少女が身の丈を遙かに越える大鎌をぶんぶん振り回していた。  
 親のアイデアにより護身術を少々学んでいた僕は、少女に追いかけられていた男性を助けるために愚かにも突撃した。  
「桐道 弥生、行きます!」  
 どうやら少女は男性しか目に入っていないらしい。僕は後ろから全力でダッシュし、少女の背中に痛恨のタックルをお見舞いした!  
「あべしっ!」  
 鎌を手放し、吹き飛ぶ少女。ガン、と転がった鎌を更に蹴飛ばしてから唖然としている逃走者に微笑んで、  
「ここは僕が食い止めます! 早く逃げて下さい!」  
「お、おう! ありがとよ!」  
 彼が青白いのはきっと夜で暗いから僕の目の錯覚だろう。僕はオカルトを信じません。怖いから。  
 角を曲がって消えたのを確認して、僕は少女に向き直る。吹き飛ばされて地に張付いていた  
彼女が、丁度立ち上がる所だった。  
「じゃ、邪魔をしないで……」  
「は、犯罪を見過ごせないよ! どうしてもと言うなら僕を倒してからいけ!」  
 道を塞ぎつつも、少女から鎌への道のりを即座に妨害できるように構える。キックを  
一発繰り出す程度には余裕があるつもりだった。  
 が、  
 あろうことか、  
 なぜか、  
 彼女の手には既に鎌があった。  
「おいィ!?」  
 ありですかそんなの!?  
「漆黒の布の塊でできた死神が人間に遅れをとるはずがないわ!」  
 少女は大きく振りかぶって……ジャンプ。物理法則を無視しているとは言わないが、  
人間の規格をかなり逸脱しているのは確定的に明らか。棒高跳びのような高さから、  
襲いかかって来た。  
 横っとびで降り注ぐ一撃を回避する。その迫力たるや、槍で襲いかかる竜騎士の様な  
ものだった。  
 着地した少女が、僕を見据える。獲物を逃がさない獣の目に、恐怖を感じる。かろうじて  
足が震えるのは押さえ込んだ。  
 こうなっては、新技を閃くしかあるまい。  
 さもないと怒濤の連続攻撃で瞬く間に負けてしまう!  
「うおぉおおぉおお!!!」  
 全身全霊の猛攻。一騎当千の兵として現代日本無双に僕はなるッ!  
 と意気込んだ矢先。  
 ばたん。  
「え?」  
 少女はまるで鎌に潰されるような感じで、ばったりと倒れた。  
 カランカラン、と金属音が暗い街道に鳴り響く。  
 虚勢を全部持って行かれて、僕はしばらく立ち止まっていた。  
 そして、前振りもなく唐突に思考能力を回復させて。  
「と、とりあえず連れて帰ってあげた方が良いのかな……」  
 黒いローブを纏った彼女をおんぶして、家に帰ることにした。  
 何故暗い中で見分けがついたのかというと、鎌が真っ白だったからに他ならない。  
「あ、鎌……どうしよっか」  
 見つめて、ほっといても大丈夫か。と思い直す。  
 物より人命。こんなものを持たせる親の顔を見てみたい。  
 
「ん、うぅ……」  
 3時間後、僕の家で少女が目覚めた。衣装は僕が背負ったときのまま、真っ黒いローブを  
着ている。ローブは魔法にでもかかっていたかのように、全く汚れていなかった。  
 無理に脱がすのもどうかと思い、ローブを着せたまま僕のベッドに寝かせたのだった。  
「起きた?」  
 まだ目の焦点があっていない少女に、手を振ってみる。ゆっくり焦点が合っていくと一緒に  
表情も険しくなっていった。  
「よくも邪魔をしたな……ぅ」  
 どんどん尻すぼみになっていったので、慌てて駆け寄る。運んでいる時にも感じていたけど、  
背がちっちゃいと言われる僕よりも、彼女は更に小さかった。両手できちんと支えられる  
くらいに。  
「大丈夫?」  
「大丈夫じゃ、ない……」  
 彼女は羽根のように軽い。こんなか弱い体で、あんな鎌を振るっていたのだろうか。  
「どうして人を殺そうなんて」  
「あれはもう死んでる……、幽霊よ」  
 ……はい?  
 た、確かにお墓に出てきそうに青白かったけど。  
「し、死んでる?」  
「ええ。私たち死神は魂を刈って食事と成すの……なのにあなたは」  
 つまり、この少女は死んじゃった人の魂を食べて生きているのか。  
 ……厨二病も甚だしい。昔の僕を見ているみたいで香ばしすぎる。魔神剣とか、天破活殺  
とか色々やった。懐かしい。  
 とはいえ、全否定しても気分を損ねるだけと思う。ここは合わせる振りだよ。  
「じゃあ、死んじゃうの? 助ける方法はないの?」  
「…………あるわ。1つだけ」  
 やっぱり。  
「どうすれば?」  
「…………私と、……」  
「な、なに?」  
「私と、交わって」  
 
