からどいてから、ソファーに腰掛けた。
俺の足元にひざまずくようにレイチェルが座り込み、俺のズボンのチャックを下ろす。
硬くなりつつあった俺のモノを握り、軽くしごく。
「まだまだ大きくなりそうですね、卓さんの……ちゅっ」
その柔らかい手でしごきながらも、鈴口に口付けられ、むずむずとした感覚に襲われる。
あっという間に愚息はパワー全開だ。
「あらあら、せっかちなんですね、この子は」
「レイチェルが上手すぎるんだよ」
「ふふっ、ありがとうございます。お礼にがんばっちゃいますね」
レイチェルは手の動きを止めずに、雁首のあたりを、舌先で舐めてくる。
モノの部位でも特に敏感な部分を責められてしまい、俺は情けなくも呻き声にちかい、くぐもった声を上げてしまっていた。
レイチェルは、本当にフェラチオが上手い。
それはつまり、こういう行為に慣れているということだ。
「くっ……なあ、レイチェル」
「んっむ……なんですか?気持ちよくないですか?」
緩急をつけたしごきによって与えられる快感に耐えつつ、俺は「そうじゃない」と首を振る。
「やっぱり、こういうことはよくやるのか?……その、俺以外の男にも」
情けない。まったく情けない。
わかりきっていることなのに、俺は、レイチェルが自分以外の男に奉仕をすることを、いや、性的行為をすることに不快感を感じているんだから。
自分自身でもよくわかる。これは嫉妬だ。
レイチェルが言っていたじゃないか。「戦士の資質を解放するには、こういう行為をする必要がある」のだと。
だから、俺以外の男としたことがあってもまったく変じゃ……。
「いいえ、ないですよ」
「……え?」
今なんつった?
「ですから、私がこういうことをするのは、卓さんだけです。卓さん以外の男の人にはしませんし、したこともありません」
「じ、じゃあ、なんでこんなに……」
俺が困惑したまま言うと、レイチェルは少し恥らうような微笑を浮かべ、こういった。
「練習したんです。卓さんとこういうことをするときに、卓さんを失望させたくなかったですから」
「で、でもおかしいだろ。俺以外の戦士の資質がある奴のとこにいったことがあるんなら、当然こういうことはしたんじゃ……」
レイチェルの頭の上に?マークが浮かんだ。
「どうしてですか?」
「いや、俺と初めて会ったときにいってたじゃねえか!エッチをしないと強くなれないって」
えーと・・・とか言いながら、首をかしげるレイチェル。
数秒間をおいてから、あぁ、はい!と元気よく手を合わせ、微笑んだまま
「あれですね、あれは嘘です!」
…とんでもないこといいやがった。
「……は?」
「いえ、ですから、あれは嘘だったんです」
「……マジか」
「落ち着いてください。ちなみに本当です♪」
♪マークというより(はぁととかの方が正しいかもしれない言い方をしやがるレイチェル。
こ、こいつってやつは……!
「なんでそんな嘘ついてたんだよ!」
思わず声が荒くなってしまう。
たしかに、レイチェルが嘘をついてくれたことで俺はその……こいつらとすることができた。
それは嬉しいことだが、俺としては、嘘をつかれたという事実が一番頭にきた。
俺の声に、レイチェルはさきほどまでの雰囲気を一気になくし、俯いてしまった。
それを目にしてから、ようやく頭が冷えてきて、謝罪の言葉を出そうとした、その時……。
「……正直なこと、言えるわけないじゃないですか」
俯いたまま、レイチェルが言った。
「いえるわけ……ないじゃないですか」
「レイ……チェル?」
レイチェルらしからぬ、沈んだ声。
つらそうな、悲しそうな、そんな声。
「私たちヴァルキリーは、戦士の資質を持った人間の元に現れ、その人を導きます」
その声の調子のまま、レイチェルが続けた。
「私もシルフィも、その使命のために……卓さん、貴方の元へと訪れました」
その話は聞いたことがあったから、別段驚くこともなかった。
だけど、レイチェルのしゃべり方には、まだ先があるような、そんな感じがした。
「でも、卓さん。私たちは、あなたのことを、もっと前から知っていたんですよ」
「……え」
なんだそれ。
「二十年前、貴方がまだ6歳だったころから……私たちは、天界からあなたを見続けていました」
「二十年も……前、から?」
レイチェルは俯いたまま、俺の言葉にうなずいた。
「私、馬鹿ですよね……ヴァルキリーなのに、ただ導くだけの存在なのに、卓さんのこと、ずっと見ていたら……」
レイチェルが顔をあげた。目にはうっすらと光るもの、そして、その口元には、ささやかな微笑み。
「好きに……なっちゃったんです」
「…………」
言葉がでなかった。
いつも顔をあわせていたレイチェルの笑顔。
そこからは、そんな気持ちは、まったく読み取れなかったから。
読み取れるべくも、なかったから。
なぜなら、俺自身が、そんな事を夢にも思っていなかったからだ。
「卓さん、悩まないでください」
レイチェルの表情。
微笑みはそのままだったけど、その目に見えた、光るものは、どこかへと消えていた。
「私の気持ちなんていいんです。いいんですから……」
じゃあ、なんで、こんないじわるな伝え方をするんだ。
こんな風に伝えられたら……。
「断れるわけ、ないじゃないか」
跪くレイチェルの身体を引き寄せ、抱きしめる。
「卓……さん……」
「ごめんなさい」
