・少女剣士の手難 ep2
密林の山の中腹。
白昼の頃合いとあって、木々に遮られることなく侵入してきた陽光が、そこここを照らしつけている。
林道は人の手によってある程度拓かれているものの、今は魔物が最も活発に動きまわる時間帯。
あまり不用意に侵入すべきではないはずだが、そんな中でもある冒険者の一行が、ある目的を目指して道を闊歩していた。
「なあ……あれ、本当にやるのか?」
険相の魔術士が、隣の弓使いにひそひそと問いかける。
「…………僕に聞くな」
整った顔の向きも変えぬまま、弓使いの返答はそっけない。
魔術士はそんな彼に構わず話し続けた。
「だってさあ、失敗した時のことを考えるとコトだぜ? あいつがかわいそうだ」
「……やる前から失敗と決め付けるのか……お前は」
弓使いは依然として正面を向いたまま魔術士にしゃべり掛けている。
この対応に微かながら感情を逆撫でさせられた魔術士だが、意外にも(?)大仰な反応を見せたりはしなかった。
「そうは言ってねえよ。ただ、さすがのあいつもあの魔物相手に太刀打ち出来るかどうか、って考えなかったか? お前だって」
「……考えないと思うか?」
弓使いの男が、ようやく魔術士に視線を合わせてきた。
恐ろしいほどの美貌に相応しい鋭利な双眸が、魔術士を見つめた。
目を逸らしそうになるのを堪えて見つめ返し、魔術士は口を開き始める。
「いいや、おそらく俺よりは深く考えてそうだと思ったな。どうなんだ? お前さんの意見は」
弓使いは意味ありげな微笑をうかべた。
「お前は、やつより……リディアよりよっぽど話が分かるから助かる」
「そりゃ当然だ。俺は二十二、あいつは十六。経験ってものが異なりすぎる」
「そこだ、ラバン。……やつはなまじ剣の冴えが尋常じゃない故に、慢心している部分がある……自分でも気づかないほどの、小さな過信だが」
魔術士はわずかに顔を歪めた。
「それを叩きのめす為に、リアを人喰い花にぶつけるのか?」
「そうだ……むしろ、極めて丁度良い選択肢だろう? ……命を失わずに、心身ともに自分の無力さを思い知ることが可能なのだから……」
作戦の概要はこうだ。
人喰い花は、つぼみを閉じているとあらゆる魔法を無効化してしまう。矢も同様、効果は薄い。
つぼみを開き、触手を伸ばす瞬間に弱点をさらけ出すのだ。
ゆえに、剣士であるリディアが前線に出てつぼみを開かせ、その間に魔術や弓を打ち込んで屠るという寸法だ。
「……とはいえ、まだ敵わないと決まったわけではない。人喰い花に対応できるなら、それはそれで歓迎すべきことだ……」
「俺はそう願いたいね。いくらなんでも、いや少しは楽しみだが、やっぱりかわいそうだ」
「……お前の台詞は説得力に欠けるな」
「何言いやがる。お前だって楽しみな癖に」
「小娘の痴態に興味はない。…………そもそも、最中を眺められるわけではなかろう」
「ラバンさん、ロシーニさん、遅れてますよ」
先を行く美しい僧侶に呼びかけられ、二人は大分離されていることに気づいた。
「フレセちゃんが呼んでる。はやく行かないと」
「……。……男に‘ちゃん’はやめろ」
女ならいいのか――魔術士はそのつっこみをしまっておくことにした。
二人は走って、少女剣士と僧侶の所に足をはこんだ。
「……見えてきたわ」
可愛い少女剣士は背を向けながら言った。
視線の先およそ五十歩ほどは、木々のない開けた場所のようだった。
その中央に見えるのが…………
「……聞いたよりでけぇし、気持ちわりぃな」
魔術士がみなの気持ちを代弁した。
どれくらい大きいかといえば、都会の宿屋ほどの面積をくっているし、高さも大の大人五人分はありそうだ。
やけに赤いつぼみにはボツボツがついているし、周囲の葉っぱは黒い斑点が塗られていて、生理的におぞましく感じるのはある意味当然だった。
「……じゃあ、あたしは行くわ。援護は任せたわよ、みんな」
これから対峙する魔物の気味悪さにも、少女は全く怯んだ様子はなかった。
そんな彼女を見て、魔術士は少し楽しみだと思ってしまった……敵わなかった時の少女の姿が。
人喰い花は、人間の雌の快楽を好物とする。
つぼみの中に捕らえた少女を犯し、備わっている視覚と聴覚で淫らな反応を愉しむ。
