「うっぜえなー」  
 というのが、わたしが有希ちゃんの部屋に入ってから聞いた最初の声。  
 わたしの後ろでおばさん(有希ちゃんのおかあさん)が、こぉらなに言ってるの有希、せっかく  
春菜ちゃんが来てくれたのに、と怒った声で言うけれど、わたしはこれくらいなら慣れっこだ。  
 というのも、最近有希ちゃんは、ふたことめには「うざい」なのだから。  
 たとえいまが、夏休みだというのにカゼをひいて、登校日に提出する宿題をわたしに取りに  
きてもらっているような状況なのだとしても、やっぱり「うざい」らしい。ベッドの上のパジャマ姿の  
有希ちゃんは、けれどやっぱりいつもより元気がなくって、こっちをにらむ顔もあんまり迫力がない。  
まあ、迫力がないのはいつものことだけれど、元気がないのはちょっと心配だ。  
「有希ちゃん、だいじょうぶなの?」おばさんが飲み物とお菓子を取りに行っているあいだ、  
わたしはベッドのそばに寄って、きいた。  
「なーにが、有希ちゃん、だ」有希ちゃんはふてくされたように言って、せきこむ。「……ちゃん付け  
はやめろって、いつも言ってるだろ」  
「いつも聞いてるけど、どうして?」  
「だから、いつも言ってるだろ……かっこわるいからだよ」   
 そう言って、有希ちゃんはまた、げほげほとせきをする。わたしが背中をさすってあげようと  
すると、手でそれをはらいのけてしまう。女の子に心配されるなんて、「男らしくない」って思ってるに  
ちがいない。  
 そう。最近有希ちゃんは、どうやら「男らしい」ことに目覚めたらしいのだ。  
 有希ちゃんは最近、女子といっしょには遊ばなくなって、言葉づかいも乱暴になった。それが  
男らしいことだ、と思ってるところが有希ちゃんらしいけれども、わたしに対してまでそういう態度を  
取るというのは、ちょっとよくないことだと思う。  
 だいたい有希ちゃんもまだ小学五年生なのだし、顔も身体も男らしいどころか、どっちかと  
いうと女の子みたい。はっきりいって顔立ちはわたしなんかよりかわいい。そういう有希ちゃん  
がムリして男らしくしようとしているところは、ほほえましいしかわいらしくもあるけれど、幼なじみ  
のわたしを邪険にするというのは、そう、とてもよくないことだ。うんうん。  
「ごめんねえ、春菜ちゃん」と、飲み物を運んできたおばさんが言った。「有希ったら、恥ずかし  
がっちゃって……ホントは春菜ちゃんが来てくれてうれしいのよ、この子。最近反抗期みたいだけど」  
「――――! ――!!」有希ちゃんがまた乱暴な言葉を言ったけれど、わたしは右から左に流した。  
「わかってます、おばさん」わたしはにっこり笑って答える。「わたし、有希ちゃんの幼なじみですから!」  
「あらあら、もう、春菜ちゃんったら!」おばさんは手をぱたぱたと振り、「春菜ちゃんみたいな子に  
気に入られれば、有希の将来も安泰ね! じゃ、お邪魔なおばさんはお邪魔するとしますかね……  
春菜ちゃん、用事が終わったら声かけてね」  
 はいっ、とわたしが返事をしている間も有希ちゃんは何か言い続けていたけれども、おばさんが  
有希ちゃんのパジャマをととのえてドアを閉める頃には、つかれたのか、むっつりとだまっている  
だけになっていた。  
「さて、有希ちゃん?」わたしは言った。  
「ちゃん、じゃない」有希ちゃんは表情通りの声で言う。  
「じゃ、有希?」  
 と言ったら言ったで、びっくりした顔になって口をもごもごさせるのが、またかわいいんだなあ、これが。  
「……そ、そうだよ、そう呼べばいいんだ。まったく」  
「はいはい。それはそれとして、宿題はちゃんと終わってるの?」  
 わたしが聞くと、有希ちゃんはだまって机の上を指さした。立ち上がって見てみると、たしかに  
夏休みの宿題ノートがそろえられている。登校日までに提出するものだけじゃなくって、きっちり全部。  
いくら乱暴な言葉づかいをしたって、有希ちゃんはやっぱり頭はいいし、きまじめなのだ。ぱらぱら  
めくって見たページの文字からもそれはわかる。  
「……うん、全部できてるね」わたしはぱたんとノートを閉じて、「でね……ちょぉっと、相談があるんだ  
けどなあ」  
 
「宿題ひとつにつき、ジュース一本。ペットボトルで」にくらしいことに有希ちゃんは即答する。  
「高いよお!」わたしは悲鳴をあげつつ、ちょんと指を突き出す。「あのねえ、わたしは有希ちゃんの  
宿題を代わりに出してあげようっていうんだよ? そのわたしに……」  
「別に、おれがおまえに頼んだんじゃない」もう、おれとかおまえとか、有希ちゃんらしくないったら!  