 ……  
 
 …………  
 
 ………………  
 
 お、落ち着け。タダノ聞キ間違イダヨアハハ。  
「聞き間違いじゃないわよ」  
「ええぇぇえええぇえ!? なんでッ!?」  
「精液は魂の元。次の魂を食べるまでの繋ぎには十分になる」  
「ほ、本気で!? 冗談じゃなくて?」  
「例えビッチだ恋空だと呼ばれようが……私はまだ死にたくないわ……」  
 死に怯える死神。良く観察すると、手がぷるぷる震えていたり、顔が紅潮している。  
 僕の視線に合わせるように、死神少女がこちらを向く。  
「もしかして初体験なのかしら。……幾らでも女性は寄ってきそうなのにね」  
「……」  
「仕方ない……か。私がリードしてあっ!?」  
 唇を奪った。どうしようもなかった。  
 色んな感情が混ざって、どうして唇を奪ったのか、一言で表現できはしない。  
 十分な時間を見計らって、唇を離した。  
「……ごめんね」  
 
「本当に。死神として恥よ」  
 黒いローブが、霧散した。  
 薄い水色を基調とした、中世ヨーロッパと現代日本の服装が合わさったような服装が露わになる。  
豪奢と言えばそうでもなく、質素と言えばあり得ない。適度な装飾と意匠があしらわれた、  
それだけで芸術になり得るような、美麗な服だった。  
「綺麗だね」  
 見せないのは非常に勿体ないと思った。儚げな髪と絶妙にマッチングして、彼女の  
魅力を引き立たせる衣装だと思った。  
「……どうしたの?」  
「し、死神は動揺なんてしないわ!」  
「それなら良かった。えっと……」  
 この先は服を脱がせるんだよね。……死神とは言え、女の子の服を脱がせるのには、  
やっぱり抵抗がある。  
 戸惑っていると、死神さんがジト目で一言。  
「早くしてよ……急がないと」  
「そ、そうだけど……服、脱いでくれるかな」  
「ッぅううぅううぅうぅ!?」  
 止まった。彼女の時間が止まった。  
 当然、数秒後には再始動して  
「な、なんてことを! 言うの! この変態!!」  
 ぽかぽかと僕の胸を叩いてくる。  
「だ、だって……」  
「変態! 変態! 変態!!!」  
「……うぅ」  
 酷すぎる。効果は抜群だった。  
「……脱がして」  
「え?」  
「こういうのはムードが大切って聞いたわ」  
 その尖った声がもうムード台無しな気がする。  
 とはいえ、彼女が服を脱ぐ気配を一向に見せないので僕が脱がすことにする。  
「う、……んん? む、ぅ」  
 これはバンザイしてくれないと脱げないんじゃないだろうか。全く手を挙げてくれないので、  
手も足も出ない。  
「…………ボタン」  
「あ、ああっ」  
 よく見たら前にボタンがある。微妙に隠れていて分からなかった。  
 ぶすっ、とした表情に身の危険を感じながら、ゆっくりとボタンを外していく。  
 白い肌は、病的なまでに美しかった。死神なのに、神聖さまで感じさせられた。  
「……どう?」  
「ん…………綺麗だよ」  
「それ、さっきも言った」  
「だって、他に言葉が思いつかないよ」  
「服に言うからそうなるのよ」  
「ぅ……」  
 服がはだけて、威圧感は全く無いものの、別種の圧力が僕を襲う。上手く抵抗する  
術も思いつかない。  
「ほら、早く脱がせてよ」  
「う、うん……」  
 手を上げないので、先にブラジャーを脱がせようと思って手を伸ばすと、  
「――っ!!!」  
「う、うごかな、げふっ」  
 暴れた足がお腹にクリーンヒット。予期していなかった僕は悶絶して、ベッドの上で  
のたうち回った。  
「い、いだ……」  
「な、なんでそっちから!? 頭おかしいんじゃないの!?」  
「手、上げてくれないし、どっちにしろ取らないと……」  
 流石に一般人の僕が良くあるテクニックを持ち合わせている訳がない。と言うより、  
まともに……そういう、性行為を行えるかどうかすら怪しい気がする。  
 何故か死神さんは、後ろを向いた。  
 
