・少女剣士の手難 ep6  
 
 身体のあちこちに軋みを覚えながら、リディアは目を覚ました。  
 肢体には何一つまとわれていないが、身体の自由はきくらしい。  
 上体をゆっくりと起こし周囲を見回すと、そこが窓の無い独房であることを察した。  
 不思議なことに、最初によぎったのは仲間のことだ。  
 彼女が最後に視たのは、怒りをあらわに杖を振りかざすキフレセルの姿。  
 彼らは無事だろうか?  
 自分を助けて欲しいという思いよりも、自分の見落としが原因でかれらが命を落としていないかの方が心配だった。  
 
「ようやく眼が覚めたかいのう……」  
 
 鉄格子の向こうから、邪な響きを含んだ老人の声が聞こえてくる。  
 硬い布の寝床から立ち上がり、少女は真っ直ぐに醜悪な老人の顔を睨めつけた。  
 
「……これから従うべき主人にその様な態度を取るとは、感心せんなあ」  
「従うですって?」  
 
 リディアは語気を強めて言い返した。  
 うっすらとした下地の生えた秘処を晒していようが、もはや関係ないといった手合いだった。  
 
「あんな卑劣な手段で襲い掛かってきて、捕らえたあたしに黙って従え? はっ!! 世迷いごとを言わないでちょうだい!!」  
 
 あたしはあんたに屈服する気は毛頭ない――相手にもだが、自分にも言い聞かせる意味合いがあった。  
 だが、太った醜男の顔色は悪くなるばかりか、むしろ嬉々とした感情に塗られたようにみえた。  
 
「ふひひ……そういう態度をどんどん続けるよう努力してくれるほど、わしの欲望がたくさん叶ってくれて嬉しいのじゃがな」  
「あたしの仲間はどうしたの?!」  
 
 捕らえられた少女とは思えぬ口調は、捕囚である自覚がないのではと思わせるほど命令的だった。  
 そんな態度を見れば見るほど、老人は嘲るような様相へと移り変わってゆく。  
 
「ふむ、あいつらか。取り逃がしはしたが……案ずるな。二重三重にも罠を巡らしたこの館に入ろうものなら、彼らはたちまち屍と化すじゃろう」  
 
 リディアはとりあえず胸を撫で下ろした。  
 みんな、助かったのね。本当に良かった……  
 老人は少女をみてニヤッと嗤い、肩越しに顎をしゃくりあげてからリディアに話しかけた。  
 
「あー、お嬢さん。少々強引にきみを捕らえてしまったが、安心するといい。危害など一切加えるつもりはないのじゃからな」  
「……………………」  
 
 少女はそっぽを向いて押し黙っている。  
 
「毎日しっかりえ……食事はとらせよう。ただし、わしの言う事はきいてもらうぞ。とりあえず朝晩、‘かれ’と付き合って欲しい」  
 
 彼の後方から、なにやら不穏な足音が聞こえてきた。  
 思わず身震いしてから鉄格子の方を一瞥して、少女は大きく眼を剥いた。  
 触手人間。  
 少女はそれについて少しだけ知識があった。  
 その改造を受けた男は全身の至るところが欠損してしまい、人としての機能や意識が殆ど失われる。  
 さらに性欲も異常に増える、その代わりに魔物として強大な力を得ることができ、また「主人」と見なした人間には従順にふるまわせることも可能。  
 ここマクデーレン王国では触手改造は違法のはずだが、この男はそんな条約など糞喰らえとしか思っていなかった。  
 
「このゼラッドはもう二週間も‘食べていない’のじゃ。きみが久しぶりの‘食事’というわ――」  
「この下衆が!!!」  
 
 醜男の耳を、少女の一喝が貫きとおした。  
 呆然と見開いた邪な双眸が、リディアをぼうっと映し出している。  
 
「おまえ、自分のしていることが解っているのか?! こんなモノを飼い、あたしにそんな事をさせて、ただで済むと思っているのか!!?」  
 
 少女本来の口調すらかなぐり捨て、感情を昂ぶらせてまくしたてた。  
 かつての師・ヴィクトールの事は確かに嫌いではあったが、剣の腕に関しては少なくとも認めていた。  
 だが、こういう救いようがない位に捻じ曲がった男は、彼女が最も嫌悪を抱くタイプなのだ。  
 今すぐに吹っ飛ばしてやりたいところだが…………絶対的な束縛がリディアにそれを許そうとはしなかった。  
 
「ふっふっふっふ……」  
 
 老人は、低い声で笑った。  
 
「くはは! あっはっはっはっは! こ、こりゃ面白い!!」  
 
 次いで、それは自然に人を蔑むような呵呵大笑へと移り変わっている。  
 少女は拳を握りしめて彼を睨みつけることしか出来ない。  
 
「きみこそ、何か勘違いしているのではないかな? わしはいつだってきみに手を下すことができるのに、それをしないのは何故だか解っていないようじゃな」  
 
 多くの憤怒と僅かな羞恥とで顔を紅潮させているリディアを、老人は口元に嘲笑を浮かべながら眺めまわした。  
 それにしても……見れば見るほどうまそうな娘だ。  
 この気丈な小娘が徐々に快楽に慣らされ、淫楽に溺れてゆく様を眺めるのが本当に楽しみじゃわい……  
 歪んだ欲望を脳裏に浮かばせながら、老人は鉄格子の扉へと歩み寄る。  
 
「――忠告しておくが、生身のお嬢さんじゃゼラッドには勝てぬぞ。すでに命を下してあるから、わしを張り倒したとて命を失うだけじゃ」  
 
 監禁されているわりに活きのいい少女は、それを聞いても顔色を変えていない。  
 格子の向こうで、老人が扉を開放するのをあくまで待ち伏せするつもりだ。  
 醜男はやれやれと呟くと、黒い服の胸もとから何やら棒状のものを取り出した。  
 少女はそれに見覚えこそなかったが、卑猥な行いに用いるものであることが容易に想像できる。  
 そして、そんな想像をする自分が少し嫌になった……  
 