何で謝るんだ、こいつは。
「私、我慢できなかったんです。気持ちを抑えたままでいることが、出来なかったんです」
もういい。もういいんだ。
俺はこいつの気持ちを聴いた。
なら俺は応える。
こいつが想っていてくれたなら。
俺はこいつを想う。
それだけでいい。いいじゃないか。
だから……もう、謝らないでくれ。
「きゃっ」
俺は何も言わず、心の中に渦巻く言葉を口に出すこともせず、そのままレイチェルを押し倒した。
謝らせない。言い訳させない。もう何も言わせない。
だから、口付ける。息もできないくらいに激しく、舌を絡ませる。
「んんっ、んむぅ……ちゅっ、んふぁ、あ……」
何もさせない。
俺が全部やって、こいつの思考を白く塗りつぶしてしまおう。
「ぷはっ!……す、卓さ……んあぁっ!」
こいつのおかげで、俺のモノはもう勃起しきっている。
レイチェル自身も、舐めている間に感じていたのか、ズブ濡れだ。
どちらも準備OKならば問題あるまい。
俺は勢いを保ったまま、レイチェルの膣内へと、己が分身を沈めていった。
「卓さっ、あっ、そんな、いきなりぃ…あんっ!そんな激しく、動いたら、はぁぁぁん!」
挿入して終わりってはずはない。
思いっきり腰を引き、そしてまたおもいっきりモノを沈める。
それだけの運動を、秘唇が擦り切れてしまいそうなほど激しく、激しく繰り返した。
「んっ、あっ、ふぁぁっ、あぁっ!激しいっ、ですぅっ、くぅん!」
それだけの激しい動きにも、レイチェルの膣は、実に心地よい締め付けと、射精感を加速させる触感を与えてきた。
頭の中が、燃え盛る炎のごとく熱くなっていき、モノの先から脊椎へと、電撃のような感覚が走り続ける。
燃える。燃える。燃え続ける。
衰えることなく燃え続ける炎と、途切れることなく訪れる電撃。
三段飛ばしで、限界という階段を上り続けているようなものだ。
あっというまに、俺の射精感は臨界寸前へと到達した。
「あっあっ、んんっ、あぅぅ!卓さん、卓さぁん!」
レイチェルの頬を、涙らしきものが伝うのが見えた。
けど、さっきみたいな涙じゃない。
今の涙は間違いなく……快楽からくる涙だ。
「レイチェルッ……レイチェルッ!!」
炎の熱さはもはや感じられないほどになり、代わりに、ちりちりと灼かれるような感覚が脳内を駆け抜けた。
くそっ、やっぱりこいつのアソコは良すぎる。
あっというまに理性を手放してしまい、快感に身を任せ、そして臨界を突破してしまう。
けど……まだだ。
こいつの頭の中が真っ白になってしまうまで、こいつが何も考えられなくなってしまうまで、続けなければ。
謝らせてたまるか。
こいつは何も悪くないんだ。悪い奴がいるなら俺だ。俺が気づけなかったのが悪いんだ。
だから、より速く、より激しく、腰を打ち付ける。
俺も、レイチェルも、快楽に身を任せ、何も考えられなくなってしまうように。
「卓さっ、わたし、もうぅ!」
うるさい。とっととイッちまえよ。俺だってもう限界なんだ。
言葉にはできない思いを、激しさへと変えていく。
「もう、駄目っ、来ちゃう、来ちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
レイチェルの絶叫に近い嬌声、ひときわ強くなる締め付け。
絶頂に達したことを示すそれらを合図に、掴んでいた手綱を放し、身体がもっとも求めている行動を許した。
自らから放たれ、レイチェルへと注がれていくそれを感じて、俺の思考もまた、白く塗りつぶされた。
深夜。
暗くなった部屋、ソファーに寝そべる人影が、『ひとつ』。
丁寧に毛布をかけられた『彼』は、疲労と限界を超えた快楽から、深い深い、眠りへとついていた。
そんな彼の寝顔を、見つめ続けている女性が一人。
普段なら絶対に見せない、憂いのある表情のまま、レイチェルは、卓の寝顔を見つめ続けていた。
細めた目元にこめられたものは慈愛か、それとも。
「……ごめんなさい、卓さん」
男が許さなかった謝罪の言葉を、レイチェルは静かにつぶやいた。
「やりたくなかったんですけど、さっきまでの記憶、ちょっとだけ消しちゃいました」
記憶消去。
大神の意において、命じられしままの使命を遂行する存在たる戦乙女なら、できて当然のレベルの術だ。
とはいえ、その名の通り、それは消去の業。
どんなものであれ、何かを相手から奪い、影も形もないよう消してしまう、悲しい術。
レイチェルは嫌いだった。
奪うことも。
消し去ってしまうことも。
されど、この場合では、使わざるを得なかったのだ。
なぜなら。
「卓さんが、私の想いを知ったままだと……あの子が、可哀想ですから」
誰に聞かせるわけでもなく、彼女はつぶやいた。
「でも、今回のおかげで、このまま我慢し続けていられそうです。ありがとうございました」
その言葉に、眠り続ける―――深い眠りは、レイチェルの術の影響もあるため、このくらいでは目覚めることはない―――彼は応えない。
それでも彼女は、深い感謝の気持ちを表すため、頭を垂れた。
顔をあげたときには、彼女に憂いの表情はなく、ただ、卓にむけていたような笑みがあった。
彼女らしい、優しさあふれる微笑。
その裏に垣間見える悲しさに、誰が気づこうか。
「それでは……おやすみなさい」
レイチェルは寝室へと向かっていく。
夜の闇は深まっていく。
彼女の奥深くにある、昏い悲しみのように。