それを糧に成長するのだが、意識を失ってしまうと男と同様、一瞬にして斬り刻まれ捕食される……
「お気をつけて……」
「無理すんなよ」
僧侶と魔術士がねぎらいの言葉をかける。
少女は振り向くことなく、ゆっくりと目標に近づいていった。
男三人も、彼女から十歩ほど距離を取り、徐々に魔物へと接近してゆく。
少女は、鼓動がドク、ドク、と高鳴るのを感じた。
眼前の魔物が強大であることを、本能的に察知しているのだと思う。
だが、恐れは‘したくない’。
相手が強ければ強いほど、自らの剣を磨くことにも、経験を積むことにもなるのだ。
困難から逃げてばかりでは得られるものは無い。
少女があと十歩ほどで開けた場所にでそうなので、魔術士と僧侶は立ち止まって詠唱を開始した。
弓使いはそのまま歩み続ける。
少女は腰に帯びた剣を抜き放った。
鉄製の刃厚剣(クレイモア)は昨日寄った街で購入したばかりで、淀みが一切ない。
スラリとした長い刀身と厚めの刃は、この華奢な娘には不釣合いに見えるが――
間もなく、少女は巨大な魔物の索敵範囲内に踏み入れようとしていた……………………
「――ハッ!」
刃厚剣を駆って陽が当たる草原に出た――その瞬間にもう人喰い花は動いている!
「っ!!」
少女の右側面から矢が三発同時に放たれそれは全て飛来中だった触手を撃ち落した!
「やぁあッ!!」
左方向からの触手二本は自らの剣で微塵に裂いた!
間を挟まず少女のはるか頭上を紅蓮の炎球が飛翔っ、それに対し天空から瞬速のいかずちが降り注ぎ――雷撃と火炎の合わせ術が魔物に炸裂したッ!
「「「「……っ!」」」」
四人は一つ数える間だけ驚いた。
魔物の周囲には大量の黒煙が上がったが、手応えが殆ど感じられなかったからだ。
だが、うろたえている暇などない。
少女剣士と弓使いは身構え、魔術士と僧侶は再び詠唱に入る。
しかし――――
「えっ!? ――きゃああぁっ!!」
「!? リディアッ!」
弓使いの眼の前で少女の身体が浮かび上がった――否、触手に捕らえられたのだ!
おそらく視界外から近付いて捕獲したのだろう。
滅茶苦茶な動きで、どんどん少女は遠ざかっていった。
弓を射れないのは自明だ。後方の仲間も詠唱している気配が無い。
少女の身体が人喰い花のつぼみにぱくんと飲み込まれた。
弓使いはため息をついて振り向き、険しい表情の仲間ふたりにこう告げた。
「…………作戦を練り直そう」
少女は例によって(?)、つぼみの中で四肢を拘束されていた。
そこはまさに『触手空間』だった。
どこを見渡しても触手・触手・触手……粘液によってぬめったでこぼこの赤い内壁から、大小長短問わずどす黒い無数の触手がうごめいている。
そして、少女の視界の最奥には……白き繭に包まれた‘核’らしきモノが、ドクン、ドクン、と強い脈動をうっている。
「ひっ……」
人喰い花の赤き空間に、少女の微かな悲鳴が反響する。
内部の気味悪さに反応したのではない――
少女の前に現れた触手の先端には、巨大な目玉が備えられている。
血走ったまなこが少女をねめつけているのだ。
これから起こりうることは重々承知していた。当然、覚悟もしていた。
なのに、実際自分がこの状況に置かれたとたん、少女は身体がガチガチに固まっているのに気づいた。
けれど、恐怖に打ち震える時間を、魔物は十分に与えてくれそうにもない。
「! …………っ!!」
自分の衣服に触れてきた触手どもを視認しても、少女は声を上げなかった。
恥辱に顔を赤くして歯噛みしているが、ふるまいは気丈そのものだった。
そういった感情もまた、この魔物の好物だ。
触手は、自然を感じさせる深緑色の衣服を脱がしにかかった。
「………………!」
少女は薄着なので、あっという間に胸をおおうさらし布と、大事なところを隠すだけの下着姿になる。
うつむき加減になって目を閉ざしているが、その様子からははっきりと羞恥と恐怖が嗅ぎ取れる。
巨大な目玉が薄くなって、いやらしくぎょろついた。
新たな触手が少女にせまってくる。
それぞれ胸と陰部に二本ずつ襲来し、胸にむかった趣を知らない触手はすぐに布さらしを破りとってしまった。
程よく膨らんだ形の良い双丘があらわになる。
だが、少女の反応は芳しくない。