「悪いがお嬢さん。すこしだけ大人しくなってもらうじょ」  
 
 老人がおもむろに棒を振り上げ、少女が身構える。  
 抵抗が意味を成さないのは自覚していた。  
 それでも無抵抗でいられなかったのは少女のプライドに大きな傷がつくからだ。  
 だが、そういう態度をとればとるほど老人は悪辣な行為に興じてくる。  
 それもなんとなく分かってはいた。  
 しかし、かといって大人しくすることなど出来る筈が無い……  
 
「――ぎっ!!」  
 
 リディアは‘それ’の飛来を目に入れることすら敵わなかった。  
 首にぐるぐる巻きにされているのは、やはり触手だった。  
 うねうねと動く触手の先っぽが、まるで生きているかのように少女の頬を突っついた。  
 
「さあてお嬢さん、考え直してくれたかな? 今宵一晩、ゼラッドの相手をしてもらえるかのう」  
 
 リディアは首を絞める触手を両手で引き剥がそうとしながら、思いっきり悪態をついてやった。  
 
「はっ…………そんなケダモノの相手をするくらいなら、死んだほうがましだわ! 言うまでも無く、あんたも同じよ!!」  
「ほっほっほ……お嬢さん、うそはいけない」  
 
 少女は老人の言葉にハッとなった。  
 だが、本心を悟られるわけにはいかない。  
 必死に虚勢をはって老人に眼飛ばしてみせた。  
 
「……確か、君の名前はリディア、だったかの? ではリディアちゃん。人間にとって大切なものはなんだと考えるかな?」  
「………………」  
 
 少女に返答する余裕はない。  
 老人は微笑みながら口を開いた。  
 
「――命、そして自尊心。なんとこの二つはほぼ同等の位置に並ぶものなんじゃよ。しかし、時と場合によって位置がすり替わるものでもある」  
「………………」  
「人は屈辱を味わうと、それを晴らそうと躍起になる。故に死ねない。つまりお嬢さん……きみはゼラッドに犯されても、彼とわしを殺さぬかぎり死のうとは思わない」  
「………………」  
「そして、犯されながらもこう思うわけじゃな。  
 ――『こいつらに良い様にやられてるなんて思いたくない。思われたくもない。だから感じたくないし、感じてるとも思われたくない』」  
「き……貴様ぁ!!」  
 
 もがきながら怒りをあらわにした少女の顔は、火を噴かんばかりに真っ赤になっていた。  
 
「この人でなしが…………ぐあっ!!」  
 
 さらに強く首を絞められ、視界が薄くなってきた。  
 だが、核心をつかれてもリディアは自分の考えを曲げたくはなかった。  
 彼の言葉を認めて捨てばちになれば、いざ命を失おうという時必ず後悔すると思ったからだ。  
 
「もう一度問うが、リディアちゃん……ゼラッドの相手をしてくれるかな?」  
 
 首に掛かる重圧にふるえてしばらく押し黙っていたが、やがて意を決したように口を開いた。  
 
「……だれが、そんなものと…………」  
「やれやれ……では、今日はこれで我慢してもらうしかないのう」  
 
 老人の言下に、少女の首を締めている触手の力が緩んだ。  
 かといって束縛は解けていない。  
 それどころか、その先端が下方へと動き出し……少女の秘部に達した!  
 
「――っ!?」  
「これは新作での。飢えや寒さに震える人間のように、ぶるぶる震動する触手ちゃんなんじゃ――ぽちっとな」  
「きひぃっっ!!?」  
 
 強烈な衝撃に悲鳴を上げてそり返ったが、へたりこまないように足を強く踏み込んだ。  
 彼の言葉同様、リディアのそこに入った触手は異常に震えており、それが少女を否がおうにも反応させてしまう。  
 童顔の少女は触手の操者をキッと凝視した。  
 
「おやおや……まだ『弱』で勘弁してやっておるのに……じゃあ『中』で、ぽちっとな」  
「ひいあっ!!」  
 
 とんでもない衝撃がリディアに襲い掛かった。  
 自分ではそれを快感だと認めざるを得なかったが、あの薄汚い豚には決してそれを悟られてはいけない。  
 ヴヴヴヴヴヴヴヴ……しかしその震動は、少女の性感帯を強烈に刺激してやむことがない。  
 リディアは涎を垂らしそうになるのをなんとか飲み込み、太った老人をさらに強い眼光で射抜いた。  
 
「ほお……。これは意外と……楽しみがいがありそうじゃ……『強』を、ぽちっとな」  
「――ぐふうぅぅ!!!」  
 
 悲痛なまでのうめき声と共に、ぎゅうっと塞いだ瞼から涙が零れ落ちた。  
 下腹部を見やれば、感じていることの証明が次々と、頑なに閉ざした内股をつたっている。  
 傍目からながめても覚れるくらい、触手はぶるんぶるん揺れまくっていた。  
 泣いてしまったことで少女の自尊心の一部が欠落したが、それで堕ちる気は全くないはずだった。  
 
「つ……つまんないわね。だ、大で……この程度なわけ…………」  
「……………………っふぉおお」  
 
 老人は興奮に震えた。  
 何かが外れた瞬間でもあった。  
 
「リディアちゃん……君は本当に、虐めがいがありそうじゃ。……だから今日はこれで終わりとしてあげよう――ぽちっとな」  
「――ひぎゃっっあっっぐッ……っ…………ひゃがぁあッっ!!!」  
 
 『超』の震動を受けて瞬く間に絶頂にたどり着き、秘処から噴水のように愛液をほとばしらせた。  
 触手の束縛からは解放されたが、脳を焼き尽くすような激しい快楽で少女は倒れこんでしまった。  
 『超』を受けて達し、地面に横たわるまで。その間五つと数えていない。  
 彼女は身体をビクビク波うったあと、当然のように昏倒していた。  
 