「もう必要な分は見せたわ。これ以上は不要よ」  
「いや、と言っても……」  
「どうして赤の他人に私の裸体を見られないといけないの」  
「ごめんなさい……」  
「……早くして」  
 両手で自分の体を抱きしめる姿に、自然と引き寄せられた。  
「な、なに……っ」  
 後ろから、有無を言わさず抱きしめた。ぽかぽか暴れられると思ったけど、そんなことは  
無かった。  
「あれ、暴れないの?」  
「う、うるさいうるさいうるさい!」  
 と言いつつも、暴れない死神さん。しーん、と部屋が静まり返る。  
 目を閉じて、ゆっくりと2度目のキスを交わした。  
 当たって砕けろと舌を伸ばすと、死神さんの舌とぶつかった。  
 反射的に僕は舌を引っ込めてしまうが、それは死神さんも同じだった。  
 そろそろと再び舌を近づけて、今度は絡め合った。我ながら拙い動きで、より深く絡めようとする。  
けど、上手くいったと思ったらいつの間にか離れる。そんな動きを繰り返していた。  
 いい加減わざとじゃないかと思い、目を開ける。目の前には、ぶっすりとした死神さんの瞳が  
見えた。慌てて目を閉じる。  
 とは言っても、舌を絡めようとすることもできず、そのまま唇を離してしまった。なんとも  
情けないことこの上ない。  
「わざとでしょ」  
「違うよっ、そっちこそわざとじゃ」  
 ないの、と言おうとしたところで、今度は僕が唇を塞がれた。何をする暇もなく舌まで  
絡められる。積極的な行動を無下にすることはできず、僕も舌を絡めていく。  
 今度は上手く嵌ってくれた。唾液が卑猥な音を立てて混ざり合う。その音で自然と欲望が  
高まってくる。自分でも、抱きしめる力が強くなるのが分かる。  
「ん……はぁ……」  
 僕たちは唇を放した。甘い空気が僕を、恐らくは死神さんをも、包み込んでいた。目の前の  
死神さんの顔はとっても赤かった。  
 注目を逸らすためか、死神さんはすりすりと体を回転させる。彼女の目論見通りに、僕は  
抱きしめる力を緩めて、彼女の素肌に視線を向けた。  
「そんなにみ、みないで……」  
 恥じらう死神さんだったが、見たものを死に誘う美しい肌は、童貞の僕には抗いがたい魔力を秘めていた。見ているだけで魂を吸われている感じがした。  
「だから、みないで……っ」  
 ぐい、と両頬を手の平で挟まれ、ぐい、と視線を上に。当然の如く見つめ合う格好になり、  
再び死神さんの顔が赤く。  
「あー、うー……」  
 再び誤魔化すように、今度は服を脱ぐことに走る死神さん。脱いだのは何とブラジャーだった。  
「……」  
「あ、貴方の希望の通りにしただけよ! 何か文句でもあるの!?」  
「ないです」  
 僕は何の疑問もなく、殆どぺったんこな乳房に手を添えようとして、  
「何、いきなりッ」  
 ぱしり、とはたかれた。慌てて許可を取る。  
「触って、いいかな」  
「…………うん」  
 今度はきちんと言ってから、膨らみの殆ど無い乳房に手の平をかぶせる。  
「な、なにか馬鹿にしてな……ひっ」  
「だ、大丈夫? どんな感じ?」  
「悪くはないけど……とにかく変な感じ……」  
 空いてる手で自分の胸辺りを触ってみる。服の上からだろうか、特に変な感じは  
しなかった。  
「もむん、だよね?」  
「ええ……」  
 慎重に、丁重に1度揉む。胸の大きさは控えめに見ても平均以下だったけれど、とても  
柔らかく感じた。いつの間にか目をきつく閉じていた死神さんは、ゆっくりと目を開けて、感想を  
聞いてきた。  
 