かまうことなしに、二本の触手は容赦なく白い胸もとに巻きついた。
「っ………………」
それでも、強情な少女は反応しようとしなかった。
巨大な目玉はついに怒りの様相を呈し、僅かな殺意を帯び出した。
すると二本の触手が少女の下半身に伸び、瞬く間に下衣がやぶり取られてしまった。
秘処を晒された少女はぶるっと震え、さらに強く歯を噛み締める。
目玉の憤怒はしかし収まらず、触手二本はためらいなく少女の果実に触れ始めた。
「っ!! ……! くっ! ふっ……う゛…………ぅっ!!」
口に出したくない衝動が少女を襲い、抑えようとしても甘い途息となって口からもれてしまう。
触手の先端が紅い花芯を擦り、もう一つの触手は熟れた花窪に出し入れされる。
両手で顔を覆いたくなるほどいやらしい表情であることを、少女は自覚していた。
口元から涎が垂れてきて、下腹部からはぐちゅぐちゅと淫猥な水音が響いてきている。
このまま喘がないという欲望の抑制を続けると、発狂するか意識が飛ぶかしそうだった。
しかし、先に飛んだのは理性だった――
「ひゃぁ、ン……!!」
ささやかな、それでいてはっきりとした艶かしい声があふれ出た。
少女を眺めていた目玉がようやく、(目だけで)笑み崩れた。
一度声を発した少女は、悪い意味で吹っ切れてしまった。
「あっ! あん、あっやっはあんっ!! あぁぁあん……! ダメぇっ……」
触手が蠢くたび、少女の上の口から甘い響きが洩れ出て、下の口から少しづつ愛液がしたたり落ちてゆく。
少女の顔は情欲に染まっていた。
だらしなく開いた口から涎が垂れ、自らの痴態を薄く開いた双眸に映し、快感が身にしみる度に目をふさいで天をあおいだ。
触手の愛撫は、自らの指先で慰めるより何倍も快かった。
そして――少女の陰部から透明の液体がいきおいよく噴き出した。
「はぁぁあぁあああぅっっ!! ふぁああああぁぁぁっ、あああぁぁぁんっ――」
‘一回目の絶頂’で、悲鳴じみた悦びの声がひびき渡った。
果てたというのに攻めは収まる気配がなく、ビクビクとわななく少女をさらに鞭打つように突起と膣内への刺激を続けた。
継続する快感に身悶えしながら、少女は未だ噴霧のように愛液を飛び散らせている。
「ひゃん! はんっ! あぁっ……ぅん! んっ、あっ、いやあっ……ふぁあぁぅ……!!」
股を開かされ、両腕を頭上に拘束され、両乳房を締め上げられ、性器を徹底的に穢される……
そんな状況下で、声を上げないことなんて無理だわ……
もし、この化け物の攻めに耐え続けて、口を噤んだままでいたら気絶しちゃう。
そしたらあたし、食べられちゃうから……そう。生きるために、仕方なく喘いでるのよ
決して自分から気持ちよくなろうとしてるわけじゃ…………
「――あぁっっ!! あっはっやぁンっっ!! ひあぁぁあっ!! あぁあっきゃああぁぁー…………――!!!」
‘二回目の絶頂’が訪れ、触手が激しく出入りしている秘処から、ピュク、ピュク、とリズムよく愛液を放出しだした。
愉悦に塗られた表情で天をあおぎ、淫水を噴きだす瞬間ごとに「あぁん! はぁん!」と快楽を増幅させる喘ぎ声が少女の口から発される。
気が狂いそうな快感を味わっても、陵辱は終わる気配が無い。
彼女がどんなに嫌がろうと、恥辱に身を焦がそうと、触手に塗布された催淫効果が無理矢理快楽を引き起こしているのだ。
プライドが高く、意志も強い少女にとって、これは正しく屈辱でしかなかった。
同時に、こんな淫楽なぞに溺れ、自らよがって嬌声を発する自分が腹立たしくて……そんな思いが、緑の瞳から涙をこぼさせた……
――――同時刻。
外ではようやく、林中にいる三人が戦闘に移ろうとしているところだった。
「可哀想に……リアは今ごろぐちょぐちょに犯られてるんだろうな……」
言葉の内容とは裏腹に、魔術士のセリフは僅かに興奮している響きがあった。
僧侶は苦笑し弓使いは鼻をならしたが、次の瞬間には表情を引き締めている。
「やりますか」
「ああ……手はずどおりにな……」
二人に軽視されたようで面白くなかった魔術士だったが、軽く舌打ちしながらも僧侶に倣って詠唱を開始した。
「――行くぞっ!」
弓使いが草原に躍り出ると――その中央に座している気色悪い花が無数の触手を放ってきた!