「あらら、やりすぎてしまったのう」  
 
 老人はけたたましくあざ笑ってから、ゼラッドに話しかけて獄舎から歩き去った。  
 ――時を経て、少女は眼を覚ました。  
 鉄の地面は自身の体温でぬるくなっているので、裸身でも寒さはない。  
 けれど、それは本当に唐突で、虚しいことの様に思えた。  
 なぜなら、独房には窓一つなく、光も向こうの空間から僅かに射すばかりで、全くと言っていいほどの暗闇に覆われていたからだ。  
 格子の向こうには寝ている看守がいる。下手な真似は出来ない。  
 今は何時なのか。自分はどうなるのか。このまま恥辱に身が擦り減るのだけなのか……  
 考えれば考えるほど全身に悪寒を覚えるような気がする。  
 それでも考えずにはいられなかった。  
 可能ならば寝てしまいたかったが、次々とよぎる不安がそうさせてくれそうもない。  
 
 ガラガラガラ……ガラガラガラ……  
 
「――っ」  
 
 不気味な物音に、少女はおもわず跳ね起きた。  
 何を思ったか、彼女は寝床に跳びのり、格子に背をむけてたぬき寝入りを決めこんだ。  
 次は何をされるのかと思うと、身体が震えてきた。  
 情けない。  
 あれだけ虚勢を張っておきながら、そのことで後悔する自分に腹が立つ。  
 あたしがもっと強ければ、こんなことにならなかったのに……  
 
 ……カッカッカッカッカッ……カッ……………………  
 
 足音は鉄格子のまん前で止まったようにおもえた。  
 リディアはなんとなく、この足音の主があの豚のものではないと分かった。  
 しかし、仲間のものでもないだろう。  
 考えているうちに、新たな音が聞こえ始めていた。  
 
 ……コトン、スーーーー……カッ…………カッカッカッカッカッ…………  
 
「……………………」  
 
 足音が遠くなっていくと、リディアはゆっくりと寝返りをうった。  
 うつろな眼が捉えたのは、粗末な皿に置かれていたカビの生えかけたパンと、見るからに薄めすぎたスープだった。  
 両方とも食欲に煽られた小虫がぶんぶん飛びまわっていて、同様に空腹を覚えている少女の食欲を萎えさせた。  
 少女は断固として、それらを口に入れようとはしなかった。  
 
 あの豚がふたたび現れたのは、家畜のような食事が運ばれてきた、すぐ後だった。  
 おそらく三十分後くらいか。  
 とすると、さっきのが朝食で、今来てる豚とケダモノが朝の…………  
 
「んんっ? どうしたいリディアちゃん、食事が減っていないじゃないか」  
 
 肥えた老人はいかにも残念そうにほざいた。  
 だが、寝そべってこちらを見据える少女の瞳に光が失われていないのを確認し、男の顔はしわだらけのまんじゅうの如く笑み崩れた。  
 
「ま、食事はおいといて……リディアちゃん、ゼラッドとやってくれる気になったかな?」  
「……………………」  
 
 少女は険しい表情のまま、頑として答えない。  
 これでは昨夜と同じである。  
 しかし老人は辛抱強く笑みを浮かべ、穏やかに切り出した。  
 
「黙っているということは……やっと承認してくれる気になったんだね?!」  
「……………………」  
 
 まるで聞こえていないのではと思いたくなるほど、少女はまるっきりの無反応である。  
 だが、男はもはや構っていられないとしたのか、鍵を取り出しながら鉄格子の扉に近付き、間もなく重く閉ざされた扉が開きはじめた……  
 
 カチャッ、ギィィィィ…………  
 
「――愚かな」  
「っ! ごぼっ!!」  
 
 少女は面食らった。  
 扉が開いて豚を蹴り倒す自分を想見していたのに、実際に腹部に蹴り入れられ倒れ伏したのは自分自身だ。  
 しかも走っていきおいよく当たりにいったものだから、威力を自ら増してしまっていた。  
 
「が、はぁぁ…………」  
「全くぅ、やんちゃがすぎるぞリディアちゃん」  
 
 あくまで柔らかい口調でしゃべる醜男を、少女は這いつくばりながらも睨めつけた。  
 ――が、すでに部屋に入ってきた例のケダモノを見るなり、少女の顔色ははっきりと強張ったのである。  
 人型を保ってはいるが、所々が穿たれたように欠けている。  
 足の指・膝・性器・手の指・肘・胸・髪…………見える範囲で、それらの箇所から触手が蠢いている。  
 リディアは腹を押えながらも立ち上がった――時にはもう豚は独房を出ようとしていた。  
 
 ギィィィィ、ガシャン……カチャッ…………  
 
「じゃあリディアちゃん、わしはここで見てるから、ちゃんと相手してやるんじゃぞ――‘抵抗しなければ’気持ちよくなるだけじゃからな」  
 
 「抵抗しなければ」をことさら強調して言われた。  
 そう言われると逆に抵抗したくなるが…………したところで敵うはずもなく、痛い目に遭うだけなのだ。  
 かといって無抵抗でやられるのもあの豚の思惑通りになるわけで…………  
 
「がーーーーーー」  
「ひっ……」  
 
 かなり間抜けた唸り声を発してきた触手人間だが、それでも怖いことにかわりはない。  
 だが、少女はゼラッドを鋭く見据えた。  
 ゆっくりと自分に近付いてくる、元はといえば人間だったろう彼から、少女は眼を離そうとはしない。  
 手をだらんと下げ、頭も微かにうつむいているゼラッドが二歩の位置に来ても、少女の緑眼は彼の顔を映したままだ。  
 暗灰色の肌や、眼球がどす黒く染まっているのを視認すると、改造を受けた彼がどんな苦痛に遭ったのかが容易に想像できるような気がした。  
 そうだ。あの豚が悪い。あの豚がいなければ、あなたもこんなことにならなかったのにね…………  
 気付くと、リディアは彼の頬に手を伸ばしていた。  
 つい先刻までケダモノ扱いだったことを忘れて、彼女は眼前の触手人間を…………  
 