「他の誰かに届けてもらってもいいんだ。そしたらおまえは誰に写させてもらうつもりだ?」  
 むうう、とわたしはうなってすこし考えたけれども、口では有希ちゃんにかなわないのはわたしが  
いちばんよく知っている。その有希ちゃんがヒネくれたのだから手に負えないったら、まったく。  
「わかったわよお……もう」両手を挙げて、降参のポーズ。「じゃ、ジュース五本でね」  
「……おまえな、どれだけ宿題さぼってたんだよ」  
 有希ちゃんがあきれたように言ったけれど、そのころにはわたしは全力で宿題を写しにかかって  
いる。なにしろ明日の登校日までのものもあるのだから、こっちも必死なのだ。有希ちゃんが  
いなければわたしの夏休みはもっとつまらないものになっていたにちがいないと思う。  
 しばらく、部屋の中にはノートにシャープペンシルの先がすべる音と、有希ちゃんのせきの音  
だけが聞こえていた。  
 二つ目の宿題をカンペキに写し終えたころ、わたしはふと顔を上げた。  
 有希ちゃんの方もこちらを見ていて、わたしが首をかしげると、有希ちゃんはあわてて目を  
そらした。その視線があった方向に目を向けていくと、そこには――だらしない姿勢をしていたせい  
か、すこし乱れたスカートのすそがあった。  
 なるほど。角度的には、見えていたかもしれない。  
「有・希・ちゃん?」わたしはこみあげてくる笑いをおさえて、顔をむこうに向けたままの有希ちゃんに言った。「……えっち」  
「なっ、っ――!!」  
 すごいいきおいでこちらを向いた有希ちゃんの、その表情といったら、もう!  
 そのあと、有希ちゃんが顔を真っ赤にしてあることないこと言いつのるのを、わたしはたのしく  
聞き流していた。まあ、有希ちゃんがわたしのスカートの中に興味をもってくれるというのは、  
なかなかどうして悪い思いはしない。有希ちゃんだって、男らしいかどうかはともかく男の子には  
まちがいないし、そしてわたしはりっぱな女の子なのだから。  
 しばらくすると有希ちゃんは、ようやくののしる言葉も尽きたのか、ふんと鼻を鳴らして布団に  
くるまってしまった。わたしは五つ目の宿題を終えて、六つ目に移っていた。  
 ジュースに浮かぶ氷がすっかり溶けた頃、わたしはようやく最後の宿題ノートを閉じて、うんと伸びを  
する。まったく、こんなことを夏休みにやらせるなんて、学校の先生は休みという言葉をよくわかって  
いないにちがいない。  
 ともかく宿題は片付いて、わたしは有希ちゃんにお礼を言おうとした。  
 けれど、有希ちゃんはまだ布団にくるまったまま。「有希ちゃん?」声をかけても出てこない。  
 もしかしたら寝てしまったのかもしれないと、わたしは立ち上がってベッドに上がり、そっとかけ布団をめくった。  
 そこには、こればっかりは昔から少しも変わらない、有希ちゃんのかわいい寝顔があった。……  
けれどわたしは、同時に違和感も感じる。ほてった頬や上下する胸が、どこか苦しそうなのだ。  
わたしはためらうことなく、手を有希ちゃんのおでこに当てた。  
 自分のそれと比べるまでもない。……ひどく、熱い!  
 そうだ。半分くらいは忘れてたけど、有希ちゃんは病気なのだ。  
 わたしのおなかのあたりに冷たいものが落ちて、きゅうに顔が熱くなるのを感じた。うまく頭が  
回らなくって、けれどそれでも、このままじゃいけない、とわたしは思った。有希ちゃんに、待って  
てね、と言って、わたしはいそいでベッドから降りようとする。  
 けれどそのとき、わたしの服のすそが強い力でひっぱられた。  
 わたしはおどろいて振り向く。有希ちゃんの手が、指が白くなるくらいに強く服をつかんでいる  
のが見えた。苦しげな息にまじって、か細い声が聞こえる。  
「……ないで……」  
 有希ちゃんがせきこんだけれど、わたしはそれにもかまわず、その顔に耳を近付けて、  
「どうしたの、有希ちゃん」できるだけ、そっと聞く。「どこか痛む? なにかほしいもの、ある?  
