「見つけたぞ、吉良大和守!。私はお前に殺された長谷川仲蔵の娘きぬ、いざ尋常に勝負せよ」
おきぬは口上を述べると懐剣を抜いた。
それと共に長矩は塩谷家伝統の家宝であるムラサマを抜くと自身も口上を述べた。
「我は助っ人の塩谷長矩」
言うなり長矩は吉良を一刀のもとに切り捨てた。
三年前、長谷川家当主仲蔵は藩の方針を巡る口論を発端として発生した刃傷事件により死去。
下手人である吉良は直ちに藩を出奔、姿を消した。
きぬは生まれたばかりの弟に変わり仇討ちの旅に出た。
その助っ人として長谷部家の同役である塩谷家の嫡男長矩も共に旅立った。
三年にわたる追跡の結果ついに吉良の居場所を突き止めついに本懐を遂げたのである。
その夜、
「長矩様ありがとうございます、これで鉄三郎の家督相続も認められます」
いうときぬは長矩に丁寧に頭を下げた。
「なに、武士として当然のこと。礼を言われるほどのことではない」
口ではそう言いながら長矩の心はこの旅が終わってしまうことを悲しんでいた。
二人は幼馴染みであり、長矩は昔からきぬのことを好いていた。
以前には正式にきぬを嫁にもらいたいと父に願い出たことがある。
だが両家の父が共に反対し不可能となってしまった。
そして長谷川家に待望の嫡男鉄三郎が生まれてすぐきぬの縁談の噂が長矩の耳に入った。
その話が公にされる前に刃傷事件が発生、その話は凍結となった。
だが本懐を遂げたことで、凍結していた話が正式に進むであろう事は想像に難くなかった。
長矩はすこしでもきぬとともにいたいと願い助っ人を買って出た。
だが吉良を討ち、明日にでも代官所の見聞をうければきぬは大手を振って藩に帰ることが出来る。
二人がともにいられる時間はもうほとんど残っていないのである。
いっそ力ずくでと何度も思った。それはたやすい。なんといってもきぬは長矩に対して警戒心はまったくもっていない。
むろん幼馴染み相手だからと慎みを忘れるようなきぬではないが長矩さえその気になれば話は簡単だった。
そして今ならば助っ人の謝礼としてきぬの体を要求することも可能でその時きぬは断らないであろう事は確信していた。
だがまじめなきぬである他の男に抱かれながら許嫁に見えるようなことはしないその時は自害するであろう。
ならばこの思いを胸に秘めせめてきぬが嫁ぎ先で幸せになれるように祈ること。長矩にできるのはそれだけだった。
二人は藩に帰ると殿に謁見を許され、お褒めの言葉をいただいた。そして褒美として吉良家の録を両家に分け与えられた。
そして数日、長谷川家は鉄三郎の家督継承、きぬの嫁入り両方の手続きで大変であった。
そんな時長矩は父長友に呼び出された。
「父上いかなるご用でしょうか」長矩は父に問いかけた。
「そなたの嫁の話じゃ」父の答えは単純明快であった。
だがそれは長矩にとって聞きたい話ではなかった。
「わたくしは長谷川殿の仇討ちより戻ったばかり話が急ではありませんか」
「その長谷川殿の件もあり伸びておったが、話自体はそれ以前から決まっておったのだ」
長矩にとってそれは初耳であった。
「今日は顔合わせだけだが、すでにこちらにみえておる」
「それはあまりにも急ではありませぬか」長矩は抗弁するが、
「そなたもよう知った相手、今更気取る必要もない。それ通せ」長友が言うと侍女が襖を開ける。
襖が開くとそこにはきぬがいた。
「きぬ・・・」
「きぬ殿じゃ、今更説明するまでもなかろう」
「しかし父上、きぬを我が嫁にと言うのは父上も長谷川殿も反対と」
「そなたいつの話をしておる、当時長谷川家に子はきぬ殿一人ならば婿を取らねばならん、そなたは我が家の嫡男、婿になど出せるはずもない、
だから無理じゃと申した。だが鉄三郎殿が生まれたとなればきぬ殿が我が家の嫁となるに障害は何もない。
よって鉄三郎殿が生まれてすぐ亡き長谷川殿と話おうた。そしてきぬ殿をそなたの嫁とすることで話は決まり、殿にもお許しを戴いておる」
「なぜそのこともっと早くわたくしに申してくださらなかったのです」長矩は抗議をした。
「はて?申しておらなんだか?まあ良いではないか、はっはっは」長友は笑ってごまかし、席を立った。
長矩ときぬは二人でその場に残された。
「まあ、ともあれそなたを嫁に迎えられるのは喜ばしい」笑ってきぬに話しかけた。
だが見ればきぬは明らかに拗ねた顔をしていた。
「どうした、何か不満があるのか?」長矩は訪ねるときぬは、
「長矩様は、わたくしの縁談は知りながら相手が長矩様とはご存じなかったのですか?」そう問いかける。
「う、うむ、存知なんだ」長矩は焦りつつ答える。
「つまり、長矩様は他の殿御に嫁ぐと思っておられた」きぬの声に怒りの色がにじんでくる。
「それは・・・鉄三郎殿の家督の話などもあってだな」
「わたくしはずっと長矩様をお慕いし続けていたというのに、長矩様は私が他の男に嫁ぐと思っておられた、悲しゅうございます」
「きぬ、それはだな」長矩は必死に言い訳を試みる。
「ふふふ、冗談ですよ。怒っても泣いてもおりません、だって長矩様からわたくしを嫁にと思っておられたのですから。でも」
「でも、なんじゃ」
「三年も一緒にいて何もしなかったことは許せません」
「その埋め合わせはこれからじっくりしてやるから安心いたせ」
そういうと二人は唇を重ねた。