朝、登校時間の二時間前に起きた僕は、制服に素早く着替えると千佳の家の呼び鈴を鳴らした。  
やつれた顔をしたの妙齢の女性―千佳の母親だ―が、僕を出迎えた。  
 
「ああ、ユウちゃん…おはよう。いつもありがとうね…」  
「いえ、気にしないでください」  
 
彼女と目も合わさず素っ気なく言うと、さっさと家の中に入った。彼女も特に咎めるような事はしない。  
突き当たりの部屋の前に立ち軽めにノックする。  
 
「ちぃ、朝だ。起きろ」  
 
返事は無い。僕は黙って部屋のドアを開け、中に入った。  
窓際のベッドですやすや寝息を立てながら、千佳が眠っている。僕は彼女の両足に視線を向けた。  
今はもう動かない千佳の足。その事実は少しだけ僕の心を掻き毟る。  
僕は軽く千佳の頬を叩きながら、もう一度声をかけた。  
 
「ちぃ、起きろって。朝だ」  
「んん…………ふぁ、ユウくん、おはよう…」  
「早く起きろよ。支度するぞ」  
 
ぶっきらぼうな僕の言葉に、寝起きの千佳は素直に従った。両手を使ってのろのろ起き上がり、ベッドの上にちょこんと腰掛ける。  
はっきり目が覚めたのか、緊張した面持ちで佇んでいる千佳。  
僕はパジャマの下に手をかけると躊躇い無くそれを脱がせた。  
 
「ふぁ…」  
 
小さく千佳が呻いた。  
千佳の白い下着、その丁度一番大事な場所にできているシミに、一瞬僕が目を止めてしまった事に気付いたのだろう。  
真っ赤になって顔を背ける千佳。だが僕は顔色一つ変えず、パジャマを脱がせてしまう。  
壁に掛かっている千佳の制服を取り、スカートだけをさっきの逆の要領で手早く履かせていく。  
おしりの部分に通す時だけ僕に体重をかけさせ、体を浮かせるようにする。  
体を預けながら千佳は小さく囁く。  
 
「ご、ごめんなさい。重いよね…」  
 
千佳はいつもそうだ。僕が迷惑がってるとでも思ってるのか。  
 
「いいから早く着替えろよ…」  
「は、はい…」  
 
上半身の制服とブラジャーを渡してやる。さすがに見ていては着替え辛いらしく、後ろを向いて終わるのを待つ。  
着替え終わった千佳を抱え上げ、車椅子に乗せた。また小さく『ごめんなさい』と呟く。  
居間に行くと、千佳の母親は既に勤めに出たようで誰もいなかった。  
僕が作った朝食をとって僕らは家を出た。始業時間まではまだだいぶある。  
 
 
幼なじみの千佳が車椅子の生活を始め二年がたつ。  
健康だった頃の彼女は多少気弱でおどおどした性格だったものの、何の問題も無く暮らしていた。  
最近は子供の頃のように僕の後をちょこまかついて来る事も無く、特に高校に入ってからは僕以外の男子とも喋るようになってきていた。  
『俺は一生コイツの面倒見るのか』なんて思っていた僕の思いも杞憂に終わる、そんな風に思った。  
その矢先――千佳は男に暴行を受けた。五人もの男に代わる代わる輪姦され、絶望した彼女はその日の内に道路に身を投げ出した。  
幸い一命はとりとめたが、以来千佳は両足が動かなくなり、僕は彼女の介護に務めている。奇しくも『一生面倒見る』というのが実現しかけている訳だ。  
 
 
学校においても僕らの生活は変わらない。  
下足箱では靴を履き替えさせ、階段では千佳をおんぶしながら車椅子を片手で持って昇る。移動の時はもちろん僕が車椅子を押している。  
とにかく僕は千佳が不自由しないように彼女にべったりとくっついて過ごしていた。  
そんな僕らを見て「おしどり夫婦」と言う人もいる。でもそれは遠くから僕らを見ている人だ。  
クラスメイト達は決してそんな事は言わない。僕らがどれだけ歪か知ってるからだ。  
互いに友達と話している時も、僕は常に千佳を視界の端に捉えている。  
幸い僕は以前はクラスの中心人物だったし、千佳は悲劇のヒロイン扱いで、クラスメイトから疎まれる事もなかった。  
有難い。僕は千佳に尽くす事を邪魔されなければそれでいいのだ。  
そういえば以前、僕が千佳の事を縛っている。彼女を解放しろ、と言ってきた奴がいた。  
彼の名前は思い出せないが、どうしてるだろう。退院したという話は聞かないのでまだ病院にいるのだろうか。  
 
