・特に注意事項はありません  
 
 
 
・少女剣士の手難 ep10  
 
 少女剣士と弓使いの青年はベルガの街の市場にいた。  
 もう黄昏時なので人影はまばらだったから、屋外の衣屋で試着しても人目を気にせずにすむ頃合いである。  
 もっとも、並の胆力でないこのふたりには元から関係ないことのようだが……  
 
「ねぇロシーニ、これなんかどうかな?」  
 
 少女剣士リディアは自分の身体に白いワンピースを重ねながら、目のまえの美青年――ロシーニに意見をもとめる。  
 彼はこころなしか整った面差しに朱を射し、それから少し顔をそむけて「……似合っている」と一言。  
 童顔を包みこむように栗色の髪を両頬にたらした少女は、そんな弓使いの青年の様子がかわいくて、小悪魔的な微笑をうかべた。  
 
「あたしに着て欲しい?」  
「………………ああ」  
 
 五分後には、少女は真っ白なかっこう、青年は(元からだが……)真っ黒なかっこうで、宵の街をねり歩いていた。  
 ロシーニは「街を出たら着替えるんだぞ」と忠告したものの、案外に刺激が強かったため、少女をなるべく視界に入れないようにしなければならなかった。  
 童貞でもないくせに情けない青年である。  
 
「ロシーニぃ、今度はどこ行くー?」  
 
 少女に手を引っ張られている青年は、なんとか平静さを保ちながら答えた。  
 
「……もう買い物は終えたと、先刻告げた」  
「え? そうだっけ?」  
「そうでなくても、もう大抵の店は閉まる時間帯だ。今日はここで泊まろう」  
「その前にさぁ、ちょっと公園行こうよ」  
 
 青年は黙り込んでしまった。少女の意図が読めない。  
 
「…………何故だ?」  
「いいからっ! せっかく着たんだから、もうちょっと長く着させてよ」  
 
 青年は何も言いかえすことができず、少女にいざなわれるままに自然公園に向かうこととなった。  
 
 
 
陽が沈んでも街灯がともるので、ベルガの街が暗闇におおわれることは無い。  
 殺風景なこの自然公園も街灯にてらされているが、子供の遊び場であることと住宅街から離れていることから、夜になると人は全くといっていいほど居なくなる。  
 
「ふぅー……お昼に来たほうが良かったかな?」  
「……………………」  
「と、とりあえずベンチに座ろっか!」  
「…………ああ」  
 
 ふたりはそこらにある木製のベンチに腰掛けた。  
 ロシーニの希望で、宿泊する時も夜営の時もそれぞれちがう部屋で眠りにつくので、こうしてたまに閑談する機会をもうけなければならなかった。  
 青年のほうは別に必要ないと思っているのだが、少女の方がそうはいかないらしい。  
 ともに行動しはじめて三週間と日が浅いから、不安になることも多いのだ。  
 
 だが、今日リディアがロシーニを誘ったのは、今日こそ‘あの事’を問いただすぞという覚悟を秘めてのものだった。  
 
「ねぇロシーニ。前から訊きたいと思ってたんだけど……」  
「…………何だ?」  
「…………ロシーニって……たまに花街に繰り出してるでしょ?」  
 
 何を言うのかと思った。  
 確かに宿で別々の部屋にはいったあと、こっそり娼家に出向いて遊女とふしどを共にすることはあるが……  
 青年は顔色をかえず、ゆっくりと頷いた。  
 実際、彼にとっては動揺する事柄でもないし、後ろめたいことでもなかったからだ。  
 
「…………悪いか?」  
「え? う、ううん、そうじゃなくってね……ってことは、彼女いないってことだよね?」  
 
 なんとなく彼女の意図が解ってしまった青年である。  
 同時に欲望のうずきも感じたが、これに乗るわけにはいかなかった。  
 いくら将来を誓いあった仲でも、離ればなれになってしまえば愛を確かめ合うことはできない。  
 だからサラ――ロシーニが将来を誓った少女は、遊郭で一夜かぎりの快楽を求めるのは笑顔で承諾してくれた。  
 もちろん、彼女もかなり無理をしていただろうが……  
 
 しかし、旅を共にするリディアと寝るとなると、話は大きく違ってくる。  
 どれほど長い期間一緒にいるか分からないのに一度そういう関係を持ってしまったら、ずるずると引きずってしまいかねない。  
 かといって、今ここで「いる」と言ってリディアとの関係がこじれるのも、青年としては歓迎すべき展開ではない。  
 
 選択肢が二つしかないと仮定すれば、えらぶべきは事実を告げる方だろう。  
 本能的な情欲に流されて「いない」と答え、リディアと身体を重ねるようなことがあれば、恐らく自分自身を許せなくなる。  
 サラに合わす顔がなくなる……  
 
