・少女剣士の手難 ep5  
 
 一行は海の近くの草原に夜営に適した場所を見つけ、天幕を張っていた。  
 周囲は完全に闇に包まれたわけではないものの、度重なる戦闘で疲弊していたため、すぐにも仮眠を取ることにした。  
 ややせまい天幕の中は覆いによって完全に二分されており、一方が男部屋、一方が少女の部屋と分かれている。  
 三時間毎に全員が交代で見張るきまりになっており、今天幕の外に起立しているのは中性的な面立ちの僧侶であった。  
 ……そんな彼の労力を、中にいる男二人は無下にしていた。  
 
「……ラバン、さっさと床に就いたらどうだ?」  
 
 美貌の青年がため息をつきながら話しかける相手は、にやにや顔でこちらを見つめている。  
 
「いーや、おまえがアレを取り出すまで俺は起きてるぞ」  
「……なんの話だ?」  
「あくまでとぼけるつもりかな? ロッシ君」  
 
 齢の割りに老け顔の男の笑みは止むことがない。  
 険の帯びたその面立ちは精悍といえるものの、齢のころは二十代後半……見ようには三十路にも思えるのだが、実際は二十二歳である。  
 ラバンという名の彼の相手にうんざりしたのか、影のある美青年ロシーニは寝転びながら手を振った。  
 
「僕は寝るぞ」  
「うそこけ。寝れもしないくせに何言ってんだよ」  
「………………」  
 
 その通りである。  
 ここ数日間、かれらは女にありついていない。  
 普段の行動を見ると信じられないが、ラバンは性欲の抑制がうまく、次の街で娼館に繰り出せば大丈夫という自信がある。  
 外にいる僧侶はもとより禁欲的な性質のため、こちらも問題ない。  
 しかし、いま寝転んでいる黒い格好の青年は違う。  
 プライドの高さゆえおくびにも出さないが、実は非常に強い性欲の持ち主なのだ。  
 なにげなく小さな青玉の首飾り(サファイア・ネックレス)を掛けているのも、理由のひとつは情欲を抑えるためである。  
 
「無理すんなよ。おまえ今日、あの二人に見られないように――俺は見ちまったけど――股さすってたろ? 見れたもんじゃなかったぞ」  
「…………ずれていた」  
「はぁ?」  
「少し具合が悪くてな……だから、位置を直した」  
 
 ラバンは眉間にしわを密集させてあんぐり顔になった。  
 
「……なんだその顔は」  
「――ってコラ! 俺がそんなんで誤魔化せると思ったか!」  
「……さっきから何を話しているんだ?」  
 
 あくまで知らぬふりを決め込もうという腹らしい。  
 それならば、とラバンは強引な手を試みることにした。  
 
「あのなロッシ。そこの覆い、実は《吸音》が掛かってんだよ」  
「………………そうか」  
 
 顔色こそ変えないが、返答にずいぶん時間をかけたロシーニである。  
 ラバンはニヤッと笑った。  
 
「ということは、こっちのやりとりは全く耳に入らねーっつーことだ。騒いでもリアには迷惑かかんねえ」  
「ふむ」  
「俺が用足しに行ってる間にさっさと抜け」  
 
 美青年の顔色がわずかに変貌した。  
 その表情には、ほんの少しの動揺と怒りが塗られているように見えた。  
 
「…………眼を開けたまま寝るんじゃない!!」  
 
 寝言は寝て言え――と伝えたいらしい。  
 ラバンは理解っていながらそれをガン無視した。  
 
「最後に女とよろしくやったなあ六日前だろ? で、次の街まで最低四日はかかるわな。お前は大丈夫だと思ってたんだろーけどよ」  
「お前がしないのに僕だけできるか!」  
 
