夏の昼下がり。大声で喚き散らす蝉共は短い命を燃やすために懸命に青い空を飛び回り、彼らが飛び回るその青い空には大きな入道雲が堂々とそびえていた。
そんな光景を電車の中で見ながら彼、哲は現在取引先から取引先へと飛び回っている最中。摂氏三十度を越える真夏日である今日、公共機関を使わない手は無いであろう。
「はぁ、満員か」
呟く言葉は虚しくも人のざわめきに消える。
乗っているのは次の取引先のある駅。掲示板を見上げて確認すると、どうやら後三十分はゆうにかかるようだ。
こんな時間に込んでいるのは恐らく今日が七月十九日であることから察するに、殆どの学校が終業式だったからだろう。見回すと、やはり制服姿の学生を多く見ることが出来た。主に先ほどの駅近くにある男子校の生徒ばかりであるが。
溜息を付いてもどうしようもないのは哲自身も理解しているのだが、出てしまうものはどうしようもない。そう思い、哲は大きく息を吐く。
ガタン、とカーブで大きく電車が揺れ、誰かが俺にぶつかった。
「きゃ」
声を上げたのは、持たれかかってきた目の前の少女。背は俺よりもかなり低く、百三十センチ位だろう。髪はお河童を少し伸ばしたような髪で、学校の制服を着ている。気の弱そうな娘だった。
「あ、ご、ごめんなさぃ」
ぶつかった娘は申し訳なさそうにごにょごにょとそう言う。
――可愛い。
哲に制服趣味とかロリコンとかそんな性癖は無い。只この目の前の少女がとても魅力的に見えたのだ。
いやいや、流石にまずい。目の前のこの子はどう見ても高校生ではない。そんな幼い子にドキッとしてしまうなど、一社会人として間違っている。そう考えてもときめいてしまったのはどうしようもない。何となく気まずくなって哲は天井へと視線を泳がせる。
『あら、何もしないの?』
「は?」
どこからか若い女の声が聞こえてた。しかし、辺りを見回すも声の主と思える若い女は見当たらない。と言うか、目の前のこの子以外《若い》女は哲の周りに見当たらないのだ。この子が言ったのかと言えばそうでは無い。先程の少女の声とは似ても似つかない声だったのだ。
『ふふ、声が聞こえるアナタにいいものをあげる』
また女の声が聞こえた。
しかし、そんな事を言われても訳がわからない。何が欲しい訳でも無い哲にそんな事を言われてもどうしようもないのだ。
『アナタにその娘を好きに出来る力をあげるってことよ。対価は……そうねぇ、まずはその子の魂の堕落。ふふ、あなたには簡単すぎるかしら?』
声の主は哲の心の声でも聞いたのかそういってきた。
いやまて、この見ず知らずの子をどうしろと言うのだろうか? そもそも俺にはそんな事をする必要も、したいとも思ってはいない。哲は心の声に語りかける。
『あら? 犯したいと思えるからこそ私の声が聞こえるのよ。それに、アナタにはその資格がある。怖がる事は無いわ。力は人には見えないもの。ほらアナタの右手を見てごらん』
そう言われてつり革を握っている手を見上げる。
白く、淡い光を放つ長い焼き鳥串くらいの長さの針。所謂畳針のようなそれはいつの間にか哲の手に握られていた。
『ふふふ、驚いた? それは人の体に刺すとその部分の触覚と動きを操る事ができる針なの。そうねぇ、真針《しんしん》とでも言いましょうか』
話を勝手に進めるな。俺はやる、とは一言も言っても考えてもいないはずだぞ。声に向かって哲はそう思う。
『あら? でも残念ね。契約はもう終えてしまったわ』
は?
『もう貴方は逃げられない。辰森哲。貴方はこの子を堕落させなければ対価として貴方の魂を私に渡して貰うわ。要は死んで貰うってことね』
……拒否権は?
『あると思って?』
その言葉を聴いて哲は大きく溜息を付く。
どうやらやらなければ、やられると言う状況らしい。この現状が異様である事は哲自身理解している。しかし、右手に握られた針が否応無しにこれが現実であると、その女が言っている事が嘘ではないと哲に知らしめているのだ。
――会社に入って二年。仕事にも慣れ、お得意様にようやく顔を覚えてもらう事ができ、ついこの前、初めて企画書が通ったばかり。
死にたくない。
ああ、死にたくは無い。
まだやりたいことは、沢山あるのだから。
目の前のこの子。青ざめた彼を心配そうに見上げる、名も知らない少女。
ゴメン。
そう、哲は心で謝罪をして、針のを少女に向ける。
その針の使い方はいつの間にか頭で理解していた。
それが何時なのかは哲は知らない。だが間違いなくそれを理解しているという事実がそこにある。
少女の体に浮かぶ青く淡い光。恐らく経絡と言われるそこにこの針を刺すと先程女が言った効果がある。針の長さは約1メートルまで伸び、体には外傷は与えること無く、また哲以外、哲の掌以外には触れる事も出来ず、半永久的に刺しっぱなしにすることも出来るのだ。
まず、刺したのは少女の頭。狙いやすかった、と言うのもあるが、差した部位は大脳皮質。頭部全体に広がる、所謂人の意思を司る部位だ。
刺した瞬間、少女の反応は無い。が、上手くいった、と言う感触があった。そこで、ゆっくりゆっくりと操作し、少女の意思を薄れさせてゆく。
