天翔(てんしょう)は畳職人だ。
職人って言ってもまだまだぜーーんぜん半人前で、師匠である父親にしごかれる日々。
高校在学中から修業を始め、この春卒業してから専念をすることになった。
そして三年がたった今、ようやくヘリを触らせてもらえるようになったところ。
私は、お店の框に堂々と腰をかけてそんな天翔の仕事ぶりを何の気なしに見つめている。
ガラス張りの土間は表通りから丸見えだが、入ってくるお客なんてめったにいないのだから、気に病むことはない。
これは私の、バイトのない平日の夕方の、習慣だったりする。
今日は新しい作業を始めたので、靴を脱いで上がりこみ、手元をじぃっとのぞいているところである。
天翔のいいところは、私がこうやって見つめていても、仕事中ならば私の存在自体を抹消してくれるところだ。
そして作業が終わると、まっすぐに視界に入れてくれる。
天翔が戻ってきた。私はいつもそう思うのだ。
「なあ、重祢(かさね)」
手を止めた天翔がノンフレームの眼鏡を外して、眉間を抑えながら私を呼ぶ。
天翔のお父さんと同じ癖だ。
そのしぐさはとてもオヤジ臭い、といつも言う。そのたびに天翔は、露骨に嫌そうな顔をするけれど、治る気配はない。
「なに?」
「お前、暇なのか?」
「そうだねぇ、暇だね」
「学校は?」
「今日は木曜だから、午前だけなんだ」
「バイトは?」
「今日は木曜だから、ここに来る日なんだ」
「そうなのか?」
「そうなんだ」
「誰が決めた?」
「私」
眉間のマッサージを終えた天翔は、まっすぐに私を見つめながらふぅんと呟いた。
その声音からは、私に興味があるのかないのか、まったく計り知れない。
天翔は私の、幼馴染だ。同時に、片思いの相手でもある。
そしてややこしいことに、天翔もまた私に片思いをしてる。はずだ。