 ………………………………  
 
 ――一瞬、場の空気が寒波に見舞われた。  
 未だに無表情の青年だが、おそらくしまったと思ったに違いない。  
 
「そんな理由か……あきれたぜ。リアに知られたくねえってならともかく、俺やフレセちゃんに隠しとおそうったってそーはいかねぇよ」  
「……お前は平気なのか?」  
 
 ロシーニは、ほんの少し真面目そうに訊いた。  
 彼の様子を見て取ると、ラバンも真剣な表情で応えた。  
 
「完全に平気じゃあねぇけどよ。我慢して溜め込んで、良い女相手に気持ちよ〜く出すことを思えば、そこまで苦行じゃねぇな。  
 ただ、これはあくまで俺の場合の話だ。お前みたいに性欲強いやつが我慢しすぎるとどうなるか、さすがに知ってんだろ?」  
「あと四日だろう? 大丈夫だ。心配するな」  
 
 てこでも動きそうに無い美青年に、険相の男は「だ〜、もう!」と嘆きながら後頭部を掻いた。  
 
「ったくしょうがねぇな……俺の秘蔵本を貸してやるから、三十分以内にとっとと出しやがれ!」  
 
 ラバンが言下に伸ばした腕は茶色の皮袋をとらえ、その中から乱暴に一冊の本を取り出した。  
 
「あんまし汚すなよ!」  
 
 わめきながらその本を押し付けると、気分悪そうに顔をしかめて天幕を出ていってしまった。  
 出た後に自分が煽ったのが悪いと感じたラバンであったが、時既に遅し。  
 目つきの悪い男がロシーニに当て付けた本は、「熟女大全集」だった。  
 
「…………………………使えん」  
 
 一言つぶやき、梳いた黒髪の青年は自分の皮袋に手を伸ばした。  
 ロシーニが取り出した本は、「えっちなおんなのこ13(さーてぃーん)」だった。  
 
「…………ラバン、済まない……」  
 
 仲間に静かな詫びを入れたのち、彼はおずおずと黒い脚衣を脱ぎだした。  
 
 
 
 ロシーニが欲望を取り除こうともぞもぞし始めた、まさにその時だった。  
 リディアが用を足そうと天幕を出たのは。  
 出るのはラバンの方が若干速かったものの、キフレセルと世間話(?)に興じようとしたため鉢合わせになってしまった。  
 
「あれ、リアもか。じゃ、先行っていいぜ」  
「ううん、悪いわよ。ラバンが先に出たんでしょ?」  
「や、ちょっとフレセちゃんと話したいことがあるから、お先どうぞ」  
「そう? ありがと」  
 
 やんわり勧められれば断る理由はない。  
 リディアは軽く一礼し、早足で近くの森の中へと消えていった。  
 
「……っふーぅ。危なかったな、フレセちゃん」  
「ですね。……リディアさんのお耳には、あまり聞こえのいいお話ではありませんから」  
 
 そういうキフレセルの顔には微かに朱が差している。  
 ラバンが先刻の流れでこの女性と見紛う僧侶に下世話な話題を振ったのだが、彼にはそういった類の内容は刺激が強いようだ。  
 
「ま、確かにそうだが…………大変だよな、人を好きになるってのは」  
「………………」  
 
 腰まで流れる金髪の僧侶は気圧されたように押し黙った。  
 そして迷った。  
 この男にどこまで話していいものか。この男は自身をどう見ているのか。  
 少なくとも最も信用できる相手が、この最年長者の魔術士であることは疑いようがない。  
 だが、この問題は自らの手で解決すべきだと思っている。  
 反面、それについて悩んでいると知られているこの男相手に、少しでも打ち明けて心労を和らげるべきなのかとも思う。  
 
「フレセちゃん……あんまり気負うなよ」  
「………………」  
 
 誰にでもかけられそうな、慰めの言葉。  
 しかし、それを口に出すことが実際にはどれほど難しいか、少年は知っている。  
 いま自分が微かに心動かされたように、人は一言二言で精神が大きく揺らぐこともあるからだ。  
 
「言いたくない――いや、言えないんだったら仕方ないさ。フレセちゃんは自分に厳しいものな」  
「………………」  
「でも、悩むのは良い事だ。若いうちはひたすら悩んで、考えて、壁にぶつかってずっこけて……そうした方が後々為になる」  
 