「――――うあ゛っ!!」  
 
 どうにかできる筈も無い。  
 ゼラッドの放った触手は瞬く間に少女を拘束していた。  
 髪から生えた触手が両腕を頭上でしばりあげ――何ゆえか、自分と少女の位置を入れ替えた。  
 恐らく、彼女の姿をよく見れるようにと老人が命を下したのだろう。  
 鉄格子を挟んで、太った老人と華奢な少女が正対した。  
 醜悪な笑みを浮かべる老人を、悔しげに歯噛みしながら睥睨する少女。  
 かれらの間は十歩に満たなかったが、その距離は十里以上にも感じられるほど、リディアにとっては果てしなく離れているような気がした。  
 と、ふいにゼラッドの手――触手ではない――が後ろから伸びてきて、少女の白い双丘を包みこんだ。  
 
「…………!」  
 
 間もなく自分の胸を揉み始めた灰褐色の手を、少女は顔を赤くしながら見下ろした。  
 人間のそれとは若干異なるが、感触的には大して変わらない。  
 それでも少女は、不快感ばかりを表に出そうと努めた。  
 眼の前の豚にも、少しだけでいい。自分が味わう屈辱のうち百に一つでも味わわせたい。  
 
「どうじゃ、うん? そんな気持ち悪そうな顔しとらんと、自分に正直になったほうが楽になれると思うんじゃがのう」  
「正直?! これがあたしの正直な気持ちだ、豚が!!」  
 
 少女が脊髄反射で返した言葉は、今日初めて老人にかけられた言葉だった。  
 豚、豚、ブタ、ぶた……た………………  
 丸々した老人の脳内に、少女の言葉が何度も反響した。  
 彼の表情は、何故か非常に恍惚としているようだった。  
 
「豚か…………おかしいのう。わしが豚でリディアちゃんが人間なら、いる位置が逆だと思うんじゃが……」  
「くっ…………ぐぅっ!!」  
 
 新たな動きを見せたゼラッドの所為で、少女は老人に言葉を返す余裕はなかった。  
 ――ゼラッドはもう、少女の陰部に触手を伸ばしていた。  
 両ひざを掴んだ触手が閉じようとする脚を強引に開かせ、ゼラッドの‘性器だった’触手が少女の性器にあてがわれているのだ。  
 リディアは緑の瞳を燃え上がらせて、迫り来る感覚を否定しながら異様な形相を老人に見せつけた。  
 しかし、それは全くなんの意味もなかった。  
 どころか、むしろ彼の顔はますます悦に浸ったようにとろけていた。  
 
「うん? どうじゃ、気持ち良いんか? そんな良くないはずじゃがのぉ……何せ、‘普通の触手と違って’催淫液が塗られとらんのじゃからな」  
 
 普通の触手なら、すべからく催淫液が塗布されている。  
 中には強引に性的快楽を引っ張り出す「催感液」が塗布されている触手もあるが、この触手人間にはどちらも塗られていないようだ。  
 だが、少女にとってはもう誤魔化しようがなかった。  
 感じてしまっているという事実に関しては――  
 
「――うん?? ずいぶん顔が赤くなってきとるのお……息遣いも艶かしいし……ひょっとして、気持ちいいのかの?」  
「くっ…………ふっ…………ぅうんっ……!」  
 
 股を潜ったゼラッドの触手は少女の正面に回り、秘処の辺りを妖しく蠢いている。  
 その触手は、異様な形状をしていた。  
 口に出すことも、正視するのも憚れるほど、「気持ち悪い」などという言葉では表せない触手だった。  
 だから、少女はほんの少し一瞥しただけでもう見ようとはしなかった。  
 なのに――実際にその究極的な気持ち悪さの触手の愛撫は、ちょっとずつだがリディアに快楽を覚えさせるのだ。  
 少女の小さな淫核を攻めるのは、それ以上に小さい無数の‘肢’。  
 黒蟲がわさわさと自分の花芯を這い回っているような感覚……  
 
「ひぃ………………ひゃァ…………ふぁあぅ…………」  
 
 癒されるような優しい心地よさは、少女の口から自然とかわいい途息を洩らさせていた。  
 いつしか視界にうつる老人の姿も不明瞭になっていき、涎を垂らしながら快感に支配されそうな自分に気付く。  
 ――リディアは歯を食い縛った。  
 そして、涙ぐみそうだった双眸をカッと解放し、ニヤニヤと笑み崩れていた豚を血走ったまなこで凝視する。  
 
「…………ほっ」  
 
 老人は一瞬目を見張ったが、すぐに元の余裕溢れる憫笑を湛えはじめた。  
 その絶対的な立場の差を痛感しても挫けるどころか、ますます想いを強くした少女だった。  
 この豚は必ず殺す。  
 それも、あっさりは殺さない。  
 自分がしてきたことを後悔するくらいに、惨たらしく嬲り殺してやる……  
 
「――ひあァんっ!!」  
 
 少女は迫り来た衝撃に新たな嬌声を発した。  
 異様な形状の触手がとうとうなかに侵入したのだ。  
 それは快感だけではなかった。  
 彼女の成長中途の穴には、ゼラッドの‘性器’は大きすぎた。  
 
「い……ぎ、いあ゛ッ…………あ゛はっ! ひやぁぁあっ!!」  
 
 歪んだ快楽と圧迫されるような痛みが同時に少女を苦しめ、見開かれた緑の瞳から涙をつたわせた。  
 無理に拡げられた膣は流血し、愛液と雑ざりあって混沌とした色の水が少女の足元にしたたってゆく。  
 少女は両頬に流れる栗色の髪を振り乱し、視界を闇に落として悲鳴を上げた。  
 