すぐにおばさんを呼んでくるからね」   
「おねがい……いかないで……」その声は、痛々しいくらいにつらそうで、「春菜、ちゃん……」  
 そのことばに、そのうるんだ瞳に、わたしは唐突に、昔の有希ちゃんを思い出す。  
 
 有希ちゃんは昔から、ちっちゃくておとなしくって、いつもわたしのうしろにくっついていて……  
くいくいと小さな手でわたしの服のすそを引っ張って、春菜ちゃん、と鈴の鳴るような声でわたしの  
名前を呼んで。  
 運動はニガテで不器用だけれど、頭はよくて何にだっていっしょうけんめい。泣き虫だけれど  
ヘンなところでいじっぱりで、わたしの前以外ではけっして泣かなくって……涙にふるえるその  
頭をなでてあげると、子犬みたいに甘えてきて。  
 そして……それは見ているだけでこっちもうれしくなってくるような、雨上がりの笑顔。  
 わたしは有希ちゃんのそんなところが、ぜんぶぜんぶ大好きだったし、これからも、きっとそうだ。  
「うん」心細げにこちらを見上げる、むかしのままの瞳に、わたしは言った。「だいじょうぶ……わたし  
はそばにいるよ、有希ちゃん」  
 そしてその、むかしよりちょっと大きくなった身体のとなりに身を寄せて、ぎゅうっと抱きしめる。  
ひしと抱き返してくる有希ちゃんは、まるでむかしにもどってしまったかのよう。熱で頭がもうろうと  
しているせいかもしれない。  
 でも……男らしくしてるよりも、こうしているほうがずっと有希ちゃんらしいと、わたしは思ってしまう。  
こんなときだというのに、ひさしぶりに有希ちゃんを思い切りだっこできて、わたしはうれしく思って  
いる。有希ちゃんにたよられて、甘えられて、うれしく思っているのだ。  
 その息づかいをほおに、その鼓動を胸に、その体温を全身に感じる。そうしていると、ふと気付く  
……ふともものあたりにある、かたい感触。  
 わたしはそっとそれに手をのばす。触れた瞬間、ひぅ、と有希ちゃんが声をもらす。手の中のそれ  
は熱いくらいに感じる。わたしはすこしだけためらって、有希ちゃんのパジャマのズボンのすそに手  
をかけ……ひといきにおろした。  
 有希ちゃんのそれは、最後にいっしょにお風呂に入ったときより、ずっとおおきくなっていた。  
先っぽの皮がすこしめくれて、中味がみえている。むかしは小指くらいもなかったのに、いまは  
どうにか手でつつみかくせるかどうかというくらい。  
 わたしはそれを、好奇心おう盛な友だちから聞いていたように、気持ち悪いとかぶきみだとか  
思うことはなかった。けれど――どこか苦しげではある。すこし考えれば、そのことと有希ちゃんの  
熱とが関係ないことはわかったはずだけれど、そのときはわたしもどこか、ぼうっとしていたのかも  
しれない。これをしずめてあげないと、とわたしは思った。  
「あっ、春菜ちゃん、……っ」  
 わたしがそれに手を触れると、有希ちゃんはせつなげな声で言った。すべすべしたおなかや  
ふとももをくねらせているようすは、わたしまでむずむずしてきそう。有希ちゃんのそれは熱くて、  
かたくて、ひくひくと動いていた。  
 有希ちゃんも男の子なんだもんね、とわたしは思った。ムリに男らしくしなくても、こうして……  
おおきくなっていくものなんだ。わたしが最近、首とおなかのあいだのあたりを気にしているように。  
 もむようにいじると、それはたしかにかたいけれど、やわらかくもあることがわかる。けれど、  
指のように、中に骨があるというたしかな感じまではしない。おしりの感触にちょっと似ているかな、  