 ラバンさんも十分若いじゃないですか――と思ったキフレセルである。  
 何せ、十八の自分と四つしか違わないのだ。  
 人によって解釈は異なるだろうが、ほぼ同年代の彼に言われると違和感を禁じ得ない。  
 と同時に、この男がどんな過去を持っているのか、話を聞くたびに勘ぐらずにはいられない。  
 そんな彼の心境を察したのか、ラバンはちょっとした照れ笑いを浮かべながら口を開いた。  
 
「俺は若い頃――まぁ今も若いんだが――に色々と経験しすぎたからな。中身もだが、顔にまでそれが出ちまって困る。  
 昔にくらべれば、今は本当に楽で愉しい毎日だ……。……っと、ごめん。自分語りしちまった」  
「……いいえ、構いませんよ。ラバンさんのお話は飽きがきませんから」  
 
 こうして会話するだけでも、なんとなく心の落ち着きを実感できる少年だった。  
 普段はふざけているような物腰のこの魔術士には、不思議となんでも話したくなる柔和な雰囲気がかもされている。  
 だが、それに甘えるわけにはいかない。  
 今しがた彼が言ったように、これは自分で悩み結論を導き、自分で解決せねばならない問題だ。  
 キフレセルは、その意思が強固なものとなったのを実感した。  
 
「……ありがとうございます、ラバンさん」  
「え? いや良いよそんな、礼なんて言わなくても。俺何もしてない、ってかフレセちゃん、殆どしゃべってないじゃん」  
「いいえ、本当にありがとうございます。なんだかスーッとしました」  
「そうか? 俺なんかよければいつでも頼ってくれてい――」  
 
 魔術士の言葉が途切れた。  
 隣にいる僧侶も、澄んだ碧眼に小さく映った人影を見て動揺しかけた。  
 こちらに向かってくるリディアの足取りが、ひどく不安定で重々しい。  
 ただごとではない様子だ。  
 落ち着いて口を切ったのは、紫の瞳の男だった。  
 
「フレセちゃん、リアんとこに行ってやってくれ。見たところ魔物に追われてるわけじゃなさそうだ。ロッシのやつは――寝てるから、俺がここに残る」  
「分かりました!」  
 
 やっぱりこの人は頼りになる――そう感じながら、空色の法衣の僧侶は足を引きずっている少女剣士のもとへと駆け寄った。  
 
「リディアさん、どうしました?! お怪我の具合は!?」  
 
 草原を走りながら呼びかけ、近付くにつれて彼は嫌な予感が大きくなっていった。  
 あの身体運びからして、おそらく彼女は魔物にやられたのではない。  
 ――黄ヒルだ。  
 ここ一帯の林中に棲息する、変異種の蟲。  
 夜でも目立つほど明るい色だからよほどのことがなければ見落とさないはずだが……  
 ちゃんと始末したのだろうか。  
 
「フレセくん……」  
「身体を屈めて下さいリディアさん! ――黄ヒルにやられましたね?!」  
 
 僧侶が上体を受け止めた少女は、火照った顔でゆっくりと頷いた。  
 息づかいはきわめて荒く、あまり良い容態とはいえないが、黄ヒルの毒は非常に緩やかに進行するから幸い時間はある。  
 この毒に最適な治癒魔法をかける必要があったが……  
 キフレセルはふいに後方を振り返り、大きく息を吸い込んだ。  
 
「――――ッらバンさーーーーーーーん!!!」  
 
 最初の一語が裏返ってしまったがどうでもいい。  
 僧侶の呼びかけを聞き入れた魔術士はすぐに二人の元にすっ飛んできた。  
 
「どうしたフレセちゃん!」  
 
 おそらく今のはロッシにも聞こえたな――と案じたが顔には出さない。  
 
「すいません、お耳を……」  
 
 よほど口にし難い内容らしく、僧侶はいつも以上に真剣な表情で魔術士に密談をもとめた。  
 すぐさま耳を貸した男の顔が、話を聞くにつれはっきりと険しくなってゆく。  
 全力で耳を疑いたくなる内容だったけども、かような事態に虚言を弄せるか、ちょっと考えれば理解ることのはずだった。  
 