「ぎゃ、あぁぁン……やぁ! 痛いィ、いたっあっイひぃ!! あふっ、は、ンあっ! うあァぁ……んッ……!!」  
 
 ずぷっ、ずぷっ、ずぷっ……出し入れされるごとに淫猥な濁音と、それに伴う少女の苦鳴が暗い独房に反響する。  
 自分の声がだんだんと色を成し、いやらしく染まっていくのに、少女は全く気付かなかった。  
 もはや足で立っていられるのが不思議なくらいだったが……しかし、彼女が‘頂に立つ’ことは老人の本意ではなかった。  
 
「……………………ぽちっとな」  
 
 ――少女はふと、ゼラッドのピストン運動が一気に速くなるのを察した。  
 いつの間にか両手が後ろに回されていたが、どうでもいい。  
 射精れるっ――!!!  
 
「ひいっあっ!? …………――あはぁっ!! はあぁッ!! んぁあんっ!! くはぁぁぅ…………!!!」  
 
 ビュク、ビュク、ビュク、と波打ちながら精を放られるたびに、少女は悦びの声を出しながら仰け反った。  
 なんで…………なんであたし、こんな豚の前で思いっきりよがっちゃってるんだろう…………  
 それは本当に虚しい問いかけだったかもしれない。  
 人間の男相手に腰を振ったことはなくとも、触手相手に腰を振るのに、少女は慣れてしまっていた。  
 自ら舌を突き出して気持ちよくなろうとするのも、普段から催淫液を塗られて感覚をおかしくさせられている所為だった。  
 
「――きゃぁンッ!!」  
 
 ゼラッドの太い性器が抜かれた瞬間も、少女はみだらに鳴くのをやめられなかった。  
 花弁から赤混じった白濁液が大量に流れ出すと、まるでそれを求めるかのように、自ら透白の池に身体を突っ伏した。  
 ――激しい痛覚と‘達しない程度の快楽’が、リディアを失神させてしまったようだ。  
 
「……あれえ…………まぁた寝ちゃったの……」  
 
 老人の独語には、おおよそ感情というものが欠落しているようだった。  
 
「ふーーーーーーーー……」  
 
 ゼラッドが不気味な声を出した。  
 気を失った少女を見下ろす醜い面相は、なぜだか悲哀を感じさせる雰囲気があった。  
 
 ――少女が監禁されてから五日目の朝。  
 これまでにリディアは、ゼラッドに八回、犯された。  
 そのどれもが、少女が痛みと快さを堪えたことによる失神という結末で締めくくられている。  
 リディアは非常に濡れやすい体質だった。  
 痛みへの堪え性は比類ないものなのだが、肉体的な快楽への耐性に関しては芳しい向上を見ない。悩みの種でもあった。  
 それでも少女は懸命に抗った。  
 あの豚に魂を売りたくない……淫楽に屈したくない……  
 そんな想いが彼女を支えていた。  
 
 だが、憐れにもリディアの自尊心は日に日に削られてゆくばかりだった。  
 毎回のように苦痛と快感を味わわされ、毎日二度もその様子を冷たい笑みを浮かべた豚に眺められるのだ。  
 これほどの屈辱を味わわされながらも生き続ける。  
 それが果たして身を結ぶのか……少女に葛藤を抱かせ、また精神をひどく疲弊させた。  
 しかも、少女は果てることを許されなかった。  
 毎回絶頂の一歩手前でゼラッドに中出しされるから、起きた後はいつもあそこに疼きを覚えるところから始まる。  
 自慰に耽ることはできない。  
 ……わけではないが、最中にいきなり来訪者があったりすると、中断するのは困難を極める。  
 もちろん、プライドの問題もある。  
 
 ガラガラガラ……ガラガラガラ……  
 
 いつものように朝食が運ばれてくる。  
 リディアは三日目には、食欲に負けて虫の群がる餌にありついていた。  
 意地になって食べなければ本当に死んでしまう。  
 家畜扱いがどんなに屈辱だろうと、不衛生な食物だろうと、命には代えられない。  
 そして、咳き込みながらも口に入れるたび、誓うのだ。  
 いつかどっちが家畜なのか、絶対にあの豚に解らせてやる……!  
 どんなに精神が擦り減ろうと、少女は自身に立てた誓いを曲げたくはなかった。  
 
「…………――!」  
 
 寝床に座って格子の向こうを眺めていたリディアの緑眼が、驚きの色を塗った。  
 朝食を運んできたのが、あの豚だったからだ。  
 
「……むうん……? ……おや、リディアちゃん。眠くないのかね?」  
 
 優しい声音で話しかけてくる老人。  
 かれはその温和な物腰で相手を油断させ、隙を見せたところで一気に奈落へ突き落とすのが得手であり好きでもあるようだ。  
 リディアも表面上は全く心を許さないのだが、内面では何度か、彼の言動に心を揺らがされそうになったことがある。  
 それを鑑みると彼の台詞に耳を貸すのは得策ではない。  
 裸の少女は格子に背を向けて耳をふさいだ。  
 
「つれないなあ。今日はせっかく違ったごちそうを、しかもわし直々に運んできたのに……」  
 
 少しだけ聞こえるが、あくまで動くつもりはない。  
 だが。  
 芳しい匂いが少女の小鼻を突き抜けた。  
 これは………………。  
 少女は、恐るおそる鉄格子にふり向いた。  
 ――焼き菓子だ。  
 それだけじゃない。隣にあるカップに注がれてあるのは、間違いなく山羊の乳だろう。  
 いつもと違う意味でよだれを流してしまい、焦って口元をぬぐった。  
 