とわたしは思った。触れるたびに、有希ちゃんの、はっ、はっ、という吐息が髪にかかる。見上げ  
ると、有希ちゃんはきつく目を閉じて、ほてった顔をいやいやするように振っていた。気持ちよく  
ないのかな、とわたしは思って、そっと顔を近付ける。  
「やっ、ひあっ……!」  
 それは汗とおしっこのにおいがして、そのとおりの味がした。舌の先がふれた瞬間、びくんと  
有希ちゃんの身体が動いた。目の前のそれがまたすこしおおきくなったようで、わたしはびっくり  
しつつ、両手でつつむようにしながら、それを口にふくんだ。  
 むっとするにおいが鼻と口じゅうにひろがって、正直いってあんまりいい気分じゃなかったけれど、  
わたしはそうする自分をとめられなかった。有希ちゃんのそれをアイスキャンデーでもほおばる  
ようにしてなめまわすわたしは、きっとすごくはずかしい姿だっただろうと思う。けれど、頭の上  
からきこえてくる、そしてすこしずつ甘く湿っぽくなってゆく有希ちゃんの声が、わたしもそういう  
気分にさせていたのかもしれない。触れてたしかめるまでもなく、わたしのそこも熱く湿っていた。  
 
「春菜ちゃ、んっ……あ、っく……ぅ」  
 わたしがなめたせいでぬらぬらとしているそれの先っぽから、よだれとはちがう種類のなにかが  
出てきた。おしっこでもない、ねばねばしたなにか。そのころには有希ちゃんは自分から腰を動かし  
ていて、わたしはあばれまわるそれをけんめいになぐさめていた。そして自分でも気付かないうちに、  
わたしの方も、ベッドにそこをこすりつけるように腰を振っていた。  
 やがて、わたしのおなかのあたりになにかぞくぞくする感じが集まってきたころ、とつぜん有希  
ちゃんがおおきな声をあげ、「――あっ、っく、ふ、あぁ……っ!」わたしの口の中に、すごく熱い  
なにかが飛び出てきた。わたしはおどろいて顔をはなしてしまい、あわてて有希ちゃんの顔を  
見あげた。  
 そのときの有希ちゃんの顔を、わたしはしばらく忘れられないと思う。口を半開きにして、薄く  
開いた目をうるませて肩をふるわせるそのようすは、これ以上ないくらい気持ちよさそうだった。  
だらしなくはだけたパジャマのすそ、白いおなかとふとももに飛び散る真っ白ななにか……いま  
思い出しても胸がきゅんとする。  
 苦いなにかをごくりと飲み込んで、わたしはしばらくその姿に見入っていた。頭はまだどこか  
物足りなさを感じていて、しぜんと手がまだぬるく湿っている足の間に伸びかけて……そのとき、  
「春菜、ちゃん……」  
 ぼうっとした声で有希ちゃんが言って、わたしの胸に倒れこんでくる。  
 有希ちゃんは、ふにゅ、と顔をこすってきて、すりすりとするそのしぐさがかわいくって、愛らしくて  
……わたしはそっと有希ちゃんの顔を上げて、そのやわらかいほっぺたにキスをした。するとほんの  
わずか先にある有希ちゃんのくちびるが動いて、わたしはそれをきいた。  
「春菜ちゃん、……だいすき……」  
 わたしが聞き返そうとしたときには、有希ちゃんはもう、やすらかな寝息を立てていた。  
 有希ちゃんのその寝顔は、ホントに天使みたいで……。  
 でも……わたしは思った。有希ちゃんだって、いつかはおおきくなるんだ。  
 男の人なのだから、背も伸びて、たくましくなって……そっちの方だって、もっとおおきくなって  
いくんだろう。そういうとき、わたしはまだ、いまとおなじ気持ちでいられるんだろうか?  