「わかったぜ。……頑張れよ二人とも!」  
 
 力強くねぎらうと、魔術士は来た時と同様にひた走り天幕に戻っていった。  
 
「………………ふぅ……」  
 
 疾走する男の派手な赤外套。それを見つめる僧侶の顔色が、みるみるうちにやつれていく。  
 考えれば考えるほど疲れることのように思えたが、こうなってしまったものは仕方がない。  
 眼の前で、まどろむ意識をなんとか手繰り寄せている彼女を見れば、迷う必要などどこにもないはずなのだ。  
 
「リディア、さん…………その……――ふ、服……を…………――ぬい………………っ」  
 
 キフレセルのか細い言葉は、少女の耳に全く届いていない。  
 彼は再度、勇気を搾り出してよびかけた。  
 
「リディアさんっ」  
「………………」  
 
 両頬にかかる栗色の髪をかすかに揺らしながら、身体を落とした少女は美しい少年を見上げた。  
 可愛らしいおもてに見つけられ少しドキッとしてしまう自分を、僧侶は懸命に戒める。  
 そんな場合じゃない……早く伝えないと……!  
 
「あのっ……服をぬいでください」  
 
 今度ははっきり言えた。  
 が、リディアがえっという表情になるのは必然だった。  
 キフレセルは続きをつむぐ努力をしなければならない。  
 
「その、これは少々難儀な治癒魔法をかけなければ抜けない毒なのです」  
 
 当然かもしれないが、前置きはスラスラ言えた。  
 僧侶は端整な面差しを真っ赤に染め、躊躇いつつも事実を述べようとする。  
 
「えと………………実は……あの、あの……………………」  
「服を脱げば、いいのね……?」  
 
 しびれを切らした少女が、喘鳴を洩らしつつもはっぱをかける様に言った。  
 少年は自己嫌悪に苛まれながら首肯した。  
 
「は、はい……」  
「全部、なの……?」  
「……………………」  
 
 うつむいた少年の返事を待たずしてもう衣服を脱ぎ去ろうとしているリディア。  
 その表情は赤く染まっていたが、黄ヒルの毒に因るものか恥じらいに因るものか、或いはその両方かは僧侶には判別できなかった。  
 彼にとって、その問題は断崖のように高くそびえる絶壁に等しい。  
 十八年の生涯において、この少年の女性に関しての知識はほぼ全てが文字だけの書物に拠るものだった。  
 六歳から十五歳まで、キフレセルは異性とは全く無縁の修道院で暮らした。  
 後の三年間は彼自身が固く口をとざしているものの、その間も色とは無縁だったという。  
 しどろもどろになるのも無理はないのだが……  
 
「……………………」  
 
 金色の髪の僧侶は、だんだんと外部にさらされる少女の肢体から、見てられないといった仕草で眼を逸らした。  
 しかし、最終的にはしっかりと直視しなければ治らない。  
 例えばリディアとキフレセルが男女の仲であったら、これはさしたる問題ではないどころか、むしろ双方とも嬉々として毒抜きをしただろう。  
 だがこの二人は処女であり、童貞なのだ。  
 事後に彼らの関係性が変貌を遂げないか、誰であれ案じたくなるのが必然というものだろう。  
 
「脱いだ……わよ、フレセくん……」  
 
 はぁはぁと息を荒げながら、純緑の瞳の少女は両手で顔を覆っている僧侶に声をかけた。  
 彼の頭の中はさまざまな葛藤がとぐろを巻き、混沌をきわめていた。  
 
 要するに、それはとても淫猥な魔法なのである。  
 杖から放たれる触手である程度乳頭を吸う。  
 そして、後ろの穴だけを攻め立てて、五回連続で昇りつめさせる――ほぼイきっぱなしの状態だ。  
 その衝撃により毒が抜けるのだが…………  
 
「フレセくんっ!!」  
 
 強く呼びかけられたキフレセルはハッとした。  
 かれは恐るおそる両手を下げ、リディアの顔だけを見るように視線を送った。  
 彼女の可愛らしいおもては火を噴かんばかりに真っ赤だった。  
 