「ほれ、食べなさい。年頃の女の子ならば、甘いものが好きと相場が決まっておろう?」  
 
 込み上げる何かを否定するように、少女は首を振った。  
 そして再び、格子に背を向けてしまった。  
 
「これっ、言ったとおりにせんか。しないと…………――ゼラッドに捕食許可を降ろす」  
 
 台詞の後半の低い声は、少女の脊髄反射をあおるには十分な力がこもっていた。  
 表情に恐怖を浮かばせないように再度老人の方に向き直ると……バッと駆け出して、すぐにもごちそうを貪りはじめた。  
 
「良い子じゃ…………」  
 
 犬食いする少女を見下ろし呟く醜男の顔には、何故だか薄い安堵の色がぬられたように思えた。  
 一分と経たぬ内に全てを平らげると、少女は刹那、肥えた老人の顔色を窺った。  
 彼はリディアに向かってニコッと微笑んだ。  
 眼を疑った少女だが――――耳はもっと疑った。  
 
「オナニーしなさい」  
 
 はっきりとした表情の変化は気の毒なほど、少女の心情を物語っていた。  
 今、こいつはなんて言った?  
 自らを、豚の見ている前で慰めろと……?  
 
「聞こえなかったのかな? オナニーしなさいと言ったんじゃ」  
 
 温和な様相と柔らかい口調が、若干堅くなったような気がした。  
 リディアは口を半開きにして、肥えた男をひたすら凝視した。  
 恐怖のあまりその対象から目を離せなくなる。よくあることだ。  
 何も考えられない。考えたくない。  
 どうすればいいのか、全く分からない。  
 ――老人はいきなり怒りを爆発させた。  
 
 
 
「オナニーしろといっとんじゃこの雌豚がぁっっ!!!」  
 
 
 リディアは得も言われぬ感情で顔が真っ赤になった。  
 今度のしわだらけのまんじゅうは、誰が見ても憤怒によって構成されている。  
 少女はそれに魅入られてしまったように、老人を視界に収めたまま瞬き一つできなかった。  
 彼女はまもなく、鉄格子の前でくずおれた。  
 様々な逡巡が、やつれても可愛らしい少女の頭を駆け巡る。  
 
 やだよ…………こんな奴の前で、そんなことしたくないよ……。  
 でも、しなきゃ…………しなきゃ何されるかわかんない、し……それに、さっきからずっと、あそこがムズムズして…………。  
 そ、そうだよ……ちょ、ちょっとくらいなら、いい、いいんじゃないの……?  
 だ、だってさ、やんなきゃ殺されちゃうし……死ぬのは嫌だよ……。  
 うん……仕方ないんだ。すればこいつの怒りも収まって、あたしは助かる……だから。ちょっとだけ……  
 
 ――ほんの一瞬、「恥じらい」と「屈辱」という感覚が芽生えたが、少女はそれを吹き消した。  
 そうしなければ発狂しそうだったからだ。  
 
「……おぉ」  
 
 さっきまでの怒りはなんだったのか――老人は丸顔にうっすら朱を差し、感嘆の声を発した。  
 鉄の床に座り込み、両足をM字に開いて恥部をさらした少女が、自らの指先で性器を刺激しはじめたからだ。   
 老人は当初、その強気な性格から自涜に及ぶのは得意ではないだろうと想像していたが――とんでもない。  
 毎日してるんじゃないかと勘ぐってしまうほど、その手つきは巧みなものだった。  
 間もなく、少女特有のいとけない途息が洩れだしはじめた。  
 
「あっ…………あぁ、あん…………んぅ……」  
 
 紅くて小さな尖塔を擦り、濡れ始めた穴倉に二本指を挿入する。  
 たまに深く潜らせて奥の方で指先をうごめかす。  
 その都度、劣情を掻き立てる音が……にゅるにゅる……ちゅくちゅく……と鳴り、老人の耳を溶かそうとする。  
 それらが相当な速さで繰り返されているのだ。  
 想像だにしなかった少女の自慰行為の実態に、老人は興奮を禁じ得なかった。  
 やがてその体勢に飽いたのか、少女はよろよろと身体を動かし、両ひざを立てる体勢に移行した。  
 直角に近い角度にひらかれた股の中央から、ほんの少しづついやらしい液体をぽたぽた垂らしている。  
 一瞬でも見逃すまいと黒瞳を剥いた老人を尻目に、少女は再び秘処に手をあてがい、捻りを加えながら上下に動かしだした。  
 
「あっ、あっ、……あぁ! んっ……くぅ、んあっ……ふぁぅっあぁん! はぁぁん……!!」  
 
 くちゃ、くちゃ……ぬちゃっぬちゃっ……じゅくじゅくじゅく……不規則に響く卑猥な粘水の音。  
 それに少女の悦楽染みた嬌声が重なり、独房に淫楽の旋律が奏でられる。  
 リディアは全てを忘れ、一心不乱に快楽を求めていた。  
 ほんの僅かに開いている視界には、自らが攻め立てている秘境とその指先が映されるのみだ。  
 ――少女は絶頂が近くなったのを察し、また体勢を変えた。  
 四つんばいになって突き出した尻を、昂ぶりの極致にある老人に向け……ぐしょ濡れの股ぐらを、自らの手で穢しにかかった。  
 
「アぁンッッ!! あぁっ! あんっ、あンッッ、うっあっンっはッやぁ!! はぅゥンっ…………ッ!!!」  
 
 立て続けに発せられるかわいらしい喘ぎ声。  
 中指が尻穴に出し入れされるのと一緒に滑るような猥音が生じるが、その速度は尋常ではない。  
 高速ピストン――文字通りそう形容されるべき速さで、少女は陰部を堕とそうとして…………  
 老人の眼が潮を噴く少女をとらえた――  
 