 
昼、食事を終えて教室に戻る僕らの耳に無遠慮な会話が聞こえてきた。  
 
「ほら、あの女だよ…」  
「あー、例の車椅子女」  
「あの五人にマワされたってヤツ?」  
「ばっか、ちげーよ。五股かけてとっかえひっかえヤりまくってたんだろ?」  
「マジかよ。スゲービッチじゃん。俺らも頼めばヤらしてくれっかな」  
 
僕は咄嗟に千佳の耳をふさいだが、遅かった。千佳はカタカタ震えだし、怯えたように頭を抱える。  
 
「ひっ、嫌、やめて…。わ、私…」  
「ちぃ!ちぃ、落ち着け!大丈夫だ!」  
 
必死に呼び掛けるが千佳は止まらない。  
 
「嫌ぁ、ユウくん…。助けて…嫌!ごめんなさい!止めてぇ!」  
「ちぃ!大丈夫だって!何も起きてない!」  
「ひっ…ひぅ…あぁ…」  
 
何度も強く呼び掛けた事でようやく千佳は落ち着いてきた。僕はほっとため息をつく。  
 
「勇人、どしたんだ?」  
「なんかあったの?」  
 
背後から声がかかる。振り向くと拓也と希美が立っていた。二人とも互いに僕と千佳の友人だ。  
 
「悪い。ちぃを教室に連れていってくれないか」  
「へ?…………ま、まあいいわよ」  
 
希美は呆けた顔をする。僕が千佳を他人に預けたのがよほど意外なのだろう。  
 
「わりぃな。俺ちょっと行くとこあってよ。五時限目には戻るから」  
 
拓也達と別れ、僕は校舎裏に向かった。目的のものはほどなく見つかった。  
 
「あーダリ。つーか、ヒマ。なんか笑える事ねー?  
「誰か死んだりしねーかな」  
「誰か殴らしとくれるだけでもいーよな」  
 
下卑た声が堪に触った。僕は無言で彼らの座る場所に踏み込む。  
 
「あん?んだ、テメ――」  
*********************  
 
「早く戻んないとな。五時限目始まっちゃう。あ、返り血落とさなきゃ…」  
あわてて教室に戻る。その途中、クラス委員長の三沢に会った。  
 
「あ、勇人くん。千佳ちゃん不安がってるよ。早く教室戻りなさいよ」  
「わぁってるよ。いいんちょこそ授業始まるぞ」  
 
三沢と一緒に教室に戻ると千佳が震えながら待っていた。  
それを見て僕も安心する。拓也達を信じてない訳ではないが、やはり千佳の事を他人に任せるのは不本意なのだ。  
 
 
夕方、ゆっくりと散歩気分で家路についた僕らは、千佳の家の居間でお茶を飲んでいた。  
昼間の出来事から未だ立ち直っておらず、千佳の表情は晴れていなかった  
 
「ちぃ、どーした。ほら、この茶菓子うまいぞー」  
 
空々しい空虚な言葉を投げ掛ける。千佳はそれには答えず、こちらをちらりと伺うと、探るように言った。  
 
「ねえ、ユウくん…昼休みの時…私だけ先に戻らせて…どこ行ってたの?」  
 
ぴくりと僕の肩が震える。まさか千佳にバレた?  
いや、「彼ら」は校舎裏に放置しておいたからそう簡単に見つかるとも思えない。  
事実、僕らが下校するまで警察や救急車が来た気配はなかった。  
 
「どこって…ちょっと野暮用があっただけだよ」  
「野暮用…」  
「そうそう。つーかほら、どうでもいい事じゃん。あんまプライベートを探るなって」  
 
おまえが言うなと、突っ込みたくなるセリフだ。  
千佳の生活を、文字どおりおはようからおやすみまでサポートしている僕に、それを言う資格はないだろう。  
しかし、当の千佳はそれであっさり引き下がった。  
 
「そ、そうだよね。ごめんなさいユウくん、ごめんなさい…」  
「だからすぐ謝るクセ直せって。ほら」  
「ん……」  
 
僕は千佳の頭に手を伸ばしクシャクシャと撫でてやった千佳は目を細め、子犬のようにされるがままになっている。  
こうして二人でいる時、僕らは少しだけ昔に戻れるのだ。  
そうしていると千佳が突然ぴくっと動いた。そのままモジモジしていたが、やがて顔を赤らめながら言った。  
 