「どうかな」  
「やわらかい……綿菓子みたいな感じ」  
 上手な例えだと我ながら感心したのだけど、首を傾げるところを見ると、伝わらなかった  
みたいだった。  
 自分が馬鹿らしくなってきたので、誤魔化すために胸を包んでいる手に思わず力を入れてしまう。  
「――っ!」  
 その急激な表情の変化に狼狽えて、ますます手の速度を上げてしまった。当然、  
うねるように七変化する死神さんの表情。  
「ん……っ、ふぁ……あぁ……」  
 変化していく表情が、次第に柔らかいものに変わっていった。  
 半開きの目と口。すさまじく官能的なその表情は、僕の性欲を刺激してあまりあった。  
 もっと、もっとえっちな顔を見せて欲しい。少し力を込めて押すと、人形みたいに  
彼女は倒れた。  
 両手で2つの胸を揉みしだく。それだけじゃなく、起ってきた突起をつついたり、とにかく  
色々とやった。  
「はんっ……だ、だめっ…………っ!」  
 艶やかな声が、僕を急かす。次は、より激しい反応を見たかった。  
「……、そ、そこは、まだ」  
 自分に忠実に、素早くスカートの下に手を潜り込ませる。くちゅり、と言う音と共に僕は  
濡れた下着に触れた。  
「ひんっ!」  
 それだけなのに、死神さんは大きな反応を見せた。この分だと、適当に触るだけで  
それなりに効果を得られるのでは無かろうか。  
 濡れている所を主にして、何の模様もない下着の上から触っていく。  
「んんっ! ……はぁっ」  
 死神さんの体が跳ねる。過激な反応が嬉しい。スカートをめくって、濡れている下着を見る。  
ゆっくりと、染みが広がっていくのが見て取れた。  
「こんなに濡れてる……」  
「いゃ……いわないで…………」  
「もう、良いかな……」  
「……た、多分」   
 そう言われて、僕は剥ぎ取るように死神さんのパンツをずりさげた。てかてかと、  
いわゆる愛液が光っていた。  
 僕は無我夢中で性器をズボンから出した。それは、ピンク色をした死神さんの綺麗な  
性器には、とても不釣り合いに思えた。  
 死神さんの足を広げて、もう少しで触れると言う所まで近づく。  
「ここ、かな……」  
 焦って、ずるりと何回も滑った。どんどんと焦りが募って、どうにも入りそうになかった。  
意固地になって、半ば怒りながら僕は挿入を試す。  
「てつだう……?」  
「いらないっ」  
 ちょうど、ぎゅ、と先端が穴を押し広げた。  
「……づぅっ」  
 死神さんの表情が苦痛に歪む。  
 大切にしないといけないと言う気持ちとこのまま一気に突き破りたい衝動が僕を板挟みにする。  
それは、今まで受けたことのない果てしない拷問のように思えた。  
「いける?」  
「すぅ……来て」  
 死神さんの腰を両手でしっかり掴んで、ゆっくりと自分の腰を進める。みちみち、と嫌な  
音がする。  
「い、たぃ、いたい……っ!」  
「ぅう……」  
 途中で、ぶちり、と何かが裂けた。  
「あ゛っづぅうっ――――!!!」  
 悲鳴。腰を支えていた両手を、自分の両手で掴んでくる。ぎり、と爪が食い込む。  
「……っは、ふぅ、ぅ……」  
 大きく深呼吸する死神さん。ギロリ、とキツイ視線が飛んできた。が、視線はすぐに逸らされた。  
 