「ひやアァァンッッ!!! アァッ!! アッアッ、ヤァッ、アァァッ!! だッ、ア、スゴぅッ、はアァァアン……――――」  
 
 くちゅくちゅっ、くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅ…………リディアのひときわ甲高い艶声と、未だ秘陰を探る水音はなかなか止まなかった。  
 透明の液体がめちゃくちゃに飛び散って辺りをしめらせ、それはあわや老人のところまで届きそうなほどだった。  
 ビクン、ビクン、と肢体をふるわせ、快さの余韻を味わう少女に、「イく」とか言ってる余裕などない。  
 その「イく」のを無理矢理留めさせられ、四日間も耐えてようやく自ら達せた気持ちよさは、正に夢見心地……頭の中が満たされた感じだった。  
 
「あハァ……あっ、ンはッ…………はぁ、はぁ――んぅっ! はぁ、はぁ、ふぅン…………」  
 
 女の快楽絶頂の余韻は、男のそれとは比較にならない。  
 リディアも例外なく、今なお色塗られた声や途息を独房にまきちらしている。  
 そんな彼女に対し送られたのは…………醜い老人の拍手喝采だった。  
 
「リディアちゃん、君は素晴らしい! 良いものを見させてもらったわい」  
「んァ……っ……あァ、ハァ、ンッ……! はぁぁッ……はぁ……」  
「君に褒美を約束しよう。何かは秘密じゃがな。フヒヒ…………」  
 
 全く嬉しくないし、反応もしたくない。  
 理性のたがを外して痴態を演じた後でも、やはり根底にある反逆の意志は捨てることができなかった。  
 それが自身を苦しめているのを、果たして少女は自覚しているのだろうか……  
 
「ではな、リディアちゃん。今夜を楽しみにしておくように」  
 
 彼はそう言い残し、丸々肥えた身体をさするように獄舎を歩み去った。  
 
 コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……コツ………ツ………………  
 
「……………………うっ……」  
 
 あの豚が立ち去った瞬間、少女はふいに込み上げた感情に、嗚咽を洩らさずにはいられなかった。  
 鉄の床に這いつくばって歯をガチガチ鳴らし、拳をぎゅうっと握りしめ、声を上げて泣きじゃくった。  
 
(矛盾だ。自分からあの豚に屈従して自涜に及んだくせに、なんであたしは泣いてるのよ……)  
 
 自らの手で恥辱を受けたこと。自分が最も嫌悪する人間に屈服したこと。そして何より、その手段が肉欲であったこと……  
 彼女の誇りや自尊心が、音を立てて崩壊した瞬間だった。  
 心の奥底に眠る悪魔がささやいた。  
 
 ――我慢することはない。このまま享楽に堕ちてしまえばいい。  
 どうせ抗することなど敵わないのだ。仲間が助けにくるとも限らないのだ。  
 耐えて、耐えて、ひたすら耐えたところで何を得られるというのだ?  
 奴らはお前の耐える姿を見て愉しんでいるんだぞ?  
 肢体を駆けめぐる快楽に抗い、頬を紅潮させながら自分をねめつけるお前を見て、嘲笑っているんだぞ?  
 耐え忍ぶことに何の意味がある?  
 どうせ敵わぬのなら、自分に素直になって欲情に身を任せれば良いではないか――  
 
 ………………やめろっ!!  
 あの豚があたしに、何をしたと思ってる?!  
 卑劣な手段であたし達を襲い、こんな場所に拉致監禁したんだぞ!!  
 布一つ与えず、まともな食事も施されず、家畜のような扱いを受けているんだぞ!!  
 得体の知れないモノに身体を穢された挙句に、眼の前で自慰を強要させられたんだぞ!!  
 断じて許されることじゃない!!!  
 
 ――何を言っているのだお前は?  
 それは家畜に対しての侮辱というものだろう。  
 家畜などとは比較にならぬ良待遇を恵まされておきながら、これ以上に何を望む?  
 言葉を交わされ、おまえの好物を悟って与えられ、情欲を満たすために男もあてがってくれるというのに――  
 
 やめろっ!!  
 もう……聞きたくない!!  
 あたしは偉大な剣士ギュスターヴの娘リディアなんだ!!  
 こんな屈辱を味わっておきながら、あの豚を許すわけにはいかないんだっ!!!  
 
 ――だからどうしたというのだ?  
 今は剣を持たぬお前に、その事実が何をもたらすというのだ?  
 これからも永遠にここで暮らすお前に、剣士だったという過去が意味するものなどあるのか?  
 お前は奴隷なのだ。剣士ではない――  
 
「――――うぁぁあああああああッ!!!!!」  
 
 リディアは絶望の叫びをあげながら、冷たい鉄の床に頭を打ち付けた。  
 ――その衝撃で、彼女は気絶してしまった。  
 
 幾時間かを経て、リディアは眼を覚ましていた。  
 両ひざをかかえて寝床に座り込む少女の双眸は、ひどく虚ろだった。  
 精神をずたずたに打ちのめされ、望みを失った者特有の目色をしていた。  
 もう、何も考えたくなかった。  
 尊敬してやまなかった今は亡き父や、旅先で出会った明るい仲間達、憂いをまとった想い人……  
 彼らは少女の脳裏に陽炎のごとくよぎり、瞬く間に消え去ってしまう。  
 それを見て思うのだ。  
 
 お父さんも、ラバンやキフレセルも、ロシーニも……同じ目に遭ったら、あたしみたいになっちゃうんだろうな。  
 こんな扱いを受けて、平静を保っていられる人なんているわけ無いんだ……  
 ――なんで?  
 なんであたし、こんな目に遭わなくちゃいけないの?  
 何も悪いことしなかったよね? 一生懸命修行したよね?  
 なのに、なんで……悪いことばっかりして、怠惰に生きてきたあの豚があたしを辱めるの?  
 なんで、苦行を重ねてるあたしより、あいつの方が良い目を見ているの?  
 この世に神さまはいないの………………  
 
 ……ツ……コツ……コツ、コツ、コツ、コツ……  
 
「ッ!!!」  
 
 少女はあわてて涙をぬぐい、鉄格子に背向けて寝ころんだ。  
 どうせ起こされるのだが、今はまともに相手をしたい気分じゃない。  
 何せあの豚に痴態を晒した後だ。  
 弱みにつけこんで何を求めてくるか知れたものではなかった。  
 