「……………………」  
 
 少女の覚悟を察した僧侶は、必死に迷いを取り払おうとした。  
 救命することに較べたら、‘それ’はどれだけ下らないことなのだろう?  
 恥じらいが何の役に立つというのだろう?  
 いまはそれらを一旦忘却し、眼の前の少女を助けるべきではないか……  
 彼は迷いを振り切って覚悟を決め、ためらいがちにも事実を伝えることにした。  
 
「……リディアさん、実は――」  
「言わないで……」  
 
 少年は台詞をさえぎられた。  
 少女はそれを聞きたくない様子だった。  
 
「言わないで、いいから……あたしはじっとしてる、から……はやく、治癒魔法をっ…………」  
「わかりました」  
 
 キフレセルははっきりと応じた。  
 半ばやけくそにならないと正気を保つのは難しそうな感じがした。  
 
「……では、少しの間起立していただけますか?」  
 
 僧侶の言葉を受け入れ、少女はすぐさま立ち上がった。  
 彼は腰に帯びている霊樹の杖を手にとり…………ようやく、まともにリディアの肢体を見据えた。  
 それは、剣を手に戦う少女の身体とは到底思えなかった。  
 頼りなさを感じるほど華奢で、傷一つ無い肌はなめらかで、未成熟の、あどけなくもなまめかしい体の線。  
 少年は頬の紅潮を感じながらも、劣情を覚えない自身がおかしく思えた。  
 
 普段は彼女のふとももを眼に入れるだけで良からぬ考えがよぎり、夜は軽く一時間、下手すれば二時間以上も寝床のうえで悶えるのだ。  
 眠りに就かなければならないのに、猛る邪欲がなかなかそれを許そうとしない。  
 彼の精通は他と比較して遅かったものの、驚くべきことにそれ以降は一度しか自涜に及んだことはない。  
 六歳から十八歳まで女と無縁の生活だからこそそれは可能だったのだが……  
 十八になったばかりの頃にリディアと出会ってからというもの、彼は毎日のように迫り来る情欲と戦わなければならなかった。  
 しかも旅を通して、彼は初めて嫉妬と……恋愛感情をいうものを知る。  
 それが余計に彼を苦しめた。  
 普通の基準はあいまいなれど、年頃の少年ならば好きな少女を想って自慰に耽るのはけして珍しくない。  
 ところが、キフレセルはそれだけは絶対にしたくなかった――  
 
 結論からいえば、してしまったのだ。  
 少女と旅程をともにしておよそ三月をすぎたころ。  
 旅先の宿で、全員が一緒の部屋で眠っているにも関わらず、内に秘めた獣欲の猛りを目覚めさせてしまった。。  
 三時間以上もの間ベッドの上でもだえ、涎をたらしながらも必死に抑えつけようとしたのだが、いつしか自らの男を握り……――  
 一度擦り始めると、もう止まることはなかった。  
 その快感と、抜いてしまえば楽になれるという甘い誘惑に、彼は抗うことができなかった。  
 
 だが、いざ達した後に彼を襲ったのは、すさまじい悔恨の念だった。  
 自身に対する失望感。少女に対しての背徳感。焦燥感、虚脱感……さまざまな負の感情の隆起が少年にのしかかり、涙にくれさせた。  
 なぜ性欲などというものが存在するのかと、生物本来の生理的欲求を真っ向から否定したくなったほどだ。  
 
「……………………」  
 
 そして今、使ってしまった少女の裸体を目の前にして、異常なくらい落ち着いている自分がいる。  
 なぜここまで冷静でいられるのか、自分でも不思議だった。  
 彼女を救わなければならない……その想いが欲望を忘却させているのかもしれなかった。  
 
「……では……――失礼します!」  
 
 裸身を覆い隠さずに仁王立ちしている少女に鋭く言い放ち、少年は両手ににぎった杖に精神を集中した。  
 目まぐるしい速さで口が動き、治癒魔法の呪文をつむいでゆく。  
 すると杖の先端に白光が集束していき……治癒魔法を唱え終えると、にわかに何かが息づいた。  
 ――透白色の触手だ。  
 身体(?)をくねくね揺らしながら、二本の触手が少女の方へむかう。  
 少女はそれを、壮絶なまでの無表情でみつめていた。  
 絶対に痴態を演じてなるものかという雰囲気が、はっきりし過ぎるほどにあらわれていた。  
 しかし、それが土台無理な相談であることも、なんとなく悟ってはいたのだが……  
 