一応、確認のため、に女の股間にカバンを電車の揺れにあわせて強く押し当ててみる。少女はピクリ、と反応したが表情に変化は無い。只、眠そうにぼうと視線を漂わせているだけだった。
次に少女の小さい両胸に針を打ち込む。この場所に送る信号は快感の増加。どれくらい、と言う概念はまだわからないが、少女が息を荒げ、胸を腕で抱え込むまで感度を上げる。
『それで終り?』
詰まらなそうな女の声を無視して、更に両手に針を打ち込み。腕を下に下ろすよう、命令を送る。
「あ、あぅぅ……」
切なそうな声を上げ少女は体をくねらせる。胸を隠そうにも腕は動かせず、感度を上げられた胸は服に摺られ、もどかしい刺激を少女に与える。
そこで哲は少女の腕を自分の体に回させる。
「ふぁ、ああああぁ……」
意思を奪われた少女は快感を求めるように更に哲に小さな胸を押し付ける。
小さいながらも確かに柔らな双丘がお腹の辺りに当たる。うむ、やーらかい。役得を感じつつも哲は次の段階へと進める。
更にもう一本の針を少女頭に刺す。そこは先程刺した場所よりも更に奥、即坐核と言われる部位。別名を快楽中枢と言う。
何故先に刺してしまわなかったかと言うと、「はう、いいよぉ。匂いがぁ、胸があああぁぁぁぁぁ……」つまりは刺すだけでも今与えられている刺激に対しての効果を高める為。
そう簡単には刺す事ができなかったのだ。
ここで少女の意思を元に戻していく。
「しゅごい。いいにおい。んふふ、へへへ」
だが、少女の意識は哲の与えた刺激を貪り続ける。
『成る程ね、そこに打ち込む事で依存させてるって訳。鬼畜』
言ってろ、と思いながら哲は仕上げにかかる。
「おい、名前は?」
少女の顎を持ち上げ視線を合わせる。
「ひぁ、あ、さ、里美、んぁあ、唯です。はぁん」
息を荒げながら唯は答える。
「そうか。唯。気持ち良いか?」
「いいれすぅ」
「そうか。なら俺の言うとおりにしろ」
「はぃい」
最早唯には今のこの現状が異様であると考える力は残ってはいないらしい。
思わず哲は笑みを浮べる。もっとも彼女を追い込んだのは哲自身であるが。
ズボンのジッパーを下げ、既に硬くなったモノを取り出す。
「これを口に悶えこめ。噛むなよ」
「あぃ」
惚けた顔で唯はそれを口に含む。
「そのまま声を出すなよ」
おもむろに唯の頭を掴み彼女の喉奥まで一気に突っ込む。
「んう!?」
そしてそのまま勢い良くストロークを続ける。
「ん、ん、ぐ、んあ、ぬむっ、ふぅん、んぅ!」
苦しさに唯は涙を見せるが、彼女は今間違いなくこの行為が快感になっている。それが証拠に彼女の表情は恍惚として哲を見上げ、既に針の効果を解いてある両手を使ってこの行為に抗おうともしない。
「くっ!」
予告も無しに思い切り、唯の喉奥に熱い塊を吐き出す。今までこんなに出した記憶は哲には無かった。最近仕事が忙しく、溜まっていたからと言ってもこれは余りにも多い。
しかし、唯はそれだけの量を飲めと言ってもいないのにそれを嬉々として嚥下した。
「ん、はああぁぁぁ……おいしい……」
それさえも快感に変えて。
……これでいいか? 心の中で哲は女に問いかける。
『四十点ね』
厳しいな。
『当たり前じゃない。まだ彼女は処女よ。それに入れてもいないのに堕落しただなんて言えないわ』
女はそう言うが、電光掲示板を見るに目的の駅まで数分しかない。
『はぁ、解ったわ。その子を墜とすのはまってあげるだけど期限は今日中。これ以上は待て無いわよ?』
ぐ。拒否権は無いんだろ? 心の中で問い返す。
『ふふ、当然よ』
哲はまた大きく溜息を付く
「ふぁ、あ、あれ?」
即坐核から針を抜き、唯に問いかける。
「唯、今日の予定はあるかい?」
「あ、在りません。え、あれ? そうじゃなくて、あぅ……その……す、すいません」
何故か謝られ、哲は目を丸くする。
「私、いやらしい子じゃないのに、こんなことしてしまって」
どうやら彼女の中では自ら進んで哲に抱きつき、更には逸物さえも口にしてしまったと考えているようだ。
なら、利用しない手は無い。
「そうか。でもやったことの責任を取らないとな」
真顔を作って哲は言う。
「ご、ごめんなさい。何でもしますから……。お願いします。誰にも言わないで……」
今にも泣き出しそうな唯をなだめる様に哲は話しかける。
「なら、誠意を見せないといけないよね? でも残念ながら俺には今、時間が無い。唯、君の家はどこだい?」
「え?」
「押しかけようって訳じゃない。ただ大体の位置が知りたいだけだよ」
そう言うと唯は一瞬考え込んで口を開いた。
「峰崎です」
彼女の言う峰崎は俺のアパートのある地区の名称だ。これは都合がいい。
「今日は親は?」
「親は……いません。姉さんは今日は遅くなるって言ってました」
「そうか」
なら話は決まった。
哲は唯の携帯電話の番号を赤外線で受け取り、目的の駅で下車する。
唯はまだ後二駅程先であるのでここでお別れだった。
駅から出ると空は曇り、雨が今にも降り出しそうであった。まるで、神様が憂いを抱いているかのようだと、そんな詩的な考えを浮べながら哲は取引先へ急ぐのだった。