現在2050年。 僕は14歳になりました。 一応、「人類」です。  
人が突然獣化する病気が蔓延してから30年。  
始めの10年で世界は物凄く荒廃したけれど、最近は随分と復興してきました。  
僕の周りの人は、戦争にならなくって良かったといいますけど、実際には戦争する  
余裕なんてなかったのが真実だと思います。  
復興してきたとは言うけれど、実際にはまだそんな裕福ではなく、やっとライフライン  
と通信環境がまともになった程度です。  
僕には両親も身寄りもないので、一応保障は下りるんですけど、それだけで生活で  
きるはずもなく、夜働きながら教育を受けています。  
始めに、僕は「人類」といいましたが、純粋な「人類」は先に言った病気で激減してい  
まいまして、今では結構レアな存在になりつつあります。ネットで見た、2000年前後  
のアーカイブは、「人類」しか居なくて物凄く衝撃を受けました。  
それと、病気自体は一巡して、もう大丈夫みたいです。  
これが、今の世界の様相ですが、実際にはもっと小さいところを見ないといけません。  
獣化した人たちはどうなったのでしょうか?彼らは同じような種類でまとまって生活  
しています。ネコ地区、イヌ地区のような感じです。昔で言う、チャイナタウンとか、  
そういうのを想像してください。  
で、彼らは既に2世3世と世代を重ねていたりもするのですが、想像通り生まれて  
来た子供はその種類、つまり「人類」ではありませんでした。また、違う種類同士では  
子孫を残すことができませんでした。  
この結果が、さらに同種同士の結びつきをつよめたようです。  
でもそんな中で、やはり集団になじめない人や、レアすぎてあぶれる人たちが当然  
でてくるわけで、そんな人はそんな人たち同士でつながりの薄い集団生活をするよう  
になりました。僕が住んでいるのも、そんな人たちが集まる団地の一室なのです…  
 
 
ジルの最高だか最悪だかわからない日  
 
 
「今日は全然だめだなぁ…」  
岸壁に立つジルはそうつぶやくと、今日はこれで最後だと決め、思い切り遠くへ  
ルアーを投げる。  
魚の形をしたその鉄板は、目で追えないほどの速度で飛んでいく。  
リールのスプールが回転するシューンという音と、シュルシュルと出て行く糸の  
摩擦音がなければ、ルアーが本当に存在するかどうかわからないほどだ。  
無意識に数える約6秒。ジルは親指で回転するスプールをとめると、竿を右手から  
左手に持ち替えた。  
ガチャリとクラッチの返る音を聞きながら、ジルはふうと息をつき、振り返る。  
海辺の公園にしつらえられている時計は、ちょうど正午を指していた。  
お金があまりないため、魚を釣ることが日常の一こまとなっていたジルだったが  
今日は珍しくまったくつれないでいた。  
つれないのは何もジルだけでなく、来たときには数十人いた釣り人ももう数える  
ほどしか残っていなかった。  
土曜の午前という、休日の一番くつろげる時間に何も成果がないのは腹立たしい  
ことであったが、自然相手では仕方がない。  
今日は、安い鶏肉でも買って帰ろうかと思っている矢先、竿にゴツンという手ご  
たえ。おお!と歓喜しながら、いつもどおり危なげなくとりこむと、釣れたのは  
50cmほどのスズキだった。  
ちょうど、ジルのやり取りを、小学生ほどのネコ族の少年がなにやら羨ましげに  
見ていたが、ジルはその少年が不意にあっと驚きの声を上げるのを聞き、そして  
なにやら衝撃とともに突き飛ばされた自分が発した、あっという声を聞いた。  
「うわわわ…」  
その衝撃はかなり大きく、岸壁のヘリから落ちまいと両手をぐるぐる回して粘っ  
たジルであったが、重力との綱引きに勝てるわけもなく、彼はそのまま2m程下  
の海面へと転落した。  
結構派手な落水音に、何事かと集まった数人に助け出されて呆然とするジルに、  
誰かがタオルを差し出してくる。少年に話を聞いたところ、トビに蹴られたらし  
い。少年の指差す先には確かに、ツタの絡まった電柱の上で魚を食べるトビが居  
た。ずぶぬれになり、情けないやら腹立たしいやらでこの上なかったが、それは  
もうどうしようもないことだった。  
「このぉ…僕の夕飯返せー!! は、はーくしゅ!」  
 