「……ねえってば、いないんでしょ?」  
「………………」  
「いる訳ないわよね。花街の女の子と寝ちゃってるんだもん」  
 
 タチが悪いな――と心底思ったロシーニである。  
 彼女がいたら、彼女以外の女とは絶対に関係を持ってはいけないのか?  
 それはあまりに視野が狭いのではないか?  
 男と女では性欲が比較にならないから娼婦が存在するということが、少女には理解しきれていないらしい。  
 
「いないなら…………あたしとしても、問題ないわよね……」  
 
 青年はぎくりとして少女の表情をうかがった。  
 紅葉を散らしたあどけない面が自分にむけられていたので、目が合ってしまった。  
 心臓を突き刺されたような感覚がロシーニをおそった。  
 
「だって、勿体ないじゃない? ……お金を払ってするより、あたしとした方がいいでしょ……?」  
 
 リディアに好意を持たれていると知らない青年は、今のセリフが本心か、と思った。  
 どちらにしても、このままではまずい。  
 いや、今からでも事実をいえば止められるはずだが…………。  
 
 ロシーニは、全身にまとっていた緊張感がほどけるのをさとった。  
 結局、こうなるのか……と、つくづく思う。  
 僕はなぜ、これほどに意志が弱いのか――  
 
 青年の右手が、ゆっくりと少女の顔に伸びていった。  
 少女は眼を瞑った。  
 間近で見ると、本当に良い造りをした顔立ちだと改めて思わされた。  
 きめこまやかな白い肌に、ぬけるような栗色の髪が良くにあう。  
 頬にかかっている髪を退けながら、少女の左頬を緩やかに撫でさすってやる。  
 そして、その小さな唇を奪おうと首をもたげて――――  
 
「「――ッッ!!!」」  
 
 突如の轟音と悲鳴に、ふたりは重なりそうだった顔を離して飛びすさった。  
 街の南西――この公園からも近い区域で、なにか事件が発生したようだ。  
 青年は天をあおいで克己神を想い、口を切った。  
 
「リディアっ!!」  
「……うんっ!!」  
 
 双方頷きあい、それぞれ武器だけを持って現場へと足を駆った。  
 リディアは、さほど動きづらくもないし何より着替える暇もないので、純白のワンピースのまま長剣を手に走った。  
 公園を出て住宅街に踏みいれ、三棟も過ぎると――――おぞましい光景を眼にすることとなった。  
 
 ふたりとも言葉を失って立ちつくしていた。  
 赤黒い泥のような巨躯を有する不定形の怪物が、闇に落ちたベルガの街を蹂躙していたのだ。  
 建物はなぎ倒され、男は溶かされて命を奪われ、女は犯されて生気を奪われ……  
 ――と、リディアの眼前にいた中年の男が触手にからまれ、空中へともっていかれた。  
 すでにシュウゥゥと音を立てて衣服が解け始めている。  
 
「な、なにすああ゛あ゛あ゛がぎゃべれ………………――――」  
 
 奇異な悲鳴をあげた男は見る影もなくしなびて、五つと数えぬうちに絶息していた。  
 ロシーニは弓をつがえながら叫んだ。  
 
「逃げろリディアッ!!」  
 
 呆然としていたリディアはようやく我に帰ったが、口上の内容に耳をうたがった。  
 ロシーニが放った三矢は不定形の怪物に命中し――――失くなってしまった。  
 眼を剥いているいとまはない。  
 ふたりに赤黒い触手が十数本も伸びてきたからだ!  
 
 位置関係からして、少女はかわすことなど不可能だったに違いない。  
 いまは長剣を持っている少女だが、はたして襲来した触手をどうにかできたか。  
 おそらく不可能であったに違いない――  
 
「――ロシーニッッッ!!!!」  
 
 悲痛な絶叫がひびいた。  
 もの凄いいきおいで突き飛ばされた少女は無事だったが、青年は不定形に捕らわれてしまっていた。  
 
「は、はやくにげれ……へ……………………――――」  
 
 リディアは再び絶叫しそうになったが、ショックのあまり声は全く出なくなっていた。  
 彼女は壮絶な表情で、無惨に息絶えた美青年のみる影もない容貌を緑の双眼にうつしたまま微動だにしない。  
 直立不動の両足は凍ったように地面に張り付いていて、茶色の土でできた地面が濡れて黒く変色していた。  
 失禁してしまったらしい。  
 