「……?」  
「なんでもない。早く動いて」  
「う、うん」  
 ゆるやかに、ピストン運動を始める。再び死神さんは顔を歪めているが、僕は止めよう  
とは思わなかった。  
 締め付けてくるだけで、気持ちよさも何もなかったけれど、僕は気が狂ったように  
死神さんの中を荒らし回った。  
「っ、は……ん、あ、っ、…………んっ!」  
 何分かした所で、死神さんの反応が変わってきた。さっきまでの胸を愛撫していた時の  
よう……いや、それ以上の反応を見せ始める。  
 死神さんの外面の反応と同じように、中の反応も変わり始めた。僕のモノを締め付けるだけ  
だった動き方が、まるで死神さんとは別の生き物になったかのように、僕を刺激する。  
信じられないくらい凄い快感だった。  
「な……なか、すごく、きてる…………ッ!」  
「ああっ……ちょっと、はげっしつふぁっ!!!」  
 もう相手が感じるかとか、今までの事とか、どうでも良かった。今はただ射精が我慢  
出来なくなるまでこの坩堝をかき混ぜて快感を貪りたかった。  
 ただの上下運動だけではもう物足りなかったので、円運動を混ぜてみる。全然横方向には  
動けないのだけど、新鮮な刺激としては十分だった。  
「あ、うぅうっ! へ、へんなうごきしないでっ……、ああっっ!!!」  
 彼女の顔を見ると、顔を真っ赤にして、目尻を緩めていて、さらには口の端から涎が垂れていた。  
それを舐めとるように舌を這わせてから唇を奪う。  
「な、なにしてんん――っっ!!」  
 ねぶった。唾液を流し込んで、一心不乱に舌を絡めた。上と下から響くいやらしい音で  
興奮した。時々聞こえる唾液を呑み込む音が、より一層僕を煽った。  
「んっ、はぁっ……あっ、けだ、ものっ――あんっ」  
 息が辛くなってきたので少しだけ口で息をして、また口づけをした。勿論、腰は一切  
止めていない。  
 次は胸に移ろうか、とも思ったけれど、流石に限界だった。  
「だ、すよ……っ」  
「ぁ、ふぅ、あ、あっつ、う、うんっ……ぁあっ!」  
 尿道を駆け上がって、僕の欲望が溢れ出した。今まで自慰していた時とは比べものに  
ならない量が、死神さんの中に注がれていく。  
「あ、あつ……ぅ、うぅうう――っ!!!」  
 ビクビクと痙攣する死神さんを、腰を掴んでいる両手で支える。  
「――ぁ、」  
 色々あったからだろうか、自然と僕は眠りに落ちた。  
 
 
「――ぁ、」  
 天井が目に入る。いつも通りの、薄暗い朝の天井。  
「起きたかしら」  
 声の方へ顔を捻る。昨日の死神さんが、黒いコートを纏って立っていた。背中をこちらに  
向けているその姿は小さくも、凛々しかった。  
「行くの?」  
「ええ。……もう、十分に活動できる」  
 どうやって見送ろうかな、と考える。  
 と、大切な質問を忘れていた。  
「ねぇ、……名前、なんて言うの」  
「赤の他人に教える名前なんて無いわよ」  
 ……あっけなく断られてしまった。  
「赤の、他人、か」  
 僕にとっては人生の重大事件の1つなんだけれど、彼女にとっては交差点ですれ違った  
通行人の扱いなのだろうか。  
「そうね」  
 ぼんやりと、死神さんは呟いて。  
「……貴方が死ぬときに教えることにする」  
「僕が死んだら、君が来てくれるの?」  
「ええ、お礼に私が食べてあげる。じゃあ、また、60年後くらいに」  
 黒色が散っていって、死神さんは姿を消した。  
「…………学校っ!」  
 
 それは、1日にも満たない、夢と現の狭間の出来事。  
 
 
 

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