「あ、あの…ユウくん」  
「なんだ、どうした」  
「………………………………………………………………………………おトイレ」  
 
僕は千佳をトイレに連れて行く。学校では女子に頼めばいいが、家ではそうはいかない。一般家庭に車椅子用のトイレなんてついてないのだ。  
同い年の女子をトイレに連れていって用を足させる。これだけ聞くと変態的なものを想像してしまうが、別に変な事をする訳ではない。  
精々スカートを脱がせて手間を省いてやるくらいだ。  
それでも用を足した直後に下着のまま抱き抱えられる千佳は恥ずかしそうだったが。  
 
 
居間に戻ると午後7時。  
僕は夕食を作り二人でそれを食べた。千佳の母親の分も作っておいたのだが――。  
 
「お母さん、仕事で遅くなるって…」  
 
千佳の母親が「遅くなる」時は深夜2時くらいまで帰って来ない。その間は二人きりというだ。  
 
「ユ、ユウくん…その…お、お風呂、入りたい…かな」  
「ん、わかった」  
 
僕は普段通りの口調で淡々と返事すると、千佳を抱え上げ風呂場へ向かった。彼女の体温はいつもよりほんの少し高いようだった。  
 
 
僕らは順番に風呂に入ると(もちろん千佳の体は僕が洗った)、千佳の部屋に向かった。  
風呂場からずっと千佳を抱き抱えていた僕は優しくそっとパジャマ姿の千佳をベッドに降ろす。  
そのまま僕は立ち上がろうとしたが、千佳は僕の首に腕を絡ませ、しがみつくように離れない。  
 
「ちぃ?」  
「…………」  
 
千佳は何も言わない。ただ動かない両足を少しでも擦り合わせ、切なそうに身を捩らせている。  
 
「……ユウくん」  
 
熱く濡れた瞳で僕を見つめてくる。その表情はあどけない顔立ちからは想像できないほと淫猥だ。  
 
「……我慢……できないんだ?」  
「……ごめんなさい」  
 
消え入りそうな声で言う千佳。僕の胸をちくりと痛ませる。  
二年前の事が千佳に残した傷痕は両足だけではなかった。  
五人もの男に犯し尽くされた身体は、肉欲と快楽に慣れさせられ自ら男を求めるようになっていた。  
淫らに開発された身体は、二年経った今も本人の意志とは無関係に昂ぶり、凌辱の記憶と共に千佳を苛んでいる。  
だから千佳は僕をはけ口にした。一番身近にいて、最も信頼していた僕を。  
言うなれば、僕を生け贄にしたのだ。  
だが、どちらにせよ僕が千佳の求めを断われるはずがない。  
 
僕は期待と情欲と不安が混ざった瞳を見つめ、優しく口づけした。  
 
「んっ」  
 
唇が触れると微かに千佳は反応したが、すぐに口を開け舌を入れて来た。  
僕は侵入してきた舌を絡め取り、逆に歯茎の裏や上顎を丹念に舌で愛撫する。  
誘うのは千佳、責めるのは僕。それが僕らのいつものやり方だ。  
 
「んっ、ふぅん、んぁ」  
 
千佳の息が荒くなってきた。さっき以上に脚を擦り合わせ、パジャマの胸には突起が浮かんでいる。  
僕は唇を離し、パジャマのボタンに手を掛けた。  
 
「やぁ、はぁん、ダメだよ、ユウくん」  
「こんなに勃たせて、何言ってんだ」  
 
曝け出された千佳の乳房はその性格の通り控えめな大きさだ。  
昔はもっと大きく、服の上からでもわかるほどだったのだが、長い病院生活で痩せこけた為にすっかり小さくなってしまった。  
その小さな双丘の頂につんと尖った乳首が自己主張している。  
 
「はんっ、んっ、ひぁ、やあぁぁ!あぁぁぁ!」  
 
小ぶりな胸を包み込むように揉むと敏感に反応してくる。乳首を軽く摘むと涙混じりの嬌声を上げた。  
僕はさらにそのまま下を責めようとパジャマのズボンに手をかける。  
千佳は一瞬抵抗したが、彼女の服を脱がせ慣れている僕には何の意味も無い。  
あっという間に千佳の秘部は露になった。そこはもう充分過ぎるほど濡れていて、割れ目に押し入ろうとした僕の手をぐしょぐしょにする。  
 