「…………っ!」  
 
 不気味にうねる触手に催しがたいなにかをおぼえ、少女は眼を閉じた。  
 その逃避行動はなんの意味もなかった――  
 
「――いっ…………!」  
 
 触手の先端が、乳首の先端に触れる。  
 それは人の指先とおなじくらい柔らかい。  
 ――触手の変形は一瞬だった。  
 白い先端は人の口のよう――というよりそのもの――に変化し、少女のそれを吸いはじめた。  
 
「っ!! ……く……………………ふ…………!」  
 
 少女の身は確かな快さにふるえたが、けして声を出すまいと、小さな唇は埋まるほどに閉ざされている。  
 ちゅく、ちゅく、ちゅく……と、触手は双つの乳首を一定のリズムを乱すことなく音を立てて愉しんでいた。  
 
「……………………〜〜」  
 
 女性と見紛うような美少年は、耳に入ってくる吸音や、好意を寄せている少女のつややかな途息に、耳を塞ぎたくて仕方なくなった。  
 眼を瞑っていられるのはせめてもの救いだが…………  
 
「っ!! ……くっ…………んっ! …………あぁ……っ」  
 
 両手足を伸ばし仁王立ちしている少女の口から、ついに甘い声が洩れ出てくる。   
 しかし、きわめてささやかな声量なのだが、それでも二人は異なる意味合いで動揺せざるをえなかった。  
 
(なんで乳首を吸われてるだけでこんなに感じちゃうんだろう…………どうしたらこういうコトに強くなれるのかな…………)  
(彼女をもっと昂ぶらせなきゃいけない…………得心しがたくはありますが、今は余計なコトは考えずに…………!)  
 
「ァ…………ふぅン!」  
 
 強く感じてしまう自分を呪いながらも、リディアは声を防げず、片方の手を口元にもってきてしまう。  
 弟のように思っているこの少年に自分の喘ぎ声を聞かれたくないからだが、むろんあまり意味を成すものではない。  
 ちゅく、ちゅくちゅくちゅく…………つーーっ――吸音から一転、白触手の舌が赤い突起を這いはじめると、  
 
「ひゃふゥぅ…………んァぁんっ!!」  
 
 よほど気持ちよかったのか、いとけなく甘やかな声がかなでられた。  
 少年は、自分を必死に抑えながらも少女を頂に導かねばならない、その運命を投げ出したくなった。  
 断じて意志が弱いわけではないが、一瞬よぎってしまったのだ。  
 ――これを‘ネタ’に、自分が……自分が…………  
 
「…………っ!」  
 
 少年は瞑目しながらさらに表情を険しくゆがめ、あらぬ想像を吹き飛ばそうと必死だった。  
 ――と。霊樹の杖の先端が赤い光をやどした。  
 もう乳頭は十分であるという証明だ。  
 少年は杖に念じて、二本の白い口を少女の双胸から離脱させ――触手は消失した。  
   
「っ………………」  
 
 少女は攻めが終わった瞬間に脱力をおぼえ、くずおれそうになったが歯噛みしてなんとかこらえた。  
 まだただの前戯を終えただけ。本番はこれからなのだ――  
 
(リディアさん……四つんばいになっていただけますか?)  
 
 え…………? と、少女は耳ではなく、その心の声を疑った。  
 
(地面に手をついて、その……私にお尻をつき出していただかないと、コトが上手く運べません――申し訳ありません)  
(あやまらなくていいわ)  
 
 リディアは思わず‘言い返して’いた。  
 
(毒を抜くためにフレセくんがしてくれることを拒んだら、馬鹿なのはあたしの方よ)  
(寛大なご了知、深謝致します)  
 
 自分でも不思議に思うのだが、キフレセルは心の声はとても堂々としていた。  
 「四つんばいになってお尻を向けて下さい」なんて、口に出すのにどれだけ四苦八苦するかは想像に難くない。  
 だが、実際に身体をはわせる少女をみて、少年は後悔しそうになった。  
 碧空のように澄み渡った瞳に、はっきりと映し出される少女の肛門。  
 僧侶は半秒ほど立ちくらみ、身体をふらつかせた。  
 が、そのおかげで気が引き締まった。  
 リディアさんを頂上まで運ぶ……絶対に!  
 
