「この高島陽子には夢があるっ!」
俺の隣で陽子は突然立ち上がった。
いつもの図書館の近くにある広場は、夕日で紅く染まっている。
時計は、五時を指している。
「へぇ。どういう夢だよ?」
陽子は俺の問いに、自信満々で答えた。
「私は、自閉症についての専門家になる!」
俺と陽子は、いわゆる幼なじみだ。
陽子は少し変わった奴で、昔から友達と呼べるような奴は俺一人だった。
小学校に入ったときは、俺は一組だったのに、陽子は、ひまわりとかいう教室に、卒業するまで入れられていた。
五年生の時、ひまわり教室の掃除を割り当てられた
おもちゃに溢れた教室、それは俺にとっては、何かを閉じ込めておく牢獄に似ていた。
俺がクラスの仲間と一緒に掃除をしていても、ひまわり教室の奴等は好き勝手していた。そんな中、陽子だけが、掃除を手伝っていた。
さて、話は今から数カ月前になる。
俺も陽子も高校生。
俺は平凡な三流高校。
陽子は、中学生の時から養護学校。
陽子は学校に行くことを嫌って、いつも図書館にいる。
ある日、陽子は言った。
「私、自閉症……なの」
風が強く吹いた。
風が、陽子の足元までのびた髪をはためかせる。
陽子が口を開く。
「自閉症って…別にこのままだと死んでしまう、っていう病気じゃないの。何て言えばいいのかな…」
陽子は、頭を抱えて唸りだした。
今まで抱えてきた疑問が、消えた。
このまま陽子を放置すると自分自の身体をかきむしるという彼女の癖が出てきそうなので、少し注意をそらす事にした。
陽子は体をいきなり触られることが嫌いなので、俺は陽子の耳元どそっと囁いた。
「お前が自閉症でも、俺はお前が好きだ」
「なっ……」
陽子の顔が赤くなる。
ベネ(良し)。作戦成功。
時計は六時を指していた。
陽子が家に帰ったので、何もやることがない俺も帰ることにした。
そして、何気ない日々が続いた
そして、今に至る。
「何で、専門家になろう、って決めたんだ?」
俺の質問に、陽子はすんなり答えてくれた。
「う〜ん。養護学校の【専門家】が【彼ら】を理解していないから、かな。」
そのまま陽子は続ける。
「【彼ら】にとっては、養護学校は世界そのものと言っていい。ある意味【彼ら】の楽園かもしれない。でも、そこはとても楽園とは言えない状態でね。」
俺は陽子の話を黙って聞いた。
「【専門家】は【彼ら】を理解しようとしなかった。
理解の無い教育は、只の苦痛だ。
実際、教室はいつも騒がしかった。普通の人と比べて感覚が少し鋭い私にとっても苦痛だった。
だから、私は【彼ら】とちゃんと向き合い、理解できる【専門家】になろう、って。
私も、【彼ら】だから」
陽子の話を聞いて、疑問が浮かんだ。
俺はその疑問を陽子にぶつけてみた。
「なあ。【彼ら】って、何?」
「私と同じ養護学校の生徒。知的障害者とか」
…陽子、お前時々さらりと難しい事言うよな。
気がつくと、もう時計は六時を指している。
「もうこんな時間か。また明日な!裕太!」
陽子は手を降って、駆けだした。
陽子は、いろいろとこだわりのようなものを持っている。
六時になったら帰るのも多分その一つ。
俺も、やることが無いので帰る事にした。