「んぁ、ひっ、んっあっ、あっ、はぁん…」  
 
手マンだけでさっき以上に感じている。  
くちゅくちゅと水音を立てて指を動かす僕に、千佳は堪えきれなくなったように叫んだ。  
 
「やあぁっ、お願い、ユウくん!も、いれてぇ!」  
「うん……挿入れるよ」  
 
ゆっくりと千佳の中へ侵入した。男を知っている身体は射精を促す動きで包み込んでくる。  
僕も腰を動かし始めた。二人は互いに昇り詰めていく。  
 
「いい、いいよぉ。もっと激しくしてぇ!」  
 
うまく体を動かせないもどかしさから腰を振りたくる千佳。僕の首に回した腕に力がこもる。  
それに呼応するように僕も動いていき、二人はついに限界を超えた。  
 
「ユウ…くん、ユウくん、ユウくん!」  
「ちぃ…くっ、あぁ…ちぃ、ちぃ!」  
 
互いの名前を連呼しながら僕らは同時に果てたのだった。  
 
 
けだるい余韻から抜け出した僕はベッドから立ち上がろうとした。  
しかし千佳は脱力しながらも先程と同じようにしがみついて離れようとしない。  
「ちぃ」  
「…………」  
 
諫めようとする僕の言葉にいやいやをするように首をふる。  
 
「ユウくん…もう一回」  
「ちぃ…?」  
「ご、ごめんなさい。でも…嫌なの、寂しいの…ごめんなさい、ごめんなさいユウくん、…いやらしい私の事…嫌いにならないで…」  
子供のように泣きじゃくり、必死に訴えかける千佳。  
ことここに至って、ようやく僕は「何があった」なんて間の抜けた質問をしていた。  
今の千佳を見て何もないと思う方がどうかしてる。  
震える背中を撫でていると、しゃくり上げながら話し始めた。  
 
「お昼に、ユウくんが、いなくなっちゃって、私…怖くなって、そしたらユウくんが、三沢さんと戻って来て…」  
 
ああ…そういう事か。僕は自分の愚行を恥じた。  
自分が怯えている時に、一番傍にいるべき男が勝手にいなくなった上、別の女子と戻って来たのだから、不安定な千佳の精神に影響しないはずがない。  
要するに千佳は三沢と一緒にいる僕を見て、僕を取られる、と思ったのだ。  
僕は三沢と一緒に教室に戻るべきではなかった。いや、少なくともさっき千佳に昼休みの事を問われた時、適当に誤魔化すべきではなかったのだ。  
その結果がこれだ。千佳は不安と喪失感、そして性欲を満たす為に、必死で繋ぎ止めるかのように僕を求めている。  
 
「ユウくん、お願い…私の事嫌いにならないで。嫌だよぉ…ユウくん、置いていかないで…」  
 
僕はただ彼女の頭を抱きしめて言った。  
 
「大丈夫、嫌いになんかならない。何処にも行かないよ。ずっとちぃの傍にいるよ…」  
 
その言葉に安心したように頷き、僕に顔を突き出す。  
僕はその唇に軽くキスし、胸に手を伸ばした。  
そうして僕らは再び愛し合い始めた。  
 
 
千佳を寝かしつけ、彼女の家を出た時は既に日付が変わっていた。  
自宅に戻りながら僕は先程の会話を思い出し、自嘲の笑みを浮かべた。  
 
「嫌いにならないで、か」  
ねぇ、ちぃ。可哀想なちぃ。両足が動かないちぃ。五人もの男に暴行されたちぃ。君は知らないだろう?  
 
 
その五人に君を襲うよう指示したのが僕だって事。  
 
 
あの頃の僕は、人見知りだったちぃが自立していくのを喜ぶ反面、恐れてもいた。ちぃは僕だけのものだと思い込んでいた。  
でもあの日、僕は見てしまった。ちぃに告白している男子生徒の姿を。  
僕はその時、多分何かが結果的にズレた。  
今思えばなぜあの時自分の想いを伝えなかったのだろう。とにかく僕はちぃの心を繋ぎ止めるより壊す事を選んだ。  
でも僕は身体まで壊そうと思った訳じゃない。  
だからちぃの両足が動かないと知った時、僕の目が覚めた。  
 
「嫌いになんかならないよ、ちぃ…」  
 
そうだ、嫌いになんかならない。だけど君を好きにもならない。僕の行為は愛情ではなく償いでしかないからだ。  
僕らの関係をなんと呼ぶのか。恋人でも幼なじみでも無い、強いて言うなら互いが互いの奴隷のような関係。  
その関係を明日も明後日も、ずっと続けていくのだろう。  
僕は千佳の部屋の窓を振り返った。  
 
「おやすみ、ちぃ…また明日」  
 
 
了  
 

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