 有希ちゃんが男らしくしようとしているのは、わたしはいいことではないと思う。するとわたしは、  
有希ちゃんにむかしのままでいてほしいと思っているんだろうか? おっきくなってほしくなんかない  
って思っているんだろうか? でも、そんなことはけっしてできない。それなら、わたしは有希ちゃんの  
ことを、いつか……  
 ……わからなかった。  
 もともとわたしの頭は、むつかしいことを考えるには向いていないのだった。それはほんとうに  
むずかしい問題に思えて、だからこそ考えなくてはいけないと思ったけれど、やっぱりムリだった。  
こういうとき、有希ちゃんがいれば……。  
 すやすやと眠る有希ちゃんの寝顔をながめていると、いつのまにかわたしも、ベッドの中で  
うとうととしてしまっていた。  
 
 
「うっぜぇなー」  
 というのが、有希ちゃんがわたしの部屋に入ってから聞いた最初の声。  
 さすがの有希ちゃんも、わたしのおかあさんがいるときはおとなしくしていた。けれどおかあさんが  
飲み物を置いて出ていくと、これなんだから。  
「わたし、たしか昨日、大丈夫なのって最初にきいてあげたと思うけどな」  
 わたしがつぶやくと、有希ちゃんはあきれたように首を振った。  
「あのなあ……人んちに宿題写しに来て、そのままカゼ引いて倒れたヤツに、大丈夫も何もない  
だろ?」ため息をつき、「けっきょく、おまえの分の宿題までおれが持っていって……まったく、写させ  
損じゃないか」  
 そういう有希ちゃんも、わたしがけほけほとせきをすると(べつにカラぜきじゃなくって)、ちょっと  
心配そうにこちらを見てくれたりする。わたしは笑って、「わたしが有希ちゃんのカゼをもらって  
あげたから、有希ちゃんは学校行けたんじゃない」  
「……頼んだ覚えなんてないけどな」  
「ふうん? わたしが昨日なにをしてあげたか、もう忘れちゃった?」  
 この一撃はきいた、とわたしは内心にやりとしたけれど、意外にも有希ちゃんはきょとんとした  
だけだった。「なに、って……?」  
 もしかしたら、昨日は熱でもうろうとしていたから、ホントに覚えていないのかもしれない。それは  
それでいいけど……わたしは飲み物のコップを持ち上げて、聞いた。  
「ホントに、忘れちゃった?」  
 その中身は、わたし好みのちょっと濃い目のカルピス。  
 わたしはそれを両手で持ち、ごくりとのどを鳴らして飲む。おいしい。  
 そのとき――有希ちゃんの顔が、はたと気付いた表情、それから困惑、そしてそれからみるみる  
うちに赤くなって、ぱくぱくと金魚みたいに口を動かすまでのようすは、もうビデオに取っておきたい  
くらいだった!「……あ、あ、あれ、ゆ、夢じゃ……っ!?」  
「春菜ちゃん」とわたしは言った。「だいすき……ってね?」  
 この一撃はホントにきいたみたいだった。有希ちゃんは悪態をつく間もなく、火が出そうなくらい  
赤くなった顔をうつむけて沈黙する。わたしはついつい笑ってしまいそうな心をおさえて、ベッドから  
おりて有希ちゃんのとなりに座る。  
「ね、有希ちゃん――」  
「う――」有希ちゃんがきゅうにぱっと顔をあげたので、わたしはびっくりした。「う、う、ウソだからな!  
昨日のは、あ、あれは、ちょっと調子が悪かったから、まちがえて……その……と、とにかく、ホント  
に言ったんじゃないんだからなっ!!」  
 言ってから、有希ちゃんはわたしと目があって、またうつむく。  
 わたしはふっと笑って、かたくにぎられた有希ちゃんの手に、自分の手を重ねた。  
「ね……有希ちゃん」わたしは言う。「わたしのこと、きらい?」  
 有希ちゃんはちょっと顔を上げかけて、けれど下を向いたまま、  
「……なんでだよ」とだけ答える。  
「うん……わたしね、有希ちゃんにだけはウソを言ってほしくないから」  
 わたしはすこし迷って、けれど思うままに続けた。「おっきくなっても、かっこよくなっても……有希  
ちゃんには、ホントの有希ちゃんでいてほしいの。わたしがきらいなら、そう言って。その方が、ウソ  
をつかれるよりは、ずっといいもの」  
 わたしは……自分がホントにそう思っているかどうかも、じっさいのところわからなかった。ホント  
に有希ちゃんからきらいって言われたら、わたしはきっとすごく落ち込むかもしれない。  
 でも……ひと晩眠って、考えたのだ。  
 わたしは有希ちゃんが男らしくしようとしているのはイヤだけれど、それは有希ちゃんがおっきく  
なるのがイヤなんじゃなくって、有希ちゃんがムリをして、ウソをついているようなのがイヤだったんだ。  
有希ちゃんがいつかホントにおっきくなって、ホントに男らしくなっても、やっぱり有希ちゃんは有希ちゃん  
なんだと思う。だって、それがホントの有希ちゃんなのだから。そしてそんな有希ちゃんが、わたしは  
……ああもう、よくわからなくなってきたけど、つまり、ムリしてウソをつくのはよくないってこと!  