ずぶぬれになり、釣果も0であったが、携帯電話と財布、それに釣り道具は無事  
だったことが幸いだった。ジルはずぶぬれの服のまま公園を出、そのまま乗り合  
いバスに乗り込んだ。社内はガラガラであったが、もちろん座ることはできない。  
露骨に嫌がられる視線が痛かったが、それに耐えつつアパートの近くのバス停で  
降りると、海水でべた付く靴跡をつけながら5階の自室までを歩く。  
しかし、それにしても寒い。  
2階の踊り場で立ち止まり、くしゃみをしてぶるっと身を震わせたジルは、早く  
部屋に戻って熱いシャワーを浴びたいと、さっきよりも少し早足で階段を登り始  
めた。  
「あらジル、今日はびしょびしょね」  
途中、階段で隣の部屋に住んでいる、エイラという名のものすごく豊満な、レイ  
ヨウか何がしかのおねぇさんがジルに追いついてきた。  
Tシャツにスパッツという格好で、今日はいつもよりもむっちりとして見えた。  
「海に突き落とされたんですよ…鳥に」  
「ふぅーん?この寒い時期に大変ねぇ」  
寒い時期といいならがら、ちっとも寒そうでない格好をしたエイラは、何を考え  
ているかよく解らない表情を、いつもよりもっと解りにくいようにしながら、ふ  
うんと首をかしげた。  
いつもは、毛のないすべすべとしたジルの頬をなでていくのだが、今日は海水で  
濡れたジルをすべすべする気はないらしく、ジルに触れないようにかわしながら、  
なにか気がついたように振り返った。  
「あ、そうそうジル。今日はポンプ工事で断水中よぉ?さすが築50年のぼろアパ  
よねぇ」  
「えっ?」  
泣き面に蜂とはこのことだろう。話を聞くと、どうやら先週の回覧板で告知され  
ていたらしいが、ジルはろくに読みもせずにエイラにまわしてしまったため、工  
事のことはまったく知らなかった。  
困るジルを首をかしげてみていたエイラは、なんだか今日一日で一番の思いつき  
といったような、楽しげな表情を浮かべると、ジルにひとつの提案を行った。  
「ねぇジル、うちはお水貯めてるから、体だけは洗っていきなさいよぉ」  
「えっ?えっ?」  
「ほらぁ、この辺銭湯もないし、工事は17時終了だから、それまでべたべたして  
おくのはイヤでしょう?あと4時間くらいあるわよぉ。それに寒いしねぇ?」  
「えっ?あ…は、はい…」  
何度かやり取りをしたものの、いつになく強引なエイラに断りきれなくなったジ  
ルは、仕方なく折れてハイと首を縦に振った。  
「じゃ、いきましょう」  
なんだかうれしそうに階段を上がりはじめたエイラにとぼとぼとついていくジル  
であったが、数段ほど遅れて歩く彼の目にはエイラの尻尾と見事な下半身が目に  
入る。足の踏み出しにあわせて左右に揺れる尻尾はいいとして、ぴったりとした  
スパッツに包まれた腰から太もものラインがなんとも刺激的で色っぽい。  
その布地の上から見て取れる筋肉の動きから、エイラは太っているのではなく、  
かなり筋肉な、それこそ野生の草食獣と変わりのないような肉付きをしているこ  
とが解る。  
いままでは、エイラのことを単に隣のおねぇさんとしか意識したことはなかった  
ジルであったが、この動きを意識したジルの脳みそは、異種族にもかかわらず  
急にエイラを年上の魅力ある異性として認識し始めた。  
同じクラスの女子には、可愛い子は居ても、無論こんなむっちりとしたラインを  
持つ子はいないし、そもそも講師に女性は居ない。パートタイムで働いている時  
に見る女の人も、それはお客さんであってひとつの記号でしかないのだ。  
このような体を見たことがあるのは、たまにクラスメイトが持ってくるエロ本だ  
けであって(といっても、人類の写真はほとんどなくて、数の多い犬族や猫族の  
エッチな写真が8割ほどであるが)それの実物に近い、もしかするとそれ以上の  
ものが今目の前にあるのだ。特にむっちりとしたその尻に触って見たい気持ちを  
何とか振り払い、視線を上に上げる。その先には体のラインが解るTシャツ。さ  
らに上には、短いたてがみの生えたすらりと長い首筋がある。  
どれも、まだ14のジルには悩ましすぎた。  
この人は目に毒するぎる…ジルはどきどきする心をそうごまかしつつエイラの後  
をついて行った。  
 

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