「阿川優子でしょ?知ってるけど?……彼女がどうかしたの?」  
ある日、従兄弟の賢が女の子について聞いてきた。  
私は思わず顔を強張らせる。  
……まさか、阿川さんを見かけて一目惚れとか……そんな話だったらどうしよう。  
 
賢は近くに住む一つ年下の母方の従兄弟。  
仲良し姉妹である二人の母親の交流が頻繁なので、私たちも赤ん坊の頃から頻繁に会っていた。  
同じく教育熱心な母親たちの影響で、私は全国有数のトップ女子校、賢は全国一のトップ男子校に通っている。  
その……ちょっとだけ気になる男の子ってとこである。  
……ちょっとだけだからね!好きとかじゃないのよ!  
いやまあ、そんなことはどうでもよろし。  
 
「いや、同じ学校だから智恵姉ぇなら知ってるかなあって」  
「知ってるもなにも、茶道部の後輩だけど……」  
「マジで?!」  
 
よくよく話を聞いてみると、賢の友人の秀くんの恋人未満?な幼なじみだということ。  
……よかった、賢の話じゃなくて。  
しかし、ふふふふふ。あの真面目な阿川さんが、そんな面白い恋愛ネタを持ってたなんてっ!!  
明日早速つついちゃろ。楽しみーっ!  
 
拍子抜けしたことに、阿川さんと秀くんの話というのは、一部では有名だったらしい。  
考えてみれば、彼女と秀くんは同じ濱望塾出身で、うちの学校には濱望塾出身がうじゃうじゃいるのだった。  
私と賢は鹿渕塾出身だから知らなかったけど……。  
まあ、気を取り直して、ここは先輩の特権!強制コイバナの時間だぜイエーイ!  
 
 
「秀くんは昔から素敵だったんです。  
 私は成績だけで運動音痴なのに秀くんは文武両道。  
 野球ではリトルリーグの監督さんがチームに入ってくれと頭を下げるほど。  
 頭もすっごく良くって、小学生なのに高校の数学やってたんですよ。  
 私も数学だけは一度も勝てなかったんです。  
 それでいて女の子は絶対いじめないし、私が上の学年の子にいじめられた時は  
 ものすごく怒って立ち向かってくれたんです!……ボコボコにやられてましたけど」  
それは怒涛のごときノロケだった。  
なんだか虚しくなり、真っ赤な顔でマシンガンのごとくノロケを垂れ流す彼女を制止しようとしたとき  
ふう、と彼女はため息をついて憂い顔になった。  
「でも、秀くん、鈍くって……私がアプローチしても気付いてくれないんです」  
「……男の子って、基本的に鈍い生き物なのよ」  
反射的に答え、私は賢を思い出す。  
……いやいや、何で賢なんか思い出すのよ?!  
「先輩もそう思いますか?!」  
阿川さんはパアッと笑顔になって私の手を握った。  
切れ長で整った綺麗な目。高い鼻に形のよい唇。  
女の私でさえ見とれそうなこんな美少女にアタックされて気付かないとは、秀くんはどれだけ朴念仁なのか。  
「ええ。阿川さんにアタックされて気付かないなんて男はバカヤロウよ  
 でも、阿川さんのことだから、慎ましすぎるんじゃない?  
 もっとわかりやすくアプローチするとか……」  
それは素朴な疑問だったのだが、彼女の答えを聞いた私は、とりあえず絶句することになる。  
 
「私、とりあえず秀くんとはなるべく一緒にいられるように努力してます。  
 塾にも、秀くんがいるから行ったんです。  
 それから、いつも塾の先生は賢くて尊敬できるし、友達と競うのも楽しいって言ってたから、  
 私も秀くんに尊敬されたり楽しいって言って欲しくて勉強も頑張ったんです!  
 なのに秀くん、だんだんよそよそしくなって……」  
それはそうだろう。  
阿川優子の優秀さは他塾にも轟く程だった。  
男というのはプライドが高い生き物である。  
可愛い幼なじみであっても、進学塾で成績で抜かされて嬉しい小学生はいない。  
「中学も別になって、駅でも反対方向の電車に乗るようになって、中々会えなくなっちゃったんです。  
 だから朝起こしに行くようにしたんですけど……。  
 お母さんが『優子ちゃんはしっかりしてていい子ねぇ』と自分と比較されるのがイヤだから  
 やめてくれって言われて……」  
多分秀母は阿川さんを褒めたつもりだったのだろうが、どうやら運悪く、  
中学生男子のプライドを傷つけてしまったらしい。  
「それで、家事なら男の子は比較されにくいだろうと思って、お弁当を作ってあげることにしたんです!  
 共働きだからお弁当がないときが多いみたいで、秀くんすごく喜んでくれたんです!  
 だから私頑張って、栄養バランスも味も完璧なのを目指してるんです!  
 秀くん、背と髪を気にしてるから、毎日ひじきとかわかめとかのりを入れて、  
 牛乳やカルシウムもたくさん摂取できるようにちゃーんと考えてるんですっ!」  
その努力についての評価は賢から聞いていたが、気の毒で言えなかった。  
 
「そうね。多分……秀くんの中で阿川さんは当たり前の空気みたいな存在になっちゃってるのよ。  
 ほら、押してダメなら引いてみなって言うでしょ?  
 ちょっぴり引いて反応みてみたらどうかな?」  
とりあえずそれっぽいアドバイスをしてみると、阿川さんはものすごく真剣な顔で頷いていた。  
真面目でいい子なんだけどなぁ……ちょっぴり暴走しがちなのかも。  
でも、そんなところも可愛いなと思う。  
「大丈夫よ。阿川さんの思い、きっと通じるわ」  
「はい!」  
真面目で優秀なだけではつまらない。ちょっと恋に不器用な彼女は魅力的だ。  
秀くんも思春期が終わればきっと気付くだろう。彼女の魅力に。  
「阿川さんも赤門大学志望なんでしょ?こんどこそ同じ学校に行ければいいわね」  
「はい。秀くんは理系だから同じ学部を目指してるんです。  
 そして、同じ研究室で共同実験ができたらなあって……。  
 下宿も近いといいなあ。ご飯作ってあげたいし、いろんなお世話だって……」  
 
嬉々として未来を夢見る彼女に、私は神に祈らずにはいられなかった。  
どうか秀くんが彼女の魅力に気付いて、うまくまとまってくれますように。  
そして、阿川さんが暴走して、ストーカーちっくになりませんように……と。  
 

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