「だから」ぽふ、と有希ちゃんの細い肩に頭をあずける。「男らしくなくっても、かっこよくなくっても、  
わたしがきらいだっていいから……わたしの前でだけは、ホントの有希ちゃんでいてね」  
 有希ちゃんの体温がつたわってきて、こうしていると、とても安心する。むかしから有希ちゃんは  
わたしの後についてくるばっかりだったけれど、だからといって有希ちゃんがわたしにたよりっぱなし  
だったってことじゃない。わたしだって、有希ちゃんがいなければさみしかったし、わたしの方も  
有希ちゃんにたよっていたのだから。  
 
 有希ちゃんは、そんな、わたしの大事なひとだ。  
 だからわたしは……有希ちゃんには、ホントの有希ちゃんでいてほしい。  
「……ホントに」ぼそりと、有希ちゃんがいった。「男らしくなくても……いいの?」  
「え……?」わたしは頭を離し、うつむいたままの有希ちゃんを見る。  
「だって」有希ちゃんはやっと聞き取れるような声で、「その……春菜ちゃんって、男らしいひとの方  
が、好きなんじゃ……」  
 わたしのカゼでぼうっとした頭は、その意味を理解するのにしばらくかかった。それから、わたしは  
言った。「えーと……それはつまり、有希ちゃん……?」  
「……だ、だって、春菜ちゃん、ぼくのこと臆病とか、ひっこみ思案とか、いつも言って……」  
 ……うつむいたままの顔、そのほっぺたを両手で持って、ついと持ち上げる。  
 大きな瞳が、おちつく場所を探して動いている。わたしの方ではないどこかを見ながら、有希ちゃん  
はごくごくちいさな、鈴の鳴るような声で、「……ホントだよ、昨日いったこと……」それからやっと、  
わたしの方を見て、上目づかいに――「……すきだよ。春菜ちゃんのこと……だから、ぼく……」  
 この一撃は、きいた。  
 おなかの奥の方からなにやらざわざわしたものが湧いてきて、あっというまにのどを突き抜け、  
わたしの頭の中ではじけた。気付いたときにはわたしは有希ちゃんをものすごいいきおいで押し  
たおしていて、ものすごいいきおいで抱きしめている。  
「は、春菜ちゃ――!?」有希ちゃんがあわてた声で言った。  
「――――っ!!」わたしは声にならない声をあげて、「有希ちゃん、もういっかい言ってっ!」  
「え、ええ?」  
「もういっかい!」  
 しどろもどろに、すき、という有希ちゃんを、わたしはもうなにがなんだか、とにかくぎゅうっと  
抱きしめる。「わたしもね」そのままのいきおいでわたしは言う。「わたしも有希ちゃんのこと、  
すきだよ。やっぱり、ホントの、そのままの有希ちゃんが……だいすきっ!」  
 なんだかんだで言えなかったひとことが、あっさりと口をついて出た。有希ちゃんは真っ赤な顔で  
こくこくとうなずいて、ふにゅ、とわたしに抱かれるままになる。そんな有希ちゃんが、わたしのため  
にムリして男らしくなろうとした有希ちゃんがかわいくていじらしくてしかたなくって、もう、わたしは  
カゼであることなんかどこかにふっとんでしまった!  
 ひとしきり有希ちゃんのやわらかい身体を味わったあと、わたしはそっと言う。  
「……有希ちゃん、ごめんね」こんなにまっすぐに、ごめん、ということができたのは、はじめてだった  
かもしれない。「わたし、臆病でもひっこみ思案でもね、そんな有希ちゃんが……」  
「うん……」有希ちゃんは答え、「……春菜ちゃん。ぼくも、そのままの春菜ちゃんが……」  
 ……すき、と二人の声が重なる。  
 そしてわたしたちは、そのままくちびるを重ねて……昨日の続きを、した。  
 
 残ったみじかい夏休み、けっきょくわたしたちは二人そろってカゼで寝込むことになった。  
 けれどもわたしは、ぜんぜん後悔なんてしなかった。  
 だって……夏休みが終わったいま、わたしのとなりには有希ちゃんがいて、わたしたちは手を  
つないでいて、そして、  
「……春菜」  
 と、有希ちゃんが、あの有希ちゃんが、はにかみながらもホントに言ってくれてるのだから!   
まだふたりっきりのときだけだけれど、そんな有希ちゃんは、男らしくしようとムリをしていたときより  
も、ずうっとたのもしくて、りっぱで、かっこよく見えた。わたしはますます、有希ちゃんのことがすきに  
なった! やっぱり有希ちゃんは、ありのままでいるのがいちばんすてきなのだ。  
 そしてわたしは、いつか有希ちゃんがおっきくなっても、男らしくなっても、おとなになっても、おじい  
さんになっても、有希ちゃんの――有希のことが、だいだいだいだーいすき!なのだとおもう。……  
だってそれが、ホントのわたしの気持ちなのだから!  
 

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