 形良い唇がまたもや目まぐるしく動き、呪文をつむいでゆく。  
 約六秒で詠唱を終えると、杖の先端から白光が生じ、にわかに何かが息づいた。  
 ――透明色の触手だ。  
 が、先ほどのものとはどう見ても形状が異なる。  
 一言で表すと……男根である。  
 それも、小さいとはいえないイボがびっしりと屹立していて、リディアが見ようものなら喚声をあげるのは疑い様がない。  
 しかし、迷ったところでどうしようもない。  
 僧侶は深く念じて、その不気味な形の触手をあどけない肢体へ走らせた。  
 薄目を開けて、穴が間違っていないか確認する。  
 
(っと……ここの穴で相違なかったでしょうか……?)  
 
「フぅっ…………!!」  
 
 尻穴に触れたいやな感触が少女を身震いさせた。  
 
(あの…………ここで大丈――)  
(合ってるからっ! 早くして!)  
(す、すいません!)  
 
 少女の心の声はあきらかに怒っていた。  
 客観視すれば気持ちはよく分かる。  
 けれど、このあと彼女が自分にどう接してくるかを考えると、少年は気が滅入りそうだった。  
 かれはもう‘何も言わず’にコトを済ませようと決心した。  
 
「――っひぎ!!」  
 
 陰茎――いや、白い触手が少し挿入されただけで、痛烈な悲鳴がもれた。  
 キフレセルは容赦なく思念を送った。  
 太い触手がゆっくりと、少女の穴をずぶずぶ侵してゆく。  
 
「うっっ………………ふムぅ…………――んハぁぅッ!!!」  
 
 最奥まで到達した瞬間、少女の口からは愉悦の嬌声が発されていた。  
 この触手は非常に柔らかいため、大した痛みを呼びおこさない。  
 そして、開発されていないはずなのに、リディアの恍惚の表情を見るとやけに良い具合に感じているようだ。  
 ――淫事が鬨の声をあげた。  
 
「んンっ!! ……っハぅ! く……う゛っッ! いやぁ!!」  
 
 ゆるやかに、少女の尻穴にずぷずぷ出入りを繰り返すさまは、文字通り後背位の様相だった。  
 否定の声をあげたリディアだが、カラダにわきあがる快感は誤魔化せず、しっかりと腰を振ってしまっている。  
 
「あぁっ! ンッ! はぁっ! あぁん! やっ! だっ! めぇ! んはぁっ! きゃぁん!」  
 
 突かれるたびに洩れる声は、いかに本人が否認しようと、全てが悦びに満たされているようだった。  
 ずぷっ、ずぷっ、という音が段々と水気を帯び、ずちゃっ、ずちゃっ、という更に卑猥な響きに変わってゆく。  
 少年はもう早く終わらせることしか考え(られ)ず、思念を送ってピストン運動のペースを速くした。  
 ――一秒間に四回である。  
 少女にとってはたまったものじゃなかった。  
 
「んやッ!? あっ、もっ、ダめぇ!! イっくっ……――あぁンっ!! アんっ!! あんっ!! あっあっあっあっぁっぁー…………――――」  
 
 絶頂の瞬間。  
 それはあまりにも凄絶な快楽で、声が出せないほどだった。  
 ずちゅずちゅ鳴り響く音と大量の愛液がリディアの肛門からほとばしり、次いで、絶叫じみた嬌声まで聞こえてきた。  
 
「はああぁぁぁぁぁぁんぅぅぅぅんっ、あっはっあっやっふぁぁぁぁんだめえぇぇぇッ!! ひゅっヒゅごあぁぁあぁぁぁぁあん!!!」  
 
 脳内は心地よさのみで焼き尽くされ、もう何か考える余力は残されていない。  
 口内に溜まった生唾さえ全てまきちらすように吐き出し、雌豹のごとく反り返った肢体は悦楽だけを求めてうごめき続けた。  
 