 そんな少女に対し、触手は容赦なかった。  
 無数の赤手が飛んできても、リディアは全く反応を示せず……あっというまに全身にからみ付かれてしまった。  
 
「くっ……! うっ…………!!」  
 
 少女は泣きながらもがいたが、無駄な抵抗でしかなかった。  
 からみついてきたぬるぬるの触手は少女の衣服を溶かし、少女を全くの裸体にしていた。  
 いつのまにやら剣すら手放し、だんだんと力が抜けていくのを感じる。  
 この怪物『邪赤粘魔』は、人間の雌の生命力を活力源としているのだ。  
 それを吸い取るのには、特殊な方法と多少の時間がかかる。  
 
「くふっ…………ぐすっ……ロシーニ…………」  
 
 四肢をのばされ、あられもない格好にさせられているのに、リディアは未だに死んだ青年を諦め切れないようだった。  
 現実のものと思いたくなかった。  
 彼がああなったのは自分のせいでもあるのだから、少女がはげしい後悔に苛まれるのも当然といえた。  
 
「――――ひくッ?!!」  
 
 少女は異なうめき声を発した。  
 なぜか触手によって目隠しされ、同時に秘処に卒然と侵入してきたのは、赤黒く太い一本の触手だ。  
 犯されることを覚悟した少女だったが、迫ってきたのはなんとも言えない感覚だった。  
   
「…………ひうッ?! ……はンっ!! ……ふあッッ!!」  
 
 じゅく、じゅく、じゅく、と吸音が鳴るとともに、触手の管を通して粘魔へ生命力が運ばれてゆく。  
 痛覚でも、快楽でも、疲労でもない奇怪な感覚が、生命力を啜られるたびに少女をわななかせた。  
 
「きゃぅ!! んあぁ!! あぁん!! くふぅ……ひゃあッッ!!!」  
 
 涎を垂らしてなまめかしく喘ぐ姿は一見すると性的な心地よさを感じているように推察できるが、実際にはちがう。  
 勝手に出てきてしまうのだ。  
 みれば、触手がねじこまれたそこから愛液がぽたぽたと漏れ出てきているではないか。  
 
「ひぃっ……いあ゛ッ!! あん!! あん!! ひゃあ!! あぁぁンっ!!」  
 
 少女の嬌声はいよいよ激しさを増してきた。  
 強制的に全身をかけめぐる異常な感覚が少女をよがらせ、じゅくじゅくと鳴るたびに身体がビクンビクンと大きく波打つ。  
 愛液がほとばしる量も相当なものになっていた。  
 
「や゛、め゛……ひゃああ゛っ!! だぇ、いたいぃ!! ひやああぁあ!!」  
 
 ついにそれは、気持ちよさだけでなく苦痛をも伴った悲鳴になっていた。  
 触手によって覆われた双眸からは涙が流れ、全身のわななきと絶叫は常軌を逸している。  
 
「ぎあッ!! あ゛ッ!! あ゛ッ!! やえ……ぎゃあぁぁあア!!  
 
 リディアの声には、もう快さはほとんど残されていない。  
 陰部から噴出しているのも、もはや愛液ではない。  
 ――血だ。  
 処女幕を破られる血量などとは比較にならない血液が、少女のそこから大量にあふれ出している。  
 
「も゛、だ……あ゛ぅ!! ひゃえぅ!! ンはああ゛ぁぁッ!!!」  
 
 彼女の声は完全に苦痛だけが支配しているように思えた。  
 一体触手が――粘魔が何をしているのか、内部で何が起きているのかは定かではない。  
 ただ明瞭なのは、‘生命力を吸い取られている’という事実だけだ。  
 そして……少女の秘境から、ぶしゃああっと痛烈な音をたて赤い液体が大量に噴出した  
 
「――ッぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛ぁーーーーーーー!!!!」  
 
 顔をめちゃくちゃに振り回し、その凄まじい感覚――快楽でも痛覚でもない――が全身に駆け抜けるのを耐えた。  
 触手がうねうねと波打ちながら出し入れされるつど、ぶしゅ、ぶしゅ、といやな音を発しながら血が吹き出ている。  
 正体不明のそれがなんなのかは、当人ですら知りえないものだったが、様子からして身体に害を及ぼすものであることはまず間違いなかった。  
 その証拠に――リディアの肢体が、徐々に細くなってきている!  
 壮絶な表情の顔もはっきりとやつれはて、まさに生気を失ってゆく様子が傍目にも容易に理解できる。  
 
「はぁぁっ……いや、あっ……あぅぅ…………」  
 
 声に力が無くなってくると、秘穴から吹き出す血液も大分収まってきた。  
 ――出し抜けに、四肢の拘束がほどかれた。  
 地面にあおむけになった少女の瞳には光がなかったが、全身はいまだ激しくビクビクとふるえていた。  
 死後硬直がそうさせているのかもしれなかった。  
 
 
 