「リーディアちゃん。寝たフリしたって駄目だぞぉ。約束どおりご褒美を持ってきてあげたんだから、おーきなさいっ」  
 
 いつにも増して上機嫌にやってきた老人。  
 だが彼が浮かれているのは最初だけ。  
 リディアに無視されればされるほど露骨に不機嫌になり、結局は要求をのまざるを得なくなる。  
 それを知悉していたから、少女は嫌々ながらも起き上がって格子に顔を向けることにした。  
 今の心情を悟られないよう彼女は必要以上に強張った表情を作って、しわだらけのまんじゅうに険眼をとばした。  
 
「おお、こわぁい! そんな顔ばっかりしてると本当に怖い面相になっちゃうぞぉ」  
 
 無邪気に相好を崩している醜男の隣には、例によってわさわさ動く影が落ちている。  
 こんな時に彼の相手をしたら、自分の本性を曝け出してしまいそうだ。  
 ――一度既に曝け出した癖に、あたしは何を考えてるんだろう……  
 
「ところでリディアちゃん、今日のゼラッドは一味違うぞぉ。  
 なんとっ! ‘まら’を普通の形状にしたのだ! 挿入されても痛くないから、気持ち良さもひとし……うん?」  
 
 それを聞いても表情を変えない少女を見た老人は、疑念の声とともに丸顔を歪めた。  
 しまった――少女がそう思ったときにはもう遅かった。  
 
「……リディアちゃん。ちょっときなさい」  
 
 優しい声音ではあるものの、あきらかに虫の居所が良くない様相だ。  
 少女はたじろぎながらも、彼の指示に従おうとはしなかった。  
 ――瞬間湯沸かし器が働くのは必然だった。  
 
 
「来いといっとんじゃこの雌豚がっ!! 殺すぞオラァッっ!!!」  
 
 
 
 醜い罵声が独房をつき抜け、獄舎内に何度も轟きわたった。  
 打ち抜かれたかのように身震いしたリディアは、何かに憑かれたように鉄格子に向かって歩きだした。  
 怖かったのは確かだが、行かなければもっと危険な目に遭いそうな予感がしたからだ。  
 少女は殴られるのを予測して歯を食いしばり、全身に力を入れながら格子の前に足を踏み出した。  
 怒りに染まった老人もまた少女に歩み寄り、二人は鉄の棒を挟んで一歩に満たない距離で向かい合った。  
 ――彼の行動は意外なものだった。  
 
「――っ!! あっ……」  
 
 形良い左胸が、老人のべたついた右手によって歪まさせられた。  
 かれは未だに憤懣な表情のままなので、少女は抵抗するわけにはいかなかった。  
 
「雌豚にしては良い身体じゃのう、うん? 一体、幾人の獣がこの胸を味わったんかいのう」  
「くっ…………はぁぁ……!」  
 
 屈辱を覚えながらも、口からは甘い途息をもらしてしまう。  
 老人の巧みな揉みほぐしに感じてしまうのを、少女は隠すことができなかった。  
 
「うん? こっちはどうなんじゃ?」  
「っ! ……あっ……やぁ!」  
 
 ありえないことに、陰部を少し弄られただけなのに濡れ始めていた。  
 無遠慮に膣内へ入ってくる指先は、乱暴にみえてしっかり快楽を掘り起こすすべを知っていた。  
 
「はっ……あぁっ…………ふぁあっ!」  
 
 リディアは足を閉じることが出来なかった。  
 屈辱だと思っているはずなのに、許せないやつにやられているはずなのに、自ら大切な処を開いて新たな快さを求めてしまっている。  
 膝が笑ってガクガクふるえ、劣情をもよおす音がちゅくちゅくと聞こえはじめてくる。  
 すると、老人はようやく普段のにやにや顔を取り戻し、ねっとりした指を抜いたのだった。  
 
「んぅっ!」  
 
 解放された瞬間の快感でおもわず涎が出てしまう。  
 愉悦に染まりそうなのを堪える少女だが、意味を成すかは疑問だった。  
 尾を引いた心地よさが身体を火照らせてしまい、口からとろけそうな息づかいが漏れでてくるからだ。  
 
「はぁ、はぁ……はぁ…………んっ……」  
「気持ちよかったかい? リディアちゃん…………」  
 
 忘我の境地に半分踏み込みながら、少女は老人を見つめる。  
 彼は来た時と同じような喜色満面でリディアを眺めていた。  
 少女は陶然とした面持ちで、こくんと頷いた。  
 
「そうか! それは良かった。では、ゼラッドに存分に気持ちよくしてもらいなさい」  
 
 あたし、なにやってるんだろう……  
 自分の行動に疑問を抱きながら、実際にしたいことは出来ない。  
 というか、実際に何をしたらいいのか、考えることも出来ない……  
 
 キイィィィ…………ガシャン……ャン……ン……ッ……  
 
 牢の扉が閉まるときの絶望の音が、獄舎に何度も反響する。  
 ゼラッドが入ってきた。  
 リディアは後ずさった。  
 全く無意味な抵抗――ですらない――だったのは自明だ。  
 触手人間の暗灰色の身体のいずこからか同色の触手が伸び、生気を感じない瞳の少女を仰向けに寝かせた。  
 もう彼女に抵抗する気力は残されていない。  
 今まで毎日剣を振るって身体を動かし、きちんとした食事を摂っていたのが、急に幾日も途絶えたのだ。  
 彼女は精神だけでなく、体力も根こそぎ奪われてしまっていた。  
 
「あ゛ーーーーーーーーー」  
 
 ゼラッドの間抜けた声が、暗黒の監房の中で耳障りに鳴りひびいた。  
 
 
 
 To be continued...  
 
 
 

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