「あっ……あひゃ♪ あッ、はぁっ、んぁ、ひゃやぁぁあああああぁん…………」  
 
 少女はいつのまにか三度目もの絶頂を迎えていた。  
 挿入される毎に(それも秒間四度も)透明の液体がぷしゃっと放たれるのを見るに、尋常ではない性の衝撃を受けているはずなのだ。  
 失神しないかどうかが心配になってきたキフレセルである――そんな事に気を配れる余裕があったのは面妖におもえたが。  
 
「あァァぁあァァぁぁアア〜〜……ひゃぅぅぅぅゥンハぁアあアあアあァ〜〜っ……――――」  
 
 高低差のある喘ぎ声が波打つように繰り返され、まるで歌声のようだ。  
 イかされすぎて感覚が倒錯してしまったのかもしれない。  
 少女はもう自分から腰を動かせなくなっていたが、それでも攻めやらぬ触手が、同じく止まない淫水を噴かし続ける……  
 現実とは思えぬ享楽の時間は、ちょうど一分間を経てようやく終わりを告げた。  
 いきおいよく引き抜かれた触手には、ねっとりした液体がたっぷりと付着していた。  
 そして、異常な両の潮が炸裂した――  
 
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁあっっん…………ぅ――」  
 
 尻から噴水のように愛液を飛び散らせ、歓喜の悲鳴を上げた少女の瞳に光はなかった。  
 そして、間もなくうつ伏せに倒れた。  
 気を失ったのである。  
 にも関わらず、可愛らしい顔は先刻よりはっきりと血色が良くなっていた。  
 それに、幸せそうである。  
 
「………………ふぅぅぅ……」  
 
 大儀を終えた少年は、霊樹の杖を放って地面に膝をついた。  
 顔中に汗が浮かんでおり、色んな意味で相当疲弊した様子だ。  
 だが、安堵の色が見えるのは、だれの眼にも明らかだった。  
 
 
 
 
 - Epilogue -  
 
 一行は無事に夜を明けた。  
 スズメのさえずりのもと、かれらは身支度を整えてまたも草原を往く。  
 修行、復讐、贖罪……目的は各々によって違う。  
 それでも彼らが共に行動できるのは何故か。  
 彼らの誰一人として、明瞭な回答を述べられる者はいないだろう。  
 
「……なあ、フレセちゃん」  
 
 魔術士の男が、隣を歩む僧侶にひそひそと話しかける。  
 
「な…………なんでしょう……?」  
 
 見ようには美少女のような僧侶は、後ずさりそうになりつつ応えた。  
 魔術士はその野生的なツラにとびきりの破顔を湛えて、美少年に耳打ちした。  
 
「我慢できなそうだから、今夜は一緒に寝て――」  
「結構です!!」  
 
 僧侶は顔を真っ赤にしながらも、魔術士の銀髪の生え際である額をぴしゃりと撥ねつけた。  
 そして最後尾に下がり、三人とは距離をとって独歩することにした。  
 
「つれないねぇ……」  
 
 そんな彼の態度が心底嬉しそうに呟く魔術士であった。  
 そして今度は、前方でなにやら話し込んでいる二人に無遠慮に接近した。  
 ふたりともが自身の気配を察しているのを知っていながら、魔術士は並んで進行している弓使いと少女剣士の肩を手繰り寄せる。  
 
「よぉうお二人さん! 何話してたんだよ?」  
「別に…………お前には関係ないことだ」  
「そ、そうよ。あっち行ってよ」  
「つれないなあ。悩み事ならオジサンがなんでも聞いちゃうぞ?」  
 
 これには二人して小さく吹き出した。  
 
「ラバンに言ったら……ねえ?」  
「危険が危ないな」  
「おいロッシ! すました顔して変なこと言ってんじゃねえ!」  
 
 四人が共に行動しはじめてわずか一ヶ月。  
 しかし彼らのやりとりは、それを感じさせないほどに和やかだった。  
 
 
 
 END  
 
 

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