 - Epilogue -  
 
 リディアは、身体のところどころに鈍痛が走るのを感じながらも、意識があるのだとさとった。  
 しかも、しっかりした寝床のうえで、毛布をかけられて眠っていたらしいのだ。  
 馬鹿な。ありえない。  
 助かったという安堵はほとんどない。  
 夢だと思いたかったが、感覚があまりにはっきりしすぎているので、残念ながらそれはない。  
 リディアは思い切って眼を開けた。  
 純緑の双眸にゆっくりと、自然木の天井が描画されてゆく。  
 
「……意識が戻られたようですね。よかった……」  
 
 なにやら優しい声音が耳に入ってくる。  
 少女はバッといきおいよく上体を起こした。  
 よかった、ちゃんと寝巻き着てる――と思いながら、声の主が誰なのかたしかめた。  
 
 リディアの寝床のかたわらに、‘彼女’はいた。  
 自分に負けないくらいの美少女がそこにいて、微かな憂いを感じさせる笑みをたたえている。  
 ほっそりした長身痩躯に空色の法衣をまとっていて、整った顔立ちに流れる金髪と純な碧眼が印象的だった。  
 その美少女の向こうに――――死んだはずのロシーニが眠っている。  
 やっぱり夢なのかとかあれこれ思考を重ねるまえに、美少女は口をひらいた。  
 
「私はキフレセル。神に仕える者です。  
 偶然この街に滞在していたのですが、昨日の夜、『邪赤粘魔』という名の怪物が街を襲いました。  
 私が駆けつけたときには、既に多くの方の命はが奪われていて…………。  
 私はすぐに聖魔法を行使し、怪物を浄化させました。  
 そして、怪物の手にかかってしまった方々を見て回ったのですが……命の光を辛うじて灯していたのは、あなたがた二人だけでした……」  
 
 リディアの頭にはもろもろの疑問が浮かんで混沌としていた。  
 だが、まるで懺悔するかのように頭を垂れる美少女に強烈な違和感を覚えていたゆえか、あえてそれらは後回しにしようと努めた。  
 
「……あなたが助けてくれたの?」  
「……はい。私も不肖ながら神のしもべですから、治癒魔法を行使できます。ですが、生命を繋ぎとめられたのは――」  
「あなた、男でしょう?」  
 
 ‘美少女’の碧眼が大きく見開かれた。  
 
「声色をつくってもわかるわ――雰囲気でね。  
 命を救ってくれたあなたには失礼だけど、男として話してくれる?」  
 
 美少女――いや、美少年ははっきりと身震いし、こみあげる何かを否定するように首を振って、口を切った。  
 
「承知しました。代わりといってはなんですが……あなた方と旅程を共にさせていただいても宜しいでしょうか?」  
「……え?」  
 
リディアは緑玉[エメラルド]を思わせる瞳をしばたたかせた。  
 
「私は明確な目的を持って旅をしていたのですが、一人では達成できそうにないものだったのです。だから、旅程を共に歩める、信頼できそうな方を捜していました」  
 
 嘘ではない。  
 だが少年は、本当に決め手となった肝心なわけについては述べなかった。  
 
「ちょっと待って、信頼できると思った根拠を教えてくれるかしら? 少し話しただけなのに、信頼もヘチマもないと思うんだけど」  
「……初めてだったのです。……男女問わず、私を男と指摘して下さった方は」  
 
 美少女のようなおもてにはほんのりと赤みがさしている。  
 
「……それだけ?」  
「私は、男性からは好色な眼で見られ、女性からは頼りない少女として扱われます。  
 女という先入観を一度持たれてしまったら、それを完全に取り除くのは非常に難しいのです。  
 その点、あなたは最初から私を男だと判別できていたではありませんか。嬉しく思いました」  
 
 本当に嬉しそうに話す僧侶をみて、少女は全く疑おうとはしなかった。  
 まだ若くて人生経験も浅いから、彼の本意を探ろうとするほどの考慮はできなかったのだ。   
 
「随行させてはいただけませんでしょうか?」  
「分かったわ。でも、あなたの目的を達成する為に行動することはできないと思う。それでもいいの?」  
「構いません。幸い、時間には余裕がありますので。……本当にありがとうございます」  
 
 快諾して、その後間髪いれず釘を刺すところがいかにもリディアらしかった。  
 謝礼を述べられた少女は、ほんの少し顔をそむけて恥ずかしそうな顔をしている。  
 
「……そういえば、名前を聞いてなかったわ。あたしはリディア」  
「キフレセルと申します」  
「キフレセル…………これからもよろしくね」  
「……はい、リディアさん」  
 
 静かな空間で会話していた二人は、狸寝入りしていたロシーニの存在に気付かなかった。  
 そして、何ゆえそんなことをする必要があったのか。  
 それは彼にしか知りえるものではなかった……  
 
 
 
 END  
 
 

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