それに対して彼が弓を引くとどういう仕組みなのか三本の矢が同時に放たれ襲い来る触手を撃ち落している!
尋常ではない光景だった。
飛来する触手の数も異常だったが、弓使いの腕の動きも――普段は感情を映さない表情さえも、常軌を逸しているように見えた。
全く息を乱すことなく高速の機械的な動きで放たれる矢が次々触手を貫いてゆく!
そして――三十秒もすると触手の攻撃は止んでいた。
すると、弓使いは弓を下ろして片手を上げた!
次の瞬間――人喰い花の周囲に狂嵐が発生し葉とつぼみ全体を切り刻んだ!
つぼみを開いている上触手を切らした魔物にはたまったものじゃなく根を張った草原の中央で悶え苦しんだ!
その間上空に何かが集束していることに魔物は気づいていない。
そして狂嵐が収まりを見せつつあるのと同時に――上空の何かが数多の光線となって人喰い花に降り注いだ!
それをまともに浴びた魔物はさらに暴れまわ――ろうとしたが不可能だった。
見れば、斑点の付いた葉っぱも、広がりきらないはなびらも、徐々にしなびていったからだ。
狂嵐は収まったが、十も数えるともう人喰い花の生命は‘寿命を迎え’……その身体さえも光の粒子となって天に昇っていった。
「……人々から邪な存在として蔑まれる魔物も、こうして見ると儚く綺麗なものですね……」
美しいおもてに憂うような微笑を湛えながら、金髪碧眼の僧侶は誰にともなく呟いた。
今度は傍にいた魔術士が苦笑する番だった。
「リアのことも心配してやって、フレセちゃん」
すでに弓使いが裸体の少女に駆け寄っていたが、魔術士には羨ましいと感じる余裕はあまりなかった。
「そうですね……」
いちおう応えるも、うっとりして空を見上げる僧侶をみて、魔術士は顔をおさえて独語したものだった。
「……ダメだこりゃ」
- Epilogue -
駆け寄ってくる弓使いに対し、両肩を抱いてへたり込んでいる少女は背を向けた――向けてしまった。
一矢まとわぬ姿だったから恥ずかしい、のではない。
助けてもらったのは事実だけど……恐らくロシーニは、敵わないと分かっていながらあたしを送り出したんだわ。
自分が‘売られた’ような気分になって、素直に彼の顔を見ることができなかったのだ。
そんな彼女に先ずバサッとかけられたのは、弓使いが身に付けている黒外套だった。
それでなんとなく振り向こうかと思ったが、振り向けなかった。
さっきから込み上げそうな感情が、本当に流れてしまいそうだったからだ。
「悪かった…………」
弓使いの台詞が決めてとなって、少女は本当に涙ぐんでしまった。
「僕が触手の接近に気付いていればお前をこんな目に遭わせずに済んだのにな……怖かったか?」
少女は背を向けたままうんうんと頷いた。
打ちのめされた時に限っては優しく接してくれる弓使いに、少女は好意を抱いていた。
「…………僕が付き添うから、今日はここで夜営をとろう。……体力の有り余っているラバンが喜んで見張ってくれるはずだ」
「ううん、いらない……だいじょ、ぶ…………」
「リディア」
へたり込んでいる少女の首に、男にしては頼りない細腕が回された。
肢体がガチガチに硬直してしまい、ついには頬を濡らした少女だった。
「僕は自分のためにお前と話したい。それに甘えさせてくれ」
この言葉が実際に意味する所はわからないが、少女は黙って首をかたむけた。
彼女にとっては、彼の今までの行いから、彼に全く下心がないという確信が持てるだけでも十分だった。
理解ある仲間に深く感謝し、またこんな自分のために色々と配慮してくれることに、少女はただただ嗚咽を洩らすばかりだった……
END